デート面白すぎワロタ。四糸乃可愛いよ四糸乃。
食堂のテーブルを見てキャバクラを連想するのは俺だけじゃないはずだ。
唯一違うのは俺が座ってもキャバ嬢は来てくれない所。
何あれひょっとして指名制なの? 一人入店、一人食事、一人退席のコンボがオーバーキル過ぎて死ねる。
「今日はお好み焼きがあんのか。太陽サンサンだな……」
熱血パワーが暴発するほど元気があるわけではないが、まあ食っとく分にはいいだろ。
試合まであと1時間と少し。
あの女との決着をつける時だ、俺のプライドのためにも、ここはド真ん中から叩き潰してあげなければなるまい。
「すんません、お好み焼き一つ」
「かしこまりました~」
「……そこは関西弁だろ!」
「!?」
これはお好み焼き屋『あかね』を探す旅に出るしかねぇ。
それで俺が6人目のキュアアマテラスになって無双する。他の5人も戦闘の度に明らかに不自然にピンチになって毎回俺に助けられて、俺にメロメロになるに違いない。ウケるわこのストーリー。にじファン限定で。
席に腰掛け、敵のスペックをあらためて確認する。
パイロットは雑魚。論外。
機体は厄介。スペック上は現行最強と言っても過言ではない。
以前同系統の機体と戦った時は、あちらが近距離に対応していない装備だったので俺の距離に持ち込めばある程度有利ではあった。だが今回は事情が違ぇ。
両手のプラズマ手刀は手数に富み、ぶっちゃけ俺の『白世』では不利だ。そもそも剣域が違いすぎる。
「まあヒットアンドアウェイ中心でいくかな」
運ばれてきたお好み焼きを前に、俺はお冷を一杯あおった。
今日も一人飯である。
ピットへと向かう最中にデュノア嬢と遭遇した。
落ち込んだ表情のままこちらを見つけ、とてとてと駆け寄ってくる。
「織斑君っ」
「よぉ。割と接戦だったらしいじゃねーか」
聞くと、ボーデヴィッヒとの戦いはなかなかの熱戦だったらしく、最終的なダメージ量では差こそついているが、試合内容はデュノア嬢にも何度かチャンスはあったらしい。
まあ機会をモノにできねぇのは本人の失態だ。
「気をつけて、あのAICっていうの、かなり厄介だから」
「了解」
「それに本人の気性もあって、かなり攻撃的な戦術で来てたよ。さすがの君も危ないかもしれない」
「オイオイ、俺のことを誰だと思ってやがる」
対策もバッチリだ。さっき後付装備(イコライザ)保管室からいくつか対ボーデヴィッヒ用の装備を引っ張ってきている。
「まあ確かに凶暴ではあるが、ある程度の倫理観は持ち合わせているようで安心した」
「……ピットの中に弾丸撃ち込んでくる人に倫理観なんてあるのかな?」
デュノア嬢が皮肉げに言った。
女の子がそういう発言をするんじゃありません。
「一応あれは俺をねらった攻撃だしな……よほど自分のウデに自信があったんだろ。実際に、俺が反応できなけりゃ俺だけ死んでたわけだし」
殺人未遂で起訴してもいいんじゃねーのこれ。
俺以外にもピットに大勢いたわけだし。
「でも、あれで織斑君以外が吹っ飛ばされてても、多分ボーデヴィッヒさんは罪には問われない」
「は?」
「現在、欧州連合で第3次イグニッション・プランの主力機を選定中なのは……」
「知ってる。レーゲン型にティアーズ型、テンペスタⅡ型だろ」
「うん。その選考に、今回のトーナメントは一枚噛んでる」
「……何?」
「VIP席にいるらしいんだ、選定委員会の人たちが」
初耳だ。確かにレーゲンとティアーズについては参加しているが。
「だから今回のトーナメントは、多少のトラブルがあっても強行されるよ。そして欧州連合は一般生徒が2、3人死んでもやる。まあ代表候補生とかだったら話は別かもしれないけど……ここの会長さんや織斑先生の抗議もさっきから後回しにしてるから、黙殺するつもりだろうね」
なにそれこわい。
俺の想像を上回るエグい国際情勢inIS学園にドン引きしつつ、俺はふと気になったことを口に出した。
