ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

125 / 158
第百十九話 何が起きても平気、そう思えたよ

新生アインクラッド第二十二層の外れにある森の中。現実世界は夜中の九時だが、仮想世界の中はその真逆。太陽が昇り切っており、真昼の様相を呈していた。そんな快晴の空の下、イタチ所有のログハウスの前にある広場に、無数のプレイヤーでできた人だかりができていた。中には、シルフ領主のサクヤや、ケットシー領主のアリシャ・ルー、サラマンダーのユージーン将軍といった、有名なプレイヤーの姿も多数見られる。人だかりを構成しているプレイヤーは、種族も所属ギルドもバラバラだったが、全員がイタチまたはイタチの友人――この場では、主にアスナ――の関係者という共通点があった。

そんな人だかりの中心では、二人のプレイヤーが距離を空けて向かい合っていた。片や『バーサクヒーラー』の二つ名を持つウンディーネの細剣使い、アスナ。片やつい最近、ノームの『絶拳』とのデュエルで互角に渡り合ったことで、同じ読みの二つ名『絶剣』を戴くこととなったインプの片手剣使い、ユウキ。そして、武装した二人の後ろには、それぞれ六人のプレイヤーがこちらも各々の得物を手に控えていた。

つまりは、アスナとユウキをリーダーとする七人で構成されたパーティー二組が睨み合っているのだ。武装したプレイヤーのパーティー二組が相対していることから分かるように、これからこの二組のパーティーは戦うのだ。パーティー同士の集団デュエルというものは、ALOにおいては決して珍しいものではない。事実、最強のパーティーを決めるための大会というものは、一対一のデュエル大会ほどではないが、確かに実施されている。ここで問題なのは、アスナとユウキの二人が、何故このようなことをするに至ったのか、その動機だった。

 

「ヨ~シ!それじゃあ、皆集まったことだし、始めようカ?」

 

両パーティーの準備が整ったのを確認するや、今回のデュエルの審判役として抜擢された、ケットシーの情報屋こと鼠のアルゴが、アスナとユウキの間に入ってきた。アスナとユウキは、アルゴに対して同時に頷くと、カーソルを操作する。恐らく、デュエル申請ウインドウを確認し、OKボタンを押しているのだろう。

そして、両者の間の空中に、デュエル開始のカウントが掲載されたウインドウが出現したのを確認するや、アルゴはギャラリーとして集まった人だかりに向かい、口を開いた。

 

「お集りの皆サン!それじゃあお待ちかネ!『黒の忍』ことイタっちを巡る、前代未聞のALO最強女剣士のパーティーが繰り広げる激しい戦い!後妻(うわなり)討ちデュエル』、始まるヨ~!!」

 

ワァァァァアアアアアア!!

 

そんなアルゴの、もの凄く楽し気で乗り気な掛け声とともに、ギャラリーとして集まったプレイヤー達は湧き立った。やがて、デュエル開始のカウントがゼロを切ると、中央に立つアスナとユウキは、後ろで臨戦態勢だったプレイヤー六人とともに、互いに激突するのだった。

そんな白熱する戦いが幕を開けるなか、ギャラリーの中に立っていたイタチは、頭を抱えながら呟いた。

 

「どうしてこうなった………………」

 

 

 

 

 

 

2026年1月18日

 

ことの起こりは、『後妻打ちデュエル』と称される戦いが勃発した、三日前に遡る。木綿季やララ、めだか等と協力し、明日奈の家庭問題を解決することに成功した和人は、木綿季への感謝の礼として、彼女がリーダーを務めるギルド『スリーピングナイツ』へ所属した二日後のことである。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

桐ケ谷家の朝の食卓は、非常に気まずく重い沈黙に包まれていた。食卓に着いているのは、和人、直葉、詩乃の三人。母親の翠は、早朝の時点で既に出勤していた。そして、この中で問題の重苦しい空気を作り出しているのは、直葉と詩乃だった。二人は昨日の夕方から、現実世界、仮想世界を問わず和人又はイタチのことを、この場にいない明日奈と共に、非常に恨めしそうな目で見ていた。

 

「……直葉、そこにある俺が買った菓子を取ってくれないか?それから、皿も」

 

「……はい」

 

和人の頼みに対し、直葉は素っ気ない態度と冷ややかな視線で受け答えし、棚から菓子と皿を取り出した。それを受け取った和人は、三人でつまめるように皿の上に袋の中の菓子を広げた。

 

