ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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暁の忍連載日記念ということで、本日は二本立てでお送りします。
……でも、イタチの出番はあまり無い。申し訳ありません。
今後は活躍していく予定ですので、暁の忍をよろしくお願いします。


第五十九話 影の忍

2025年1月20日

 

 新世代VRMMORPG、『アルヴヘイム・オンライン』の仮想世界にある、南西の森の中。九つの種族が一つ、シルフのホームタウンであるスィルベーンの北東側に位置するその場所で、一人の少年が呆然と立ち尽くしていた。

 

「…………何故、こうなった?」

 

 黒装束に身を包んだ、同じくはねた黒髪をした影妖精――スプリガンの少年、サスケは、その種族には珍しい赤い瞳に困惑を浮かべながら、そう呟いた。昨日のアルヴヘイム・オンライン初ダイブ時、サスケはアルヴヘイム北東部にあるスプリガンのホームタウン、ジャヤにて領主のリュウザキと合流した後、スプリガンの同盟種族、レプラコーンのホームタウン、バテリラへと向かった。アルヴヘイムにおける戦闘経験を積むために、リュウザキ配下のプレイヤーの援護を得てフィールドで移動を兼ねた狩りを行った末に、目的地へと到着。その後、SAOのステータスごと引き継いだ莫大な資金を使用し、バテリラで装備品を一通り買いそろえてログアウトした。そして翌日の今日、昨日と同じ手順でログインしたのだ。だが、サスケが降り立ったのは、昨日ログアウトしたバテリラの宿屋ではなく、見知らぬ森のど真ん中。普段冷静な筈のサスケも、自身の置かれた状況を理解できず、唖然としていた。そんな彼よりも早く再起動を果たしたのは、彼の娘ことナビゲーション・ピクシーのユイだった。

 

「位置情報の破損か、あるいは近傍の経路からダイブしている他のプレイヤーと混信したようですね。ここは、昨日ログアウトしたバテリラからは遠く離れた位置にある森です」

 

 自分の置かれた状況について丁寧に解説してくれたユイのおかげで、サスケも正気に戻れた。サスケは一先ず冷静になって、自分達の現在地を確認することにした。

 

「そうか……それで、俺達は今どこにいるんだ?」

 

「ちょっと待っててくださいね。ええと……分かりました。ここは、アルヴヘイム南西部にある、森の中です」

 

「アルヴヘイム南西……スプリガンやレプラコーンの領地とは正反対の位置か……」

 

「はい。迂回して戻るには、かなりの時間を要するのは間違いありません」

 

「一度死んで戻るほか無さそうだな……」

 

 SAOというデスゲームを経験し、前世で二度も死んだ経験をもつサスケにとって、この手段はできることならば使いたくはない。デスペナルティーでスキル熟練度が下がるというデメリットも考えれば、この方法は控えるべきなのだ。だが、作戦進行に支障を来す以上、多少非効率的でも割り切るほかないと考える。だがそこへ、

 

「パパ、ちょっと待ってください」

 

「……どうした?」

 

 ユイがサスケの思考を遮るかのように声をかけた。サスケはまた何かトラブルでも発生しているのかと考えたのだが、どうやら予感は的中したらしい。

 

「パパが戻り位置に登録した情報が、おかしなことになっています」

 

「……具体的に説明してくれないか?」

 

「おそらく、ここへ飛ばされたことによる影響の可能性が高いのですが、戻り位置の情報が破損しています。今、HP全損に陥ると、どこに飛ばされるか分からないということです」

 

 自身を襲った予想以上のトラブルに、思わず顔を顰めるサスケ。本来ならば今日は、バテリラに集合する予定だった、リュウザキ率いる攻略部隊と合流し、アルヴヘイム中央にある世界樹の根元にある世界最大の都市、アルンを目指す筈だった。だが、ログイン時に起きた予想外の事態によって、その計画は大幅に狂わされる結果となってしまった。

 

「止むを得んな……リュウザキに連絡を取り、事情を知らせよう。こうなった以上、合流は不可能だ。アルンに現地集合するしかない」

 

「そうですね……ちなみに、ここからアルンまでの距離は、リアル距離置換で五十キロメートルはありますね」

 

