混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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布の中には

 ルイズ様の部屋。

 

 ノックをすると、機嫌の良さそうな返事が返ってくる。

 

 ほんの少しだけ、肩の荷が下りる。行儀が悪いけれど、持ってきたものを片手に、扉を左手で開く。

 

 

 

 

「――ウラルです。おやつをお持ちしました」

 

 おやつの言葉に、振り返ったルイズ様がぱあっと笑顔になる。一番好きなクックベリーパイを選んだ。だから、もしものことがあってもきっと大丈夫。

 

「あ、服を変えたの?」

 

 ルイズ様が首をかしげる。不機嫌になった様子はない。だから、まだ気づいていないはず。

 

 トレイを机の上に置いて、茶葉を入れたポットにお湯を注ぐ。合わせて、温めるためにカップにも。

 

「はい。いつも同じ服ばかりというのも飽きてしまうので。といっても、ケープを羽織ってみただけですけれど。あまり、似つかわくないでしょうか?」

 

 いつものワンピースの上に、前で合わせるケープを肩から羽織った。腰元までのゆったりとしたものだから、上半身がすっぽりと収まる。

 

「ううん、可愛いと思うわよ? 小柄なあなたにはぴったり。あ、でも、全部が黒じゃなくてもいいかもしれないわね。そうね、首元に飾りでもあればいいんじゃないかしら?」 

 

「えーと、こんな感じでしょうか?」

 

 首元からゆっくりと手でなぞると、形が変わる。元を辿れば、この服も私自身の一部。だから、ちょっと形を変えるぐらいなら簡単にできる。ただ、普段はやらない、やれないだけで。

 

「あ、自由に変えられるんだ……。便利ね。ちょっとうらやましいなぁ」

 

 面白いおもちゃを見つけたような、素直なルイズ様の感想。

 

「私は使いこなせていないですけれどね。細部までイメージする必要があるのですが、私はデザインには疎くて……。今変えたこれだって、馴染んだものだからすぐにできただけですし」

 

 首元を撫でると、ふわふわと柔らかな感触。ケープの首元をぐるりと覆うように、真っ白な綿毛をつけた。別になんの捻りもない、単に自分の本来の姿の首元と同じようにしただけだ。どこかでそういう服を見たことがあったから、それをそのまま参考にしてみた。

 

 と、そろそろいいかな?

 

 カップのお湯を捨て、十分に葉が開いた紅茶を注ぐ。

 

「――ありがとう。あなたはどうするの?」

 

 ルイズ様が尋ねる。誘うような視線は、私も食べるかどうかということだと思う。

 

「いいえ、今回は遠慮しておきます。エレオノール様へもお持ちしなければいけませんので」

 

 私だってお菓子は大好き。嬉しいお誘いだけれど、それ以上に今日は確かめないといけないことがある。

 

「そっか、残念。ウラルは本当に働き者ね。ね、やっぱり私の使い魔になってくれない?」

 

 冗談とも本気とも、――いや、十二分に本気の声。

 

「ルイズ様には、シキ様がいらっしゃるじゃないですか。シキ様を差し置くわけにはいきません。それに、何か用事があっても言いつけてくだされば大丈夫ですよ」

 

「……うーん、それとこれとは別なんだけれどなぁ。まあ、ウラルがそういうなら仕方ないか」

 

 ルイズ様がカップに口をつける。

 

「――うん。ウラルも紅茶を入れるのがうまくなったわね。これなら十分合格点をあげられるわ」

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると、私も嬉しいです。では、これで失礼しますね」

 

「あ、うん。ウラル、いつもありがとうね」

 

 ひらひらとルイズ様が手を振る。

 

 ――良かった。ばれていないみたい。このまま隠し通せるといいんだけれど。

 

「……あ、そうだ」

 

 背中に声をかけられる。

 

「何でしょう?」

 

 ひやり、と背中を汗が伝う。

 

「今度、一緒に服を買いにいかない? いつもウラルには助けてもらってばかりだから、お礼をしたいの」

 

「……え、と……」

 

 ルイズ様は名案だと、とても嬉しそう。でも、一緒に服を選ぶのは、ちょっとまずい。

 

