混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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闇に潜む者

 ――小さな建物。

 

 そこここに痛みが目立ち始めた、ただ日干しの煉瓦を積み上げて固めただけの簡素な造り。広間が一つに、仕切で区切られた部屋が3つ。後から追加されたのだろう仕切は、どうにも雑多な印象を与える。恐らく、もとからあった建物を無理矢理に利用したものだからだろう。その建物、周りのものに比べれば大きくとも、20を軽く越えるだろう人数で暮らすにはいささか心許ない。

 

 

 

 

 

 構成は、夫婦だろう男女に、残りは子供。子供は、一人を除いて皆痩せている。その一人は、他に比べれば見目の良い少女。食事の様子を見るに、その一人だけが優遇されているようだ。だが、その一人も喜ぶ様子は無く、周りの子もそれを羨む様子はない。

 

 少しばかり日がたって、身なり良い男が来た。そして、その一人が小さな家からいなくなった。少しばかり食事の量は増えたようだ。

 

 しばらく見続けたが、それ以降は変わりない。

 

 夫婦の部屋は、簡素なもの。以前にはなかった金が隠すようにしまわれていたが、少しずつ減っていくのみで、部屋のものが増えるということはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 大きな建物だった。

 

 石造りの二階建て、数多くある小部屋のうちには装飾品の飾られた部屋もないではない。そういった部屋は、他に比べても特に念入りに清掃が行われている。

 

 住んでいるのは、子供が大部分を占めている。また、その多くは10を数えるばかりの少女であるようだ。それと同時に、他の場所と比較して、世話役もそれなりの人数がいる。

 

 子供ははっきりと分かれている。綺麗に着飾られた少女、見目は良くとも、表情は暗い。他は痩せぎすの、簡素な服に身を包んだ少年と少女。時おり世話役に殴られることもあり、体に痣を作っていることもないではない。

 

 世話役は5人ほど。

 

 不要なのは2人。残りの3人は――さて、どうであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――部屋のシーツを取り替える。

 

 まだ湿っていて、粘つくような染みからは嫌な臭いがのぼる。中には、わずかに赤いものも混じってもいるようだ。もの自体は良いものであるが、もうこの部屋では使えないだろう。結局は使い捨てになってしまうというのに、もったいない話だ。

 

 一つ、息をつく。

 

 できるだけ触らないようにしてシーツを丸める。それなりの役得があるがあるからやっていられるが、そうでなければ触れたくもない。

 

 持ってきた袋に放り込み、床を掃く。今日は床までは汚されていないから、多少は楽だ。あとはモップで磨くだけ。良い気はしないが、慣れてしまった。自分とて似たようなことをやっているのだ、慣れない方がおかしい。

 

 キイ、と音が聞こえた。

 

 振り返ると、わずかに扉が開いていた。閉めたつもりだったが、少しばかり足りなかったようだ。

 

 掃除もこんなものでいいだろう、どうせ今日も汚れるのだから。モップを壁に立てかけ、開いていた窓に手をかける。階下に見える木々は、この部屋の装飾と同じように無駄に整えられている。

 

 ドンと、背中に力がかかった。

 

 気づくと空にいた。

 

 空を見ながら落ちて行く。

 

 ゆっくりと離れていく窓には、黒い腕が見えた。ゴツゴツとした、大きな腕。

 

 それがすこしずつ小さくなる。音も聞こえなくて、酷くゆっくりと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人が窓から落ちた。皆が見つけた時には、首が変な方向へ曲がって固くなっていた。

 

 そういえば、昔とった魚が死ぬと変な形に固くなっていたっけ、ふとそんなことを思った。ろくな奴ではなかったとはいえ、自分もずいぶんと冷たい。

 

 目を閉じる。

 

 たぶん、即死だろう。下手に苦しむよりはまだ良いかもしれない。形だけだが、冥福を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、更に一人が死んだ。井戸に落ちて死んでいた。

 

 死体には頭を打った痕があったが、そのせいで死んだのか、それとも溺れて死んだのかは分からない。

 

 事故だとは思う。だが、やはり薄気味悪い。本当に天罰というものがあるのなら、二人とも間違いなくそれが下るような奴らだったから。

 

 だから、今度は真面目に祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 数日が過ぎた。

 

 訳ありの職場であり、そうそう都合良く代わりなど見つかるわけがないから、忙しくなった。だが、それが良かったのかもしれない。忙しければ余計なことを考える余裕などないのだから。

 

 まあ、それが必ずしも良いとは限らないのだが。

 

 一人はストレスがたまるようで、しばしば子供たちに当たっていた。目の下の隈が少しずつ黒くなっていたから、寝不足のせいもあるのかもしれない。

 

 今日もまた怒鳴り声が聞こえた。ずいぶんと酷く殴りつけてもいた。もしかしたら、ずっと痕が残るかもしれない。たまに殴っているのを見かけたことはあったが、最近は特に酷いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、その男が死んでいた。

 

 部屋で首を吊っていた。

 

 糞尿をたれ流した酷い死に様で、だらりと伸びた舌が、体と一緒にぶらぶらと揺れていた。ああはなりたくない、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 さすがに世話役が足りないということで、どこかからメイドが連れてこられた。恐らく、常連の誰かが融通したんだろう。さすがに気味が悪いのか夕方までだったが、素直にありがたい。それに、場所が場所だ。こんな騒ぎがなくても決して近づきたくなどないだろうから仕方がない。

 

 メイドが加わって、ようやくいつも通りになった。どこか恐々とした空気は残ったが、それは仕方がないことだ。天罰じゃないのか――残った人間はなんとなくそんな風に考えるものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、時折変なことがあった。誰もいないはずの部屋から物音が聞こえたり、閉めたはずの扉が開いていたり、そして、誰かに見られているような気がしたり。冗談めかして他の奴に言ったら、誰も笑わなかった。

 

 そんなことがぱたりと止んだと思ったら、責任者が変わった。

 

 人が入れ代わったわけじゃない。なんとなく、人が変わったような気がするだけだ。そして、時折じいっと自分達を見ている。どこか見透かされるような、じっとりとした視線。

 

 恐る恐るなぜそんなことをするのかと聞いても、ただ見ているだけだとしか言わない。ただ、真面目に仕事をしているかどうかを見ているだけだと。

 

 なんとなく、聞いてみた。もし、そうでなかったらと。

 

 責任者は少しだけ考え込むと、笑った。

 

 ――また怖い人が来るかもしれない、と。

 


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