ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition   作:中西 矢塚

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 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「さぁ、午前中とは打って変わり、午後の部は、飛び入り参加のパスティヤージュ公国軍も交えましての、三カ国による総力戦! 戦線に復帰したビスコッティのロラン騎士団長、ダルキアン卿、そして我がガレットのバナー度将軍、ビオレ隊長に代わりまして、実況席は別のゲストの方をお呼びしておりまーす!」

 

 大型モニターの前で身振り手振りを交えながら、解説席に座る新たな人物を大げさに紹介するフランボワーズ。

 相も変わらず、午前中のハイテンションの疲れも見せず、実にノリノリである。

 対して、紹介された側のテンションは低い。限りなく。

 

「どうも、シガレットです」

「アッシュ様親衛隊隊長のルージュ、並びに親衛隊です」

 

 シガレットにいたっては中継カメラに視線もやらずに、算盤をはじき続けている。

 ルージュを筆頭とするメイドたちは、さっきから実況用特設ステージの壇上を上がったり降りたりしながら、せわしなく書類を抱えて走り回っていた。

 

「なんだかガレット人ばっかりだぞー!? しかも何で、解説席で書類仕事をしてるんでしょうかこの人たちー!!」

「うるせー! 上の連中が思いつきで頷くだけで、事務方は収拾つけるためにデスゲームが必須なんだよ! お前らも手伝えよ!」

 ビスコッティ側の司会であるパーシーの当然の突っ込みに、シガレットは吼える。

 

 全く参戦予定のなかった国が、予告なしに唐突に参上する。

 私達も混ぜろと言う。

 領主二名、あっさりと頷く。

 その時点で予定していたスケジュールは大崩壊である。

 

「参加者増えたら運営に必要な人手も増えるし、戦勝イベントの場所も広くしないといけないし、イベントステージ広げたら出店の一調整もしなきゃならんし、そもそもパスティヤージュが勝っちゃったら、戦勝イベントは何をするんだよ! 問い合わせの連絡まだ!? あと、いつの間にルージュさんは俺の親衛隊に移籍してたの!?」

 と言うか、親衛隊って何だ。

 本人すらあずかり知らぬ衝撃の事実だった。

「えー、現場は大変混乱していますが、何時もの事ですので、解説に移りましょう。早速ですがアシガレ卿。勇者殿たちの再びの来訪も無事成ったということで、これはいよいよ閣下との結婚も秒読みと―――」

「何処のワイドショーだ! せめて戦場の実況しろよ司会!」

「現在諸外国の皆様方と最終調整に入っています。近日中には正確な日取りを皆様にお伝え……」

「ルージュさん答えなくて良いから!」

「おおっとぉ! ここへ来てはぐらかすとは男らしくないぞシガレット!」

「黙れ!」

 

 ワハハハハ、とモニター観戦中の見物客達から笑い声が上がる。

 態度もでかく言葉遣いも割合乱暴。

 そして、細かいところばかり気にする神経質(に、見えるらしい。現代人的な几帳面さは。フロニャルド人的には)。

 その割りに、意外と市民に人気があるのがシガレットと言う少年だった。

 

「―――では、気を取り直して。アシガレ卿、戦況はどう見ますか?」

「後で覚えてろよロンゲ……。まぁ良いや。この後何事もなければ、順当にパスティヤージュが最初に脱落して、後はビスコッティとガレットの一騎打ちになるんじゃないですかね」

「おっと、飛び入り参加のパスティヤージュ公国に対して無常なお言葉」

「いやだって、レオンミシェリ……あー、閣下と」

 曖昧な顔で敬称を付け加えるシガレット。

 ニシシ、とパーシーが笑う。

「普段どおりで構いませんよ?」

「ほっとけっての。―――兎に角、レオンミシェリとダルキアン卿が併走している映像みるだけで、もう明らかにパスティヤージュは積んでるって解るじゃないか。パスティヤージュの陸戦隊の皆さん、怪我しないと良いですよね」

