この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

9 / 32
臨海学校編はとてもほのぼのしてて良かったと理想郷でも好評でした。
一夏たちの安らかな日常編と思っていただいて結構です。


VS武士っ娘幼なじみ系ハニトラ
ハニトラ・ア・ライブ/しのののほうき


臨海学校――女子の水着にニヤニヤして、先生方の水着にニヤニヤして、見知らぬ美女の水着にニヤニヤする行事だ。

ボインちゃんもまな板ちゃんも、普段は隠れがちなのに脱いだらスゴい娘も、全員お天道様の下では平等である。

平等に露出すべきである。

これは俺個人の持論ではない。

真理なのだ。

海で服を脱がずしてどこで脱ぐ。更衣室か。それもアリだ。一回でいいから紛れ込んでみたい。体型的に厳しい? 知るか俺はビキニで行くぞ。下着は白一択。完璧だ。

 

「準備終わったの?」

「あったりまえだ」

 

クラスの良心たる美少女、鷹月静寐――愛称しずちゃんが俺の横で寝転がりながら、NANDACORE-for answer-をプレイしていた。

ネクストやばい。マジやばい。

 

「なんでロケット乱射してそんな当たるんだよ」

「乱射してるだけじゃないの。きちんと計算してるのよ」

 

真性のドミナントのプレイを見つつ、ゴミナントである俺はPSPにてサイレントラインをプレイ中だった。

普段は物静かで落ち着いたしずちゃんも、ゲームとなれば人が変わる。おいおい対戦でブレオンとかナメんなよと思ったがいつの間にか切り刻まれていた。どういうこった近距離は俺の専売特許のはずだろ。

 

「ねー、私って色気ないかなー?」

「はー?」

 

しずちゃんは七分のシャツにハーフパンツと、まだまともな格好をしている。

相川とかこの間タンクトップとパンティーだけで来やがったぞ。俺が紳士じゃなかったら完全に襲ってたねアレ。

いやビビったとかチキンだったとかいう事実は認められませんよ? ええ。

俺はいつでも紳士ですから。

 

「……いきなりどうしたよ?」

「なんかさ、私ってクラスでも落ち着いた方じゃん? 清香ははしゃぎすぎだしナギちゃんは夏の陣がどうとかばっかだし水無月さんは本読むか竹刀振ってるかだし」

「はぁ」

「なんか、青春って何だっけなーって思ったの」

「少なくとも男子高校生の部屋に上がりこんでプレステ3立ち上げてる時点でちょいとズレてるかもな」

 

しかもプレイングレベル高すぎっていう。

ソフトの持ち主に顔を立たせなさいよ。おかげで相川から『にわかリンクス乙wwコポォwww』って言われてマジ殺意沸いた。あのアマ海面に叩きつけてやる。

 

つーか水無月さんって誰?

 

「まあ気にするなよ。この学園に通ってたってだけで外の野郎共は簡単に釣られてくれる」

「織斑君も?」

「俺は外の奴らとは違う」

 

ついでに言うと警戒心の度合いが一番違う。

クラスの女子と自室で二人っきりの時点で心臓がドキドキ。

もうね。『白雪姫』起動させてるのバレたらどうしようとか、迎撃用に『虚仮威翅』を実体化させてるの見つかったらどうしようとかね。

もししずちゃんが白だったら、刃物使って拘束する気マンマンみたいになってしまう。あれ俺ピンチ。

 

「そうかー」

「ま、しずちゃんはその落ち着いた雰囲気を大切にした方がいいぜ。苛烈な娘は元気だとは思うがタイプじゃ……」

 

苛烈。激情。叩きつけられる憤怒。

俺の視界を銀色の髪が横切った。

待て、待ってくれ。

違う。

俺、俺は、

 

「ほら、今どこか、"ズレた所"を見てたでしょ」

「…………」

「一番最初に気づいたのは清香ちゃんだよ。織斑君、ぼうっとする回数が極端に増えたって。どこか、私たちとはズレたとこを見てるって」

「……人を妄想癖持ちみてぇに扱うのはやめてくれ。夢想転生にでも目覚めたのか、俺は」

「海も楽しめないよ、そんなんじゃ」

 

何も言い返す気になれない。

しずちゃんはコントローラを置いた。

 

「準備はできたの?」

「さっきも言った」

「じゃあベッドの上に散らかった着替えと水着は何?」

「……アンティーク」

「嘘おっしゃい」

 

頭をぽかりと叩かれた。

姉貴面すんな。

 

しずちゃんに促され、どうにか協力してもらい、俺は明日の臨海学校の準備に手をつけることにした。

 

「結局水無月さんってダレよ」

「隅っこの席のメガネかけた剣道部の娘」

「メガネプラス剣道とかなにそれ気になるんですけどハァハァ」

「駄犬、ハウス」

 

うわっ、俺の扱い、ひどすぎ……?

