偽書 ロックマンゼロ   作:スケィス2

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第壱話 Re‐Birth ~英雄再誕~

鬱蒼と繁る原生林の奥深く、古の時代の面影を色濃く残す場所。その中心に位置するかつて研究所だったであろう遺跡に、彼等は訪れていた。

 深緑色の装束に身を包んだ姿は、軍人にも見えなくは無いが、その割には挙動の一つ一つに統率性が見られなかった。

 そんな集団の中に一人だけ、鮮紅色の衣服に身を包んだ少女が居た。

「ここが……」

 少女は、神妙な面持ちで、眼前に聳える建造物を見上げていた。

 既に放棄されて久しいその場所は、周囲の木々と同化して在りし日の姿を失いかけおり、人々の記憶からも忘れ去られようとしていた。そんな場所を好んで訪れる者など、精々好事家(すきもの)くらいだろう。

 だが、彼女――否、彼女達は自分からこの深緑の遺跡を訪れていた。

「シエル」

 背後から声をかけられ、少女は蜂蜜色の金髪(ハニーブロンド)を靡かせて振り返った。

「爆弾の設置は終わった。いつでもいける」

 駆け寄ってきた緑装束の男が遺跡の入り口付近を指し示しながら、少女――シエルに報告した。

 それを受けたシエルは、複雑な表情を浮かべながら緑装束に問うた。

「ねぇ、ミラン……私たちのやろうとしてる事って、本当に正しいのかしら……?」

「え?」

 シエルは、苔むした外壁に手を当てた。自らの体温が、この向こう側に眠る得たいの知れない何かを感じ取っているのだ。

「ココは、私たちが足を踏み入れて良い場所じゃない……そんな気がするのよ」

「そんな!? だったら、俺達はどうやって生きていけば良いんだ!」

「それは……」

 鬼気迫る形相で食って掛かるミランに、シエルは何も言う事が出来なかった。

「もう俺達にはこれしか方法が無いんだ! シエルだって解ってるだろう?」

 そうだ。彼らにはもう『後が無い』のだ。このまま黙って死ぬ位なら、生き残る為に禁忌をその手に。

 そんな手段を講じなければならない程に、彼らは追い詰められているのだ。

「……そろそろ行くよ。シエルも後から来てくれ」 そう言って、ミランはどこかへ走り去って行った。

 一人残された少女は、静かに眼を閉じた。そんな彼女の瞼の裏に去来したのは、希望か、それとも絶望なのか……

 

 

 

 暫く経った後、ミランが戻って来た。しかし、その尋常ならざる様子を目の当たりにしたシエルは、眉を顰めた。何かあったのか?

「た、大変だ! シエル!」

 ミランは仲間内では、リーダー的存在として頼りにされている。その彼が必死の形相を浮かべていた。不測の事態が起こったとしか思えない。

「奴等が来たんだ……! ネオ・アルカディアがッ!」

 ミランの叫びを聞いたシエルの顔がみるみる青褪めていった。

 その時、遠くで爆発が起こり、地響きが大地を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」

 シエルは走っていた。迫る驚異から逃れる為に。

 背後では、銃声や悲鳴、爆発音などが一緒くたになった混沌じみた音色が奏でられていた。それを耳にしたシエルは恐怖に突き動かされ、必死に脚を動かして、先行するミラン達を追いかけた。

 ――シエル!

 その時だった。シエルが耳元で何者かの声を聞いたのは。そして、それは彼女のよく知る声だった。

「パッシィ!? パッシィなのね!」

 頭に付けていた特殊ゴーグルを目元の位置まで下げたシエルは、何も無い虚空へと視線を向けた。否、正確には何も無い訳では無い。ただ、見えないだけで、確かに存在しているのだ。『電子の妖精』の異名を持つプログラム生命体――サイバーエルフ・パッシィが。

 ――シエル、この先に強い力を感じるわ。多分、そこに……。

 本来ならば、人間には視認する事が出来ない筈のプログラムの友人をゴーグル越しに見たシエルは、安堵とすると共に焦りを感じた。

 『ネオ・アルカディア』の襲撃を逃れる為に遺跡の内部へと逃げ込んだまでは良かったのだが、風化が進んでいた通路のあちこちは崩れ、塞がっており、まるで迷路の様になっていた。その上、散発的に繰り返される小競り合いにより十人以上いた筈の仲間達は、今やシエルを含めて僅か五人程にまで減っていた。このままでは、全滅してしまうかもしれない。

