混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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37話を作る時から予定していた短編。
原作では脇役のマリコルヌだけれど、今回の話で少しばかりパワーアップ。
その片鱗は原作でもあったし問題ない──はず。






ご褒美

 

 

 鏡に映る、ぽっちゃり体型。

 

 どうやってもくるりと巻いてしまう癖の強い金髪に、これはもう、血としか言いようがない親譲りの丸顔。ついでに今日は目の下にクマまである。入学式の時に仕立てた自慢の一張羅に身を包んではみたけれど──

 

「うん、どうやったってダメだね。はっはっは、いやぁ、ここまでダメだと、素直に諦められていいね。はっは……はぁ」

 

 分かり切っていたことだけれど、やっぱり実際に目にすると凹む。いくら普段は勢いで見ないようにしているとはいえ、目の前にあれば。

 

 今日は待ちに待った、ウラルちゃんとのデート。できる限りめかしこんではみたものの、結果は鏡に映る通り、なかなかに見事な三枚目。

 

 もちろん、それは分かり切っていたこと。妄想の中ではかっこ良くウラルちゃんをエスコートしていたけれど、それはあくまで妄想。

 

 最初は楽しかった。でも、妄想は自分で作ったもの。いざ現実になると考えたら、それは自分じゃないし、無条件で自分を好きになってくれるなんてウラルちゃんじゃない。

 

 ウラルちゃんは、僕のことを嫌っている。

 

 でも、一度約束したデートのことは絶対に守ってくれる。もしかしたら自分が妄想したように振舞ってくれるかもしれない。それは、きっと幸せなことだと思う。自分だけは。しかたなくするデートは、ウラルちゃんにとって辛いと思う。

 

 いや、本当はそれを利用する事自体が宜しくはないけれど、そこは、自分の欲望に勝てなかった……。だって、こんなチャンスは二度とないから。だから、だらかというのもおかしいかもしれないけれど、できる限りの準備をした。

 

 ウラルちゃんの好きなものをできる限り調べた。自分よりもよく知っているウリエルさんに、そしてエレオノール先生にも話を聞いた。何事かと訝しがられたけれど、真剣にお願いしたら話を聞いてくれた。エレオノール先生、怖かったけれど……。

 

 それでも、事情を話したら協力してくれると言ってくれた。無体なことをしたら今度こそ切り落とすとは言われたけれど。ナニをとは、言わなかったけれど。

 

 ともかく、怖い思いをしただけの甲斐はあった。ウラルちゃんの一番好みのお菓子が分かったから、特別なデザートとして今日行くお店に頼んだ。

 

 それに、プレゼントに服を送るつもり。普段の黒いワンピース姿も好きだけれど、たまには違う服も見てみたい。それぐらいは許されると思う。許される、よね? ともかく、ウラルちゃんが一度でも笑ってくれれば、それだけで充分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴトゴト、ゴトゴト、馬車が揺れる。隣には、ウラルちゃん。少し揺れれば肩が触れてしまうような狭い中、ウラルちゃんと二人きり。嬉しいのに、気まずい。

 

 乗り込んでから何を話していたかはろくに覚えていない。正確には、思い出したくない。

 

 ただ、沈黙にしちゃいけないと、最初はずっと喋っていたと思う。今日どこに行くつもりだとか、何を食べるだとか、もしかしたら、喜ぶばせる為に秘密にするつもりだったデザートのことまで話しちゃったかもしれない。それに、緊張で水を飲みすぎてトイレの為に何度も止まってもらった。情けなくて、泣きそう。

 

 ウラルちゃんは気にしないと言ってくれたし、ニコニコと笑ってくれた。でも、それが作り笑いだとか余計なことばかり考えてしまう。ウラルちゃんが好きでデートをしてくれているわけじゃないなんて、最初から分かっていることなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 予約していたのは、クーロンヌというお店。

 