「二人とも、食べないのか?」

 

白色のクリームを丸いチョコクッキー二枚で挟んだサンドイッチ状の菓子を、直葉と詩乃に勧める和人。だが、二人は食器を片付けて脇目も振らずに自室へ戻っていってしまった。

そんな二人の背中を見送りながら、和人は昨日から続いている北極の氷よりも冷たい二人の態度に、一人溜息を吐いていた。

 

(しかし、これも仕方の無いことか……)

 

怒り心頭の直葉と詩乃、そしてこの場にはいない明日奈のことを思い浮かべて頭を抱える和人。その痛みを和らげようと、テーブルの上に置いた皿へと手を伸ばし、また一つ菓子をつまむのだった。

 

 

 

明日奈、直葉、詩乃といった、和人に想いを寄せる少女達が荒れ始めた原因は、和人ことイタチの、スリーピングナイツへのギルド加入……ではなく、正確には、加入後の対応にあった。

ソロの最強プレイヤー『黒の忍』としてその名を知られたイタチだったが、SAOの中は勿論、ALOでもGGOでも、パーティーを組んで共闘する相手はいても、ギルドのような組織に所属したことは皆無だった。故に、そんなイタチが初めてギルドへ所属したという事実には、誰もが関心を持った。そして、そのニュースは瞬く間にALOや和人の通う帰還者学校の生徒の間を駆け巡り……翌日には、関係者全員が知るところとなった。

『スリーピングナイツ』というギルドは、ギルメンがALOを始めて日が浅かったこともあり、あまりその名を知られていなかった。しかし、『絶拳』に次ぐ偉業として、七人の一パーティーがフロアボス攻略を成し遂げたギルドの噂は、既に多くのプレイヤーが知るところとなっていたので、そこからギルドに関する情報は広まっていった。また、フロアボスへの挑戦前に、キヨマロ、ギンタ、マコトといった強豪プレイヤーとともに攻略ギルド『ゾディアック』の攻略パーティーを退けたことも、ギルドの知名度を高めていた。

そして、問題はここからだった。イタチが加入したギルドの名前が知れれば、今度はどんな理由で所属したのかが追及された。スリーピングナイツのメンバーは皆、ALOへダイブして間もないプレイヤーであり、イタチとの関わりは皆無だった。一体、イタチはどのような経緯を辿って出会い、ギルドへ入るに至ったのか……それについて、プレイヤー達はあらゆる仮説を立てた。

そして、その中でも特に有力な仮説として、このようなものが囁かれた。

 

 

 

『黒の忍』イタチは、『絶剣』ユウキと剣を通して相思相愛の恋仲となり、ギルドへと入った。

 

 

 

実際のところ、これは根も葉もない邪推である。ユウキのことを友人として大切に思っているイタチだが、ギルド加入に際して、それ以上の特別な感情が働いたというわけではない。ギルドへの加入は、ユウキにお礼として頼まれたことに加え、イタチ自身もメンバーになることが吝かではなかったことが主な理由である。

しかし、下手にこれを否定すれば、ならばどんな理由でスリーピングナイツへ入ったのかと聞かれてしまう。そうなれば、まず目が行くのはユウキの剣技であり、イタチに迫る桁外れの反応速度をどのように発揮しているのか、その理由について詮索される可能性がある。そうなれば、ユウキがメディキュボイドを使用していることに辿り着かれる可能性があり、そこからリアルの事情が割れる可能性があった。

過去には、HIVウイルスのキャリアである事情がリークされたことが原因で酷い苛めを受け、転校を余儀なくされた過去を持つユウキである。さらに言えば、そのストレスがエイズ発病の原因となったとも考えられている。故に、ユウキの病気の件が露見することは、ユウキに多大な精神的負担をかけることになりかねない。

故にイタチが取った行動は、「ユウキとの噂される関係について、一切の否定を行わない」というものだった。周囲に対してノーコメントを貫けば、その噂について知られたくない事情がある、暗に認めているとミスリードさせることができ、ユウキに関して余計な詮索をされるのを防ぐことができると考えたのだ。

結果、イタチの策略は功を奏し、イタチ・ユウキの恋仲説が濃厚となった。ユウキには別な意味で心労を掛けることになるため、イタチ自身もあまり積極的にはなれなかった作戦だったが、この手の話題に飢えたネットゲーマーの関心をコントロールするのに、他に有効な手段が思い浮かばなかった。ユウキ自身については、イタチの提案を笑って承諾し、噂が広まることについてあまり気にしていない……というより、むしろ乗り気なようにさえ、イタチには見えた。恐らく、悪戯好きの気があるためだろうと考えられるのだが……何故か、それだけとは思えないイタチがいた。

