混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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過去からの遺産

 異世界からもたらされた――それは眉唾ではあるが――それぐらい常識とはかけ離れたものを一般に、場違いな工芸品と呼ぶ。たいていは用途が分からないものだったり、壊れているものだったりするのだが、中にはとても考えられないレベルの緻密な加工が施されているものがある。

 

 そして、トリステインにも時折流れてくる場違いな工芸品の中には、本も含まれている。特別な加工というのは少ないので一部の例外を除いて価値は一段低く見られているが、それは正しくない。

 

 本の中には、知識が蓄えられている。もちろん使える、使えないの別はあるだろうが、知識というものは使い方次第。我々が持つものとはあきらかに別体系のその知識の持つ可能性は計り知れない。

 

 残念ながら解読できないということで価値が低く見られているのだが、解読の可能性があるとなれば話は別だ。そういう意味では私は非常に運が良い。先祖が残してくれた遺産の中に、解読の助けになるものがあったのだから。

 

 もちろん、未だに完全な解読には至っていない。それでも、研究を進めることで、理解の端緒が見えてきた。私一人の代では無理かもしれない。しかし、子では? 孫では? いつかは解読に至るだろう。少なくとも、私はそう信じている。

 

 

 

 

 

 机に目を向ける。乱雑に本が積まれたその中に、一冊だけいつでも参照できるようにしている、大切な本がある。手を伸ばし、その滑らかな表紙を指でなぞる。そして、その中心の書名らしき文字を。緩やかな弧を描くそれは、いっそ抽象的な絵画の一部のようですらある。人生をこの本に捧げるつもりである私にとっては、どんな名匠の描いたものよりも、ずっとずっと価値のあるものだ。

 

 そこには、曲線を組み合わせて作られた美しい文字でこうある。

 

「よいこのあいうえおちょう」

 

 生憎とその意味は分からない。だが、描かれた絵から察するに、子供向けに文字を教えるために作られたものであろう。だとすれば、これに書かれているもの自体に価値があるわけではあるまいが、この知識を使って得られるものの価値は計り知れない。

 

 残念ながら、今まで様々な場所から入手してきた本を解読することはできていない。

 

 同じ系統の文字を使っていると思われる本でも、どうやら明らかに形状の違う文字が含まれているのだ。しかし、この文字が含まれていない書はない。基本の文字であるのは間違いない。

 

 それに、見たところ同じ意味で使うことがあるようなのだ。時折、複雑な形状の文字の上に、この文字が併記されていることがある。この文字さえ完全に解読することができれば、他の文字の理解もできるはず。膨大な数のサンプルが必要となるだろうが、間違ったアプローチではないはずだ。

 

 サンプルとしては、精巧な絵が同時に描かれたもの、それがもっとも参考になる。なぜなら、その文字はそこに描かれたものを説明するものであるはずだからだ。

 

 残念ながらそれは、美術品としての価値を持つ一部の例外になるのだが。だから、なかなか思うようにサンプルを集めることができていない。

 

 区切りがつき、大きく息をつく。机の上にここ数日ずっと開きっぱなしだった本を閉じ、目頭をもむ。時間はかかったが、ようやくその取り組んでいたその本からサンプルの抽出ができた。

 

 今日のところはここまでとするとしよう。たまには町に降りるのも良い。もしかしたら、また何か流れ着いているものがあるかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏通りにある、どこか怪しげな雰囲気の漂う店。裏通り自体がいかがわしい場所であるのだが、この店はその中でも目立つ方だ。

 

 ルイズ達と一緒に来ても良かったが、今日は一人で。心配ないといえば心配ないのだが、この通りはあまり治安も良いとは言えないので、積極的に連れてくるべき場所ではない。それに、よっぽどのものでなければルイズ達にとってはただ退屈だろうから。

 

 裏通りにあるその店は、店と呼ぶにはいささかおこがましいものだ。なにせ、ただ無秩序によく分からない、はっきりと言えば、がらくたが並べられているだけなのだから。そういう状況であるから、自分のほかには、客は一人しかいない。まあ、たいていは自分一人だけなのだから、今日は繁盛していると言えるのかもしれないが。

 

 いつも通り、並べられた商品に視線を移す。目に入るものは皆、この世界の常識からして、なおかつ、そのものの正体が分かる俺にとってもガラクタだ。

 