 

 

 

 

 

 

 

「いいかお前ら! 家に帰るまでが臨海学校だ! つまりこのバスに乗るところから臨海学校は始まっているわけだ!」

 

翌朝。しずちゃんはいつの間にか部屋に帰っていた。朝チュンとか都市伝説ですよねあれ。

一組と二組が合同で乗り込む大型バスの前で、俺は同じ班員である相川と谷ポンとオルコット嬢とナギちゃんに熱弁を振るっている。

 

「テンション高いですわね……」

「どうせ何だかんだ楽しみで寝られなくて、深夜テンションが続いてるだけでしょ」

 

相川が呆れたように言う。谷ポンにナギちゃん、近くでこちらを見ている他のクラスメイトもどうせそんなこったろうという表情だ。

お前ら俺を何だと思っていやがる。

 

「あら、昨日織斑君はちゃんと寝てたわよ? まあ1時ぐらいにベッドの中に押し込んだんだけど」

「そーそーしずちゃんが証人だお前らマジ信じろ」

 

横から入った助けに、安易にも俺はすぐ乗っかった。

しばし沈黙。

 

「ねぇ……なんでそんな詳しく時間を知ってるのかな? かな?」

「押し込んだってドユコト?」

 

デュノア嬢と鈴が満面の笑みでこちらに寄ってくる。

しまった! 今の発言、確かにしずちゃんと俺がやらしいことしたみたいに聞こえる!

ハニートラップ要員共が焦ったように俺へ突撃してきた。先を越されたのかと戦慄しているに違いない。フハハハ馬鹿者め! 俺の童貞は未だ健在だ! やべえテンパって自分でも何考えてんのか分かんない!

 

「その話私も気になるわね」

 

うげえええ楯無さんいつの間にいらっしゃったんですかアナタ臨海学校に来ないはずでしょうが。

どんどん俺の安息が削られていく。ミスディレクションを身に着ければずっと生活は楽になるはずなのに。

 

「はー、へー、一夏君ってば他の女とお泊まりするんだー」

「学校行事だッつの。イヤなら共学制にしやがれ」

 

共学制にしたら何のための学園だか分からんがな。いや、整備課に男子の入学を許可すればいいんじゃないかな。力仕事をこなしてくれるぜ男ってのは。特にカワイイ子から頼まれたら断れねぇ。俺なら『白雪姫』を展開してパワーアシスト全開だね。

まあ見事な女王アリと働きアリの構図が完全しちまうワケだが。

 

「まあ貴方のお姉さんから公の場で『私が不在の間、IS学園はお前に任せた』って言われちゃったしー。私はどうあがいても付いて行けないんだけどー」

「あがくって……権力濫用する気だったのか」

 

こいつの持つ権限フル活用したら生徒保護担当とかでマジで来そうで困る。

俺が戦慄する中、楯無は耳元に口を寄せてくる。な、なんだよ。どうせ息吹きかけてくんだろ。

警戒心を露わにして俺が身構えていると、楯無は予想に反して低い声でささやいてきた。

 

「まあ……私か織斑先生が必要なのよね。数日前に爆破テロの予告が入ってて、その予告日時が明日なの」

「……へー。……確かに、お前か姉さんがいなけりゃ、体面上マズいか」

 

予告してあって万が一にも実行されたら、防衛の責任者は何してたんだって話になる。楯無にいたってはそういう事態を防ぐための対暗部用暗部だ。防衛に失敗すりゃ業務上の失態として首を切られるに決まってる(物理的か人事的かは分からん)。

まあテロ予告自体が初耳なんだがな。

侵入してデータ盗むならまだしも、爆破してどーすんだよ。反IS運動の一環か?