ともあれ、そのような経緯があり、イタチとユウキは現在、恋人を演じている状態だった。そして、仮初と聞かされていたとはいえ、イタチこと和人に想いを寄せる明日奈や直葉、詩乃にはそのような事実は受け入れ難かったのだろう。非常に面白くないという気持ちが、反抗的な態度となって表れていた。

 

(時間を置いて、頭を冷やしてもらうほか無いか………………)

 

和人に想いを寄せる少女達の怒りは、論理的に諭して収められるものではない。彼女等も、本当は頭の中では仕方の無いことと分かっているのだ。しかし、頭で分かっていても、気持ちで納得できるものではない。この手の感情的な問題は、下手に刺激することは下策であり、時間を置いて落ち着くのを待つ他に無いのだ。

身から出た錆とも言えなくも無い事態だが、勘弁して欲しいと思いながら、和人は一人お気に入りの菓子へと手を伸ばし……その指は、空を掴んだ。どうやら、三人の少女のことについて懸念を抱くあまり、残りの枚数が意識に入っておらず、全て食べてしまっていたらしい。甘味が尽きたことで、それまで抑えられていた頭痛が急激に襲ってきたような感覚に陥った。

どの道、現状では明日奈、直葉、詩乃には何を言っても逆効果だろう。しばらくの間、三人が落ち着くまでは放置するのが得策と考えた和人は、積極的に関わっていくことはせず、距離を置くことを決めるのだった。

 

 

 

だが、最善と下したこの判断が、如何に甘かったかを、和人はすぐに思い知る羽目になるのだった。

 

 

 

問題が起こったのは、その夜のことだった。ALOにダイブしていたイタチは、ダイブして間もなく、ユウキをはじめとしたスリーピングナイツの面々と合流すると、ここ最近ホームとして活用しているイタチ所有のログハウスへと向かった。いつもならば、アスナ等の友人が誰かしらいるのだが、今日は誰もいなかった。

アスナ等三人がいないことは言わずもがな。その他の面々についても、イタチとユウキの恋仲説が原因で起こっている修羅場状態に巻き込まれるのを恐れて、ログハウスへの出入りを控えていたのだった。前世・現世を問わず、元々一人でいることが多かったイタチだが、仲間になった者達全員から急に距離を取られてしまったことには、少なからず寂寥感を覚えていた。だが、いつまでもこのことを引き摺っているわけにもいかない。そう考えたイタチは気持ちを入れ替えることにした。

そして、皆でログハウスのリビングルームへ入り、静寂に満ちた部屋の中へと視線を巡らせた時。テーブルの方を向いたイタチの視界が、あるものを捉えた。

 

(これは……?)

 

イタチが見つけたのは、時代劇に出て来る書状を彷彿させる、紙のアイテムだった。その表紙には、『果たし状』と記載されていた――――――

 

「イタチ、それ何?」

 

イタチの後ろから、ユウキやシウネーが近づいてきた。どうやら、イタチが手に取った、テーブルの上に置いてあった不可解な紙のアイテムの正体が気になったらしい。

表に書かれている『果たし状』の文字が物騒に思えるが、ギルメンに隠し立てするべきものではない。というより、『果たし状』などと書かれていた時点で、だれから宛てられたものかは明白なのだ。である以上、当事者であるギルメンは、その内容を知っておく必要がある。そう考えたイタチは、ユウキとシウネーとともに、テーブルを囲む形でセットされたソファーに座りながら、果たし状の中に入っていた、非常に長い半紙に書かれた内容を読んでいった。

そこには、以下のような内容が、筆アイテムによる見事な達筆で次のような内容が記載されていた……

 

 

 

 

 

イタチ様へ

 

ユウキ様とお付き合いを始め、それはそれは楽しい日々を送っていることとお喜び申し上げます。

 

この度は、貴方のことをお慕いする女性が三人もいながら、そちらには目もくれず、いきなり全く別の女性とのお付き合いを始めた貴方を懲らしめるべく、七対七の女性プレイヤーによって構成されたパーティーによる後妻(うわなり)討ちデュエル』を企画することと致しました。

 

