その言葉を聞いた時、私の時は凍った。
比喩でも何でもなく、目に映るすべてが色あせて、遠くに聞こえていた鳥の声も何も、遠く遠く、聞こえなくなっていた。
私の世界は天と地がひっくり返るぐらいに覆った。知らなければ良かった、本心からそう思った。
――でも、もう遅い。
知ってしまった以上、心に刺さる棘のようにずきずきと痛む。それから意識を逸らすことはもうできない。
きっかけはほんの些細な、そう、本当に些細な好奇心だった。まさかそんなことはない、私の勝手な思いこみだったということだけれど、私は信じていた。
そんなこと、絶対にないって。
その日は一点の曇りもないほどの快晴だった。空を見上げた拍子に、ああ、と吐息を漏らすほどに。
そんな日の昼食は、皆で外のカフェ席へと向かう。今はマチルダさんが旅行に行っているから一人減ったけれど、私とシキさん、そしてルイズ。
外で食べる、最初は抵抗があったけれど、いつの間にかそれが当然になった。夏や冬なら別だけれど、今ではそうしないともったいないと思うぐらい。
だって、他人の目を気にせずにシキさんと話をできる貴重な時間なんだもの。本当に他愛もないことばかりだけれど、それがたまらなく愛おしい。本当は食事中の会話なんて行儀が良くない、そんなことが全く気にならないぐらい。
だから、その時もなんとなく口に出していた。今思えば、とても、とても、恐ろしいことを。ほんの短いやりとりだけだというのに、私の心臓鷲掴みにして、そのままえぐり取ってしまうような。
「――そういえば、シキさんって何歳なんですか?」
「ん? そういえば数えていないな」
そう言って笑った。
「もしかして、もう何百歳にもなっているとか?」
ルイズが呆れたように言った。でも、シキさんの言っている言葉の意味は、私もそういうことだと思っていた。
「そんなに年寄りにしないでくれ。数えていていないのはせいぜい1、2年だから、まだ20やそこらだ」
――私の時は、そこで凍った。
目の前のエレオノールは、まるで抜け殻のようだった。
虚ろな目で何かをぶつぶつと呟いている。ただその言葉を拾っていっても、意味は読みとれなかった。
「そんなに俺が年下なのがショックだったのか……」
「まあ、ずっと年上だと思ってたんでしょうね……」
エレオノールほどじゃないにしろ、ルイズも大きな目を更に見開いていた。
「そんなに俺は年寄りに見えるのか?」
「あー、うん、年寄りっていうか、達観というか、老成しているというか……。とにかく、ちょっと感情が薄いのはそういうことかなって」
「まあ、それは確かに否定できないか……。だが、そんなにショックを受けるものなのか?」
未だに虚ろな目をしているエレオノールを横目で見る。
「……うん。たぶん、エレオノールお姉様にとっては致命的なぐらい。前にお母様が言っていたでしょう?」
ルイズがエレオノールの様子を一瞬だけ確認する。
「その、年を考えなさいって。あのね、お姉様ってはっきり言うと、かなり嫁き遅れているの。女性は20ぐらいには結婚していて、なおかつ、相手の男性の方が年上なのが一般的なの。政略結婚なら別だけれどね。だからお姉さまにとってはかなり重要なことなの」
「……ああ、そういうことか」
たしか、エレオノールは27だったはず。この反応もようやく納得がいった。
「シキは、どうなの?」
「ん?」
「シキって別の世界の人なんでしょう? だから、考え方って違うのかなって」
「いや、俺はあまり気にしたことはなかったな。まあ、俺の世界でも一般的には男の方が年上というのが普通だったな」
「へえ。じゃあ、シキが20歳だったら、相手は私ぐらい?」
ルイズが楽しそうに口にする。
「ん……。ルイズだと妹だな」
「もう、そういうことじゃなくって……」
可愛らしく頬を膨らませて、それから何かを思いついたように笑った。おもしろいいたずらを思いついた子供のように。
「じゃあ、これからはシキのこと、お兄様って呼ぼうかしら?」
「ああ、いいな。ルイズのように可愛らしい妹なら大歓迎だ」
「じゃあ、お兄様には妹として甘えようかしら?」
コトリと可愛らしく首を傾げてみせる。その仕草は年よりもずっと幼く見える。
「それは、楽しそうだな」
そんなことをルイズと二人で話していたが、エレオノールはなかなか復活しなかった。
それから、妹だからとルイズが人前でも膝の上に乗ってくるようになったり、マチルダとエレオノールがそれをうらやましげに見るようになったのは別の物語。
そして、自分の方が年上であること、それを知ったマチルダが同じ反応を見せるのもまた、別の物語。
二人をして、異様なほど美容に気を配るようになったのも――