偽書 ロックマンゼロ   作:スケィス2

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第伍話 Evil Dragon ~邪龍咆哮~

 序

 

 

 思えば、長い道のりだったと思う。

僅かな仲間達とネオアルカディアを出奔してから今日まで、色々な事があった。途上で、多くの仲間を失った……でも、新たな希望も訪れた。

 ゼロ。彼が現れてからレジスタンスの皆に活気が戻った。明日をも知れない絶望と諦観から救ってくれた古の英雄。

 彼の力は想像以上だった。私たちにとって恐怖の象徴であるミュートスレプリロイドを、倒してくれたのだ。その事実は、何物にも勝る希望の光になった。彼は皆の命だけで無く心をも救ったのだ。

 けれど、このまま戦っていくだけで良いのだろうか?

 戦う事が悪い事だとは思わない。戦わなければ私たちは此処まで来れなかった。しかし、ネオ・アルカディアは強大だ。その気になれば、寄り合い所帯でしかない私達など簡単に押し潰されてしまう。

 だったら、私はどうしたらいいのだろうか?

 戦う事の出来ない私には、皆を守れない。それどころか、今の事態の引き金になったのは、私の――だから。

 だからレジスタンスを作った。罪滅ぼしのつもりだった。けれど、結局どんなに足掻いても、過去からは逃れられないのだろうか。

 そうであるなら。私の……私のやってきた事は……

 

 

 

 

 

 

 壱

 

 

 

 幾多の戦いを経て、レジスタンスはその勢力を僅かながらも拡大させていた。ミュートスレプリロイドを倒したゼロの噂が、各地に潜伏しているレプリロイド達に広まったのだ。

 果たして反ネオ・アルカディアの先鋒となったレジスタンスには、日々加入を希望する者達が殺到した。

 勿論、全てを受け入れる事が出来ないが、そう言う場合は外部の協力者として連携を取っている。

 そうしている内に、組織の規模は徐々に膨れ上がっていった。

 そうなると、物資の問題が大きな壁となった。

 現在、レジスタンスベースに貯蔵されている分でも何とかやっていけるものの、それにも限りが有る。よって、早急に対策を打ち出さなければならなかった。

 いくつもの案が生まれては消え、消えては生まれ、最終的に決まったのが兵器工場の奪取だった。

 名前の通り、ネオ・アルカディア軍の兵器製造を担っているその施設には、武器に組み込む為のエネルゲン水晶が大量に貯蔵されているのである。それさえ手に入れられれば、暫くの間はエネルギー面で困る事は無くなる。その上、上手くやれば、製造されている兵器とエネルゲン鉱石の精製施設を含む工場の設備もついてくる。これについて、レジスタンス内でも欲張りすぎだと言う声も上がったが、組織の現状を鑑みれば二兎どころか、三兎でも四兎でも足りない位なのだ。

 だからこそ、この作戦ではレジスタンスの有するほぼ全ての戦力が投入された。絶対に成功させなければならない。

 そして、紅の英雄・ゼロも今回の作戦に参加していた。

 

 

 

 配置に着いたコルボーチームリーダーのコルボーは、己が身の内で、静かに闘志を燃え上がらせていた。

 レジスタンス結成以来の大規模な作戦を前に、武者震いが止まらない。元来好戦的な性格の彼は、怯む事を知らない。たとえ恐れが心に忍び寄っても、それすらも燃料にして炎と変えてしまう男だ。

 いつだってそうだった。だから今回も変わらない。ただ変わったことがあるとすれば、以前より仲間を信頼するようになった事だろうか。過去に親友だった男にも言われていたが、コルボーは己の力を過信しすぎる傾向にあった。

 故に、あまり他人の力を当てにしていない節があった。

 だが、ミュートスレプリロイドとの対峙やゼロとの邂逅を経て、彼は変わった。

 仲間と歩調を合わせ、共に戦う事が出来る様になったコルボーは、前よりも更に強くなっていた。

 

 

 

 別の場所――作戦開始の報を今か今かと待っているのは、鋼の意思を持つクリスチームリーダー・クリス。元は要人警護の任についていたエリートだった彼は、持ち前のリーダーシップで静かに味方を鼓舞した。

「皆、この作戦は僕達の行く末を決める大事な戦いだ。絶対に成功させるぞ」

 愛用のシールドを装着した右腕を、天高く翳した。隊員達が呼応して雄叫びを上げる。

「もう一つ――死ぬな。必ず生きて帰るんだッ!」

 

