乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百話 汜水関の戦い その一

 関羽が汜水関を前にして行った見栄切りは、汜水関側の矜持をこの上なく刺激し彼らを引きずり出す事に成功した。

 当初の反董卓連合側はそう思っていた。

 

 速やかに開かれた門から現れる騎馬隊の姿によって降伏の為の開門ではない事に、そう上手くはいかないかと彼女は落胆する。

 

「(いや、普通に攻め込むには難のある汜水関を開門させ、兵を一部でも引きずり出せただけでも良しとせねばな)」

 

 そんな事を考えるくらいに、この時の関羽には余裕があった。

 

「馬を相手に正面から矛を交える必要は無い。槍と楯で相手の攻撃をいなし、突撃の勢いを削ぐ事に集中せよ!」

「「「「「応っ!」」」」」

 

 気持ちを切り替え、騎馬隊を迎え撃つべく指示を出す。

 速やかに行動する兵士たちの動きは淀みがなく、日頃の訓練の成果を存分に出していると言えた。

 

 程なくして迫る騎馬を前に武器を構えた彼女は、真っ直ぐに己を目指してきた騎馬隊の先頭を行く良く似た得物を持つ張遼とぶつかり合う。

 

「「はぁっ!」」

 

 ぶつかり合った武器が空気を弾き飛ばす。

 そのまま騎馬の機動力を殺す事無く横を通り過ぎた張遼は、弧を描くように馬を走らせ関羽への再突撃を狙う。

 その際に行きがけの駄賃とばかりに周囲の雑兵を斬り伏せていった。

 そして彼女に倣うように他騎馬隊の面々もまたその場で迎え撃とうとしていた劉備軍の兵士たちに襲いかかる。

 

 彼らは迫り来る騎馬隊に対して関羽の指示通りに馬上から振るわれる武器を楯で防ぎ、槍を馬の眼前に突き出す事で動きを封じようとした。

 だがしかし。

 

「横ががら空きだぞっ!!」

 

 張遼隊を正面に据えて対応しようとしていた劉備軍を真横から馬超隊が強襲。

 楯は正面に構えていなければ効果は望めず、槍を馬超隊に向けてしまえば張遼隊の突撃に対応出来ない。

 関羽が指示を出そうとするが、再度突撃してきた張遼の攻撃によって遮られてしまう。

 

「あんたはうちだけ見とけやぁっ!!!」

「ぐっ!? 貴様っ!!」

 

 馬から飛び降りて張遼の戟と関羽の戟が交差し、鍔迫り合いの様相を呈する。

 こうなってしまえば関羽は隊へ指揮をする余裕を失い、目の前の敵に集中せざるをえない。

 短い攻防ながら、彼女らは互いの実力が拮抗していると感じ取っているが故に。

 

「これほどの力に、その偃月刀。貴様が張遼か!」

「やったらどうした?」

 

 張遼は武器を引き、横に薙ぎ払う。

 関羽はその攻撃を刃で受け流し、反撃の突きを放つも避けられてしまう。

 だが彼女の狙い通りに距離を取る事には成功していた。

 互いの距離が離れるのを幸いに関羽は口火を切る。

 

「これほどの力を持ちながら、自ら名乗りを上げる武人の矜持を持たぬか!」

「阿呆が。こっちは後が詰まっとるんや。なんでたかが一勢力の一武官を相手にいちいち名乗らなあかんねん」

「なんだと! 貴様、私だけでなく劉備様も愚弄するかっ!」

 

 にべもなく切り捨てるその言葉に関羽は激昂するも、それを見つめる張遼の目は冷ややかだ。

 

「うちを相手にするのが精一杯なあんたには部下の声が聞こえへんか?」

「っ!?」

 

 嘲笑すら滲ませた指摘に関羽が慌てて周囲を見回せば、張遼隊と馬超隊に蹂躙され陣形を崩された自軍の姿があった。

 思わず軍の立て直しに意識を取られたしまった関羽は指揮官としてならば正しかったのだろう。

 

