BIOHAZARD CODE:M.A.G.I.C.A.   作:B.O.A.

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・2003年~2004年

アルバート・ウェスカーが巨大製薬企業トライセルの幹部エクセラ・ギオネと接触。
アンブレラの研究データを譲り受けたエクセラはトライセル内でのB.O.W.開発を進め、最終的にトライセル・アフリカ支社長にまで昇進する。





推奨戦闘BGM:バイオハザード・ダークサイド・クロニクルズより「G Adult Body」


chapter 5-11

・謎の結界、東部最奥。

 

 

 

時間は遡り、マミ達がヘリポートで“怪物”に銃を向けていた頃。

 

「まだ湧くか、“人間共”」

 

大雨の降る夜の街に踏み出した杏子達の前で、少女を踏み潰した“男”が怨嗟に満ちた言葉を吐く。

白い入院着を赤く染めて、やや長い黒髪を雨に濡らし、暗闇に赤く輝く瞳を彼女等に向けるその“男”は、彼女達が今当に助けようとしていた筈の“彼”であった。

着地の体勢から上体を起こしながら、彼は両腕から伸びる鈍いピンク色の触手を“肉塊”から引き抜く。

先程から呆然としていた三人は、その音で漸く我に帰って自らの得物を構える。

 

「ハァ……全く面倒だ、こんな田舎町でもゴキブリの様に出て来やがる」

「……何やってんだよ、アンタ……ッ?」

日本人(JAP)は見て分からん程低脳なのか? 虐殺だよ虐殺。害獣(人間)の“駆除”。無駄に数が多くて困るもんだ」

「……自分で言ってる事が分かっているのか!? 幾ら結界(幻想)の中だからって、エージェントのお前が……」

「ハァ? 俺が“エージェント”?」

 

プリーチャーの言葉に、思いっきり眉を顰める“竜二”。

そのまま暫くそうしていた彼だったが、ふとしたタイミングで突然吹き出し大声で笑い出す。

カラカラに乾き切った男の笑い声が、雨降る夜の街に響き渡る。

再び呆然とする三人に、止めどなく“赤い液体”を流す瞳を改めて向けた彼は、

 

「アァ~、成る程。ブラックジョークだな? 今の俺を造ったのは“人間様”だから、とっとと感謝してお前等に奉公しやがれと言いたい訳か。……フハハッ、確かに“感謝”位はすべきだったなァ」

「なっ……!!?」

 

心底愉しそうに嗤う彼に、完全に言葉を失ってしまうプリーチャー。

普段の彼から明らかに逸脱した態度に、杏子やリョウも言葉がまるで出なかった。

 

「面白い、興が乗った。生憎“奉公”はしてやれんがなァ……」

「…………」

 

そう言いながら“竜二”は頭を下に向け、その表情が全く見えなくなる。

そして、そのまま長く一回息を吐く。

 

(ッ!?)

 

直後、三人は同時に辺りの気配が変わるのを感じる。

彼のその背から栓が外れた様に噴き出した狂気と殺気を、彼女達は鋭敏に感じ取っていたのだ。

得物を構え直す彼女の方を、当の彼は一切見る事なく、

 

「折角だ、俺が此処で直々に“遊んで”やんよ……」

 

腕から伸びる10本の触手の先を全て下に向けて、微かに腰を落として、

 

 

 

 

 

 

 

「だから、精々愉しみな」

 

その姿が、不意に“消失”した。

 

 

 

 

 

 

 

「ッ何!!?」

 

突然の事態に思わず叫ぶプリーチャー。

だが彼等が消えた“竜二”を探すより前に、自分達の直ぐ背後から地割れの様な轟音が響く。

反転してアサルトライフル(SIG 556)を構えようとする彼だったが、直前で背に寒気を感じ直感でその場にしゃがみ込む。

他の二人も同じ予感を感じたのか、彼とほぼ同時にしゃがみ込んでいる。

 

その低くなった頭を一纏めになった5本の触手が瞬時に掠める。

 

横薙ぎに払われたそれは、杏子達の頭をギリギリで掠めた後、更に横にあった60cm四方のレンガ製の柱に当たり一撃でそれを砕き切った。

 

「ほお、躱すのか。ウッカリ振り抜いちまったぞ」

 

素早く立ち上がりながら反転し、武器を構えながら後ろに下がって距離を取る。

一連の動作を統率されたかの様に行う三人に、先の事に感心した様な言葉を“竜二”が掛ける。

その足元のコンクリートがそこを中心に小さな地割れを起こし、更に左腕の5本の触手がそこに深く突き刺さっている。

まるで隕石か何かが落ちたかの様な有様だった。

その触手を地面から引き抜き、振り抜いた右腕を戻しながら彼は更に続ける。

 