本デュエルは三日後、貴方のログハウスの前で行わせていただきます。此方は、貴方に想いを無碍にされた、私を含む女性三人を主核に、貴方の所業に思うところある賛同者四名を加えたパーティーで挑ませていただきます。

つきましては、ユウキ様にも同様に、女性プレイヤー七人で構成されたパーティーを結成していただき、本デュエルに臨んでいただきたく存じます。

 

尚、本デュエルは、鼠のアルゴ様に審判をしていただくとともに、知人のプレイヤー全員に周知させていただきます。当日は大勢のプレイヤーの方々が観戦に訪れることと存じます。

 

後妻打ちとはいえ、私共を立てて負けていただく必要はございません。

三日後、双方ともに悔いの残らない、ベストを尽くした戦いができることをお祈り申し上げます。

 

貴方を想い、貴方を恨む者を代表して

アスナ

 

 

 

 

 

「………………」

 

その、凄まじい恨みの籠った文章を読み上げたイタチは、呆然としてしまった。それは、イタチの周りに集まっていたスリーピングナイツのメンバーも同様であり、皆一様に唖然として言葉も出ない様子だった。

『果たし状』と称された手紙の内容には、色々と突っ込みたい部分があるが、要約するとイタチ・ユウキ恋仲説に大いに不満を持ったアスナ、リーファ、シノンの三人が、その恨みを晴らすべく同士四人を加えた七人パーティーを結成し、多数の観客を招いてユウキにデュエルを挑むというものである。しかも、より多くの観客を集めるためだろう、鼠のアルゴを審判役に充てて大規模に開催しようというのだ。

 

「えーっと……『後妻打ち』って、どういうことなのかな?それに、イタチに想いを寄せる三人って……?」

 

呆然とした状態から思考が復活して早々に聞くのがそれか、と思ってしまったイタチ。だが、当然と言えば当然だろう。何せ、ユウキはイタチが原因で『後妻打ち』なる訳の分からないデュエルを挑まれているのだ。説明を求めるのは当然だった。

 

「……この三人というのは、アスナさん、リーファ、シノンのことだ。この三人とは、今までに色々とあってな……」

 

エクスキャリバー獲得クエストでパーティーを組んだ仲ではあるが、ユウキはこの三人とイタチがどのような経緯を経て仲間になったのかを知らない。よって、イタチはこの三人との出会いから始まり、どのような経過を辿って今に至っているのかについては説明することにした。

しかし、一から十まで説明しようとすれば、三人の複雑な事情や、今尚傷を残す凄惨な過去について語らなければならない。そのため、他人に話すことが憚られるような部分は除き、SAO事件、ALO事件、GGO事件において共闘したこと中心に、戦いの中で絆を深め、仲間となったことを説明した。勿論、その末に三人には友人以上の好意を抱かれるようになったことも含めて。

そうして、イタチの説明は進んだのだが……スリーピングナイツの面々は、話が進むごとにイタチに対して冷ややかな視線を強めていった。そして、イタチと件の三人とのこれまでについて、粗方話し終えたところで、ユウキがこう言った。

 

「……イタチって、クールでカッコいい孤高の忍者だと思っていたけど、実はヘタレでゴミいちゃんなハーレム野郎だったんだね」

 

「………………」

 

ユウキがゴミを見るような視線と共に放った容赦の無い批評は、イタチの胸にグサリと突き刺さった。

 

「ユウキ、言い過ぎですよ。けれど、この三人の気持ちも分かる気がします。だって、返事もまだの状態だったのに、いきなりユウキに横取りされたような形なんですよ?鳶に油揚げをさらわれたようなものです」

 

「そうだよな~。いくらユウキの事情を承知しているって言っても、納得できるもんじゃないだろ」

 

シウネーとノリも、同じ女性としてアスナ等三人に同情している様子だった。ユウキとは違い、オブラートに包んだ表現だが、イタチの対応に問題があったという点ではユウキに同意していた。

 

「まあ、ノリの言う通りですね。イタチの気持ちも分からないでもありませんが……この三人とはもっとよく話をするべきだったと思いますよ」

 

「まあ、イタチってコミュニケーション苦手そうだもんなぁ……」

 

「だろうねぇ……」

 

テッチ、ジュン、タルケンの三人は、イタチのコミュニケーション不足を問題視していた。女性陣よりは比較的同情的な表現による指摘だったものの、非常に耳の痛い話だとイタチは思っていた。言葉数が少なく、あまり多くを話さないイタチは、それが原因でトラブルを発生させることが前世・現世を問わず多々あったのだ。にも関わらず、今度はこの騒動である。今までの反省が活かせていないも同然だった。

