ハロウィンイベントは他と比べても飾りつけられている期間が長くて、ちょくちょく目に付く。すると、せっかくならばと思うもの。あとはまあ、本編が何気に時間がかかるので……
エレオノールは、じっと鏡を見ていた。
鏡に映るその姿。父親譲りの、黄金の輝きにも引けをとらないであろう艶やかな金髪。緩やかなウエーブで腰ほどまでに伸びている。日々たっぷりと時間をかけた手入れを必要とするものではあるが、それに見合う美しさは密かな自慢。
キリリと引かれた眉と、意思の強さを伺わせる瞳。ともすれば気の強さと取られるも、それ以上に理知の光に満ちている。それは生来の探求者であるエレオノールの魅力の一つ。
そして、一切の無駄ないスレンダーな肢体。女性らしい凹凸には乏しい──それはいつも通りといえばそうであるが、今この時は少しばかり様子が違う。
エレオノールは、チェストの上にある眼鏡を見やる。普段であればそれがなければ不便を感じるはずが、今はそれがない。むしろ、それを煩わしいと感じるほど。
エレオノールの視線がもう一度鏡に。
鏡に映る人物は紛れもなく、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。それは、当人こそが保証できる。
しかし、鏡に映るのは十を少し越えた程の少女にしか見えない。いや、全くサイズのあっていない服からは、指先すら覗いていない。ブラウスも肩から落ちようかというその様子は、ともすれば幼子とも思えるほど。エレオノールという女性は、御年27の大人の女性である。
エレオノールは目を閉じる。
そして、少しだけ考え込んだ後、冷静にやるべきことを行う。つまり、できうる範囲で身だしなみを整えること。せめて邪魔にならないようにと袖を何度も折り、油断すれば落ちそうになるスカートを、ベルトで無理やりに押しとどめる。
エレオノールは、鏡の前で全身を確認する為にクルリと回る。何事にも完璧を求めるエレオノールにとっては許容し難い姿。サイズの合った服をという最低限のマナーにすら外れた姿であるが、この時ばかりは仕方ないとエレオノールも諦めざるを得ない。
そして、エレオノールは扉へ向かい、ノブに手をかけ──動きを止める。とあることを確かめる為にも行かねばならない場所がある。しかし、自身の姿を鑑みるに、外へ出ることは戸惑われる。
ノブを手に取り、やめる。
そんなことを何度も何度も繰り返す中、外からのノックがあった。そして、「私です」と、エレオノールの親友とも言える人物の声。あえて違いを上げるのなら、少しばかり声のトーンが高いことだろうか。
エレオノールは訪ねてきた人物を急いで招き入れる。エメラルドのように美しい深緑の髪の持ち主であるロングビル──本名をマチルダという女性。
どういった一致であろうか、マチルダもエレオノールと同じくブカブカの服を無理やりに纏っている。エレオノールに劣らぬ理性の面影は見せるも、女性らしさに溢れたメリハリの効いた凹凸は見る影も無い。いや、その状態であっても普段のエレオノールよりも胸があるとは、きちんと付け加えておくべき事柄だろうか。
部屋の中で、エレオノールとマチルダは向かい合う。二人とも十を少しばかり越えたばかりの少女だというのに、部屋の中には緊迫した空気。これは二人の真剣な表情こそが成せる技であろう。二人は言葉をこそ交わさないが、お互いに通じ合っているようで互いの目は逸らさない。
そんな中、先に口を開いたのはマチルダ。
「──原因はアレですよね?」
問いに、エレオノールは重々しく頷く。
「──ええ、アレですね」
──時は遡る
学院はとある年中行事の為、そこここがその為の飾りに包まれていた。その年中行事では、参加者にもそれに見合った正装というものが求められる。だからこそ、エレオノールは全身全霊を込めてとある薬の精製に勤しんでいた。
ポーションの材料としては一級のものを揃え、とあるツテから手に入れた、ともすれば人の身には余る稀少な神薬から作成を目指したもの。身体を活性化させ、その体を最高の状態に引き上げるというもの。不老不死の妙薬とも言えるそれを、言ってしまえば、肌ツヤの改善、若返りの為に作成しようとしていた。それは女性であれば何を引き換えにしてでも求めるも、ついぞ叶わないのが常。
しかし、エレオノールと、そして協力者であるマチルダは、執念からそれを実現した。色々とやり過ぎた上に飲み過ぎたという今の状況は、単なる結果である。
一つ彼女たちを擁護する。
普段の二人は、理知的な容姿を裏切ることなく極めて冷静である。ただ、学校という年若い少年少女ばかりの場所が宜しくない。ともすれば嫁ぎ遅れと言われる二人には辛い場所なのだ。これは、そんな場所で仮装パーティに参加する為の真摯な努力の結果である。真摯な努力は讃えられるべきである。
しかし、そんな努力をルイズは爆笑した。
床を叩き、お腹を抱えて床を転がる。恥を偲び、何とか着られる服をと尋ねた2人を文字通り笑い飛ばす容赦のない所業。思わず芸術的なまでのコンビネーションでルイズをデコレーション──岩で包んで即席の達磨に──した所で誰が責められるだろう。むしろ、咄嗟ながら顔は出したままという自制心をこそ評価すべきだ。
そして、ルイズの部屋にいた二人の思い人であるシキは目頭を抑え、ただ目を逸らした。仕方ない反応ではあっても、ルイズよりはずっと紳士的な反応であっても、地味に傷つく反応。いっそ笑ってくれればいいのにと思う二人は贅沢であろうか?
「──で、どうしましょうか? 一時的なものなので、そのうち戻るでしょうけれど」
冷静さを取り戻したエレオノールが言う。
ちなみに、ルイズの「現在の」服がちょうど良かったので、それに身を包んでいる。シンプルなブラウスと紺のスカートはかつて袖を通していたものであり、不思議な懐かしさを感じる。
そして、マチルダも同じ服に袖を通している。ただし、背丈などは良くても、少しばかり胸元はきつい。その事実に、部屋のオブジェと化したルイズは考えることを放棄した。
普段であれば一番異様な風体であるはずのシキが言う。
「戻るなら、そのまま祭りを回ればいいんじゃないか? 二人が制服を着れば十分仮装──」
エレオノールの右ストレートに、マチルダの左のフック。二人は親友──タイミングは完璧だ。
飾り付けられた学院の中、特に一目を引く三人組が回っていった。
名前を言ってはいけないあの人と、こちらは見覚えがあるようでやはりない、手をつないで連れられる二人の少女。一人はフリルをたっぷりと使った真っ黒なドレスの金髪の少女。そして、金色の髪から頭を出した、服と同じく真っ黒な犬耳。おまけについた尻尾も楽しげに揺れている。もう一人の緑の髪の少女は対処的。フリルは同じでも、色は真っ白。そして、真っ白な耳に、真っ白な尻尾が揺れている。二人の少女は精一杯楽しんでいるようで、何より。祭りとはかくあるべき。
行く先々では、ちょっとしたやりとりも。首をかしげる豊かな胸の少女と、目を逸らす緑の髪の少女。二人を見るなり爆笑する、メリハリの効いた肢体ながらどこか幼い雰囲気の青い髪の女性。遠慮なく軽蔑の視線を送るどこか意地悪そうな青い髪の少女と、何も言わない同じく青い髪の少女。あとは大方が同じで、何も言わずに目を逸らす人々。焼豚になったものは──それは既にただの物体。
ああ、それともう一人。部屋に残された桃色の髪の少女はとある生理現象と戦っていた。悲惨な最後を迎えるかどうかは、それは、神のみぞ知ること。