混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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――帰してください

 ――それは神話の再現。

 

 凄まじい、そんな言葉ですら生ぬるい。

 

 破壊の嵐が、文字通り世界を作り替えていく。

 

 

 

 

 

 地を割る地震。

 

 巨木すら一呑みにする雷。

 

 全てを停止させる冷気。

 

 そして、それすら一瞬で沸騰させる炎。

 

 その破壊の中心は、薄汚れた石棺。表面にあった複雑な文様はすでになく、ただただ巨大なそれは、逃げるように空を舞う。

 

 黒い風が追う。

 

 影が形を取ったとしか言いようのない巨人。丸太と見まがうほどの鉄塊を、黒い巨人は易々と振り回す。それが触れるに地は割れ、巨岩ですら砂塵へと帰る。

 

 鉄塊が、石棺を捉えた。

 

 爆音と、残像すらを残して石棺が飛ぶ。

 

 続く破壊音。

 

 振り返った先では白煙が上り、少しだけ遅れて、空から落ちてきた砂が顔を打つ。棺が通っただろう跡には、まっすぐに地面が抉れている。

 

 煙の中から、ぬうっと棺が現れた。

 

 思わず息が漏れる。

 

 未だに原型をとどめるその棺の丈夫さへか、それとも、黒い巨人の化け物染みた膂力へか。

 

 また、黒い風が吹いた。今度は二陣。

 

 いつのまにやら二人になった黒い巨人が、棺を挟み込まんと地を滑る。巨体をまるで感じさせない。降り下ろされた二つの鉄塊が地を砕く。

 

 が、砕いたのは地面だけ。

 

 黒い巨人が空を見上げる。仮面のような無貌の顔に、なぜだか笑みが浮かんだように思ったが、それも一瞬。

空から落ちた棺の下に消えた。

 

 ――そう、消えた。

 

 棺が赤い光に包まれる。

 

 赤い光はそれだけでは止まらず、そのまま地を舐めつくす。

 

 何度かの瞬きあと、光が消えたそこには赤い川。ボコボコと煮立つ、マグマの川。

 

 荒れ果てた大地に血が流れるようなそれは、まるで世界の終わりの景色。そんな中、赤熱した棺が浮いているなんて、なんて悪趣味な絵だろう。

 

 そして現れる、巨大な咢。棺を丸飲みできるような巨人の牙が、今度こそ棺を砕いた。

 

 

 

 

 目の前で繰り広げられる、破壊の嵐。化け物同士と争うその中では、人なんてただ吹き飛ばされる塵芥でしかない。

 

 ただ、思う。

 

 ――帰してください。

 

 本当に、本当に心からお願いします。それだけが願いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界の終りの現実化、そのきっかけは些細なこと。陽の当たる、居心地の良いカフェテラスでの一つの会話。

 

 

 

「――錬金、ですか? どうしたんですかシキさん、急にそんなものを教えて欲しいだなんて」

 

 エレオノールが不思議そうに首を傾げ、さらと金色の髪が肩口を流れる。隣に座ったマチルダも不思議そうだ。

 

「いや、面白そうじゃないか。ただの石ころを金属に変えたり、使いようによっては便利そうだしな」

 

 何か道具を作ってみたいと思った時にあれば、きっと便利だろう。形を変えたり、そもそも、ものの性質を変えたり。使いようによってがあれほど便利なものはそうない。

 

「確かに便利ですねぇ。私とテファとで廃村で暮らし始めた時、錬金がなければどうにもなりませんでした。けれど、逆に言えば、錬金さえあればどうとでもなるということですしね」

 

 マチルダが懐かし気に目を細める。

 

「私もマチルダさんも土のメイジですし、錬金なら得意分野です。――でも不思議、まさかシキさんに魔法で教えられることがあるなんて」

 

「ですよねぇ。シキさんなら力技でどうとでもしちゃいそうだもの」

 

 二人してコロコロと笑う。

 

 ふと、服を引かれた。振り返ると泣きそうな顔をしたルイズ。

 

「……シキより、私に教えて欲しいの」

 

 その言葉に皆が押し黙る。

 

 ――そういえば、結局魔法が使えないままだった。

 

「……えーと、シキさん、どうしましょうか」

 

 エレオノールが困ったように笑う。

 

「……また戦いの中でっていうわけにもいかないですしね」

 

 マチルダの言葉に、以前のできごとを思い浮かべる。闘い中でと言い出したのは俺だが、今思えばあれは特殊で、ルイズには合わないような気がする。ならやはり……

 

