乱世を駆ける男   作:黄粋

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大変遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
今年も拙作をよろしくお願いいたします。


第百三話 汜水関の戦い その二

 不意打ちと混乱用にと門をぎりぎり通れるくらいの大岩を砦に搬入したのは俺の提案だ。

 

 汜水関へ万全の状態で入城する必要があったため、機動力を落とす投石機はすべて洛陽の守護に回している。

 だからこれは本来なら無用の長物。

 だがそれは『投石機並みの腕力を持つ人間』がいれば話が変わる。

 

 前世を覚えている俺と陽菜からすれば冗談のような前提だ。

 ただ幸いなのか不幸なのかの判断に苦しむが、この世界ではこの前提を満たす人間は割と多い。

 その人間に俺も含められるという現実には割と笑うしかない。

 

 まぁその辺りを材料に持ち込みを認めさせて、汜水関への道中で拾ってきたのがこれだ。

 

 そして俺たちは今、正門の裏にいる。

 大岩を一番前に配置し、いつでも出撃出来るように、だ。

 ちなみに城壁をよじ登ってきた連中はもれなく捕縛済みだ。

 

 今回の策は『押し負けて門を制圧された振り』をして気が緩んだ反董卓連合に奇襲する、というものだ。

 ただ初手で少しでも相手を混乱させる為にまず大岩を弾き飛ばす事にした。

 

「まさか実際にこういう使い方をする事になるとはなぁ」

 

 横で呆れるようにぼやく激。

 まったく同感だがそろそろ切り替えろという目で睨むと、「へいへい」と気のない返事ながらも空気を引き締めてくれた。

 

「最終確認だ。門が開いた瞬間に俺が大岩を吹き飛ばす。飛んでいったら3つ数えて騎馬隊、歩兵隊が順に出撃。いいな?」

 

 無言だが全員の意思が統一されたのを感じ取る。

 ゆっくりと開く巨大な門扉から差し込む外の光を前にしても、俺たちはただ地に伏して獲物を待ち構える狼のようにその時を今か今かと待ち構える。

 

 そして。

 

「っ!!!」

 

 俺の両足が地面を叩いて振るわせる。

 その踏み込みによって余す事無く力が注ぎ込まれた両手の掌底が大岩に触れた瞬間。

 轟音と共に巨大な砲弾になってそれは門を飛び出していった。

 

「三っ!」

 

 飛び出した大岩に唖然として動きが止まる反董卓連合軍。

 隣で激が腰を落とす。

 

「二っ!」

 

 正面にいた兵士たちが潰されても尚、大岩は転がっていき、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように大混乱に陥る。

 背後で馬のいななき、誰かが息を吐く声が聞こえた。

 

「一っ!」

 

 俺を追い抜くように騎馬隊が飛び出していく。

 

「今や! 蹂躙せいっ!!」

「異民族相手に猛威を振るってきた私たちの力を奴らに思い知らせろっ!!」

 

 その背を追うように俺もまた戦場へ飛び出した。

 

 

 

 気付いた時、彼女の目の前に男はいた。

 

「っ!?」

 

 不意を突かれた事を踏まえてもその剣閃は鋭く、袁紹軍にて二枚看板を張っている彼女をして防御に全力を注がなければ危ういところだった。

 

「……」

 

 襲撃してきた男は無言のまま二振りの直剣で斬りかかる。

 

 彼女も負けじと大槌を横薙ぎに振るうべく腰を落として構える。

 受ければ何の変哲も無い直剣など粉々に出来るという確固たる自信を持って迎え撃たんと。

 

「……っ!? やぁっ!」

 

 しかし彼女が大槌を振るう直前。

 相手の左の直剣が大槌を叩いた。

 彼女はその一撃が自分の身体に当たっていない事を認識し、構わずに大槌を振り抜く。

 その一撃はあっさりと避けられてしまい、大振りの隙を突くように右の直剣による突きが迫る。

 

「ううっ!?」

 

 なんとか引き戻した大槌の身体でその突きを防ぐも、衝撃まで殺しきれずに弾き飛ばされてしまう。

 幸運にも開いた間合いを維持しながら、彼女は襲撃者を改めて観察する。

 

