先の部室で出現した、無数の剣。
あれは祐斗の所有する
その能力は所有者の任意に魔剣を創り出せるのだという、なんとも貧乏人に優しい
今まで帯刀していないにも関わらず、いつの間にか剣を携えていた祐斗だったが、そのカラクリはこれだったようだ。
――……自分の好きな魔剣を生み出せるなんてずるい。
此処に来る途中で、部室での剣出現の内実をイッセーに教えてもらい俺はそう思った。
しかし剣を生み出せるということはだ。それはつまり、生み出した剣をへし折ってもらって『折れた剣』を生産できるということではなかろうか。
――一本だけでいいから譲ってくんねえかな……。
変換すればグレアー・ガードに――って、配列変換の宝珠が無いからもらったって無駄か。
それに、はぐれ神族(純情派)から大量に稼いだ『壊れた剣』を代用出来るかも知れないしなぁ。
閑話休題。
現在俺達研究部員と教会の二人組は、球技大会の練習に使っていた練習場に来ていた。
俺から離れた場所に立つ祐斗と、そんな俺達と対峙する教会組。
一帯には紅い魔力で構成された結界が張られており、その内外に俺達四人と部員のみんなで別れていた。因みにこの結界は、戦闘の余波が周囲に影響を及ぼさないよう、朱乃さんが張ったものだ。
「九々崎九々くん、だったかしら?」
俺と相対する栗毛さん――紫藤イリナが確認する。彼女の名前も、さきほどイッセーに教えてもらったのだ。
俺はそれに頷いて返すと、紫藤は続きを口にする。
「覚悟は出来ているか――なんて、今更聞くまでもないわよね。あれだけの大口を叩いたんだもの」
そう言って、日本刀の形状のエクスカリバーを構える紫藤。やはりというべきか、今も彼女は怒り心頭の様子。
さて、こうして煽って相手の冷静さを欠く作戦は成功したものの、俺はどう戦おうか迷っていた。
向こうから売ってきた喧嘩だが、部長の言いつけで殺し合いに発展させるなという条件に加え、くれぐれも――くれぐれも! やり過ぎないようにと力強く釘を刺されていた。
まあ……確かに殺し合いまでいかずとも、あんまりにもやり過ぎた場合、きっと彼女らのエクスカリバー奪還の戦いに支障が出るだろう。
その際にお前のせいで満足に戦えなかったと、いちゃもんをつけられる可能性も無きにしも非ずなのだ。
……生きて戻って来られたらの話になるが。
よしんば彼女らが戦死したとしても、教会側からこの私闘のせいで失敗したと突っ込まれるかも知れないと考えると、あんまりやり過ぎるべきではないだろう。
「あら。さっきから静かだけど、今になって後悔しはじめたのかしら? でも今更悔いたってもう遅いんだから! このエクスカリバーの力、その身に刻みなさい!」
――ん? 今その身に刻みなさいって言ったよね?