 簡単な軽食も食べられるけれど、何と言っても一番の売りはケーキ。最近できたばかりのお店らしいけれど、材料の厳選はもちろん、生クリームには振動もよろしくないということで持ち帰りを勧めないという徹底した拘りぶり。値段はちょっと驚くようなものになっているけれど、今日この時に限ってはどんどこい。特別に作ってもらった、珍しいホワイトチョコを薄く削って、丸々ワンホール一杯に載せたケーキは繊細ながらも圧巻。

 

 現に、それを目の当たりにしたウラルちゃんは文字通り目を輝かせている。本心から喜んでくれているのが分かって、本当に嬉しい。だから、このケーキの値段を聞いた時の、金貨を材料に作ったのかなんてツッコミは忘れる。たとえそうだとしても、自分にとってはそれだけの価値がある。ウラルちゃんが夢中になって食べている、それだけで嬉しい。

 

 ああ、可愛いなぁ。 

 

 フワフワのホワイトチョコだけをフォークですくって舐めたり、今度は柔らかいスポンジと一緒に食べたり、そして、中から出てきた色とりどりのフルーツのシロップ漬けに驚いたり。

 

 まるで、年相応の子供のようで可愛い。普段の少し冷たいぐらいのクールな雰囲気も良いけれど、いつも何かを我慢しているようで、本当に素直に、自由な今の方が好きかもしれない。そして、そんな僕の視線に気づいてはしゃぎすぎたと目をそらす様子、最高です。

 

 そして、気づけばもうワンホールが無くなりそう。

 

「もう一個、食べる?」

 

 ウラルちゃんの、我慢しようしても抑え切れないという上目遣い。恥ずかしそうに朱く染めた頬──ご馳走様です。

 

「もう一個、お願いします!」

 

 財布は空になるけれど、それがなんだ。これで帰ることになるけれど、ウラルちゃんがこれだけ喜んでくれるのに応えないなんて漢じゃない。ちょっと意地悪してみたいなんていう僕の中の悪魔よ、消え去れ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、ウラル。結局のところどうだったの? ちゃんとエスコートできるかというと厳しいかなと思うんだけれど」

 

「頑張ったとは思いますよ。エレオノール様も協力して差し上げたんでしょう?」

 

「そりゃ、まあ……。本気で頼み込まれたのに無下にするのも、なんだし。それにほら、一応は教師らしいこともしないとダメじゃない?」

 

「お陰様で私も、……それなりには、楽しめたかもしれません」

 

「あら、それは良かった。でも、バカ正直に抱きたいと言ったらどうするつもりだったの? 普段の彼ならそれぐらい言いそうじゃない」

 

「抱かれましたよ。それぐらいの覚悟は、していましたから」

 

「え、それは……」

 

「でも、殺します」

 

「え?」

 

「次の日に、必ず殺します」

 

「あ、うん。仕様がない……かしらね?」

 

「冗談ですよ。でもまあ、もし、──敬意を払うに値するようになれば、その時は考えても良いですけれど。欲望を抑えられたのは、少しだけなら、評価しても良いです」

 

「確かに欲望の塊みたいな子だしね。ふうん、そっか。だったら、少しぐらいはご褒美をあげても悪くなかったかもしれないわね。男の子としては頑張ったわけだし?」

 

「キスまでは、許しましたよ。喜びすぎて、ちょっとアレでしたけれど……」

 

「それは、サービスしすぎじゃないかしら……」

 

「どうなんでしょう、私には分からなくて……。確かに、何かに目覚めたとか、新しい段階に昇華したとかよく分からないことを言いだして、後悔しましたけれど。本当に魔力が増えるとかおかしなことになっていましたし」

 

「……何気にトライアングルになっていたわよね、彼。まさか、スクエアになんてことは、ないわよね? いや、でも、魔法の力は強い感情から生まれる。欲望とそれは強く結びついていて、性欲は良くも悪くも根源。性欲の塊のような彼なら……。いや、でも……。だとしたら、引くわ、本気で……」


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