「爆発を極めるというのはどうだろうか?」

 

「絶っ対、に、い、や!」

 

 間髪入れずにルイズが否定する。確かに、それで納得するようならすでに満足しているのだから。

 

「まあ、今思えばメギドなんて最初に始めるにはハードルが高すぎたかもしれないな。もっと初歩的なもの……はないな」

 

 そもそも、俺が知っている魔法というのは極端に偏っている。だからこそ錬金に興味を持ったのだから。

 

 すると、マチルダが言った。

 

「じゃあ、今まで成功に近かったもの……。そうだ、あるじゃないですか」

 

 名案だとばかりに、にこりと笑う。

 

「……そんなの、ないです」

 

 ルイズは自分で言うのが嫌なのか、複雑そうな表情で否定する。

 

「そんなことはないですよ。だって、シキさんがここにいるじゃないですか」

 

 そう言って俺を指さす。が、ルイズは意味を理解しても複雑な表情のままだ。

 

「……まあ、そうですけれど。結局、それ以外はうまくいきませんでしたし。私も、最初は期待していたんですけれど、使い魔召喚の魔法は一度切りのものじゃないですか」

 

 ルイズの声が沈んでいく。

 

「だから、同じ系統の魔法なら使えるかもしれないじゃないですか。ほら、シキさん。前に色々と呼び出したりしていたでしょう?」

 

 確かに、マチルダの前では何度か見せたことがある。

 

「ああ、召喚術というのは一つの系統ではあるのかもしれないな。ただ、俺が呼んでいたのはもともと契約している相手を……。いや、契約の為に呼び出すというのものもあるはずだな。そうだな、ルイズ、試してみるか?」

 

「――もちろん!」

 

 弾けるような笑顔。

 

 ルイズには言えないが、俺を呼び出したこと自体が「事故」のようなものだった可能性はある。だが、成功したことには違いがない。だったら、以前のように悲しませるようなことにはさせない。

 

 ――絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ懐かしくもある、初めてシキと会った草原。変わったのは、季節が移ったということぐらい。だからか、草原の色が少しだけ変わっている。

 

 そして、シキが先生代わりだと一人の男性を連れてきた。にこりと笑う、品の良い好好爺とした男性。

 

「――ハジメマシテ、オジョウサン」

 

 立派な髭の合間からは、けして聞き苦しいわけではないけれど、どこかくぐもった声。全身をゆったりとした布で覆い、さらに頭にも白い布をぐるぐると何重にも巻いている。丸みまで帯びたそれは、一体どれだけの布を巻いたらそうなるんだろう。

 

 ふと思い出す。

 

 乾燥した暑い地域では、着込んで直射日光を避けた方がよほど涼しいと聞いたことがあった。今目の前にいる人物の衣服はまさにそんな感じじゃないだろうか。

 

「ワタシノフクガ、メズラシイノデスカ?」

 

 ふわりと笑う。

 

「あ、いえ……」

 

 思わず否定するが、おじいさんはカカと笑う。

 

「キニシナクトモ、ヨイノデスヨ。タダ、バショバショニヨッテ、テキシタモノトイウノハチガイマス。コレコハコレデ、カイテキナノデスヨ?」

 

 どこか悪戯っぽくウインクまでされて、少しだけこわばっていた体から力が抜ける。

 

「――サア。オジョウサン、サッソクハジメマショウカ。トイッテモ、ジュンビガヒツヨウナノハ、ワタシデスケレドネ。アア、ソウソウ。ワタシノナマエハ、バフォメット、トモウシマス。スコシノアイダデスガ、ヨロシクオネガイシマスネ」

 

 それだけ言うと、地面に白い砂のようなものを撒いていく。握り込んだ中からこぼれるそれは、少しずつ、地面に文様を描いていく。単純な円だけだったそれは、交わり、まるで絡み合う蔦のよう。本でも見たことがないようなそれは、一つの絵画、芸術作品。

 

 一緒に来たお姉さまも、ミスロングビルも初めて見るそれに見入っているようだった。違うのは、シキと、念のためだと来たウリエルさん。少し大げさだと思う。

 

「――オジョウサン」

 

 呼びかけられ、見上げる。

 

「ジュンビガ、トトノイマシタヨ。アトハ、ソウムズカシイコトハアリマセン。コノマホウジンガ、ショウカンジュツノホジョヲオコナイマス。ナノデ、アナタハタダヨビカケレバイイ。アナタノ、ナニカヲヨビタイトイウネガイヲカナエマス。オソラク、ツカイマノギシキトオナジデスヨ」