 

 また別の場所にて。

 ライドマシンとそのパイロットで構成された機甲部隊・マークチーム。

 専用ライドアーマーを駆るチームリーダー・マークが、隊員達を穏やかに纏め上げる。

「ここが正念場だ。落ち着いて行こう」

 マークチームはライドマシンによる突撃力を武器とする部隊である。しかし、お世辞にも物資が豊富とは言えないレジスタンスの現状では、自慢の力を存分に発揮する事が出来ずにいた。

 だが、もう関係無い。この局面を越えられなければ、次は無いのだ。

 

 

 

 前線部隊よりも後方、補給線を担うロバートチーム。リーダーのロバートは有能であるが、性格に少々難があった。

「今回の作戦は無謀すぎる。立案者は大馬鹿者、でなければ狂人だ」

 歯に物着せぬ言動で、身内を批判する。

 だが、彼は間違った事は殆ど言わない。そのせいで誤解されやすいが、本来は強い正義感の持ち主なのである。

「でも、やるだけの価値はある」

批判の時と変わらぬトーンで、ロバートは続けた。色々と不器用なのだ。

隊員達もその辺りがわかっている旧友が大半だった。

 生暖かく微笑んでいる部下達を見たロバートは「何か問題でも……?」と呻く様に言った。

 

 

 

 レジスタンスベース・オペレーションルーム。

 シエルとセルヴォを中心としたオペレーター達による支援チーム・バックヤードが、作戦の最終確等の雑事に忙殺されていた。

 殺気立つ空気の中、シエルは震えていた。

 今回の作戦は、今までとは訳が違う。次第によっては、多くの犠牲者が出るかもしれないのだ。

 覚悟はしている。が、それでも苦しい。

 彼らを救う為に、ずっと戦ってきた。決して死なせる為じゃなかった。なのに……

「シエル」

 泥沼に入りかけていた思考に、穏やかな声が割って入った。殆ど反射的に巡らせた視線の先で、優しげな微笑を湛えた男性型レプリロイドが佇んでいた。

「セルヴォ」

「彼らは、死ぬ為に戦っている訳じゃないさ」

「え?」

「ネオアルカディアは、力の無いレプリロイドにとっては地獄でしかなかった。良いように使われ、やがては潰される。僕らは、そんな生き方しか出来なかった」

 セルヴォも、元は技術者としてネオアルカディアの下で働いていた。なまじ優秀だった為に、人間達に危険視されて迫害を受けていた。

「正直、外の世界に出るのは怖かった。曲がりなりにも理想郷だったネオアルカディアとは全然違ったからね」

 過去の大戦の傷が未だ癒えきっていないネオアルカディアの外は、現在も荒涼とした荒野が広がっている。一部の地域は再生が進んでると聞いたが、それでもこの星全体から見れば微々たるモノだ。

「だけど、何も無いなら、探せばいい、作ればいい。そうやってレジスタンスが出来て、ここまで来たんだ。だからね、シエル。彼らは決して、死ぬ為に戦っているんじゃない。生きる為に戦っているんだよ」

 生きる為に――

 それは、シエル自身がネオアルカディアを出奔した理由だった。最初は、ただそれだけ。故に強く固い思いだった。だが、ネオアルカディアの激しい追撃に晒される中で、決意は徐々に自責の念へと変わっていった。

 仲間達が倒れていく。私が巻き込んでしまったから……

 それが何よりも辛かった。

 だから、私は縋ったんだ。古の英雄に。

「君は優しすぎる。だから辛い気持ちもわかる。でも、ちゃんと彼らを見てやって欲しい」

「うん……」

 シエルは、自分の頭が冷えてきたのを知覚した。少し、考え過ぎたかも知れない。今の段階で結論の出ない事をいくら考えたって、結局無駄でしかない。

「それに、今はゼロが居るじゃないか。彼は皆を守ってくれるさ」

「そう、よね」

 取り敢えず雑念を振り払ったシエルは、目の前の作業に集中した。

 時折、瞼の奥で紅と金の残像が、現れては消えてを繰り返していた。

 

 

 