「味方がいない以上、広域マップデータへのアクセスができるお前だけが頼りだ。死に戻りをしている余裕は無い」

 

「はい。あと、戻り位置については、新たなポイントでセーブすれば、上書きできる筈です」

 

 面倒なバグに関しては、これ以降気にする必要が無いのが、唯一の救いだろうか。ともあれ、今はリュウザキへの状況報告に加え、アルンまでの道のりを再検討しなければならない。サスケは索敵スキルで周囲にモンスターの反応が無いことを確認すると、左手を振ってウインドウを呼び出し、メール画面を操作し始めた。

 

(しかし、近傍の経路からダイブしているプレイヤーか……あの住宅街で、俺以外にALOをプレイする人間がいたとはな)

 

 ALO自体、大人気のVRMMORPGである以上、プレイする人間が身近にいても何ら不思議は無いが、自分の家の周囲にプレイヤーがいるという事実には、若干の違和感を覚えた。サスケこと、桐ヶ谷和人は、道場に通っていた経緯で自宅周辺に住む同年代の子供を中心に顔が広い。そのため、混戦したプレイヤーとは顔見知りの可能性が高いのだが、一体誰なのか。サスケにはぱっと思いつく人物はいなかった。

 

(直葉…………いや、有り得んな)

 

 可能性の一つとして、妹の名前を挙げてみたが、即座に有り得ないと断じた。妹の直葉は、体育会系でゲーム類を毛嫌いする傾向が強く、VRゲームに手を出すことなど考えられない。

 他愛の無いことを考えながらも、サスケはリュウザキへのメッセージを送り終えると、ユイの方へ向き直る。サスケがメッセージを送っていた間、ユイは現在地からアルンへ行くための最短経路を調べていたのだが、どうやらこちらも検索を終えたらしい。すぐにでも向かいたいところだが、出発前にポーション類の補給をする必要がある。近隣にある中立地帯の村の情報を聞こうかと思った、その時だった。

 

「!…………パパ、プレイヤー反応です」

 

「何?」

 

 また新たな厄介事が、二人のもとへ降りかかるのだった。

 

 

 

 

 

 シルフのホームタウン、スィルベーン北東部の森。サスケとユイがいる地点からほど近い場所の上空を飛ぶ、複数のプレイヤーの影があった。

 

「リーファちゃ~ん!ランさ~ん!待ってよ~~!」

 

「全く、レコンったら……だらしないわねぇ……」

 

 薄黄緑色のポニーテールを靡かせる少女、リーファは、後ろに続く、華奢な身体におかっぱ風の少年プレイヤー、レコンの情けない有様に溜息交じりにそう呟いた。

 

「まあまあ、元々あの子は空戦が得意じゃないし、今日は頑張ってる方じゃない」

 

 そんなリーファの、レコンに対する辛辣な評価に対し、フォローを入れたのは、もう一人のパーティーメンバーだった。リーファとレコンと同じ、シルフ族の女性プレイヤー、ランである。現在彼女達三人は、冒険を終えてホームタウンへの帰還している最中、別種族のプレイヤーからの襲撃を受けていた。そして、今もまた、追手からの攻撃が放たれる。

 

「レコン君、回避!」

 

「え?……うわぁぁああ!」

 

 レコンの後ろから放たれる追撃を素早く察知したランの言葉に、レコンはギリギリで反応に成功し、どうにか回避した。放たれた攻撃は、追手の種族が得手とする、“火”属性の攻撃魔法だった。

 

「それにしても、しつこいわねぇ……」

 

「やっぱり、領地まで無事に戻るのは無理そうね。ここで戦うしかないわ」

 

 敵からのあまりにも執拗な追撃に、リーファとランは逃げ切ることを諦め、戦闘に移行することを決意する。一年近くのプレイ経験を積んでいるにも関わらず、いつまでも空戦に慣れないレコンは悲鳴を上げるが、そんなことに構っている暇は無い。

 

「相手の数は七人だけど、隊列さえ崩せばこっちにも勝機はあるわ」

 

「ランさんが言うなら、間違いないわね。レコン、あんたもたまにはイイトコ見せなさい」

 

「善処します……」

 

「それじゃあ、行くわよ!」

 