同じギルドに所属するメンバーからのコメントに、イタチのハートはズタボロだった。

 

「それより、どうするんだよ?」

 

「『後妻打ちデュエル』を受けるか、どうか、ですよね……」

 

起こってしまった問題は、どうしようも無い。それより今は、アスナ等から叩き付けられた『果たし状』をどうするかについて話し合うべきだと、一同は思考を切り替えた。

 

「う~ん……アスナ達の気持ちも分かるし、ここは引き受けた方が良いんじゃないかな?それに、なんか楽しそうだし!」

 

「ユウキ……お前は楽しければ何でも良いのか?そもそもお前、『後妻打ち』の意味を分かっているのか?」

 

「う~ん……よく分かんない!」

 

その返事に、イタチは頭痛を覚え始めた。意味が分からないということは半ば予想できていた。しかし、一時のテンションと面白半分で『後妻打ち』に応じるのは、流石に勘弁して欲しかった。

 

 

 

『後妻打ち』とは、室町時代から江戸時代にかけて行われた風習である。夫がそれまでの妻を離縁してから一カ月以内に後妻と結婚した際に、先妻が後妻の家を襲うというものである。まず先妻方から後妻へと討ち入りに行く旨を知らせ、当日、互いに身代によって相当な人数を揃えて後妻方に押し寄せ、竹刀や箒を手に打ち合うというものである。折を見て前妻・後妻双方の仲人が仲裁に入り、双方を扱って引き上げるという段取りとなっていた。

その目的は、離縁から間もなく後妻を迎えるという不義理を働いた夫を懲らしめることにある。夫の身勝手によって離縁された前妻の不満が、騒動という形で爆発したとなれば、周囲の人間にとっては笑いの種である。つまり、後妻打ちによって、夫は大恥をかくことになる。後妻打ちには、「大恥をかきたくなければ、妻を大事にしろ」というメッセージが込められているのだ。

 

 

 

「へぇ~……廃れた風習の割には、イタチも結構知っているよね?」

 

「……前にテレビで見たものを覚えていただけだ」

 

嘘である。イタチの前世である忍世界においても、現世で言う『後妻打ち』に近い風習が残る地域が各地にあったのである。暗部や暁に所属して諸国を旅して諜報活動を行ったことのあるイタチは、そういった風習にも通じていたのだった。

しかし、現代においては完全に廃れていたとはいっても、イタチの言うように、テレビの時代劇等で取り上げられることも多々あることも事実である。恐らく、アスナか彼女の仲間の誰かが、何らかのきっかけでこの風習について知り、イタチに対する憤懣遣る方無い思いを爆発させる手段としたのだろう。

 

「言っておくが、俺はアスナさんは勿論、誰とも結婚した覚えは無いぞ。勿論、ユウキともな」

 

「えぇ~、そんなぁ~……ボクとの関係は遊びだったの?」

 

「馬鹿なことを言っている場合か。それより、本当にどうする?『後妻打ち』を受けるとなれば、こちらも向こうに応じた人数を揃える必要があるぞ」

 

「あ、『後妻打ち』をすること自体は反対しないんだ」

 

「実際には、『後妻打ち』ではないんだがな。アスナさん達がこんなことを言い出したのは、俺の責任でもある。これで怒りが幾分か収まるのなら、恥をかくぐらいは我慢する。だが、実際に戦うのはお前だぞ、ユウキ」

 

恥をかくことは気にしないが、了承するかどうかはユウキ次第である。無論、本当に応じるとなれば、イタチも精一杯のサポートをするつもりなのだが。

 

「うん!それじゃあ、ボクも戦ってみるよ!エクスキャリバー獲得クエストの時にも見たけど、アスナもリーファもシノンも……イタチのパーティーメンバーって、とっても強かったからね。ボクも戦ってみたかったんだ!」

 

後妻扱いされていることを全く意に介さず、強敵と戦えることにワクワクしているユウキのバトルジャンキーぶりには、イタチもスリーピングナイツの面々も苦笑するしかなかった。この図太い神経ならば、案外、イタチの恋人も十分にやっていけるのでは、とシウネーなどは思っていたりする。

 

「だが、問題はパーティーメンバーをどうするかだ。女性プレイヤーだけで七人パーティーを結成する必要がある」

 