 たとえば、大仰に車のハンドルが立てかけられている。

 

 明らかにがらくたでしかないが、クラクションの部分にそれなりに凝った意匠が彫ってあるから、きっと芸術品だと勘違いしているんだろう。

 

 はたまた、その隣には何とも形容しがたいものがある。

 

 何かのモニターだったんだろう、一抱えほどの箱。正面のガラスやらはなくなってしまっており、のぞき込むと何かの配線やら、複雑な機構が伺える。だが、素人目にもはっきりと分かるほどに明らかに部品が足りない。残念ながら、修理は根本的に不可能だろう。もちろん、完全なものであっても使い道などないのだが。これもまた、贔屓目にみれば芸術品に――見えなくもない、ような気がする。

 

 まあ、たいていはこんな風にがらくたしかないが、時には面白いものがある。

 

 たとえば本。

 

 いずれは覚えなければいけないのだろうが、残念ながらこちらの文字はまだ読めない。だから、もとの世界の本というのは暇つぶしにちょうど良い。それに、懐かしいあの時を思い出させてくれるものもある。

 

 前に通りかかったときに偶然見つけた、旅行のガイドブック。なぜだか結構な値段だったが、迷わず買った。

 

 ルイズ達に故郷はこうだったと見せるのは楽しかったし、純粋に懐かしかった。描かれた寺院の集まりを見て、京都など行ったことはないというのに、どこか懐かしいと思った。もしかしたら、魂の奥底に過去の日本というものが刻まれているのかもしれない、そんなことを思ったりした。それ以外にも面白いものを見つけると、つい買ってしまう。

 

 そういった、時折東方とやらから流れてくるものを扱う店。それがこの店の正体だ。

 

 銃といった物騒そうなものが多い上に、たいていは壊れているのだが、その中に、時折懐かしいものが混ざっていることがある。以前なら単なるがらくたでしかなかったものでも、こう平和な日が続くと、どうしてか欲しくなる。

 

 昔出会った中に、がらくたを集めて、周りからも馬鹿にされていた人物がいた。しかし、こうなると馬鹿にできない。

 

 特に手に入れたもので何かをしたい訳じゃない。ただ、衝動的に欲しくなって、手元においておきたくなる。れっきとした人間だった頃は特にものに執着を持つことはなかった。コレクターの心理というものもよく分からなかった。だが、今になってようやく分かった。なるほど、とにかく手元に置きたい、こんな気持ちだったのかと。

 

 さて、今日見る限りは壊れた武器の一部らしきものやらが増えただけだが、何か面白いものはないだろうか。

 

 すっかりさびてしまっている、車にでも使いそうな大きめのバネ。手に取ってみると固くなってしまっているから、バネとしての用途は果たしそうもない。仕組みさえ分かればこの世界でも有用だろうが、この状態では発明のヒントにというのも難しいだろう。

 

 もう一つ、これはなんだろうか。一抱えほどの真っ赤なプラスチックでできているらしい、緩やかな曲線を描くケース。肩にかけるひもの部分はなくなってしまっているようだが、リュックではないだろうか。以前、自転車に乗る人間が似たようなものを背負っていたような気がする。

 

 手に取ってひっくり返してみると、やはり予想した通りのもののようだ。裏側にクッションと、表から見えないような部分にジッパーが見える。残念ながらタグ部分が折れてしまっている上に、無理矢理開けようにも錆びてしまっている。中身を確かめたいと思うのなら力付くで開くか、切り開くか。どちらにしても壊さないと確かめられそうもない。

 

 一応いる店の人間に聞いてみるが、壊すなら買い取れとのことだ。

 

 まあ、仕方がない。ある意味、福袋のようなものだ。金貨10枚と少々ふっかけられたような気がしなくもないが、リュックならうまくいけば色々と入っているかもしれない。

 

 もし、もとの持ち主が遠出をするような人物だったら、雑誌やアウトドア系の道具が入っている可能性がある。そのあたりは一番欲しいものだ。そう思えば安い。必要なければここで処分してしまえばいい。だから場所を借りて切り開くことにした。

 