「そこの二人はまァ出来てもおかしくねェが、そっちのコスプレ日本人(JAP)も中々ヤルじゃねェか。ダディにでも習ったのか?」

「コスプレじゃねェし、習ってもねェ! テメェ、さっきから一体何のつもりだッ!」

「どうもこうも、さっき言ったじゃねェか。その年でもうボケたのかご愁傷様」

「言わせておけば……ッ!!」

 

槍を震わせて歯軋りする杏子。

飛び掛ろうと身構える彼女の前に、横から太い腕が伸びてくる。

不服そうに睨む杏子を無視し、プリーチャーは“竜二”と向かい合う。

 

「……お前は、一体……?」

「俺は俺だよ。“人間”は「D.R.A.G.O.N. -TYPE2」なんて呼んでいたが、正直どうでも良い」

「……“ドラゴン”? 竜二じゃねェのか?」

「何だそのヘンテコな名は。俺を別の“誰か”と勘違いしてねェか? 自分で付けるならもうちょっとマシなの付けるぞ」

 

再び眉を顰めて答える“竜二”。

杏子も同じ様な表情を作りながら、情報を少しづつ整理し出す。

 

( コイツ、自分の名前を理解していない? それにそもそも服装も違うし、コイツはこんな物言いをしない筈だ。……一体、何が起きてやがるんだ)

 

更に言うなら、一度は会った筈の彼女達を全く知らない様子でもある。

記憶喪失なのか、それとも……。

 

 

 

 

 

「まあ、良い。それより続きと行こうか」

「ッ!!!」

 

 

 

 

 

ニヤッと嗤って言った“竜二”は、その再び腰を少し落とす。

武器を構え相対する三人の間の緊張感が一気に跳ね上がる。

その時何処かで雷が落ち、三方を崖に囲まれた静かな街に大きな雷鳴が轟いた。

まるで、彼等の開戦のゴング代わりだと言うかの様に。

 

 

 

目的:“竜二”を倒す。

 

 

 

“竜二”の姿が再び消える。

まるで魔法の様な“消失”であったが、先程と違い今度は彼女達の目の前で起きた事である。

注意して見れば、彼の動きの手掛かりはそこに数多く残っている事には簡単に気付けた。

例えば、“消失”直後に舞った砂や水の粒とか。

 

「右ッ!!」

 

瞬時に見切った杏子が右を向いて突進を始める。

その向かう先に、轟音を伴って先程と全く同じ姿勢を取って現れた“竜二”は、今度は5本の触手を横に揃えて突き出してくる。

その矢じりの様に劣った先が杏子の眼前に瞬時に迫る。

だが、

 

(ンなの当たる訳ねェだろうがッ!!!)

 

直前で大きく跳び上がり、触手を軽々と跳び越えて“竜二”に肉薄する。

 

「何ぃッ!!?」

「らあぁッ!!!」

 

彼女の大胆な動きに驚愕の目を向ける“竜二”に、上空で身体をキツく捻じった杏子はそこで渾身の刺突を繰り出す。

紅い稲妻の如きその神速の突きは、

 

 

 

 

 

「がッッ!!!?」

(……え?)

 

 

 

 

 

棒立ちの彼の胴体へと吸い込まれ、貫通して地面に釘付けにする。

口から大量の血を吹く“竜二”に強い違和感を覚えた杏子だが、だが身体は少しも止まらずに突き立った槍を蹴る様にして跳んで彼から距離を離す。

そして、

 

「悪く思うなよ」

 

そこに二人のライフル掃射が襲いかかる。

地面に縫い付けられた彼は当然避ける事など叶わず、

 

「ぐぅぅぅううううううううううううううううううッ!!!??」

 

ライフル弾に身体を貫かれて絶叫を上げる。

右腕の触手を盾にしながら、左腕のそれを使って必死に拘束から脱っしようとする“竜二”。

だが深く刺さった槍は中々抜けず、右腕の盾も削られて再び身体に弾丸が届く様になる。

身を抉られて血肉を飛ばし、徐々に命と体力を削られていく“竜二”。

再び槍を取り出した杏子の前で、二人の射撃は更に続く。

そして、

 

「…………」

 

マガジンの全弾を撃ち尽くした二人が射撃を同時に止める。

その前で“竜二”は力無く両腕を垂らし、槍に仰向けに刺さったまま動かなくなる。

全身から赤い液体が湯水の様に溢れ出し、槍を伝って地面に血溜まりを作っていく。

既に彼は虫の息だった。

 