 戦闘開始宣言と共に、ランとリーファは二人揃って敵の隊列目掛けて突撃を敢行する。リーファ達三人を追撃しているパーティーの種族は、火妖精族のサラマンダー。魔法・身体能力共に攻撃性能に特化したこの種族は、ALOで最も人口の多い種族である。だが、ポピュラーイコール最強ではない。リーファ達が敗走を余儀なくされている理由は、サラマンダー達が取っている戦法にある。

七人の内五人が重装鎧に身を固め、大型ランスを持って突撃し、残り二人は後方に控えて援護射撃とサポートに徹する。前衛五人が密集体勢で繰り出す攻撃は、シルフの機動性を活かした攻撃は効果が薄い。リーファ達シルフチームが優位を得るには、この厄介な陣形を崩す必要がある。

リーファは意を決すると、こちらへ向かってくるサラマンダーの重装鎧部隊に対して突進し、ランもその後に続く。狙うは陣形中央を飛ぶ、リーダー格のプレイヤー。メンバーのほとんどが左手に補助コントローラーを握っている中彼だけは両手に武器を持って随意飛行をしている点からしても、強敵なのは間違いないが、臆するわけにはいかない。リーファはリーダー格のサラマンダーへ一気に肉薄すると、こちらへ向けていた突撃槍をいなして、頭上へランスを振り翳す。

 

「りゃぁぁあ!!」

 

「ふんっ!」

 

 だが、敵も然る者。弾かれた槍を即座に構え直し、リーファの一太刀を受け止めた。空中で激突した二人だが、サラマンダーの陣形は未だ崩れていない。だが、リーファとしてもこれは予測の内である。

 

「はぁぁああっ!」

 

 リーファに続いてサラマンダーの群れへと突っ込んでいくラン。掛け声と共に、中央左翼にいた敵に回し蹴りを放つ。あまりに強力な一撃に、重装鎧の槍兵は後方へ飛ばされ、左翼に展開していたもう一人と衝突し、巻き添えとなる。ランは続いて、中央でリーファと衝突していたリーダー格のプレイヤーを素早く迂回し、右翼に展開していた敵へと、これまた強力な正拳突きを叩きこむ。左翼同様、この一撃で右翼のプレイヤーは衝撃で吹き飛ばされ、もう一人と衝突。あっという間にサラマンダーの前衛五人組の陣形は瓦解した。

 

「レコン、あなたは後衛を押さえなさい!」

 

「わ、わかった!」

 

 厄介な前衛を崩すことに成功したことを確認したリーファは、衝突地点を迂回して後衛に迫っていたレコンへ指示を飛ばす。これで敵のパーティーは完全に分断された。現実世界で武術を嗜むリーファとランの実力は、非常に強力である。接近戦となれば、補助コントローラーで飛行するサラマンダーよりリーファとランに軍配が上がるのは自明の理である。

 

「やぁぁああ!」

 

「たぁぁああ!」

 

 未だ体勢を立て直しているサラマンダー達目掛けて剣と拳を振るって猛攻を仕掛けるリーファとラン。サラマンダー達は互いに援護し合ってそれに対応しようとするが、防戦一方で反撃の機会が掴めない。二人と離れた場所で後衛を押さえているレコンも、二人相手とはいえ上手く戦えている。

 

(いける……これなら!)

 

 三対七の不利な状況下での戦闘だったが、どうやらこれなら撃破あるいは撃退できそうだ。

 

「りゃぁぁあ!」

 

「畜生ぉぉっ!」

 

 リーファの人達がクリーンヒットした事で、サラマンダーの一人が赤い炎を撒き散らしながら消滅する。ALOでHPを全損したプレイヤーは、蘇生猶予期間である一分間は、リメインライトと呼ばれる炎となって意識はその場に残存し続ける。だが、混戦中のこの場においては、蘇生アイテムを使用する余裕は無く、蘇生魔法を使用することができるメイジはレコンと交戦中である。刃を交え続ければ、数の優位は確実に覆せる。

 

「とりゃぁぁあ!」

 

「ぐほっ……!」

 

 リーファに続き、ランもまた、敵を一人仕留める。空手を極めたランの一撃は、鎧の上からでも直撃すれば即死の可能性すらある。現実世界においても、父親の仕事場で逃走する犯人を幾度となく昏倒させた程の威力である。

 

(これで三対五。このままいけば、勝てる!)

