本年も拙作『乱世を駆ける男』をよろしくお願いいたします。
反董卓連合との激突を目前に控えた軍議の席。
「先陣は呂布殿で決まりですぞー!!!」
虎牢関にいる主だった武官、軍師が揃っての第一声はふんすふんすと鼻息荒い陳宮のものだった。
呂布自身も最初からそのつもりのようで、直属の軍師の言葉にむんと両手を握り込みながら頷いている。
「まぁ一番槍を呂布が行うというのに異論はない。前々から最有力の手として候補になってたわけだしな。思い切り暴れて奴らの士気を砕いてくれ」
代表した俺の言葉にちびっ子軍師は「当然ですな!」と満足げに頷く。
「ならウチと馬超は呂布の後詰めやな」
「応っ!」
努めて冷静にしている様子の張遼に対し、気合十分の馬超。
「俺たち凌操隊は馬超たちが出る時の馬に相乗りさせてもらう。適当なところで降りた後は戦場の攪乱だ」
基本的な役割は汜水関と同じだが、さんざんやられているあちらの警戒は跳ね上がっていると見ていいだろう。
間違いなく難易度を上がるはずだ。
特に俺は汜水関で目立ち過ぎている。
反董卓連合側からすれば、要警戒対象であり、優先度の高い排除対象だろう。
正直なところ、今回は相当危険な役割だ。
だがだからこそ衆目を集めて引き付けられれば他が動きやすくなる利点にもなる。
「砦の守備は我ら孫呉が受け持つ」
「よろしゅう。申し訳ないんやが全体の指揮は引き続き黄蓋にお願いするで」
「承った」
今までの軍議でどう戦うかさんざん話し合い、それぞれに出来る事を煮詰めてきた。
反董卓連合が目前に迫った今回の軍議はいわば最終確認の場だ。
「反董卓連合は洛陽に近付き過ぎた。今後、旗色悪しと判断したとしても易々と撤退は出来ないほどに。経緯はどうあれ汜水関を奪ったという実績もある以上、これからしばらくは精神的にも撤退を選択する事は難しいと思われます」
その場の全員が神妙な顔つきで祖茂の言葉を聞いている。
「さらにあちらには間者も忍ばせているので汜水関の時のように、そちらからの援護も期待出来ます」
甘卓や周泰たち隠密部隊は『今も』あちらに潜んでいる。
こちらの状況に応じて手を打ってくれるだろうが、出来れば『本来の役割』に集中して欲しいところだ。
そんな風に会議が進む中、呂布だけはいまいち分かっていないようで目を泳がせている。
「あー、呂布殿。つまりしばらくの間はどれだけ劣勢になってもあちらさんは尻尾を巻いて逃げるって事が出来ない。蹂躙し放題だから思う存分やっていいぜって事だ」
呂布の様子を見かねた程普のフォローの言葉に彼女は目を輝かせてうんうんと頷く。
理解したという態度ではあるが、おそらく本当に理解できたのは「蹂躙し放題」の部分くらいなんだろうな。
まぁそれで問題があるわけでもない。
良いところで切り上げさせるのも俺たちの仕事だろう。
「暴れるのは良い。だが止められたらそこで速やかに戻る事。これを忘れないように、な?」
「うん」
ついつい子供に言い聞かせるように伝えると、とても素直な返事が返ってきた。
思わず頬が緩んでしまったが、頭を撫でるのは自重して深呼吸を一つして心を落ち着かせる。
いかんな、彼女の純粋さに引っ張られて気を緩めるところだった。
戦の時が迫っている状況で、これは流石に良くない。
俺は気を引き締める意味を込めて手をパンと軽く叩く。
会議室の注目が俺に集まった。
「戦場は常に動くもので勝負に絶対は無い。どうしても残る不安要素は行動でねじ伏せるぞ。勝つのは俺たちだ」
「「「「「おおっ!」」」」」
それから数刻の間、俺たちは綿密な段取り確認を続ける。
「勝利のために最善を尽くす」というの意識を共有している実感を抱きながら、刻一刻と迫るその時の為に。
ところ変わって反董卓連合。
虎牢関を目前に控えた最後の駐屯地の一角。
その天幕の中に曹操、劉備、公孫賛の陣営の主だった者たちが勢揃いしていた。