 様々な想いが交錯する戦場。

 戦士達は、作戦開始の報を待った。

 これから始まるは、鉄火の狂騒。この場所は、命を喰らう地獄となる。

 だが、彼らは退かない。例え道半ばで倒れようとも、自分達の戦いが同胞の未来に繋がると信じて。

 そんな場所のど真ん中に、ゼロは立っていた。

 すぐ側まで迫っている始まりを前に、ゼロの心は凪いでいた。葛藤も焦燥も、今だけは遠い彼方。

 この感覚を、ゼロは知っている。

 ――オレは、悩まない。

 それは、かつての己自身。

 ――目の前に、敵が居るのなら。

 メカニロイドの様に……否、それ以上に冷徹な戦闘マシーンで居られた頃。

「アイツとは正反対だな」

 まだ朧気な友の記憶。苦悩しながらも、誰かを守る為に戦った一人のレプリロイド。

 甘い奴だったが、誰よりも強い奴だった。

 ふと思う。アイツは、今どうしているのだろうか。

 俺の様に封印されているのか。それとも、今も何処かで――

 ノイズで覆い隠された記憶に、ゼロは想いを馳せていた。

 

 それから少しの後、作戦開始の報が届いた。

 

 

 

 

 

 弐

 

 

 

 作戦開始までのカウントダウンが終わりを告げた瞬間、ダッシュパーツをフル稼働させたゼロが先陣を切った。

 遊撃を担うゼロが、セイバー片手に敵の守備隊を引っ掻き回してゆく。

 それに続く様に、各地で待機していたレジスタンス達が一斉に動いた。

 ネオアルカディアの軍勢は翻弄され、混乱の渦に巻き取られていった。

 奇襲は成功。主導権は、レジスタンスが握った。

 

 

 

 ゼロが戦場を引っ掻き回している隙に、レジスタンスの各部隊は、徐々に工場の最深部へと侵攻して行った。

 抵抗は思った以上に弱く、驚くほど順調に事が運んでいた。

 その違和感、最初に気付いたのは、ゼロと隊長達だった。

いくらなんでも守りが手薄すぎる。捨てて良い場所ではないハズだ。

 どういう事なのか?

 僅かな動揺が、隊長達の間を疾る。

 その揺らぎが隊員達に伝わったのか、進撃の勢いがいくらか弱まってしまった。

 直後、施設全体が揺れた。

 

 

 

 同じ頃、レジスタンスベースでは、工場内に巨大な熱量が確認されていた。

「施設地下に巨大熱量確認ッ!」

「地下だとッ!」

「まさか、罠ッ!?」

少女の端正な顔が、一気に青褪める。これで合点が行った。敵の抵抗が不自然な位弱かったのは、この時の為だったのだ。

 モニターの向こうで、施設の床と壁が勢い良く崩壊した。

 

 

 

 困惑するレジスタンス達の目の前で施設の床と壁が崩壊し、その奥から超硬の外郭に覆われた巨大な球状の物体が現れた。

 最初は、それが何か解らなかった。無数の突起に覆われた球体は機雷の様にも見えたが、あまりにも大きすぎる。それに爆発で壁と床を壊したのなら、無傷であるハズが無い。

 だとすれば、アレは何なんだ?

『皆、聞こえるッ!?』

 通信機からシエルの声。それに呼応したのか、浮遊物が不気味な唸りを上げた。

『あれはメカニロイド――敵よッ!』

 球体の中に封じ込められていたモノが目を覚まし、鋼鉄の突起が真の姿を現した。

 それは、古き東洋の神話に登場する龍の姿を象った巨大マシーン。

 不死身の守護大蛇――ガード・オロティック。

 八ツ又の頭を持つ機械仕掛けの神獣が、地を這いずる芥共に向かって一斉に吠えた。

 

 

 

 

 

 参

 

 

 八つの首の内の二つ――赤い装甲の龍の顎が開かれ、紅蓮が地上に撒き散らされた。焔は瞬く間に広がり、逃げ遅れた者は敵味方関係無く、諸共に焼かれてゆく。

 

 

 

 エレメントを操る双頭の大蛇が、地上を睥睨する。守護者たれと込められた願いは、敵対者への悪意として鋼の装甲から漏れ出し、意志無き機械を邪悪な神獣へと変えた。

「――怯むなッ、撃てッ!」

 一足早く我に返った隊長達の号令により、残ったレジスタンス部隊による攻撃が開始された。が、超硬の外郭はあらゆる砲火を受け付けず、逆に圧倒的な火力がレジスタンスを襲った。

 

 

 

