男は眠りに就こうとしていた。
永い永い、いつ醒めるとも知れぬ眠りに。
「どうしても、なのか?」
男の背中に向けて、絞り出したかの様な声が掛けられた。
その声の主は、男の親友だった。幾多の死線を共に潜り抜けてきた掛け替えの無い……
「今の技術なら、『あのウィルス』に対する有効なワクチンだって、きっと作り出せる。それに君の身体だって――」
そこまで言って、親友は続く言葉を飲み込んだ。眼前の男の背中越しに見えたその横顔、その瞳が意志の輝きに満ちていたから。
「……一つ、頼まれてくれないか?」
「え?」
そう言って、男は振り返り、親友に『あるモノ』を差し出した。
「これは……」
親友は、男が差し出したモノが何であるかをよく知っていた。ソレは男が己が命を乗せ、誇りを貫き通す為に必要なモノだ。
「コイツを預かっていてくれないか?」
男の紡いだその言葉を、親友は理解出来なかった。自分の知る限り、自分から殆ど手放す事の無かったソレを、他人に預けるなんて……
解り易い位、動揺している親友に苦笑しつつ、男は続けた。
「……少しの間だけだ」
その言葉を聞いた親友は、ほっ、としたと様に溜め息を吐(つ)いた。
そんな親友の姿を眺めつつ、男は笑う。
コイツは、本当に変わらない。多くの戦いの末、バージョンアップを繰り返し、幾分か外見が変化した親友だが、精神(ココロ)だけは、本当に変わっていない。尤も、それは自分にも言える事かも知れないが。
「――解った。君が戻るまで、コレは俺が預かっておく」
自分が差し出したソレが親友が手に渡ったのを見届けた男は、満足そうに頷くと、背を向け、開け放たれた大扉の向こう側へと足を踏み入れた。やがて彼が完全に向こう側へと入った瞬間、大扉が世界を二つに分かつかの如く、ゆっくりと閉まっていく。
そして、大扉が閉まり切る瞬間、僅かな隙間から男は親友に向けて最後の言葉を贈った。
「また、会おう……エックス」
親友もそれに応えた。
「ああ……ゼロ!」
男は眠りに就いた。
いつ醒めるとも知れぬ永い眠りに……
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