「『ガッツ』に『フェイント』と……あと『オーバーロード』でも装備しとくか。『オート・アイテム』は今回は装備しなくてもいいや」
フェニックスが帰った後の話だ。あの後部活は中止となり、グレモリー部長と姫島さんは旧校舎の奥に引き篭もってしまった。
何でも『レーティングゲーム』の戦術を練りたいとのこと。彼女の初陣になるのだから、部活を中止してでも作戦を立てたくなるのも頷ける。
俺はというと、自宅に帰ってから今に至るまで、あのチャラ男の心をへし折る八十一の方法を構築していた。
カーテンの隙間から柔らかな日差しが差し込んでいるということは、既に朝なのだろう。道理で眠い筈だ。
構築も先程終わり、現在は装備するスキルを選んでいた。今回ばかりはガチで行かせてもらうからな。スキルを選び終わったら、次はアクセサリーだ。
先程前述したスキルの説明をしておくと、『ガッツ』は行動不能に至るダメージを受けた場合、発動すれば体力をある程度残して耐えるという優れたスキルだ。発動確率はスキルLVに比例する。
もちろんLV8まで上げてありますとも。VP1はガッツゲーと言っても過言ではない。
これに『オート・アイテム』が加わると、主人公側は悪鬼羅刹と化す。
まあ、死ぬ時は本当にあっさり死ぬ。特にセラフィックゲート。
次に『オーバーロード』。これは魔法の威力が1.5倍になるが、仲間にも当たるようになってしまうというスキル。仲間に当たるという制約は、現実世界では有って無いようなものだ。このスキルを装備していなくても、仲間に向かって魔法を放てば普通に当たるのだから。
『オート・アイテム』はターン毎に、その状況に応じたアイテムを勝手に使ってくれる親切スキル。
傷ついた仲間がいればその仲間にエリクサーを使い、斃れた仲間にはユニオン・プラムを使ってくれる。
即死級の全体攻撃を受けても、『ガッツ』で生き残った仲間がこのスキルを発動すれば簡単に態勢を立て直すことができるのだ。
最後、『フェイント』の効果はATKとMAGの値を足した能力値で攻撃できるというもの。
物理攻撃力と魔法攻撃力の値を足した攻撃ができるのはかなり便利だ。
――このスキルのおかげでアーリィの出番が増えました! グングニルを装備した長女強い!
だがこのスキルは、両方の値が高くないと真価を発揮できない。
片方の値が高くても、もう片方が低ければクソの役にも立ちゃしないのだ。
――自分自身のATKとMAGを確認したいけど、どうやって確認するの?
ゲームだったならメニュー画面を開けばステータスを確認できるが、現実ではそんなもん存在しない。
……ともーじゃん? あるんだな、これが。
話すと長くなるがセラフィックゲートに送られた時、俺自身のステータスが確認できるという親切設計が設けられていたのだ。だが送られた当初は本当に酷かった。
最大HPが100というLV1の魔術師に劣る貧弱っぷり。
RDMとDEFは当然0。他のステータスは軒並み一桁前半、『道具生成』もこの時点ではチャプター1の時の物しか生成できず。こんな貧弱装備でどうしろと。
まあそんな話はともかく。セラフィックゲートでは、ゲームと同じように経験値を得て、LVを上げることでも自らを鍛えることができたのだ。
LV自体はカンストしても、ある一定の経験値を得る度に他のステータスが上がるのは有り難かった。
金の卵を食べた時と同じぐらいの上がり具合だったかな。
――流石に現実世界で経験値は存在しないだろうと思っていたのだが……。
その予想に反し、存在したのだ。経験値なるものが。
あの日――はぐれ悪魔バイサーを斃した時のこと。ある情報が俺の頭の中を駆け巡ったのだ。
《戦闘終了 獲得経験値2000》
この時は嘔吐とグレモリー部長との邂逅があって流してしまったが、次に駆け巡ったのがアルジェントさん救出の時のこと。
儀式場内ではぐれエクソシスト達相手に無双していた時も、戦闘終了という電波が頭に流れ込んできたのを覚えている。
一人斃す度に流れてくるのは本当に勘弁してほしかった。まだ全然戦闘終わってないだろと、何度心中で呟いたことか。
――ゲートに居た頃はこうも頻繁に流れることはなかったのだけど……。
ゲートで既にLV99にした筈だったのに、この世ではまた1からやり直しらしい。
先程ステータスを確認したら、現在のLVは7だった。
LVこそ1からのやり直しになったものの、それ以外のステータスはゲート卒業時のままなのが救いだ。
俺のATKとMAGは装備無しの状態で、両方7000ぐらいだった。この状態で『フェイント』を装備していれば、大抵はゴリ押しで何とかなる……筈。
閑話休題。
さて、何を装備するかは学校から帰った後に決めるとしよう。
そろそろ学校に行く準備をしないと。とりあえず朝ご飯の用意を――
しようとした時、玄関の呼び鈴が鳴らされる。
――こんな朝っぱらから誰だ?