 次々と倒れてゆく仲間達。それでも生き残った者達は、諦めずに立ち向かった。

「頭を狙え! 攻撃させるな!」

 十字砲火が、龍の頭に降り注ぐ。

 灼火の豪雨を受けた龍が怯み、動きが僅かに鈍る。

「今だッ! ゼロォッ!」

 コルボーが、吠えた。

 遥か直上、崩れかけた天井付近に張り付いていたゼロが、音もなく虚空に身を踊らせた。見据える先に、鋼鉄龍の頭。

 自由落下による運動エネルギーが、手にした光刃に力を与える。

「ハアッ!」

 研ぎ澄まされた鮮緑の光刃が、龍頭と本体を繋ぐ接続部を断つ。

 切り離されて地に堕ちた二体の龍は、最後の力を振り絞るように暫く蠢いて、やがて動かなくなった。

「ヨォシッ! 行けるぞッ!」

「勝てるぞ、皆ッ!」

 クリスの鼓舞で、レジスタンスの士気が上がった。

 それからは、一方的――とは行かなかった。が、傷つき倒れながらも残った鋼鉄龍の頭が放つ氷を打ち破り、雷を掻い潜りながら、着実に龍頭を仕留めていった。

 そして、全ての頭を失い、本体だけになったガード・オロティックの命運は最早尽きたかに思われた。

「これで――いや、待てッ!」

 異変にいち早く気が付いたのは、マークだった。ライドアーマーのセンサーが戦場に集まる影を感知したのだ。

「増援!? だが、この数……」

 言い終わる前に、それらは来た。

 出入り口から、崩れ落ちた壁の向こうから、パンテオンを初めとした兵隊達が殺到してきた。その数は、あまりにも多かった。

「まだこんなに居たのかよッ!?」

 四方八方から迫る敵の対処に追われ、誰もが――ゼロでさえも――ガード・オロティックの事を一瞬失念していた。

「――ッ!? アレを見ろッ!」

 ガード・オロティック本体が、いつの間にか天井付近まで上昇していた。無事な壁面から伸びる機械のアームが鋼鉄の球体に纏わりついているのが見える。それらは、破壊された龍頭アタッチメントと同じモノを保持している。

「成程ね」

「マーク?」

「おかしいと思ったんだ。アレを守る為とは言え、こんな数の兵隊が潜んでいたなんて……でも、漸く合点が行ったよ」

「……私にも解ったよ、ココは工廠だ――無ければ、作ってしまえば良い」

 クリスが導き出した結論を裏付けるかの様に、銃弾を受けた一体が、彼らの前に転び出た。

 その姿は、パンテオンとレジスタンス隊員の残骸が歪に混ざり合った異形であった。目は、暗い虚ろで出来ていた。急造品である為に、意志を与えられていないのだ。

 時間稼ぎの為だけに作られた兵士……否、捨て駒だ。

 見渡せば、そこかしこで似たような姿が見える。

「うわああああッ!」

「またゾンビかよッ!」

 未だ途切れぬ亡者の群れに、レジスタンスは翻弄されていた。

 時間稼ぎとはいえ、そこまでして何故……?

 誰もが、そう思った。

 その答えは、直ぐに判明した。

「何だ、アレ……?」

 誰かが震える声で呟いた。

 直後、圧倒的な破壊力が辺り一面に降り注いだ。火と氷と雷が何もかも呑み込んでゆく。

やがて、生き残った者達は遥か天を仰いだ。その先に――

 すべての力を解放した八ツ頭の鋼鉄龍。ガード・オロティック=フルパワー形態が、機械仕掛けの傲慢さを以て鎮座していた。

 

 

 

 バックヤードには、絶望の気配が漂っていた。

 ガード・オロティック=フルパワー形態の威容は、モニター越しでも圧倒的だった。

 見え始めた勝機が遠ざかってゆく。最早、打つ手は無いかと思われた。

 モニターの向こう側で攻撃が再開されていたが、有効打には至っていない。

 シエルとセルヴォを中心とした解析チームが、鋼鉄龍の弱点を探っていたが……

「アイツの弱点は……ッ」

「コアは駄目なのか?」

「駄目。あの形態になってから強力なバリアが展開されてる。ゼロのチャージ攻撃でも――届かないわ」

「八方塞がり、か」

 セルヴォの声に、諦めが混じる。だが、シエルはまだ希望を捨てていなかった。

「まだよ、必ず何かあるハズ」

 

 

 

