乱世を駆ける男   作:黄粋

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第二話 幼馴染みとの日々。別の場所で生きる者

 将来の名武将四人組との出会いから早四年。

 八歳になった俺は現在、友人たちと鬼ごっこの真っ最中だ。

 

「こんどはぎこうがおにじゃな!」

「よぉし、ぜんいんつかまえてやるからな~~!」

「にげきってやる!」

「ずっとまけっぱなしなんていやだもんね!」

 

 ちなみに上から公覆嬢、義公嬢、大栄、徳謀のセリフだ。

 俺はと言えば彼女らがわいわいと騒いでいる間に、手の届かないところに全力疾走中である。

 

「あ~~、とうりんずるい~~!」

「あ、あいつ早すぎるって」

 

 義公嬢と徳謀がぎゃいぎゃい何か言っているが聞こえんな。

 

 全力を出すと言うことはとても重要な事だ。

 自分の限界を知る事が出来る上に、過去の自分と比較する事で成長を確認する事が出来る。

 今は遊びの範疇だが。

 だからこそ何も気にすることなく、それこそ倒れるまで全力を出し続ける事が可能なのだ。

 この環境を利用しない手はない。

 

 という名目で俺は未だ遠くにいる四人をさらに引き離すべく速度を上げる。

 なんだか最近、公覆嬢たちと付き合っているせいか自分が精神的に幼くなってきている気がする。

 まぁ何の為に努力しているかを忘れなければ、根本的な部分まで影響される事はないだろう。

 

 たまには童心に返るのも良い。

 それも今の内だけだ。

 楽しめるうちは楽しませてもらおう。

 という訳で。

 

「くやしかったら追いついてみろー!!」

 

 大声で後ろの四人を挑発する。

 恐らく聞こえたのだろう、鬼である義公嬢含めて全員が俺を追いかけてくる。

 どうでもいいがこれはもう鬼ごっこじゃなくて俺対四人の変則かけっこだな。

 

 む、さすが公覆嬢。

 四人の中では抜きん出ている走りだ。

 その後は少し遅れて大栄、かなり離れて徳謀と義公嬢か。

 

「またんか、とうりんーーー!!!」

「まってよ、とうにぃ~~~!」

 

 挑発が思いの外、効いたらしい公覆嬢の怒鳴り声にかき消されそうな大栄の声。

 大栄は走り負けてるのが悔しいのか、前で怒鳴っている公覆嬢が怖いのか涙目になっている。

 その様子に罪悪感を覚える……というか大栄、お前はほんとに男か?

 公覆嬢と比べるとどっちが男か疑問を抱いてしまうような光景だ。

 大人たちは微笑ましそうに見ているが。

 

 さすがに俺も疲れてきた。

 俺の体内感覚による推測だが、かれこれ十五分は走りっぱなしだから当然と言えば当然だ。

 たぶん村の全周に換算して五周分は走ってるはず。

 

 切りの良いところで足を止めて息を整えていると二人が追いついてきた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……よ、うやく、おい…ついた。はぁはぁ……」

「はぁ、ふぅ……とうにぃ、はやすぎだよ」

 

 バテバテな公覆嬢は膝に手をついて息をを整えているが、大栄はまだ余裕があるようで深呼吸一つで呼吸が整っていた。

 どうやら公覆嬢よりも祖茂の方が持久力は上らしい。

 

 しかし全力での単純な力勝負は五人の中で公覆嬢が一番で次に俺、義公嬢になる。

 

 子供時代で既に力の付き方に特徴がでるとは、三国時代の武将と言うのはかなりの規格外だ。

 真剣に突っ込むなら七歳そこらの子供でこんなに体力がある事自体、おかしいんだが。

 

 俺も自分の身体の成長性には驚いている。

 不思議な事にこの身体、通常では考えられない早さで運動した分の体力が付くのだ。

 公覆嬢や徳謀たちはまったく気にしていないようだが、これははっきり言って異常だ。

 前世の記憶を持っている自分だから、以前の身体との比較ではっきりとこの身体の異常性を認識できる。

 

