混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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ハロウィン

「ねえ、シキ。好きな動物とかっている?」

 

 パタパタとルイズが駆けてくるなり、そんなことを尋ねてきた。

 

「うん? ……あえて言うなら犬だな。何で急にそんなことを聞くんだ?」

 

「えーと、まあ、知らないなら当日のお楽しみということで」

 

 いたずらっぽく笑うと、来たときと同じように駆けていった。

 学院の中を歩いていると、いつもはどちらかというと無機質な、そんな印象の壁のそこかしこに可愛らしいランプや人形が飾られている。ちょうど目の前でも飾りつけの真っ最中らしい。

 

「――ひょっとして、祭りのようなものでもあるのか?」

 

「あ、シキさん」

 

 ロングビルがこちらに気づくと、屈んで作業していた手を止め、軽く伸びをする。

 

「んー、まあ、祭りといえば祭りですね。内容まで聞いています?」

 

「いや。さっきルイズに好きな動物を聞かれたから、そういうものが関係するんだとは思うが……」

 

「じゃあ、やっぱり当日のお楽しみにっていうのがいいですよ。――私も楽しみにしていますから」

 

 ルイズとは別の笑みを浮かべる。いたずらっぽさと、ルイズにはない妖艶さをあわせた笑みを。

 

「――あ、ちなみに好きな動物って何かいます?」

 

「犬だな」

 

「……犬、か。犬は……合わないかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あの、シキさん」

 

 今度はエレオノールだった。少しだけ言い辛そうにしていたが、覚悟を決めたのか、一気に口にする。

 

「――好きな動物とかって、いたりしますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――トリックオアトリート」

 

 えい、とばかりに、勢いに任せてルイズがぶつかるように抱きついてくる。普段ルイズはこんなことをしないが、他にも違う所がある。

 

 たとえば、今日は普段は着ない毛皮を、体のラインがぴったりと表れるように身にまとっている。真っ黒なそれは、冷たく硬い印象を与えそうなものだが、良く手入れされたそれは、むしろ柔らかそうな印象を与える。それに、ルイズの背丈のせいか、豪奢さよりも可愛らしさが際立つ。

 

 例えるなら子犬――いや、今回に限っては子犬そのものだ。何せ、頭には小さくとがった耳、ご丁寧にゆらゆらと尻尾まで揺れている。加えて、首もとの、不釣合いなぐらい大きな首輪も子犬のようないたずらっぽさに拍車をかけている。

 

「――ルイズの好きなクックベリーパイを買ってきてあるから、あとで一緒に食べようか」

 

 いつも以上に可愛らしい頭を撫でながら口にする。

 

「本当!? ……あ、でも知ってたの?」

 

 嬉しそうにゆれていた尻尾が地面に落ちる。しっかりと感情に連動しているらしい。それもまた、おあずけを言われた子犬のようだ。

 

「似たような祭りを知っているから、もしかしてと思ってな」

 

 それに、色々と教えてくれる人間もいた。本人がそう意図していたかはともかくとして。

 

「……残念、どうせなら悪戯したかったのに。シキ、全然反省しないし」

 

 ――物騒な台詞は、聞こえない。それに、反省は一応している。ただ、実践できないだけだ。

 

「ルイズ、他の友達にも見せてきたらどうだ? せっかく可愛いのに俺だけじゃあもったいない」

 

「シキは一緒に来てくれないの?」

 

 拗ねたような声が本当に残念そうだ。地面に落ちた尻尾がいつも以上にそう見せる。だが、今回に限ってはもっとふさわしい相手がいる。

 

「今回俺は遠慮しておく。どうせなら……」

 

「どうせなら?」

 

 ルイズが不思議そうに首をかしげる。ぶかぶかの首輪が邪魔そうだ。

 

「――オイラ達」

 

    「――ジャックブラザーズに」

 

「「――お任せだホー」」

 

 ポンッという可愛らしい効果音と共に、宙返りをして姿を現すと、どこかのヒーローよろしくポーズを決める。ハロウィンの代表的なモチーフになっているカボチャ姿のジャックランタンに、青いフードをかぶった雪だるまの姿をしたジャックフロスト。ハロウィンのお供にこれ以上ふさわしい二人もいない。何より、ルイズが連れていて様になる。ある種、マスコット的な容貌を見てルイズも……

 

「……えーと、カボチャと雪だるま?」

 

 首をかしげたまま口にする。可愛いだとか、期待した反応は表情からはうかがえない。

 

 ――どうやら、ルイズはあまりぬいぐるみが好きとかいったことがないらしい。カボチャと雪だるま、そのものとしてしか見えないようだ。そういえば、ルイズの部屋には女の子が好きそうなものというのがかけていた気がする。

 

「確かにカボチャだけれど……」

 

「確かに雪だるまだけれど……」

 

「「――そんな見も蓋もない言い方はあんまりだホー!!」」

 

 二人が泣きながら走り去っていく。ハロウィンには二人しかいない、可愛らしい外見の二人のことは絶対に気に入ると言って頼んでいた。気をよくした二人がどうやって学院を回るかを念入りに打ち合わせていたのを知っているだけに、二人の気持ちもよく分かる。

 

「……可愛いと思ったんだが、気に入らなかったか?」

 

「え? あ、うん。……可愛いとは……思う。……たぶん」

 

「……良かったら、二人を追いかけてやってくれないか? ルイズと今日まわるために色々と考えてくれていたようだから」

 

「……うん。分かった。パイ、あとで一緒に食べようね」

 

 さすがに悪かったと思ったのか、素直にうなずく。そのままパタパタと駆けていく。さっきまで元気に動いていたシッポも、心なしか元気がない。

 

