混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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作って、食べて

「――ねえ、シキ。何を作るの?」

 

 ルイズが手元をのぞき込み、首を傾げる。

 

 どうやら、考えてみても分からなかったようだ。まあ、見慣れないものではあるだろうし、そもそも、自分で作るなんてことはないだろう。

 

 

 

 

 

「まずは作ってみるといったところだから、実物を見てもらった方が早いな。約束しただろう? せっかく醤油やらが手に入ったからな、故郷の料理を作ってみるつもりだ。レシピはないが、まあ、難しくないものを適当にな」

 

 答えながら、野菜を刻んでいく。トントンと、まな板を叩く小気味良い音。作り始めれば案外楽しいものだ。

それに、ようやく手に入った醤油、以前は塩や砂糖と同じくらい当然のものだったそれは、やはり懐かしい。

 

 包丁など握るのは久々だが、よほど凝った料理でなければなんとかなるだろう。むしろ、ルイズやエレオノール――マチルダもだろうな、普段料理を作らない3人よりは上手くできるかもしれない。直接言ったりするつもりはないが、3人が料理をしているイメージはどうしても沸かない。もちろんエレオノールの料理は食べたことがあるが、あの不思議な取り合わせは普段絶対に料理をしないんだろうと納得できるものだった。あれはあれで美味しかったのが不思議だが。

 

「――ふうん。まあ、シキずっと食べたいって言っていたしね。いつの間にか食堂を借りる交渉までしているとは思わなかったけれど」

 

 ルイズの声にはほんの少し、呆れるような響きが混ざっている。

 

「なに、珍しい調味料を譲ると言ったら快く貸してくれた。お互いにメリットがあるんだから、交渉というほどのものじゃないさ」

 

「そうですとも。遠い国の調味料、ましてやそれを使った料理を見る機会なんてなかないないですからな」

 

 食堂の主、マルトーが言う。

 

 ルイズと同じく、しかしこちらは熱心に手元をのぞき込んでいる。俺に料理の技術なんてないも同然だが、未知の調味料の扱いとなれば話は別とのことだ。その道のプロに見せるとなるとさすがに気恥ずかしくはあるが、それが交換条件ともなれば仕方がない。

 

「そういう、ものなのかな? でも――」

 

「何か気になるのか?」

 

「うーん、気になるというか……。ただ、シキにエプロンって似合わないなぁと思って」

 

 視線を落とすが、余っていたのを借りた何の飾り気もない極々普通のエプロンだ。

 

「……そうか。ただ、付けないと汚れるしな」

 

「じゃあ、仕方ないね」

 

「……そこまで似合わないか?」

 

「うん」

 

「見慣れていないから、じゃないのか?」

 

「ううん、シキって料理とかと根本的に縁がなさそうだもの。なんて言うか、ドラゴンが楽しそうに料理していたら不気味じゃない?」

 

「……納得はいかないが、言いたいことはだいたい分かった」

 

 絶対にエプロンをつけないだろうルイズに言われるというのは、どこか納得がいかないものがあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――色々作りましたねぇ」

 

 マチルダがテーブルの上を、右から左へと眺める。ルイズに、同じく面白そうだからと見に来たエレオノール、テファにルクシャナも興味深げに見ている。ずっと見ていたマルトーは言わずもがな。予定よりも人数は多くなったが、感想を聞くには丁度良い。いずれはエレオノール達にも聞きたいとは思っていたのだから。

 

「時間はかかったが、練金のおかげで器具もどうとでもなったからな」

 

 たとえばたこ焼き、これを作るにあの独特の鉄板はどうしようかと思ったが、あわよくばとマチルダに頼んだら、試行錯誤も合わせてものの数分でできあがった。鍛冶の技術も発展しないわけだと改めて納得したものだ。

 

 だが、器具がどうとでもなるならと思いつく限りに作ってみることができた。多少アレンジした形にはなっているが、それはそれで面白い。おかげで、たこ焼きは明石焼きに近いものになった。さすがにソースは作れないと考えていたらこうなった。なければないで、案外どうとでもなるものだ。もちろん、醤油に加えて鰹節があったからこそではあるが。

 

「これ、食べてみていいですか? 温かいうちの方が美味しそうですし」

 

 マチルダがたこ焼きを指さす。自分が作った鉄板を使ったということで、やはり気になったようだ。最初は形が崩れてしまったが、油がなじんだおかげか、今テーブルに載っているものは綺麗に丸くなっている。できた時に味見をしたが、ソースがないのは残念とはいえ、これはこれで悪くないと思う。

 

「ああ、感想も聞いてみたいしな。ちょっと変わった食べ方にはなるが、そばの出汁に浸して食べてくれ」

 

「へえ、本当に変わっていますね。じゃあ、遠慮なく」

 

 フォークを使ってというのには違和感があるが、マチルダがひょいと口に運び、ゆっくり、ゆっくり咀嚼する。だが、少しずつ訝しげな表情になって飲み込まない。

 

「――口に合わなかったか?」

 