 

 思い出す。

 

 昔、といってもほんの数ヶ月前の出来事。それまで何度も何度もイメージしていた使い魔召還の魔法だから、決して忘れない。今だって、あの時何を考えていたかだってすぐに思い出せる。

 

 だったら、何の準備もいらない。魔法陣の前へと踏み出す。

 

「サア、アノトキノコトヲオモイダシテ……」

 

 目を閉じる。

 

 あの時、私は心から願った。私の世界を変えてくれるだろう使い魔を。シキは、私の世界を変えてくれた。同じように、私の世界を変えてくれる何かを願う。

 

「……来て」

 

 風が頬を撫でる。

 

「私の、私に相応しい使い魔」

 

 目の前には、明滅を繰り返す魔法陣。そこから風が吹いている。

 

 ――きっと、成功する。そう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に鏡があった。

 

 見覚えのある、全身が移り込むほどに大きな鏡。この世界へルイズに呼ばれた時、俺はこんな鏡を通って来た。

 

「――呼んでいる」

 

 伸ばした手が鏡に触れる。するりと、鏡の中へと沈んでいく。

 

 怖くはなかった。どうしてだか、ルイズに呼ばれているような気がしたから。ルイズが俺を待っているような気がしたから。

 

 全身が鏡を通っていく。目の前には、見渡す限り広がる、見覚えのある草原。そして、ルイズ。

 

 でも、何でこれ以上ないというぐらい残念そうな顔をしているんだろう? 何で、怖い方のお姉さんに、更に分からないことにフーケまで。他にもターバンを巻いた知らない爺さんだかが……

 

 なぜ、皆残念そうに俺をみているんだろう。何で口々に、「しょぼい」だなんて言われなければいけないんだろう。

 

 思わず空を見上げる。

 

 この状況は、何なんだろう。なぜ、俺が悪いと思ってしまうんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズが泣き出す。やだやだと、まるで駄々をこねる子供のように。

 

 魔法陣から現れたのは、少年。ルイズと名前を呼んでいることからすると、少なくとも向こうはルイズを知っているのかもしれない。

 

 背中にはやや大きすぎる剣を背負っているということ以外、俺からすれば、極々普通の少年。ルイズにとってもある意味ではそうだろうが、俺にとっては別の意味も含めて。

 

 少年の顔立ちは、彫りの浅い、言わばアジア人の顔立ち。黒髪と合わせて、懐かしい日本人というものを思い出させる。もちろんそれだけならばシエスタという人物もいた。が、身にまとう服はどうだろう。どこにでも売っている、いや、売っていた、背中にフードのあるパーカー。少なくとも、そういったものが存在するのは「現代」と呼ぶべき時代だろう。

 

「――ルイズを知っているようだが、どう考えれば良い?」

 

 傍らのバフォメットに尋ねる。少しだけ考え込み、そして答えた。

 

「オモウニ、アレガホンライヨバレルベキモノダッタノデハナイデショウカ? マア、ムコウダケガシッテイルトイウノハ、ベツノセカイカ、ベツノジカンジクデノデキゴトカモシレマセンガ」

 

 本来、呼ばれるはずだったもの。

 

「タダノニンゲンノヨウデスガ、チョウド、ルイズジョウトモネンレイノチカイショウネン。コノセカイノジョウシキカラスレバメズラシイノカモシレマセンガ、『ツカイマ』トイウモノノヤクメカラスレバ、ニンゲンホドテキシタモノハ、ナイトイウモノ。ソモ、アナタガヨバレルナドトイウコトコソガ、ホンライナラバアリエマセンノデ」

 

 うなずけない話ではない。最初にこの世界に呼ばれた時、自分自身でも不思議だったのだから。ならば、これもあり得ることなんだろう。

 

 が、今回の目的からすれば、あまり良いとは感じない。ルイズが魔法に自信を持つには。

 

「――他のもの、もっと自信をもてるようなものを呼び出すにはどうすれば良い?」

 

「ヨビダスダケナラ、ドウトデモ。ホンニンノマリョナリヲソコアゲシテ、アトハ、セカイノヘダタリニアツリョクヲカケレバ、ドウトデモナルデショウ。カワリニ、ミノタケニアワナイモノガヨバレルヤモシレマセンガ……」

 

 バフォメットが懸念を口にする。だが、それでもいい。

 

「いざという時、押さえられれば問題ないんだろう?」

 