……よし、戦い方は大体決まった。これならあまり大怪我をさせてしまうような心配も無いだろう。
「その身に刻みなさい、ねえ。あんたの方こそ、そんな大口を叩いてもいいのか? 言っておくが、俺の剣はあんたなんかに遅れを取ることなんてないんだぜ?」
「……っ! そ、そう! 少しは手加減してあげようと思ったけど――」
彼女の言葉を遮るように、瞬時に生成したクロス・ボウ――見た目というか、形状はクロス・ボウじゃないけど――を向けて矢を放つ。
「――――へ?」
はらはらと、紫藤の髪が二、三舞い落ちる。理解が追いついていないのか、彼女は錆び付いたブリキの人形のような硬い動きでゆっくりと後ろを振り返り――紅い結界に突き刺さった矢を見やる。
「んなっ……な、ななな……っ!?」
弓矢が自身を掠めたことを理解した紫藤。彼女はその顔を盛大に引き攣らせながら此方に向き直り、口を開く。
「えーっと…………剣は?」
「あん? 俺がいつ剣を使うっつったよ?」
――俺の剣は、あんたに遅れを取ることなんてない(剣を使うとは言っていない)
再度、矢を放つ。
矢はさきほどと同じように紫藤を掠め、数本の髪を落として再び紅い結界に突き刺さる。
呆然とする紫藤と、矢を番え、弦を引いて弓を向ける俺。
弓を向けられ、漸く我に返った紫藤は――
「いやいやいやいやっ! 剣使いなさいよぉぉぉぉぉぉ!?」
全力で俺から間合いを取り始める。が、それは悪手だ。弓闘士相手に距離を取るべきではない。この程度の距離間であれば一気に詰めれそうなものだが……。
それにしてもこの体たらく。教会本部はこんな人材をエクスカリバー奪還に充てるだなんて。それだけ人材不足なのかはたまた取り戻す気が無いのか、本当に判断に悩んでしまう。
「ほれほれ、逃げろ逃げろー。刺さると痛いぞー」
「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
情けない悲鳴を上げながら、紫藤はこの狭い結界内を逃げ回る。
それにしても我ながら名案だったと思う、この戦い方は。これなら無闇に怪我を負わすようなことはないし、相手の戦意だけを削れるのだから。
こうして当たらない程度に矢を放っていれば、その内に彼女もバテるだろう。
「弓使い相手に距離を取るとは……まったく」
呆れたようなメッシュさん――ゼノヴィアの声が耳に届く。
俺のこの戦い方を批難しないあたり、彼女の方が紫藤よりも余程戦士然としていると見た。
戦い方を批難されないというのは嬉しいことだが、しかしそうなると用意していたセリフが無駄になってしまう。……まあいいか。
「……笑っているのか?」
ゼノヴィアの言葉が気になり、矢を放ちつつも横目で祐斗を見やる。
彼女の言葉通り祐斗は普段の爽やかスマイルとはかけ離れた、不気味なほどの笑みを浮かべている。まさにデビルスマイルってやつだ。
「うん。壊したくて仕方なかったものが目の前に現れたんだ、嬉しくてさ。悪魔やドラゴンの傍に居れば力が集まるとは聞いていたけど、まさかこんなにも早く巡り合えるだなんてね」
「壊したくて仕方ない……か。『聖剣計画』の被験者で処分を免れた者がいるかもしれないと聞いていたが、それはキミのことか?」
問うゼノヴィアだが、しかし祐斗は答えない。ガン無視である。
――馬鹿みたいに頭をヒットさせているみたいだが、あんな状態でまともに戦えるのだろうか。
そうして程なくして、二人も戦闘に突入する。
殺意を滾らせ、魔剣を携え迫る祐斗と、それを迎え撃たんと聖剣を構えるゼノヴィア。
――……向こうは向こうで何やらシリアスな空気に包まれているというのに、何故こちらはこうもコミカルな空気になっているのだろう?
斬り結び始めた向こうの二人とは対照的に、此方は既に勝敗が決しかけていた。
既に体力が限界に近いのか、紫藤はぜえぜえと息を切らしている。
確かに至近距離で弓矢で狙われるのって、精神的に滅茶苦茶きついからすぐに疲れがくるのは判るんだけど……それにしたって、バテるのが些か早過ぎやしないか?
「もうバテたのか? そんな体たらくじゃ、エクスカリバー奪還なんて夢のまた夢だぞー」
本当に当てないように、されどそれを悟られないように矢を放つ。
「ぜえっ……っ! ぜえっ……っ!! あ、あなたねぇ! 普通は、あの流れなら! 剣を使う流れでしょうっ!? それなのに、弓だなんて……卑怯だと思わないのっ!?」
「いや別に?」
「すこっ、少しは思いなさいよぉぉぉぉぉぉ!?」
息も絶え絶えな紫藤に間髪入れずに返答する。俺の返答を聞いた際の反応と、尚も必死に逃げ回る彼女を見ていると、なんだかこう……。
「…………っ!」
なんだろう。背筋がぞくぞくして、我慢しようとしても耐え切れず笑顔を浮かべてしまう。この気持ちは、一体……?