「陣形を立て直せ! 敵を倒す事より合流する事を優先し、がぁっ!?」

 

 しかし意識を散らされたその隙を張遼が見逃すはずもなく。

 かろうじて武器による防御は間に合ったものの、吹き飛ばされて地面を転がってしまう。

 

「余所に構ってる余裕なんぞうちがやるとでも思っとるんか? ああっ?」

 

 追撃の振り下ろしに髪を何房か持って行かれながら立ち上がる関羽にドスの効いた声でがなり立てる張遼。

 戦いの流れを張遼に持って行かれているのは誰の目にも明らかだった。

 

「(まずい、このままでは……)」

 

 あまりにも早すぎる状況の変化に関羽は戦慄し、冷や汗が頬を流れ落ちる。

 

「終わりか? ならとっとと死ねや」

 

 一貫して自分の事を歯牙にもかねない態度を取る張遼に怒りがこみ上げるが、自身が追い詰められている事を彼女は理解していた。

 故に関羽は目の前の敵から意識を外すことなく、この状況を打開する手段を必死に模索する。

 

「(私が生き残っても兵たちが壊滅しては意味がない。どうにかして張遼を抜けなければならないというのに、隙が無い)」

 

 しかしそう易々と覆せるほどに相手は甘くない。

 攻撃する事も、引くことも出来ず。

 関羽は結果的に何も出来ないまま時だけ過ぎていき、その間にも部隊がどんどん追い詰められていく様に焦りを募らせていく。

 

「……そろそろやな」

 

 それ故に張遼が口の中で転がした言葉を聞き取る事が出来なかった。

 

「関羽!」

 

 立ちこめていた敗戦の空気を切り裂くように現れたのは趙雲率いる騎馬隊だった。

 彼女以外の軍馬の全てが白い毛並みをしている事から公孫賛率いる白馬隊の一部なのだろう。

 

 関羽と張遼が睨み合う間の空間を走り抜け、張遼へ騎馬の速力を加えた槍が振るわれる。

 

「ちっ……」

 

 張遼は危なげなくその一撃を回避した。

 しかし通り過ぎる騎馬の群れによって引き起こされた土煙によって視界が遮られてしまう。

 そしてそれが晴れた頃にはもう関羽はおろか乱入してきた者たちもその場に残っていなかった。

 

「(思ったよりも骨があったな。あいつも軍も……やがそれよりも)」

 

 見回せば関羽側の兵士たちも上手く引き剥がされてしまっている。

 幾らかは倒れたまま残っているが、思ったよりも少ない。

 これは劣勢に立たされた兵士たちが死に物狂いで戦った結果でもあるのだろう。

 関羽にしてもついぞ有効打を与える事は出来なかった。

 

「公孫賛。ええ動きしよる」

 

 何よりも的確に味方だけを救出していった騎馬隊の手腕は相当なものだ。

 

「(馬超たちを出し抜いてこっちに来ただけでも大したもんやけど、あんな僅かな時間で生きてる関羽の部下たちを回収していくやなんてな)」

 

 思考を回しながら部下たちに集まるよう指示を出していると、戦いが一段落した事を察したのか愛馬が駆け寄ってきた。

 乱戦下の戦場で騎手が飛び降りたというのに逃げるでもなく、一番に自分を考えてくれるいじらしい相棒の鼻先を張遼は一撫でするとその背に飛び乗る。

 

「っしゃぁ! 次行くでっ!!」

「「「「はっ!!!」」」」

 

 主を悪し様に罵られた分の落とし前は付けたと判断し、意識を切り替えた張遼と配下は次の獲物を求めて駆け出した。

 

 

 

「抜けられたか。やるなぁ、公孫賛」

「いや、あれだけしか抜けなかったし、抜けたのは子龍のお蔭さ。そっちも大したもんだよ、馬孟起」

 

 馬上で武器を向け合いながらの会話は、不思議な事に和やかなものだった。

 

