混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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男と女の感じ方

 鳥の声が聞こえる。

 

 そう遠くない場所、きっと窓の外から。

 

 朝という時間には少しだけおかしいけれど、すっかり耳に馴染んだ梟の声。

 

 

 

 

 

 

 頑張って少しだけ目を開けると、カーテンの隙間からちらちらと光の帯がのぞいている。まだまだ、もし許されるのなら一日中でも寝ていたいけれど、それはできない。だから、毛布にくるまれたなか、少しだけ体を伸ばす。

 

 梟の声で目を覚ますというのは不思議な感じだけれど、あの子は本当にぎりぎりまで寝かせてくれるからありがたい。だから、最後に一度だけ、愛しい人をぎゅうっと抱きしめる。

 

 代わりに、頭に手をおかれた。髪に指が通される。シキさんは、お父様譲りのこの金色の髪が好きだって言ってくれたけれど、私もこうやって撫でられるのが好き。

 

 最初は子供扱いされているようでくすぐったかったけれど、今では体を重ねた後に撫でてくれないと物足りないぐらい。だから、目を閉じて身を任せる。温かい感触が心地よい。

 

 ――いけない。

 

 本当に、本当に名残惜しいけれど、体を起こす。さらりと、肌の上を毛布が流れた。少しだけくすぐったい。

 

 枕元においていた眼鏡を手探りで探す。裸に眼鏡だけというのはちょっとどうかと思うけれど、こればかりは仕方がない。

 

 ベッドから抜け出て、ワードローブの前に立つ。昨日衣替えをしたから、中の雰囲気が少しだけ違う。どれにしようかと迷うけれど、あんまりもたもたしてちゃいけない。裸でのんびりしていると、またベッドに連れ戻されちゃう。それはそれでいいんだけれど、……うん、やっぱり良くない。だって私には抵抗できないから。

 

 手早く上下の下着を身につけて、シャツを羽織る。昨日までよりも薄手のシャツだから、やっぱり肌触りが軽い。その感触を肌で確かめながら、上から一つ、二つとボタンを留めていく。

 

 そしてスカート。左足、右足と通して、腰まで持ち上げる。そして、左手でスカートを押さえながらサイドのジッパーを引き上げる。

 

 ……引き上げる。

 

「――あれ?」

 

 じいっとジッパーの部分を見てみると、何というか、腰回りに余裕がない。軽く指でお腹に触れると、そのまま沈み込む。

 

「どうした?」

 

「……何でもないです。ちょっとジッパーの滑りが悪かっただけで」

 

 少しだけ息を吸い込んで、さっとジッパーを上まであげる。――これで良し。良くないけれど、とにかくこれで大丈夫。私は何も見なかった。

 

 あとはスカーフだけれど、今日は白のシャツだから、特に色にこだわる必要はない。適当にグリーンのものをつかんで、姿見の前に立つ。鏡の中には全身が映っている。映りこんだ姿はいつも通り。あえて言うなら、衣替えをしたから、今までよりも纏う空気が軽い。試しにシャツの上から二の腕を触ってみたって……柔らかいけれど、それは運動していないから仕方がない。夜の運動は、ちょっと違うし。いや、あれも運動ではあるから、もう少し頑張る、いや、頑張ってもらおう。

 

 とにかく、細かいことは気にせずにスカーフを首もとに巻き、鏡を見ながら指で形を整える。その頃には温かいお湯とタオルが準備されているので、それで顔を洗う。

 

 朝はシエスタの代わりに、ウラルがいろいろと準備してくれる。あまり姿を見せることはないけれど、本当によい子だ。準備に抜かりはないし、シキさんと一緒の時の寝起きというのはやっぱり見られたくないから、あえて姿を見せないというのも良い。

 

 女の子の姿ということに思うことがないではないけれど、それは全部シキさんが悪い。そればかりは本人にはどうしようもないことだから。

 

 服を整えたところで、今度は薄く化粧を施す。今までそういうことを気にしていなかったから見よう見まねだけれど、着飾ることの大切さが分かったし、何より、それを見せる相手ができた。できるだけ綺麗な私を見て欲しいから、これは当然のこと。

 

 鏡の中を私を見る。うん、昨日しっかり充電できたから、化粧も思った通りに。今日も一日、頑張れる。頑張れば、きっとお腹周りだって……

 

 

 

 

 

 

 

 手に持った箱が揺れないよう、ゆっくりと歩く。どこまで差が出るのかは分からないが、振動でどんどん劣化していくものらしい。だから、揺らさないよう最新の注意を払う。

 

 と、もう部屋の前だ。軽く二度ノックすると、すぐにエレオノールから返事があった。名乗ってドアを開け、持ってきた箱を差し出す。

 

「そろそろ休憩にいいんじゃないかと思ってな」

 

 差しだした箱をエレオノールが受け取る。テーブルの上で開くと、のぞき込んだ目を輝かせた。

 

 買ってきたのは、チョコとフルーツと、色とりどりのケーキ。女性はルイズを筆頭に、皆甘いものが好きらしい。エレオノールも例外ではないし、最近少しばかり目つきが悪くなったのが気になるウラルも、甘いものを食べると顔を綻ばせる。

 

 上機嫌のエレオノールはケーキを受け取ると、自分で紅茶の準備を始める。普段はシエスタなりを呼ぶのだが、時折自分で煎れるということを良しとする。鼻歌まじりに準備しながら、振り返る。

 

「シキさんも一緒に食べていってくれるんですよね?」

 

「ああ。そのつもりで買ってきたからな」

 

「ふふっ。じゃあ、すぐに準備しますね」

 

 最初は準備をする際に喋る余裕もなかったのが、今ではずいぶんと板についてきた。慣れた手つきでお湯の準備をしながら、皿とフォークとを並べる。最初になにを食べるかを迷って、エレオノールは結局チョコにした。迷っている間に準備ができたお湯で紅茶を煎れる。

 

 食べ始めたエレオノールは幸せそうだ。フォークを口に運ぶごとに顔を綻ばせる。だから、一つでは楽しい時間もあっという間に終わってしまう。

 

「次はチーズケーキなんてどうだ?」

 

 箱の中をのぞきこんでいたエレオノールに問いかける。とたんに何かを思い出したのか、渋い顔になる。

 

「……シキさんの悪魔」

 

 なぜだか泣き出しそうな目で睨みつけられる。

 

「……止めておくか?」

 

「……食べます!」

 

 躊躇は一瞬で、そして元気の良い返事が返ってきた。何かが吹っ切れたようだ。

 

 ケーキを口に運ぶエレオノールをじっと見る。チーズケーキを食べるエレオノールは幸せそうだ。それに、ともすれば食事をおろそかにしがちだったエレオノールも、一緒に食事をするようになって血色が良くなった。そして、体の一部に関しては望むべくもないが、体に触れた時に女性らしい柔らかさを感じられるようになってきた。

 

 さて、次はなにを買ってこようか。もともとが痩せすぎで、もう少し丸くなってもいいぐらいなのだから。

 


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