 救助部隊の増員を要請しないとなぁと、目の前の書類に承認印を押しながらシガレットは嘯く。

 実際のところ、空中モニターに中継されている、ブリオッシュとレオンミシェリ、二人の率いる両国騎兵団連合は凄まじい迫力を有していた。 

 防衛線を展開するパスティヤージュ陸戦隊との兵力差は、実に倍近いものがある。

 率いている将の質も隔絶したものがあるから、笑えない。

「攻撃発起点まで近づかれたらパスティヤージュの負け。―――まぁ、敵を近づけずに遠方から叩くってのがパスティヤージュって国のお家芸だけど……」

「パスティヤージュの独自技術、晶術は長距離戦に置いて長ずるところがありますからねー!」

「ええ。理論体系化され工業的に量産可能な輝力運用術と言うのは、大変興味深いものがありまして、わが国も技術開発を行うべく、新たな研究機関の設置と、公国からの研究者の招聘を行っているのですが、これが中々……」

 はぁ、と中々進まない状況を思い出してため息を吐くシガレット。

 パーシーが苦笑しながら口を挟んだ。

「シガレット、話ずれてる! あと、キミまだビスコッティの人だから!」 

「おっと」

 

 今更だが、晶術の研究機関を設立しようとしているのはガレットの方である。

 鉄道や動力船など、所謂近代的で工業的なものが欲しいなと、元現代人による内政チート的な発想が発端となっているから、当然それを主導しているのもシガレットだ。

 産業体勢の変化も促し兼ねない国家の機関的な部分にも関わる内容の筈なのだが、周りの人間達は、『まぁ、損はしないし』、或いは『シガレットのやる事だし、一々口を挟んで仕事に巻き込まれても……』と、放置の構えだった。

 細かい事は気にしない、実にフロニャルド的な発想である。

 

「ようするに連中は、工業的に生産された武器によって、人を選ばず一定の攻撃力を有する事に成功した訳ですが―――ええと、下限の値を上げる事に成功した、とでも言えば良いのか? でも逆に、機械的な兵器は上限にも明確な区切りが存在する訳で」

「つまり、一定以下の敵に対しては優位に立ち向かえますが、上限を超える敵に対したときは、どうにも対処しようが無い訳です」

「ま、そういうどん詰まり名状況を避けるためにも、綿密な作戦の構築と事前の準備が肝心なんですよね、近代兵器を使った戦いは……ああホラ、ロランさんにバリア張られてるし」

 

 ファルカ―――空を行く騎乗鳥を駆るパスティヤージュ公国空中騎兵団の晶術槍(銃。パスティヤージュでは槍と呼ぶ)による砲撃の雨は、平原で激突していたビスコッティ、ガレット両騎兵隊に痛撃を与える事に成功した。

 だが、倒せたのは輝力の低い一般騎兵のみ。

 膨大な気力を誇りレベル3の紋章術を発動可能な騎士団長達の前では、まるで歯が立たない。

 ロランの盾が砲撃を退け、バナードの槍が距離を無視して空の騎士達を穿つ。

 シガレット的には、慣れ親しんだものに近い兵器と、空中からの機銃掃射という近代的な戦術が、一騎当千の神話の中の英雄たちに駆逐されていくようで、実に微妙な気分になる光景だった。

 

「流石はバナード将軍、凄まじい威力の紋章砲でしたねー!」

「はい。鉄壁を誇る盾の騎士ロラン隊長の活躍も、見逃せませんでしたよー!」

「空中騎兵隊の参戦の確定したこの午後の部、天空の聖騎士がなんと不参加と判明した時はどうなる事かと思いましたが、いやー、意外となんとかなるものですねー!」

「と言うか、普段から空を飛び回って天空呼ばわりされてるのに、何で肝心の空中戦に不参加なんでしょうか、この天空の聖騎士!」

「天空天空連呼するな恥ずかしい!」

 当然だが、司会二名は事情を知っている。

 この質問は、同様の疑問を抱いている視聴者向けのアピールを含んでいた。

「後で覚えてろよお前等……。まぁ、三年前の再現は、参加者的にもつまらないでしょうし、ね」

 ニヤニヤと笑う司会二人を睨みつけた後で、シガレットはあっさりとネタ晴らしを行った。

 

