乱世を駆ける男   作:黄粋

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この話からしばらく黄巾の乱までの間、真恋姫本編に入る前の話になります。

この話から文頭の段落分けを行っております。
投稿済みの話には誤字脱字の修正と文頭への段落空けを行う予定です。



孫呉発展編
第四十二話


 錦帆賊討伐から早一年。

 建業では比較的、平和な日々が流れていた。

 偶にある賊の討伐、日々行われる献策への対応、部隊の調練。

 忙しい日々の中で、彼らを取り巻く環境も変わっていった。

 

 

閑話の壱『二回目の出産』

 

 その日は俺と陽菜にとって二度目の特別な日だった。

 

 この時代としては非常に清潔にされた部屋。

 そこにある唯一の寝台で陽菜は横になっていた。

 

「陽菜」

 

 お疲れ様という気持ち、ありがとうと言う気持ち、大丈夫かと言う気持ち。

 色々な気持ちを込めて、俺は彼女の名を呼ぶ。

 

「ふふ、駆狼。私、もう一度あなたの赤ん坊を産めたわ」

 

 彼女が寝ている寝台の横に一回り小さい寝台が置かれている。

 その中にいるのは安らかに眠る赤ん坊。

 俺と陽菜の子供だ。

 

「ああ。良く、頑張ったな」

 

 出産前よりも少しやつれた顔。

 しかしその表情は晴れやかで、満足そうで、俺も釣られて笑みを浮かべた。

 

 やつれた頬をそっと撫でる。

 くすぐったそうに、嬉しそうに陽菜は笑みを深めた。

 

「抱いてあげて。私たちの息子を」

「ああ」

 

 安らかに眠っている我が子をそっと抱き上げる。

 とても懐かしい感覚だった。

 場所も、境遇も、時代すらも違うと言うのに。

 それでも俺は今また陽菜との子供をこうして抱き上げている。

 その事がとても嬉しかった。

 

「……う~っ」

 

 俺に抱き上げられた事で起こしてしまったらしい。

 俺たちの子供はぐずりながらその目を開ける。

 泣かれるかと身構えたが、そんな事はなかった。

 俺の顔をじっと見つめ、不思議そうな顔をしている。

 こんな強面の男の顔を見ても泣かないとは、赤ん坊ながら肝の据わった子だ。

 

「ふふ、お父さんがわかるのよ」

「そうだと、嬉しいな」

 

 ゆっくり慈しみながら我が子の頭を撫でる。

 

「きゃ、きゃ!」

 

 俺の気持ちを察してくれたのか、この子は俺に笑いかけてくれた。

 

「生まれてきてありがとう。玖龍(くりゅう)」

 

 『黒く美しい龍のようにあれ』という意味を込めた真名を呼び、俺は我が子『凌統(りょうとう)』を優しく抱きしめた。

 

 

閑話の弐『妻二人、子二人』

 

 建業城の中庭。

 午前中の仕事を一段落させた俺は、陽菜、祭は示し合わせたようにそこに集まっていた。

 二人の子供は、今は乳母というか世話係というか、とにかくそういう役割の人に預けている。

 先ほど偶々出会った蓮華と思春が子供たちを連れて来ると言って出て行ったから、すぐにでも家族水入らずになりそうだ。

 

「祭、身体の調子はどうだ?」

 

 出産を終えてまだ数日しか経っていない。

 驚くほどに頑強な身体をしている祭だが、それでも何かしらの不調が起こるかもしれなかった。

 出産とはそれだけ大きな事で、母体にも負担をかける物なのだ。

 

「う~む。色々と鈍っておるな。まぁ一月も身体を動かしておらんからのぉ。早く鍛錬に戻りたいものじゃ」

 

 俺の心配を他所に祭の態度は普段と変わらない。

 手をしきりに握り開きしながらの不満げな表情は、子を産んだとは思えない程に子供っぽい。

 

「もう、祭? 子供を産んだばかりなのだからもうしばらくはおとなしく療養していなさい」

「しかし陽菜様。儂は部隊を預かる武官じゃから身体が鈍るのは死活問題じゃぞ……」

「こういう時くらい、仕事は男たちに任せればいいのよ。女と違って出産の苦労はないのだから。ね? 駆狼」

 

 からかい混じりに水を向けられる。

 言っている事はしごく尤もだ。

 それにこんな時くらい旦那に甘えてくれた方が個人的にも嬉しい。

 

「そうだな。祭、腕が鈍るのを気にするのもわかるが、今は身体を休める事だけを考えてくれ。今のお前の仕事は休む事だ」

「ううむ。それは、そうなんじゃろうが……」

 

 納得できないと顔に出ている祭の頭を撫でる。

 