「私達の中からは、ユウキ、私、ノリの三人しか出られませんからね。あと四人、どこかから勧誘して集めなければなりません」

 

「けど、あたし達ってALO初めてそんなに長くないからね~……頼れる知り合いにはちょっと心当たりは無いかも」

 

ノリの言葉に、他のスリーピングナイツのメンバーも同意していた。数多のVRゲームを旅してこのALOへと至ったスリーピングナイツだが、コンバートして間もない以上、強力な助っ人を呼ぶためのコネクションなどある筈も無い。

 

「……分かった。強力な女性プレイヤーについては、何人か当てがある。俺の方から連絡を取ってこれから集まってもらえるように取り計らおう」

 

そう言うと、イタチは助っ人として当てになりそうな人間のもとへ順次連絡を行うべく、その場でログアウトして現実世界へ戻るのだった。

 

 

 

 

 

「……それで、集められたのが私達ということか?」

 

イタチがログアウトしてから三十分後。スリーピングナイツが集まっていたログハウスには、イタチが呼び出した、『後妻打ち』の助っ人として有力と思しき強豪プレイヤー数人が集まっていた。

ログハウスに集合するや、イタチから『後妻打ち』のあらましを聞かされた面々は、一様に呆れた表情を浮かべていた。そんな一同の冷ややかな反応に、イタチは心中で冷や汗をかいていた。

 

「全く……帰国して早々、何の用かと思ってみれば……全然変わっていないみたいね。いえ、どっちかと言えば、ますます悪化したようにも思えるわ」

 

女性関係を拗らせた末にこのような事態を引き起こしたイタチに対し、辛辣なコメントを口にしたのは、やや目つきの厳しい影妖精族『スプリガン』の女性プレイヤー、シェリーだった。ALO事件解決後、リハビリを経て全快したシェリーこと本名、宮野志保は、アメリカ留学に出ていた。そして、約一年ぶりに帰国していたところへ、イタチの連絡を受けてこの場へ姿を見せたのだった。

 

「もっと言ってやってくれ、シェリー。こいつのヘタレぶりには、私も日頃から苦労させられているんだ」

 

「メダカも大変ね……」

 

シェリーに同意とばかりに口を開いたのは、紫がかった長髪に、現実世界同様の息を呑むような美貌が目を惹くの闇妖精族『インプ』の女性プレイヤー、メダカである。SAO事件においては、攻略ギルド『ミニチュア・ガーデン』のリーダーとしてイタチと轡を並べて攻略最前線に挑んだ強豪プレイヤーである彼女は、今やALO九種族の一つであるインプの領主を務めるまでになっていた。

 

「まあ……お前にはもっと色々と言いたいことはあるが、今問題なのは、アスナが叩き付けてきたという『後妻打ちデュエル』だったな。不足メンバーを補うために参加するのは、私としては吝かではない」

 

「そうね……私も力を貸してあげないでもないわよ。それが、あの子達の望みでもあるみたいだからね」

 

メダカはやれやれと肩を竦めながら了承し、シェリーもそれに続く。二人とも、イタチのためというよりは、イタチの恋人設定に振り回されたユウキに味方するのと、このデュエルによってイタチに大恥をかかせることが目的のように思えた。だが、そもそもの目的がそこにある以上、二人の真意がどこにあるかは問題ではない。

 

「私も良いよ!アスナ達と集まって、皆で本気のデュエルをすることなんて、最近は滅多に無いからね!とっても面白そう!」

 

「そうか……よろしく頼むぞ、ララ」

 

鍛冶妖精族『レプラコーン』のララからの、嬉々としてデュエルを引き受けるという返事を受け、内心でやれやれと嘆息する。ユウキ同様、デュエルを行う事情などについては全く気にした様子は全く無く、『後妻打ち』が何なのかもよく分かっていないだけに、頭が痛かった。同時に、このような不純な戦いに彼女を巻き込んで良いものかと思ったが、このような難題を進んで引き受けてくれる女性プレイヤーの知り合いは非常に少ない。この騒動が落着した後には、ララは勿論、協力してくれたメンバー全員に最大限礼を尽くすことを誓うのだった。

 

「それで、とりあえず三人までは決まったわけだが……残り一人はどうするんだ?」

 

現在集まったパーティーメンバーは、ユウキ、シウネー、ノリ、メダカ、シェリー、ララの六人である。アスナのパーティーに対抗するためには、あと一人足りない。

 

「……残念ながら、最後の一人については俺には当てが無い。そこで、お前達にも協力してもらいたいんだが……」

 