「テンペスタⅡはどうしたんだ」
「それは言えないよ。機密情報だから」
「まさかあいつら、マジで出力源から調整を始めたのか? 確かに動力自体に欠陥があって、戦闘中のオーバーヒート率が異常数値って言ってた気がするが」
「……何で知ってるのさ。僕は父さんと仲直りした後にやっと聞けたのに」
デュノア嬢が訝しげな目でこちらを見てくる。
まあ、コネの質では俺の方が上みてーだな。
「一回戦ったことあるし」
「それこそ初耳だよ」
それはどうだっていい。問題は、イグニッション・プランの選定をここで行う意義だ。
当然のごとく第二世代機使用者であるデュノア嬢は、いわゆるレーゲンのかませ役だったのだろう。
その点、リヴァイヴに負けたティアーズ型はかなり減点されているに違いない。
ピットでオルコット嬢が普段どおりだったってことは、さてはパイロット本人たちも知らされてないなコレ。デュノア嬢や俺は例外ってわけかよ。
「一夏ー! さっさとしないともう始まっちゃうわよー!」
「ああ、今行く」
廊下の向こうで鈴が手を振っていた。
考え事は後に回そう。
「がんばって。ジャーマニーの威厳なんか潰しちゃいなよ」
「お前、割とエグいよな」
さらっとえげつない発言をしたデュノア嬢は、完璧な笑みを貼り付けたまま応援席へ向かう道に曲がった。
知ってるよ。ボーデヴィッヒとの試合。接戦だった、けど、数値的に見ればボロ負けだ。さぞ悔しかったろう。
俺は首を鳴らして、ピットの中に入った。
「出番か」
人名紹介とともに歓声が響く。先に名を呼ばれたボーデヴィッヒはすでにアリーナ中央で待機していた。
俺も続いて呼ばれる。カタパルトに自身を固定してシグナルが三つとも青になるのを見る。発進準備完了。後ろから聞こえた鈴の声に右手を上げることで応え、直後にブースト。
勢いよくピットを飛び出せば、アリーナは今までとは比べ物にならないほどの数の人で埋め尽くされていた。
1年生専用機持ちトーナメント。
その頂点。
対極に位置する白を黒に、観客らは喉を枯らして声援を送ってきた。……主に俺に。
どんだけ評判悪いんだよボーデヴィッヒ。まあそう思われて当然の行為をしてきているわけだが。
「来たか、俗物」
出会い頭に真っ向否定である。
俺は滞空しつつハンドガンを呼び出す。
「お前の発言を俺はこれ以上望まねえ。ただ一つだけ聞きたいことがある」
「……何だ?」
銃口を突きつけて、俺はボーデヴィッヒの目を見た。
「俺は『弱者』か、『強者』か、どっちだ?」
試合開始のブザーが鳴った。
「――ッ、『弱者』に決まっている!」
ボーデヴィッヒがワイヤーブレードを2対放つ。
瞬時加速で後退、俺は片手に持ったハンドガンでワイヤーブレードの先端部を狙い撃った。金色の鋭い爪が砕け散る。同じように他の三つも破壊した。
「……!?」
「ブレード部分をダメにしちまえば、どうにもなんねぇよなァ!」
ワイヤーブレードの推進力は先端部が担っている。それをなくした以上は、少し硬い糸を出せるだけになる。
これでは利用のしようがないと判断したのか、ボーデヴィッヒはワイヤー射出機関を内蔵した部分のアーマーをパージした。
デッドウェイトはすぐ排除するのは基本だ。
だが、この場合は悪手である。
俺はワイヤーの露出したアーマーを両手に二つ掴み取る。同時にブーストをかけ距離を詰めた。
そのままカウボーイよろしくワイヤーをぶん回し、勢いのままボーデヴィッヒに叩きつける。
予想だにしない攻撃に反応が遅れたのか、さしたる妨げもなくアーマーが元の持ち主に激突し、あまりの衝撃にひしゃげた。
「ぐぅぅぅッ……!」
「逝っちまえよッ!」
そのままもう片手を使い入れ替わりに二撃、三撃。さすがにガードされ、三撃目は『網』に捕まった。
得意げ、というか、一筋の光明を垣間見たかのような表情のボーデヴィッヒには申し訳ない。
言わせてもらおう。
「 計 画 通 り 」
ドヤァァァァ!!
