温泉はいい……
本編の方も大まかには書き上がったので、できるだけ近いうちに。
新年度になれば、もう少し落ち着くはず。
あ、大阪で展示会が……
ここトリステイン魔法学院は、積み重ねた歴史と設備の充実に関しては世界でも指折り。それは食事といった住環境にも十二分に及んでいる。そして、さすがと言うかなんと言うか、今度はその敷地に温泉が湧いた。
近くに火山があるわけでもないのだから、通常であればあり得ない。しかし、事実としてそこにある。
つい先日、地震が起きたり、誰かが火の精霊やら水の精霊やら地の精霊やらを見たとか言っていたから、そういうものとして捉えるべきものなんだろう。いつのまにやら建っていた入浴施設ができる前にも、やたらとごつい人足を複数見かけたとのことだから、やはり間違いない。
ちなみに、もう少し詳しく話すのならばその施設、それなりに立派で、入り口には今にも動き出しそうな像があり、実際、動いた。
何をトチ狂ったのか、色々とおかしなことになっているマリコルヌが突撃し、一蹴された。彼であれば問題ないにしても、一般人ではそうもいかない。心惹かれるものはあったとて、命と天秤にかけるのは勘弁だ。だから、例え学院に温泉が湧いたにしても、それ以上でもそれ以下でもない。敷地に噴水ができたとか、その程度の話だ。
その浴場は、一つの湯船の為だけのものである代わりに、広々としている。
白く濁ったお湯で満たされた、岩で組まれた簡素な湯船。ボコボコと小気味好い音に合わせて湧き出し続けるお湯は、湯船から絶えずこぼれ落ちて行く。ただ積み上げらたようにも見える湯船と、不思議に調和している。
そして、湯気と共に立ち昇る独特の匂いは、疲れた体を、その中から溶かしていく。それを素直に受け入れたのか、湯船に体を沈めた3人は皆、蕩けたような表情を浮かべている。
一人は、テファ。
普段であれば雪花石膏よりも白く艶やかな頬を、今この時はうっすらと赤く染め、幸せそうに蕩けた表情を浮かべている。体をほぐす温泉の力はもちろん、常にない開放感がそうさせているのだろう。
その美しい金髪こそタオルでまとめているが、そこからはツンと尖った耳が覗いている。エルフの証明である耳を、今この時は隠さずとも良い。
そして何より、水面にぷかりと浮かんだ二つの乳房。テファの両肩に負担をかけ続ける巨大な乳房の重さから、今は解放されている。
もう一人は、──いや、翼人の親娘と言うべきか。
母親であるアリサは、テファ同様の蕩けた表情に、テファにはない、男を知るからこその艶やかさを浮かべている。学院トップを誇るだろうテファに負けない豊かな胸を水面にのぞかせ、そして、文字通り羽を伸ばしている。
普段は子供がいるから、敢えて地味に、着飾るようなことをしない。しかし、ついのぞかせる女としての一面は、だからこその魅力がある。そも、10代半ばで子をなした彼女は、むしろこれからが女としての盛り。
対して、娘であるサラサはまだまだ子供。普段は人見知りをして大人しくしていても、家族の、もしくは同様に親しい者の前では別。少なくとも、湯船で泳ごうとして母親に注意される程度の無邪気さを残している。
しかし、それでいながらその胸は、十二分に母親の血をひいていることをうかがわせる。既にルイズを遠く置き去りに、一般女性の平均すら勝ろうかという胸は、あと数年で母親にも並ぶだろう。だからこそ、テファとはまた違ったアンバランスさが同居している。
ふと、テファが問いかける。
「アリサさん、胸が大きいですよね。飛ぶ時に邪魔になったりしないんですか?」
アリサがおっとりと首を傾げ、テファが付け加える。
「私、歩くだけでも下が見えなくて困ったりすることがあって……。だったら、空を飛ぶ時にも何かあるのかなって」
「ああ、なるほど。……そうですね、下を見づらいというのはやっぱりありますね。それと、直接関係があるかは分からないですけれど、私は他の人より飛ぶのが遅いって言われたりします。そういう嫌味を言われたことも、無くはないですね」
「そうなんだ。やっぱり、肩が凝ったり邪魔になるばっかりですよね」
テファの言葉に、アリサは女の表情を浮かべて笑う。
「あら、男の人は大きな胸が好きなんですよ? テファさんの胸を凝視する人、多いでしょう?」
「それは、まあ……。ええと、実は私、お店をやっているんです。いつもはいられないんですけれど、確かに、じっと見てくる人は多いですね。ただ、来てくれるのは嬉しいんですけれど、どう反応すればいいのかがまだまだ分からないです。とりあえず、胸を強調するような制服にはしているんですけれど、それだけでいいのか……。できるだけ人を集めたいって思ったら、アリサさんならどうします?」
思わぬ返答に、アリサは悩む。
「えっと、そういう経験はないんですけれど……。要は男の人を集めるには、ということですよね? うーん、例えばで言うなら、敢えて隠すとかでしょうか?」
「隠しちゃうんですか?」
「ええ、男の人って隠されると勝手に想像するみたいですね。あと、私達の場合は隠しきれないんですけれど、そういう様子が逆に良いみたいです。旦那からの、受け売りですけれどね」
アリサはいたずらっぽく、そして、少しだけ寂しそうに言う。
だからなのか、サラサがアリサに尋ねる。
「ルシードは、大きい胸って好きじゃないのかな?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、ルシードは目を逸らしたりするから……」