 「諦めるな、撃ち続けろッ!」

 コルボーの怒号が戦場に響く。

 炎が、氷が、雷が、龍の怒りと化して弱き者を蹂躙する。絶望すら生ぬるい地獄。それでも、彼らは戦うしかなかった。

「ん?」

 常に先陣を切っていたコルボーだからこそ、最も早く異変に気付けた。ほんの一瞬の出来事。だが、それは確かな光明かもしれない。

「バックヤードッ!」

 

 

 

 コルボーからの報告を受けたバックヤードは、彼が気付いた現象について解析を行った。結果は――

「……貴方の言う通りだったわ」

 映像ログには、コルボーの言った現象が確かに記録されていた。だが、ほんの一瞬の出来事。逆転の縁とするには、あまりにも心許ない。

「危険すぎる。理由だって解らないのに」

『そっちは、見当ついてる』

「憶測よ。確証が無いわ」

 コルボーの説を裏付けるには、判断材料が少なすぎる。とてもじゃないが、信用には値しない。

『憶測でも何でも、もうやるしかないんだ』

 実際、前線部隊の数は半数以下にまで減少している。形振り構っている段階は、とうに過ぎているのだ。

「コルボー……」

 モニター越しに聞こえるコルボーの声音は、決して自棄になったソレではなく、何かを決意した者だけが持つ熱を孕んでいる。彼は、まだ諦めていないのだ。

「……解ったわ。全力でサポートする」

 それなのに、私が諦めようとしてどうするのだ。

「ありがとう、シエル。けど、その前に兵隊共をどうにかしないとねぇと」

 ああ、そうだ。シエルは失念しかけていたが、ゾンビ兵士達の攻撃は依然として続いているのだ。先にコッチをどうにかしなければ。

「それなら、心配無いよ」

 別のモニターを注視していたセルヴォが、少しバツが悪そうに言った。

「ロバートが生産ラインを押さえてくれた」

「ロバートが?」

「最初からこうしていれば良かったんだ、って怒ってたよ」

 補給線を担当するロバートチームはリーダーであるロバートの性格及び信条から、余程の事が無い限りは戦闘に参加しない。だから、今回の様な行動は極めて珍しかった。

「増援も送るそうだ。ああ、それと、クリスに伝言。〈貸し一つ〉」

 ロバートとクリスには、妙な縁があった。

 初対面の頃から馬の合わぬ二人だが、いざとなったら抜群のチームワークを見せる何とも言えぬ関係なのである。本人ら曰く、腐れ縁との事。

『……わかった、伝えとくよ』

 コルボーが、複雑そうな面持ちで答えた。

 

 

 

「……よし、それで行こう。合図は任せる」

 そうバックヤードに答えたコルボーは、遮蔽物の影で大きく息を吐いた。僅かな時間で纏めた作戦は、穴だらけの運任せ。それでも、最善だと信じて詳細を詰めていった。

 結果がどうなるにしろ、これで全てが終わる。

 後は、己次第だ。

「聞こえるかッ! 野郎共ォッ!」

 遮蔽物から飛び出したコルボーは、声を上げた。

「これが最後だッ! 勝負決めるぞッ!」

 正直、自殺行為に等しい。が、これで士気が上がってくれれば、ほんの少しではあるものの作戦の成功率も上がる。それに、所詮敵はメカニロイド。死ぬ気でかかれば、勝てない相手じゃない。元より、死ぬつもりは無いが。

