混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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素敵な布

 丸く、膨らみをもって縫い合わされた二つの布を組み合わせたもの。広げてみると、ずんぐりとしていてお世辞にも可愛いとは言えない。それぞれが人の頭ぐらいあって、とても大きい。でも、これでも最近はきついぐらい。何度か手直しはしたけれど、もう限界かもしれない。

 

「――買い換えないと、駄目かなぁ」

 

「テファ、あなたまた胸が大きくなったみたいだものね」

 

 のぞき込んだ姉さんが言う。

 

「うん、ちょっときついかも。もう買い換えないとどうしようもないかなぁ。買うと、高いんだけれど……」

 

 ブラは本当に高いし、それに、大きいものだとあまり可愛くない。でも、つけていないと歩いているだけでも揺れすぎて痛い。ただでさえ肩が疲れるのに、小さなものと違って可愛いらしいものが全くない。本当に、胸が小さい人がうらやましい。

 

「まあ、ねえ……。とっくの昔に私よりも大きくなっちゃったし。ああ、シキさんにでも見立ててもらったら? 好みに合わせたらきっと喜ぶわよ」

 

 姉さんがひらひらと手を振る。

 

 うーん、でも、たしかにシキさんもたまに見ていて気にしてくれているみたいだし、そうなのかな。

 

「……うん。そうするね」

 

 立ち上がろうとしたら、姉さんにしっかりと肩をつかまれた。

 

「駄目。お願いだから止めて。私が唆したなんて知られたら今度は何をされるか……。そうだ。ルクシャナ、ルクシャナと一緒に行ってきたらいいじゃない。たぶん、あの子も日用品とか必要だろうし。そうしなさい、お願いだから」

 

 何でここまでと思うぐらい、妙に必死。

 

「そ、そう? じゃあ、せっかくだからルイズさんも誘おうかなぁ」

 

「それも、止めなさい」

 

 必死、とは違うけれど、ついと目をそらす。

 

「どうして?」

 

「どうしてって……。しっかりと教えていない私のせいかなぁ。えーと、何て言えばいいか……。前々から言っているけれど、あなたの胸はすごく大きいのよ」

 

「……うん。おかしいんだよね。お店にサイズが合うものなんてなかなかないし」

 

 街を歩くと、男の人も、女の人も皆驚いたように見ている。

 

「ああ、悪い意味じゃなくて、むしろ良い意味。男の人は大きなそれが大好きなの。皆、凝視しているでしょう? 触りたくて仕方がないのよ」

 

「じゃあ、シキさんも?」

 

「まあ、好き、でしょうね。でも、あの人は小さいなら小さいでいいみたいよ。……本人には絶対に言わないでね? 私が大変なことになるから。とにかく、あなたの胸は男の人なら大好きだし、それが魅力になるの。だから、胸が小さい人にとってはうらやましくて仕方がないものなの。だから、あとは分かるでしょう?」

 

 胸が小さい人にとっては、大きい人がうらやましい。だったら――

 

「……どうしよう。私、ルイズさんにひどいことを言ってた」

 

「どんなことを言ったの?」

 

「……胸が小さくてうらやましいって。ブラは可愛いものがあるし、肩も疲れなくていいなって」

 

「……わぁお。テファ、あなたすごい」

 

「ルイズさんに、謝らないと……」

 

「それは、止めた方が良いかなぁ。改めて言われたらもっと辛いと思うの……」

 

「そっか……。じゃあ、ウラルさんと一緒に行こうかな」

 

「なんでウラル? あの子にはまだ必要ないでしょう?」

 

「ううん? あの子、大きいよ? たぶん、私が10歳ぐらいだった時と同じぐらい。普段は布を巻いて隠しているみたいだけれど……」

 

「へ、へぇ……。気を、使っているんだ……。テファが10歳の時ってすでにそれなりに大きかったっけ。そっか、そう、だね。じゃないとあの姉妹と一緒にいるにはまずいよね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ウラルさん。これなんてどうかしら? すごく可愛いと思うの。いつも布で隠していると息苦しいでしょう? 私もそうだったから」

 

「ええと、そうですね……」

 

 ウラルさんが困ったように辺りを見渡している。その視線の先、店内には色とりどりのものが並んでいる。ウラルさんの今のサイズなら可愛らしいものを選べると思う。けれど、あと数年もしたら、サイズがなくなっちゃうと思う。だから、今のうちに好きなものを選んで欲しいんだけれど……

 

「迷惑、だったかな?」

 

 ウラルさんがはっとしたように顔をあげる。

 

「そんなことはないです。私だって、可愛いものの方が好きですから」

 

「良かった。じゃあ、これなんてどうかしら?」

 

「……えっと、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――シキさん、どうですか?」

  

 買ったものを胸の前に押し当ててシキさんに見せる。お店の中にはサイズが合うもので可愛いものはなかったけれど、お店の人が特別に手直ししてくれた。大きさは相変わらずだけれど、若草の様な優しい色だとか、今まで使っていたものよりもずっと可愛らしい。

 

「とても良いと思う――じゃなくて、なぜわざわざ俺に見せに来るんだ?」

 

「えっと、シキさんも見ていることがあるから、気になるかなって思って……。迷惑、でしたか?」

 

 シキさんが喜んでくれるならと思ったけれど、迷惑は絶対にかけたくない。子供達のことで本当にお世話になっているのに。

 

「そんなことは全くない。――だから、そうじゃなくて、俺の口から言うのはさすがにはばかられるというか……」

 

 男の人がというなら、シキさんだって好きだと思うんだけれど、何が問題なんだろう? やっぱり、私には分かっていないことが多すぎるのかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――マチルダ」

 

「……ひっ、知らない、私、何も知らないですから!? お尻、やだ……」

 

「……テファのことなら別にどうこう言うつもりはないんだが。自業自得でも、あるしな」

 

「……良かった」

 

「ただ、そういう対応をされると話は違ってくるな」

 

「やぶ蛇!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうしよう」

 

 買ったのは、レースをあしらったとても可愛らしいもの。私だって、素直に可愛いと思う。それに、つけないのは失礼。でも、もしも隠さずにつけたら……

 

 

 ルイズ様は――

 

「裏切り者!? あなただけは信じていたのに……。なんで体は私より小さいのに、胸は私より大きいのよ……」

 

 

 エレオノール様だって――

 

「へ、へぇ……。見た目は子供なのに、私より大きかったんだ。私って、子供よりも小さいんだ……。同情されるぐらい小さいんだ……」

 

「……どうしよう。……本当に、どうしよう。私は別に胸なんてなくたってよかったのに……」


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