混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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縋る者

 ――どうする?

 

 ――どうすれば良い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――王族同士の挙式。

 

 本来は関わるはずもないことであるし、そもそもを言えば、その必要もない。だが、当事者の一人である王子からどうしてもと言われれば、無碍に断るわけにもいかない。今回の件には、少なからず影響を与えたのであろうから。

 

 だが、ここで会うことになるとは思わなかった。

 

 目の前にいる、壮年に入った頃であろう男。若いころはさぞかし映えただろう金髪が少しばかりくすみ始めたようだが、年齢を感じさせない力強さは健在だ。前近代的とも思えるモノクルも、泰然としたその雰囲気にふさわしい。ルイズとエレオノールの父親として、これ以上似つかわしい人物はいないだろう。

 

 ――問題はそう、二人の父親だということ。

 

 エレオノールとのことを考えれば、いずれはきちんと話をしなければならなかった。それは分かっている。だが、二人の母親に言った二股宣言、あれはいくらなんでもない。いくら勢いとはいえ……あれはない。

 

 当然そのことは知っているだろうが、今度は父親を前にしてまた言えるか? よくよく考えれば大貴族だという二人の両親が招かれるのは当然とはいえ、ここで会うとは考えていなかった。

 

 ――どうする?

 

 ――どうすれば良い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンリエッタ王女とウェールズ皇太子との挙式。

 

 私自身は引退を考えていたが、この機をうまく利用することさえできれば、国が持ち直す。それを年若い王女とマザリーニのみに任せるというのは、公爵という爵位を持つ身としてはいささか無責任が過ぎる。だからこそ私は、一時的とはいえまた表舞台に立つことを決めた。今日という日は、その第一歩として重要な意味を持つ日だ。

 

 ――だが、なぜこの男がここにいる?

 

 目の前には、一人の男。

 

 鍛えているのは間違いないが、体格といった意味では私とそう変わらない男。黒の髪に、額から両の頬へと落ちる不思議な文様があるが、亜人としてはかなり我々と近い種族だと思われる。

 

 違うのは、その身に纏う圧倒的な魔力。

 

 人という種と比べるのが不可能――トリステイン屈指の使い手であるカリーヌにそう言わしめ、いざ目の前にして私自身もそれを理解した。国が絶対の不可侵とするのも当然のことだと。アルビオンでのことは何らかの手段を用いたのだと考えていたが、あれは実力でのことだろう。

 

 だが同時に、娘に――性格に少々難があるとはいえ――可愛い娘に二股をかけている腐れ外道。できることならば、私自身の手でその首を叩き落としたい。

 

 だが、それは許されず、そもそも不可能。

 

 それに、エレオノール。

 

 年齢を考えれば、これは最後のチャンスかもしれない。見合いではなく、形はどうあれ、恋愛でなどと。

 

 苛烈さならば、三姉妹の中で最も強くカリーヌの血を引いている。恋愛において妥協することなどないであろうし、その性格に耐えられる男は極めて希少。私自身、カリーヌとのことで身に染みて良く分かっている。並の男では体を壊すだけで、人並みはずれた精神力、それに、――まあ、何かと体力も必要だ。

 

 加えて、亜人とはいえ、この国にとって最大の切り札となり得、そのことを考えれば悪い話ではない。もし他の国にということにもなれば、最大の脅威ともなり得るのだから。

 

 だが、堂々と二股を宣言する外道。エレオノール自身はそれで納得しているとはいえ、そういう問題ではない。しかし……

 

 いつかは直接に相対しなければならなかったとはいえ、なぜここにいる。

 

 

 ――どうする?

 

 ――どうすればいい?

 

 ――何か、状況を変えるものはないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンリエッタ王女とウェールズ皇太子との挙式。

 

 これは単純な王族同士の結婚であるだけでなく、今後の国同士の力関係が変わっていく境目であるといえる。だからこそ、ほぼすべての国から主要な人物が集まった。

 

 本来であれば、一介の貴族でしかない僕がこの晩餐に呼ばれることはなかった。だが、近衛であるグリフォン 隊の隊長であるということ、そして、女王の信頼を得ることに成功した今は十二分に参加の資格がある。もちろん警備の為との但し書きはつくが。

 

 それでも、近衛の隊長ともなれば、警備以外の役割もないではない。おかげで、他国の人物と言葉を交わすことに成功した。この場で会ったということは、非公式の場で会った際に身分を示す良い保証になる。必ずしも役に立つとは限らないが、それならばそれで良い。そして、件の人物に加えて、ルイズの父親が出席している。僕という人物を二人に共通して印象付けるには良い機会だ。

 

 だが、なぜ二人して睨みあっている。なぜ近づくだけで僕が睨まれる。もしや遠巻きに囲んでいる人物ら、僕と同じように追い散らされたのか?

 

 ――どうする?

 

 ――どうすればいい?

 

 ――何か、状況を変えるものはないのか?

 

 ――二人が揃うという機会、この場を逃せばそうそうないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、ちい姉様。さっきから楽しそうだけれど、どうかしたの?」

 

「ん、ああ、そうね。姉さんの良い人、面白そうな人だなぁって思って。お父様とも何だかんだで仲良くやっていけそうだし。ただ、ワルドさんは、ちょっと残念かなぁ。ああ、そうそう。ルイズ、あんまり変なことばかり考えてちゃ駄目よ。あなた、今すごく悪そうな顔をしていたもの」

 

「それは、まあ……」

 

「……あら? あの青い髪はガリアの王様に、一緒にいるのは教皇様かしら? あらあら、今度はどうなるのかしら?」

 

「あの、ちいねえ様? ちい姉様こそ悪そうな顔をしているような……」

 

「そう? んー、やっぱり、姉妹だからかしら、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうやら、その時ではないようだ。耳目も集めているし、話はいずれ、しかるべき時、しかるべき場所でどうかね?」

 

「――分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……残念。今日はこれで終わりかぁ」

 

「大丈夫よルイズ。今度は家でゆっくりということになるはずだから。次の楽しみだと思えばいいじゃない」

 

「……ちい姉様、こういう話、案外好きだったんですね」

 

「あら、修羅場っていうのかしら? そんなの、小説でしか見られないようなものよ? それを現実に見られるなんて、やっぱり楽しみじゃない」


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