 だが……それでも……

 それでも、手に入れなければならないモノがココにあるのだ。

「パッシイ、それは確かなの?」

「うん!」

 シエルは、今まで心の奥底に沈殿していた疑念が、確信へと昇華されてゆくのを自覚した。

「ミラン!」

「了解だ! シエル!」

 シエルとパッシィのやりとりを全て聞いていたミランは、懐から暗緑色の鉄の塊を取り出した。手榴弾だ。

 やがて走るシエルらの前に、巨大な鉄扉がその姿を現した。

ソレは他のモノとは違い、あまりにも大きく、あまりにも圧倒的だった。しかも、中央の宝玉状のコアを中心に、光が複雑な軌道を描きながら扉の表面を走っている。これらの異様さから、この扉の向こう側が重要な区画だと言うのは、ほぼ間違い無いだろう。

 大扉を視認したミランは、手榴弾の安全ピンを引き抜き、巨大な威容目掛けて投げつけた。

「皆、伏せろッ!」

 ミランの声を合図に、後方のシエル達は、一斉に地面に伏した。そして――

 冷たい鉄の塊が灼熱の焔へと変わった。

 空間をも揺るがす轟音と、猛然と吹きつける熱風。それをやり過ごし、顔を上げたシエル達の瞳に映ったのは、崩壊した扉とその向こうに広がる暗闇だった。

 あそこには、自分達の求めるモノがある……

 希望が再び確信に変わるのを自覚したシエルは、疲弊した身体を起き上がらせると、覚束無い足取りで歩き出した。

「……行きましょう、みんな。あそこに、私達の希望が……」

 

 

 

 大扉の向こう側の空間は、百余年もの間、外界から遮断されていたにも関わらず、澄んだ大気が満ちていた。

「…………」

 もしかしたら、この場所は本当に侵してはいけない場所なのかもしれない。シエルの脳裏に、そんな疑念が頭をもたげ始めた時、奥の方を探索していたミランが上擦った声を上げた。

「お、おい! 来てくれ、みんな!」

 その声を聞いたシエル達は、ミランの下へと走った。

 

 

 

 周囲は闇一色だったものの、床までは風化していなかった為、走り回る事に支障は無く、ミランと合流するのはさほど苦にはならなかった。

「シエル、見てくれ」

 シエル達が来たのを確認したミランは、手に持った大型ライトの光で、ある一点を示した。

「――!? こ、これは……」

 円形の白色光が照らした先に在るモノを目の当たりにしたシエル達は、揃って息を呑んだ。

 円く切り取られた其処に在ったのは――人形だった。

 赤い鎧(アーマー)を纏うソレは、繰り糸の如く全身に絡み付いたケーブルも相まって、まるで壊れた操り人形(マリオネット)の様にも見える。そして、その見た目から悪趣味な雰囲気が纏わりついていた。だが――

「ようやく……見つけたわ……」

 それこそが、彼女達が探し、求めていたモノだったのだ。

「ゼロ……」

 人形――『ゼロ』の醸し出す独特の美しさに魅入られたシエルは、我知らず手を伸ばしていた。

「シエル! 危ない!」

 何かに気付いたミランが、背後からシエルの首根っこを掴んで引っ張った。その時、彼女の足にぶつかって跳ね上がった石塊(いしくれ)がゼロの方へと飛んでいった。

「――ッ!?」

 次の瞬間、舞い上がった石塊が爆発したかの様に弾けて消失した。

「これは……バリア?」 見えない壁の存在に気付いて、シエルは己の愚かさを恥じた。これだけ厳重に封鎖されていたのだ。封印(プロテクト)の一つや二つ、あって当たり前。その事を失念していたなど、科学者として失格に等しい。

「シエル。コイツを解除する事は出来ないのか?」

「……ダメ。コントロール装置は全てバリアの内側にあるみたい」

 シエルは、苦虫を噛み潰した様な表情で呻いた。

 確かに、彼女の言う通り、封印のコントロール装置はバリアの内側――『ゼロ』の足下にあった。おそらくは遠隔操作も出来る様になっている筈だが、現在の装備ではどうしようも無かった。