 

「ちょっとそこ! うるさいわよ!」

「うげっ、李先生だ」

 

瞳からハイライトが消えかけていたハニトラ代表候補生共――もう度重なる所業を見る限り鈴も黒だと思うんだ――を一気に押しとどめたのは、二組の担任である李先生だ。

今日も短めのフォーマルスカートからのぞくストッキングが色っぽいです。

 

「くっ……一夏、後で詳しく聞かせなさいよ!」

「織斑君、僕にも詳しく聞かせてね?」

「一夏さんはまず私に話す義務がおありですわ!」

 

騒ぐ三人の声に耳をふさぎ、俺は班員たちへバスに乗るよう促した。あ、オルコット嬢は同じ班だった。

まあいいさ、奇数の班なので一人あぶれる。俺があぶれる。俺は見ず知らずの人と相席になるかもしれん。そのドキドキ感もこういった機会でないと楽しめないものだ。

二階席まであるバスの一階、前から7番目の列。

 

「あ、織斑君の隣は水無月さんみたいだね」

「いいなー」

「ていうか水無月さんってダレ?」

 

俺と同じ感想を持つ方がいらっしゃるではないか。

マジで誰なんだよ。気になる。この学校にいるってことはどうせ美人なんだろうけど。

 

「おい相川」

「水無月さんのデータだね?」

「話が早くて助かるよ」

 

相川はドヤ顔で語りだした。うざいので語りが終わって三つ数えたら猫だましの刑。

 

「うちのクラス唯一の剣道部部員。ただ仮入部初日で部長を二本取ってストレート勝ちしててすごい強いみたいだよ。でも全国大会とかでは名前を聞かないんだよね」

「大会に出てなかったって事か」

「うん。でもその部長さんは中3と高2の時に全国制覇してる猛者だから、水無月さんはマジでヤバイ」

「他には?」

「こないだの学年別トーナメントで、一般枠優勝。ぶっちぎり」

「試合見てねえ」

「私決勝で戦ったけど手も足も出なかったよ。案の定近接主体だったんだけど、気づいたら間合いに入ってるってケースが多い。距離の詰め方とか、完全に玄人のやり方だった」

「なるほどねぇ……」

 

そんな有名人だったとは。

俺が日ごろなあなあと生きてるからそういう情報が入ってこないのだろうか。

いや……でも、うん。こいつの情報量おかしくね?

 

「つーかお前準優勝かよ」

「ホントに興味なかったんだね、一般枠なんてどーでもいいみたいじゃん」

 

拗ねたように相川はそっぽを向いた。なにこいつ可愛いな。

 

「構ってほしかったのか?」

「そっ、そんなわけ……ッ!」

「冗談だ」

「ッッ……!」

 

無言でドギツい視線を突き刺してくる相川。俺は笑いながらそれを受け流した。

俺のあまりに紳士的な対応に毒気を抜かれたのか、相川は大きく息を吐いて、それからまた言葉を続けた。

 

「あ、あと、すごい読書家。純文学が好きみたい」

「へぇ」

「そして友達が少ない」

「おいやめろ」

 

そういうこと言うと傷つくヤツがいるんだよ!

俺は罰も兼ねて相川に猫だまし。余裕でいなされた。視線で『だから何?』と語ってきてマジうぜぇぇぇ。

敗北感を身を浸しながら、俺は自分の席まで行った。

少しうつむいているので、水無月さんの表情はうかがえない。長い黒髪が顔を隠してしまっている。

 

「あの、水無月さん……だよな?」

「……ああ」

 

顔を上げることなく彼女は言う。

ただ、その声。何か聞いたことがある。いや、あるなんてもんじゃない。

 

「えッと」

「…………」

 

うつむいて、本を読み続ける彼女。席に座ろうとしない俺。

明らかに不自然な俺たちに、バスの中で視線が集中し始めた。

 

「織斑君? どーしたの?」

 

夜竹さゆか、だったか、そんな名前の女子が俺に声をかけてきた。

俺は今までにない本気の眼力でそいつを黙殺する。ひっと小さな悲鳴を上げて彼女は凍りついた。

 

「水無月さん」

「……何だ」

「顔を上げてくれ」

「…………」

「頼む」

 

深々と頭を下げる。周囲の唖然とした雰囲気が伝わる中、折れたのは水無月さんだった。

 

「……すぐ気づけるのなら、最初から気づけ、馬鹿者」

「……う、ぁ」

 

目を上げる。同時に髪もかき上げた。

全員、息を呑んだ。

凍て付くような白い肌。ぱっちりとした目、まつげや眉の一本一本にまで気品が通っている。

 

それは俺の唯一無二の幼馴染だった。

それは俺の最低最悪の思い出だった。

それは俺がいつか取り零した、大切なものだった。

 