「――ショウチシマシタ」

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度試しましょう、とバフォメットさんが一度描いた魔法陣を書き換えていく。少しずつ、最初とは全く違う模様になっていく。

 

 呼び出した、呼び出してしまったものに目を向けると、私との間に、いつのまにかウリエルさんがいた。剣の柄は、その変な格好をした平民に向いている。

 

 その平民の方から声が聞こえる。

 

 何か違和感があってじっと見てみると、声は平民が背負った剣からのようだった。珍しいことに、意志を持ったインテリジェンスソードのようだった。ただ、喋っていることの意味はよく分からない。ひたすらに「やべー」だの、「逃げた方がいい」だかの声が聞こえる。よく、分からない剣だ。何の役に立つんだろう。間の抜けた顔立ちにの平民には、ぴったりなのかもしれないけれど。

 

「――ルイズ、今度は大丈夫だから心配するな」

 

 どこかに行っていたシキ。後ろには、初めてみる二人の男性。

 

 一人は随分と大柄な男性。真っ黒な布を両脇から合わせて、腰の部分を帯で留めている。ゆったりとしたものながら、服の上からでも隆々とした筋肉が伺えた。顔立ちは厳ついけれど、無表情でどこか茫洋としている。どうしてだか、特徴がない人だと思った。

 

 もう一人は、対照的な細身の男性。遠目からでも分かる、上品なタキシードに身を包んでいた。柔らかい表情で私に笑いかけてくれているのに、どこか寒々としたものを感じる。

 

「さあ、準備もできたようだ。今度は何も心配はいらないからな」

 

 ぽんとシキに背中を押される。背中から、何かが体に流れ込むのを感じた。どこか懐かしい、フーケのゴーレムと戦った時と同じ感覚。シキが魔力を底上げしたといった時と全く同じような。

 

 思わず振り返るとシキが笑いかけてくれた。今度こそ大丈夫だと、何の疑いもなくなった。本当は私一人でやり遂げたいけれど、シキは私の味方だから。

 

 

 

 

 

 

 

 全く別のものへと変わった魔法陣の前に立つ。私の後ろにはシキ、そして両脇にはさっきシキと一緒に現れた男性。私を守る様に囲んでいる。ウリエルさんは少しだけ離れて、お姉様達のところに。そのそばにさっきの平民もいる。

 

 バフォメットさんに促されるまま、願う。今度こそ私が本当に願うものが現れるように。

 

 魔法陣から風があふれる。

 

 目を閉じる。

 

 誰もが驚くような、強くて、神聖で、何者に負けない、そんな存在。誰もが私の才能を認めるような、そんな強大な存在。今度こそ、ちゃんとしたものを呼べるように。

 

 そして、一際強く風が吹いて、現れた。

 

 ――思わず唸る。

 

 魔法陣の中心に巨大な石棺が浮いていた。黄色がかった石に、人を象ったような不思議な文様が彫り込まれている。何の支えもないというのに、それが宙へ浮いている。

 

 背中を汗が伝う。

 

 目の前のものが、何かとてつもないものだということを肌で感じたから。なにせ、シキ達ですら息を呑む様子を感じる。私はやったんだと、確信した。

 

 ――ギシリと、何かが擦れ合う音がする。

 

 棺の隙間からぬらりとした紫色の手がのぞく。ギシリ、ギシリと棺が音を立て、少しずつ中にいるものが見える。暗闇の中にエメラルドのように輝く瞳、ねじれた角、それが少しずつ明らかになり……

 

 ――いきなり閉じた。

 

 バアンと、これでもかというほど大きな音をたてて棺が閉じた。

 

「……は?」

 

 何だろう。この拍子抜けするような感じ。あんなにもったいぶった登場だったというのに、いきなり尻尾を巻いて逃げるような……

 

 

「――下がっていろ」

 

 シキがそれだけ言い、すっと私の前へ出る。両脇にいた二人の男性も同じように。ただし、正確には二人の男性だったもの。すでに人の姿をしていなかった。

 

「……これほどとは、予想せなんだ」

 

 無表情だった男性は、見上げるほどに大きな姿に。影がそのまま巨人の形をとったような姿になっていた。

両端に返りのついた、一抱えはありそうな巨大な鉄の棒を軽々と掲げている。

 

「――ええ、本当に驚きましたねぇ。いや、これはさすがというべきでしょうか」

 