「畜生ォッ! 折角、ココまで来たって言うのに……」

 悔しさの余り、仲間の一人が感情を乗せた拳を地面に叩きつけた。手に届きかけていたモノが再び離れていってしまったのだ。当然の反応だろう。

 しかし時刻む神は、彼女達に絶望する暇すら与えてくれなかった。

 突如、シエル達の背後から銃声が起こった。その直後、一番後ろに居た仲間の一人が、くぐもった呻き声を上げながら倒れた――撃たれたのだ。

 振り返ったシエルの瞳に映ったのは、深紅の単眼を輝かせた鋼鉄の兵隊の群れが、自分達に銃口を向けている光景だった。

「くっ……」

 ミランを先頭とした緑装束達が、各々手に持った旧式携帯銃を兵隊の群れに向け、一斉に銃爪を引き絞った。

 兵隊達も、腕部と一体化したバスターからエネルギー弾を掃射して、対抗した。

 初めは、互角の戦いを繰り広げていた両者だったが、武器の性能差か、一人、また一人と緑装束達が倒れてゆき、最後にはミランと後方のシエルだけとなっていた。

「クソ……」

 生き残ったミランが、決して諦める事無く戦い続けていたが、押し潰されるのは時間の問題だった。そんな中、一体の兵士がシエルの存在に気付き、彼女へと銃口を向けた。

「――ッ!?」

 兵士達のバスターが火を噴いた。刹那、シエルは死を覚悟し、思わず瞳を閉じた。しかし、いつまで経っても、死を運んでくるハズの痛みと衝撃が襲って来る事は無かった。

「…………?」

 恐る恐る、眼を開けたシエル。

 蒼色の瞳に映ったのは、自分を庇う様に立つミランだった。兵士達のバスターから彼女を護ったのだ。

「ミ、ミラン……」

 胴体を貫かれ、立っている事すら奇跡に近いミランは、最後の力を振り絞って頭(こうべ)を巡らせると、シエルに微笑みかけた。

「シエル……みんなを……頼……む……そして……おれた……ちに……じ……ゆ……う……を……」

 そう言い残し、ミランは地面に倒れ伏し、仲間達と同様にその命を散らした。

「あ……ああ……」

 とうとう一人になってしまったシエルの心は、絶望に埋め尽くされてしまった。

 漸く、理不尽な力に抗う術を見つけたと言うのに。もう少しで手に入ると言うのに! その代償に仲間達の命を差し出せと言うのか!?

 鋼鉄の兵士達が群れをなして接近してくるのにも気付かず、シエルはいる筈の無い神を、そして不甲斐ない己を呪い続けた。

 もう疲れた……

 ――ルゥ!

 もうどうでも良くなってきた。

 ――エルゥ!

 いっそのこと、ココで――

 ――シエルゥ!

 シエルがその声に気付くまで、少しの時間を要した。

 顔を上げた少女の虚ろな瞳に映ったのは、覚悟を決めた真剣な面持ちを湛えた小さな親友の姿だった。

「……パッシィ?」

 ――シエル、私の力を使って。

「え?」

 ――そうすれば封印(プロテクト)を解除出来るわ。

 パッシィの提案に、シエルは愕然となった。

 サイバーエルフは、一度その能力を発揮してしまえば、消滅――即ち、死んでしまう。それを知っていたシエルは、友(パッシィ)がそんな行為に走るのを許せなかった。

「ダメよ! そんな事したらパッシィが……」

 ――シエル。ここで貴女が死んでしまったら、みんなの事はどうするの?

「…………!」

 ――みんなはシエルの帰りを待ってるの。だから、貴女は何としても生きなきゃいけないの!