「武官としてお前が戦場に出る為に、必要な休息なんだと納得してくれ」

「う、むぅ……。まぁあの子の世話もしておるし、今しばらくはこのぬるま湯のような生活を享受するとしよう」

 

 俺に撫でられ、くすぐったそうに笑いながら祭は俺に身体を預けてきた。

 

「せいぜい今のうちに甘やかしてもらおうかの」

「別に出産休暇以外にも甘えてくれて構わないがな」

 

 預けてきた祭の身体を支えながら綺麗な銀髪を梳いてやる。

 

「うふふ。もちろん私も甘えさせてくれるのよね?」

「勿論だ」

 

 悪戯っぽい顔で笑う陽菜に、間髪入れずに応える。

 どちらが上だとかは無い。

 俺にとって二人は等しく大切な存在なんだから。

 もちろん。

 

「駆狼様! 凌統様と黄然(こうぜん)様をお連れしました!」

「きゃっきゃっきゃ!!」

「いたたたっ!? ちょっと凌統、そんなに髪を引っ張らないで!」

「あう~、う~~!」

 

 祭との子供を危なげなく抱えながら走り寄ってくる思春と、凌統に桃色の髪を引っ張られ四苦八苦しながら近づいてくる蓮華も、彼女らの騒々しさを微笑ましげに見つめながらついてきた乳母代わりをしている俺の両親も、もちろん子供たちも、俺にとって大切な存在だ。

 

 

閑話の参『空気にあてられて』

 

「駆狼にぃ、子供が生まれてから目に見えて幸せそう」

「そ、そうですね。祭さんと陽菜様もとても幸せそうです(わ、私も慎とあんな風になりたい……!)」

 

 家族と過ごす駆狼の幸せそうな姿を自分の事のように喜ぶ慎。

 その横ではなにやら考え込んでいる深冬もいる。

 既に周りから恋人同士と認識されている二人だが、実の所付き合ってすらいなかったりする。

 

 慎は慕っている駆狼と肩を並べるべく日々の鍛錬は元より、日々の政務にも精を出しており、他に気が回っていない。

 深冬は普段のおとなしい性格が災いして、積極的なアプローチが出来ず、生真面目な性格であるが故に仕事にかかりきりになる事も多い。

 慎とて深冬の事を憎からず思っているのだが、恋人になるというつもりはまだ無く。

 それが深冬を焦らせていた。

 

「(もしかして慎は誰か好きな人がいるのかも……)」

 

 思いを告げる事もなく、恋人でもない彼女には慎が、誰かと付き合う事を否定する権利などない。

 しかし一途に慎を想う彼女としては理屈としてはわかっていても感情が追いつかない。

 

「(慎が誰かの、恋人に? そ、そんなの……)」

 

 慎の気持ちを知っている激や駆狼からすれば彼女の苦悩は一人相撲も良い所なのだが、彼女自身はその事に気付いていなかった。

 

「(わ、私が頑張らないと! 慎を誰かに取られたくない! 私は慎の事がす、好きなんだから!!)」

 

 多分に駆狼たちの空気にあてられた事もあってか。

 いつにも増して積極性を増した彼女は思い立ったが吉日とその日の夜、愛しの彼の部屋へと押しかけ告白した上に色好い返事を貰い、さらにその勢いで一夜を共にするという快挙を成し遂げた。

 

 この翌日に彼らの仲がようやく収まる所に収まった事を知った駆狼たちは祝福すると同時に深冬の焦りからくる暴走に呆れていた。

 

 

 

閑話の四『子供たちによる変化』

 

 俺と陽菜、祭の子供が生まれた事を一番喜んだ子供は自分より年下の人間がいなかった孫尚香こと小蓮嬢だった。

 彼女の真名についてはこの一年の間に世話役から許可をもらっているから気兼ねなく呼ばせてもらっている。

 

「うわぁ、うわぁ!! ちっちゃい! くろう、さわらせてさわらせて! 頭なでさせて!」

「ああ、わかったからそう飛び跳ねるな。落ち着け、小蓮嬢。俺もこいつも逃げやしない」

 

 片膝をついて彼女が手を伸ばせる位置に玖龍を差し出す。

 

「わぁ……かわいい~~」

 

 大き目の瞳をキラキラと輝かせながら、それでも慎重に赤ん坊の頭を撫でる。

 

「今度は抱っこしたい!」

「お前が思っているよりこの子は重いぞ?」

「だぁーいじょーぶ!」

「もう、そんな能天気な事を言って、手を滑らせたりしないでよ?」

「もう、おねーちゃん。シャオはそんなことしないよ!」

 

 小さい両手、小さな身体で小蓮嬢が俺から渡された玖龍を抱え上げる。

 

