混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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強く儚い者達

 他の誰でもなく、ウラルさんにお願いした。

 

 きっと私と同じ立場、そう感じたから。

 

 

 

 

「――最初に断っておきますが、私の知識は最低限。言ってしまえば表面的なものです。ですから、あくまで参考だと思って下さい。それに、ルクシャナさんとガルーダ様との契約は破棄されているので、それほど気にする必要はありませんよ?」

 

 ウラルさんの言葉は淡々としたもの。

 

 使わなくなった机などが乱雑に積まれた空き部屋、そんなどこかもの寂しい部屋にはかえって似つかわしい。

 

「十分です。それに、契約を破棄していただいたといっても、ここに滞在する以上は必要なことですから」

 

 そう、必要なこと。

 

 シキ様の周りの上下関係、不興を買うということが私だけではなくエルフ全体の生死に直結する以上、知らなかったということでは済まされない。

 

「分かりました」

 

 ウラルさんが一つうなずき、目を閉じる。

 

 話すべき順番を考えているんだと思う。見た目は私よりずっと幼くても、私などよりもよほど論理的な思考が板についている。甘いものが好きという相応の嗜好もあるけれど、それだってきちんと自制できる。今の私などよりは、よほど。

 

 ウラルさんが薄く目を開く。

 

「まず、私達の中で最上位となるのがシキ様です。それは、持っている力という意味でも同様です。私は混ざりものなので正確には違うのですが、悪魔という括り中では、持っている力の大きさが序列を作る重要なファクターとなります。これはいいでしょう」

 

 ウラルさんの確認に肯く。

 

「私などが口にして良いことではないので詳細は省きますが、シキ様は数多くの悪魔、それこそ魔王と呼ばれる方々の力と特性を取り込まれています。結果として、シキ様は悪魔の中でも最強の一角との呼び声も高いほどです。シキ様は私のような者にも良くして下さる、お優しい方です。ですが、シキ様の大切なものを害するとなれば話は別。どういうことかは、分かりますね?」

 

「エレオノール様、ロングビル様、ルイズ様、それに、テファさん……テファ様ですね」

 

 何となく、言い直した方が良いように思った。しかし、ウラルさんは首を振って否定する。

 

「テファ様は、あなたと友人であることを望まれています。変に壁を作られることは本意ではないでしょう。今まで通りで良いかと思います」

 

「そう――ですね。」

 

 思い出す。

 

 テファさんは、エルフの特徴を隠すイヤリングを何よりも大切な宝物だと言っていた。どうしたって人との壁を感じてきたはずだ。懐いている子供達はいても、テファさん自身がどこかで一線を引いている。だから私は、あえて同族として接した。それが私に一番望まれることだろうと感じたから。そして、それが私の身を守るにも都合が良いと。自分でも、浅ましいものだと思う。

 

「――どうあれ、テファ様が望むのあれば、それは正しいことです。テファ様も、シキ様にとって特別ですから」

 

 ウラルさんは否定しない。ヒエラルキーの中では最下位に位置する私達の立場からすれば、それが当然だと。

 

 ウラルさんは続ける。

 

「シキ様にとっては、エレオノール様、ロングビル様が正妃、ルイズ様は妹君、そういった意味ではテファ様も同様ですね。私が思うに、そこに優劣はありません。そして、不興を買うということは、シキ様の不興を買うということと同義です。だからこそ、そこには細心の注意を払わなくてはいけません。……いけない、のですが」

 

 ウラルさんの声が沈む。一度視線を落とし、そして私を、正確には私の胸を見る。

 

「ルクシャナさんは、いいですね。少なくとも、胸のことで不興を買うことはないでしょうから……」

 

 珍しく眉をしかめて苦しげに、そして羨ましげに口にする。

 

 確かに、これまではともかく、今は胸が小さいことに感謝してさえいる。エレオノール様、ルイズ様がウラルさんの胸を見るときの視線、隠してはいても羨望と妬みが混ざった視線。もし私があんな目で見られたらと思うと、それだけで体の震えが止まらない。