 六歳の頃、鍛錬と称したランニングを始めたその日は村を一周する程度の体力しか無かった。

 だと言うのに三日も走り続けると同じペース配分で二周できるようになっているのだ。

 どう考えてもおかしい。

 

 俺に付き合って鬼ごっこなどの遊びや競争をやっていた武将四人組も個人差はあるが、同じように異常な勢いで成長をしている。

 

 しかし遊び(という名目の鍛錬)を始めた頃の地力は公覆嬢、義公嬢の方が俺や大栄、徳謀よりも上だった。

 この『武将の男性→女性化の三国志世界』は『潜在能力レベルで女尊男卑なんじゃないか?』という不吉且つ理不尽な推測が頭によぎるほどに差があった。

 なにせ俺たちは言うに及ばず、彼女らの父親ですら当時六歳の彼女たちに腕相撲で敗北する程なのだから。

 うちの父さんは負けなかったが、あの時の父さんの目は遊びに対してとは思えないほどに気合が入っていた。

 

 二十歳は年が離れている子供相手に本気を出す男親。

 しかもそのほとんどが敗北したという事実。

 子供の小さい手に合わせての勝負だった為に力が入れにくい体勢だった事を差し引いても酷い有様だ。

 これが世界規模での常識だとしたらと思うとぞっとする。

 

 閑話休題。

 ともかく伸び盛りの子供で済ませる事は絶対に出来ない成長の仕方を俺たちはしている。

 しかしどれだけ考えてもその事に納得の出来る説明が出来ないのだ。

 

 家に籠もって数日もの間、この事を考えていた事もある。

 いきなり引きこもってしまった俺は友人たちや彼らの両親、父さん母さんにまで心配をかけてしまった。

 それについては平謝りする他ない。

 しかし数日、それも心配をかけるほどに集中してこの不思議の解明に勤しんだが納得のできる答えを得る事は出来なかった。

 

 精神年齢換算で今年九十七歳になるのだが、まだまだ世の中という奴はわからない事だらけという事らしい。

 この世界が特殊すぎるのが悪いとも思うのだが。

 

 最終的に俺は強くなる為に努力すればそれだけの結果が返ってくるという『最高の環境』にいる事を喜ぶ事にした。

 開き直りであり、思考の放棄とも言う。

 とにかく己が生涯に課した『過去の自分に克つ』という標題を肉体的に実践できる環境を得られたと思えば、多少の理不尽も受け入れられると思うことにしたのだ。

 

 そう考えてしまえば女性陣にスタートラインで負けている事など気にもならなかった。

 たとえ生まれたその日に差があろうと、追い越す事は可能なのだから。

 以前の身体で出来た事が、より恵まれたこの身体で出来ないはずがない。

 

「うう、ちょっと前までわたしたちにおいつけなかったくせに~~」

「それがくやしかったからむらにもどってから走り込みしてたんだよ」

 

 ようやく追いついてきた義公嬢が俺を睨み付けてくるが正直、怖さなどまったく感じない。

 同年代ならともかくこちとら一回、人生を終えているのだ。

 曾孫並に年が離れている女の子に睨まれたところで痛くも痒くもない。

 

 ちなみに義公嬢と一緒に追いついてきた徳謀だが、しゃべる事も出来ないほどに疲れて地べたに倒れている。

 

「なんと! とうりんはかくれてとっくんをしていたのか!?」

「うん。まけてばかりいられないからまいにち、走ってたんだ」

「あ、ぼくもとうにぃのむらにいったときにいっしょに走ったよ」

 

 俺の事を慕う祖茂は、俺と一緒にという部分が嬉しいらしくニコニコ笑いながら言った。

 心なしか胸を反らして誇らしげにしている。

 微笑ましい限りだ。

 

「まけたくないならがんばらないと、ね」

 

 してやったりと笑いながら気持ち胸を張って言ってやる。

 公覆嬢、義公嬢にはこうやって挑発気味に言うとやる気が倍増する。

 負けん気が人一倍強い性格なのだ。

 

「むぅ~~、だったらわたしも今日から走る!」

「とうりんにまけてばかりではくやしい! わしも走るぞ!」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。……お、おれも」