そう言ってイタチはソファーの脇に立っている、カズゴ、アレン、ヨウの三人へと視線を向けた。男性である三人だが、いずれも身内に女性プレイヤーの知り合いがいるため、それを当てにイタチはこの場へと呼び出したのだった。

だが……

 

「いや、確かに女性プレイヤーの知り合いはいるけどよ……」

 

「いくらなんでも、あのアスナ達を相手できるような人を紹介するのは、無理があると思うよ」

 

「これはちょっと……何とかならんと思うんよ……」

 

三人の返事は、一様にイタチにとって好ましくないものだった。しかし、戦う相手が相手なだけに、味方を得るのは容易くないことはイタチとて承知している。何としても味方を得なければならない以上、イタチとしても「はいそうですか」と諦めるわけにはいかないのだ。

 

「何とか一人、都合できないものか?カズゴ、アレン、ヨウ」

 

「……無理言うなよ。お前、このメンバーを相手できるだけの奴が、そうそういると思うのかよ?」

 

そう言ってカズゴが手に取って見せたのは、アスナから送られた果たし状だった。そこには、イタチに対する凄まじい恨みの文句の他に、アスナが率いるパーティーメンバーの名前と当日用意する武器が記載されていた。

 

 

 

アスナ

職業:リーダー、前衛剣士、後衛メイジ

使用武器:細剣

武器銘:『凍剣』ザドキエル

 

リーファ

職業:前衛戦士、後衛メイジ

使用武器:片手剣

武器銘:『嵐剣』ラファエル

 

シノン

職業:後衛射手、サポーター

使用武器:弓

武器銘:『光弓』シェキナー

 

リズベット

職業:前衛戦士、サポーター

使用武器:片手棍

武器銘:フューチャリズム

 

シリカ

職業:前衛戦士、サポーター

使用武器:短剣、テイムモンスター

武器銘:トリメンダス

テイムモンスター:ピナ

 

ラン

職業:前衛戦士、後衛メイジ

使用武器:籠手

武器銘:『雷拳』ヤールングレイプル

 

サチ

職業:後衛メイジ

使用武器:魔法杖

武器銘:エンジェル・ナイト

 

 

 

『果たし状』に記載された、錚々たるメンバーの名前に、その場にいた一同は改めて戦慄した。特にSAO事件当時の『閃光』のアスナを知る者達の反応は顕著だった。

 

「アスナを中心に、どいつもこいつも札付きの実力者ばかりじゃねえか」

 

「しかも、どういうわけだろうね?伝説級武器の使い手が四人もいるよ」

 

元『閃光』にして現『バーサクヒーラー』のアスナを筆頭としたこのパーティーは、カズゴの言うように、いずれも名の知れた猛者揃いである。

しかも、七人中四人は伝説級武器の所持者であり、それ以外の面々もエンシェント・ウェポンを所持している。果たし状には主武装しか書かれていなかったが、それ以外の防具や各種アクセサリーも、相当に高性能なものを揃えて来ることは容易に想像できる。

ちなみに、アスナ、リーファ、シノンの所持している伝説級武器は、イタチがエクスキャリバー獲得クエストの報酬として入手するのを手伝ったものである。それが今、イタチと当時のクエストの助っ人だったユウキを苦しめているのは、皮肉としか言えなかった。

 

「カリンとユズは、こいつら相手じゃ力不足だ。オリヒメとタツキも、最近ALOを始めたばかりだから、戦力にはならねえよ」

 

「……リナリーなら、ギリギリ相手になるかもしれませんが、残念ながらこの日は、お兄さんと出かける予定があるそうです。リナリーのお兄さん……コムイさんは、病的なまでのシスコンですので、来てもらうのはまず不可能です」

 

「アンナなら十分相手になるだろうが、こっちも実家に一度帰っちまってるんよ。タマオじゃこのメンバーを相手するのは無理だしなぁ……」

 

三人の知り合いのALOプレイヤーに望みを賭けていたイタチだったが、いずれも実力不足やリアルの事情で参加は不可能という。最早、万策尽きたとしか言いようが無いこの状況には、流石のイタチも言葉が出なかった。

 

「う~ん……困ったなぁ。こうなったら、最後の手段を使うしかないかな」

 

「最後の手段?」

 

「うん。イタチに女装してもらって、パーティーに入ってもらおうと思うんだ!

