乱世を駆ける男   作:黄粋

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第三十七話

 あれから半年が経過した。

 

 思春は蓮華嬢との関わりを切っ掛けにして雪蓮嬢や冥琳嬢、小蓮嬢たちとも接点を得ている。

 少しずつ自分なりの輪を広げる事が出来ているようだ。

 

 建業全体としては錦帆賊討伐の為の軍備を整えながら、治安維持に努める日々だ。

 

 民の生活は安定し、領土全体の治安も安定し始めている。

 どことも知れない間諜の類は未だに建業の情報を手に入れようと潜入を試みてくるが、警備隊が水際で防いでいる状況だ。

 

 勇平が仕事のついでにと片づけていく事もある。

 伊達に毎回、建業の警備を潜り抜けてくるわけではない。

 彼にかかれば建業の警備はザルと変わらないと言う状態だ。

 相変わらずその心中は読めない。

 

 しかし彼が城下町の警備をまさに挑発するかのように出し抜いてくる現状は悪い事ばかりではない。

 警備隊の面々は上手い具合に対抗心を刺激されているらしく、その能力や団結力は日を追うごとに上がってきているのだ。

 少なくともヤツ以外で警備隊を出し抜くような存在は今の所、確認されていない。

 さらに最近は今まではまるで掴めなかった勇平の影を察知する事が出来るようになった者もいる。

 捕まえる事こそまだ出来ていないが、元々はまったく気付く事が出来なかったのだ。

 その進歩は相当な物だと思う。

 

 まさかと思うが自分に敵愾心を持たせる事で、こちらの総合能力を底上げする事が狙いなのだろうか?

 

 そこまでする理由がヤツには無いのだが。

 雇い主である荀昆にもそこまでこちらに目をかける理由は無いはずだ。

 意図するところが読めない事が、俺たちに彼らの存在を警戒させる。

 

 本当の意味で彼らに心を許す事が出来ないこの状況すらもあちらの思惑通りだとするなら。

 彼らは一体、何を目的としているのか?

 その真意は未だ不明のままだ。

 

 

 そしてとうとう。

 都から錦帆賊討伐の号令が正式に発表された。

 

 派遣されてくる総大将の名は朱儁(しゅしゅん)。

 そしてその副官には盧植(ろしょく)が付いていると言う。

 

 

 朱儁公偉(しゅしゅん・こうい)

 幼い時に父を亡くし、貧しい生活を送っていたが義を好み財に執着しない性格が幸いしてか紆余曲折を越えて出世した男。

 交州刺史に抜擢された事から戦場にも出て、幾つもの乱を平定している。

 俺の知識では黄巾の乱の際に皇甫嵩らと共に各地を転戦、自分と同じ揚州出身の孫堅を召し出している。

 董卓が洛陽に入るようになってからは彼と敵対し、朝廷からは距離を取ったと言う。

 最終的には董卓を警戒して、劉表を頼り出奔。

 董卓の死後に天子から招聘を受けて入朝するも李傕や郭汜の内紛に憤り、病を発症。

 同日のうちに病死している。

 既に形だけの存在と化していた天子からの要請で今まで共に歩んできた者たちと袂を分かち入朝する事が出来る辺り、漢王朝へ捧げる忠誠は相当の物だと考えられるだろう。

 

 

 盧植子幹(ろしょく・しかん)

 後漢末期に文武の才能を見込まれ立身した人で、黄巾の乱の追討にて功績を上げた武将の一人として知られている人物。

 身長が八尺二寸と二メートル近いが粗暴と言う事はなく、古今の書を読みほどき博学で節度のある性格であり人望も厚かったとされている。

 幽州琢郡にて学舎を作り、劉備や公孫瓚たちに学問を教えている。

 黄巾の乱の際に監察として派遣された宦官に賄賂を要求されたが、これを断った為にある事無い事を当時の帝である霊帝に報告され彼の怒りを買って官職剥奪の上で収監された。

 董卓の行動に面と向かって反対し、処刑されかけたがその人望の厚さ故に複数の識者の取り成しで助命されている。

 その後は隠居していたのだが冀州牧となった袁紹に招かれて軍師となり、しばらくして病死している。

 

 

 まさか漢王朝にその人ありと謳われた二人を派遣してくるとはな。

 よほど錦帆賊の存在が目障りなのかと俺たちは考えたが、美命の見解は違っていた。

 

