混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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帰りたければ……

 床に置かれた、安っぽい、プラスチックの箱。平べったい箱の中心に、更に長方形の箱を差し込む。右端にあるスイッチを手前に引っ張ると、かちりと動く。

 

 

 

 

 そして、これまた安っぽい電子音。顔をあげると、コードがつながった先の四角い画面に、大きく荒いドットの文字が流れる。ヒトシュラクエスト、と。どこか懐かしいような、そうでもないような。そんなことを思っている間に、オープニングが始まった。

 

 画面に魔法陣が映って、桃色の髪のヒロインが呪文を唱える。すると、画面に棺桶のモンスターが現れた。

 

 けたたましい電子音。合わせて画面も切り替わる。どうやら、いきなり戦闘からのようだ。さっきまでのゆっくりとしたものよりも幾分早く文字が流れていく。

 

 

 まおう もと があらわれた

 しかし、もと はこんらんしている

 もと はかんおけにとじこもっている

 

 更に画面が切り替わる。

 

 おおがらなおとこ がまえへでてきた

 なんと! ようき おんぎょうきがしょうたいをあらわした

 おんぎょうき はようすをうかがっている

 

 にやにやわらうおとこがまえへでてきた

 なんと! まおう あるしえるがしょうたいをあらわした

 あるしえる はぶきみにわらっている

 

 いれずみのおとこがまえへでてきた

 なんと! まじん ひとしゅら があらわれた

 ひとしゅら は もと とこうしょうをはじめた

 

 しかし、もと とはかいわにならない

 もと はいかりくるっておそいかかった

 

 もと のこうげき

 

 ミス

 ひとしゅら はぶつりこうげきをうけつけない

 

 ミス

 おんぎょうきはぶつりこうげきをうけつけない

 

 あるしえる はだめーじをうけた

 しかし あるしえる ははんげきのためにみがまえていた

 あるしえるの デスカウンター

 もと はだいだめーじをうけた

 

 

 ひとしゅら の気合い

 ひとしゅら はちからをためた

 

 おんぎょうき は分身した

 おんぎょうきA があらわれた

 おんぎょうきB があらわれた

 おんぎょうきC があらわれた

 

 おんぎょうきA はタルカジャをとなえた

 ひとしゅら たちのこうげきりょくがあがった

 

 おんぎょうきB はスクカジャをとなえた

 ひとしゅら たちのすばやさがあがった

 

 おんぎょうきC はしずかにようすをうかがっている

 

 あるしえる はランダマイザをとなえた

 もと のぜんのうりょくがさがった

 

 

 もと はにげだした

 

 しかし まわりこまれた

 にげられない

 

 おんぎょうきA のこうげき

 もと はだめーじをうけた

 

 おんぎょうきB のこうげき

 もと はだめーじをうけた

 

 おんぎょうきC はしずかにようすをうかがっている

 

 もと のこうげき

 おんぎょうきA はきえさった

 おんぎょうきB はきえさった

 

 ひとしゅら はマグマ・アクシスをはなった

 もと はだいだめーじをうけた

 

 あるしえる のこうげき

 もと のひつぎはくだけちった

 

 まおう もと はしんでしまった

 

 どこか不気味な電子音、そしてまた画面が切り替わる。画面に冠をかぶり、白い髭の人物が現れた。その人物からのセリフが流れる。

 

 おお、魔王 モトよ。

 

 死んでしまうとは情けない。

 

 ずらずらと説教が続いていく。でも、思う。これ以上の無理ゲーはないと。いくらイベント戦でも、これはないと。

 

 そんなことを思っていると、また画面が切り替わっていた。

 

 画面に、さっきの人修羅と言うキャラクターが映っている。その下には、質問と選択肢が浮かんでいる。

 

 勇者(笑)サイトは魔人 人修羅の訓練を受けますか?

 

 はい

 いいえ

 

 質問に感じる悪意はともかくとして、迷わずいいえを選ぶ。すると、また選択肢。

 

 勇者(笑)サイトは魔人 ヒトシュラの訓練を受けますか?