「ク……ソッ、タレ……がァァ……ッ!!」

 

弱々しく息をしながら、言葉をどうにか紡ぐ“竜二”。

それを前にした三人は、それぞれの根拠こそ全く違えど、

 

 

 

 

 

(妙だな、“あの時”と比べて打たれ弱過ぎる)

(動きが鈍い。これじゃあ、本当に“別人”みたいだ)

(やっぱりヘンだ。あの反応は完全にトーシロその物じゃねェか)

 

 

 

 

 

同じ様な感想を抱いていた。

随分とアッサリ戦闘が終わった事に警戒しながら、三人は瀕死の“竜二”にゆっくりと近付いて三人横に並んで彼の様子を見る。

 

「“奴等”の、仲間かと思えば……“あっち側”の、方だったんかよ……畜生が」

「“奴等”? “あっち側”? 一体何の話だ」

 

眉を潜めて聞いたリョウに、“竜二”は彼を嘲るかの様に苦笑すると、

 

「この期に及んで、惚けんなよ……、お前等は、俺の“回収”に、来たんだろう? ……ご丁寧に、“同類”まで連れてな」

「なッ!? アタシは兵器じゃ……」

「何処の世界に、槍でアスファルト砕く“人間”が、いるんだよ? ……全く、見た目に騙された。“社の対応”が、こんなに速ェなんて……正直、舐めてたわ……」

 

自らの血で染まった顔を自嘲気味に歪めて笑う“竜二”に、杏子は言葉を失う。

と言うのも、彼の言った事は実際それ程間違っているという訳でもないのだ。

彼等はその“用途”こそある意味“真逆”なだけで、何方も“造られた”存在であるのに変わりはない。

それが分かっているが故に、この時彼女は反論が出来ないでいたのだった。

だが、彼女は同時にその言葉に一つの“答え”を導き出していた。

 

(コイツはアタシの知ってる“アイツ”じゃない。多分……昔の“アイツ”なんだ。それなら、あの動きにも説明がつく)

 

横の二人も同じ事を思っているのだろうか、少しだけ彼等の目付きが変化する。

仲間である“(竜二)”を見る目から、一体の“B.O.W.(ドラゴン)”を見る目に。

 

「……知っている事を聞かせて貰おうか」

「…………」

 

一旦目を瞑った彼は、その後ゆっくりと目を見開いて、

 

 

 

「……イイぜ、教えてやっても良い。……“俺はな”」

 

 

 

竜二の返答に三人が聞き返そうとして、その前に彼等は気付く。

 

 

 

 

 

 

「“ソイツ”の方は、知らんが」

 

彼の赤い瞳が、彼女達の“向こう”を見ている事に。

 

 

 

 

 

 

「ッ!!!?」

 

背後に殺気を感じる。

彼女達は振り向かず、同時に左右に別れる様に素早く散る。

その一瞬後に彼女達のいた場所を数本の触手が貫き、それが動けない“竜二”の胴体に何本も突き刺さる。

 

「クソッ!!?」

 

プリーチャーが毒吐き、奇襲者を迎撃すべく背後を身体ごと振り向き、

 

「……あ?」

 

一緒に振り向いた杏子と共に呆然と立ち尽くす。

と、その時、

 

「マジかよ……ッ!!?」

 

一人だけ振り向かなかったリョウが、驚愕と困惑の混じった様な大声を上げる。

その声にチラリと背後に目をやった杏子達も、その光景に目を剥いた。

 

 

 

“竜二”の身体が、急激に萎んでいっていたのだ。

 

 

 

それは腕や足などの末端から始まり、まるでビデオの早回しの様にそこから皮膚が茶色く変色し、皮膚の下の骨がハッキリと浮き出てくる。

それはやがて肩や太腿に行き着き、次第に全身に波及する。

まるで“ミイラ”の様な姿に急速に変化していく“竜二”は、ガリガリに細っていく顔を彼女達に向け、何かを諦めたかの様な瞳をして、

 

 

 

「済まんな、俺に、時カンはナ……ァ…………」

 

 

 

最後まで言い切るよりも早く、“彼”は無慚なミイラ死体と化して永遠に沈黙する。

と、刺さっていた数本の触手が引き抜かれ、そのままリョウの背後、杏子達の正面へ戻っていく。

その先を視線で辿って、彼女達は“ソレ”を見る。

 

 

 

 

 

 

 

「……フン、大して“変異”してないのか。“劣等種”が」

 

そこに立つ、“もう一人の竜二”を。

 

 

 

 

 

 

 