 

 頭を抱えて震えるウラルさんを見ると、本当に胸がなくて良かったと思う。

 

「……大丈夫、ですよ。テファさんの胸が一番大きいですから。それに、シキ様は胸の大きさだけを気にする方ではないですし。エレオノール様も、ルイズ様もきっと分かってくださるはずですから」

 

「私だって、分かってはいるのですが……」

 

 ウラルさんの声には力がない。気付けば、胃を押さえてさえもいる。相談したのは私だけれど、思えば、ウラルさんの方がずっと危険な綱渡りをしている。私と違って、ウラルさんにはそもそも逃げ道すらないのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ウラルさん、ルクシャナさん、お願いがあるの」

 

 改まった様子で言われた、テファさんからのお願い。傍らのウラルさんと目が合う。

 

「私たちにできることでしたら、喜んで。テファ様からのお願いを断るなんてことはありませんから」

 

 ウラルさんの言うとおり、断るなどという選択肢はないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――でね、今度のお祭りをお店でも取り入れてみたいと思っているの。そこで、二人にも手伝ってもらえないかなって」

 

 テファさんからのお願いについて二人で聞いた。ある意味ではとてもテファさんらしいお願い。

 

 テファさんが子供達と一緒に運営して、何よりも大切にしているお店。そこで、近く訪れるお祭りを取り入れてお客さんを集めたいから、私たちにも手伝って欲しいとのこと。

 

 そのお祭りというのが、各々が仮装をして町を練り歩くというもの。なるほど、 趣旨はよく分からないけれど、 客寄せの催しものとしてはなかなか面白いと思う。客観的な事実として、私達の容姿は男性にとって魅力的であるようだから。テファさんのお願いもそれを勘案してのことだと思う。

 

 ただ……

 

「シキ様は何か言われていましたか?」

 

 ウラルさんが尋ねる。

 

 そう、そのウラルさんの懸念が気になるところ。テファさんは男性客を集めるということも大切だと考えているようだけれど、あの……ウラルさんが言うところの豚のような良からぬ輩が増えるという可能性だってある。それは、シキ様にとっても本意ではないように思う。

 

「うん、せっかくならお揃いの制服みたいなものを決めてみたらどうかって」

 

「……………………そうですか。なら、何も問題はないと思います」

 

「それとね、エレオノールさんから、せっかくだからってこれをもらったの」

 

 テファさんが差し出した手には、ふわふわとした毛皮に覆われた……

 

「獣の耳、ですか?」

 

 緩くカーブを描いたカチューシャに、真っ白な犬だか猫だかの耳のようなものが取り付けてある。

 

「そう、自分は使わないからって。でね、これが面白いの」

 

 そういって、テファさんが頭に載せると、まるで血の通った生き物のそれであるようにぴくりと動く。

 

「つけた人の感情に連動して動くんだって。ね、面白いでしょう?」

 

 頭にちょこんと載った耳は、楽しそうに話すテファさんの気持ちを表すようにパタパタと揺れている。確かに面白くはある、と思う。エレオノール様が何のために入手したのか、それは分からないけれど。

 

「お揃いの制服に皆でこれをつけていたら、ちょっと変わった仮装として面白いと思うの」

 

「その耳、他にもあるの?」

 

 まさかいくつもあるなんてことは……

 

「種類は違うけれど、あるよ? あと、尻尾もセットだったりね」

 

 テファさんが可愛らしく首を傾げると、真っ白な耳も同じく揺れる。

 

 ああ、エレオノール様。きっと鏡の前でいくつも試して、結局諦めたんだろうな…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じのものはどうかしら? 動きやすくて良いと思うの」

 

 そういってテファさんが試着したのは、デザインとしては少しばかり変わったワイシャツになるのだろうか。ふわりと肩にまで掛かるような大きな襟と、燕尾服のように長く伸びた裾。白一色のそれに、膝に届かないぐらいの黒のスカート。確かに動きやすくはあるだろう。ただ、胸が強調されるようにぴったりとしたラインは――

