寒空の中、子供たちが沢山のシーツを抱えて歩いている。ふらふらとしてちょっと危なっかしいけれど、一生懸命で微笑ましい。後ろを歩くエプロン姿の女性も、心配そうながらも温かい微笑みを浮かべている。きっと、私も同じような表情をしているんだと思う。
ウエストウッド村から出てきて、学院に住むことになった。本当は孤児院でっていう話だったんだけれど、準備が間に合わなかったということで、ここに部屋を準備してもらった。
でも、すごく住みやすくて良い場所。ここで働いている人たちはみんな私達によくしてくれるし、出してもらえる食べ物もすごく美味しい。ここはお金持ちの子供たちが沢山通っているから、使っている材料もすごくいいものなんだって。だから、この学院で働きたいっていう人は多いんだとか。
恩返しじゃないけれど、子供たちもできることは自分でやろうとしてるし、できることなら積極的に手伝うようにしている。少しだけ心配はあったけれど、これなら大丈夫。
「――良い子達だな」
隣から声がかかる。分かりづらいけれど、ここで働いている人たちと同じ様に優しげに子ども達を見ている。
「はい。みんな、良い子達です。こんな場所につれてきていただいて、ありがとうございます」
「気にしなくていい。俺がそうしたいと思ったんだからな」
この人、シキさんには感謝してもしきれない。姉さんの恋人だけれど、関係のない私たちのこともまで考えてくれた。今だって、わざわざ子供達の様子を見に来てくれた。シキさんみたいな人ばかりだったら、きっとみんなが幸せに暮らせるのに。
ふと、キラキラと光るものが落ちてきた。でも、地面に目を落とすと何も無かった。
「あ、雪だ」
子供達の声が聞こえた。声につられて見上げると、キラキラ、キラキラ、真っ白い光が次から次に落ちてきた。深くかぶった帽子のせいで見えなかったけれど、目の前いっぱいにあった。
「――きれい」
ほう、と息を吐く。肌寒いとは思っていたけれど、雪が降るなんて。そういえば、吐く息だって白いや。
「そういえば、こんな話を知っているか?」
シキさんが言った。
「雪の降る季節、良い子にしている子供達が枕元に靴下を吊していると、サンタクロースという人がプレゼントを入れてくれるという話だ」
「夢のある話ですね。だったら、あの子達はプレゼントをもらえますね。だって、みんな良い子達ばかりですから」
みんな良い子達だから、そんな人がいるのならきっと一番にくれるに違いない。
「ああ。それに、テファにだってプレゼントがあるだろう」
シキさんが箱を差し出した。
「これは俺からだがな。一人で子供達の世話をしてきたテファにもご褒美があったっていいだろう。ああ、遠慮はしなくてもいい。むしろ、ここで暮らすのに必要なものでもあるからな。本当は先に渡しておくべきものだったんだが、そこまでは思いつかなかった」
そう言って、箱を乗せた手で器用に開く。箱の中には綺麗な緑の石のついたイヤリングがあった。シンプルだけれど、丸みを帯びたデザインは可愛い。
「石はマチルダと揃いのものだ。それと、はっきりと言うのもどうかとは思うが、エルフというのはここでは暮らし辛いらしいな。だから、その印の耳を隠すことにした。このイヤリングをつけていれば見た目だけだが、隠すことができる」
そうらしいとしか知らなかったがな、そう言ってシキさんが苦笑した。
「え、それってそういう魔法がかかっているということですか? だったら、すごく貴重なものじゃないんですか?」
一度姉さんが探してくれようとしていた。でも、特殊な魔法をかけないといけないもので、とてもお金をかけて作ってもらわないといけないと言っていた。
「さっきも言ったように、人の中で暮らすのに必要なものだ。耳に穴を開けなくても済むように、ネジ式のものになっている。早速つけてみるといい。デザインも普段から身に着けられるようにシンプルなものにしているからな」
「ありがとう、ございます。何から何まで……」
私は最近涙もろくなってしまったみたい。また、涙が溢れてきた。拭っても、次から次ぎに。
「気にしなくてもいい。恋人の妹は大切にするのは当然だろう? それに、少しぐらいのわがままぐらいなら可愛いものだしな」
困ったようにシキさんが言って、イヤリングもつけてくれた。くすぐったかったけれど、嬉しかった。
「どう、見えますか?」
耳を隠したい。私の耳をみた人はみんな怖がっていたから、ずっとそうしたかった。私も現金なもので、遠慮していたけれど、耳が隠せるというのはすごくうれしい。
シキさんが笑った。
「ああ、大丈夫だ。どうなるか多少心配はあったが、問題ないようだ」
そう言って、ひょいとシキさんが私の帽子を取った。思わず両手で耳を隠す。
「心配しなくていい。きちんと隠れている。だから、イヤリングさえつけていればいつも帽子をかぶるなんてことはしなくていい。せっかく綺麗な顔なんだからな。いつも隠してばかりだともったいない」
「大丈夫、ですか?」
おそるおそる、耳を隠していた手を離す。
「ああ、これからは何の心配もいらない」
「……嬉しい。ありがとうございます」