「わ、わわわわっ!?」

 

 赤ん坊の予想外の重さにふらつくも、「それ見た事か」という顔をした蓮華嬢が慌てて小蓮嬢の対面に立ち、彼女の手に自分の手を重ねて支える。

 

「び、びっくりした……」

「もう! おじ様の子供なんだから慎重にしてっていたたたたっ!?」

 

 烈火のごとき蓮華嬢の怒声が、すぐに悲鳴に変わる。

 目の前に垂れてきた彼女の髪を我が子がその小さな手で掴み、あろう事か引っ張ったのだ。

 

「ちょ、ちょっ! 凌統、痛い! 痛いから引っ張らないで!」

「あはは、もしかしてこわーいお姉ちゃんからシャオを助けてくれたの? ありがとう、りょうとう!」

 

 髪を引っ張られて涙目になる蓮華嬢。

 それでも子供が心配だから小蓮嬢と一緒に支えている手は離さないのだから、この子は本当に優しい子だな。

 そんな姉の配慮に気付かず、小蓮嬢は嬉しそうに赤ん坊に頬ずりしながら礼を言う。

 

「それにしても……なぜ玖龍は蓮華嬢にだけあんな事をするのか」

 

 玖龍は蓮華嬢の髪をよく引っ張る。

 俺たち家族にもやるんだが、それにも増して何故か彼女を標的にする事は非常に多い。

 彼女が抱き上げると必ずと言っていいほどやる。

 髪が長いと言う理由ならば冥琳嬢や雪蓮嬢たちも該当するはずだが、被害に遭うのは今のところ蓮華嬢だけだ。

 

「蓮華の事、特に気に入っているのよ」

「そう、なのか? お気に入りの玩具のような扱いを受けてるように見えるんだが……」

「いやいやあれは大層気に入っておると見るぞ。一目惚れというヤツかの?」

「ふふ、そうかもしれないわね。良かったね、蓮華。将来は安泰よ」

 

 二人が騒いでいる姿を見守りながら俺と祭、陽菜は談笑する。

 話のネタにされて恥ずかしかったらしい蓮華は顔を真っ赤にして声を上げた。

 

「お、おば様! 祭も! からかうのは止してください!」

「うわわっ!? お、おねえちゃん!? しっかり支えてよ! りょうとうが落ちちゃう!!」

「わわわっ!? ご、ごめんなさい!?」

 

 最近はこんな風に仁を中心に騒がしい日々が多い。

 子供が元気なのは良い事だ。

 

 

 

「黄然。お前からもこの馬鹿に許可もなく放浪するなと言ってやってくれ」

「め、冥琳。お願いだから愚痴を黄然に言うのやめてくれない? この子が私をじっと見てるとなんだか責められてるような気持ちになるんだけど」

 

 黄然こと奏(かなで)。

 『自らを鼓舞し、他者を励ます者となれ』という意味を込め、祭の文字から連想してこの真名を名付けた子供だ。

 しかしこの子は玖龍と対照的に非常におとなしい。

 

 俺や祭、陽菜や両親が抱きかかえると安心するのかすぐに眠ってしまう。

 ただそれ以外の人間が抱いている時は、何が面白いのか抱いている人間をじっと見つめている事が多い。

 

 何を言っても黙って聞いているから冥琳嬢や美命などストレスを抱えているような人間は、この子相手に自然に愚痴を言ってしまう事も多いようだ。

 あと後ろめたい事がある時に奏にじっと見つめられると居た堪れない気分になるらしい。

 雪蓮嬢や蘭雪様が何か仕出かした時に奏を抱かせると自主的に反省を促せるという事で、冥琳嬢や美命からは意外と重宝されている。

 

「ふん、この子の無垢な瞳を見る事が出来ないという事は……また何かしたな、雪蓮?」

「い、いやぁねぇ。そんな事あるわけないじゃない?」

「ふふふ、目が泳いでいるぞ? ああ、思春。すまないが黄然を頼むよ」

「はっ!」

 

 蓮華嬢たちとは打って変わって冷静に奏の相手をしつつ雪蓮嬢を追い詰める冥琳嬢。

 冷や汗を流して逃亡しようとする雪蓮嬢をじっと見つめる生真面目な思春とその手の中にいる奏。

 責め立てるような三対の視線にさらされて、雪蓮嬢は顔を引きつらせながら金縛りにでもあったかのようにその場から動かなくなった。

 

「どうやら観念したようだな」

「奏が生まれてから雪蓮様はずいぶんとおとなしくなられたのぉ」

「自業自得の部分が強いから擁護も出来ないわね」

「兵士たちが雪蓮嬢の捜索に駆り出される事も減ったしな。ありがたい話と割り切っておこう」

 

