混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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家族の食卓

 

「――テリヤキを一つくださいな」

 

 壮年にさしかかろうかという女性、最後の客が店番の子供へと注文する。孫がいたらちょうどその子と同じぐらいだからだろう、決して手際が良いとは言えない対応ながら、それを見る目は優しい。

 

 品物を受けとると、ありがとうと微笑みかけ、去っていった。

 

 昼時が過ぎて店も落ち着く時間、道を歩く人々も疎ら。話しかけても大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ店番にも慣れたか?」

 

「――あ、シキお兄ちゃん。うん、一人でも対応できるようになったし、楽しいよ」

 

 屈託なく笑う。まだ十にも届かないぐらいの少年だが、もう一人前と言えそうだ。子供たちだけでという意味ではまだまだ実験的な店だが、最初の狙いからすればうまくいっている。順番に店へ入る子供たち皆が、掃除一つとっても張り切っているから、店先も清潔だ。基本的なことではあっても、どの店も守れてるかというと必ずしもそうとは言えない。日本であれば常識だとしても、それがここでも常識であるとは限らない。

 

「楽しみながらやれるのは、良いことだ。作った甲斐もある。ただ、少し客入りも落ち着いてきたか?」

 

「……うん、それはあるかも。テファお姉ちゃんがいるときは行列がなくならないんだけれど、それはちょっと違うよね」

 

 子供でも、それは感じているようだった。最初の頃は行列が絶えることがなかった。もともと物珍しさというのが大きな位置を占めていたのが一巡したんだろう。

 

「――少し、テコ入れを考えるか」

 

 ぐるりとあたりを見渡す。

 

 客が入っている店はそう多くはない。それから比べれば繁盛しているようには思う。だが、いつまでも続くとは限らない。醤油とマヨネーズを使ったテリヤキという、いわば珍しさを全面に出したものなのだから。

 

 それに、開業の資金に材料は俺の持ち出し、そこに毎日ではないとはいえ美少女であるテファがいれば悪い結果になることはそうそうない。しかし、子供たちの自立をといった意味では少しばかり違う。きちんとした店舗の運営ノウハウなどなく、悪く言えば俺の道楽と言われても仕方がないようなものなのだから。

 

「テコ入れって何をするの?」

 

 子供が尋ねる。何かを期待した目。頼りにされるというのは誇らしいが、得意分野とは少しばかり違う。

 

「……アンケートでも取ってみるか」

 

 他力本願のような気がしなくもないが、ノウハウも何もない以上、客の要望を調べるというのが王道だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 テファと、その手伝いとして加わったルクシャナのおかげか、アンケートはそれなりの数が集まった。加えて、二人の効果は絶大で、皆が真剣に書き込んでいた。一枚一枚が、普通のアンケートの何倍も参考になるだろう。

 

 学院に戻り、机に広げたそれから、テファが一枚を取りあげる。

 

「……ええと、メニューが少ない」

 

 まあ、当然出てくるものだとは思う。

 

 基本的にはテリヤキバーガーもどきのみを販売している。ポテトやパイなどもと考えなかった訳でもないないが、鉄板はともかくとして、あまり複雑なものや油を使うものは子供たちには危ないかと避けた。が、一種類というのはさすがに少なすぎたかもしれない。付け合わせなり、子供たちが慣れてきた今なら追加しても良い頃合いだろう。

 

 テファがもう一枚、手にとって読み上げる。

 

「……店で食べたい。……その、私と」

 

 困ったようなテファの声。

 

 もちろん、分からなくはない。確かにテファの見た目を利用していなくもないが、決してそういう店としてやっていきたいわけじゃない。

 

「……テファ、とりあえずそれをくれ」

 

 テファが差し出したそれを、クシャリと丸める。

 

「どうするんですか? ……あ、燃えちゃった。あ、うん、それは、なくてもいいですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――結局、一番は店で食べたい、次が他にもメニューが欲しい、か。まあ、予想通りではあるな」

 

 正確に言うなら、一番がテファと食べたい、二番がルクシャナと食べたい、だった。その結果にはテファもルクシャナも複雑そうな顔をしていた。二人とも、どうしても必要ならやるとは言ったが、それは目的とは違う。

 