「――っ! 九々くんのあの表情……そうですか。九々くんも……」
「あ、朱乃……? どうしたの……?」
「部長。九々くんが私と同じ領域に足を踏み入れたみたいですわ」
聞こえてくる部長と朱乃さんのやりとり。
彼女らの方をちらりと見ると、部長からは何とも言えない眼差しを、そして朱乃さんからは真剣な眼差しを向けられていることに気付いてしまう。
――部長はともかく……朱乃さん、一体どうしたんだ? 私と同じ領域が云々って言ってたけど……。
まあ、あまり気にしないでおこう。勝敗は決しかけているとは言え、それでもまだ終わった訳ではない。彼女が降参するまで、俺は矢を放ち続けるつもりだ。
「か、かおっ! 顔をっ、狙うのは……っ! やめ……」
「あー? 何言ってんだ。あんた知らないのか? ほら、あれ、顔面セーフって言葉を――」
「アウトだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
――なんだ、まだまだ元気じゃないか。さっきの体力の限界云々も、見誤っていたかもしれないな。この分だともう少し続きそうだ。
というか、顔面に迫る矢がなんだというのだ。それぐらい掴んで見せろと言ってやりたい。
内心で嘆息しながらも次の矢を番え、放とうとした瞬間――祐斗とゼノヴィアの方から甲高い破砕音が響いてくる。
横目でそちらを見やれば、刀身の無い剣を両手に持った祐斗が忌々しげな表情を浮かべていた。どうやら、ゼノヴィアの一刀で砕かれたらしい。
「我が剣は破壊の権化。砕けぬものはない」
そう言って、エクスカリバーを思い切り地面へと叩きつけるように振り下ろすゼノヴィア。
振り下ろされたその瞬間、地面が揺れ、地響きが生じる。周囲にも土煙を巻き起こし、土を飛ばしてくるあたりどうにも傍迷惑な技としか思えない。
――だがしかし! これはチャンスだ! 狙い撃つぜ!
紫藤の持つエクスカリバーに狙いを定め、矢を放つ。
「っつう!?」
金属と金属とがぶつかり合うような甲高い音と共に、紫藤の苦悶の声が聞こえてくる。
彼女の手にしていたエクスカリバーに狙い通り放った矢は当たり、弾かれたエクスカリバーは宙に弧を描いていた。
「これで終わりだな」
文句なしの勝利と言えるだろう。
今の一撃で得物を手放した紫藤に勝ち目は無い、筈だ。どこぞの不死者王のように、無手で向かってくるのであればともかく。
土煙が晴れると同時に、弧を描いていたエクスカリバーは地に突き立つ。
疲れきっていた紫藤は剣を弾かれた際の衝撃に耐え切れなかったようで、地に膝をつきながらこちらを睨んでいる。
疲れのあまり何も話せないのか、それとも自身の情けなさ故に口を開くことが出来ないのか、何も言ってこない。
俺と紫藤の戦闘は、これで終わったと見て問題はないだろう。
――強敵って書いて友……。冗っっ談じゃないわー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
紫藤との戦闘に勝利した俺とは対照的に、祐斗はというと……。
「がはっ……」
敗北を喫していた。やはり頭に血が昇り過ぎていたのが敗因のようで、終始祐斗は冷静に立ち回れなかったようだ。
自分の機動力を削ぐような大剣を生み出した時点で、勝負は決していたのだろう。
最後はエクスカリバーの柄頭を腹部に叩き込まれ終了。なんとも呆気ない終わり方だった。
俺対紫藤は俺の勝利で。祐斗対ゼノヴィアはゼノヴィアの勝利で。
一勝一敗となんともどっちつかずな結果になってしまったが、これもいたし方なしというべきか。
――これが実戦でなくて良かったな、実戦だったらお前はもう死んでるぞ。
そう内心で呟きながら嘆息する。んじゃあ、祐斗を回復して――
「さて、次はキミだな」
……え? まだやんの?