 

『しのののほうき』が、そこにはいた。

 

 

「織斑君、早く席に着いたらどうだ」

 

――その声だけで泣きそうになる。

黙って席に座る。それを確認して、バスがやっと走り出した。

周りが俺たちの挙動に注視する。俺はゆっくりと首を横に向け、こちらをじっと見ている双眸と真っ向から見合ってしまった。

 

「ッ、あ」

「何だ」

 

戸惑いを許さないかのような声色。

 

「ほうき、だよな」

「私は水無月かなでだ」

「……日本に証人保護プログラムは公にはない。国連からの超法規的措置か」

「そこまで分かっているなら、聞くな。私は水無月かなでだ、それでいい」

「ッ、IS学園は違うだろ? ここなら、お前は自由なんじゃないのかよ……」

「今の私には篠ノ之である必要性がない」

「必要がなけりゃ血筋なんてどうでもいいのか」

「私にとってはな」

 

久方ぶりの会話なのに。続かせようという意思はない。そもそも、俺とコミュニケーションを取ろうとしていない。

バスの中の空気は、徐々に和気藹々としたものに戻ろうとしていた。

 

「ほうき……トランプでも、するか?」

「いい」

「えッと、何の本読んでるんだ?」

「関係ないだろ」

 

ブックカバーのせいで表紙が見えねぇんだよ。

何気に布生地で高そうなの使ってるし。

 

「オイ」

「それ以上喋ってみろ叩き潰すぞ」

「え、ちょ」

「いいから黙れ」

 

本と前髪が、またほうきの顔を隠してしまった。

……ははは、嫌われたもんだな。

 

「バスの中ってなんかヒマだねー」

「ゲームでもする? ほら、車内オリエンテーションみたいな感じで」

 

真っ白に燃え尽きている俺をチラリと見て、クラスメイトらは慌てたように提案を乱打し始めた。お前らマジいい奴。

一方俺の隣で文庫本――横目で確認したがどうも文体からしてかなり古い。明治とか大正とか、WW2前なんじゃないかな――を熟読するほうきはこちらに、いや本の文字以外にまったく目を向けない。外界と自分を完全にシャットアウトしていらっしゃる。

この技術は並大抵のぼっちではできない。人に話しかけられて「え、あっ。い、いや、いいです……」と「――いいです(キリッ」とでは天と地ほどの開きがあるということに留意してほしい。後者の訓練されたぼっちは自らロンリネス・スパイラルの中に閉じこもっているのでコミュニケーションに多大な労力を要するのだ。

 

何にしてもバスの移動があと半日ほどある。ここでコミュニケーション挫折してるとマジで無言で過ごすハメになる。

それは。それだけは回避しなければならない。

 

「ほ、ほんとなんでこんなバス移動長いんだろうなー。その気になりゃ輸送機でちゃっちゃか行けるはずだってのによ」

「私に聞くな」

「…………」

 

ちなみに答えは『生徒間の親睦を深める時間を最大限増すため』である。将来国家代表がこの中から生まれるかもしれないのだ。代表と代表が仲良しなだけでも外交に十分すぎる影響を持つしな。

というかこの人俺とコミュニケーション取れないんじゃない。取る気ないね。

 

「えーっと、バス内のオリエンテーションは――」

 

無論そんなものでほうきの鉄のカーテンが破れるはずも無く。

旅館に着くまで彼女の口は縫われたかのようにぴったりと閉じ合わせられたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

旅館に着くころにはもう日が沈みかけていた。

正直言って後半は俺も喋ってなかったけどね。もう気にしないことにしたんだ。死ね俺。コミュスキル上げとけとあれほど……もういい。黙って泣こう。

無言のまますすり泣く俺を放置して、旅館の入り口付近で姉さんが連絡事項を簡潔に伝えた。

 

「午後7時から9時までは班別の入浴時間、並びに食事時間となる。班ごとに活動しろ。では、解散」

 

生徒たちが荷物を抱えて自室へと向かっていく。ほうきもご他聞に漏れず、班員たちの一歩後ろを着いていった。未練がましく背中を見つめてたりしないんだからね!