 およそ、三年前。

 ガレット獅子団領国とパスティヤージュ公国との間で、親善戦興行が行われた。

 パスティヤージュ公国が誇る空中騎兵隊。

 対するは、領主への即位間もないレオンミシェリの率いる、ガレット騎士団。

 そしてその戦に、何故か当たり前のように、シガレットはガレット側の兵として参戦していた。

 戦場は起伏の激しい荒野である。

 高い位置へ上れば空を行く相手へも攻撃が届くだろうし、地形を利用すれば空中からの攻撃を遮る遮蔽物ともなる―――空からの一方的な攻撃だけで終わるような事にはならない。

 つまりは、ガレットにも勝ちの目がある。当然、上空を制するパスティヤージュにも。

 

 ―――しかし、勝敗は一方的な形で決着した。

 

 アシガレ・ココット。

 脚部に空を行くための翼を輝力武装によって形成する騎士だ。

 ―――そう、ガレットにはファルカよりも自在に空を行く騎士が居たのである。

 飛び、舞い、落とす、落とす、落とす。

 実質一人で空中騎兵隊を片付けて、後日何もすることがなかったレオンミシェリのご機嫌取りに苦労した、という逸話すら残っているほど―――それは、圧倒的な勝利だった。

 

「あの空中戦を征する事により、アシガレ卿は空を行くものを上回る者、空の覇者、『天空の聖騎士』と渾名されるようになったんですよね!」

「まー、状況的にヴァリアブルファイターと複葉機でドッグファイトしてたみたいなものですしね、アレ。あんな戦い一度で充分でしょう」

 

 ファルカは人を乗せ空を自由に飛べる―――とはいえ、その自由は飛翔する鳥としての限界からは逸脱できない。

 対してシガレットは、輝力を噴かして物理法則に抗いながら空を飛ぶ。

 限界は無い。ファルカには不可能な、強引な軌道を描く事も思いのままだ。

 空と言うフィールドに置いて、シガレットの優位性は圧倒的なものなのである。

 

「アレ以来クーベル公女に会うたびに睨まれるようになりましたものね」

「ルールに則って戦争しただけなのに、何が悲しくて幼女を涙目にさせなきゃならんのか……」

 だから今回は自嘲してるんだと、大きくため息を吐くシガレット。

 フランボワーズはなるほど、と大いに頷く。

「若干意味が解らない説明も混じりましたけど、よーするに半ば自慢話だったということだけは、キチっと伝わりましたー!」

「お前等が解説役押し付けたのにその言い草はなんだよ!?」

「いやーでも、幼女イジメて格好良い渾名貰いましたとか、それはどう考えても完璧に自慢話にしか成ってないと思いますよー?」

「最初に人のことを天空呼ばわりしだしたの、フラン兄じゃねーか! そっちの方がイジメじゃね!?」

 

 特設ステージは、突発的に始まった場外乱闘に大盛り上がりである。

 そして、いよいよパスティヤージュ本陣へと勇者達が歩を進め始めた戦場でも、新たに事態が動いた。

 

 空中モニターに映る、パスティヤージュ公国公女クーベルのドヤ顔。

 秘密兵器の準備が整ったと高らかに宣言して、次の瞬間に画面からフレームアウトする。

 映像が一瞬揺れる。

 どうやら、ハンディカメラで撮影していたらしい、素人くさいフレームパン。

 映し出されたのは、緊張気味の顔をした。

 

「あれは……、異世界からのお客様の、レベッカさんでしょうか」

「まぁ、状況的にそういう流れなんじゃないですか?」

 

 実況の言葉に、シガレットは杜撰な解説を返す。

 映像の中の少女は、左手人差し指に、大振りの宝石のついた指輪を嵌めていたから―――それが何であるかは、最早明白だった。

 天に掲げられる、少女の手。

 一瞬の間と、奔る閃光。

 モニターが、閃光の白で塗りつぶされて―――次の瞬間。

 

「そーいえば、パラディオンにもエクスマキナにも、勇者服生成機能とかついてたっけね」

「あれ、実は仕組みが良く解らないんですよね。輝力武装と同じ要領なんでしょうか」

 俺もやったことあるわ、懐かしいですねと、いつぞやの事件を思い出しながら語る主従を他所に。

 

 ドレスのような華やかな装いを纏う、箒に跨った。

 新たな勇者が、登場した。

 

『見よ! これがパスティヤージュが誇る! 飛翔系(・・・)勇者レベッカじゃ~!』

 