そんなことを思いながらドアを開けると、そこにはグレモリー部長の姿が。
というかオカルト研究部メンバー勢ぞろいだ。
「九々、宿泊の準備をしなさい」
「は? 宿泊?」
「ええ、山へ修行しに行くわよ!」
山へ行くぞと言った彼女は、それはそれは良い笑顔だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ……やっと着いた」
電車に揺られて数時間。
ようやっとグレモリー部長に指定された山の
他のメンバーは魔方陣で一気に転移したらしい。俺は眷属ではない為、魔方陣での転移はできないとのこと。
いいよいいよと不貞腐れ、移送方陣で転移を試みるも、正確な場所が分からないので断念。
諦めて電車を利用、現在に至る。
電車賃はグレモリー部長が出してくれたし、別にいいんだけどさ。
さて、麓のどっかに迎えを寄越したとのことらしいが……。
「九々崎くん!」
――迎えというのは木場くんのことか。
声のした方を見やれば、手を振って駆け寄る木場くんの姿が。
これがなあ、これが女の子だったらなあ……。
そう思わずにはいられない。もしも木場くんでなく、アルジェントさんだったなら俺の弾道は1上がっていただろう。弾道4よりも、3の方が使いやすいよね。
「木場くんが来てくれたのか」
「うん。九々崎くんには聞きたいこともあったからね、部長に僕が行きますって言って出てきたんだ」
聞きたいことだって? 一体何を聞きたいのだろう。まあそれは道すがら聞けばいいか。
「あんまり変なことは聞かないでくれよ? 今のうちに言っておくと、俺は貧乳派でも巨乳派でもなく美乳派だ」
それにしても山の中は緑が豊かでいいね、見ていて心が洗われるようだ。天気も快晴、この山道の斜面に目を瞑れば、言うこと無しだ。
「僕が聞きたいのはそういうことじゃないよ。九々崎くんに戦い方を教えた女性について、ちょっと知りたくなったんだ」
苦笑しながら尋ねる木場くん。彼女について、か。
木場くんも何故そんなことを知りたくなったんだ? それとなく聞いてみる。
「きみは同年代の僕達よりもよっぽど強いからさ。一体どんな人に師事したらそこまで強くなれるのか、つい気になってね」
お。俺を強いとな。グレモリー部長の眷属なだけあって、見る目があるじゃないか。
これも――彼女がずっと着いていてくれたからこそ、俺は強くなれたんだよな。
山頂部にあるグレモリー家の所有する別荘に辿り着くまで、結構な時間がかかる筈だ。
ならそれまでの間、彼女のことを話すのも一興か。
「ディルナ・ハミルトンという女性でね――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺と
さて。相対している理由だがなんてことはない、お稽古の一環だ。
別荘に着き、グレモリー部長達との挨拶もそこそこに済ませ、ジャージに着替えて表に出た時のこと。
木場くんからきみの言っていた剣技を見せてほしいと言われたのだ。
山道を歩いている際に彼女――ディルナのことを語っていた時のことだ。ディルナのことを思い出し、若干ホームシック(?)になってしまった俺は、それを隠すように努めて明るく振舞っていた。
その時に調子こいてしまい、色んな奥義や剣技が使えるんだと木場くんにペラペラ喋っちまったんだよな……。
中でも