 自分の攻撃を止められた事などなんとも思っていない事だけが伝わる感情を読み取らせない表情をした男は、流れるように次、そのまた次と双つの剣による連撃を放つ。

 開いた間合いはあっという間に詰められてしまった。

 しかし詰められた間合いを彼女の剛力による攻撃によって強引に取り直す。

 

 付かず離れず剣の距離を求めて行われる苛烈な攻め。

 それに対して小回りの利かない大槌という相性が悪すぎる武器で彼女、『顔良(がんりょう)』は精一杯善戦していた。

 

「顔良っ!!」

 

 相棒のピンチに駆け寄ろうとしていた『文醜(ぶんしゅう)』の前に、顔良のものよりさらに巨大な大槌を持った人物が立ちはだかる。

 

「あんたの相手は私だよ。余所見していたら叩き潰すからそのつもりでね」

「(あの人は劉備さんたちの部隊の人が言っていた汜水関の門前をを守っていた人。そして私の前にいるのは公孫賛さんの白馬隊に被害を及ぼした人。孫呉の四天王『韓当義公』と『祖茂大栄』!!)」

 

 顔良は自分たちを襲撃してきた人物をその特徴から正確に当てていた。

 直接ぶつかり合った数手だけで相当な手練れである事を読み取った彼女の頬を汗が伝う。

 

「はっ!!!」

 

 祖茂の攻撃は面と向かって相対してみれば対応出来ないほど速いわけではなかった。

 だというのに顔良は何故か攻撃に転じる事が出来ない。

 彼女が攻撃を繰り出そうとする瞬間に、あちらの攻撃を挟み込まれて出鼻を挫かれてしまう。

 それを無視して力押しで攻撃するが、それは全力を出し切れていない中途半端な攻撃になってしまっているのだ。

 

 これが祖茂の先の先を取り、後の先を突く戦法。

 華雄との模擬戦のように先手で相手を倒せるなら容赦なく倒しにかかるが、本来の彼の戦闘スタイルはこういうものなのだ。

 相手は戦いの流れを完全に祖茂に握られ、思い通りに戦う事が出来ない気味の悪さに平時の能力を発揮する事が出来なくなってしまう。

 特に顔良のような思慮深い人間は。

 

「うぅっ……(違う。今まで対峙してきた相手と何かが違う。まるで手を伸ばしても掴む事が出来ない、触れる事も出来ない水面に映った月のよう。自分の調子が狂わされていくのが嫌でも分かっちゃう)」

 

 自分を見据える祖茂の冷たい視線によって、顔良が感じる得体の知れなさを増長させていく。

 まるで何をやっても無駄だと語りかけているようで、戦意や闘志がガリガリと削り取られていくのだ。

 

「どりゃぁああああ!!」

「そぉおらぁああああ!!」

 

 そんな彼女の視界の端に大剣と大槌がぶつかり合う様子が映る。

 押し負けて弾かれたのは文醜の方であった。

 その背中が偶然にも顔良の方に飛ばされ、思わず隙を晒すのも構わずに受け止める。

 

「文ちゃん、大丈夫!?」

「あはは! 顔良、ありがとな!!」

 

 旗色が悪いのに、こんな時でも彼女はいつも通りの調子を崩さない。

 そんな彼女のお蔭で顔良は気圧されて怯んでいた心に活が入った。

 

「なにやってるのさ。この二人は分断して戦う手筈だったでしょ?」

 

 その感情の乗った言葉が、相対していた人から放たれたという事実に顔良は目を見開く。

 恐ろしく冷たく正確にこちらを翻弄した剣技から想像出来ないとても柔らかな声だった。

 

「ごめんごめん。つい力加減を間違えたよ」

 

 呆れた視線を向けられながら悪びれた様子もなく彼の横に並ぶ韓当は文醜とよく似た雰囲気の明るい人物だった。

 なんとなく文醜の奔放ぶりに振り回されている自分が想起され、妙な既視感を覚える。

 お互いに隣り合って向かい合っているとまるで鏡映しのようだとすら思えた。

 

「まぁなったものは仕方ないだろ?」

「それはそうだね。それに……やることは変わらない」

 