 

 順調に戦いを進め、こちらへ優位が傾いてきたことを確信するリーファ。レコンの方も、短剣によるヒットアンドアウェイ戦法で確実にダメージを与えている。

 

「そりゃぁあっ!」

 

「ぐぅっ……!」

 

 レコンの与えた一撃で、後衛が一人HP全損する。これで三対四。ますますこちらが有利となった。サラマンダーの方は、追い詰められている自覚があるのか、反撃を封じるべく、先程より積極的に攻勢に出て接近戦を仕掛ける。リーファとランもまた、これに対抗するべく動くが、間合いを詰められ過ぎて、反撃に転じることができない。

 

(あれ?もう一人は……)

 

 ふと、リーファはある異変に気付いた。前線に出ていたもう一人の重装鎧のプレイヤーの姿が視界に無いのだ。それも、パーティーの中で最高戦力にして司令塔の、リーダーの姿が――――

 

「うわぁぁあああ!」

 

 そして次の瞬間には、よく聞き知った悲鳴が耳に入った。加えて、熱気を首筋の肌に感じた。

 

(まさか、魔法!?)

 

 刃を交えていたプレイヤーを突き飛ばして振り返った先にいたのは、火属性魔法を食らってバランスを崩しているレコンの姿。炎の出所にいたのは、リーダーのサラマンダーの姿。

 

(くっ……!まさか、リーダーがメイジだったなんて!)

 

 予想だにしなかった不意打ちに、内心で舌打ちするリーファ。視線の先では、火属性魔法をくらってよろめいたレコンに、もう一人の後衛が襲い掛かっていた。レコンはこの一撃でHPを全損したものの、最後の足掻きとして短剣を敵に突き立てて道連れにする。

 

「リーファちゃん、ごめ~ん!」

 

 不甲斐ない声を上げるレコンだが、後衛のメイジ二人を屠ったのだから、十分な戦果を上げたことは間違いない。

 

(くっ……でも、まだ!)

 

 レコンが倒されたのはかなりの痛手だが、戦局は互角。リーダーがメイジだとしても、然程大きな不利ではない。リーファとランも、十分な魔法スキルを備えている。白兵戦も、随意飛行ができるリーファとランが圧倒的に有利である。リーファとランは、そう考えていたのだが……

 

「どうやら、運はこちらに向いてきたようだな」

 

 サラマンダーのリーダーが放った言葉に、リーファとランは訝しげな表情をする。ふと、リーダーの男が余裕を醸して視線を向けた先に、リーファとランも目を向けてみる。そこには、月明かりに煌めく赤い翅を羽ばたかせてこちらへ迫る、十体の影。

 

「増援ももうすぐ到着するようだしな」

 

「くっ……!」

 

「シグルドもやられたみたいね……」

 

 どうやら、サラマンダーの部隊に襲撃された際に、別れた仲間を倒したパーティーが、こちらへ向かって来ているらしい。合流すれば、十三人のプレイヤーを相手にしなければならない。リーファとランも、滞空時間のリミットが迫っている。おそらく、サラマンダーの増援がこちらへ合流する頃には限界を迎えて地上に降りざるを得なくなる。そこを魔法で強襲されれば、全滅は必至である。

 

「リーファちゃん、あっちの部隊は私が引き付けるわ。あなたは離脱を!」

 

「ちょっ……ランさん!?」

 

 援軍と言う事態によって形勢逆転され、自分達が圧倒的不利に叩きこまれたことを悟ったランは、せめてリーファだけでも逃がそうと、向かってくる敵部隊へと一人突撃していく。残されたリーファは、後退以外の選択肢が無いことに歯噛みし、ランの言った通りに逃走するしか無い判断した。

 

「待ちやがれ!」

 

「追え!仕留めるぞ!」

 

 当然、サラマンダー三人もそれを見逃す筈が無く、追撃を再開する。だが、単純な飛行スピードならば、サラマンダーよりシルフに分がある。リーファは残り少ない滞空時間を駆使して猛スピードで低空飛行を試みる。飛距離を伸ばすならば、高度を限界ギリギリまで上げるべきだが、相手のパーティーにはメイジがいる。飛行時間が限界に達し、滑空することになれば、遠距離攻撃魔法の良い的である。低空飛行を維持し、現界時間を迎えたところで森の中へ入って姿を晦ますしかない。索敵系のスキルや魔法をもっていれば、まるで意味は無いのだが、それでも生き残るための最善策には変わり無い。