スーパーウザやかスマイル……ッ、略してスパスマ!
「決まっちまったぜ……これ以上ないと言うほどにな……」
「何……どういう、ッ!?」
停止を食らったのはワイヤーの射出元であるISアーマー。それとワイヤーでつながる俺。条件は揃った。
俺は真上へブースト。だが宙に静止したアーマーと俺の間でワイヤーがピンと張った瞬間、俺の加速方向はぐりんと変わる。
「そんな、私のAICを逆手に、」
「テメェのじゃなくてその機体のだァァァ!」
ボーデヴィッヒがAICを解除した。俺は両手のワイヤーを手放し、『白世』を召還。そのまま最高スピードで突っ込む。
素早い反応でボーデヴィッヒは、真上から攻める俺を見上げた。
「ナメるな!」
右手が掲げられる。想定通りに、俺は『白世』を横に倒し、その面に体を隠した。
ちょうどボーデヴィッヒと俺の間に『白世』が割り込み、互いの顔が見えない状態だ。
AICによって俺でなく『白世』が固定される。その上に寝転び、両手にハンドガンを呼び出し、俺はほくそ笑む。
まず初撃。
背を大剣に預けたまま、顔を出すことなく腕だけでボーデヴィッヒに銃口を向ける。至近距離から乱射。面白いぐらいに当たる当たる。
「ッ……ええい、AICがなくても!」
このまま『白世』を固定することに意義はないと判断したのか、俺がハンドガンを引っ込めると同時、大剣が唐突に復帰した重力に引き寄せられた。
ちょうどいい。俺はハンドガンを量子化し『白世』を握り直した。
『白世』の影から出ると同時に体ごと縦回転し下から斬り上げる。
渾身の一撃。
クリティカルヒット。
三タメやホームランを突進してくるレウスの脳天にキメたような爽快感だぜ。
そのまま砕けた装甲を撒き散らしつつ、ボーデヴィッヒは落下して行く。
「……が……ッ」
「どーするよ。降伏するんなら今のうちだぜ?」
砂煙を上げ墜落した黒い機影。俺は鼻白みながら、ゆっくりと降下した。
立ち込める煙幕越しにボーデヴィッヒが自分の顔に手を伸ばすのが見えた。
「まだだ、まだ一撃だけだ!」
「認めて楽になれよ。お前じゃ俺には勝てねぇ」
左目を覆う眼帯が解かれる。
黒いそれの下から見えたのは、金色に輝く瞳。
『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』――ドイツじゃ実用化されてる、ナノマシンを移植した眼球か。
「……認めたくなかったさ。だが、お前は強い。私の想像よりずっと強かった」
「今更気づいたのか」
「だからこそ、見栄を張ってしまった」
何だ。
いきなりしおらしくなったぞ。何を企んでやがる。
「ISではお前に勝てないだろう、だが……」
「んだよ」
「お前のような、何の覚悟も持たない者に、私は負けるわけにはいかない!」
……何の覚悟もないだと?
レールカノンから放たれた弾丸を避け、俺は珍しくマジで頭にキていた。
「いい度胸だテメェ!」
「力を持ちながら、お前は何もしていない! 偉そうに人を見下して、何様のつもりだ!」
「そりゃこっちのセリフだっつの!」
飛んできた弾丸を斬る。真っ二つになり俺の背後に着弾するそれを見て、ボーデヴィッヒは舌打ちした。
そのまま勢いよく吶喊。
「真正面から……!?」
確かにAIC相手にまっすぐ突撃だなんて、無謀か舐めプかどっちかだろう。
だが。
真正面から、正々堂々卑怯な手を駆使して勝つのが俺の常套手段だ。
目測で測ったAICの有効範囲寸前、俺は加速に乗った機体の速度を利用して逆向きに縦回転した。
衝撃で砂煙が俺の前方にバラまかれ、ボーデヴィッヒの視界を奪う。
「チッ」
砂色のカーテンを真っ向から突き抜け、俺は勢いよく『白世』を振り下ろした。
当然避け、距離を取ろうとボーデヴィッヒはバックブーストする。
逃がさねぇよ。
AICを発動させようとした右手を切り払い、そのまま返す刀で一閃、さらに『白世』の切っ先を喉元に突きつける。
「――――――――!」
彼女の左目が俺を射抜いた。関係ねぇ。
勝った! 第三部完!