「……駄目?」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ悲しそうな声。

 

「そんなことは……。私も、嬉しいです。もし、ルイズ様にお時間があれば、その時にでも」

 

「良かった。じゃあ、次の虚無の曜日にでも一緒に行きましょう」

 

「――はい。その時にはご一緒させていただきます。では、失礼しますね」

 

 パタンと扉を閉め、ふうと息をつく。

 

 ……まずい。とてもまずい。

 

 ゆっくりと、ケープの片方を持ち上げる。今までは布を巻いて隠していたけれど、ブラのせいで持ち上げられて……。はっきり言って、余計に目立っている。

 

 また布で隠すにしても、一緒に服を選べばばれてしまうかもしれない。隠していてばれるというのは、尚更にまずい。

 

「……こんなことになるぐらいなら、胸なんてなくてよかったのに。完全に男なら男で、それでもいいし……。そうすればあの豚の相手をする必要だってなくなるのに」

 

 変態の豚は今でもすり寄ってくる。本当に気持ち悪い。気持ち悪いって言っているのに、諦めないし。本当に厄介。

 

 視線を落とすと、そこにも困ったもの。今となっては本当に厄介者でしかない胸を持ち上げる。ぐにゃりと形を変えるそれは、ずっしりと重い。

 

「……重いし、揺れると痛いし。潰したら潰したで息苦しいし……」

 

 ……困ったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペンを走らせていると、コンコン、と外から呼ぶ音が聞こえた。

 

「――誰かしら?」

 

 振り返り、尋ねる。

 

「ウラルです。休憩に、お菓子とお茶をお持ちしました」

 

 もう、そんな時間だろうか? 机に視線を戻せば、たった今格闘していた書類の他に、それなりの束になった紙片が積まれている。うん、休憩にはちょうど良い時間かもしれない。

 

「ありがとう。鍵はかけていないから入って頂戴」

 

 失礼します、と器用に片手でトレイを持ったウラルが入ってくる。いつも通り表情には乏しいけれど、今日は少しだけいつもと様子が違う。

 

「服を変えたのね。――ふふ、似合っているわよ。お人形さんみたい」

 

 本当に可愛らしい。いつもの真っ黒なワンピースの上に、緩やかなケープをかけている。そちらも色は真っ黒だけれど、首元のファーがふわふわととても柔らかそう。

 

 真っ白なそれは、しっとりとした黒の中によく映える。小柄な体に大きなそれは、寒さに体を丸める鳥のよう。本来の姿が鳥だという彼女には、とても相応しい装いなのだと思う。

 

「――ありがとうございます」

 

 珍しく、安心したようにふわりと笑う。そして、休憩にいつも使っている丸いテーブルの上にトレーを載せ、てきぱきとお茶の準備を始める。

 

 ふわと香る、香ばしいパイの匂いが食欲そそる。ああ、お腹が空いていたんだと、体が分かる。頭を使った後はやっぱりお腹がすくし、甘いものがとても美味しい。太らないようには気を付けないといけないけれど、この至福の時間には代えがたい。はしたないけれど、我慢できなくなってテーブルへと移る。

 

 目の間に置かれたカップに、紅茶が注がれる。微かな柑橘系の香りと、カップの中の濃いオレンジ。今日は、アールグレイかしら?

 

「――はい、今日はアールグレイです」

 

 考えていることが分かったのか、肯定するウラルの言葉。打てば響く、この子といるのは心地良い。子供ながら――ウリエルさんの言葉だとまだ生まれてそう時を経ていないとのことだったけれど、とてもよくできた子だ。あまり子供は好きじゃなかったけれど、こういう子だったら素直に欲しいなぁと思う。本当の子供は、もっとずっと手がかかると思うけれど。

 

「――どうぞ、冷めないうちに」

 

「ええ、いただくわ」

 

 香りを楽しみ、喉を潤す。うん、余分な渋味も出ていなくて美味しい。

 

「本当に美味しいわ。お茶を淹れるのがうまくなったわね」

 

「ありがとうございます。さきほど、ルイズ様にも褒めていただきました。では、また何かありましたらお呼びください」

 