 

「ええと、可愛らしくて良いデザインだと思います。……ただ、少し胸が目立って、その、扇情的ではないでしょうか?」

 

 私と同じことを思ったのだろう。ウラルさんが控えめに述べる。が、ここで別の声。

 

「自分はとても良いと思います!」

 

 荷物持ちとして連れてきた豚を、ウラルさんがにらみつける。あまり感情を見せないウラルさんですら本気で嫌悪感を持っているようで、その目には侮蔑の感情がありありと浮かんでいる。気持ちはよく分かる。気付けばある、あの舐めるような粘つく視線には鳥肌が立つ。

 

「豚は……黙れ」

 

 ウラルさんの言葉にどうしてだか恍惚の表情を見せる豚は、私には理解できない。きっと、誰にも理解できない。

 

「ん、でも、そういう意見を取り入れるのは必要かなって思うんだけれど。男性客ってやっぱり多いし、お客さんを増やすには必要なはずだから。シキさんも何だかんだでそういうのが好きみたいだし、たぶん大切なことだと思うの」

 

 シキ様も、そういうものが好きだということは、知っている、知っているけれど……。私たちにとっては割と死活問題なわけで……。

 

「――それにね、私って無駄に胸が大きいから、体にぴったりしたものじゃないと太って見えちゃうの」

 

 テファさんが重そうに胸を持ち上げる。文字通りメロンのように大きな胸なら確かにそうだろう。まっ平な私の胸とは違って……

 

 目を落とせば、本当に膨らみのない……。羨ましくは、決してないけれど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はやはり盛況だった。

 

 そして、男性客が異様なほど多かった。

 

 テファさんの、これでもかとシャツを持ち上げている豊かな胸元には、ある意味いつも通り視線が集まり、加えて、今日は揺れる耳と尻尾にも。何がとは言わずとも、揺れるたびに注がれる視線も動く。

 

 ウラルさんもそれは同じ。今日はいつもと違って胸元が強調されているからか、男性客の視線がそちらにも。耳と尻尾はほとんど動かないからか、ただ飾りの一つという認識のようだ。

 

 ふと、ぺたりと耳が倒れ、ぶわりと尻尾が広がった。ちょうど、怯えた猫のように。ウラルさんの視線を追うと、入り口に――エレオノール様。そして、エレオノール様の視線はウラルさんの胸元に。

 

 ああ、ウラルさんが震えている。エレオノール様は笑って、確かに笑っているのに。どうしてあんなにぎこちなく笑うのだろう。

 

 

 

 

 

 そしてもう一人。

 

「ああ、テファ……。結局シキさんに汚されちゃった……」

 

 ほろほろと涙を流すマチルダ様。時折店を訪れると、いつもそんな風に。そしてテファさんは……

 

「オニさん、ケーキのお代わりはいかがですか?」

 

 にこにこと、耳をパタパタと揺らして話しかける相手は、今まで気付かなかったぐらいに存在感がなかったのに、この店にはいてはいけないぐらいに厳つい肢体の男性。

 

「――いただこう」

 

 ……食べるんだ。

 

「はい。いつもありがとうございます。おかげで子供達も安心して働けます」

 

 テファさんがにっこりと笑いかける。相手はまるで無表情ではあるけれど、関係ないというように。他の男性客が怖々と伺うこの人は…… 

 

 ああ、そういうこと。たぶん、ガルーダ様と同じ。テファさん、あれでいて本当に強かなことを。それならテファさんが多少扇情的な恰好をしていても何も問題がない。さて、この場合に自重すべきなのは誰なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティファニアちゃんが店長となるこのお店――普段は小間使いにされている僕も、客として来れば別。特に、今日のような特別な日であれば尚更。

 

 さっきだって「いらっしゃいませ」と微笑んでくれた。

 

 お辞儀の時にぴったりとしたシャツに包まれたお胸様が強調されて、まさに絶景。いっそ邪魔なボタンなんか弾きとばしてくれないかと。あのお胸様なら可能じゃないかと僕は思うね。