 相変わらず俺たちは子供たちのやり取りを傍観している。

 二人は出産を切っ掛けにして仕事の一部を他の臣下たちに振り分けられるようになり、前までよりは余裕が出来たからこうしてゆっくり出来るようになっている。

 とはいえ子供たちの世話役も無事に決まったから、祭たちはそろそろ本格的な現場復帰になるだろう。

 俺は自分の仕事はきっちり済ませてからこうして休んでいるからなんら問題はない。

 最近は食物の生産効率化や長期間の貯蔵に向いている食物の生産について色々と試行錯誤されている。

 俺も個人的な畑で色々と試している最中だが、具体的な成果はまだ出ていない。

 

「ちょっとおば様、駆狼、祭! 暢気に見てないで助けてよぉ!!!」

 

 俺の思考遮るように雪蓮嬢が助けを求めてくる。

 しかし俺たちは揃って手を振って冥琳嬢に引きずられながら執務室に連れ去られる雪蓮嬢を見送った。

 

「う、裏切り者ぉおおお……」

 

 がっくりと顔を俯かせながらそれでも悪態を出す辺り、まだ余裕があるし懲りてもいないな。

 どうせまた何か騒動を起こすに決まっている。

 まぁあの子はこのやり取りすらも楽しんでいる節があるから、よほどの事にならなければこれでいいんだろう。

 適度な騒ぎなら娯楽になって、兵たちの刺激にもなるのだし。

 

「ああ、まったく平和だな」

 

 

 

閑話の五『両親』

 

「ふふ、貴方が赤ん坊の頃を思い出すわ。駆狼」

「そうだな。あの頃は私の名前を最初に言わせたくて、まだ文字も読めなかったお前に自分の名前を記した紙を見せたりしたものだ」

「貴重な紙でそんな事をしていたんですか、父さん(そういえばそんな事してたな。あれからもう二十年以上経つのか……)」

 

 俺たちが談笑する隣のテーブルで向かい合うように座っているのは俺の両親である凌沖と清香だ。

 子供が生まれた事を機に建業に引越してきた二人は、俺たちの子供の乳母代わり兼教育係として城に勤める事になった。

 俺や陽菜、祭が推挙したが、美命や文官たちが最低限の身元確認で認めてくれた事には正直驚いた。

 身内びいきと言われればそれまでで、駄目元で言ったんだが。

 

 もちろん両親を城に入れたのには理由がある。

 俺と言う存在が目立ちすぎた影響で、俺の生まれ故郷の村になんらかの工作が行われる可能性を危惧したのだ。

 端的に言えば俺をどうこうする為に両親を人質に取る、などがありえるという。

 

 出る杭は打たれるという言葉の通り、俺と建業軍は錦帆賊討伐でやり過ぎてしまった事から諸侯に睨まれてしまったからな。

 故に次善の策として巻き込まれる可能性が最も高い俺の両親については手元に置いておき、かつての五村同盟の村の傍には砦を作り、駐屯軍を置く事になった。

 欲を言えば豊さんや松芭さん、塁たちの家族にも建業に来て欲しかったが村を放って置くことは出来ないと拒否されたという話だ。

 

 今のところ、村には何も起きていないらしいが今後も注意が必要だろう。

 

「ふふ、あの頃は私たちも舞い上がっていましたからね」

「そのような事をしておられたのですな、義父殿、義母殿」

「祭ちゃんにそう呼んでもらえると嬉しいな、楼」

「そうね。まさか二人も娶るなんて思わなかったけれど。誰も不幸になっていないようだし、駆狼もしっかり二人を幸せにするつもりのようだし。親としては万々歳ね」

「い、いや、その……そこまで手放しで喜ばれるというのも、なんだか恥ずかしいのぉ」

 

 からかおうとしたつもりが構い倒される結果になり、祭は顔を赤くしながら俯いてしまった。

 結婚の報告をして、嫁を見せて、孫を抱かせる。

 どれも前世では親にしてやれなかった事だった。

 

「父さん、母さん」

「うん?」

「どうしたんだ、駆狼」

「俺たちが忙しい間は、子供たちをよろしく」

 

 唐突な俺の言葉に目を瞬かせる両親。

 しかし二人はすぐに優しく笑いながら頷いてくれた。

 

「任せておきなさい」

「ああ、安心して仕事をこなしてそして無事にあの子達の所に戻ってきなさい。祭ちゃん、陽菜様もですよ?」

「も、勿論じゃ!」

「うふふ、はい」

 

 俺は前世ではありえなかった幸せを噛み締めながら子供たちが騒いでいる方へと視線を戻した。

 気を抜けば涙が出そうになるのを必死に堪えながら。

 


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