 実家のメイド達にも見習わせたいぐらいに綺麗なお辞儀をして部屋を出ていく。扉を閉める微かな音もなくて、感心するぐらいに躾が行き届いている。

 

「――ううん、別にメイドってわけじゃないんだから、何かご褒美ぐらいあげてもいいわよね。何かなかったかしら? というか、好きなものって何かしらね。ええと、光物……とか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……良し。ばれなかった」

 

 お二人にばれなかったということで、思わずぎゅっと、胸の前で拳をにぎる。次の週の買い物だとかの心配事はあるけれど、ひとまずは大丈夫。

 

「子供たちの様子だけ見たら、ちょっとお昼寝しようかな……。少し、疲れちゃったし……」

 

 大分、朝方の生活には慣れてきたけれど、やっぱり眠いものは眠い。体に、魂に染みついたリズムはそうそう変わらないみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あら、ウラルさん? あ、今日は服を変えたんですね。うん、似合っていますよ」

 

 テファ様が屈託なく笑う。子供たちが浮かべるものと同じ、本当に純粋な人。そんな人だから、子供達も心から信頼している。ぽかぽかとした陽気の中、この人の周りはより一層温かい。そういったものに疎い私でも感じられるぐらいに。

 

「……ええ、おかげ様で。ブラもそうですけれど、可愛いものもいいかなと思って」

 

 だから、この人には悪意なんていうものは一欠けらもない。たとえ、私にとってはとても危険なことであっても。

 

 ふと、一人の男の子がとことこと歩いてきた。私の目の前で止まると、そのままペラ、とケープを持ち上げる。そして、じっと見ている。

 

「……何を、しているんですか?」

 

「……ううん。……触っていい?」

 

「……胸を、ですか?」

 

「うん」

 

 こくん、と可愛らしくうなずく。

 

 あの豚と違って、欲情、というわけでもないみたい。でも、躾としてはいいのかが判断がつかない。

 

 ちら、とテファ様をうかがう。相変わらず、子供達がじゃれついている。歩くたびに揺れる胸を楽しそうに触っている子がいるから、そういうものなのかもしれない。

 

「……別に、いいですけれど。ただ、テファ様の方が大きいでしょう?」

 

「ウラルお姉ちゃんのがいいの」

 

「……そうですか。じゃあ、どうぞ」

 

 左右のケープを持ち上げると、男の子が両手を伸ばす。つっつかれると、少しくすぐったい。そして、男の子が両手で持ち上げる。

 

「大きいね」

 

 何が楽しいのか、男の子が笑う。

 

 どう返せばよいのか、迷う。大きいというのは、たぶん、褒め言葉にはなる。でも、ありがとうというのも何か違う気がする。

 

「……大きい、らしいですね。私にはよく分からないですけれど」

 

「うん、大きいよー」

 

 むにむにと、男の子の手が動く度に面白いように形が変わる。まるで自分の胸じゃないみたい。

 

 ふと思う。子供にとっては粘土遊びのようなものなのかもしれない、と。子供がそういうもので遊ぶという話は聞いたことがある。情操教育というものになるのなら、必要なのかもしれない。別に、減るものでもないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳元を過ぎ行く風の音。ゴウゴウと荒れ狂うその音は、まさに僕の心そのもの。徐々に、風が渦を巻く。中心にいる僕はまるで風と一体になったようで、何でもできそうだと感じるほど。

 

「何だよ、この風!? 誰だ!?」

 

「マリコルヌ!? あいつはドットじゃないのか!?」

 

 今の僕には喧噪など、心を乱すものにはなりえない。

 

 ――ただ、思う。

 

「……妬ましい」

 

 僕の心にはただ一つ、その感情のみがある。

 

「――僕も、触りたい! 心行くまで揉みしだきたい!」

 

 あれはきっと、とろけるように柔らかい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――豚が来た。

 

 ――風を纏った豚が来た。

 

 豚を中心に、風が渦を巻いている。人が集まってきても、誰もが抑えるように言っても届かない。

 

 ただ豚は進む。

 

 私達のいる場所へ、まっすぐと。私達とじっと見たまま。あのぎらつく目は見たことがある。あれは、欲望に濁った目。

 