俺はしおりをめくって予定を確認する。ちなみに部屋の割り振りは変則的で、俺だけ別室。カメラ付きで、内部は常に監視されてるとか俺を守るためなのか俺を縛り付けるためなのか分かんねぇよ。

 

「ウチの班が最初に風呂入るっぽいな」

「では早めに入ってしまいましょうか。まずは部屋に荷物を置きましょう」

「んー、じゃあそうしよっか」

「俺は部屋も風呂も別だからな……じゃあ1時間後に食事場の、第2宴会場で」

 

班員たちと別れ部屋に向かう。別室というか離れだった。

荷物を置いて部屋を見回す。『白雪姫』が設置された監視カメラを全部懇切丁寧に教えてくれる。

 

「14とか数多すぎだろJK」

『!?』

 

カメラの向こう側では、数を言い当てられた監視員がビビっていることだろう。これで数が違っていたら赤面ものだが。

ちなみに男子風呂と女子風呂はバカみたいに離れていて、男の一人風呂とか寂しいことこの上なかったので割愛させていただくでござる。

 

 

 

 

 

 

 

当然のごとく夕餉は和食だった。

これだけ和風テイストや宿でパンとスープが出てきたら笑う。もう笑う。

 

「一夏さん、この緑色のがWASABIという物体なのですか?」

「んな仰々しく呼ばなくたっていいだろ……大人しくサビ抜きにしとけ。こっちにある」

 

寿司の大皿に刺身盛り付け、お吸い物に白米。素晴らしい日本食卓だ。

慣れない箸にオルコット嬢は戸惑っていたが、相川や谷ポンのレクチャーの甲斐あって危なげなくイカの刺身をつまめる程度には上達していた。

どうでもいいけど1組って日本人率高いよな。代表候補生以外ほぼ日本人だろ。

 

「今日の夜はどーする?」

「俺がそっちに行くわ。UNO持ってくるようメールしたろ」

「あいあいさー」

 

谷ポンが頼んでいたブツを懐から取り出した。浴衣なのではだけちゃうと結構肌色が露出してあらやだリトル一夏君が反応しちゃった。

この環境……地獄すぎる……

 

「ていうか織斑君、なんか浴衣着慣れてるよね。ひょっとして家だと浴衣?」

「相川……なんていうか、発想力が貧困だよなお前」

 

班員一同可哀想なものを見る目を相川に向けた。この子のおバカ発言はもうちょっとどうにかならないものですかねぇ。

育てた親の顔が見てみたいぜ。

 

「もー! そうやって私をバカにしてるでしょ!」

「ううん、バカな子を可愛がってるだけ」

「あ、なんだ可愛がられてたの? 照れるなー」

 

ナギちゃんのあんまりフォローになってない発言を見事に曲解しやがった。理解力が自分に都合の良い方向に傾きすぎじゃないですかね。

食後はダベりながらオルコット嬢たちの部屋にお邪魔した。きちんと姉さんからは了承をもらっている。俺の自由権が侵害されてませんかこれ。

 

「どろーつーですわ!」

「ドローツー」

「ドローツー」

「ドローツー」

「んじゃドローフォー」

「はぅわ!」

 

ルールをいまいち知らないオルコット嬢に説明してからUNOスタート。ご覧の通り、さっきからオルコット嬢のばかり苛められている。だって他の4人にばっか良いカードが回ってくるんですもの。

まあだらだらと時間をつぶすだけだし。そんな緊張感は求めてないからいいんだけどな。

緩んだ空気でやっていると、薄いふすま越しに廊下での会話が聞こえてくる。

 

「水無月さんの胸、大きかったねー」

「ほんとほんと。触ったらご利益ありそう。私拝んじゃったよ」

「それでも無表情無関心を貫いてた水無月さんマジパナいわ」

 

……ほうきは、浮いてるとかじゃなくて、そういうキャラクター性で受け入れられているらしい。うちのクラスの懐が深すぎて俺ちょっと泣きそう。クラス代表として嬉しい。HRで連絡事項の伝達ぐらいしかしてないけど。

 

「ねえ、織斑君」

 

谷ポンとナギちゃんがスキップとリバースの連打でオルコット嬢をいぢめている間、相川がこっそりと耳打ちしてきた。

 

「んだよ」

「水無月さんと、どんな関係なの?」

「……幼馴染、の、はずだ」

 

ここまで冷たい態度を取られると不思議な気分だけどな。あいつ記憶喪失だったりするんじゃねぇのかな。はは、都合のいい妄想だ。俺痛すぎ。

表情を読んでくれたのか、相川は口をつぐんだ。

オルコット嬢渾身のフォーカードが回ってきて、俺は大人しく12枚手札を引いた。

……それなのにドンケツになるってオルコット嬢マジパネえっす。

 

