クーがジョゼフ&シャルルコンビの説得攻勢にやられ、口からエクトプラズムらしきもやもやを吐き出している頃、クーやマチルダとともにリュティスに来ていたティファニアは、一人ジョゼットの部屋を訪ねていた。
クーの義妹(予定)ということでティファニアはイザベラやシャルロットとも交流があったが、中でも一番話が合うのはジョゼットだった。
かたや王弟の娘兼ハーフエルフという隠匿されるべき存在だったティファニア。
かたやガリア王家では禁忌とされる双子の片割れとして生まれてすぐに修道院に送られたジョゼット。
お互いがお互いにシンパシーのようなものを感じるのは必然だったのかもしれない。
そしてそんな過去に陰を持つ二人はと言えば、
茶をしばきながら盛大に愚痴り合っていた。
「それでね、結局最後はシェフィールドさんに全部持って行かれちゃって。私だってジョゼフおじ様のお手伝いしたかったのに」
「そう言えばいいじゃない。お手伝いさせてくださいって」
「言ったのよ。でも笑って流されるの。イザベラ姉様たちと遊んできなさいって」
ずーんと言った感じにジョゼットは落ち込んでしまったが、しかしティファニアが慌てることはない。
何故なら彼女の頭の中は別のことでいっぱいなのだ。具体的にはリュティスからオルレアンに帰る馬車の中でクーとマチルダがいちゃつきだすのを如何にして食い止めるか、その策を何種類も用意するためかティファニアの頭脳はフル回転中である。
それにぶっちゃけジョゼットがジョゼフに子ども扱いされて落ち込むのはいつものことだし。
「……私だって分かってるのよ? 私は修道院にいたからイザベラ姉様やシャルロット姉さんと比べて勉強しなくちゃいけないこともたくさんあるし、おじ様はきっと、それ以外の時間に仕事を手伝わせちゃ悪いと思ってるんだろうなってことはね」
「だったらいいじゃない。大切にされてるってことでしょ?」
「そうなんだけどさぁ。でもね。ふっとおじ様の執務室に行くとね」
そこで一端ジョゼットは言葉を止めた。
しばらく俯いていたが、その時の情景を思い出していたのだろうか、ふるふると震えるとテーブルに両手を叩きつけ、叫ぶように言った。
「近いのよ! シェフィールドさんが! おじ様に近いの! その上私に気づいて、こう! ニヤッと! 笑うの!! 分かる、テファ!?」
「ごめん、わかんない」
友人、というか既に親友と言っても過言ではないほどの付き合いではあるが、そんな相手の言葉をティファニアはすげなく切り捨てた。
というかホントにわからなかった。なんとなく面白くはないんだろうなぁということは伝わってきたが。
「……そうよね。テファにはまだ早かったよね。ごめんね、お姉さん、大人げなかったかも」
だがその物言いにはちょっとカチンと来ちゃったぞ~。
「ぶぶー、お姉ちゃん知ってます。ジョゼットちゃんはテファ姉さんの一つ年下ってこと知ってまーす」
「ふんだ。年齢なんか関係ないのよ。いい言葉を教えてあげるわテファ。女の子は恋を知らないうちは蕾でしかなく、恋を知ってようやく花として咲く。ゆえに恋をしている女は皆一様に美しい花である、ってね。その名言に照らせば私は大人でテファは子供ってわけ」
「な、なにそれ? 誰の言葉? なんかカッコいいね」
「え? 私の言葉だけどカッコよかった?」
お前の言葉かーい。きっとティファニアが関西人だったらそうツッコミを入れていたことだろう。まぁ当然ティファニアには関西人の血など一滴たりとも流れていなかったが。
俗にいうドヤ顔を浮かべ「ねえねえカッコよかった? カッコいいと思っちゃった?」なんて絡んでくるジョゼットに取り合わずお茶請けのケーキを口いっぱいに詰め込んだ。ついでにジョゼットの分まで。うん、おいしい。