俺は渾身の突きを放った。
……結果的に言えば。
俺の一撃は届かなかった。
んだこれ。
いきなり世界が吹っ飛びやがった。
客席もアリーナもない。あるのは俺とボーデヴィッヒだけ。『白雪姫』もレーゲンもいやしねぇ。
ISスーツ姿で、足場すら感じることなく、ただただ相対していた。
「……はは、何だこれは。死後の世界か?」
「テメェがやったんじゃねぇのかよ」
「知るか、こんな芸当私にはできん」
ボーデヴィッヒはどこか憔悴したような表情で、虚ろに呟いた。
「まあいい……どこであろうと、何があろうと……私は……無力だからな……」
無力。
たった二文字のそれが、彼女の口から重々しく響いた。
「どういう意味だ」
「力こそ全てだ。そのはずだった。そう思っていたことは本当だし後悔もしていない」
どんなに想えど届かず。
「ただ、力だけではどうにもならないことがあると、私は気づけなかったんだ」
どんなに想えど振り向かれず。
「意志無き力はただの棍棒だ。野蛮だ、それはもはや無知の時代へ逆戻りすることに他ならない」
どんなに想えど、直視できず。
「意志を持って、初めて力は刃になる。引き金を持つ。理知的で、人為的なものになる」
そうやって彼女は歪んだのだろう。
どうあがいても光には届かなかったから。蝋固めの翼では太陽に近づけないから。だからこそ、せめて織斑千冬と同じ高さから世界を見たかった、彼女のような強さがほしかった。
織斑千冬のようになりたかった。
世界最強《ブリュンヒルデ》に、ただひたすらに憧れた。
流れ込む感情は、俺が今までに感じたことがないほどに、清らかで純粋だった。
それを否定する術など誰も持ち得ないだろう。
だが、今こいつを突き動かす激情はそれじゃない。断じて違う。清らかさの欠片もなく、まともに見ることがはばかられるほど醜く禍々しく、俺はそれを肯定する術を持ち得ない。そんなものを認めるわけにはいかない。
姉さんの、唯一人の家族として、俺はこんな妄執には頷けない。
「言い訳は終いか?」
俺はそんな腑抜けた言葉を真正面から叩き切る。
「お前は織斑千冬にはなれない。偽物にはなれるだろうが、そんなものには何の価値もない。何せこの俺サマにとっちゃ蚊とんぼみてーなモンだからな」
どんなに足掻こうとも誰かが誰かになることなど到底できやしない。
対象に自分を投影したって、いつかは現実を見てあまりの落差に気を遠くするだけだ。
「織斑千冬を目指した所でどうにもならねぇ……そのことは、俺も、よく知ってる」
織斑千冬という光がどれほどに眩しいか、俺は知っている。一番傍にいたと自負するから、それだけ光の強さも、熱さも知る。
翼を広げ、目指し、翼を焦がされ、焼け落ちた身だからこそ。
知っている。
その感情は決して報われないと容易に分かる。その憧れも、一度は抱いたものだから重みがよく分かる。
手放したくないさ。それにしたがっていればどうにでもなりそうで、まるで自分が強くなったように錯覚しちまう。
どこまで突き詰めていったって、結局星には手が届かない。月を掴むこともできない。
そのくせして見上げればいつでもあるから、なお性質が悪い。
俺はそれに惑わされない術だって知っている。
たった一つだけ。
「……だからお前は、ラウラ・ボーデヴィッヒになれ!」
なりたいものは何だ。
目指したいものは何だ。
俺だってお前だって、あのバカ姉みたく強くなりたいだろうさ。
でもなれねぇ。なっちゃあいけねぇんだよ。
俺は俺だ。織斑千冬じゃねぇんだ。
お前だってそうだ。お前はお前だ。ラウラ・ボーデヴィッヒだ。
「お前も……教官に、なろうとしていたのか?」
俺の呼吸が止まる。
ゆっくりと頭を振って、俺は極力声が上ずらないよう心がけた。
「昔の話だ。忘れたしお前も忘れろ」
通じるものがあったのだろう――ボーデヴィッヒは黙って頷いた。
「分かった。ただもう一つだけ聞かせてくれ」
「んだよ」
「今お前は、何になろうとしているんだ?」
……ハッ。
「決まってんだろーが。俺が目指すのは、俺だ。織斑一夏になることが、俺の夢だ」
お前がお前として在ることを目指すように。俺も俺としての存在意義を手にしたいと願う。
アイデンティティの消失の空しさをよく知っているからこそ。
俺は願うのだ。
「俺は俺として生きる。そして姉さんのように――――誰かをこの手で守りたいんだ」
暗転。
弾かれたように、俺は真後ろへ吹き飛ばされた。
何だ、何が起きた?