 ほんの10歩の先、豚が立ち止まる。でも、風はなおも勢いを増していく。

 

 私とテファ様とで、怯える子供達を後ろに庇う。なびくだけだったケープも、風に巻き上げられ、飛ばされた。

 

「……何の、つもりですか? 」

 

 問いに、豚が口を開く。豚から腐臭が立ち上るのを幻視した。

 

「――おっぱい! 触りたい!」

 

 私は後悔する。

 

 この豚はいてはいけない。

 

「――殺しましょう。あれは、話が通じません」

 

 私の言葉に、テファ様がうなずく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外が騒がしい。

 

 聞こえてくる喧噪。そして、まるで嵐のようにガタガタと揺れる窓。私は走る。外で何かが起きている。声の先は、広場?

 

「――あ、お姉さま! 何の音ですか!?」

 

 走ってきたルイズ。

 

「知らないわよ!? 危ないかもしれないから、あなたは部屋に戻っていなさい!」

 

「お姉さまだって危ないかもしれないじゃないですか!」

 

 もっともではあるルイズの反論。

 

「私はいいの! まがりなりにも教師なんだから!」

 

「私だって、心配なんです!」

 

 ルイズは、そういう子だ。それは、私がよく分かっていることだ。

 

「――もう、勝手になさい!」

 

 とにかく走る。今はとにかく急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――学院長!?」

 

 息せき切って走り込んで来たコルベール君。勢いのせいで、限界まで開いたドアが軋んだ音を立てる。

 

 学院長室へそんな真似をするというのはたしなめるべきこと。しかし、それ以上にやるべきことがある。

 

「分かっとるわい!」

 

 なんの前触れもなく巻き起こった嵐、これはただ事ではない。遠見の鏡を起動させる。この学院は何が起こってもおかしくない魔窟。映りこむのは学院の広場。嵐の中に立つ一人の生徒。そして、対峙するは、子供を庇う二人の少女。

 

 ――まずい、風に揺れるあの胸は

 

「ミス・ロングビルの妹、つまりはかの者の愛人候補じゃ!!」

 

「なんですと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私達が辿り着いた時、既に嵐は収まっていた。だが、その場は混沌としていた。

 

 

 泣いている子供達と、それをあやすテファにウラル。皆が取り巻く中心には、太り気味の一人の生徒。それが地面に転がり、奇声をあげている。ただ、「おっぱい」と。意味が分からないけれど、なんとなくむかつくことを言っているのは分かる。

 

 それはそれとして、良く見れば彼はルイズの同級生。確か名前は、マリコルヌ……だったと思う。その生徒をシキさんが踏みつけ、首元にウリエルさんが剣を突き付けている。

 

 本当にどういう状況だろう。二人ともが、難しい顔をして相談している。私達は二人のもとに駆け寄る。

 

「何があったんですか!? というか、何をしているんですか!?」

 

 シキさんが困った顔で答える。

 

「いや、俺もよく分からないんだが……。とにかく、テファとウラルが襲われそうだったんだ」 

 

「はあ? そんな命知らずな……。とにかく話を整理しましょう。……そしてあなたは、おっぱいおっぱいうるさいわよ! 喧嘩を売っているの!」

 

 脂肪でたるんだお腹に蹴りを入れる。ぐえっという音と、ぐにゃりと沈み込むような嫌な感触。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅れてきた学院長を交えて、地面に埋めてようやく落ち着いたマリコルヌに取り調べを行った。分かった動機はただ一つ、うらやましかったと。

 

 テファとウラルが子供達に胸を自由に触らせていて、それがうらやましくて自分を抑えられなかったと。

 

 本当にくだらない。一回蹴るだけじゃ足りなかったかもしれない。

 

「――エレオノール嬢、どう思うかね?」

 

 恐る恐るという体で学院長が私に尋ねる。ここは学院長が取り仕切るべき場だとは思うけれど、まあ、いい。

 

「――とりあえず、去勢しておきましょう」

 

 私の提案に、女性陣からはおおむね賛成の声が上がった。

 

 テファは、悩んだ様子だったけれど納得した様子。

 

「それで子供達に危害が及ばなくなるのなら……」

 