 小麦粉にタコ、ネギ、卵、特に変なものはないと思うのだが。

 

「いつまで……噛めば……いいんでしょう?」

 

 食べ物を口に入れたままだからだろう、口元を隠して恥ずかしげに尋ねる。

 

「タコを食べたことがないのか?」

 

 タコという言葉に、マチルダが固まる。体を振るわせ、涙を浮かべる。こっそりとフォークを伸ばそうとしていたルクシャナまでもが後ずさる。

 

「えーと、シキさん」

 

 困った顔をしてエレオノールが言う。

 

「もしかして、タコを食べる習慣はないのか?」

 

「全くということはないですが、あまり。ただ、アルビオンだと絶対に食べないですね。海のものがもともと手に入らない上に、その、見た目がアレですし」

 

 そばのルイズに目配せをすると、困ったようにうなずく。

 

「――そうか。それは悪いことしたな。俺はわりと好きなんだが」

 

 走り去ったマチルダの背を視線で追う。道理でタコが市場にも出回っていなかったはず。わざわざ海から取ってきてもらったが、どうやら大部分は無駄になりそうだ。

 

 ふと、テファがフォークを伸ばし、ひょいと口に入れる。何度が咀嚼してそのまま飲み込む。

 

「変わった食感ですけれど、これはこれで美味しいですね」

 

 テファが笑ってくれたおかげで少し安心した。とりあえず、問題は見た目だけなんだろう。まあ、ルクシャナはあり得ないとばかりに固まっているが。もしかしたら、こちらは宗教的な理由でもあるのかもしれない。基本的に何でも喜んで食べる、それがルクシャナに対して持っているイメージであるから。

 

「ねえ、テファ。あなたタコってどんな生き物か知っている?」

 

 ルイズがゆっくりと尋ねる。

 

「いいえ? でも、シキさんが好きならそんな変なものじゃないでしょう?」

 

 コトリと首を傾げる。

 

「――そう、ですね。ええ、そうですよね。別に毒があるわけでもないですし」

 

 エレオノールが無表情に口に運ぶ。一度だけ噛んで固まったが、そのまま飲み込む。

 

「……無理は、しなくてもいいと思うぞ」

 

「いいえ、無理なんてしていませんよ。うねうねした感じがとても美味しいです」

 

 表情を凍らせたエレオノールが言う。微かに体が震わせて。

 

「……そうか。だが、俺の好物だから、残りは俺が全部食べる」

 

「そうですか。じゃあ、仕方がないですね」

 

 淡々とした様子が痛々しい。マチルダ以上に悪いことをした気分になる。

 

「――ええと、シキ、これスープみたいだけれど、どういうものなの?」

 

 ルイズが鍋を指さす。話題を変えるため、そして、何が入っているのか心配になったからだろう。最初は傍で見ていたルイズだが、作っている途中から後の楽しみだと席をはずしていたのだから。

 

「それは味噌汁というものだ。名前の通り味噌を溶かしたスープだ。あー、味噌というのはどう説明すればいいか……。確か、煮込んだ大豆を重石をして塩と一緒に漬け込んだものだったか。たぶん、心配するものはない……はずだ」

 

 発酵させていたというのが心配だが、チーズだって発酵食品。おそらく問題はないはず。

 

「――そう。じゃあ、それをちょうだい」

 

 大丈夫だと判断したのか、ルイズが言う。

 

「無理はしなくてもいいぞ」

 

「大丈夫。タコみたいなものはちょっと別だけれど、基本的に好き嫌いはないから」

 

「ルイズが大丈夫だというのなら……」

 

 まあ、味噌汁は和食としてもオードソックスなもの。おそらく大丈夫だろう。ただ、念のため、心持ち少な目にスープ皿によそう。少しだけ考え込んで、ようやくルイズがスプーンを入れる。スプーンということにこれまた違和感があるが、確かにスープ皿に直接口をつけるというのをルイズがやると思うとおかしい。そうしてルイズがゆっくりと口に入れる。

 

「――どうだ? 何かおかしいと思ったら無理して飲み込まなくても良いからな」

 

 ルイズが味を確かめ、そのまま飲み込む。だが、なぜか首を傾げる。

 

「変じゃないけれど、ちょっと味が薄いかな? 見た目はそうでもなさそうなんだけれど……」

 

「薄い?」

 

 味を見たときはそんなことはなかった。むしろ、塩を多く使った味噌だからか、味は濃かったように思う。すでに味を見ているからそれは間違いない。ルイズに渡した皿を覗くが、特におかしなところはない。ルイズはスプーンで上から……

 

「ああ、ルイズは上澄みだけを飲んだからか。それなら確かに薄いかもしれないな」

 

「上澄み?」

 

「味噌汁は普通のスープと少し違うからな。後から味噌を溶かすから、分離しやすいんだ。試しに少し混ぜて見るといい」

 

「こう?」

 

 ルイズがコーヒーでも混ぜるようにスプーンを入れると、沈んでいた味噌が浮かび上がる。それで理解したのか、ルイズが下からすくって口へ運ぶ。

 