千光刃がどんな剣技なのか、木場くんは是非とも見せてほしいと瞳を輝かせながら嘆願してきたのだ。名前に惹かれるのは分からないでもないけど……。
そうして現在に至る。
目の前には木刀を構えた木場くん。周りにはギャラリーとして、俺達二人以外の全員が。
――見られてるとなんかこう、恥ずかしいんですが……。
「九々がすごい剣技を見せてくれるそうだけど……一体どんな剣技なのかしらね、朱乃」
「うふふ、祐斗くんがあんなにもわくわくしていたのですから。きっと私達には想像もつかないような剣技だと思いますわ」
姫島さんやめてっ! そんなにハードル上げないでっ! 緊張のあまり吐きそうになるから!
「――それでな? 九々崎はフリードの野郎を目にもとまらぬ一撃で倒したんだ! たった一撃だぜ!?」
「わあ! 九々崎さんってとてもお強いんですね!」
待て待てぃ! なんで兵藤くんまでハードル上げてんの!? 死亡フラグの時といい、俺に怨みでもあんの!?
「……期待してます」
あかん。
これが四面楚歌ってやつか……。
――生まれてからは奥義とか剣技って一度も使ってないんだよね……、ぶっつけ本番で使えるか?
神技と一部の奥義を除き、一応ほぼ全ての奥義を俺は使うことができる。
ええ、何百回と殺された末に習得しましたとも。今思えばカシェルの奥義は習得しなくてもよかったかもなあ。
――何がファンネリアブレードだよパンでも練ってろ糞ったれって感じである。
ああ、緊張で胃に痛みが走った気がする。学校のクラスメイトの前で、課題発表をする直前に走る痛みによく似ている。
さっさと終わらせてしまおう。悪戯に引き伸ばすから、こんな要らない緊張を感じてしまうんだ。
両手に持った木刀を構え、気合を入れる。気合があれば何でもできる。
構えた途端、一気に静かになる。ギャラリーの視線が突き刺さり、なんとも居心地の悪い空間が形成されていた。
「――無限の剣閃、貴様に見えるか!」
「――ッ!」
息を呑む木場くん。もしかしてこの中二な口上に引いてしまったのだろうか。だがここまで来た以上、今更止まることはできん!
「神宮流剣技!」
今出せる限りのスピードをもって木場くんへと突っ込み、すれ違い様に斬りつける。基本的にはこれを繰り返すだけだが、相手が反応できない速度で突っ込み続けなければならない。
そんな速度で動く中、足でも滑らせたら
一度技の途中で足を滑らせてしまい、そのままの勢いで壁に激突したことがある。
――まさか、あの時はそのまま死ぬとは思わなかった。
ユニオンプラムを使ってくれたディルナの言によると、壁に叩きつけられたトマトのようになっていたらしい。
「千光刃!」
何度も斬りつけ、最後に斬り上げる。映像で見る分にはカッコいいのだが、文字にするとこんなもんである。
さて、剣技千光刃を披露したわけだが……。
十六年ぶりに使ったせいか、頭の中がぐわんぐわん揺れ、胃の奥底から熱い熱いナニカが込み上げてくる! この感覚を、俺は知っている……!
「――っつ……千光刃、か。まったく見えなかった。反応すらできなかっただなんて……」
倒れていた木場くんが何やら呟きながら立ち上がる。手加減したとはいえ、彼も中々にタフだな。
「すごいわ九々! これなら『レーティングゲーム』も――」
興奮気味のグレモリー部長。だがもう駄目だ、彼女の言葉を聞いてる暇なんて、ない!