 悲痛な友の訴えは、絶望に覆い尽くされたシエルの心に一つの想いを蘇らせた。

 そうだ。自分はこんな所で死ぬわけにはいかない。

帰りを待ってくれる者達に『希望』を持って帰るまでは、何が何でも生き残らねばならない。泥を被っても、血を啜っても……

 シエルは顔を俯けたまま、掌を前方に翳した。

「パッシィ」

 ――……うん。

 シエルの呼び掛けに応えたパッシィは、友の掌の中で、その身を光に変えた。

「ごめんなさい、パッシィ。私にもっと力があれば……」

 ――ううん。アタシはサイバーエルフだから……多分、これで良かったんだよ。

「私、パッシィの事、絶対に忘れない」

 シエルはおもむろに腕を上げた。それと同時に、光と化したパッシィは、その輝きを強めた。

 ――アタシもよ、シエル…………サヨナラ。

 輝きが極限の域に達した。

 シエルは、命を燃やさんとする友を、眠る機械人形――否、それを守護する封印壁(プロテクト)へと向けた。

 

「パッシィーーーーッ!」

 

 少女の哀哭と共に、電子の妖精はその命を全うした。友と、その後ろに居る者達の願いを叶える為に。

 

 そして、光が、爆ぜた。

 

 巻き起こった白亜は少女だけでなく、冷たい機械仕掛けの兵士達をも無へと染め上げた。

 刹那、少女の頬を一筋の雫が伝った。

 

 

 

 かつて、この世界には英雄が居た。

 優しき蒼と強き紅(あか)。

 二人は、世界に災いをもたらす邪悪と幾度にも渡る戦いを繰り広げ、倒してきた。そして、世界に平和が訪れた時、全てを蒼に託し、紅は人知れず眠りに就いた。もう、自分が必要な時が来ない事を願って……

 時は流れ、彼の偉業は伝説として、人々の間で語り継がれた。

 

 光る刃を自在に操る紅の英雄、その名は――

 

 

 

「ゼロ……」

 光が収束し、一時的に剥奪された視力を取り戻したシエルは、眼前に佇む紅の影を見て、そう呟いた。

 ゼロ――それは、伝説の紅の英雄の名。

 シエルの眼前に佇む影も紅の身体(ボディ)を有していた。が、それ以上に目を引いたのは、ヘルメットから零れた鮮烈な輝きを孕む金色の長髪だった。見る者によっては、研ぎ澄まされた刃の様にも見えるソレは、紅のボディと相まって、恐ろしいまでの美しさを醸し出していた。

「…………」

 静かに佇む紅の影は、ゆっくりと周囲を見回した。冷たい壁と群れなす機械、そして……

「あ……」

 紅の影――ゼロに見つめられたシエルは、彼の瞳が何も映していない事に気付いた。

 光無き黒瞳は、どこまでも深く、暗く、そして深かった。

 シエルは吸い込まれる様にゼロの瞳を見つめていた。闇に隠された彼の心を覗き込むかの様に。その時だけ、彼女達の周囲は、時が止まっているかの様に、静寂を孕んだ大気に満ちていた。

「あの――きゃあッ!」

 張りつめていた空気を引き裂いたのは、シエル達を取り囲んでいた兵士の一人だった。それを口火に、残りの兵士達が一斉に攻撃を再開した。

 死を運ぶ光弾の雨に晒されながらも、ゼロは動じなかった。それどころか、足下に落ちていたミランの銃を蹴りあげると、それを手に取り、引き金を引いた。続けざまに放たれた弾丸は、兵隊の単眼を――電子頭脳ごと――貫いた。

 それによって、完璧だったハズの隊列に乱れが生じ、穴が出来た。それを見つけたゼロは、シエルを抱きかかえて走り出した。

「え? ええッ!?」

 状況を飲み込めていないシエルを尻目に、ゼロは走った。目指すは、鋼鉄の壁に出来たたった一つの綻び。

 しかし、兵士達がそれを許すハズも無く、銃口は全てゼロとシエルに向けられる。が、紅き英雄は更に速く、迫り来る光弾よりも速く駆け抜ける。そして遂には、鉄(くろがね)の包囲網を突破する事に成功した。

 残された鋼鉄の兵士達は、直ぐに隊列を組み直して追跡に入ったが、その時には逃亡者の姿は完全に消失していた。

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 あれから、どれ位時間が経ったのだろうか?