「――ああ、そういうことね。ふうん、スープなのに飲み方が違うんだ」

 

 なるほどとルイズがうなずく。

 

「味はどうだ?」

 

「味? あ、うん。……うーん、食べたことはない味だけれど、これはこれで悪くないって感じかな? 美味しいかどうかは、ちょっと分からないかなぁ」

 

 本当に不思議そうだ。そういう感想になるというのは、食文化の違いかと思うとそれはそれで面白い。

 

「なに? 私、変なこと言った?」

 

「いいや、そういう感想もあるんだと思ってな。せっかくだ、他のものも試してみてくれ。ちなみにこれは味付けを変えてみて……」

 

 作ったものを一つ一つ説明していく。説明にそれぞれ違った反応が返ってくる。

 

 例えば、ルイズやテファは純粋な驚き、対して、エレオノールやルクシャナ、そしてマルトーからは未知の調理法に対する好奇心といった様子だ。残念ながら、マチルダは戻ってこなかったが。

 

 確かにどうしようもなく合わない食品はあったが、それは一部で、概ね好評だった。タコと、まあ、これは予想通りだったが、調味料と一緒に持ち帰ってくれた納豆。興味本位で口にしたルクシャナが涙を流しながら食べた程度。

 

 それを除けば、たとえばステーキに試した照り焼きという調理法は甘辛さが好評であったし、せっかくならと作ってみたマヨネーズと合わせるというのも好評だった。

 

 手作りしたマヨネーズは、余計なクセがない、とそれ単体でも好評だ。こちらで一般的に使われているマヨネーズと違い、卵黄、米酢に菜種油と食べなれたもので作ってみた。日本人にとってマヨネーズとイメージするものとはやはりそれだからだ。さすがに、これなら何にでも合うと、本当に何にでも試そうとしたのはどうかと思うが。

 

 まあ、それはそれとしても――

 

「美味しいと言われるのは、やはり嬉しいものだな」

 

 そうだろう、そうだろうとマルトーがうなずく。テファもエレオノールも、そして、ようやく立ち直ったルクシャナも。一人だけそうなのかなと首を傾げいてるのがルイズ。料理を作ったことがないのはルイズだけかと皆がそのことに気づき、くすりと笑う。

 

「わ、私だって料理ぐらい作れるわよ?! 今まで作る必要がなかっただけで……」

 

 そんなルイズにテファが優しく言う。

 

「じゃあ、今度一緒に作ってみましょう。そうだ、子供達のおやつなんてどうかしら。きっと皆喜んでくれるわ」

 

 嬉しそうなテファに、そして、今更心配になったのか、なぜだか俺を上目遣いに睨んでくるルイズ。

 

「せっかくだからテファに教えてもらうといい。料理ぐらいは作れた方がいいからな」

 

「……う、うー。わ、分かったわよ」

 

 がっくりとうなだれるルイズ。

 

 まあ、料理はできて損はない。いくらルイズでも料理が爆発するなんてことはない――ない、はず。

 

「……料理をするなら、火の取り扱いには注意するようにな」

 

「ん? 当たり前でしょう?」

 

 首を傾げるルイズ。分かっているのは苦笑いをしているエレオノールぐらいか。

 

「――料理か。これだけ好評なら試してみてもいいかな?」

 

 候補の一つとしては考えていたもの。せっかく調味料も手に入った。大々的にはできないが、試してみるのはいいだろう。

 

「試すって何をですか?」

 

 独り言のつもりだったが、テファには聞こえていたようだ。だが、丁度良い。

 

「詳しいことはまた改めて。試すにしても準備が必要だ。テファにも手伝って欲しいことだから、その時はよろしく頼む」

 

「――はい、私にできることだったら何でも言ってください」

 

 テファがとびきりの笑顔を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近町にできた、小さな店。

 

 パンにハンバーグを挟んだものだとか、本当に簡単な軽食を出すを店だ。切り盛りしているのは子供達だけだが、変わってはいるがなぜだかクセになる味付けと、時折とびきりの爆乳美少女がいるからということでそこそこの評判になっている。一日に出る量が少ないのだが、それはそれで貴重だと好意的に見られているらしい。自分自身、一度はと食べて、見かけるとつい食べたくなる。特に爆乳美少女がいるときには。

 

 ただし、一つだけその店には注意がある。もし子供達を泣かせるようなことがあれば、そのお店の爆乳美少女に二度と口を聞いてもらえないとか。前に土下座して謝っていたやつを見かけたが、視線すら合わせてもらっていなかったからきっと本当だろう。

 

 ああ、そうそう。注意としてはもう一つあった。

 

 店に迷惑をかけるようなことは、決してしてはいけないということ。子供達だけだからということで応援する人間が大部分だが、中には良からぬことを考える人間だっている。何でも、強請をしようとした町のチンピラが、逆に怖いお兄さんに連れていかれて行方不明になったとか。

 

 まあ、そちらは噂でしかないものだが……


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