「……何がどうなってんだ。テメェ、一体何処から……ッ」

「そこだよソコ。さっき“ソイツ”が殺した“人間”からだよ。お前等は戦闘で気付かなかった様だが」

 

そう言って、“白い入院着姿の竜二”は後ろ指で道路の一点を示す。

そこには、雨に打たれて波紋を作る少女の物らしき血溜まりが存在したが、確かにそこにある筈の“肉塊”は忽然と消えていた。

より警戒心を高めた彼女達は、もう一度彼に視線を向けて、手の中の武器を構える。

 

「答えろ、“彼”に一体何をした」

「“捕食”もとい“吸血”って所だ。俺がそこの“劣等種”の力を取り込んだって訳」

 

プリーチャーの問いにあっけらかんと答える“竜二”、その真っ赤に充血する瞳の内、左目の方から一筋の血が頬を伝って流れていく。

どうも、血圧が上昇して網膜の血管が破れてきている様なのだ。

その風貌から滲み出る言い知れぬ狂気を肌に感じながら、だが杏子は微かに怒気を込めた言い方で聞く。

 

「“ソイツ”はテメェの仲間だろ? ……何で、そんな風に平然と言えるんだよ」

「……説明しようか? 多少長くなるが」

 

雨に濡れて垂れた黒髪を手で払いながら、“竜二”は何でもない様に饒舌に説明を始める。

 

「お前等は“シロワニ”っていう鮫を知っているか? コイツは見た目は厳ついが温厚で人懐っこくてな、多く生息している場所は観光スポットにもなったりするんだが……まあ置いといて。この鮫は“卵胎生”っつうて身体の中で卵を孵すんだが、さて此処で問題、母親の中で産まれた赤ん坊達は、先ず最初に一体何をすると思う?」

「……出てくんじゃねェのか?」

「在り来たりな回答有難う。じゃ、早速答えを言うとだな……」

 

少しそこで溜めた“竜二”は、その口の端を少し吊り上げて、敢えてゆっくりとその続きを語る。

 

 

 

 

 

「答えは“母親の体内でお互い喰い殺し合う”、だ。大した奴等だろう?」

「…………ッ!」

 

 

 

 

 

言いたい事に気付いた彼女達を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべる“竜二”。

次第に三人に怒りの表情が浮かぶ中、プリーチャーが微かに声を震わせながら、

 

「自分達のやっている事は“自然界”でもやってると、だから特別“間違ってない”と、そう言いたい訳か……ッ!」

「事実上は、そう言えるだろう? ソレをお前等が認めるかどうかは別として……な」

 

そう締め括った“竜二”は、右目からも血を流し始めながら、

 

「さてと、この辺が潮時かな……先の事も含め、俺の行動は全て俺が“生き残る”為の物だ。つまり……」

「……ッ!!」

 

“竜二”が姿勢を変える。

だが、三人は直様反応して行動を素早く起こす。

高速移動を阻止する為、杏子は槍を多節棍状に変化させて伸ばし、大人二人はその足をアサルトライフルで撃とうとする。

だが、

 

「甘い」

「何ッ!?」

 

“竜二”は下に向けた触手でアスファルトを一斉に叩き、一気に10m以上も跳び上がる。

不意を打たれた彼女達の見上げる先で、通り沿いの建物の屋上に着地した彼は、茶化す様にその右手を頭の前に掲げて、

 

 

 

 

 

「“劣等種”の二の舞いにはならん。なので、撤退させて貰うよ」

 

そう言うや、素早く身を翻して姿を晦ました。

 

 

 

 

 

「クソッ! 待ちやがれッ!!」

「なっ、待てッ!!」

 

叫んで走り出した杏子を慌ててプリーチャーが止めようとするも、聞かずにそのまま跳び上がって建物の屋上に登る。

そこから、建物の屋上を渡って移動する“竜二”を発見し、その後を同じ様に追いかけ始める。

 

(ふざけんじゃねェ、自分が生き残る為なら仲間を喰いモンにしても“正しい”とか、そんなのは……ッ!!)