 ウラルは、ただ一言。珍しく口が悪い。

 

「――豚は、死ね」

 

 ルイズは、同級生ということで同情はあったのかもしれないけれど、結論は一緒。

 

「まあ、仕方ないよね……」

 

 妹のことだからと加わったマチルダさんは、ただ冷静に判断する。

 

「確かに、去勢されればもう変な気は起こさないでしょうしね」

 

 うん、少し生ぬるいかもしれないけれど、皆賛成のようだ。ウラルの言うことも分からなくはないけれど、それはちょっとやりすぎかもしれないから、去勢ということで場を収めよう。

 

「じゃあ、早速……」

 

「待って!? 待ってください! 去勢されたら男として終わってしまいます! どうか! どうか御慈悲を!」

 

 地面に埋まったマリコリヌが、頭だけぶんぶんと振って器用に暴れる。

 

 そこに学院長が追随する。

 

「……その、二人の胸があまりに魅力的だっただけで、若さゆえの過ちだったと思うんじゃ。どうにか、他の罰にしてもらえんじゃろうか? ほれ、跡取りも必要じゃと思うしの……」

 

 びくびくと様子がうかがいながら学院長が嘆願する。

 

「……私はこの豚の血筋は根絶やしにすべきだと思うのですが」

 

 ウラルは嫌そうに、そう口にする。

 

 確かに学院長の言う通り、貴族にとって跡取りを残していくというのは大切な責務ではある。

 

「……でも、被害者がこう言っていますしね。ああ、そうだ。ちなみに、シキさんはどう思います?」

 

「……なぜ、俺に聞く?」

 

「いえ、何となくシキさんはどう思うのかなって……。特に他意はないんですけれど」

 

 本当に、他意はない。

 

「……まあ、若いというの鑑みれば少しは情状酌量の余地がないでもない、か」

 

「ありがとうございます! 流石、兄上は話が分かる! もてる男は違いますね!」

 

 マリコルヌがまくしたてる。皆の冷たい視線と、シキさんの本気で嫌そうな顔にすぐに黙ったけれど。

 

 そして、ぼそりとルイズが言う。

 

「……ふーん。シキ、甘いのね。そうよね、シキも去勢が必要になりそうな真似、色々とやっているものね」

 

 シキさんが気まずそうに目をそらす。

 

「ルイズ、あなたの言いたいことはよーく分かるわ。でも、去勢は駄目よ。別のことで反省してもらわないと」

 

 マチルダさんもそれには同意する。

 

「そうですよ。去勢なんてしたら、困る人だっているんですから。確かに、変な性癖を持っていたりするんですけれど」

 

 ルイズが眉を顰める。

 

「……私は、二人にも反省して欲しいことが沢山あるんですけれど」

 

 私とマチルダさんはお互いに目を合わせて、逸らす。

 

「――とにかく、これで結論は出たようじゃの! 罰はもっと穏便にいこうではないか。そうじゃ、今回は二人と子供達に迷惑をかけたんじゃ。子供達の世話をするのに好きなだけこき使うということでどうじゃろう!?」

 

 好機、と判断したのか、学院長が一息にまくしたてる。豚――じゃなくて、マリコルヌも。

 

「誠心誠意、尽くさせていただきます。靴を舐めろと言われば舐めます! むしろ、舐めさせてください!」

 

 気持ち悪い――けれど、これは反省なんだろうか。

 

「――二人はどう思うかしら?」

 

 こうなれば、決めるべきはテファとウラルだろう。二人とも、眉を顰めた複雑な表情。

 

 テファは迷うように、でも完全に否定できないように言う。

 

「子供達に絶対に危害を加えないという保証があるのなら、確かに人手は欲しいですけれど……」

 

 ウラルは、そんなテファの様子を見て苦々しげに口にする。

 

「私は、この豚は信用できません。ですが、テファ様の助けになるのなら……我慢します」

 

「――よし、このような状況で不埒な真似に及ぶということはないじゃろう! よし、これで一件落着じゃの!」

 

 強引に学院長がまとめる。まあ、それならそれでいい。

 