 

「オラァァアッ!」

 

「くっ……!」

 

 シルフの飛行スピードの優位性を理解しているサラマンダー達は、その速度が乗り切らない内にリーファを仕留めようと攻撃を仕掛ける。前衛の一人が、リーファ目掛けてランスを投げつける。リーファは危なげなく回避する。だが、それに伴い減速してしまった

 

「ソラァァアッ!」

 

 続いて、もう一人の前衛もまた、ランスを投げて攻撃する。こちらも若干ギリギリだったが、リーファは身を翻して回避に成功する。だが、

 

「これで終わりだ!」

 

「!」

 

 最後の仕上げと、リーダーの男が放った火属性魔法がリーファへ向かう。回避は間に合わず、炎はリーファを掠め、地面へ墜落していく。

 

「きゃぁぁぁあああ!!」

 

 体勢を立て直す事すらできず、悲鳴を上げながら墜落するリーファ。森の枝を次々へし折り、身体のあちこちをぶつけながら、遂に地上へ転げ落ちてしまった。

 

「くぅっ……!」

 

 ALOのアバターは痛覚を感じることは無いが、衝撃は現実世界のそれに近いものである。満身創痍の状態で、リーファは肩で息をしながら立ち上がろうとする。

 

(早く……早く、逃げないと……!)

 

 たかがゲームと諦めることは容易いが、今回の戦闘でレコンに続きランまで犠牲にしてしまったのだ。サラマンダーの部隊に敗走した上、全滅までしてしまったら、彼等の意志を無駄にすることになる。翅が力尽きてしまったリーファは、今度は徒歩で逃げるべく、未だ平衡感覚が戻らない身体を無理矢理動かそうとする。だが、そんなところへ……

 

「……大丈夫か?」

 

「!」

 

 不意に、何者かから声がかけられる。リーファは声がした方を振り返る。そこにいたのは、全身黒装束に身を包んだ一人の男性プレイヤーだった。その姿を視認するや、リーファは訝しげな表情をする。別に、フィールドにプレイヤーがいることに不思議は無い。問題は、その種族である。

 

(……スプリガンが、どうしてこんなところに?)

 

 黒髪に浅黒い肌をもつ目の前のプレイヤーは、アルヴヘイム北東にホームタウンをもつ影妖精族、スプリガンだった。目だけはスプリガンに珍しい赤色だったが、間違いない。何故、アルヴヘイムにおいて地理的に真反対の場所にホームタウンを構える種族のプレイヤーが、何故シルフ領周辺の森にいるのか。リーファには全く見当がつかなかった。

 

「見つけたぞ!」

 

 だが、そんな思考をしている暇は無かった。リーファを追ってきたサラマンダーの三人組が現れたのだ。リーダーの両隣りに並び立つプレイヤーの手には、先程投げた筈のランスが戻っていた。武器系スキルModのクイックチェンジで、投げたランスを戻したのだろう。

 

「全く、手古摺らせてくれるじゃねえか!」

 

「悪いがこっちも任務だからな。金とアイテムを置いて行けば見逃してやる」

 

「何言ってんだよカゲムネ!女なんて超久しぶりじゃん!」

 

 満身創痍のリーファに対し、女性プレイヤー狩りへの執着を露わに襲い掛からんとするサラマンダー。その様子に対し、リーファは嫌悪感を露わに睨みつける。傍にいたスプリガンの少年も同様である。と、リーファの方へ注意が向いていたサラマンダーが、そのすぐ傍にいたスプリガンの少年の姿に、今更ながら気付いた。

 

「ん?……何だ、アイツ」

 

「スプリガン」

 

 その姿を捉えたサラマンダー達の反応は、やはりリーファと同じだった。スプリガンの姿はこのあたりでは珍しいのだろう。三人揃って訝しげな表情をしていた。

 

「何故、スプリガンがこんな場所にいる?」

 

(……何故、と言われてもな…………)