だけど、とティファニアは「……私のケーキが」と空になった皿を見ながら呆然としているジョゼットを見ながら思う。ホント、シャルロットと似てないなぁと。
もちろん容姿のことではない。ジョゼットの現在の姿はティファニア同様フェイスチェンジがかけられ灰色の髪になっているが、しかしそれを解けばシャルロットと瓜二つの少女が出てくることを知っている。
ティファニアが思ったのは性格的な面でだ。シャルロットはどこか引っ込み思案な、ジョゼットの花のたとえを借りるなら百合の花といった感じだ。清楚で大人しく、どこか儚げにすら感じる少女。
一方でジョゼットは薔薇の花? いやそこまで高貴さは感じさせないから大輪の向日葵とか? 感情をよく表に出すことが印象的だ。修道院に捨てられるも同然に入れられた過去があるなどとても信じられない。
毎回リュティスに来るたび帰りの馬車の中でクーが「またジョゼットが毒されてた。絶対シェフィールドのせいだろアレ」とぼやいてはいるから、もともとシャルロットと似たような性格だったのかもしれない。想像しにくいけど。
それともやっぱりアレなんだろうか。ジョゼットの言うように恋ってのを知ると人間変わるのだろうか? 思えばティファニアの周囲の強い女性はみんな恋をしているような気がする。ジョゼットしかりシェフィールドしかり、オルレアンのレティシアや、クーのお母様もそうかもしれない。そして、認めたくはないが、ほんっとーに認めるのは癪だがマチルダ姉さんも。
シャルロットも恋とやらを知ればジョゼットみたいになるのだろうか。イメージできないけど。
「ねえジョゼット?」
「んー。なによぅ。ケーキ泥棒めぇ」
「いや、そこまで落ち込まなくても……。ごめんね?」
なんならもう一つメイドさんに頼もうか? あまりのジョゼットの落胆っぷりにそう提案しては見るが、
「……いい。おじ様の耳に入って食い意地の張ってる子って思われたりしたらヤダし」
そ、そんなことまで気にするんだ。
「で? なにか聞きかけたけど何?」
「え? あ、あーっと、ちょっとした興味なんだけどね」
「うんうん」
「その、さ。恋ってそんなにスゴイものなの? 人が変わっちゃうくらい」
ティファニアは気恥ずかしさを感じながらも尋ねる。それは年下の少女に尋ねることの恥かしさというよりも、思春期特有の
しかし興味があるのも事実だった。コイバナに盛り上がるというのは異世界であっても共通なのかもしれない。
だが次の瞬間、ティファニアは微妙に後悔する羽目になる。シャルロットならば絶対に浮かべないであろうニヤニヤした笑みを浮かべたジョゼットを見てしまったために。
「ふーん。テファもそんな年頃なのね。お姉さんびっくりしちゃった」
「だから私の方がいっこ上だって。それとホントにちょっとした興味だから答えてくれなくてもいいよ」
「まあまあ。別にからかうつもりはないんだって」
そう言ってジョゼットは引き留めるようにティファニアのカップに紅茶を注ぎなおす。
「恋がスゴイものかどうか、か。別に隠すつもりなんてないんだけど、でも自分でもよく分からないのよね。っていうかさっきのテファの言葉って私が変わったって意味?」
「うーん。どうなのかな。私は前のジョゼットのことあまり知らないし。でもさ、ジョゼットってシャルロットと双子なわけでしょ? もともとシャルロットみたいな性格だったのかなって」
「シャルロット姉さんと同じとまでとは言わないけど、……でもそう言われればもう少し大人しかったかも」
「ちなみにクーはシェフィールドさんの影響を受けてるって言ってたわ」
「あー。それはあるの、かな? いろいろ聞いてないことまで教えてくれるし」
まぁそれはシェフィールドさんなりのおじ様への点数稼ぎというか、背伸びする妹みたいな扱いというか、ぶっちゃけ競争相手とは見られていないみたいでカチンと来るんだけど。そうジョゼットは続けたが、しかしその口調はジョゼットがシェフィールドを憎からず思っていることがありありと見て取れた。