 

屋上を跳んで渡る彼女の表情は、怒りと苦悶が入り混じった様な物であった。

何かの激痛に耐えている様な表情を作った彼女は先の思考をこう続ける。

 

(そんなのは……アタシみたいな奴が言う様な事じゃねェか! なのに、それを……)

 

その思考をもし“竜二”が知る事があれば、恐らく身勝手な八つ当たりだと感じていただろう。

彼女自身も、自分がそれを責められる様な身分にない事は重々に理解している。

それでも、彼女は“彼”がそう発言する事がどうしても許せなかった。

 

(“アイツ”はアタシとは違うんだ、自分の好き勝手に動く奴じゃない。だから……ッ)

 

今の彼女は全うな思考をしているとは到底言えない。

だがそもそも此処まで来た時点で、彼女は既に正常な状態ではなかった。

絶望的な考えから目を逸らす為、彼女が無理矢理目を向けていた物に“彼の事”があった。

人として真っ当に生きられない事が分かっていながら、それでも何故彼はまだ戦い続けるのか、彼女は無意識の内にその答えにある種の期待を寄せていた。

自分達とは違う、何か特別な“答え”があると、そう信じていた。

だからこそ、彼女は目の前の“竜二”の言葉を、余りに現実的で身勝手で残忍過ぎるその“答え”を、

 

 

 

(“その姿”で、そんな事を言うなぁぁッ!!)

 

 

 

認める訳にはいかなかった。

認めてしまえば、自分の絶望に抗い切れなくなるかもしれなかったからだ。

そして、やがてその思いは“今の彼”と“過去の彼”を全く別物と彼女に捉えさせ、“過去の彼”の在り方に“さやかを喰い殺した彼”を重ね合わさせ、彼女の激しい憎悪を呼び起こした。

殺してやる、そう強く思った彼女は、その足を更に速めて“竜二”の追跡を続ける。

 

だが一方、逃げる彼の向かうその先は、どうも街外れの大きな工場の様であった。

夜の街で、大きな黒いシルエットだけが浮かび上がっているそれは、恐ろしく異様で不気味な雰囲気を醸し出している。

宛ら魔王か悪魔の根城の様に、悍ましい“何か”がそこにいそうな気配を感じた彼女は、

 

 

 

 

 

(……何だ? この胸騒ぎは?)

 

憎悪に満ちるその心にすら、漠然とした不吉な予感を感じていた。

 

 

 

 

 

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・謎の結界、北部最奥。

 

 

 

その時、全く同じ不安を感じていた人物がいた。

 

(……この程度なの?)

 

彼女、暁美ほむらは目の前で壁に張り付く竜二=“D.R.A.G.O.N.ー2”に短機関銃(サブマシンガン)「UZI」を向けながら、何処か物足りなさを感じていた。

左右でアサルトライフル「SIG 556」を構えるウォンとロイも、気を抜く事は無きにしも拍子抜けした感じを覚えずにはいられなかった。

と言うのも、目の前で壁に腹這いになって逆さに張り付き、真っ赤に輝く瞳を此方に向ける“竜二”は、簡単に言って、

 

 

 

 

 

もの凄く弱かった。

 

 

 

 

 

……もうちょっと詳しく言うのなら、

 

 

 

 

 

動きが全体的にトロかったのだ。

 

 

 

 

 

目的:“実験体”を倒す。

 

 

 

「ウゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」

 

呻く様な声を上げて、“竜二”が“左足”の頭部から緑色の消化液を吹く。

だが、既に予備動作を知っていた彼女達はサイドステップで難なく躱し、本体の頭部目掛けて銃弾を撃ち込む。

嫌がる仕草を見せた“竜二”は、ムカデ状の左腕や背中から生える鎌状の触手を使って、壁を這って逃げようとする。

が、

 

(……ノロい)

 

三人がほぼ同時にそう思う。

著しい左右非対称の身体の所為か、一歩一歩踏み締める様なその動きはかなり鈍重だったのだ。

……分かり易くイメージするなら、「G成体」を思い浮かべて欲しい。

そのノロい動きに合わせて、ほむら達は銃口を動かして頭部に攻撃を集中させる。

 

「ウゥォォオオァァアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

と、途中で背中の触手を壁に突き立てて固定し、自由に動かせる様になった大きな左腕を擡げた“竜二”は、それを右から左へ大きく振り回そうとする。

が、その長い予備動作に合わせて、ほむら達は予め彼の左腕の先に攻撃を集中、振り回しを中断させてしまう。

 

(“工場の時”と比べて明らかに弱体化してる……いや、この後強化されたという事かしら?)