 

 カゲムネと呼ばれたサラマンダーのリーダーが投げ掛けた問いに、しかしスプリガンの少年――サスケは答えなかった。彼自身、自分の置かれた状況には未だに困惑しており、事情を話せば長くなることは必定だったからだ。スプリガンの少年が返答に窮している中、またしてもサラマンダーの一人が声を上げた。

 

「おいおい、そいつ随分高価な装備してるじゃねえか!」

 

「……カネになる?」

 

 サラマンダーの一人が興味を示したのは、サスケが身に纏っていた装備だった。

 

「間違いねえ!レプラコーン領で出回ってる最新モデルじゃねえか!」

 

「高級?」

 

「ああ!アイテム一つ一つが、十万ユルドは下らねえ代物ばっかだ!」

 

 サスケが現在身に纏っている装備は、レプラコーン領のバテリラで買い込んだ最新モデルにして強力な武装で占められている。このような武装を買い揃えることができたのは、SAO時代に貯め込んだ潤沢な資金のお陰だったりする。

 

「最高のカモの登場じゃねえか!こいつも殺せば、手に入るお宝が増えるってもんだ!」

 

「カネ……カネ!」

 

 思わぬ獲物の登場に、舌なめずりするサラマンダー二人。欲望を丸出しにして襲い掛からんとする二人組に、対するサスケは溜息を一つ吐くと、背中に吊っていた剣を引き抜く。

 

「やれやれだ」

 

「ちょっと、君っ!」

 

 抜き身の剣を手にサラマンダーのもとへ歩を進めるサスケに、リーファは生死の声を上げる。だが、サスケはそれを無視してゆっくりと接近していく。

 

「行くぜ、この野郎ぉぉおおお!」

 

 ランスを構えて突撃してくるサラマンダーの攻撃に、しかしサスケは身動ぎ一つしない。ランスの矛先が、サスケの胸を貫かんとした、その時だった。

 

「んっ?」

 

「えっ?」

 

「なっ!?」

 

 突撃の軌道上にいた、サスケの姿が掻き消えたのだ。文字通り、影のように……

 

「ぐはっ!」

 

 そして次の瞬間、崩れ落ちるサラマンダーの身体。両腕が二の腕から切断され、胴体は胸部から真っ二つにされていた点から、真一文字に斬られた結果だろうと考えられるが、斬撃の軌跡は全く見えなかった。これをやってのけたであろう張本人は、斬られたサラマンダーの背後で剣を一振りして、刃の血を払うかのような素振りを見せた。

 

「コテツっ!?」

 

 斬り捨てられたサラマンダー――コテツの姿に、カゲムネは焦ったような声を上げる。そんなカゲムネをよそに、サスケは次の獲物へと狙いを定め、再度動き出した。

 

「がっ!」

 

「ジンっ!?」

 

 サスケの姿が影の如く掻き消えると共に、今度はもう一人のサラマンダー――ジンの身体が、頭から股にかけて真っ二つに斬られる。その後ろには、やはりサスケの姿。再度、血を払うような素振りで長剣を振るうと、最後のサラマンダーたるカゲムネへと赤い双眸を向ける。対するカゲムネは、殺気を孕んだ視線に晒され、竦み上がっていた。

 

(何て……速い!)

 

 サスケの動きを見たリーファの心中に最初に浮かんだ感想が、それだった。重装鎧のサラマンダー二人を目にも止まらぬ速度で切り捨てるスプリガンなど、聞いたことがない。レプラコーン領でのみ手に入る強力な武装を差し引いても、余りある戦闘能力である。こんなプレイヤーが、ALOの九つある種族の中で最もマイナーな種族であるスプリガンに所属していたら、アルヴヘイム中で噂になっている筈。そもそも、そんな強豪プレイヤーがいたとして、どうして領地から遠く離れたこんな森の中で、一人でいたのか。リーファの胸中には、疑問が渦巻いていた。

 

「お前…………何者だ?」

 

 今現在、サスケから睨みつけられているカゲムネも、同じ考えだったのだろう。冷や汗を流しながらも、どうにか言葉を紡いで問いを投げる。対するスプリガンの少年は、こう答えた。

 

「サスケ……スプリガンの忍だ。」

 


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