「――暇だ。することがない」
ここ最近、特に切実な問題になってきた。ルイズに呼ばれてこの世界に来たとき、本当の意味で落ち着くことができる、それは何にも代えがたいものだと思った。それは今でも変わらない。
――だが、何もすることがないというのは、それはそれで辛いものだと、身に染みて感じるようになってきた。
ルイズは授業中。始めの頃こそ全てが珍しく、見ていて飽きなかった。しかし、授業というものの大部分は座学が占める。そうとなれば飽きるのも時間の問題だった。
それしかないとなれば仕方がないが、それは最終手段にしたい。
そして、エレオノールとロングビルは仕事中だ。手伝えるようなことがあるのなら喜んで向かうのだが、生憎二人とも書類仕事がメインだ。文字の読めない自分ではいかんともしがたい。夜になれば――向こうから来てくれるが、昼間はそういうわけにもいかない。
こういう時、昔なら本でも読んで過ごしていたが、それができないとなるとお手上げだ。はっきりいって、することがない。となると
「――町にでも、行くか」
日中に時間を潰すとなると、結局それしかない。幸い、以前売った宝石のおかげで手持ちの資金には余裕がある。もちろん、この世界ではどうか知らないが、そう大きな町ではない。めぼしい所はすでにあらかた行き尽くしてしまってはいるのだが。
「――来たからといって、めぼしいものはないか」
町に着くなりぐるりと視線をやるが、言ってみれば平日の昼間。休みであれば露天もそこここにあるだろうが、平日では売る側もやる気が出ないのだろう。
そうなると、やることはやはりいつも通りになる。適当に通りを歩き、ふらりと立ち寄った店で土産を物色する。物欲が乏しい自分は、自然、誰かに対する土産を探すということが多い。
今日はちょうど、季節のものらしい果物を色とりどりに使ったケーキがあった。ひたすらに書類仕事に追われるエレオノールなら、そろそろ休憩したいころだろう。
そして、そういう建前があるのなら気兼ねなく行ける。つい土産探しになるのは、半分はそういった意味合いからだ。今日はどういった誘い方をするか頭に浮かべながら、適当なものを包んでもらう。
「――わざわざありがとうございます。今紅茶でもいれますね」
部屋を訪れると、二つ返事で扉を開けてくれる。贔屓目ではなく素直に喜んでくれているのだから、自分としても嬉しい。休憩の間だけだからそう長くはないが、楽しい時間だ。そして帰り際にはエレオノールからの誘いがある。
「――今夜も、よければ……」
自分からそういったことを口にするのは恥ずかしいのか、台詞は顔を染めたまま言うことになる。それが少女のように可愛らしいから、自分も断ることはない。せいぜい、渋って見せて反応を楽しむぐらいだ。
――だがこの生活、楽ではあるが、いい加減何かやることを見つけないと、色々な意味で駄目になってしまいそうな気がする。
じっと見つめる先に、「シキ」という人がいる。
「――あの人いつも暇そうにしているのね」
一旦授業が始まってしまうとシルフィと同じでやることがないのか、暇そうにしているか、町に出かけて何か買ってくる。たいていはお菓子やらを買って、女の人の所に行っている。
――きっとタラシなのね。お姉さまも注意しないとぱっくり食べられちゃうのね。だからシルフィ、怖いけれどしっかり見張っているのね。
しっかり見張っているから、何を買ってきているのかは大体分かるのね。この前は生クリームと甘酸っぱいベリーの香りだったから、きっとケーキ、今日は……香ばしい蜂蜜の香りだから、きっと甘いケーキみたいなパンなのね。
――とっても、とっても美味しそうなのね。シルフィ、お肉も好きだけれど、やっぱり甘いものも好きなのね。女の子なのね。
だから――
「――うまいか?」
「とっても美味しいのね。あなた、とっても良い人なのね」
つい、我慢できなくなったってしょうがないのね。
「そんなに気に入ってくれるんだったら、もっと買ってくれば良かったな。なんなら、次は一緒に行くか? ああ、そういうわけにもいかないか。大きな竜が来たらきっと騒ぎになるな」
「大丈夫なのね。シルフィ、人間の姿になることもできるのね。だから、明日は一緒に行くのね。それと、やっぱりお肉も食べたいのね」
次の日、約束通りお腹一杯食べさせてもらって、シルフィ大満足なのね。だから人間の姿は窮屈だけれど、学院までその姿でもご機嫌なのね。
……ちょっと怖い目で見ている人がいるけれど、シルフィは逃げるからいいのね。
「あら、町で見つけてきたんですか? 相変わらず手が早いですねー。でも、さすがにそれはどうかと思いますよ」
「暇だからって女の子をひっかけてくるってなにを考えているのよ!?」
「本当は……若い子が好きなんですか?」
――シルフィ、知らないのね。でも、ぴったりの言葉なら知っているのね。
「自業自得」、きっと普段の行いが悪いのね。
あ、今日はお肉をお腹一杯食べさせてくれたから、また付き合ってあげてもいいのね。
――たまに、不可抗力で午前中の授業を欠席してしまうことがある。
前日、ちょっとだけ愛が激しすぎたりすると、ついついそういうことになってしまうこともある。そういう時は遅れていくというのもいいが、いっそのこと午前中は、というのが潔いように思う。
そうして暇になった日は惰眠をむさぼるも良し
「――シキ。暇なら、またお相手願えないかしら? またあなたが恋しくなっちゃったの」
――体力的に保たない、そう言われてすぐに挑戦して体で実感したあの底なし。いつもだと体が保たないけれど、たまに、ごくたまにそういうのもいいなと思うときがある。そんな日は丸一日休んじゃうことになっちゃうけれど、それでもいいと思うぐらい。
もちろん、これは二人だけの秘密。
――あの三角だか四角だか分からない関係に入るのも面白そうだけれど、そんなことはしない。
――少なくとも今は、ね。
この人があんまり節操なしになるようなら、それも面白そう。でもまあ、それもそんなに遠くないかしらね。
掃除の手を休めると、ふと窓の外にあの人を見かけた。
貴族じゃないけれど、貴族よりももっと怖い人。
普段なにをしているのかよく分からないけれど、昼夜関係なく学院内で見かける。普通にうろうろとしているのはもちろん、貴族様の使い魔と一緒にいたり、夜中に女性教員用の宿舎の前にいたり。その場合、たいていシーツを代えるのが大変なことになっている。
はっきり言って、別の意味でも油断できない人だ。
知られたらと思うと怖いけれど、あの人には注意するようメイド仲間達みんなに言っている。最初はあんまり信じてくれなかったけれど、もともと上半身裸で歩き回っていた人ということでようやく納得してくれた。
――通称「変態魔人」、私たちの中ではそれで通っている。