弾き出されたのか。
拒絶、されたのか。
俺は。
「……じゃないか」
ぞわぞわぞわっ!
ボーデヴィッヒの全身を覆う装甲が、一斉に溶けた。そして半液体のまま彼女を包み込み、やがて長身の人間のようなシルエットを形作る。
黒いヒトガタから、あいつの肉声が漏れた。
「……同類、じゃないか」
ヒトガタが、変わる。
ギギギッ! という雑音を破って、背部に顕現する二つの『腕』。真っ黒な全身と対照的に、肌色のそれは、どう見ても生の人間のものだった。
手に大型のショットガンを握ったそれは、明らかな敵意をもって俺に相対する。
「お前だって、私と同じじゃないか……なのに、何でこうも違う? 何でこうも上から説教されなきゃならない?」
「お、おい」
「煩い、煩い煩い煩い!! お前の言葉なんか、ちっとも響きはしない!!」
明らかに常軌を逸する変貌。
背中から生えた――いや背中を突き破ってきた新たな両腕が、手にしたショットガンを俺に向けた。
トリガー×2。たった二丁の銃から放たれたとは思えないほどの弾幕が俺を襲う。回避――しきれねぇ。被弾。俺のシールドエネルギーが削られる。
発砲の反動か、ボーデヴィッヒの顔をおおっていた黒い半液体アーマーが剥がれ落ちる。左半分だけ素顔が見えた。
金色の瞳が俺を射抜く。
「お前みたいな、自分の言葉でどんな相手も屈服させられると勘違いしている奴には、お前みたいなヤツにだけは、教官を語られたくない!!」
俺の目の前に敵機の解析を終えたウィンドウが表示された。
――第二形態:【シュヴァルツェア・ツァラトゥストラ(黒い超人)】――
驚愕、というよりも。
実際のところ、俺にとっては機体などどうだって良かった。
ただ。俺の言葉が彼女に届かなかったということだけが。ぐるぐると頭を回って。
ボーデヴィッヒの背中を破る第三第四の腕。それらに加え、また二本、四本と腕が飛び出し、大きさがバラバラではあるが、それぞれが手にした銃火器を俺に向けてくる。
「待て、待ってくれ。俺は、違うんだ。お前のことが分かるだから、お前のこと」
「煩いっ! そうやって他人を見下すしか能のないヤツが、教官と同じ血を引いているというだけで吐き気がする。お前は看過しがたい邪悪だ! 許しがたい怠慢だ! 力こそ全てだと私もお前も、奥底で確信している! だからこそお前は、自分より力のない者らに対して傲慢に振舞える! それは……私も同じだから、よく分かる!」
トリガー。圧倒的な弾幕を避け、滑り込み、時に『白世』で打ち払いながら、俺はどうにかして彼女に近づこうと模索する。
「同類だから、私は、お前が嫌いだ! そして、同類の癖に上から偉そうに説教をしてくるから、更に憎憎しい! お前みたいな害悪は――」
金色の瞳が輝きを強めた。
右手を掲げる。その動作は、AICの発動モーションと同じ。
「――圧し潰れてしまえばいいッ!!」
『単一仕様能力の発動を許可――【ヴァルプルギスの夜(アドヴァンスド・アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)】』
大気が軋む音がした。
天よりの鉄槌でも振ったのか、突然俺の真上から不可視の『何か』が落ちてきた。俺を中央として綺麗な円状のクレーターができあがり、俺はその円心に縫い付けられる。
「ぐッッ……これは……!?」
「お前は矛盾している! お前らしくありたいと願いながら、お前の望みの到達点には教官がいる! アイデンティティを捜し求めているのに他人への情景を抱きしめるなど、愚かこの上ない!!」
AICの発展型だとか、どうやって抜け出すだとか、どういうことが全部頭から抜け落ちた。
俺が目指しているのは俺だ。そのはずだ。そうじゃなかったのか。
違う、姉さんに俺はずっと憧れていた、姉さんに守られた日からずっと。
いつか姉さんみたいに誰かを守りたいと、心の底で渇望していた。素直に、どんな逆境だって簡単に打ち破ってしまえそうなその姿に、憧れた。
でも怖かった。
誰かを守ろうとして失敗することが。
言葉に出して『お前を守る』と宣言するのが怖かった。
一度失敗した身だからこそ。
遠い昔に面と向かってそう言って、守りきれなかったからこそ。
誰かを守るという行為の本質も理解できていないくせに、そんなことを言うわけにはいかなかった。
…………それでも……
――それでもっ、それでも!