 皆に、悪いことをしたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「――シキさん」

 

 ルイズが見えなくなった所で、出るに出られなくなっていたらしい人物に声をかけられる。

 

「さっきの二人……でいいんですよね? アレはアレで可愛かったと思いますよ。ただ、好みってそれぞれなので」

 

「まあ、それはあるかもしれないな」

 

 そればかりは仕方がない。そのことは別としても、ルイズならうまく仲直りできるだろう。

 

「あ、それにしても可愛かったですよね。子供がやるとやっぱり可愛いです。今更ですけれど、ちょっと恥ずかしくなっちゃいました」

 

 側にまで歩いてくると、照れたように口にする。

 

「ああ。――ところで、その格好は何の仮装なんだ?」

 

 声をかけてきた人間、ロングビルもしっかりと仮装している。ただし、ルイズとは随分と印象が違う。むしろ、正反対と言った方が良いだろう。

 

 黒を基調に大きく胸元が開いたドレス、ただし、ドレスにしては丈が膝の半ばにも届いていない。それと、背中にはこうもりの羽を可愛らしくデフォルメしたようなものがついている。こちらはルイズのものとは違って単純に飾りらしい。子供がしていればルイズのように可愛らしいとなるかもしれないが、さすがに女性らしい体つきをした人間がやると、全面に出てくるのは色気になる。

 

「シキさん犬が好きだって言ってましたけれど、合わない気がするんで予定通りサキュバスです。だから……」

 

 ニヤリというのがしっくりとくるような笑みを浮かべて、するりと体を滑り込ませてくる。わざと押し当てた胸が形を変える。

 

「悪戯も、もてなしも――結局同じなんですよ」

 

 チロリと真っ赤な舌を出し、そのまま唇を合わせてくる。

 

「こんなところで何をしているんですか!?」

 

 タイミングよく走ってきた、いや、朝からずっと物陰で様子を伺っているのがみえていたから、タイミングよく「出てきた」というのが正しいだろう。黒いフード付きのマントですっぽりと全身を覆ったエレオノールが声を荒げる。

 

「――悪戯というかもてなしというか。それよりフードはとらないんですか?」

 

「こんなところで取れるわけがないでしょう!?」

 

 出てきたときの勢いのまま、絶対に見せないとばかりにしっかりと押さえる。

 

「あら、見せるために仮装してきたんでしょう?」

 

 体を寄せたまま、クスクスと楽しそうに笑っている。実際、予想通りの反応で楽しくてしょうがないんだろう。

 

「……それは、そうですけれど」

 

 言葉を濁しながら、チラチラと視線を向けてくる。

 

「やっぱり見たいな」

 

 少しぐらい後押ししないと駄目だろう。それに、自分としても見てみたい。要望を出した身としては。

 

「ま、まあ、確かに隠してもしょうがないですしね」

 

 一瞬手が止まったが、おずおずとフードを取る。真っ白い、ピョコンと長く伸びた耳が現れる。

 

「……あら、ウサギ? 随分と可愛いのを選びましたね。ちなみに下はどうしているんですか?」

 

 そう、フードは取ったが、それ以外はすっぽりとマントで覆っている。

 

「……そ、それは秘密です」

 

 絶対に見せないとばかりにマントをしっかりと巻きつける。

 

「――ふうん、ここで脱げたら今日は譲っても……」

 

「え、本当ですか?」

 

「……随分と分かりやすくなりましたね」

 

「……そうだな」

 

「え、ええと……。ま、まあ、そういうお祭りですし、隠しているのも変ですよね」

 

 おずおずとマントを脱ぐ。

 

「「……バニー」」

 

 そう。レオタードに編みタイツ、頭に長く伸びた耳。胸が足りないだけで、どこからどう見ても立派なバニー。ウサギではない。これはバニーだ。

 

「いきなりそこまでやりましたか……」

 

「だ、だって、シキさん、ウサギが好きだって言うから。ウサギっていったらこれしかないでしょう!?」

 

 顔を赤く染めたまま、ガーッと、一気にまくし立てる。自分でも分かっているだけに勢いで押し通すしかないんだろう。

 

「……確か、好きなのは犬ですよね」

 

「……いや、見たかったから」

 

「……シキさんも、変わりましたね。もう、変態魔人とか言われてもしょうがないですよ。――はあ、ここまでやられたら私の負けです。今回は譲ります。私は明日で良いですよ」

 

 絡めていた腕をほどくと、エレオノールと入れ替わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――オイラ達、どうせ可愛くなんかないホー」

 

「――魔界のアイドルって調子に乗っていたけれど、所詮悪魔だホー」

 

「え……う。そんなにいじけないでってば。二人とも可愛いわよ」

 

「「そんなこと言ってもだまされないホー。どうせ心の中じゃ、表情が変わらなくてキモーイとか思っているんだホー」」

 

「そんなことないってば。……うー。シキ、助けてよぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、昨日の代わり……ですよね」

 

 不思議そうに、少しだけおびえたように口にする。ロングビルが着ているのは、せっかくだからということで昨日の格好だ。

 

「そうだな」

 

「何で私、縛られているんですか?」

 

「たまには悪戯される側になるのもいいだろうし、何より……」

 

「……何より?」

 

「――俺は、変態魔人らしいからな」

 

 ニヤリとそんな笑みを浮かべているのが、自分でも分かる。

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 ロングビルが浮かべるのは引きつった笑み。

 

 ――まいったな。

 

 そんな表情をされると、それはそれでいいかと思ってしまう。


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