「ええと、それでどうするんですか? アンケートというんでしたっけ? 皆さんの意見通りにするなら、食べられるスペースを作るとか、メニューを増やすということになりますけれど……」

 

 テファとルクシャナが俺をじっと見る。

 

「ああ、両方試すつもりだ。もともと、あれが受け入れられるようならいずれはカフェ形式でというのも考えていた。今のままなら、慣れれば二人もいれば十分回していけるからな。もう少し広げるなりしないと人手が不要になってしまう」

 

 子供たちが身を立てられるように、それが第一。可能なら、技術だって身につけさせたい。

 

「――そう、ですね。本当に、ありがとうございます」

 

 テファが、まるで祈るように見上げる。テファは、子供たちのためなら全てを投げ出しても良いという節がある。それは危険で、いずれは正さなければならない。テファの根本はそこに傾いているが、テファだって幸せになっていいのだから。本人は、自分にはその資格がないと言ったとしても。

 

 そういった意味では、今回のことはテファの為でもある。子供たちが幸せであれば、テファもそんなことを言う必要はなくなるのだから。

 

「まだ、考えているだけだからな。どんなものを作るのかこれから色々と考えていかないといけない。とりあえず思いつくだけでも、カフェという形を取るからには、今までと違ってどんな店にしたいのか、どんな内装にするのか、どんなメニューを出すのか一つ一つ考えないといけないな」

 

「……どんな店かは、考えがあるのでしょうか?」

 

 おずおずとルクシャナが口にする。

 

 テファとはいつも一緒にいて、揃いのイヤリングも相まってまるで姉妹かのように仲が良い。しかし、俺にまだおびえるような隔たりがある。いつまでこの国にいるかは分からないが、できればそれもなんとかしたい。

 

 ――そういう意味でも良い機会だ。

 

「……全くない、とは言わないが、俺はこの世界では異邦人だ。センスとして違いがあるかもしれない。それに、基本的には裏方に徹するつもりだ。テファと子供たち、そして、可能ならルクシャナも手伝って欲しい」

 

「……私も、ですか?」

 

 ルクシャナが俺とテファとを見比べる。

 

「ああ、エルフの方が技術も進んでいるという話は聞いている。なら、文化的なものだってそうだろう」

 

 ルクシャナが困ったように眉根を寄せる

 

「その、私はそういったことには関わっていませんでしたよ? どちらかと言えば引きこもっていた方で……。それに、私は人間の文化に興味がありましたが、他の皆は違っていて……。だから、どちらかと言えば文化的には隔たりがあるかと思います」

 

「……そういうものか。まあ、それでもいいさ。どのみち、最初に考えているのは色々な店を見てみることだからな。メニューのヒントにもなる。だから、時間があるのならつきあって欲しい。今日はルイズ達も授業中だからな」

 

「そういうことでしたら、喜んで」

 

 言葉通り、嬉しそうな返事が帰ってくる。最初は分からなかったが、ルクシャナは食べることが好きなようだ。食べた分が体のある一部に向かっているテファはそういうものなのだと思っていたが、ルクシャナは食べているのに全てが細い。エルフというのは基本的に太らない体質なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 馬車でと考えて外へと出たが、ふと思いつくことがあった。パン、パンと手を叩く。これで、聞こえるだろうか。

 

 何だろう、とテファもルクシャナも首を傾げる。俺ももしかしたら試してみただけだったが、案外すぐに結果が出た。大きな羽音と、それとは別にもう一つ――こちらは羽音がないが――近づいてくる。

 

 大きな羽音の主、竜であるシルフィードが空から降りてくる。まだ幼竜とのことだが、見上げる高さになるシルフィードが降りると、地面がほんの少し揺れた。

 

「――呼んだのね? 呼んだからには何か食べさせてくれるのね?」

 

 抱えるほど大きな頭をすり寄せる。どこか、餌をねだる犬を思わせるような仕草で。ただし、手に触れる感触はごつごつと固い。それだけが少しばかり惜しい。

 

「……思いつきだったが、本当に来たな。時間があるのなら一緒に町へ行くかと思ってな。もちろん、主人が問題ないというのならだが」

 

「お姉さまは授業中で暇だから問題ないのね。というか、ダメって言われて絶対に行くのね。お姉さまはけちだから、今日はいっぱい食べるのね」

 

