この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

7 / 32
一夏「フラグを立てるやつはクズだ! 死んでしまえ!」


VS眼帯軍人系ハニトラ
這いよれ!ハニトラさん/更識簪は諦めない


俺の手元にゲームキューブのコントローラーが返されることなく時間は過ぎた。もう6月だ。日本ならそろそろ梅雨入りしそうな時期だが俺の心はとっくに梅雨を迎えている。俺の任天堂への愛が深すぎてヤバい。

4月下旬に盗られたのでもう1ヶ月になる。仕方なしに新しいのを中古で買っちまったぜチクショウ。

今度はブラック。

シルバーの本体をブラックでプレイ。

違和感が拭えねーがゲームキューブ禁止よりはマシだと思う。

 

5月に行われる予定だったクラス対抗戦――まァクラス対抗ッつっても中身はクラス代表オンリーのトーナメントだ――は先日の事件のせいで見送られた。警備システムの総見直しが行われるらしい。

つーかあの無人機はどこいったんだろ。学園が保存してんのか、国際IS委員会が持ってったか。ま、俺には関係ないケド。

俺の予定じゃクラス代表として俺のイケメンっぷりを全校または全世界に発信するつもりだったのでひどく残念である。

ネット中継も立ち消え美少女狙いだった全世界の野郎どもが発狂したのは記憶に新しい。まァ露出度全開の美少女(ただし物騒な装備付き)が山ほど見れるんだからそりゃ楽しみだよな。俺も楽しみだったし。

べ、別に悲しくて枕を涙で濡らしたりなんかしてないんだからねっ!

 

ちなみに二組の代表は鈴になった。元代表のコは一生徒として努力を積んでいくつもりらしい。いや俺は君でも良かったんだけどねー。

あ、そういやあのコ、アドくれた女子第一号だった。すぐ後にクラスのいつも話す面子とも交換したので俺のアドレス帳がウハウハ状態。

 

「ウハウハ状態、なんだよなァ……」

「どしたの織斑君、さっきから操作が甘い、よッと!」

「いやーお前ごときに甘いって言われるほど手は抜いてない、ぜ!」

「ああっ! ハイドラパーツが!」

 

現在俺が持ち込んだゲームキューブには4つのコントローラが差し込まれている。ブラック、ヴァイオレット、オレンジ、ブラック。

1Pは俺だ。順に相川、ナギちゃん、谷ポンである。放課後それぞれ休日の間に回収したコントローラを持ち寄ってゲーム大会とかすごい男子会だよな。男子率25%だけど。

 

「清香ちゃんまだライトスターなの?」

「い、いいじゃんバトルロワイヤルだったら使いやすいし! てかナギちゃんはどうなのよ、ウイングスターなのにセンカイばっか取って!」

「デデデ用」

「応答が辛辣だわ……」

 

そう言ってやるなよ谷ポン。ナギちゃんは必死なんだよ、早々に俺がデビルスターを取ってハイドラパーツを2つ集めてるからな。

ちなみに谷ポンはターボを軽々と乗りこなしていた。やだカッコイイ。

 

「つーかデデデだったら相川はさよならだな」

「何でよ! ニードルかソード取ればいいじゃない!」

「はいはい……あ、もう時間切れだね」

 

ナギちゃんに言われやっと気づいた後三秒。俺のハイドラァァァ。

伝説を手に入れることなく俺のトライアルは終わった。相川が視線でザマァと言ってきてウザい。

 

「さて競技は……あ、ゼロヨンアタック」

「ゑ」

 

谷ポンの言葉に相川が凍る。

こいつ確かにカソク系あんま高くなかったな……

 

「ごめんねー私ターボだわごめんねー」

「棒読み! 谷ポン棒読み!」

「一方サイコウソク×8の俺に死角はなかった」

「さすが織斑君……」

 

ナギちゃんが尊敬の念をこめて見てくる。このゲームはかなりやりこんであるので俺レベルともなればこの程度容易い。いや偶然だけど。

いやーこういう目を向けられるのはやっぱ楽しいわーただ目を潤ませるのはヤメロ魅力的だがそれ以上に疑ってしまう。

 

「クッ……私とナギちゃんで最下位争いになるというわけね!」

「ごめん、直前でウイングからフォーミュラに変えちゃった。後カソク×7」

 

相川がコントローラーに顔面を突っ伏した。スティックが当たって痛そう。

そうこうしている内にゲームが始まる。俺のデビルは途中まで一位だが地力の分ナギちゃんに追い抜かれてしまった。二位俺、三位谷ポン。

 

「うげぇぇ……私また5敗目?」

「みてーだな。計20敗」

「清香ちゃん罰ゲーーーーム!!」

 