誰かを守りたいというこの気持ちにッ、嘘偽りはないから!
だから!
「分かんねぇ! 分かんねぇよ、俺の最終到達点とかそんなの! でも!」
血を吐くようにして続ける。
「お前も守りたいんだ! 目に付く人々全員を守りたいんだ! そのために強くなろうとした、強くなった!」
「それがお前の望みか、願いか!?」
「ああそうだ! 俺は――守りたいんだ!」
語気荒く言葉を吐き出す。
瞬間、ボーデヴィッヒの、露出している素顔が奇妙に歪んだ。
「お前、気づいていないのか……? お前のその願いが、どれほど空虚で、どれほど傲慢で、どれほど無為なのか」
「……どういう、意味だ」
シールドエネルギーの残量が減り続ける。
「誰を守るのか。どうやって守るのか。何から守るのか。――漠然としすぎで、何も分かっていないじゃないか、お前は」
「……ッッ!!」
「そんなヤツに、私は負けない。お前などに私は劣らない」
レールカノンが火を噴いた。動けない俺に避ける術などない。
直撃。
その瞬間、俺を圧殺しようとしていた重力の柱が消え、大口径徹甲榴弾が炸裂した。勢いよく後ろに吹き飛ばされ、地面を転がる。
「ご……ばッ……」
バチバチと体中で火花が散る。何十にも開かれたレッドウィンドウはどれも『損傷大』『絶対防御に異常発生』『左肩部アーマー全損』『パワーアシスト作動不可』『全装甲形成にエラー』とやかましい。
俺の体を覆う純白の装甲にノイズが走り、何の前触れもなしにあちこちへヒビが入りだした。
限界だ。
『シールドエネルギー残量ゼロ』
「うるせぇっ!」
試合終了のブザーが鳴る。どうだっていい、そんなもの。競技用エネルギーがなくなったって、装甲や基本機能を維持するための分は残っている。
どうにか『白世』を杖代わりにして立ち上がる。
「守るんだ、守るって言ったんだ……やっと言えたんだ。もう一度、挑戦することができるんだ。誰かを守れるかもしれないんだ。だから、だから、俺は」
ぼんやりとした視界。どうにか焦点を結ぼうと頭を振り、ピントを合わせる。
ロックオンアラートが鳴り響き続けていた。多分もう一発レールカノンをもらったら、俺は無事ではすまない。
それでも。それでも、俺は守りたい。俺は、
絶対に守るって決めたんだ。
だから、
「一夏、下がれ」
「!?」
姉さんの声が、アリーナに響いた。
同時、ピットから二機のISが飛び出す。
機体照合、片方はリヴァイヴのカスタム機、もう一方は――第一回モンド・グロッソ優勝機。
暮桜。
「VTシステムか。いや、より私に近くなっている……BC(Brunhild Copy)システムとでも呼ぶべきか」
「姉さん……」
「教官!? ついに表舞台に立たれるのですか!」
悠々と降り立つ桃色を貴重とし、エッジの効いた鋭いデザインのISだ。脚部アーマーは通常のISに比べて薄く、背部ウイングユニットは先割れしていないモデル。
一方のリヴァイヴに乗っているのは……巨乳先生?