 正確には俺が考えた側面も確かにあるが根本的な理由としては十常侍(じゅうじょうじ)と派遣されてくる二人に加えてもう一人の人物『皇甫嵩(こうほすう)』との不仲にある。

 

 

 十常侍(じゅうじょうじ)

 後漢の時代において霊帝の寵愛を受けて絶大な権力を振るった宦官たち。

 特に張讓、趙忠と言う人物は勢力が大きかったと言われている。

 自分たちの権力を最大限利用して親族の多くを地方官に取り立て、人民から搾取し続けている。

 この横暴に王室の将来を憂い、対立する者も多かったがその多くは漢王朝に対する反逆者として処断されている。

 逆にその絶大な権力におもねり、官職を得ようとする者も多かったと言う。

 黄巾の乱の際に内通者が出現した為に勢力が衰え始め、彼らの権力の外から台頭してきた大将軍何進が現れ、宮中は真っ二つに割れる事になる。

 その後、何進は張讓達の罠にかけられ殺害されるが、その蛮行に激怒した袁紹によって宦官とその陣営の者たちのほとんどを殺害している。

 張讓などの一部の人間は皇帝の子である劉弁、劉協を連れて逃げるが追手からは逃げ切れないと判断し自殺したとされている。

 

 余談だが宦官によって政治を席捲された事を鑑みて後漢から禅譲を受けた魏においては宦官に権限を与えない政治をするようになったと言う。

 

 

 皇甫嵩義真(こうほすう・ぎしん)

 若い頃から文武に優れ、読書を好み弓馬術の習得に励んだ人物。何度となく出仕するよう打診されるも何かしら理由を付けては辞退を繰り返し、霊帝から招聘されようやく太守になった出世欲の薄い人物。

 本格的な活躍は黄巾の乱の際であり、黄巾の武将を何人も(有名どころでは波才、張梁、張宝)を屠っている。

 その功績で冀州牧になり、民の負担の軽減、部下に対しての恩寵、汚職した官吏にすら温情をかけ信望を集めた。

 黄巾の乱後の力無き漢王朝討つべしと言う風潮に流される事無く、王朝への忠義を尽くした。

 董卓とは犬猿の仲であり、董卓が実権を握った後に逮捕投獄される。

 処刑こそされなかったが以降は董卓に逆らう事も出来ずに頭を垂れる他なかった。

 李傕たちが乱を起こした頃に病になり、没している。

 

 

 現在の皇帝を手中に収める事で朝廷の中枢を握る十常侍。

 彼らに真っ向から意見が出来て且つ彼らの一存で叩き潰す事が出来ないだけの権力を持った存在は少ない。

 

 彼ら三人はその数少ない人間らしい。

 水面下では馬騰や曹家、袁家などとも十常侍と確執があるらしいが現在、特に力を持っているのがこの三人なのだと言う。

 史実では皇甫嵩が力を持つのは黄巾の乱の後だったと思うのだが、既に朝廷にその人ありと言われているとはな。

 

 とにかく世間を騒がす賊を討伐すると言う大義名分の元、目障りな存在を一部だけでも朝廷から引き剥がし、自分たちの権力基盤をさらに強固にする事を考えての十常侍の策なのだと美命は読んでいた。

 

 奴らからすれば賊討伐すらも権力闘争の道具になるらしい。

 まったく、ご苦労な事だ。

 尤も皇甫嵩や曹一族、さらに袁家までもが都で睨みを利かせている状況で奴らの思い通りに事が進むかは微妙な所らしいが。

 

 

 建業から出陣する将は四名。

 蘭雪様、美命、俺、祭に決まった。

 残った者たちは領地の見回りと、建業の警備、政務を取り仕切る事になる。

 

 俺は討伐軍に組み込まれる事が決まった後、すぐに部隊の皆を集めてこの事を伝えた。

 そして改めて今回の戦に参加するかどうかを一人一人に問いかけ、その答えを求めている。

 もし少しでも躊躇いや迷いがあるのなら作戦から外す事を明言した上でだ。

 

 俺たちは民から直接、錦帆賊のやってきた事を聞き、そして彼らと直接の面識がある。

 さらに部隊の三割は彼らの元にいた者たちだ。

 

 いざ戦場で切っ先が鈍れば、傷つくのは己だけでは済まない事を考えれば、必要な事だと俺は思う。

 この日を迎えるまで何度となく繰り返してきたやり取りではあった。

 しかしそれでも俺は問いかけ続ける。

 それが彼らの覚悟を侮辱する行為だとわかっていてもだ。

 