 中に何かが入っているかもしれないと言うことで、店の主人も、もう一人いた、俺がいうのも何だが変わり者の人間も興味深げに近づいてきた。30かそこらを回ったところだろうか。薄茶色の、伸びるに任せた髪はそのままに、いかにも引きこもっている魔術師然とした人物。さっきまでは偏屈そうに店の中を見ていたというのに、興味深そうにこちらをのぞき込んでいる。上背が結構あるので、自然とそんな形になる。顔立ちは悪くないようだが、本人はそういったことに頓着する気はないんだろう。

 

 近場の台に置かれていたものを押しのけ、買い取ったリュックを載せる。

 

 店の主人にナイフを借り受け、プラスチックとプラスチックの隙間に慎重に刃を入れる。もともと頑丈に作っているだけあって、切りづらい。繊維自体が特殊なものなんだろう。

 

 鋸のように刃を前後させ、ゆっくりと刃を入れる。缶切りの要領で右端からぐるりと刃を通し、左端まで切り開く。そして蓋をあけると、もう使えないだろうCDプレーヤーやらと、予想通りカラフルな本があった。旅先なりで読むつもりだったんだろう。

 

 思わず笑みがこぼれた。雑誌というのは暇つぶしの為に作られるもの。今、一番欲しているものだ。

 

 中身を見て、店の主人も、もう一人の客もぜひ買い取らせて欲しいといった。もちろん断ったが、どうしてもと譲らない。幸いというべきか本は数冊あった。一部を譲るということ、いずれ交換しようということで話をつけた。もう一人の客は他にも似たようなものを持っているということで、交換というのが魅力的だったからだ。よほどのものでなければ、一度読めば十分なのだから。

 

 

 

 

 

 

 予想外の収穫物を喜んで持ち帰ったが、どうにも油断してしまったようだ。少なくとも、もっと本について確認すべきだった。机の上にとりあえずとおいた隙に、ルイズがその本を見つけた。なんだかんだでルイズも時折持ち帰るガラクタに興味があるから。

 

 いくつかをパラパラと眺めて、そしてある一冊を開いたところで、ルイズがぴたりと動きを止めた。見る見る顔が赤くなる。そしてそのまま本を投げつけ、さげすんだ目でただ一言。

 

「この変態男」と。

 

 それだけ言うと、そのまま部屋から走り去ってしまった。床に広がった本を見て、ようやく理由が分かった。

 

 まあ、なんだ。リュックの中にはプレーヤーやらの雑貨と、いわゆる週刊誌というものも混ざっていたのだ。週刊誌には、理由はよく分からないが、たいていグラビアがある。女性の裸というのは、この世界ではある意味、タブーだ。特に、それが写真などという、この世界ではあり得ない精巧なものだとしたら。そしてそれは、この世界のとある場所では結構な価値を持つらしい。

 

 わざわざ持ち帰ったのは、日本人女性というのも、その、なんというか懐かしかったからだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 他の雑誌については、店の主人は高くてもほしがる人間がいるからと、もう一人も純粋に学術的必要から。邪な目的とはちょっと違う。

 

 ――三人とも、全くないとは言わないが。

 

 しかし、ルイズのことはともかく、良い出会いもあった。もう一人いた客、名前はゼファーというそうだが、場違いな工芸品の本を集めていて、機会があれば見せてくれるそうだ。最近何かとルイズに軽蔑されることが多くて、本当に、本当につらいが、それだけが救いだ。ルイズには、あとでケーキでも買ってこよう。

 

 ふと、誰かが廊下を走ってくる音が聞こえた。

 

 足音から考えるに、恐らくルイズと、他に二人。ルイズの行動も早くなったし、なにより迷いというものがなくなった。今までなら十分逃げる時間があったはずだが、これからだとちょっと難しい。同じ意味で、他の二人も。せいぜい一言、二言の説明だけで迷わずここへ向かっているということなのだから。

 

 たぶん、また浮気しているとでも言ったんだろう。

 

 そしてそのままノックもなしにドアが開かれる。そこには予想通り二人の女性と、その後ろにルイズが立っていた。ルイズ一人なら大好物のクックベリーパイで誤魔化せたと思うのだが、こうなると難しい。

 

 目を閉じて天井を仰ぐ。どうやら、あれは持って帰るべきものではなかったらしい。

 

 そういえば、あの店に並んでいたものには武器の一部らしきものが多かった。あそこにあったものは皆、災いを運ぶものだったのかもしれない。

 

 ただなんとなく、そんなことを思った。

 


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