口元を抑え、一目散に茂みの方へと駆ける。理由? そんなもん決まってる――!
「おえっ、えぅ、えろろろろろ――」
甘くて酸っぱいナニカが俺の口から吐き出される。
いや、ほら、千光刃ってすんごい動き回るじゃん? 確かに使えるとは言ったけど十六年ぶりだぜ?
そりゃあこうなるって。洵も絶対始めの頃はこうなってたって。
「……台無し」
塔城さんから放たれた言葉が胸に突き刺さる。
――地味に……辛いです。
後ろを見なくても分かる。研究部の面々が何とも言えない、微妙な空気に包まれていることを。
だってその空気が、こっちまで伝わって来るんだもん。
「九々崎さん、大丈夫ですか!?」
だがそんな空気を無視し、駆け寄っては俺の背中を優しくさすってくれるアルジェントさん。
――ああ、この子本当に良い子。こんなことされたら惚れてまうやろー!
感謝の言葉も伝えられず、未だ吐き続ける俺。
後ろの方から、誰かの溜息が聞こえてきた気がした。
メガネ女子こと
――彼が駒王学園に転入してくる、ずっと前から。
あれは藍華が中学二年の時のことだ。
諸事情により帰りが遅くなってしまい、日の暮れた帰り道でのこと。
当時は日が暮れると不審者が現れるという話があちらこちらの学校で飛び交い、学校の方でも早く帰宅するようにと呼び掛けられていたのだ。
藍華自身もその話を聞いてはいたのだが、その日はどうしても終わらせなければならない課題を残していた為、仕方なく学校に残って課題に取り組んでいた。
そのせいで帰りが遅くなってしまったのだ。
内心で不審者に怯えつつも、まさか自分が遭遇するなんてことはないだろう。
そんなことを考えていると――
――いた。藍華の視線の先に。
暗がりのせいでよくは見えない。
本当に視線の先の人物が不審者なのかは分からないが、当時の藍華には件の人物が不審者にしか見えなかった。
大きな袋を持ち、何かを探している様に辺りをキョロキョロと見回している。
成程。確かに不審者にしか見えない。
恐怖に駆られ、足が竦んで動けない藍華は、不審者がどこかへ立ち去るのをその場で待つことしかできなかった。
(早く――早くどこかに行って!)
そんな思いも虚しく、不審者は藍華の方へと歩を進めだす。
目的のモノを見つけたからなのだろうか。その足取りに迷いは無い。
あまりの恐怖に歯の根が合わず、カチカチと不愉快な音を鳴らしてしまう。
一体自分は何をされてしまうのだろうか。
想像もつかない。そうして不審者は藍華の方へ――は来なかった。
藍華ではなく、脇にいた犬の方へと向かっていたのだ。
不審者だと思っていた人物は、袋から取り出した物を犬に与えている。
(なんだ……野良犬に餌をあげてるだけだったんだ)
脱力してしまう。なんだ、今までのは自分の勝手な一人芝居だったのかと。
藍華は内心で独り言ちる。
街灯に照らされた人物を見やると、自分と歳の近そうな黒髪の男の子だと判断できる。
男の子は柔和な表情で餌を食べる犬を見つめていた。
藍華はホッと一息つく。
あんな少年が不審者な筈あるものか。
ああ、ビクビクして損した。
そんなことを思いながら少年の横を通ろうと――
「よっしゃあー! かじった靴キター! どんどん食えよー、うんこするまで食えよー」
――不審者だった。
少年はこれ以上ないぐらいの不審者だった。
この言葉を聞いた藍華が、この後すぐに踵を返して走り去ったのは言うまでもない。
近い将来、この少年――九々と学び舎を共にするなどと、藍華は思ってもみなかった。