 錦帆賊『討伐』と言う命令が下った以上、表立って深桜たちを生かす為に動くことは出来なくなってしまったのだから。

 

 そして今回の戦いで建業軍に置ける先鋒は俺の部隊と祭の部隊だ。

 俺たちの部隊は他部隊と違った訓練方式により練度が高くなっている。

 現在の建業軍の中では突出した戦力になっていると言っても過言ではない程だ。

 

 いや一度は俺たちを建業に残す事も考えられたのだが、他の参加者の目があり激戦が予想される事から最大戦力を外す事は出来なかった。

 だからこそ昔の、いや今も仲間である人間に刃を向ける事の是非を問い続けた。

 

 結果は聞くまでもない。

 皆が皆、『覚悟はもう決まっている』と口を揃えて言った。

 

 事此処に至って、ようやく俺はこれ以上の問答が必要ないのだと理解し、そして納得する事が出来た。

 

「ならば心しておけ。俺たちがこれから行く場所にあるのは……仲間を殺す現実だ」

「「「「「「はいっ!!!」」」」」

 

 呆れるほどに唱和した声を受けて、俺も覚悟を決める事が出来た。

 

 

 

 錦帆賊討伐軍として結成された部隊が建業を出立する日。

 俺たちは玉座の間で出陣前の激励を受けていた。

 

「我々が不在の間、建業は頼んだぞ。深冬」

「はい、美命様。こちらはお任せください。くれぐれもお気をつけて」

 

「祭、駆狼の事よろしくね」

「勿論です。お任せくだされ、陽菜様」

 

「そっちは任せたぜ、駆狼。色々とキツイ事になりそうだが……無理だけはすんなよ?」

「駆狼兄ぃ、こっちは僕たちに任せて。お役目の事だけ考えてください」

「ああ、こちらは任せた。……あちらは俺たちに任せておけ」

 

「母さん、駆狼たちにめいわくかけないでね?」

「お母様、一人で飛び出したりしないでくださいね?」

「おいおいおい。お前たち、私に対してなんだか厳しくないか?」

「だって、ねぇ? 蓮華」

「そうですね、お姉さま」

「……お前ら、誰かに似てきたな」

 

 それぞれの言葉を受け取り、言葉を返す。

 

 心情的に厳しい戦いになる事は誰もが理解している。

 軽口を叩く者たちも、緊張からか声が上擦っていた。

 

 他の太守や朝廷に派遣された軍の目を掻い潜り、どこまでこちらの想定通りに事を進められるか。

 不安要素は多い。

 最悪の場合、何も出来ずに錦帆賊が蹂躙される様を眺めるだけで終わる可能性もあるのだ。

 

 派遣されてくる朱儁将軍と盧植将軍が噂に違わぬ高潔な人物である事を祈るのみだ。

 朱儁将軍については蘭雪様たちを取り立てた人物と言う事もあり、一定の期待が持てるのだがそれも絶対ではない。

 実際に現地に行き、自分の目と耳で確かめる他無いのだ。

 

 自分たちの力の無さが恨めしい。

 

 力を付けなければならない。

 権力を振りかざす理不尽に立ち向かう為にも。

 恐らく、俺だけが思っている事ではないはずだ。

 

 

 

 錦帆賊討伐軍の合流地点は荊州の襄陽(じょうよう)。

 何の因果かその場所は、興覇がかつて仕えていた劉表が太守を務めていた場所だった。

 

 俺たちが到着した時、既に陣が敷かれ漢の旗が立てられていた。

 出遅れたかと俺は内心で舌打ちをしたが、不意打ち気味に俺たちの前に現れた人物に目を見開く羽目になる。

 

「久しぶりだなぁ、文台!」

「これはこれは。朱将軍直々のお出迎えとは恐縮ですな」

「くくく! あのお前が世辞を覚えるとは。とても後先考えずに建業太守を切り捨てた女とは思えんな! 成長したと言う事か?」

 

 年の頃、三十前半と言ったところか。

 闊達とした男臭い笑みを浮かべたその女性の名が朱儁だった。

 討伐軍の総指揮官である人間の軍ならばどっしりと構えて時間に間に合わせる程度で現れると思っていたんだが。

 まさか誰よりも早く集合場所に到着しているとは恐れ入った。

 しかも随分と蘭雪様に友好的な態度の人物のようだ。

 