 もう一人の男性は、完全な異形。タールのように黒々とした水溜りの中に、頭だけをのぞかせている。火傷で引き連れたような赤黒い肌に、棘だからけの王冠を載せた頭。だが、異形なのはそれだけではない。頭だけだというのに、もう一人の巨人と同じぐらいに大きい。更に、口元にはそれでも収まりきれないぐらいの乱杭歯が触手のようにゆらゆらと踊っている。

 

「できれば、交渉で終わらせたいんだが」

 

 シキは――なぜか体中の入れ墨が、その存在をこれでもかと主張するようにぎらぎらと輝いていた。

 

 理解が追いつかない。でも、何かとんでもないことをやらかしたというのは分かった。思わず振り返ると、ウリエルさんには羽が生えていた。

 

 ……ウリエルさん、薄々は分かっていたけれど、やっぱりただの人間じゃなかったんですね。そんな場違いなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ありえん。

 

 ありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえんありえん

 

 ――なぜ、なぜここに人修羅がいる。

 

 ――なぜ、呼ばれた先に人修羅がいる。

 

 ――何故に、アルシエルにオンギョウキまで待ちかまえている。更には熾天使まで。

 

 ――なぜだ、我が何をした? 一度は敵対したが、それだけだろう? ようやく復活したというのに、またなのか?

 

 疑問に思考が塗りつぶされていく。状況が何一つ理解できない。

 

「……まずは、話がしたい」

 

 人修羅の声に、びくりと体がこわばる。

 

 棺を開き――隙間からのぞく。

 

「……な、なんだ」

 

 桃色の髪の少女を囲むように、人修羅にアルシエル、オンギョウキ、少しだけ距離を取って熾天使――あれはウリエルか。

 

「おまえの呼んだのは、このルイズだ」

 

 人修羅の後ろの、桃色の髪の小娘。

 

「わ、私? ち、ちがう。違わないけれど、違うから!?」

 

 ばたばたと暴れる、小娘。

 

「――つまり、その小娘に従えと?」

 

 人修羅は否定しない。

 

 我が、魔王たる我がとるに足らない小娘に?

 

 この、魔王モトが?

 

「……ふ、ふははははははははははははははっはは、ははははは……。この、魔王モトが? バアルすら退ける、このモトがか?  ありえん、ありえんだろう……」

 

 ――たとえ討ち滅ぼされようとも、認められん。そんなことは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で繰り広げられた戦い――戦いなんて言葉では括れないほどのそれは、時をおかずに終結を迎えた。

 

 砕けた棺の中にいた、紫の肌の亜人。神と呼ばれてもおかしくないだろう力を持ったその人物が、私の前にひさまずき約束した。屈辱に顔を歪ませ、私に従うと。

 

 私は思わず言った。

 

「……ごめんなさい」

 

 本当に、本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。だから、シキにお願いして丁重に送り返してもらった。

 

 お姉様が言った。

 

「……ルイズ、召喚はできたみたいだけれど、もう二度と試したら駄目よ」

 

「はい、もう二度と使いません。頼まれても使いません、絶対に」

 

 この世の終わりのようになり果てた景色を見渡して、私は心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……終わった。尻もちをついたまま、ようやっと息を吐いた。

 

 目の前で繰り広げられた、怪獣大決戦。本当にそうとしか言いようがない。

 

 特撮でも、あれはないだろう。戦う皆が大怪獣、しかも、一番人型に近いのが、一番やばい。たとえ剣と魔法の世界とはいえ、物理法則を無視するにもほどがある。

 

 ぼんやりと見ていたら、一番やばいのが俺を見ていた。尻餅をついたまま、思わず後ずさる。

 

 その男が言った。

 

「……きちんと元の世界には返すから、心配しなくてもいい。元の世界では、ルイズと一緒にいたんだろう?」

 

 男は全て分かっているようだった。

 

「……は、はい。ルイズに使い魔として呼ばれて」

 

 下手なことを言うと死ぬ。それだけは分かる。

 

「……年が近いルイズとは、恋人だったりしたのか?」

 

「……ええ、まあ……」

 

 思わず正直に言った俺の答えに、男は少しだけ考え込む。

 

「……そうか。なら、きちんとルイズを守ってもらわないとな」

 

 いつの間にか、他の化け物も俺を見ていた。そして、男が言う。

 

「……帰すなら、少し鍛えてからだな」

 

「……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁ!? 帰るううぅぅううう。お家かえるううぅうう!?」

 

 悲鳴が空へと流れる。

 

 

 

 

 

 ――僕も帰してください。

 

 本当に、本当に心からお願いします。

 

 全部、嘘だって言ってください。


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