 シエルは、呼吸を整えつつ、現在の状況を整理した。

 あの部屋から脱出した後も、敵の攻撃を止む事は無かった。通路のあちこちに潜んでいた敵の熾烈な砲火に晒されたが、それでも何とか生き延びる事が出来た。ゼロのお陰で。

 落ち着きを取り戻したシエルは、自分達が逃げ込んだ部屋を改めて見回した。他の部屋よりも広く造られた広間とも言える空間には、朽ちかけた空っぽのカプセルが、幾つも並べられている。この事から、おそらくは実験棟か何かなのだろうと彼女は推察した。

 最後に、シエルは眼前に立つ男に視線を向けた。

 ゼロは、こちらをじっと見つめていた。

 この広間に来るまで見せた戦闘能力は、正に英雄と呼ぶに相応しい。しかし、シエルには、どうしても引っかかる事があった。

 それは、彼の眼だ。

 ゼロの瞳はあまりにも暗く、深い。シエルは、そこから何かを見出だす事が出来なかった。本当に空っぽなのだ。

「…………あの」

 暫し思考に重ねていたシエルだったが、やがて意を決し、眼前の男に呼び掛けた。

 それに対し、ゼロは――僅かだが――目に見える反応を示した。意志疎通が可能と確信したシエルは、続く言葉を紡ぎ出そうとした。その時――

「きゃあああッ!?」

 二人を分かつかの如く、鋼造りの床が弾け、その下から機械の巨人が出現した。

 

 

 

 吹き飛ばされたシエルが、巨人の伸ばした腕(かいな)に捕らわれてしまった。

「……ゼロ……逃げて……ぐうッ!」

 苦しげに呻くシエル。鋼鉄の掌が彼女の身体を締め上げているのだ。

 それを見たゼロは、すかさずバスターショットの銃爪(トリガー)を引き、黄金色の光弾を放つ。しかし、兵士のボディの数倍の硬度を有する巨人の腕を破壊する事は出来なかった。ならば、とゼロは巨人の体躯へと狙いを変えた。が、全弾はじかれてしまう。よくよく考えれば腕が強固ならば、身体(ボディ)は同等、もしくは、それ以上なのは道理だった。

 休み無く放たれる敵の攻撃を鬱陶しく思ったのか、巨人は口腔内に取り付けられた砲身から極太のレーザーを発射した。

 ゼロはそれを回避した。が、滅びを孕んだ光の咆哮は、床、壁、そして天井を抉り、そこから生じた大量の瓦礫を彼の頭上に降らせた。それを巧みなフットワークでかわすと、剥き出しになった砲身――内部機構目掛け、バスターショットを放つ。

 その攻撃は命中し、巨人は一瞬たじろぐ。しかし、致命傷には至らず、巨人は依然として活動を続けていた。

 ゼロは、未だ立ち続ける巨人を見据え、微かに眉を顰めた。攻撃が通用しない。このままではジリ貧だ。

 巨人は、そんな敵手を嘲笑うかの様に咆哮すると、再び口腔内に光を集めた。今度こそ全てを滅するかの如く。

 その時。

 ――ゼロ……

 ゼロの背中に面した壁に備えつけられていたコンピュータ端末のモニターに光が灯り、そこから中性的な少年の声がしたのは。

 振り返ったゼロ。その瞬間、彼の足下に何かが刺さった。

「――!」

 それは剣だった。白い金属製の柄と三角形を象った光の刃で構成された一本の剣。

 ゼロは、何故かソレに懐かしさの様な感覚を覚えた。まるで、そう、遠い昔からの友の様に……

 ――サァ、ハヤクソレヲツカッテ……

 それは、原子モデルの様なモノを表示したモニターから発せられる声に対しても同様だった。聞いていると、どうしようもなく懐かしい感覚に襲われる。

 ゼロは、その事について訊ねようと口を開いた。

「お前は――」

 ――キミハカノジョヲタスケタインダロウ?