 

 はい

 いいえ

 

 また同じ質問で、今度も迷わずいいえを選ぶ。そうしたら、また選択肢が現れた。さっきと違い、どちらかを選ぶようだ。

 

 

 強くなって生きて帰る

 ここで死ぬ

 

 目を閉じ、大きく息を吐く。

 

 これは選択肢じゃない。強制イベントにしても、性質が悪い。たぶん、後者を選んだら本当にゲームオーバーになる。仕方なく、本当に仕方なく前者を選ぶ。

 

 

 

 

 

 

「――さっきから独り言が多いが、どうした?」

 

 声をかけられる。入れ墨の、一番やばそうな男から。

 

「……少し、現実逃避を」

 

 そうしたら、男が言った。

 

「心配するな。――もし死んでも、誰かが迎えに行く」

 

 男は笑っている。ルイズの名前を出してからずっと。ただ、目だけは決して笑わない。ルイズに何かしたら殺す、そんなことを目が語っていた。

 

 空を見上げる。雲一つない、気持ちの良い晴れ間。

 

 

 ――ゲームだったらリセットボタンがあるのに。そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――サイトが帰ってきた。

 

 しばらく行方不明になっていたサイトがひょっこりと。どうしていたのか聞いてみるけれど、サイトはただ、首を横に振るだけ。本当は問いただしたかったけれど、ちらほらと目に付く、以前はなかった白髪と疲れた表情から、それ以上はどうしても強くは聞けなかった。

 

 ただ、サイトは言った。

 

「ルイズのことは、たとえ自分の命と引き替えでも守るから」

 

 

 サイトは変わった。どこか一回りも二回りも大きくなったサイトは、かっこ良くて、戦いに関しては素人の私が分かるぐらいに強くなった。

 

 そこらのメイジの魔法なんてものともしないし、ミョズニトニルンが率いた凶悪なゴーレムにだって一歩も引かない。でも、さすがのサイトも及ばない。ゴーレムの拳を剣で受け流したけれど、跳ね飛ばされた。

 

 サイトにゴーレムが迫る。サイトは血を吐くような声で何かを呼んだ。デルフリンガーが必死に止めるのも聞かずに。

 

 黒い水たまり。サイトの前にそうとしか言いようのないものが現れて、更にそこから何かが這い出てきた。

 

 現れたものは サイトとゴーレムを見比べ、出てきた勢いのままゴーレムに襲いかかる。4メイルはありそうな黒い巨人に、水たまりから覗くだけでも巨人と同じくらいの巨大な頭。そんな怪物がゴーレムに襲い掛かる。

 

 

 

 ――なんて言うか、容赦がない。

 

 巨人は偏在で増えるし、全員が全員、鉄の塊みたいな棒でゴーレムを滅多打ち。巨大な頭の化け物は、魔法もものともしなかったぐらいに頑丈だったゴーレムの腕をあっさり食いちぎる。

 

 本当にあっという間。もう、ゴーレムは原型もない。それを見届けると、巨大な頭は、また黒い水たまりの中に沈んでいった。

 

 ……サイトと一緒に。

 

 そして、残った黒い巨人が言った。もう一度鍛え直す、と。

 

 何となく、行方不明になった時サイトがどうしていたのかが分かったような気がした。サイトの悲鳴が耳から離れない。ごめんなさいとひたすらに繰り返していたサイトの声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くで、爆発音が聞こえた。

 

 またかと思う。あわてずに、部屋にしつらえた鏡をのぞき込む。そこに映るのは、見覚えのある黒髪の少年。その少年が綺麗な放物線を描きながら空を飛んでいる。

 

 目を閉じ、一息つく。

 

「……可哀そうに。早く、帰してもらえると良いのじゃが」

 

 教育者たるものとしては若者の味方をせねばならぬが、わしとて命は惜しい。ただただ、すまぬと名前も知らぬ少年の冥福を祈る。

 

 

 

 

 

 

 ――サイトがようやく戻ってきた。サイトは、目に一杯の涙が浮かべて言う。

 

「ルイズのことは、たとえ自分の命と引き替えでも守るから」

 

 ……ルイズを守れなかったら、今度こそ殺されるから、ぼそっと呟いた言葉は、聞こえない。


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