 馬上にて長槍が閃き、直剣が迫る閃光を叩き落とす。

 馬は依然として走り続け、まるで速度を競い合うように追い抜き追い越しを繰り返す。

 距離が近付けば互いの武器がぶつかり合うのだ。

 互いに騎馬戦が本領である故か、馬の足を止める事はない。

 進行方向で打ち合っている兵たちがいても、視線は相手に固定したままだ。

 馬を跨いでいる足の僅かな動作だけで意思を伝え、あるいは馬自身が主の意を汲んで進行方向にある障害物を避けていく。

 その避け方も主の邪魔には決してならない。

 いったいどれほどの時間を共に過ごせばこのような事が出来ると言うのだろう。

 両者は人馬一体を戦いの中で示し続けた。

 

 これが二人だけの舞台であったなら、観客の誰もが目を離せない演舞になっていた事だろう。

 

「(っと、こいつと戦うのは楽しいけど。かかりっきりになる訳にはいかない)」

 

 熱くなりやすい性格の馬超であるが、この戦いの目的を履き違えたりはしない。

 戦いを楽しむ性質ではあるが、それ以上に他者との繋がりを大切にする彼女は、この戦が交友の深い董卓たちの今後を左右する大一番である事をきちんと弁えているのだ。

 

「公孫賛、またなっ!」

「なんっ!?」

 

 突然、踵を返す馬超に驚きながらも即座に追撃しようとする公孫賛。

 しかし馬超との間に絶妙なタイミングで放たれた矢によって彼女は動きを止めざるを得なかった。

 

「くそっ! 誰かある!? 状況を知らせろ!!」

 

 あまりにもあっさりと後退する馬超と彼女に合わせて引いていく彼女の部隊の背を見つめながら、公孫賛は声を張り上げて部下を呼びつける。

 

「趙雲将軍の手引きにより関羽らは下がっております。しかし別働隊によって劉備軍の本陣は強襲を受けました」

「なんだと!? それで劉備や諸葛亮たちはっ!?」

 

 関羽の無事に喜んだのもつかの間、友人が襲撃された事実に公孫賛は声を荒げる。

 しかし事の次第を伝えている兵士は努めて冷静に話を続けた。

 

「ご無事です。ただ軍はかなりの損害を受けております。再編しなければ反撃もままならないとの事。強襲した軍は劉備軍の本陣を通過し、一部が連合本陣へ向かった模様です」

「動きが早い。いや早すぎる。これは最初からそうするつもりだったな。本陣への伝令は?」

「送りましたが、敵の方が到着は早いものと」

 

 それは仕方ないと割り切った公孫賛は、馬を本陣へと向けて走らせ始めた。

 

「白馬義従は連合の本陣へ合流する! 本陣と挟み撃ちして強襲部隊を叩くぞ!!」

 

 その号令に彼女の配下が答えるよりも早く。

 

「そいつは待ってもらおうか」

 

 戦場の合間を縫うように走り込んできた男の拳が公孫賛の馬の横腹を叩いた。

 

「うわっ!?」

 

 悲鳴を上げ、思わず上半身を持ち上げた愛馬から振り落とされないように踏ん張ろうとする彼女の無防備な腹部に追撃の拳が突き刺さる。

 

「ごふっ!?」

 

 強制的に腹の中の空気を吐き出され、彼女は馬上から叩き落とされてしまった。

 幸いな事に受け身を取る事が出来て、即座に立ち上がる事は出来たがそのダメージは大きく苦痛に顔が歪んでいる。

 

「公孫賛様っ!? うぐっ!?」

 

 配下が主の助けに入ろうとするよりも、襲撃者が矢を放つ方が早かった。

 武器を持っていた方の肩を貫かれ、伝令は傷口を抑えて苦悶の表情を浮かべる。

 

「もう少しこの場に付き合ってもらおうか、白馬長史。もっとも、取れるようなら取らせてもらうがな」

 

 短弓を腰に下げた男は返事など聞いていないとばかりに地を蹴った。

 孫呉の四天王が一人『程普徳謀』が公孫賛に襲いかかる。

 

 

 