 しかし次の瞬間、眼前の二人の気迫が増す。

 今まで本気ではなかったのだと理解させられ、顔良と文醜は顔を引き攣らせた。

 

「「それじゃ続けようか?」」

 

 顔良は声をかけられた瞬間、自分の死をはっきりと幻視して全身から汗が噴き出した。

 それでも武器を握る手に力を込めて構える事が出来たのは、彼女にとっては精一杯の虚勢であり、武官としてのなけなしの矜持でもあった。

 

「……顔良、頑張って生き延びような」

 

 相方の声の震えを指摘する余裕もない。

 彼女らは迫り来る死の予感を掻き消すために叫び声と共に武器を振るった。

 

 彼らの狙いが最初から標的を自分たちに絞った時間稼ぎであり、主である袁紹を自分たちから引き剥がすことであった事に気付いたのは全てが終わった後の事。

 完全に手玉に取られて翻弄されたという苦い苦い記憶と共に建業に対する複雑な思いを抱く事になる。

 

 

 

「ここから先は通さんぜ、お嬢ちゃんたち」

 

 程普の目の前には三人の少女がそれぞれ武器を構えている。

 全身に傷を持つ白髪の少女『楽進』、眼鏡をかけた直剣二刀流の少女『于禁(うきん)』、ごつい絡繰りを持った少女『李典(りてん)』。

 曹操配下で三羽烏と呼ばれている者たちだ。

 

「おじさん誰なの?」

「阿呆か! 孫呉の四天王程徳謀はんやろ! あの独特の掌包んどる手甲と腰の短弓は間違いないわ!」

「曹操様に特に警戒しろと言われてる方のお一人だぞ。あと相対している武官相手にそんな呼び方をするんじゃない!」

 

 幼馴染みだという三人のやり取りに自分たちのそれと似た軽妙さを感じ取るも、それを顔には出さずに拳を握る。

 

「これでも一児の父親なんでな。君らからすればおっさんだろうから呼び方なんて気にしなくていいぜ。ああ、もちろん手加減なんて期待してくれるなよ。そっちが俺を知っているように俺もそっちを知っているんだからな」

 

 侮りも慢心もない、と言外に示す彼の静かな気迫にふざけている場合ではないと感じた三羽烏はそれぞれの得物を構え直す。

 

「孫呉が四天王、程徳謀。俺の攻撃は速いぜ?」

 

 挑発的に言い放ち、軽い音と共に彼は地を蹴った。

 最初の標的は李典。

 空気が爆ぜる音と共に放たれた拳は、武器を真正面にして待ち構えていた彼女の視界から身体ごと消えてその横っ腹を叩いた。

 

「はっ……? ぎゃんっ!?」

 

 正面から突撃してきたはずの相手が突然消えたように李典には見えていただろう。

 それは言葉にしてしまえば一歩目の踏み出しで正面に踏み出し、二歩目で急激に進行方向を変えただけの事。

 ただそれらの動作があまりにも速い足捌きで行われた事によって、相対している彼女からは目前から消えたように見えるという、言ってしまえばただの錯覚である。

 しかしその効果は覿面であり相手が消えるという予想外の事態で生じた隙は、程普の拳を受けるにあたって自殺行為でしかない。

 

「ふっ!!」

「ぎっ、あだっ!? な、この!……うぐっ!?」

 

 程普の両拳が繰り出されるたびに空気が爆ぜ、李典が武器で防御しようとするその上からすり抜けて刺すような痛みが叩き込まれていく。

 武器の腹で幾らかの攻撃は防げている、いや防がされている為に、彼女は攻撃に出る事が出来なくなってしまっていた。

 反撃に出る為に武器を振ろうにも、相手の乱打が激しすぎて身動きすらも封じられてしまう。

 

「李典ちゃん!!」

「今、助けるっ!」

 

 楽進と于禁がそんな一方的に攻撃されている親友を放っておくはずがない。

 

「てやぁっ!!」

「お覚悟っ!!」

 

 曹操の元で鍛えられたのだろう直剣の攻撃は充分に速く、凌操の弟子でもあり本人が生真面目に鍛錬に励む気質の楽進の跳び蹴りは鋭い。

 しかし程普を慌てさせる事はない。

 