 

『ブッ!!』

 

ユウキのトンデモ提案に、イタチ以外の傍にいた全員が噴出した。当のイタチは、両手で頭を抱え、本気で悩んでいた。

 

「それ良いかも!イタチってなんか女の子っぽいし、上手くいくって!」

 

「フフ、そうね……案外、妙案かもしれないわ」

 

「お前等……」

 

悪乗りするララとシェリー、傍でニヤニヤと悪い笑みを浮かべているメダカに、さらに頭痛が増す。そんな中にあっても、必死に足りない七人目の問題を解決するための方法を考えるイタチだったが……悲しいことに、打開策は浮かばなかった。

最早、ユウキの言うように、本当に女装してデュエルに臨むしかないのか……。そんなことを考えさせられる程に、イタチは追い詰められていた。

 

「……うん?」

 

「どうしたの、メダカ?」

 

「ああ、ただのメッセージだ」

 

イタチが本気で苦悩している中、メダカのもとに唐突にメッセージが届いた。だが、今はそれよりも、目の前の問題を解決せねばならない。メッセージを確認しているメダカを意識から外し、思考を集中させる。

こうなったら、聖竜連合のシバトラや、元血盟騎士団のメンバーにも問い合わせて七人目の女性プレイヤーを探さねばならないかもしれない……。そんなことを思い始めた時だった。

 

「イタチ、何とかなりそうだぞ」

 

メダカから、思いもよらない助け船が出た。このタイミングでそのような助けが出て来るとは思わなかっただけに、イタチを含めた全員が目を丸くしていた。

逸早く正気に戻ったイタチが、確認すべく問い掛けた。

 

「メダカ、それは本当か?」

 

「勿論だ。当然のことながら、実力も折り紙付きだぞ。アスナ達のパーティー相手でも、十分に戦える」

 

それを聞いた一同は、さらに驚愕に目を剥いた。ただ一人、イタチだけは、メダカの言葉に訝る視線を向けていた。アスナ率いるパーティーと互角に戦えるとなれば、相当な手練れである。そんな凄腕プレイヤーがいるのならば、噂の一つや二つ、聞いていてもおかしくない。本当に、そんなプレイヤーが都合よく、このタイミングで見つかるのかと、イタチは疑惑を抱いていた。

 

「……一体、何者だ?」

 

「それはここでは言えないな」

 

「……さっきのメールの相手か?」

 

イタチの核心を突くような問いに対し、不敵な笑みを浮かべて黙り込むメダカ。その沈黙が、肯定を意味していることは明らかだった。

 

(このタイミングでメッセージを飛ばすとなると、送り主は今回の『後妻打ちデュエル』の件も知っているようだな。それに、俺に対して正体を隠すということは、逆に言えば俺が知っている人物ということだ。だが、女性プレイヤーでこのデュエルに参加できるだけの実力者となると………………)

 

メダカの態度から、件のプレイヤーがメッセージの送り主であることを確信し、その正体について分析するイタチ。しかし、イタチの知人で、しかもアスナのパーティーにも、この場にいる誰でもない凄腕の女性プレイヤーとなると、どうしても思い浮かばない。如何に七人目を揃えるのが困難な状況とはいえ、そのような得体の知れない相手を、安易にユウキのパーティーに入れて良いのかと、イタチは考える。

 

「どうする?七人目の確保が至極困難な以上、他に選択肢は無いと思うのだがな」

 

「……分かった。その七人目を受け入れよう。ただし、三日後のデュエルの前に、一度顔合わせはする。パーティーメンバーとして戦いに挑む以上は、作戦の打ち合わせもあるからな。これだけは絶対に守ってもらう」

 

「了解した。そのように伝えよう」

 

「ユウキも、それで良いか?」

 

「うん、大丈夫だよ!」

 

結局、八方塞がりの現状をどうにかする術も無かったイタチは、メダカの提案を受け入れ、正体不明の女性プレイヤーを七人目のメンバーとしてパーティーに迎えることとした。ユウキも提案を呑んだことで、これにて即席ながら『後妻打ちデュエル』に備えたパーティーは遂に完成するのだった。

 

(しかし、本当に誰なんだ……?)

 

メダカが推薦したとはいえ、疑問は尽きない。本当にこの判断は正しかったのか、自問自答を繰り返すイタチだったが、結局答えは出ず、その思考を『後妻打ちデュエル』当日の作戦立案へとシフトさせることにした。

 




来月は資格試験のため、投稿は休止します。
次回投稿は10月の予定では。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。