 

“実験体”という呼ばれ方をしていた所から、彼女は既に目の前の彼の正体が“過去の再現”である事に薄々と気付いていた。

それでも、今と昔で此処まで戦闘力に違いがあるのには流石に驚いたが。

だからと言って、此処で警戒を緩めて良いような相手などではない。

事前に対処こそし易いが、その一回の攻撃の範囲はかなり広く、見た目通りに威力も高い。

少しでも油断すれば、左腕を食らって内臓を潰されたり、消化液で顔を焼かれたり、触手で串刺しになったとしてもおかしくはないのだ。

 

 

 

そして、本当に厄介なのはもう一つ別にある。

 

 

 

(……始まった……)

 

本当にうんざりした風に、ほむらが半目になって睨むその先で、壁に張り付く“竜二”の背中から“黒い物”が溢れ出す。

それは個々で息をし意思を持ち、好き勝手に“竜二”の身体や壁を這い回り始める。

だが、合図した訳でも無いのにそれ等は急に羽を開くと、そこから一斉に飛び立とうとして、

 

「辞めろ」

 

ほむらにしては妙に焦った風に、そこに容赦なく持ち替えたショットガン(レミントン)の連射を叩き込む。

大人二人も、黙ってそこにライフル弾を撃ち込んでいく。

 

 

 

 

 

結局、彼女も一人の“乙女”であるという事だった。

 

 

 

 

 

(何で“アレ”を平気で生み出せるのかしら嫌がらせかしら戦意喪失が目的なら失敗ね寧ろ殺意しか湧かないわホントナンデ“アンナモノ”ヲ……)

 

明らかに“敵”であるとは言え、一応顔見知りである“竜二”の姿をした生物を殺すのは、彼女にも流石に躊躇はある筈だった。

……彼が“アレ”を生み出すまでは。

 

(……ロイ、やっぱ女って怖いな……)

(全くだ……)

 

自分達の間で銃を撃つ彼女に悟られぬ様に、ウォンとロイは視線だけで互いの意思を汲み取る。

マミの様に絶叫するのではなく、ほむらは一切の感情を見せずに機械の如く“ソレ”を駆逐していく。

その無言の殺意は、彼等からすれば恐怖以外の何物でもなかった。

女は思春期でも怒らせると怖い、それが今日彼等が知った中で最も印象的な情報になった事は、最早当然であると言っても過言ではないだろう。

 

「ウォオオオオオオオォォウウウウウウウウウウウウゥゥゥッ!!!?」

「っ!」

 

と、ショットガンの乱射に耐えられなくなったらしい“竜二”が壁から剥がれ落ち、仰向けになって藻掻き出す。

チャンスだ。

三人は一気に蹴りを付ける為、倒れる彼目掛けて己の銃を向ける。

彼等が引き金を引こうとするその刹那、胸の中央が縦に大きく裂けて赤い“眼球”がその銃口を覗いた。

 

(…………)

 

引き金が引かれる。

無数の弾丸がその眼球を貫き、ザクロの実が割れる様に破裂する。

絶叫を上げる“竜二”の3つの頭部にも、彼女達は続けて銃弾を撃ち込む。

そこに一切の容赦はなかった。

もう誰にも“この彼”を救えない事は、三人共が各々で理解していた。

肉が潰れる音と共に、彼の頭部が只の肉片へと変わる。

ぐにゃりと触手が垂れ、死んだカエルの様に地面を這う。

赤い液体がそこから溢れて床に広がり、あっという間に小さな池が出来る。

 

「……死んだか」

 

倒れたそれを睨みながら、ロイがアサルトライフルのマガジンを交換する。

一応は“竜二”なので、ほむらもそれから視線を離す事無く、サブマシンガンに銃を持ち替える。

 

「これ、多分昔の“彼奴”だよな。って事は、此処は……」

「“彼”の記憶の光景。つまり“生まれ故郷”、って所ね」

 

ウォンの言葉に答えた後、ほむらは改めて白いドームの空間を見渡す。

殺風景極まりない場所であったが、だが何故か先程からほむらは妙に居心地の良さを感じていた。

自分の家と似ているから、では説明がつかない。

この(闘技場)の異様な空気に、しかし奇妙な昂揚感を彼女は覚えていた。

 

(……割にでもなく、“戦い”を楽しんでいたとでも言うの? 全く下らない)

 

そう思って自嘲の溜息を吐くほむらの横で、ロイが少し困った様な風に声を上げる。

 

「で、これから如何する? 此処は行き止まりの様なのだが」

 

他の二人は少し考え、それぞれの意見を言おうと口を開く。

 

 

 

 

 

その瞬間に、ドームの照明が全て落ちた。

 

 

 

 

 

一瞬で目の前が漆黒に染まる。

直ぐ側にいる筈の二人の姿ですら全く判別出来ない。

突然の事態に驚愕するほむらだったが、そこから何か行動に移る事は一切出来なかった。

動けなかった。

正確には、指一本動かす暇すらなかった。

 

 

 

 

 

直後に、床が“消えた”からだ。

 

 

 

 

 

(----ッ!!!??)