 速い剣も鋭い体術も、彼は身内から嫌と言うほど味あわされてきている。

 そして彼女らのそれは程普が味わってきたものより現段階では劣るのだ。

 そんなものが攻めてきたところで、恐れるに値しない。

 

「ほらよっ!」

「うあっ!?」

 

 しっかり握っていたはずの于禁の直剣が腕に走る激痛と共に宙を舞う。

 次いで鳩尾に容赦ない拳が打ち込まれ、彼女は叩き付けられるように地面を転がった。

 

「于禁!」

 

 仲間が吹き飛び、楽進は思わず声を上げる。

 

「隙ありやでっ!!」

 

 僅かな間だけ標的から外れていた李典が好機と見て絡繰りの槍を繰り出す。

 だが胴体を突こうと繰り出されたそれは避けられ、反撃の拳が李典の頬を打ち込まれる。

 

「あ、が……」

 

 脳に直接届いた衝撃に視界が真っ白になった李典はそのまま倒れ込んでしまう。

 

「李典っ! くっ!?」

 

 流れるまま楽進に襲いかかる程普であったが、凌操の弟子としてその薫陶を一部ながら受けた事がある彼女は、視界から消えて真横から迫る拳を反射的に受け止める事が出来た。

 

「おお、防御出来たか。流石はあいつの弟子だな」

 

 軽く振るわれたように見えるがとても重い拳を引き、距離を取った程普に対して楽進も構えを取る。

 

「だが受けているだけじゃ勝てんぜ」

「存じ上げております(とはいえ、隙がない。私一人じゃ時間を稼ぐ事も難しい)」

 

 直情型ではあるが、考えるだけの頭はあり、三羽烏の中ではもっとも戦いに向いている楽進は、戦場の空気に当てられて荒れ狂っている頭をどうにか宥めて今置かれている状況を整理する。

 

「しかし敵わずとも、引く事は出来ません!」

「その意気やよし!」

 

 両手を頭の上に上げて握り、前傾姿勢を取る独特の姿勢から程普は楽進目掛けて突撃する。

 実力は伴わずとも気迫だけは負けぬと大きく吼え、楽進は疾風へ挑みかかった。

 

 

 

「ちぃ! 噂に違わず、いやそれ以上に強いな! 張文遠!!」

「そっちもやるやないか。夏侯元譲!!」

 

 袁紹たちの混乱に乗じて騎馬隊で戦場を蹂躙していた張遼は、救援に駆けつけた夏侯惇の隊に捕まっていた。

 馬上では張遼に部があったのだが、夏侯淵の援護射撃によって生まれた一瞬の隙を突かれて馬から引きずり下ろされてしまっている。

 今や正面切っての武と武のぶつかり合いだ。

 小手先の技術ではなくただただ純粋な、恵まれた才能と日々の鍛錬の成果を思う存分に発揮する武人にとっての晴れ舞台。

 両者ともこの一週間は様子見に徹していた為、その意気は天井知らず。

 さらに相手が実力伯仲の相手ともなればその盛り上がりは尋常なものではない。

 

 大剣が、偃月刀が風を裂いて地面を砕く。

 両者とも目に見えた手傷は見えないが、一撃でも当たれば勝敗に直結するシーソーゲームだ。

 

 彼女らの周囲ではそれぞれの部下たちも武器を交えている。

 今のところ将軍同士の対決も含めてほぼ互角といったところだろう。

 

「あの方と戦場で相対する事こそ最大の目的としていたが、それは驕りであった! 貴様らを侮ったこと謝らせてもらう!」

「顔つき合わせて武器向けあっとる相手になんやねん、それ。馬鹿過ぎるやろ」

 

 まるで猪かと思うほどに夏侯惇の気質は真っ直ぐだった。

 わざわざ敵を相手に自分の内心を話して自分が間違っていたと謝る相手などそうはいない。

 だからこそ張遼は呆れつつも、夏侯惇に対して好感を抱いていた。

 彼女はこういう馬鹿が大好きな人間だったからだ。

 

「まぁええわ。退く気はお互いにないんや。どっちかがぶっ倒れるまでやり合おうや、なぁっ!!」

「望むところだっ!!」

 