「お久しぶりです、朱儁将軍。変わらずご健勝のようで何よりです」

「おう、公共も一緒か! 久しいな。しかし……むぅ、幼台はおらんのか?」

「あやつは護身程度の武しか身に着けておりませんからな。留守を任せております」

「なるほどな。まぁ当然と言えば当然か。話をしたかったのだがなぁ、残念だ」

 

 祭も俺の隣で蘭雪様たちと談笑している朱儁将軍を見つめて呆気にとられている。

 官軍と関わる事が無かった身としてはこれほどフレンドリーに接してくるとは思っていなかったのだ。

 この荒んだ時代だと、どうしても腐敗した政治家や軍人のイメージしてしまうから余計に。

 

「まったく、お前たちが来てくれて助かった。他の連中は動きが鈍くてな。まだ俺と子幹しか来てないんでどうしたものかと思ってたんだ」

「盧将軍も既にいらっしゃるのですか? ならばご挨拶に向かいたいのですが」

「おう、やる事も無くて暇だしな。俺が案内してやるよ。ただその前に……そっちの二人はお前らの部下だろ? 紹介してくれ」

 

 矛先が俺たちに向いた。

 横で祭の身体がびくりと震えるのがわかるが、とりあえず俺はご指名に応えるべく一歩前に出て頭を垂れる。

 

「お初に目にかかります、朱将軍。建業にて武官を務めている凌刀厘と申します」

「……ほう? お前が『建業の懐刀』か。顔を上げろ」

「はっ」

 

 何やら気になる名称があったが、とりあえず頭の端に追いやり言われた通りに顔を上げる。

 じっと見つめてくる彼女と視線を合わせ、俺は微動だにせずただ見つめ返した。

 

「なるほど、良い面構えをしているじゃないか」

「都にその人ありと謳われた貴方様にお褒めいただけるとは光栄です」

 

 一分とはかからないだろう時間の見つめ合いで満足したのか、彼女は俺から視線を外した。

 なにやら小声で「面白い男だな」などと言っているのが聞こえたが、どういう意味だろうか。

 

「そっちは?」

「黄公覆と申します!」

「ほう、建業の新進気鋭二人を連れてきたか。……兵の練度も高いし、どうやら今回の討伐について建業は本気のようだな」

 

 俺たちが呑気に話している間に、陣を作り始めた部下たちの姿を見つめる朱儁将軍。

 その目は部下たちの動きを値踏みするように観察していた。

 

 俺と祭が朱儁将軍に挨拶する様子を黙って見ていた蘭雪様が不意に口を開く。

 

「……今なら他の領地の連中もおりませんから、この際はっきり聞いてしまいましょうか」

「ほう、何をだ?」

 

 猛烈に嫌な予感がした。

 蘭雪様は思いついたままに物を言う人の上に立つ人間としてはかなりまずい悪癖がある。

 

「朱将軍、錦帆賊の本当の姿はご存じですか?」

「文台様っ!?」

「文台、お前何を!!!」

「……止める暇もなく、か」

 

 間髪入れずに発せられた言葉に美命と祭は目を見開いて驚愕の声を上げる。

 俺は額に手を当てて頭痛を堪らえ、言葉を向けられた朱儁将軍は目を瞬かせた後にニヤリと笑って見せた。

 

「本当の姿と言うのは、彼らが民を守る義賊だという事か?」

「ええ」

 

 やはり都側でも調査を行っていたのか。

 

「勿論、知っている。しかしだからと言って討伐を止める事はもはや不可能だ。朝廷からの勅命が出てしまった今となっては、な」

「手心を加えて彼らを逃がす事は?」

「今回の戦に出るのが私たちとお前たちだけであれば手の打ちようがあったかもしれん。だが他の領地の連中がこぞって辛酸を舐めさせられた錦帆賊討伐に乗り気の状況では、な。手心を加えたところで残党狩りが起こるだけだ。私としても錦帆賊ほどの気高さと強さを持った連中を討伐するのには反対なのだが、下手に戦自体を長引かせるような真似をすれば宦官どもが何を仕出かすかわからん」

 

 事実上の八方塞がりか。

 勅命の威力はやはり大きいな。

 蘭雪様も覆しようのない状況を察したのか、苦虫を噛み潰した顔をして押し黙ってしまった。

 

「わかっちゃいるがこればかりはどうしようもない。お前や公共なら彼らの事に勘付くだろうとも思っていたが迂闊な真似はしてくれるな。下手をすれば錦帆賊の次に『逆賊孫堅を討伐』なんて事になりかねん」