 

悲鳴も上げられない。

 

 

周りからの一切の音も聞こえない。

 

 

 

本当に一瞬で、彼女は暗闇の中に落ちていく。

 

 

 

 

意識も何もかも、その中に溶け込んで霧散する。

 

 

 

 

 

消えていく。

 

 

 

 

 

 

消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッつあッ!!!??」

 

 

 

瞬時に覚醒する。

殴られた様なショックを受けた様な気がした後、闇に霧散した“全て”が戻ってくる。

目の前に見えるのは、薄暗く照らされた灰色のタイルと壁。

鼻に感じるのは、強い血の臭い。

肌に感じるのは、冷たい床の温度。

此処は何処だ? 自分は誰だ?

自問自答し、彼女は状況を整理しようとする。

が、如何しても分からない事が幾つか存在する。

 

(一体何が起きたの……? ウォン達は……?)

 

床に倒れていたらしい自分の身体をゆっくりと起こす。

ドーム以前の記憶に問題は無い。身体も異常は無い。ソウルジェムも同様。

ただ、あのドームの後の記憶が欠如している。

それに強い不安感を覚えた彼女は、取り敢えず自分の今の“味方”の姿とこの場所の手掛かりを探すべく、自分の周囲をざっと見渡す。

非常灯に照らされたこの場所は、自分の学校の教室と同じ様な広さと構造を持った部屋の様であった。

ただ、自分の右側に貼られていた窓ガラスは全て割れていて、そこから雨粒が部屋に入り込んでいる。

また、大きな白いデスクや椅子の破片、棚、何かの容器の物らしいガラスなどが部屋中に散乱し、部屋の床を埋め尽くしている。

 

 

 

 

 

ある“一点”を除いて。

 

 

 

 

 

「……?」

 

立ち上がり、彼女はその場所に慎重に近付く。

近付く度に、血の臭いが濃くなっていく。

手の中の「UZI」の存在を強く意識する。

ガラスの破片を踏み潰し、デスクの瓦礫を乗り越えて、彼女は辿り着く。

 

「…………」

 

部屋の中央から壁寄り、そこに無言で佇む彼女の、その視線の先には乾いた“血溜まり”が存在した。

そして、その前に“黒い円盤”がポツリと落ちている。

彼女はその円盤を拾い上げる。

木製のそれの表面には、卵の中から頭を出した一匹の蛇の姿が彫られている。

ただ奇妙な事に、その蛇には目らしき物が彫られていない。

 

 

 

“創世”のレリーフを手に入れた。

 

 

 

(これが操作盤の仕掛けの“鍵”のようね。……それにしても)

 

彼女はそこから辺りを見渡す。

瓦礫や破片が周囲に散らばる中、血溜まりの跡付近だけはそれ等が一切散らばっていない。

明らかに不自然な状況だ、そう彼女は感じる。

 

(誰かが意図的にやったとしか思えないけど……弔いのつもりなのかしら?)

 

疑問を抱いたまま、彼女は次に血溜まりの方を見る。

それは綺麗な円形に広がっていたが、肝心の“本体”の方が何処にも存在しない。

周りを見ても此処以外に血の跡は存在せず、血の量からして“本体”が生きているとは思えない。

臭いの強さからしても、出来てからそこまで時間は経過していないだろうと彼女は推測する。

 

(恐らく、誰かが“遺体”を抱えて持ち去ったのでしょう。でも、何の目的でこんな事を……?)

 

考えても答えは出ない。

ふう、と一回息を吐いた彼女は、盾裏にレリーフを収納すると「UZI」をハンドガン(ベレッタ)に持ち替え、

 

(……時間の無駄。今は、あの“二人”と合流してまどかを助けるのが先)

 

思考を切り替え、壁側に存在した扉から部屋を出る。

後に残るのは、瓦礫に囲まれた赤い染みの付いた床だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから天井を5枚挟んだその上、そこに“彼”はいた。

 

 

 

屋上に張り巡らされていた大きなパイプに腰掛け、”彼”は街を見下ろしていた。

不満そうに、退屈そうに、見下ろしていた。

“彼”は苛立っていた。

怒りと不快感が身体中を蠢き、その度に起こる鈍痛が“彼”を蝕んでいた。

 

先程まではそうではなかった。

 

こんな風に、不満に身を焦がす事はなかった。

逃げ惑う“ノロマ共”を傷ぶり、向かってくる“ノロマ”や“木偶”を八つ裂きにする。

その時に湧く安堵と快感が、“彼”の不満を満たしていたからだ。

腹の底で煮えたぎる様な憤怒や、身体の中を這い回る憎悪、不快感がその時だけ消えていたからだ。

 

だが、今は違う。

 