 ――まあ、本人がそう言っているのならいいか。馬よりは早いだろう。ふと、ルクシャナが何かを考え込むように、複雑そうな顔でシルフィードを見ている。視線に気づいたのか目が合った。

 

「え、と、韻竜も幼い時があるんだなって思って……」

 

「何を言っているのね。私はおまえよりもずっと長生きで、もう500年は生きているのね。分かったら私を敬うのね」

 

 器用なことに、体を持ち上げ、竜の姿で胸を張る仕草を取ってみせる。子供がやるようで可愛らしく、それでいて、大きな竜がそんな仕草をとるのは滑稽でもある。

 

「500年も生きて……。そう、ですね。私が知っている韻竜はもう何千年も生きていて、だから私が見ても威厳があって……。成長が、とても遅いんだ……」

 

 最後は消え入りそうな声で、シルフィードには届いていないようだった。まあ、その方が都合が良い。シルフィードは何だかんだでプライドがあるようだから。もっとも、ケーキ一つでどうとでもなる便利なものだが。

 

「……私も、呼ばれたような気がしたのですが」

 

 鳥の姿でやってきたウラルは、シルフィードと話をしている間に人の姿を取っていた。黒いワンピースに身を包んだ、10歳ほどの少女の姿。微かに首を傾けると、くすんだ金の髪がケープの上をサラと流れた。

 

「ああ、これから行く店はケーキもあるだろうから、時間があれば一緒に行くかと思ってな。甘いものは好きだろう?」

 

 以前――その時もシルフィードが一緒だったか――喫茶店でケーキを食べた時、本当に幸せそうだった。

 

「う……。お、お誘いいただいたのは本当に嬉しいのですが、子供たちも、見ていないと……」

 

 本当に、本当に残念そうに口にする。つい、と逸らした目元に涙を幻視するほどに。

 

「ふーん、おまえは真面目なのね。じゃあ、留守番はよろしくなのね。シルフィがおまえの分まで食べてくるのね」

 

 キュイキュイとシルフィードが口にする。おそらく悪気はない。それは分かってはいるのだろうが、ウラルの肩はワナワナと震えている。小さな手は、ただでさえ白い肌が青白くなるほどに握りしめられ、今度こそ目には涙が浮かんでいた。

 

「……死ねば……いいのに」

 

 ぎりぎりと、血を吐くように口にする。

 

「……一日ぐらい、問題ないと思うぞ?」

 

「……いえ、お誘いいただいて申し訳ないのですが、大切な仕事ですので」

 

「そうか。……土産ぐらいは買ってこよう」

 

 呼んだだけに、可哀想だったかもしれない。

 

「私も、買ってくるから。チョコレートケーキが好きだったよね?」

 

 テファが口にする。一緒にいることも多いから、好みは把握しているんだろう。

 

「――ありがとう、ございます」

 

 ウラルが、ぱあっと嬉しそうに表情をほころばせる。ウラルも随分と感情豊かになった。これは、テファのおかげだろうか。

 

「ふーん、新鮮な方がおいしいのに?」

 

 シルフィードが首を傾げる。そっと、今にも飛びかかりそうなウラルを捕まえる。

 

「シルフィード……」

 

「ん? 何なのね、お兄さま?」

 

「おまえも留守番しようか?」

 

「な、なんでそんなことを言うのね? 私が何か悪いことをしたのね? 何でなのね? いっぱい食べたいのね!? 許してなのね!?」

 

 シルフィードが大きな体でばたばたと暴れる。まさに駄々をこねる子供そのもののように。

 

「……韻竜って、こんな生き物なんだ……。こんな、ただのバカみたいな……。エルフと並ぶ精霊の力の使い手なのに……」

 

 悲しそうなルクシャナの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてもついていくといって聞かなかったシルフィードも連れて、この国で軽食を出す店を回ってみた。改めて見てみると、日本とそう変わるものではないようだった。むしろ、日本であれば雰囲気が良いと評されるものがごくごく自然にあった。

 

 内装一つとっても、落ち着いた木の柔らかさがそこここに感じられる。アンティークだとか言ったことにこだわらなくとも、そういったものしかないのかもしれない。何せ、家具は一つ一つが皆、手作り。大量生産では不可能な優しさがある。手で触れると、それがごく自然に伝わってくる。