 公孫賛は関羽の救援に向かうに当たり、部隊を三つに分けていた。

 公孫賛自ら率いる騎馬隊に対応する部隊、趙雲率いる関羽救援の部隊、戦場にて遊撃に当たる部隊。

 

 どの隊も速やかに目的を成し遂げる速度が求められたが、白馬義従はこれを満たす事が出来る。

 実際のところ公孫賛、趙雲率いる部隊は定められた役割を果たしたと言えた。

 

 しかし遊撃に当たる部隊はその動きを完全に封じられてしまっていた。

 それを為したのは二本の直剣を振るう男とその配下たち。

 

「遅い」

 

 最初の一人はあまりにも速く、攻撃しようとした瞬間に斬り伏せられた。

 

「遅い」

 

 次の一人はあまりにも鮮やかに攻撃をいなされ、何をされたか分からぬままに倒された。

 

「遅い」

 

 次は複数で挑み、その次は弓も合わせて。

 その場で考え得る限りの攻撃は、しかしいずれも男に通用しなかった。

 

 遊撃隊は何をしても通用しない目の前の男を恐れて後退った。

 そしてその恐怖が動きを鈍らせ、男の配下に容易く蹂躙されていく。

 

 部隊の指揮を任された男が最後に目にしたのは孫呉の四天王が一人『祖茂大栄』の剣の閃きであった。

 

 

 

 汜水関の門は都へ続く要所という事もあり、とてつもなく頑強な造りをされている。

 破城槌(はじょうつい)を用いても破壊するまでには相応の時間を要するほどに。

 

 故に門が開けっ放しにされているという状況は、罠を疑いつつも見逃せないものであった。

 

 劣勢に立たされた関羽軍、運良く馬超隊をやり過ごす事が出来た公孫賛軍は目の前にぶら下がる餌に一も二もなく飛びついた。

 罠など食い破って見せるという気概と共に。

 何より一番槍を任されておいて、成果の一つも上げられずに終わるわけにはいかなかった。

 そんな思いでがら空きに見える門扉の中へと飛び込んだ彼らは、僅か数秒後に外へとぶっ飛ばされる事になる。

 

「はいはい、お帰りはあちらよ」

 

 身の丈を越える巨大な大槌をまるで普通の兵士が持つ直剣のように軽々と振るう女が門の奥から現れる。

 その後ろに槍を構えた兵士たちを従えて。

 

「こんな見え透いた罠にかかるなんて、余裕なさ過ぎでしょ。まぁこっちがそうなるよう誘導したんだけどさ」

 

 女の言葉に飛び込むのが遅れた為に助かった兵士たちは己の浅はかさを嘆いた。

 罠だと疑っていたというのに、同時に好機だと思ってしまった己を呪った。

 

「あんたたちは不用意に近付き過ぎた。ここから自陣まで退却するにはあたしたちと砦の上からの弓射から逃れないといけない」

 

 まぁ無理ね、と続けると女は鎚を地面へと叩き付ける。

 罅割れる地面に恐れおののき、戦意など既に喪失した彼らに孫呉の四天王が一人『韓当義公』が告げる。

 

「選びなさい。生きる為に引いて一縷の望みを掛けるか、立ち向かってぶっ潰されるか」

 

 

 

 張遼と関羽がぶつかり合っている頃。

 劉備の本陣は関羽と公孫賛の部隊を無視して回り込んできた部隊による強襲を受けていた。

 

「張飛ちゃんっ!」

「義姉者っ! 孔明と下がるのだ!」

「はわわっ! 張飛さん、機を見て貴方も下がってください!!」

 

 張飛は蛇矛(だぼう)を威嚇するように振りかざし、襲撃してきた兵士たちを威嚇しながら旗頭である劉備と筆頭軍師である諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)を配下と共に下がらせる。

 諸葛亮の公算では敵が関羽、公孫賛の軍を無視する事は道筋の一つとして考慮されていた。

 故に本陣には張飛を含めた選りすぐりの兵士で固め、出来うる限りの仕掛けを施していたのだ。

 

