ふぃー、と一息。
ヴァリエール公爵に釘を刺し、モード大公に現状考えられる限りのエルフ秘匿法を叩きこみ、ようやく一息つけました。ども、クーです。現在モード大公邸の俺に貸し与えられた部屋で一人黄昏てまさぁ。
……にしても、まさか『フェイスチェンジで耳隠せよ』の一言にあれほど驚かれるとはね。
目から鱗ってことなのかね。ようわからんが。
これからシャジャルさんはモード大公の愛人である平民として生きて行くらしい。公然の秘密にすれば、それ以上探られないだろうとは思う。まぁシャジャルさん的には、万一自分がエルフだとばれた場合、自分が『平民を装って大公に近づいたエルフ』だと思われれば、モード大公まで被害が及ぶことは無いという辺りが嬉しかったらしいが。
なんていうか、熱々だよねぇ。何故エルフがアルビオンにいるのか、俺の原作知識では分からなかった辺りの事を聞きたかったんだけど、あの幸せそうな表情を見せられちゃうとね。追求できませんわ。
にしても、はぁ。
……いや、分かってはいるんだよ。俺がアルビオンまで来た理由は将来的に発生する内乱の火を、火種であるうちに片付けるというモノ。イレギュラーは重なったし、ヴァリエールという第三者にエルフの情報が渡ってしまったことは想定外だったが、まぁ概ね目的は達成できたと思う。
だからさ、喜ぶべきなんだよね。うん。
分かってるのさ。分かってはいるんだけどねぇ。
……マチルダさぁん
絶対嫌われたよねぇ。完璧軽蔑されたよねぇ。
だって利用するため近づいて来たって知られちゃったんだもの。
あのプロポーズはエルフをどうにかするため策だと思われちゃったんだもの。
嗚呼。泣きてぇ。
オルレアンに帰りてぇ。つかリュティスの家に帰りてぇよ。
……うん。帰ろう。まずリュティスに帰って母ちゃんに会おう。そんで癒されよう。
それからオルレアンに戻って引きこもろう。仕事なんか他人に任せて二年くらい休もう。ラグドリアン湖にボートでも浮かべてそれに乗って寝よう。
そんくらいの休暇を貰わないと割に合わねぇよ。
アルビオンの内乱食い止めて、モード大公の破滅の未来ぶっ壊して、ウェールズとアンリエッタの仲を進展させるための布石を打って、エレオノールの相手まで用意してやって。
そんでなによ。一番働いた俺はフラれただけってか。失恋が報酬だってか?
HAHAHA!! その上『烈風』に気に入られたっぽいってか?
……はぁ。もうさぁ、
「勘弁してくれぇ」
「何がですか?」
一人だったからこそ呟いた言葉に対するまさかの反応に、思わず顔を上げて見やれば、部屋の入口には会いたくもあり、同時に今は会いたくない人の姿。
「……ミス・マチルダ」
「お邪魔します、オルレアン公」
「部屋の入口には護衛が居た筈なんだが?」
「ええと。普通に通してくれましたけど」
……アイツら。
一応マチルダさんが俺に杖を向けた場面を見ているはずなんだがなぁ。
若い女性ということで油断しているのか、それとも変な感じに俺とマチルダさんの関係を独自解釈したあげく自己完結してしまっているのか。
どちらにせよオルレアンでは『超特訓編~地獄すら生温いんだゾ☆~』を敢行しよう。うん。ストレスを発散させて貰おう。ウケケケ
「あの、オルレアン公」
「ああ、なんの用かな、ミス・マチルダ?」
やっぱり怒られるのかなぁとも思う。乙女心を踏みにじったような形になったわけだし。まぁゴーレムビンタくらいなら甘んじて受けよう。そのくらいじゃ死なないしね。
でもなぁ、出来れば責めないで欲しいなぁとか思ったりも。
今は疲れ切っちゃってるし、俺、Mじゃないしね。
まぁ自己嫌悪でツライってのもあるし、責めて貰った方が楽になれるのかもしれないけどさ。
しかし予想に反してマチルダさんの言葉は、
「申し訳ありませんでした、オルレアン公。私はオルレアン公を疑い、あまつさえ杖を向けるなどという「ちょ、ちょっと待った!」」
えぇー? なんで謝られてんの、俺? ここは
「イマイチ状況が把握できないんだが、ミス・マチルダに謝って貰うことなど無いよ?」
「いえ。全てモード大公から伺いました。オルレアン公がモード大公やシャジャル様の味方をなさっていただいたとも。それだというのに私は」
「いや、俺はあくまでガリアのために動いていただけで、結果的にモード大公の側についたのは確かだが……」
それに……。
「君を利用するために、君に近づいたのも確かだ。モード大公に敵意を持たれず、それでいて確実にエルフに関わるには、ミス・マチルダの立場は利用しやすかったからね。……俺は、少なくとも君に礼を言われるような人間ではないよ」
思わず俯く。
仕方ないだろ? マチルダさんを正面から見つめ返す度胸なんて
「それでも!」
強い声に少し驚いて顔を上げれば、
「それでもオルレアン公のお力でシャジャル様やティファニアは救われたんです! アルビオンが内乱になる可能性もあったとモード大公は仰ってました。それを止めて下さったのもオルレアン公だと。サウスゴータの民が戦火に巻き込まれる未来もあったのでしょう? それを失くして下さったのもオルレアン公だったのでしょう?」
マチルダさんは床に膝をつき、ソファに沈んだ俺と目線を合わせて語りかけてくれる。
俺はまず彼女に椅子を勧めるべきだったなぁなんて頭の片隅で思いながらも、彼女の言葉に耳を傾けるほかなく。
「ならば貴方は私たちの恩人です。お礼の言葉すらダメだなんて言わないでください」
「それでも君を利用しようとしたという事実は「か、関係ねぇな!」……は?」
思わず聞き返してしまった。
俺をまっすぐ見つめていたマチルダさんはといえば、どこか照れたように両手を広げ、
「こ、来いよ、どこまでもクレバーに抱きしめてやる」
……
…………
………………クッ
「ハハッ。なんだそりゃ?」
「私たちを助けてくれた恩人が泣きそうな顔をしているんですもの。そんなツラそうな顔、しないでください」
クッ。泣きそうな顔はそっちじゃないか。
まぁしかし、確かに今の俺はそんなツラしているのかもね。『エルフの保護』なんて難題をやり切った達成感なんてものは無く、結局出たとこ勝負をするしかなかった不甲斐なさに奥歯を噛みしめていただけなんだから。
でも、さ。
「いいのか? 俺は一度手にしたら離さないぜ?」
弟扱いしているつもりなら、今の内に手を引いた方が身のためだぜ?
ニヤリと笑みを作ってそんな事をほのめかすが、
「ど、どんとこい!」
ハハッ。なんのキャラだよ。
ささくれ立った心が癒されて行くのを感じながら、広げられたマチルダさんの腕の中に飛び込む。
まったく。これじゃ男として情けないじゃないか。そんなことを思いながらも、彼女の事を抱きしめ返す。
彼女の腕は優しくて、
彼女の体はやわらかくて、
初めて感じる安心と安らぎが、
マチルダさんの温もりから感じられた気がしていた。
バレンタインだもの ニヤニヤしたっていいじゃない
さて、これにてアルビオン編は終了です
テファに関しては次回辺り後日談的な説明回を設けます
いや、ね。あまりにもスキッと締められちゃったものですから
ここで「そう言えばテファは~」ってのは蛇足っぽくなるじゃないですか
にしてもマチルダさん。ほとんどオリキャラ化してね?