 

 すぐに別の席に行っちゃったけれど、目に焼き付けたから大丈夫。それに、離れた所から眺めても良いものは良い。あのお胸様は少しぐらい離れても偉大な姿に変わりはない。

 

 ――ああ、いいね。

 

 忙しく店内を動き回って、ゆっさゆっさと揺れる胸はいいよ。そして、今日は猫耳に尻尾のおまけ付き。芸術的な美貌にお胸様、そこに猫耳セットが加わればまさに最強。兄貴の趣味だと思うけれど、やっぱり兄貴は分かっている。

 

 もう、そこに兄貴に痺れるね、憧れちゃうね。いっそあのハーレムにいれて欲しいね。

 

 ふと、足音。

 

 ――ドンと音を立て、乱暴におかれたコップ。

 

 恐る恐る見上げれば、これまた触れれば折れそうなぐらい華奢な体格に似合わないご立派なお胸様様。他が細い分尚更にはち切れんばかりの胸元が良いね。何ていうかな、ビバ、ロリ巨乳。

 

 ――もとい、無感情に見下ろすウラルちゃん。

 

「とっとと死んでください。今度こそ去勢しますよ?」

 

「問答無用!? ねえ、今日はお客として来たよ!? ねえ!?」

 

 思わず立ち上がり、グラスの水も危なげに揺れる。ウラルちゃんは嫌そうに、本当に嫌そうに目を細める。背中にゾクゾクきて、それはそれはそれで悪くない。

 

「煩いですよ、豚。とにかく、これ以上テファ様を腐った目で見るようなら――抉ります」

 

「怖いよ!? 何を抉るの!? 」

 

 ウラルちゃんは何も言わない。ただ、細められたウラルちゃんの目が紅く染まっていく。真っ赤な、それこそ滴る血のように。

 

 うん、これはあれだね。本気で怒ってらっしゃいますね。前に同じことがあった時は、一人でいた時にカッタートルネードみたいなので飛ばされたかな。あれは、さすがに死ぬかと思ったかな。

 

 となれば、地面に三つ指をつき、額を床へ。

 

「申し訳ございませんでした」

 

 踏まれたけれど、ウラルちゃんは軽いからそれはそれでご褒美――それに、ここで優しいお胸様の声が。

 

「あの、ウラルさん。お店の中では止めてね?」

 

「あ……。も、申し訳ございません。殺るなら、目立たないように殺ります」

 

 ちょっと名残惜しいけれど、お御足が離れる。

 

 うん、普段クールなウラルちゃんが焦った様子というのは萌えるものがあるね。今日はオプションの猫耳もペタンとなってなお良い。

 

「ごめんね。我慢してもらっちゃって。そうだ! あとでオニさんにお願いしておくね」

 

 止めてくれるのはお胸様だけ、本当に優しいなぁ。

 

「オンギョウキ様の手を煩わせるわけには………。大丈夫です。ちゃんと自分で殺りますから」

 

「そう? 困ったら言ってね。ウラルさんからお願いしづらいなら、私からお願いするから」

 

「ありがとうございます。申し訳ありません。豚のことになるとつい……」

 

「ううん、いいの。私もウラルさんの気持ち、何となくだけれど分かるようになってきたから」

 

 そう言って二人で給仕に戻る。ウラルちゃんから「後で殺す」と聞こえたような気がするけれど、たぶん気のせい。

 

 うん、今日は良いものも見れたし、早めに帰ろう。

 

 そうそう、ルクシャナちゃんのスレンダーな体躯もあれはあれで良いもの。テファちゃんに負けないぐらいな綺麗な顔だから、あれはあれで一つの完成した芸術品。見ていると創作意欲が湧いてくる。

 

 うん、何かやたらと大きくて怖い人がこっちを見ているような気がするから、早く帰ろう。

 

 何ていうかな、兄貴と語り合いたい。一晩でも、二晩でも、とにかく一緒に。

 

 走って帰ろう――とにかく早く。

 

 

 

 

 

 


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