 襲撃を受けたとしても返り討ち、そうでなくとも足止めは確実に出来る。

 諸葛亮、そして今後の計略の為に他勢力の陣へ行っている鳳徳令明(ほうとくれいめい)の二人が自信を持って考え抜いた陣形を敷いていたのだ。

 

 それが戦が始まってから短時間で破られ、敵が劉備の眼前まで迫り来るという非常事態になってしまった。

 襲撃者たちは何故か劉備たちが張った罠を、迎撃の布陣を、まるで全てを知っているかのように対処して見せたのだ。

 

「劉元徳、覚悟っ!」

 

 飛びかかる複数の兵士を張飛が迎え撃ち、何名かがその豪撃によって吹き飛ばされていく。

 だが敵も然る者と言うべきか。

 彼らは大した怪我もなく立ち上がり、行く手を阻む張飛に武器を向けた。

 

「なんなのだ、お前たち!」

 

 目の前の兵士たちの練度が張飛基準で高すぎた。

 一蹴して劉備たちの後を追おうと考えていた張飛は、思惑通りに進まない状況に思わず声を荒げる。

 

「うわっ!?」

 

 目の前で武器を構える兵士たちの間を縫うように何かが投擲された。

 風切り音と共に迫るそれを張飛は反射的に蛇矛で弾く。

 蛇矛を構え直す僅かな間に正面ではなく、彼女の背後に現れた男の拳が振り下ろされた。

 

「ぐっ!?」

 

 それに反応し、咄嗟に背後に振り返って防御できたのは彼女の持つ反則的な身体能力故だろう。

 

「がぁっ!?」

 

 だが無理矢理の防御は姿勢が定まっていなかった為に完全ではない。

 そして小さな身体は続けて放たれた拳に堪えられず吹き飛ばされる結果となった。

 

「張飛は俺が抑える。お前たちは劉備を追え」

「「「はっ!!」」」

 

 指示を受け、速やかに行動する兵士たちを尻目に指揮官と思しき男は張飛を見つめ続ける。

 

「どく、のだぁっ!!」

「どかしてみろ」

 

 風を引き裂きながら振るわれる蛇矛だが、男にあっさり回避され受け流されてしまう。

 超重量の武器が何度も何度も振るわれるも、義姉を案じる焦りも相まって目の前の男へ有効打を与える事が出来ない。

 しかも男は彼女との位置を意識し、劉備たちが逃亡した方角と張飛の間を阻むように動いており、一当てして逃げる事も許さなかった。

 

「く、義姉者ぁっ!」

 

 悲痛な叫びに顔色一つ変えず、孫呉の懐刀『凌操刀厘』は配下が事を成し遂げるまで張飛をこの場に釘付けにし続けた。

 

 

 

「やれやれ、うちの連中はどいつもこいつも人使いが荒くて困るのぉ」

 

 汜水関の城壁の上。

 戦場を俯瞰するその場にて女と、彼女の配下が矢を打ち続ける。

 

 土煙の中、常人には米粒のようにしか見えない人の中から友軍と敵軍を見極めて矢を放ち、その狙いが百発百中とくればその腕が尋常ではない事がよく分かるというものだ。

 そして地上側からも矢が放たれ、それが身体のすぐ傍を通り過ぎても彼女は動揺の一つもせず。

 味方への援護を、敵への追撃を粛々と続けていく。

 そうしているうちにあっという間に第一陣の矢が底を付いてしまった。

 

「ふむ、ここまでじゃの。最後じゃ、あれを持て!」

「こちらにっ!」

 

 山のような矢を補充して回っていた兵士が予定していた最後の矢を差し出す。

 風を切りながら音が鳴る笛が取り付けられたそれを孫呉の四天王が一人『黄蓋公覆』は空へ向けて番えた。

 

「初戦の最後じゃ、派手な音色を響かせると良い!」

 

 飛翔する矢から奏でられる甲高い音が戦場へと響き渡り、それは戦いの終了を告げる合図となった。

 


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