 遮る様に発せられた声により、ゼロはシエルの事を思い出した。

 だが、その時には、巨人は光の奔流を咆哮に乗せて放っていた。

 放たれた光は、ゼロを呑み込み、床を穿った。部屋中が灰色の灰塵に包み込まれる。それを目の当たりにしたシエルの顔は青ざめ、巨人は歓喜にも聞こえる低い駆動音を上げた。

 やがて、塵混じりの濃霧が晴れ、辺りの景色が明瞭になり始める。そして、霧の中心部が微かに揺らめいた刹那、一筋の光が灰塵を切り裂き、吹き飛ばした。

「あ……」

 シエルは、驚愕に眼を瞠った。光の直撃を受けたゼロが無傷で佇んでいたからだ。そして、その手には光の剣が握られていた。彼はそれを駆使して、光の咆哮を受け流したのだ。

 

 

 

「ゼロ……」

 光の剣を持つ男の姿に、シエルは我知らず歓喜にうち震える。伝説では、紅き英雄は光の剣を振るっていたと言われていた。今のゼロは、正に伝説の通りの姿だったのだ。

 

 

 

 光の剣構え直したゼロは、敵手目掛けて走り出す。対する鋼鉄巨人も、再び滅殺の咆哮を放たんと口腔に光を収束させた。

 だが、ゼロはそれよりも疾かった。

 一瞬で巨人の鼻っ面に飛び込んだゼロは、光の剣を勢い良く降り下ろした。

 縦一閃!

 砲身ごと頭部を切り裂かれた巨人。その直後、充填されていたエネルギーが捌け口を失った事で暴発し、鋼鉄の巨体が紅蓮の焔となって爆ぜた。

 

 

 

 目覚めてから最初に見えたのは、暗闇だった。

 一瞬、自分は死んでしまったのか? と錯覚したシエルだが、身体中に残る疲労感がそれを否定した。

 どうやら、先程の戦いの時、いつの間にか気を失っていたらしい。

 シエルは頭(こうべ)を巡らせ、周囲を見回す。すると、すぐ傍らでゼロが自分を見つめている事に気づいた。

 シエルは、横たえていた身体を起こした。その時、視界の端――遥か上方に大きな穴がある事に気づいて、彼女は自分達が今何処に居るのかを悟った。

「……奴の爆発から身を守るには、こうするしか無かった」

 横合いから掛けられた声に、シエルの身体が小さく跳ねた。今まで、一言も喋らなかったゼロが初めて言葉を発したのだ。驚くのは当然だろう。

 ゼロの声は限界まで研ぎ澄まされ、芸術品の域にまで達した刀剣の様な強さと無骨さを感じさせた。思わず、その声に聞き惚れてしまいそうになった。が、かぶりをぶんぶん、と振って、何とか気を取り直した。

 そして、先程上で聞こうと思っていた事を訪ねようと、神妙な面持ちで言葉を紡ぎ出しだ。

「ゼロ……。貴方に聞いておきたい事があるの」

 そこまで言って、シエルは『その先を』を言うのを躊躇してしまった。

 もし、そうじゃなかったら……

 その疑念が、彼女に次の一歩を踏み出させない為の枷となっていた。しかし、いつまでもこうしてはいられない。意を決したシエルは、続く言葉を紡いだ。

「貴方は……本当に『ゼロ』なの?」

 勿論、シエル自身は彼がゼロだと信じている。先刻の戦いを見ているから尚更だ。しかし、万が一、そうでは無いとしたら……

 心中で葛藤する少女に、ゼロが返した答えは淡々としていた。が、その内容はシエルの予想の斜め上を行っていた。

「……解らん、何も思い出せない……」

 額を抑え、呻く様な声で漏らすゼロ。百年にも渡る永い眠りの中で、紅きの英雄はその記憶を失っていたのだ。

 それを知ったシエルの心に去来したのは、安堵とも、落胆とも言えぬ複雑な感情だった。

「……取り敢えず、一緒に来て。私達の基地に案内するわ」

 しかし、それでも……

「いいのか? 俺はその『ゼロ』じゃないかもしれないんだぞ?」

「それでも……私にとって貴方はもう『ゼロ』なのよ」

 シエルの想いを聞いたゼロは、眼前の少女の蒼瞳を見つめた。

 一方、シエルは光を映さぬ黒瞳の孕む妙な威圧感に眼を背けそうになったが、精一杯の意志を以て見つめ返した。

 

 やがて、全てを悟ったかの様にゼロは瞼を閉じた。

「……俺も、一つ訊いてもいいか?」

 幾星霜の時を越え、深き眠りから目覚めた紅の英雄。

 彼は己(おの)が記憶を失い、その存在意義すら見失っていた。だから、彼は問うた。自分を眠りから解き放った少女に。

 

 俺を目覚めさせて、どうしようって言うんだ――

 

 

 

 


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