 好戦的な暴風がぶつかり合い、その煽りを受けた周囲の兵士が吹き飛んでいく。

 しかもこの二つの暴風はお互いしか見えていないのか、戦場を移動しながらぶつかるので巻き込まれる者が続出し、逃げ遅れた者たち(主に袁紹軍)への被害は拡大していった。

 このぶつかり合いは彼女らの間に凌操が割って入るまで勢い衰えることなく続く事になる。

 

 

 

「所詮は袁紹の勝ち馬に乗るために来た烏合の衆。どさくさで本陣にちょっかいかけられるかと思ったのは甘かったかぁ」

 

 目の前で自身の身の丈を越える鉄球を構える桃色の髪を左右で団子にまとめた少女と彼女が従える部隊を前に馬超は自分の浅はかさを悔いていた。

 

「へっへー! ここから先は通さないよ」

 

 活発に笑う少女の姿だけ見れば、邑や街で見かける元気一杯な子供そのものだ。

 彼女の名は『許緒仲康(きょちょ・ちゅうこう)』。

 曹操軍親衛隊に所属する武官であり、その怪力は夏侯惇に競り勝ってみせるほどの猛者だ。

 

 馬超隊は張遼隊と出撃後、すぐに二手に分かれていた。

 張遼隊は混乱する最前戦を引っかき回す役割を、馬超隊は逃げようとする者たちへの追撃を主な役割として行動している。

 

 馬超たちは大岩による奇襲の混乱が思ったより大きく、指揮もなにもなく逃げ惑う者たちへ襲いかかり、物のついでにと未だに事態を把握出来ていない本陣へ強襲をかけようとした。

 そこに巨大な鉄球が飛んできたことで、それ以上進めない状況に陥ってしまったのだ。

 

「そうかぁ、通す気はないか」

「うん!」

 

 笑顔でとても元気の良い返事に馬超は思わず破顔する。

 妹たちよりも小さい子供にちょっと気を許してしまいそうになっていた。

 とはいえ相手は現状では敵なので、それ以上絆される事はないのだが。

 

「じゃあ……押し通らせてもらおうか」

「返り討ちだよ、お姉さんたち!」

 

 日常生活であれば気が合いそうな二人の武器が激突する。

 冗談のような鉄球を軽々と振るう許緒も尋常ではないが、飛んでくるそれを真っ向から槍で迎え撃つ馬超も常識外れの力である事が分かるだろう。

 

「そりゃぁあああーーーー!!」

「おりゃぁああああああっ!!」

 

 彼女らの気迫の声を合図に配下たちも雄叫びと共に突撃し乱戦へと突入した。

 

 

 

 馬超に付き従っていた馬岱は、足止めされた馬超の指示で隊の半数を率いて許緒を避けて戦場を大回りして本陣へと進もうとしていた。

 しかし程なく許緒の鉄球に勝るとも劣らない大きさの巨大な円盤が回転しながら進路の地面を削り取り、部隊は丸ごと足を止めざるを得なくなる。

 部隊の進路を噛み砕くように走る円盤の破壊痕に馬岱は顔を引き攣らせながら、攻撃してきた少女とその後ろに控える兵士たちに視線を向けた。

 

「あっぶないなぁ……。あ、曹操親衛隊の子だ」

「私の事、ご存じなんですね。光栄です、馬岱さん」

「そっちも私の事知ってるじゃん、典韋(てんい)ちゃん」

 

 少女はきりっとした顔で戻ってくる円盤を受け止め、威嚇するように振りかぶって構える。

 薄緑色の髪が揺れ、それに合わせて額にかかる髪に付けられたリボンも揺れた。

 彼女の名は典韋(てんい)。

 許緒とは親友であり、その縁で曹操軍に加入するとあっという間に頭角を現し、許長同様に親衛隊に上り詰めた少女だ。

 あまり外部には知られていないがその料理の腕前も美食家の曹操に認められている。

 

「う~ん、事前に話は聞いてたけど相性が目に見えて悪いなぁ」

 

 超重量の武器とそれを手足のように操る典韋に対して手数と頭を使って戦う馬岱。

 純粋な腕力にここまで明確な差があるというのは、それだけで不利である事を彼女は義姉や叔母、そして親友のお蔭でよく知っている。

 