「ぼくも、とうにぃに追いつけるくらいがんばる!」

 

 精神的な成長において負けるという事は重要な事だ。

 勝利から得られる物よりも敗北から得られる物の方が多いのだから。

 敗北の悔しさを、自分よりも強い者がいるという現実を、そして何かを失う事への恐怖を知る。

 失った物が大きければ大きい程に、失意のどん底まで沈み込むだろう。

 立ち上がる事も容易ではない。

 逃げ出したくなる事もあるだろう、あるいは沈んだまま立ち上がる事さえ出来なくなるかもしれない。

 しかしそこから立ち上がることが出来たならば、負けた時の自分よりも遙かに強くなっているだろう。

 

 自慢にもならない事だが俺は前世で敗北と言う物を腐るほど経験し、沢山の物を失ってきた。

 今更、一つや二つの負けが増えたところで膝を折るような柔な性根はしていない。

 

 絶対に負けられないというここぞという所で負けないように、今は精一杯全力を出して負け、精一杯努力をしよう。

 

 そういう気持ちで走り込みを続ける事、一年後の現在。

 少なくとも走力では公覆嬢、義公嬢を圧倒できるほどに成長した。

 それもこの努力した分がすぐにでも返って来る身体のお蔭だ。

 

「それじゃこんどはかけっこね。ここから村を一周してこうふくちゃんのいえについたらかち」

「こんどは負けない!」

「なにおぅ、わしがかつぞ!」

「いや、おれがかつ!」

「ぼくもがんばる!」

 

 俺が決めたルールに素直に従う四人。

 その様子に苦笑いしながら、俺は声を張り上げる。

 

「よーい、どん!」

 

 俺を含めて一斉に走り出す。

 とりあえず様子見で俺は四人の後ろに着く事にする。

 

 彼らの背中を見つめながら思う。

 

 俺だけが強くなっても駄目だ。

 確かに個人の強さも重要ではある。

 自分の身を守れない人間に他者を守ることなど出来るはずがないのだ。

 だが一人が強くてもすべてを守る事は出来ない。

 戦争に駆り出されたあの頃に、俺はその事を嫌と言うほど思い知っている。

 人生一つ分で得た数々の教訓を無駄にする必要はないはずだ。

 

 時々村を訪れる行商人が言っていたが、懇意にしていた村が滅ぼされていたなどと言う話もざらにある事だという。

 賊の存在はどこにいても付き纏うというのは、俺が知るこの時代となんら変わらないらしい。

 

 この村が、あるいは公覆嬢たちが住む村が賊に襲われないという保証はない。

 

 現状、村の警備体制に意見できるような年齢ではない俺が何か言っても子供の言葉としか受け取ってもらえない。

 この辺りは治安がそこそこ良いようで村人の危機感もそれほど強くないのだ。

 子供であるという事も影響して、以前に雑談に紛れ込ませて『定期的な村近隣の巡回』を提案してみたのだが取り合ってもらえなかった。

 

 今の俺に発言力と言うものは無い。

 無い物ねだりしても仕方がない以上、当初の予定通りに自分に出来る事をしていくしかない。

 いざという時に動けるように。

 

 公覆嬢たちを先導して体力作りに付き合わせているのは最低限、逃げるだけの体力をつけてほしかったからだ。

 未来の武将だからとかそんな理屈を抜きにして彼らは俺の友人だ。

 この訳のわからん世界での初めての友人。

 死なせたくないと思って何がおかしい?

 

 俺は聖人君子ではない。

 すべての人間を幸せにするなんて言葉を自信を持って言えるほどの器などない。

 だがそんな俺にも大切なモノはある。

 それを守る為ならば多少の無理をしてでも手を尽くすべきだろう。

 それこそ必死になって。

 

「こらぁ、とうりん! まじめに走れぇ!」

 

 物思いに耽っている間にずいぶんと離されてしまったらしい。

 かなり遠いところから公覆嬢の声が聞こえてきた。

 どうやら手を抜かれていると思ったらしい。

 かなり怒っている。

 ほんと生まれてくる性別を間違えたとしか思えないな、公覆嬢は。

 