エルフであることを隠せる。私がずっと願っていたこと。そうすれば、子供たちにも迷惑をかけなくて済む。
「あ……」
もう一つ心配なことがあった
「どうかしたのか?」
シキさんが不思議そうに見ている。
「いえ、胸も、隠した方がいいのかなって……」
「……どうしてそう思う?」
「だって、エレオノールさん達がずっと見ているし、他の人たちも……」
「あー、まあ、目立つな……」
シキさんが私の胸をじっと見る。
「やっぱり、おかしいんでしょうか?」
初めて会った人はみんな、胸を見ていた。初めて会った時は、シキさんもそうだった。
「おかしいといえばおかしいんだが……」
本当に困ったようにシキさんが言う。
「うう……」
やっぱり、私は目立っちゃうんだ……
「いや、悪い意味でじゃない」
シキさんの声に、伏せていた顔をあげる。
「あまり面と向かって言うべきことじゃないんだが……。たいていの男は好きだし、女性にとってはうらやましいものだ。だから皆見ていたんだ」
悪い意味ではなくて、好きだから――
「じゃあ……」
「うん?」
「シキさんはどうですか? シキさんも好きですか?」
「……何でそんなことを聞く?」
「私でできることなら、お礼をしたいです」
シキさんが黙り込んで、一度だけ大きく息を吐いた。
頭に手が乗せられる。大きくはないけれど、優しい手で。
「テファは子供たちの面倒を見る決めた時、何かして欲しいと思ったのか?」
「……いいえ」
ただ、そうしないといけないと思った。今では、私の大切な家族。
「そんなことは考えていなかったし、今では家族のようなものなんだろう?」
「はい」
それと同じだとシキさんが言う。
「家族を助けようとするのに理由なんていらない。まだあって間もないが、俺だって同じように考えているんだ。
だから、なにも気にしなくていい」
くしゃりと髪をなでられた。
「でも、やっぱりお礼はしたいです。体でできるのなら……」
「なあ、テファ。どうして体でということになるんだ? 他にもいろいろとあると思うんだが……」
「えっと、前に姉さんと話して、私たちができることはそれぐらいしかないからって……。シキさんも好きだって。私、その、経験はないですけれど、頑張りますから……」
「そうか……。まあ、否定は、できないか……。それは、マチルダとしっかりと話そう。だから、テファは何も気にしなくていい。そうだな、いつも笑っていてくれればそれでいい。いつも笑っていられるように、できることは何だってやるさ」
もう一度、くしゃりと髪を撫でられた。ずっと昔、お父さんがしてくれたみたいに。
廊下には蝋燭の明かりもなく、暗闇に包まれている。時折、雲の切れ間から月明かりが差すが、闇を払うにはいささか心許ない。だが、我にとってはそれでこそ動きやすいというもの。
目的の部屋の前へと来た。
ドアの外から部屋の中を伺う。4人、規則正しい息づかいが聞こえる。扉に触れ、かすかに軋ませる。その音に気づいた様子はない。
扉を開く。
身を屈めてくぐる。人の身に合わせた扉ではいささか小さいが、触れぬよう、闇に紛れて身を滑らせる。
童が4人、ベッドで寝息をたてている。枕もとに目をやれば、足袋が吊されている。童用の小さなもの。つまみ上げるが、我にとっては指先ほどのもの。破かぬように気をやらねばならぬ。
しかしながら、そもそもに問題がある。
届けるようにと言われた包み。どう手を尽くしたところで入らぬ。
――どうしたものか
我が名はオンギョウキ。影に潜むは些事なれど、こは難問ぞ。
「――お姉ちゃん」
子供たちの呼ぶ声が聞こえた。よっぽど嬉しいことがあったのか、声が弾んでいる。つられて、私も笑顔になっていると思う。
「お姉ちゃんと言っていた通り、いい子にしていたから、プレゼントがあったよ」
手の中には綺麗にリボンでラッピングされた箱があった。
「良かったね」
きっと、シキさんがくれたんだ。子供達には秘密だけれど、シキさんにはお礼を言わないと。
「……でも」
子供たちが言う。
「なあに?」
「ごめんなさい。靴下は破れちゃってた。たぶん、僕達が用意したのが小さすぎたから」
しゅんとしたように言う。
「そっか。じゃあ、次はもっと大きなものにしないとね。サンタクロースさんも靴下に入れるのが大変だからね」
「うん。でも、何で靴下なんだろうね? そんなに大きな靴下なんてないと思うんだけれど……」
「えーと、それは……。何でだろうね?」
うーん、シキさんに聞いてみればいいのかな?
「えーと、シキさん?」
「なんだ、マチルダ?」
「なんでまた、私縛られているんでしょう? 何か、しましたっけ?」
「いや、テファが体でお礼をと言うんだが……。いくら『そういうこと』が好きだからといっても、それは幾らなんでもな」
「あ、あはは……。そ、そうですよね。いくらシキさんでも、そんなことはしないですよね。ついでに、私の縄もほどいてくれたら嬉しいなー、なんて……。駄目、ですか?」
「『そういうこと』に関しては本当に信用されていないみたいだからな。まあ、マチルダから『お礼』をもらっているということなら、テファも安心するだろう?」
「そーですねー。わー、シキさん優しい……。本当に、涙が出るぐらい……」