「……え? まだやんの?」
「当然だろう? 元々はキミを断罪する為に始めたことなんだ、肝心のキミを放っておく筈がないじゃないか。それに、イリナの仇も取りたいところだしな」
そうだった。確か祐斗が混ぜて混ぜてとプッシュしてきたから、二対二の形になったんだっけ。
よくよく考えてみれば、アーシアちゃんに剣を向けてぼろっかすに言ってくれたのもこいつなんだよな。ということは、こいつは不倶戴天の敵ということになる。
元々はこいつに喧嘩を売らせる為に部室で煽ったのだ。ならば、喧嘩を断る理由などありはしない。
「そうだったな。あんたが俺に喧嘩を売り、俺もそれに応じた」
向こうが! 喧嘩を! 売ってきたのだ。ここはもしもの時の為に譲れない。
しかし、流石に二度続けて弓というのもな……。……紫藤が中身はともかく、見た目は日本刀の得物でかかってきた訳だし、俺もそれに倣うとしよう。
クロス・ボウを消し、次は倭刀を生成する。
「――来いよ、一刀の下に斬り捨ててやる!」
「九々、もう一度言うわよ! くれぐれも! やり過ぎないでね!」
倭刀を携える俺に、さきほどと同じ言葉を部長は投げかける。
――失礼な。さっきの俺の華麗なる弓さばきを、部長は見ていなかったのだろうか。
「……一体どういうことだ? さきほどの弓もそうだし、今キミが手にしているその刀もそうだが――何故刀も弓も、アントラー・ソードに匹敵する光力を秘めているんだ?」
俺の手にある倭刀を見て、心底疑問だといった風にしながらゼノヴィアは問う。
「まさかとは思うが、キミも
「……さあ? どうだろう」
本当にどうなんだろう? 思わせぶりな返答をしているが『道具生成』って
「やはり答える気はないか。まあいい」
そう言って、ゼノヴィアもエクスカリバーを再度構え直す。彼女が構えるのを見て、俺は倭刀の切っ先を水平より若干下に下げながら構え――
「…………何をやっているんだ?」
「やいばのぼうぎょ」
ゼノヴィアがアホを見るような目を俺に向けるのも仕方ない。オカ研のみんなもこいつなにやってんの? って目で俺を見ているのだから。
――確かこれ、下段の構えっていうんだったか? しらんけど。
切っ先を水平より若干下に下げる――下段の構え。俺はこれを構えては解いて、構えては解いてをただひたすらに、連続でかつ高速で繰り返していた。
俺のこの行動の意味を、周りは何一つ判っていないだろう。
「ほれ、さっさとかかって来い。これ結構疲れるんだから」
顔に出さないようにはしているが、これマジで疲れるな。やっぱりL1ボタンを連打するのとは訳が違うぞこれ……。
「……何がしたいのかは知らないが、そんな防御で我が剣を防げるとでも――――っ!?」
――かかった。
さきほどのように、ゼノヴィアはエクスカリバーを俺に振り下ろすが、俺はそれを待っていたんだ。
倭刀はエクスカリバーを弾き、その瞬間辺りに閃光が迸る。当のゼノヴィアは、その表情を驚愕で塗り潰していた。恐らくは何故――いつ弾かれたのか判っていないのだろう。
エクスカリバーが弾かれたことで彼女は上体を仰け反らせる。この隙にがら空きになった胴を、すかさず倭刀の峰を向け横に斬り払う!
「そいっ!」
崩れ落ちるゼノヴィアと、何が起きたのか理解出来ていないオカ研のみんな。端から見たら攻撃したゼノヴィアが何故か一瞬で崩れ落ちているのだから、オカ研のみんなからしたらまるで意味が判らんぞ! って感じなんじゃないか?
「なにを――何を、した……?」
這う這うの体のゼノヴィアが、痛みに顔を歪めながら俺の方を見上げ、かすれた声で聞いてくる。
さっきやいばのぼうぎょって言った筈だが……まあ、これぐらいなら別に言ってもいいか。
知る人ぞ知る、左人差し指を犠牲にすることで発動できる禁断の剣技。
「――弾き一閃」