「くっ……」

「これ以上の問答は意味がない。私でも、子幹でも、義真でも手が出せない状態だからな。……さっきの言葉は聞かなかった事にしておいてやる。……その顔では挨拶など無理だな。子幹への挨拶は後にして気持ちに整理をつけろ」

 

 踵を返し、朱儁将軍は去っていく。

 蘭雪様は去っていく彼女の背中を見る事なく俯いて唇を噛みしめていた。

 

「……蘭雪様、覚悟を決めてください」

「駆狼?」

 

 蘭雪様が錦帆賊を気に入っている事は痛いほどに知っている。

 しかし事此処に至っての悪あがきは剣先を鈍らせることにも繋がるだろう。

 あらためて選択しなければならない。

 建業の今後と錦帆賊の未来を。

 

「錦帆賊の皆も既に覚悟を決めています。大勢の官軍を道連れに首を差し出す覚悟を」

「わかってはいるんだ。だが、どうしても納得が出来ない。未熟だと自分でも思うが」

 

 自嘲気味に笑う蘭雪様。

 俺が思っていた以上に、彼女は錦帆賊討伐を嫌がっているようだ。

 しかしそれでは駄目だ。

 

「甘えないでいただきたい。建業の総大将がそんな事ではそれこそ無意味な人死にが出る。そんな有様で今後、迫られるだろう太守としての決断が出来るとでも? 出来ないと言うのなら今すぐに太守の座を美命か雪蓮嬢に譲って隠居してください。はっきり言って邪魔です」

「駆狼……」

 

 俺の言葉に祭が目を瞬く。

 蘭雪様に対して厳しい言葉を投げかけるのは俺たちが勧誘された時以来だから驚いたのだろう。

 

「……些か言葉はきついが駆狼の言う通りだろうな。蘭雪、気の向くままに気に入らない敵を屠ってきた豪族時代と同じではいられん。今回の事で太守と言う役割に嫌気が差したと言うなら、それも選択肢としてはありだろう」

 

 じっと君主と仰ぐ人物を見つめながら言葉を続ける美命。

 しかし蘭雪様の結論がわかっているのか、その瞳は妙に穏やかだ。

 

「ふん。そこまで臣下に喝を入れられてしまっては、迷いだなどと言っていられんな。美命も思ってもいない事を言うな。私が太守になる時にその事は嫌になる程に話し合っているんだ。今更引くつもりはない。ああ、そうだ。決断しよう。私は建業とそこに住む民を守る為に……錦帆賊を討つ」

「それでこそだ、蘭雪」

 

 満足げに笑う美命と不貞腐れたように口を尖らせる蘭雪様。

 俺の懸念が杞憂に終わったようで何よりだ。

 とはいえけじめは付けなければならない。

 

「過ぎた事を言いました。この懲罰は如何様にもお受けします」

 

 首を差し出すように頭を下げる。

 君主への暴言への罰なのだ。

 打ち首もやむを得ないだろう。

 

「懲罰、なぁ。……なら駆狼、建業軍の先鋒として前に出ろ。そして出来れば……『鈴の甘寧』とはお前がやりあえ」

「……了解」

 

 友として、真名を許し合った人間との殺し合いを懲罰とする、か。

 なまじ前世の記憶がある分、俺にはこの上ない罰になるな。

 だが恐らく蘭雪様にその意図はなく、単純に友の手で終わらせてやろうと言う一種の気遣いの意味合いしかないのだろう。

 覚悟を決めろと言ったのは俺だ。

 ならば俺も今まで自問し、何度となく結論を出してきた事に対して、今この場で改めて覚悟を決めよう。

 

「さて、内輪の話はこれで終わりだ。盧将軍のところに挨拶に向かうぞ」

「そうだな。あちらに出迎えさせるするわけにはいかん。誰かの弱音を聞いていたら遅くなってしまったなどと言い訳をするわけにもいかんしな」

 

 皮肉を利かせた美命の言葉にばつが悪そうに蘭雪様は顔を背ける。

 助けを求めるように視線を向けてきたので俺と祭は一瞬だけ視線を交わして無視する事にした。

 

「そうですね。行きましょう」

「そうですな。参りましょう」

「お、お前ら……助けろよ」

 

 恨みがましい主の言葉に俺たちは揃って肩を竦めながら歩き出す。

 全員が改めて確固たる覚悟を固めた為かその足取りは力強かった。

 


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