 

 

 

 

 

 

朝食はサクッと済ませた。昼の自由時間(専用機持ち除く)に向けてみんな日焼け止めを塗ったり水着の見せ合いをしたり気合が入っている。代表候補生は遊び時間を返上して、本国から送られてくる新兵器のテストをするのが毎年の恒例らしい。

買い込んだ新品の海パンにマリンパーカーを羽織って訓練用ビーチへ向かう。特に閉鎖された空間ではなく、一般生徒から目視できる程度のところにみんな集合していた。

俺が最後だったらしい。各国の精鋭たる整備員や移動式のドッグ。それとパイロットである鈴、オルコット嬢、デュノア嬢、楯無の妹さんに……ほうきがいる。スーツ姿の姉さんもすでに佇んでいた。

へぇ。専用機持ちって、一人一人がなよなよしてても、集まりゃ錚々たる顔ぶれになるもんだな。

なよなよしてる筆頭が俺なのは言うまでもない。

 

「よし、全員集合したな」

「え……水無月さんって、専用機持ちだっけ」

 

デュノア嬢が首をかしげた。まあ当然の疑問だし、何よりほうきが専用機なんて持ってるわけがない。

本人が望みでもしない限り、あの人がほうき専用のISなんて絶対に認めないからだ。

 

「こいつの姉は大のIS嫌いなんだがな。それでも無理を言って、『コアから』専用機を用意してもらったらしい」

「コア……から……!?」

 

楯無の妹さんが驚愕に目を見開く。話の内容がヤバいと悟ったのか、整備員の人たちが俺らから距離を取り始めた。

それもそうだ。アラスカ条約以来、各国では厳正な基準により――経済規模やら軍備やら、中には女性の政界進出度も基準になってるとか――コアを自由に取り扱うことは不可能に近い。

 

ただ裏技がある。

裏技っつーかチートだ。

俺も本人から話を聞くまでは考えなかった方法である。

用意できないものを手に入れるにはどうすればいいか……簡単な話だ。

作ればいい。

 

「シリアルナンバー468、名無しにして存在し得なかったIS……二度とISには触れないと誓ったあいつの意志をわざわざねじ曲げたんだ。相応の覚悟はあるな」

 

姉さんの目は鋭い。双眸に灯る光は教育者のそれでも、戦闘者のそれでもない。

ただこの世界に一人だけの、あの人が認めた親友の、怒りの炎だった。

あー……ほうき、相当無理言ったんだな、これ。

じゃなきゃあの人が、1からコアを作るはずがない。

 

世界で一番ISを知っていて、世界で一番ISを嫌っているあの人は、天才故の苦悩を引きずっていた。

それが爆発した原因は。

ある種の区切りである500機目のIS完成に近づいていたあの人が、467機なんて中途半端な数でテクノロジーを捨て世界から逃げ出した原因は、

俺だ。

 

「そろそろ来る。あいつは昔から、時間には律儀だったからな」

「あッ、あの……」

 

恐る恐る、といった程で、オルコット嬢が手を上げる。

姉さんは余熱の残る瞳を向けた。

 

「何だ?」

「あの人、とは……?」

 

皆も気になっていたのか――否、大体予想はついているのだろう。ただ展開がぶっ飛びすぎて付いて行けてないだけだ。

簡潔な答えが姉さんの口から飛び出た。

 

「来るのはIS開発者、篠ノ之束。ここにいるのは、その妹である篠ノ之箒だ」

『…………!!』

 

視線が、一斉に突き刺さる。意に介さずほうきは空を見上げた。

そんなに楽しみなのかよ。

 

「ああ、早く来い、無二の剣。私のために私の願いに基づいて私の求めに応えてくれ」

 

自己中すぎワロタ。

俺の幼なじみがこんなにキチガイなはずがない。

 

「姉さん、あの人って今どこにいんの? なんか先生してるとか聞いたんだけど」

「私塾を開いているな。かなり田舎の方だ。東北の霊界だか三途のほとりだかその辺りだ」

「東北ナメんなよ……」

 

にしても、あの人が、先生か。

…………。

俺はほうきを見た。

 

「いい先生になれそうだよな。あの人、結構子供好きだし」

「? 何を言っているんだ……私の姉がまともに取り合うのは私とお前と千冬さんぐらいだろう」

 