 

 それは出てくる料理だって同じ。軽食も一つ一つ作っていて出来合いのものなんてない。パンだってきちんと焼いたパン屋から買っているし、中には釜を持っているところもあった。

 

 今いる店がまさにそう。

 

 確かに、扱っているものの種類は少ないが、欠点とまで言うほどのものではない。定番というべきものはきちんと押さえているのだから。

 

 むしろ、奇をてらっているのはこちらだ。

 

 いっそ、ファーストフード的なものにシフトしてしまった方がよほど面白いのかもしれない。ただ、子供たちが率先してそういったものをというのは何か違う気がする。

 

 もちろん、効率化し、できるだけ簡単にするというのは悪くない。子供が仕込みで朝早かったり、夜遅くというのは良くないのだから、それを軽減するというのは大切なことだ。行きすぎなければ、あれはあれで十分なメリットがある。

 

 たとえば、仕込んだものをまとめて作って冷凍、それなら勉強との両立だってできるだろう。

 

 もちろん前提として、冷凍庫、オーブンなどが必要だ。ただ、薪のオーブンだとやはり時間がかかるし、危ない。もっと簡単に使えるものが欲しい。前に市場で魔法を使って保存をしていたが、同じ様に調理器具で魔法を使ったものでもあれば……。この国にはないようだが、エルフの国はどうだろう?

 

「――ルクシャナ」

 

「ふぁ、ふぁい……」

 

 食べていたものを、大慌てで飲み込む。

 

「な、なんでしょう?」

 

 食べていたものは手に握ったまま。チーズを練りこんであるのか、ふわりと香ばしいパン。

 

 そういえば、もう3件目だが必ず何かを食べている――まあ、いいか、もう少し丸くなっても丁度良いぐらいだろうから。休まずに食べ続けているシルフィードは、いつも通り。

 

「エルフの国に、薪がいらないオーブンのようなものがあるか聞きたくてな」

 

「オーブン、ですか? ありますよ。ただ、精霊と契約してその力を借りるというものです。簡単なものなら私でも作れます。ただ、使うのも精霊の力が必要なので……」

 

「……そうか。魔法の力が必要か。単純に火があればいいといっても、そう簡単には行かないか。暖めるにしろ、冷やすにしろ、メイジが必要というのは難しいな……。いや、なんとかなるか?」

 

 ようは魔法が使える人間がいればいいというのなら。

 

「子供たちにメイジの血を引いている子は、たぶん、いないと思いますよ? 私も、そういう魔法は苦手で……」

 

 申し訳なさそうにテファが言う。

 

「ああそうだな。まあ、何とかする。とりあえず、テファ達はどんな内装が良いのか、どんなものを出すのか考えておいてくれ。他の店にも行くから、ルクシャナにシルフィードは食べ過ぎない程度にな」

 

 今までにルイズ達とも入った店を一つ一つ回る。改めて見てみると、やはりそれぞれに水準が高い。大衆食堂以外は基本的に貴族、それでなくとも富裕層を対象としているということもあってか、特に欠点もない。

 

 唯一、接客には難があったがこれは仕方がない。今回はテファにルクシャナは言わずもがな、加えて人の姿をとればスタイルも見目も良いシルフィードを連れている。違う相手と来る度に舌打ちされるのはすでに慣れている。さすがに、門前払いを食らったのはまいったが……

 

 だが、十分にヒントにはなった。

 

 テファも色々と得るものがあったようで、スケッチを含めてそれぞれの店でとったメモが少しずつ増えていった。これだけ熱心にできるのなら、とにかく一度、試してみても良いだろう。失敗しても、テファなら無駄にすることはない。

 

 せっかくだ。あとは家具も見てみようか――

 

 

 

 

 

 

 家具のない建屋は、要所要所に柱があるだけで広々としている。我先にと入った子供たちが駆けられるほどに。

 

 だが、決して寒々とした寂しさはない。差し込んだ光が床をゆらゆらと漂っていて、どこか暖かい。場所も街角と、人通りについても申し分ない好立地。これだけ店を構えるのに好条件が揃っていてのに家賃は相場よりも安いとのこと。トリステインの景気は今一つだからかと思えば不安だが、今は好都合。