「ここから先に進まず、引いてくだされば私から攻撃する事はありません。私たちの役目は本陣へ向かう董卓軍の妨害ですので」

 

 意外な言葉に馬岱は大きな目をぱちくりと瞬く。

 まさか引けば見逃すなどと言われるとは思わない。

 普通なら舐められていると取られても仕方の無い発言だ。

 そう受け取った背後の部下たちがいきり立つが、馬岱はそれを片手で制する。

 典韋の真剣な眼差しに侮りなどの色がないこと、相手の発言を自分の中でしっかり咀嚼して受け流す事が出来る元来の性格から彼女はその言葉をそのまま素直に受け止めていた。

 

「ふふ、敵の愚痴にそんな真剣に応えなくていいよ。ごめんね、なんか気を遣わせちゃって」

 

 この短いやり取りで馬岱は目の前の彼女がとても真面目で堅い子なのだと理解していた。

 対峙している相手の戯けた愚痴にこんな対応をするのならば筋金入りの良い子である。

 

 同時にこうも思った。

 『そんな子であるならばやりようはある』と。

 

「まぁはいそうですか、って引くわけにはいかないから。……戦おっか」

「……分かりました」

 

 槍を上に掲げ、ゆっくり下ろして中腰に構える馬岱。

 いつでも円盤を放てる体勢を取る典韋。

 

「(仕掛けるのが私とは限らないんだけどね)」

 

 その思考を読んだようなタイミングで、彼女たちの間に頭上から何かが降ってきた。

 

「えっ?」

 

 まったく想定していなかった乱入物に典韋は間の抜けた声を上げて、落ちてきた物を見つめる。

 導火線に火が付いた丸い物体は、どう形容しても爆発秒読みの何かであった。

 

「っ!? 皆さん下がってください!」

 

 彼女がぎょっとして思わずそう指示を出し、後方に下がったとしても仕方ない事だろう。

 

「(ありがとう、徳さん!)」

 

 対して馬岱はそれがどういうもので、誰が投げ入れたかを理解しているからこそ心中でお礼が言えるほどの余裕があった。

 事前の打ち合わせで幾つかの遭遇に対処する方法が周知されており、これはその一つのパターンにがっちり当てはまるものだったからだ。

 伝授者に曰く『時間がかかる相手との遭遇時の場の荒らし方その三』。

 尚、別にこれを使う事は強制ではなく、基本的に各自の考え方に任せている。

 なので今のところ馬岱以外の面々は遭遇した名のある武官に対して真っ向勝負しているのだ。

 

「はっ!」

 

 馬岱は目の前の爆発物を槍の石突きで上空へ跳ね上げた。

 放物線を描いたそれは典韋たちの頭上へと飛んでいく。

 

「しまっ……」

 

 そこで導火線の火が本体へ辿り着く。

 すると球体が一瞬で燃え上がり、周囲に勢いよく黒煙を撒き散らし始めた。

 あっという間に視界が煙に遮られる。

 典韋は想定外の事態に慌てて自分の武器で煙を払いのけようと振り回すが煙の勢いが強すぎて意味がない。

 そうして他の事に気を取られてしまった彼女とその部下たちは、馬岱たちの次の行動を許してしまう事になる。

 

「全軍突撃ぃっ!!」

「「「「「おおおおおーーーーーっ!!!!」」」」」

 

 この煙に乗じて仕掛けてくるのか、と典韋たちが視界が悪い中で警戒する中。

 蹄の音が遠ざかっていくのがわかった。

 

「あ! あの人、私たちを無視して本陣にっ!?」

 

 気付いた時には手遅れであり、より勢いを増した煙のせいで追いかけるのも容易ではなく。

 典韋たちは完全に出し抜かれた敗北感に臍を噛む事になる。

 

 

 

 反董卓連合による反撃が始まってほんの僅かな間に各所で激戦と駆け引きが始まっている。

 しかしそれもまたほんの一握りに過ぎず、それと知られぬよう水面下で動いている者もいる。

 

 勘の良い者、思慮に富んだ者は既に気付いている。

 どのような形であれ汜水関の戦いは大詰めを迎えようとしている事を。

 

 


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