アリサは誰も傷つかない回答を考えるが、難しい。
「ね、サラサ。そのことに触れちゃダメよ?」
「なんで?」
「えーと、男の子は大変なの」
サラサは分からないと不思議そうな表情を浮かべたまま。
対象的に、テファは嬉しそうに頷く。
「ルシード、男の人になったんだなぁ」
ルシードが聞けば泣いて逃げ出すだろう言葉を、そっと呟く。
学院にできた温泉施設、自主規制もあって使う人物は限られているが、だからこそ、その人物にとっては重宝するものとなっている。
イザベラもまた、その一人。
作法などは面倒だと感じていても、王女として立場はそれを許してはくれない。仮面をはずせるのは、限られた人物の前でだけ。だから、そういった限られてた人物しか使用しない浴場というのはとてもありがたい。
なればこそ、自ら交渉までして使用権を勝ち取った。
「あー、いいね。やっぱり風呂ってのはこうやって羽を伸ばせないと、入った気がしないよ」
イザベラは湯船のふちに背中を任せ、天を仰ぐ。普段は意図的に釣り上げた眦も、今この時は幸せそうに緩んでいる。ポニーテールに結いあげた自慢の青髪も合間って、いっそ別人と見紛うほど。
「それに、温泉はいい。こう、体の中まであったまる。なあ、お前もそう思うだろう、ファーティマ?」
問われたエルフの少女は、身を沈めた湯船の中、びくりと体を震わせる。
「そうビクビクしなくてもいいだろうに。もともと軍人なんだろう?」
「そうなんですが……」
ファーティマはお湯の中に口元まで沈む。ブクブクと泡立ち、いじける子供のよう。
「──そういえば、お前は胸がないね。テファは大きすぎるぐらいに大きいけれど、エルフとしてはどっちが普通なんだい?」
「うー……。あれがおかしいんです。あんなの、エルフじゃないんです」
いじけたセリフだけを呟いて、また沈む。
「じゃあ、お前が普通なのかい?」
「……私は小さい方です」
それだけ言って、頭まで湯船に沈む。
「私も大きくはないけれど、お前はないものな」
しっかり聞こえたのか、ファーティマは浮かんでこない。
エレオノールとマチルダにとっても、温泉は重宝している。
同じような姿勢で事務仕事を行うことが多い二人にとっては、仕事終わりの密かな楽しみになった。どちらかと言うときつめな雰囲気の二人も、今この時ばかりは終始柔らかな表情。
のんびりとした口調でエレオノールが言う。
「一日の終わりに温泉、いいですね」
それにはマチルダも、全面的に同意する。
「ええ、本当に。もともと肩凝りには参っていたので、とても有難いですよ。あの親娘の為にというテファのお願いでしたけれど、これならもっと早くお願いすれば良かったですねぇ」
「確かに。……それに、胸が大きいと、特に助かるんでしょうね」
どこかいじけた口調に、マチルダは少しだけ言葉に詰まる。
「ええと、大きいから良いというものではないですよ? その、肩凝りとか辛いですし」
「でも、シキさん、揉むの好きでしょう?」
「……それは、まあ」
「……私も揉まれたいです。あと、揉んでみたいです」
「……別に、楽しくはないですよ」
「……私の胸だと、撫でるだけなんですよ」
「……ええと、その」
「揉んでみていいですか?」
「……はい」
「──わぁ、柔らかい。指が沈み込んで、これは確かに……」
「あ、あの、あんまり……。その、手つきが……」
「……あ、硬くなった」
「エレオノールさん!」
珍しくはあるが、ルイズとキュルケ、それにタバサが加わることだってある。
そして、エレオノールとルイズ、姉妹なだけに気になる所は似てくるもの。ルイズは、キュルケのとある部分を不満げにちらちらと伺う。
「──全く、なんでわざわざあんたが一緒に入るのよ」
むろん、そんな言葉を投げかけられるのは予想しているし、キュルケはそれをこそ期待している。だから、その豊満な胸を両腕で寄せて更に強調する。情熱的な炎髪と、褐色の肌にはそんな仕草がよく似合う。そして、挑発的な言葉も。
「ふふ、見せつける為に決まっているでしょう?」
「ぶっ殺すわよ!」
「まあ、怖い。それに、そんなはしたない言葉は淑女としてどうなのかしら? ねえ、タバサ? ……タバサ?」
キュルケが伺うと、メガネを外したタバサが、いつもの無表情の代わりにゆったりと寛いだ表情を浮かべている。
キュルケも、つられて柔らかな表情を浮かべる。一瞬ではあるが。
「邪魔しちゃ悪いわね。そうよねー、せっかくの温泉だもの。私もどうしたって肩が凝っちゃうから、ほぐしておかないと」
キュルケは、意味あり気にルイズに笑いかける。
「いいわね、ルイズはそんな心配が皆無で」
「こ、こ、こ、こここここ、ころす、殺すわ!? 殺すわよ!?」
ルイズが少しばかり壊れたように、ただ繰り返す。
「あ、でも殿方の誘惑ができないのは残念ね。大きな胸はそれだけで母性の表れだし、男の人は皆好きなのよ? シキだってそういうの好きだしね。あっはっはっは、ルイズには分からないわよねー。自分で揉むのと男の人に揉まれるのはやっぱり違うわよー」
「……ふーん、シキにも揉まれたの?」
「当然じゃない」
「……へえ、その話、もっと詳しく聞きたいわね? たぶん、姉様も気になるところだと思うわ」
「……あ、今の嘘。嘘よ? ね、そんな怖い顔しないで。……ね? あと、そんな乱暴につかんじゃダメ。い、痛っ、痛いってば!?」