――なるほど、な。

長い間隔絶された関係は、ここまで浅くなれるものなのか。

ほうきは何も知らないんだ。

 

束さんが壊れて、

姉さんが泣き叫んで、

俺が一度、徹底的に殺し尽くされたことを。

 

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

「警戒しなくていいよ白雪姫。お前の生みの親が来ただけだ」

 

遠方に視認できる黒い点。海面すれすれを疾走しこちらに向かうそれは、紛れもないIS。

あの人が身に纏う灰色のそれは、朝日を装飾華美なドレスのように展開されたISアーマーに照り返す。

俺が知ってる束さんの専用機だ。

 

「相変わらずでっけえコンテナ背負ってんな……」

「あのISのこと知ってんの、一夏」

「『暁』っつう束さん専用ISの第二形態だ。『灰かぶり姫(シンデレラ・ガール)』。脚部と背部に展開装甲を搭載した、史上初の第四世代機」

『!?』

 

俺が中2の時にはもう、展開装甲という発想の原型はあった。まだ各国が第二世代機を最新鋭機としている時期に、あの人は第四世代機を扱っていたわけだ。

第二・第三世代を持つ専用機持ちの時が止まる。俺に声をかけた鈴も口をパクパクと開けて、言葉を失っていた。

 

「まあ言いたいことは分かる。ただ、今お前たちが束さんに対してかけてる色眼鏡、そいつは外してやってくれ」

「……色眼鏡?」

「偏見を取り除いて、ってこと」

 

いまいち日本語が通じなかったので、楯無の妹さんがフォローを入れてくれた。

 

「姉さんから何か言うことは?」

「お前たち代表候補生は篠ノ之家の事情と関係ない、さっさと始めてろ」

 

はい、とみんな応答が重なった。戸惑いは残る。ただ、みんな一応各国の代表候補生だ。公的な場面での身の振る舞いは然るべきものになっている。

鈴は新型追加兵装――なんだっけ熱殻拡散衝撃砲だっけ?――の実験がある。同様にオルコット嬢は強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』の稼働テスト、デュノア嬢は拠点防御用パッケージ『ガーデン・カーテン』の耐久力テスト、楯無の妹さんは下僕たちが作った拠点制圧用パッケージ『五月雨』の試運用だ。

 

俺?

新規購入の水着で海水浴という重大な任務が控えてるから……別にクラスの美少女ズに釣られたわけではない。この俺様がそんな甘い餌に釣られクマー。

まあマジな話、下僕の所属する倉持技研と新規契約したデュノア社の連携がまだ不十分なのだ。俺専用のパッケージ(専用機用だからオートクチュールが正しいか)を作る話もあったらしいがボツってる。

今回依頼されたのはハンドガンの銃身下部に取り付けられた、小型破裂裂傷弾とかいう新式のグレネードだ。狩猟ゲームのテッコウリュウダンよろしく一回突き刺さってから爆発するビックリドッキリ兵器である。つってもこの場でテストする必要はない。普通に学園に戻ってからでも時間は十分あるので今回はパスさせていただこう。

 

海面を割って飛翔していた機影がゆっくりと減速し、そのままふわりと浮いた。

俺たちの頭上に一旦浮き上がって、そのまま下降してくる。兵器らしさなんてない華美なアーマー。素材が布なら、そのまま舞踏会にでも行けそうな外見。

 

「お待たせ、ちーちゃん」

 

派手なエフェクトも奇天烈な発言もなかった。違和感を感じたのか、まさに今地に足を着けた姉にほうきの無遠慮な視線が突き刺さる。

待ってはいない、という姉さんの返事に微笑みを浮かべ、史上最大の天災は『灰かぶり姫』に膝をつかせ、自分はISスーツ姿で降り立った。パーソナライズしたのだろう、すぐに長袖のYシャツとスラックスが構築される。ジャケットを加えればOLだ。姉さんもフォーマルスーツだし、二人だけすごい社会人オーラが漂っている。

彼女は改めて実の妹に向き直った。視線が合う。

 

「……やあ、久しぶりだね箒ちゃん。六年ぶりかな」

「ええ。久しぶりですね、姉さん」

 

束さんはまた笑って、優しい色の瞳を細めた。

――その笑顔は決して決して、かつての束さんを知る人からすれば想像できないほど穏やかな笑みだった。




束「Yシャツはいっくんのクローゼットから持ってきた」ドヤァ
千冬「寄越せ」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。