「ひとまず、学院長が保証するということなら問題ないでしょう。……なんですか? 今更撤回するつもりですか? 命がけで生徒を守ろうとするのは流石学院長だと思ったのですが」

 

「……え、わし、命をかけるの?」

 

「かけるんですよね?」

 

「学院長!? どうか!? どうか、見捨てないで!?」

 

「ほら、マリコルヌ君もそういっていますよ」

 

「……そう、じゃの。そういうことになる、か」

 

 がくりと肩を落とし、この世の終わりを見たらかくやと低く唸る絶望の声を上げる。

 

「――まあ、今回の件はこれでお仕舞ということかしらね。……ところで、一つ気になっていることがあるんだけれど、いいかしら?」

 

 ウラルに尋ねる。

 

「――ああ、私も気になることがあったんですよ。たぶん、同じことですよね?」

 

 ルイズが続ける。ええ、きっと同じことだろう。遺憾ながら、お互いにとても気になる内容だから。

 

「何でしょう?」

 

 ウラルが可愛らしく首をかしげる。その拍子に、立派な、本当に立派な胸がたゆんと揺れる。今まで良く隠していたものだと感心するぐらい。テファほどじゃないにしろ、手に収まりきれないぐらいに立派な胸。ウラルは小柄な分、それが一層際立つ。

 

「――ウラル、本当は立派な胸があったのね?」

 

 ルイズも言う。

 

「――ええ、本当に立派。嫉妬しちゃうぐらい」

 

「……え? あ、あ、あー!?」

 

 さあっと顔を青ざめさせたウラルが、かけていたはずのケープを探す。でも、どこにもない。あるのは、立派なウラルの胸だけ。妬ましいまでに立派な胸。慌てた様子で体を動かす度に、たゆん、たゆんと上下に跳ねる。とても柔らかそうで、触りたいというのも分からなくはない。とても、うらやましい。あんな胸があれば色々なことができると思うと、本当にうらやましい。

 

 ふと目があったウラルはずるずると後ずさり、壁にぶつかる。そして、そのまま地面にくずおれる。頭を抱えてがたがたと震えながら。ただひたすらに、ごめんなさい、捨てないでと繰り返す。

 

「……幾らなんでも、怯えすぎじゃないかしら? ねえ、そんなに怖かった? ねえ?」

 

 確かに、目の前で揺れる胸は面白くはないけれど。

 

「え、姉さまだけじゃなくて、私も?」

 

 ウラルは泣きじゃくり、ごめんなさいと繰り返す。普段の大人びた様子とは別人、見た目相応の子供のように。

だったら、泣かせた私が悪者だろうか。振り返ったらシキさんも、他の皆も気まずげに目を逸らすだけ。

 

 ……そういう扱いをされると、私も泣きたくなるんだけれど。

 

「ひたっ!? ふぁんふぇふへふんへふは!?」

 

 つねりあげたルイズが非難の声を上げる。

 

「……全部、私のせいにしようとするからよ。それより……、ねえ、ウラル?」

 

 体がびくんと跳ねた。ウラルのそばにしゃがみ込む。

 

「……あ、あ……う……」

 

 ウラルが言葉にならない呻き声をあげる。本当に、私はどういう風に思われていたのか……   

 

「私はあなたのこと、好きよ? だから、怒ってないわよ。……そりゃあ、ちょっとうらやましいけれど」

 

 羨ましいのは本音だから仕方がない。見よう見まねだけれど、母親がそうしていたように背中を優しく撫でる。

 

「…………です、……か?」

 

「ん?」

 

 ウラルが途切れ途切れに何かを言った。

 

「……私、……捨て、ないですか?」

 

 泣きはらした目で、縋るように見上げる。

 

「捨てたりなんてしないわよ。あなたみたいな優秀な子、捨てたらもったいないじゃない」

 

 捨てられるなんて、本気で心配していたんだろうか? 胸が大きいからなんていう理由で。

 

「……切り、落とさなくて、いいですか?」

 

 ……切り落とすって、胸を?

 

「そんなこと言わないわよ!? 私は悪魔!?」

 

 ひう、とウラルが悲鳴を上げてまた震えだす。思わず、空を見上げる。

 

「……私も、泣いていい?」


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