 

「――シキさんに、オニさーん。材木はこっちにお願いしまーす」

 

 店の中心となる場所で、ぶんぶんとテファが手を振る。自分達で作る、本当に自分達の店になるということでやはり楽しそうだ。

 

「ああ、分かった」

 

 テファの様子は好ましい。

 

 商才には乏しいかもしれないが、やる気は十分。やる気さえあれば、いずれは足りないものも身に付くだろう。俺は、それの手助けをするだけだ。

 

 ――さし当たって今日は、家具作りの手伝いを。

 

 一緒に丸太を担いでいる人の姿を取ったオンギョウキへ振り返ると、うなずきが返される。身長差があるからバランスは悪いが、重さは互いに一人でも問題ない。ただ、壁にぶつけることにさえ注意すればいい。

 

「じゃあ、姉さんにエレオノールさん。まずはここに円テーブルをお願いします」

 

 心得たと、二人が笑う。見る間に材木は形を変え、その不思議な様子に子供達も目を輝かせる。

 

 材料さえあれば、あとはテファのアイデアをマチルダとエレオノールが練金を使って家具に形に仕立てあげる。

マチルダは村での生活の中で、エレオノールも祭壇を作るといった経験があり、思いの外戸惑いは少なかった。

確かに作り込みが甘い部分はあったが、実際にものを見ながら作り直すことでなんだかんだで形になる。

 

 家具を手作りにしたのには理由がある。家具には在庫というこものがなく全て注文生産ということで、できれば早く、それでいて安くということで自分達で準備することにした。魔法を使うという普通とは違う手法。材木の乾燥も魔法でなんとかできるのだから、本職よりよほど効率が良い。それに、つなぎ目の存在しない円テーブルなど、よほど大きな木材から彫り込まなければできないものだ。もちろん、そういったことが得意なメイジがいて初めてできることではある。

 

 そして、厨房も他とは違う。普通の店にはない「魔法を使った」オーブンに、冷凍庫を設える。使用するには魔法で火を入れたり冷やすことが必要だが、これがあれば随分と効率化できる。仕込みの手間を減らして、料理を出す際にはすぐに準備できる。なにより、子供達だけでも安全に調理ができる。他にも、本当に子供たちのことを考えているテファならではのアイデアがそこここにある。

 

 ――そんなテファの指揮の元、ようやく店が形になる。

 

 子供たちが働きやすいように、そして、家族でも来やすいように、それがテファが大事にしたかったコンセプト。そのために丸いテーブルをゆったりと並べて配置した落ち着いた空間。

 

 料理も、毎日テファが可愛らしく唸りながら考えた。味見役はシルフィードにルクシャナ、ウラルとが喜んで協力した。太るということには無縁な3人だ、随分と活躍したことだろう。それをうらやましげに見るマチルダとエレオノールを横に。

 

 そして俺は、魔法を使える人間の心当たりの方へ。

 

 いずれは必要だと思っていた、娼館の子供達の社会復帰。予想通り、魔力を持った子供が混ざっていた。あくまで想像だが、貴族の御落胤というものだろう。その所行に思うところがないではないが、今は都合が良い。

 

 多かれ少なかれ心に傷を負っている子供ばかりだったが、まずは二人。双子らしいアイリとイリヤという少女。閉じこめられていたという境遇からか、陽の光を知らないように真っ白な肌と、腰元まで伸ばした銀の髪。そして、子供でありながら身にまとう妖艶な空気。理由は、血筋に加えて、男を知っているということだろう。男に媚びなければ居場所すらなかった二人。火と氷の魔法の簡単な手ほどきだけをして、あとはテファに任せた。俺にはそれ以上のことはできない。テファなら、傷ついた子供の助けになることができるだろうから。店が、二人の居場所になることも期待して。いずれは、他の子供も任せたい。

 

 

 

 

 そして、新装開店の日、テファが看板をかけた。若草色に、文字を白抜きしたもの。

 

 店名は――家族の食卓

 

 これは、テファが何より大切にしたかったこと。

 

 皆が家族としていられるように、そして、来た人がその温かさを感じられるようにという願いを込めて。


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