思わず俺は、肩の力が抜けた。
姉さんなら。姉さんなら、助けてくれると。ボーデヴィッヒを、俺の時のように救ってくれると、そう思った。
「山田君」
「はい」
「やれ」
リヴァイヴが両手に銃を呼び出した。ショットガンとアサルトライフル。
待て。
おい。何してんだお前ら。
「生徒へ教師が危害を加えることはあってはならない。だが――学園の運営そのものに致命的な影響を与えかねず、さらに多くの生徒の生命まで関わるとなると、こうするしかない」
トリガー。トリガー。トリガー。
AAICなど蝶のように舞って回避し、リヴァイヴカスタムは一方的にレーゲンを嬲る。
止めろ。止めろよ。何してんだ、待ってくれ。
「ねえさ、……ッ、姉さん!」
「一夏、大丈夫だったか」
「何やってんだよ! 止めさせてくれ、あんなの!」
連射に黒い装甲が剥がされていく。
なんだよ。あの苦しみ方。まるで、まるで、
「制御リミッターが解除されている以上、シールドエネルギー残量をゼロにするのは効率的ではない。そこで、絶対防御の発生を妨害する特殊な弾丸を撃ち込んでいる」
「……!!」
バカスカ撃ち込まれていく弾丸。
山田先生は、ひたすら無感情に、その冷徹な瞳で的を見ていた。
……止めろ。止めてくれ。あんたは。あんた達は。救うはずだ、助けるはずだ、守ってくれる人のはずだ。
そんな人に攻撃されたら、あいつは、もう、立ち上がれないじゃないか。
ボーデヴィッヒの反撃がむなしく宙を裂く。
一発も被弾することなく、先生は弾丸を放つ。
レールカノンが根元から吹き飛んだ。
プラズマ手刀発生装置が砕け散った。
被弾する度のけぞり、それでも憤怒の表情で反撃しようともがく。けれどもがきようがなくまた攻撃を受ける。
「各機出撃しろ、囲んで掃射」
『了解』
俺のそばで姉さんが何事か指示を出した。
ピットからISが次々と出てくる。みんな大人だ、きっと教員なのだろう。客席を保護するシールドは戦闘の余波で異常をきたしているのか、いつもの透明状態に戻っている。
『織斑先生、生徒が』
「構わん。どうせドイツ最新鋭機は暴走したと、公の場で抗議しなければならないのだからな」
『了解』
円状に編隊を組み、先生方は降下していく。フレンドリーファイア防止のためか少々高い位置でライフルを構えた。その中に山田先生も混ざる。
「撃て」
「止めろ」
「撃て!」
「止めろッ!」
俺が姉さんに掴み掛かるより早く、断続的な発砲音がいくつも重なった。
「止めろやめろ、やめてくれ! 後少しだったんだ! 後少し話せば分かり合えていたかもしれないんだ! 今度こそ今度こそ、守りきれたはずなんだ!!」
「一夏」
「なあ止めてよ! あんたならできんだろ!? 姉さんはどんな時だって、守ってくれてたじゃないか! こんな方法取らなくなっていい方法があるんじゃねえのかよ!」
「一夏……もういい」
「姉さんッ! 姉さん……俺は! 俺は! 俺はっ!!」
耳に残る銃声。まだ聞こえる。うるさい。黙れよ。いつまで撃ち続けてんだ。
アリーナを見る。
四方八方からの弾丸に、黒い人影は痛めつけられていた。まだ意識はあるのかもしれない。
トドメとばかりに全員が武装を変える。グレネードランチャー。
引き金が引かれた。
着弾。
「――――ぁ」
終わった。
【本日IS学園にて、ドイツ製の最新ISが暴走事故を引き起こし、生徒に危害を加えるという事件が発生しました。
機体は教師らによって破壊され、操縦者は意識不明となっています……】
俺は……
無力だ。
・いい感じのところで切れたのでちょっと間を空けます
やったね一夏くんハッピーエンドだよ!
・個人的に(二度目)一夏の信念って『守る』ことだけど
原作で大口叩くだけに終わってるのは自分が誰かを守るのにまだ相応しくなくて、
『守る』という行為を神聖視しているからじゃないかなと
だからうちのICHIKAも無自覚に守ることはあれど、
ヒーローみたいに『お前を守ってやる』っていう宣言を避けてるようにしてます
そして今回は一念発起、その宣言をして……ご覧のザマです