「さっさと来いよ、とうりん~~」

「早く来ないとおいてくぞ!!」

「とうにぃ、早く~~」

 

 口元が自然に弛んでいくのが自分でわかった。

 ほんと、気持ちの良いガキどもだ。

 

「よぉし、いっくぞぉ~~~~~!!」

 

 気合いを入れる為に腹の底から声を出す。

 俺が全力疾走で四人をごぼう抜きにするのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 私は懐かしい気配を感じて部屋の窓から外を見た。

 ゆっくりと動く白い雲とどこまでも続く青空が広がっているのが見える。

 

「どうしたのだ、幼台?」

 

 姉に尋ねられ、なんでもないと答える。

 本当はなんでもないというのは嘘なのだけど、心配をかけたくなかったので黙っている事にした。

 

「なんでもないってことはないだろ? ほら、姉に話してみせろ」

 

 すっごくわくわくしている顔で、私ににじり寄ってくる『この世界』で出来た姉。

 こうなった姉はたとえ両親でも止められない事を私は良く知っている。

 だから正直に話すことにした。

 

「すこし、なつかしいかんじがしたの」

「なつかしい? 前から思ってたがせいはときどきへんな言い方をするなぁ」

 

 そう。

 とても愛しくて、とても優しかった『あの人』の気配を感じた気がした。

 もちろん、それは気のせいだろうけれど。

 

 この世界に生を受けて八年。

 暖かい家族に囲まれて、私は第二の人生を過ごしている。

 

 生まれ変わって一ヶ月間はただひたすら混乱していた。

 愛する人と家族、友人たちに看取られて幸せなまま喪に伏したのに。

 

 まるで夜明けのような眩しさを瞼越しに感じて、思わず目を開けてみればそこは見たことのない部屋で。

 思わず頭上にかざした自分の手が小さくてとても驚いた。

 

 赤ん坊になっているという事実を、しっかりと認識するのにもひどく時間がかかったっけ。

 そして混乱の只中だった私の寝台の横には別の赤ん坊が寝かされていた。

 その赤ん坊が姉だと言うことは、状況に混乱した私の本能的な大泣きを聞いて駆けつけた母が教えてくれた。

 

 その姉があの有名な『孫堅文台(そんけんぶんだい)』だと知った時は、頭が真っ白になるほどに驚いた事を覚えている。

 

「ふふふ」

「なんだ? 何か面白いことでもあったのか?」

 

 好奇心旺盛な姉は何にでも興味を示す。

 特に私の事になるとどんな些細な事でも見逃さない。

 それが嬉しくて、でも対応に困ってしまう事がある。

 

 今がまさにそれだ。

 まさか自分が生まれた時の事を思い出していたなんて言えない。

 下手に誤魔化しても姉はすごく勘が鋭いからきっと気づかれてしまうだろう。

 

 うん。せっかくだから前から聞きたかった事を聞いてしまおうかな?

 

「ねぇ姉上。もしも……もしもわたしに好きな人ができたら姉上はわたしをしゅくふくしてくれる?」

 

 この質問は予想外だったらしい姉は目を丸くして驚いている。

 しかしすぐに十歳児とは思えない、でもこの上なく似合っているニヤリ笑いを浮かべるとこう言った。

 

「しゅくふくする前にそいつにはわたしとしょうぶしてもらうぞ。わたしにかてないようなやつに大事な妹はやれん!」

 

 前世での頑固親父のような事を言う姉。

 正直、そういう言葉が出てくるのは予想していた。

 だから私は予め用意していた言葉を言う。

 

「だいじょうぶだよ、姉上。わたしが好きになった人なら姉上だってたおしちゃうから」

「ははは! それはたのしみだなぁ」

 

 本当に楽しそうに笑う姉と一緒に私も笑う。

 

「(ねぇ、玖郎。あなたがもしもこの世界のどこかにいるのなら私を見つけだしてくれるって期待しても良いよね?)」

 

 彼がこの世界にいる保証なんてない。

 たださっきふと感じた懐かしい気配だけが私に儚い希望を抱かせていた。

 


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