粗方の“ノロマ”も“木偶”も狩り尽くしてしまった。

戯れで物を壊しても、逆に不満は増える一方である。

ただ、虚しさだけがそこにはあった。

だから、“彼”は此処で途方に暮れているのだ。

自身の怒りを、どうする事も出来ずに持て余しているのだ。

 

ふと、“彼”は思う。

この怒りは、憎悪は何処から来るのかと。

不快感や不満は、何が原因で生まれるのかと。

だが、それが全く分からない。

“何か”が欠けているかの様に、あと一歩で繋がらない。

何かが足りない、そう思う。

何かを見付けなければ、しなければならないのだ。

兎に角、動かなければ。

この気分の悪い鬱憤を晴らさなければ。

不快感から湧く衝動に突き動かされる様に、“彼”はその腰を上げようとする。

 

 

 

 

 

その時だった。“彼”に文字通り「電撃」が走ったのは。

 

 

 

 

 

この感覚、この気配。それに彼はある確信を覚える。

“木偶”だ。“木偶”が近付いて来ている。

苛立ちから自分を解放する物が近付いている。

歓喜が生まれる。

その歓喜は電流の如く身体中を巡り、幾つものスパーク(閃光)を引き起こす。

迎えに行こう、此方から会いに行こう。

そう思った“彼”であったが、だが次の瞬間には一旦上げた腰を再び降ろしていた。

 

“彼”が気にしたのは“木偶”から発される気配、正確には微弱な電磁波だ。

極僅かに感じるそれから、だが“彼”は様々な情報を探り当てる事が出来た。

それが告げていた、“木偶”が焦りを感じている事に。

その焦りから逃れる様に移動している事に。

 

更なる歓喜のスパーク(閃光)が生まれた。

まるで何かの魔法の様に、導かれる様に“彼”は直感した。

 

 

 

 

 

「仲間」がいる。

 

 

 

 

 

“木偶”を狩り、それを喜びとする「何か」がいる。

それから“木偶”は逃げているのだ。

自身の不満が、不快感が、そのまま全く違う感情へと変化する。

それは名付けるなら、「希望」と「期待」と呼べるだろう。

会いたい。「仲間」の元に行きたい。

そう強く思う“彼”だったが、反してその腰は少しも動かさない。

その代わり、隠していた自身の「気」を放出する。

これで、“木偶”は勝手に寄ってくるだろう。宛ら、頭の悪いハエの様に。

そして、それは同時に「狩人」をも呼び寄せる事となる。

確実に、遭遇する事が出来る。

身に渦巻く怒りが、恋人との出会いを切望する様な官能的な歓びへと昇華する。

「歓び」と「希望」、そして「期待」。

抑えきれない感情の波に、“彼”は微かに呻きを漏らす。

苦痛を感じる。

嘗てない程の苦痛。

だが、決して叫びはしない。

苦痛は、同時に快楽でもあった。

快楽を感じていた。

耐え忍ぶ事自体を、“彼”は一種の余興の様に感じていた。

身が独り手に震える。

身体中に熱が充満する。

皮膚から湯気が立ち上る様な、そんな錯覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 

そして、“彼”は待つ。只待ち焦がれる。

 

その身に期待と歓喜を宿しながら、まだ見ぬ「仲間」の到来する、その時を直向きに。

 

その背の大きな“翼”を広げ、鞭の様にしなる“尾”を持ち上げて、

 

赤き“瞳”を闇に光らせ、その口を狂喜に歪めて、

 

降り注ぐ大粒の雨の下、

 

 

 

 

 

「竜」は、待つ。

 

 

 

 

 





お久しぶりです。B.O.A.です。

前回は“あの子”に後書きを乗っ取られたので、実に3週間ぶりの挨拶となります。
皆様、お暑い中、お元気で過ごしていらっしゃるでしょうか。

自分はと言うと、日に日に執筆する時間が減る中、眠気と格闘してiPod touchに文章を打ち込んでいたり、ロ○ソンの一番くじでまどマギポスター当ててウハウハだったり、乗鞍岳に登って来たりと色々なイベントを過ごして来ました。
そんな訳で、更新が少し遅れてしまいました。応援して下さっている方々、お待たせしてすいませんでした。

そして、書く時間が無くなるという時に限って、映画バイオのノベライズを発掘するというこのタイミングの悪さ。
……書きたくなってしまうじゃないか……。

まあ、与太話は此処までで。
次回は……うん、色々ある。(棒)
一つだけ、言うとしたら、



スプラッター注意。



では、次回辺りから更新がほぼ途絶えるかと。
気長に待ってくれると本当に嬉しいです。


では、また。



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