これでは先ほどのシェフィールドに対する愚痴も、つまりは姉のような存在とのじゃれ合いを惚気られたようなものに思えてくる。
「まぁ恋がスゴイものかどうかはハッキリ言えないけど、でもきっとイイものだとは思うよ? 修道院にいたころは何をしても退屈で、いっつも海の向こうを眺めていたわ。この先には何があるんだろう、いったいどんな世界が広がっているんだろうってね」
でもね。つらい過去の話なのだろうにそれを話すジョゼットの表情に陰りは見えず、
「今は何をしても楽しいの。こうやってテファとお茶をするのはもちろんだけど、お勉強やお祈りだって楽しいのよ? 信じられる?」
「うーん。よくわかんないかなぁ。私もオルレアン領でいろいろ教わってるけど、結構大変」
「大変なのは大変よ。覚えることもいっぱいあるし。でもね、コレを覚えたらおじ様は褒めてくれるかもしれない、アレが出来るようになったらおじ様の手伝いができるかもしれない。そういう風に思うとね、大変だけど苦しくないの。お祈りだってこんな素敵な場所で素敵な人たちと一緒にいられることへの感謝でいっぱいで、ちっとも嫌になんてならないわ」
きっとテファにも分かる時が来るわ。どことなく上から目線での物言いだったが、しかし今度は不思議と腹は立たなかった。
でも、とティファニアは思う。自分が普通の女の子みたいに恋なんてできるのか、と。
なにせ自分はハーフエルフ。エルフがハルケギニアでどれほど恐れられているかは、何故両親のもとを離れてガリアまで行かなくてはならないかを説明された時に知ってしまったし、あの日、クーと出会ったあの時にトリステインの貴族の夫婦から向けられた視線から理解してしまった。そんなエルフの血が流れる自分が普通の恋なんてできるのだろうか。
本当の自分を知っても怖がらないでいてくれるのなんて、両親やマチルダ姉さんを除けば、……あれ? クーくらいしかいないんじゃ?
そういえばクーは私のことを怖がったりしなかったな。そうティファニアは思い出していた。
初めて会ったときの印象はとても怖い人。自分とほとんど歳は変わらないというのに父やトリステイン貴族の大人とも対等に渡り合っていた。
次に抱いたのは恩人だという意識。両親からマチルダ姉さんと一緒にガリアに行くべき理由を話された時、クーに助けられたのだとなんとなく理解した。
そして今抱いているのはマチルダ姉さんにデレデレしている情けない姿の印象。私や母様を助けてくれた時のカッコよさはどこへ行ってしまったの……か、と?
あ、あれ? 違う、違うでしょティファニア? これじゃキリッとしてるクーがカッコいいと思ってるみたいじゃない。マチルダ姉さんにデレデレしてないでちゃんとしてくれればいいのにと思ってるみたいじゃない。スッと赤い目を鋭くさせたクーをまた見れたらなぁ、……じゃなくて!
ち、違うのよ。私はただマチルダ姉さんが盗られるみたいなのが嫌なだけ。うん。ずっと母様と人目を忍んで生きてきた中で、一緒にいてくれたマチルダ姉さんの一番が私じゃなくなるのが嫌なだけなんだから!
そうよ! だから帰りの馬車でクーとマチルダ姉さんがいちゃつき出すのを止めるのも、全部マチルダ姉さんを守るためなの!
頬を上気させ、雑念を振り払うように頭を振るティファニアはついぞ気が付かなかった。
お互いの境遇の類似性からなんとなくティファニアが抱いている思いを察してしまったジョゼットの、正しく妹を見るような優しい視線には。
ご無沙汰しております。2Pカラーです
いやホント申し訳ない。次の更新はひと月以内とかほざいておきながらこんなに時間が開いてしまうとは
これからまたちょこちょこ書いていくつもりですのでどうかご勘弁を