「……へぇ」

 感嘆か、或いは。

 漏らした声は、存外重く、低い物だったらしい。

 特設ステージに集った者達すべての視線が、一瞬でシガレットに集まった。

 シガレットだけが、一人でモニターに視線を固定している。

 

 箒の房の部分から、輝力光をジェット噴射のように噴出しながら、ファルカを遥かに上回る速度で、新たな勇者は空を()く。

 複雑精緻な、それでいて予測不可能な機動。

 まるでテレビゲームのような。

 この世に鳥と虫と神以外、空を舞う者が居ないと思っているであろうフロニャルドの人間には、決して思いつけない挙動。

 晶術を刻み込まれた札を空中からばら撒いて―――遂に、高高度爆撃まで始めた。

 一方的に撃滅されていく地上の兵隊達。

 対空砲火という概念すら存在しないフロニャルドに於いて、砲を並べてめくら撃ちしたところで、空の覇者に弾が掠ることすらあり得ない。

 それは、先ほどまでの一方的な―――パスティヤージュがボコボコにされていた―――状態の鬱憤を晴らすかのような、圧倒的な光景だった。

 

「何処の弾幕ゲーだか……いやしかし、なるほどね。確かに飛翔系だわ」

 言うだけはある、とシガレットは感慨深げに頷いた。

「アッシュ様とどちらが早いでしょうか?」

「どうだろうねぇ?」

 ルージュの問いに、シガレットは苦笑して応じる。

 与えられた地位と望んだ立場に恥じぬように、相応の努力をしている。

 シガレットはこれで、意外と自分の能力に自負を持っていた。

 無敵、とは口が裂けても言えぬが、それでも、突出した一つの武器を有していると誇ることは出来る。

 空を飛ぶ。

 安直な子供の思いつきで身に着けた技だったが、他にまねを出来る物がいなければ、それは世界で唯一無二だ。

 故に。

 

「この分野で他人と比較されるなんて、初めてだし」

 

 試して見ないことには(・・・・・・・・・・)

 

 不敵で、大胆に。

 高みから、獲物を見つけた捕食者の目つき。

 彼の参加する戦興行の物販コーナーへ立ち寄れば、販売されているグッズに必ず描かれている、彼の人気の一端を担う戦闘者の笑み。

 

 ザワリ、と盛り上がる特設ステージ。

 万年筆を置いて解説席から立ち上がる次のタイミングには、ルージュがマントを差し出している。

 流れる手つきで受け取り、羽織る。

 翼のようにはためく、空色のマント。

 

「じゃあ、行くわ」

「存分に、お楽しみくださいませ」

 

 主従のやり取りは、編み上げられる輝力の翼のきらめきと共に。

 一拍の間と―――そして、地鳴りのような大歓声。

 実況と群集の喝采に押し出されるように、広げた翼をはためかせ、シガレットは空へ征く。

 目標は、地上の敵を素通りして一直線に砦に構える玉―――領主を狙うパスティヤージュの勇者だ。 

 

 空を征く者の頂点を賭けた戦いが、始まる。

 

 

◆◆◇◇◆◆

 

 

 

 

 




 ドッグデイズの見所の一つと言えば、戦場を飛び交うド派手なビームの応酬な訳ですが、しかし何気に、原作者に『必殺技は基本ビームです』と断言されていると言うのに、このアニメ、エフェクト作監が存在しません(某魔砲少女アニメ宜しく原作者の支持書きメモとかはありますけど)。
 総括してチェックする人間が居ないと言う事は、つまり、コンテ指示に従いつつ、担当原画マンのアドリブが強く出てくる風になってたりします。

 まぁ具体的に、どー言う事が起きるのかと言えば。
 『同じ技名』を叫んでいるのに『違うビーム』が飛んでるケースとか、割と、結構、多いよね……。
 三話だとガーネットバスターとか。

 弾幕ゲーの後のアレと、最大出力時と、五分以内の出来事なのに全然違うじゃん!

なんていうか、作品の内外問わず、今日日珍しい大らかな作風ですよね。
 公式で発売する抱き枕カバーで、パンツ前後ではき間違えてるっぽいし。
 それ、尻尾の穴が前になってますよねレベッカさん。わざとかも知らんけど。

 

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