「虎牢関で開戦となる直前、袁紹は必ず董卓連合に舌戦を仕掛けるわ。『汜水関を取った我々への抵抗は無意味だ。今、負けを認めれば悪いようにはしない』とそんな的外れな事を言うでしょう」
曹操による傲慢そのものと言っていい袁紹の発言予想に顔を強ばらせる者、引き攣った顔をする者とその反応は様々だ。
だが袁紹ならばありえそう、というところで内心は統一されている辺り、集まった面々の袁紹への評価が分かるというものだろう。
「私たちの軍は袁紹が埒もない会話をしている間に殿から最前戦へ突撃する。これは舌戦が終わると同時に仕掛けてくるだろう反董卓連合を受け止め、軍全体の即時瓦解を防ぐ為よ。はっきり言って今、最前戦に出るつもりでいる袁紹や諸侯に彼らを止める事は出来ない。初手での被害を抑え、士気を保つにはそれくらいしなければならないわ」
曹操、劉備、公孫賛らは袁紹によって虎牢関での戦いは最後尾に配置されていた。
袁紹はその配置を『汜水関方面からの奇襲に備えるため』だなどと宣っていたが、それを言葉そのままに受け取っている者はいないし、名采配だと思う者もいない。
なんならその指示を出す主君に文醜、顔良は顔を真っ青にしていた事を鑑みれば、配下から見てもこれが悪手であると認識されているほどだ。
しかし劉備と公孫賛はともかくとして曹操はその采配を一蹴する事が出来た。
あえて異を唱える事なく、こうして『同盟相手』と密会しやすい環境に身を置く事にしたのだ。
「夏侯惇、夏侯淵、許緒、典韋隊には呂布を止めてもらうわ。もし呂布が出てこなければ虎牢関の門前制圧に動くように」
「「「「はっ!」」」」
主の命に迷い無く四人は頷く。
「公孫賛軍からは趙雲隊を出す。一番槍、頼むぞ」
「大役承りましたぞ」
飄々としながらも自信に満ちた笑みを浮かべる彼女に、公孫賛は頼もしいとばかりに頷く。
客将という立場ではあるが、趙雲の強さとその働きは信頼に値すると公孫賛軍の誰もが認めるところでこの采配に文句は出ない。
「劉備軍からは関羽隊、張飛隊を出します。お願いね、二人とも」
「御意に」
「任せるのだっ!」
未だ己の進むべき道に迷い続ける劉備。
その迷いに答えを出すためにもこの戦いから逃げる事は許されないと考える事で今この時だけは立て直していた。
しかし彼女のそれは親しい者たち、それなりに関わりを持った聡い者たちには一時的な物、虚勢に限り無く近いものであると思われてもいた。
そんな彼女が指名したのは自軍の二枚看板にして誓いを立てた義妹たち。
彼女らの返事に込められた気迫の心強さに劉備は無意識にほっと息を付いていた。
「汜水関での戦いを見ればただ虎牢関の堅牢さに頼った籠城戦に留まらないでしょう。必要なのはどんな手を使われても冷静に対処する事。数だけならこちらが圧倒している以上、あちらの手を一つ一つ丁寧に潰し続けられればこちらの勝利よ」
味方を鼓舞する曹操の姿は自信に満ちており、対等の同盟者として彼女の横にいる劉備と公孫賛の顔にも不安は見当たらない。
集まった者たちはそんな主たちの姿に後押しされ、汜水関での借りを返すのだという意志をより一層固める事が出来た。
「何があっても私たちを信じて付いてきなさい。その先に勝利があるわ」
「「「「「おおおおおっ!!!!」」」」」
その激励の言葉にある『含み』に気付いている者は半分にも満たない。
「「……」」
この集会を外から窺う者たちの存在に気付いている者はさらに少ない。
「上手くいっていると判断していいと思いますか?」
「いや……最後まで警戒を怠らない方がいい。劉備と公孫賛はともかく曹操はこちらが隙を見せれば容赦なく食いついてくるぞ」
「了解です。ではこの事はその時まで秘匿するように」
「ああ」
様々な思惑が錯綜し、集約する場所『虎牢関』。
その時は刻一刻と迫っている。