 作戦は、分散した部隊が各龍頭へと同時に攻撃すると言う至極シンプルなモノ。あらゆる意味で、穴だらけ。しかし、それを成さねば勝ち目はない。

 だから、いつも以上に冷静かつ迅速で在らねばならない。

「悪いな、クリス。こういうの、ホントはお前だしな」

「いいさ。たまにはね」

「助かる。あ、それとな――」

 ロバートからの伝言を伝えると、クリスは無言で苦笑した。

 それから、コルボーは大きく息を吸って、大音声で指示を飛ばした。

「ゾンビ共は、俺達とゼロが引き受けるッ! 各員、散開して蛇ヤロー全てに残らず弾喰らわせてやれッ!」

 そこからは、驚く程スムーズに事が進んだ。

 散開した隊員達は、瞬く間に指定の位置に付いた。こちらの想定よりも遥かに早い。これも希望を見出だした意志の為せる技なのか。

 ゾンビの方も、先程と比べて勢いが落ちている。ロバートが工廠を制圧したおかげだ。

『少し早いけど――今なら行けるわ、コルボー!』

「よし、撃てェェッ!」

 八つの火線が、それぞれの龍頭に突き刺さる。が、厚い装甲には傷一つ付いておらず、鋼鉄の中に眠る怒りの意志を刺激しただけだった。

 それで良い。

 こうすれば、奴は本気になってエネルギーを大量消費する。

 奴の最初に放った攻撃の時、コルボーは誰かが苦し紛れに放った銃弾がコアの外殻に届いたのを見た。

 バリアに阻まれるハズだった攻撃が、その時だけ届いた。コルボーは、それが攻撃にエネルギーを回したからだと推測した。

そして今、あの時と同じ状況になりつつある。開かれた八つの顎にエネルギーが集中してゆく。もし推測が正しければ――

『バリアが消えたわッ!』

「ゼロォォォォッ!」

 戦場の一角――ゾンビの山が吹き飛び、そこから紅の影が天へと駆け昇った。影――ゼロは、ガード・オロティックの直上に躍り出ると、手にしたトリプルロッドをコアに向けて突き出した。

 あの巨大メカニロイドを確実に仕留められるのは、ゼロだけだ!

 二対の龍頭が、顎を開けて待ち構えている。

 フットパーツの加速システムを使って強引に軌道を変える事で、ゼロは迫り来る脅威を回避した。

 漸く懐に飛び込むや否や、コアに内蔵された無数のバルカン砲が銃火を吐き出した。

 勢いが削がれる事を危惧したのか、ゼロは防御を捨てて、ただ一直線に突き進んだ。セルヴォ製のボディパーツがそれを可能にしたのだ。

 そして――

 閃緑の刃が、コアの外殻を貫いた。が、それだけだった。

 オロティック・ガードは、多少身悶えたものの、未だ生きている。

「これでもダメか!?」

 落胆の声が上がった。だが、コルボーだけは、牙を剥いた獰猛な笑みを浮かべている。

 いつの間にか、戦場に甲高い音が響き渡っている。

 それは、ゼロの武装が発するエネルギーチャージの駆動音だった。

 蓄積されるエネルギー量が、徐々に高まってゆく。やがて、それが限界を突破した時、強烈な雷が辺り一面に迸る。

 ロッドに内臓されたサンダーチップの放つ雷撃が、ガード・オロティックの電子機器を残らず狂わせ、破壊したのだ。

 体内をズタズタにされた鋼鉄龍は、装甲の隙間から爆炎を撒き散らしながら、断末魔の咆哮を上げていた。やがて、爆炎が全身に回った末、コアを中心に龍の身体が膨張し、爆発した。

 巨大な炎が、着地したゼロの背中を照らす。逆行によって影になった紅の装甲が、黒く染まる。

 その姿は、炎を背負った悪鬼の様だった。

 

 セイバーをロッドに持ち変えたゼロが、レジスの援護を背に跳躍、十字火炎を潜り抜けて露出した弱点を一突きに。

 

 

 

 

 

 結

 

 

 生き残ったゾンビの集団が、集中砲火で蜂の巣になった。機能停止した屍共は、崩れ落ちて残骸の山へと還っていった。

 命運は決した。レジスタンスの勝利だ。

 だが、それを手放しに喜ぶ者は最早居らず、ただ全てが終わった安堵の気配が彼らの傍らに横たわっていた。

 そんな時に、クリスの装備していた隊長用の通信デバイスが騒ぎ出した。ベースからの緊急コールだ。

「こちらクリス」

 何事か、と思いながら、受信スイッチを入れて耳を傾けた。

 初めに向こう側から聞こえてきたのは、歓喜ではなく恐慌だった。

「クリスか!」

 少し経った後、応答したセルヴォは普段の様子からは考えられない位、狼狽していた。この時点で異常を察知したクリスは、早口で問うた。

「何があった?」

「やられた、まんまと一杯喰わされた」

 その後、詳しい事情を聞かされたクリスは、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 かつて、ゼロとアステファルコンが死闘を繰り広げた処理場跡地。その後、放棄されて無人の廃墟と化した其処に、大量の光が降り注いだ。

 それは、転送の光。遥か遠くの神の国から遣わされて来たのは、隙無く隊列を組む神々の兵士達と、土竜を模した巨大な機械の獣。

 咆哮の如き駆動音を上げて、巨大メカニロイドは前進した。立ち塞がるモノ全てを打ち砕きながら――

 

 

 

 

 

. 


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