ノリノリで谷ポンが宣言する。ちなみにナギちゃんはどこからともなく楽器を出してドンドンパフパフしていた。

このゲーム大会では何の種目であれ、黒星(最下位)が五回つく度に何らかの罰ゲームが課される。罰ゲームの内容はみんながメモに書いて箱に入れ、その中から引いて決める。ちなみに相川はこれで四回目の罰ゲーム。

俺は二回、それぞれ飲み物のパシリと十円玉三枚を縦に積むまで語尾に『~でゲソ』をつけるというずいぶん極端なのを引いた。二回目のインパクト強すぎだろ。三人とも爆笑してたぞ。

 

相川が文句を言いながらもケータイを取り出す。メモ機能はホント便利だよな。

 

「ハイ買い出しメニューどーぞ」

「じゃあ私はメロンソーダ!」

「私は午前ティーのストレート」

「俺はネックスで」

「飲み物以外は~?」

「ポッキーかトッポがありゃいいだろ」

 

相川はまかせろー! と言わんばかりの勢いで飛び出していった。

ここが海だったら死亡フラグだ。

 

「織斑君ネックス派?」

「ああ。コカ・コーラはあんま飲まねえな」

「私はコカ・コーラ派だけど……」

「私は特にこだわりないかなー。ていうか飲めたらそれでいい」

 

いるわーこういう奴。胸を張って女子高生が言うことかよ。しかも薄着だから胸が強調されちゃってるし。すいません後半は俺の煩悩ですね。

落ち着け。落ち着くんだ織斑一夏。てか何でこいつら男子の部屋に上がり込んでるのにこんな薄着なんだよ。どう考えても誘ってんだろオイ。暴発しちゃうだろ俺の白世が。すでに俺の白世は召還されてますが何か?

俺もルームウェアは薄着(スポーツジャージ)なのにバレてないとか紳士すぎる。正直眼福なのは眼福だがここまで無防備にされるとどう考えてもハニトラです本当にありがとうございます。こら俺の前でこれ見よがしに胸元を仰ぐんじゃねぇ谷ポン!

 

さっき俺が買ってきたポッキーを口に運ぶ。彼女たちにバレないようISを起動させて毒物反応がないかを確認。

今しがた切れたサイダーのペットボトルだって、未開封とは言え女子が買ってきたものだ、油断はできない。ハイパーセンサーでミクロ単位の穴まで探したが異常がなかったので安心してガブ飲みできる。

先日のデュノア嬢との一件以来、正直俺は気が休まる気がしない。ああいう表舞台で派手にアクションを起こされたせいで、他の組織とかが焦りだしたらどーすんだ。集団で強攻策に出られたら、俺は多分クラスメイトだろうと容赦なくブチ殺してしまう。今隣にいる谷ポンだって、ナイフを突如抜いて襲い掛かってくるかもしれない。常時絶対防護を発動させておくのはもう慣れた。

 

……正直精神的にガリガリと疲弊してるのが自分でも分かる。二面性がどんどん酷くなっていって、自分でも時々発言の整合性が取れなかったりしてもうヤバイ。

 

と、寮内放送のチャイムが鳴った。巨乳先生の甘ったるい声が聞こえてきたらいいのに。姉さんのクールヴォイスとか心臓に悪いわ。

目覚ましがあの声だったら俺は毎朝定刻前に起きといて全神経を耳に集中させてスタンバってるね。ある意味最強の目覚ましである。でも音声のみか……つーかそもそもまだ長期休暇中だっけ?

あの圧倒的な質量である乳で起こしてくれたらそれはもうヤバいだろう。乳ビンタとか一回されてみてぇ。巨乳のことを考えただけで心が安らかになる。やはり全男性は大人しく巨乳の素晴らしさを認めた方が

 

『織斑、来い』

 

さよなら俺の脳内おっぱい。

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒指導室。

俺は毎度のごとくL様体勢で姉さんの正面に座っていた。

 

「つーかさ、カツ丼なら分かるんだけど、何で卵かけご飯? 予算削減か何か?」

「察しろ」

「マジかよ。国連とかからの援助があるんじゃねぇのか」

「その卵、買ってからそろそろ一週間なんだ」

「謀ったな……!」

 

もう醤油をかけてしまっている以上、俺はこれを食べないわけにはいかない。すなわち消費しきれない余り物を俺に押し付けていることは明白……!

俺が涙目でもっちゃもっちゃと咀嚼していると、姉さんはどこから躊躇いがちに口を開いた。

 

「一夏。今度、お前のクラスに転入生が来る」

「ああ、デュノア嬢のこと?」

「彼女を含めて二名」

 

もう一人来んのかよ……

デュノア嬢は、まあいい。元ハニートラップだ。いやまだ可能性は捨て切れないけど、それでも、信用には値すると思う。

 

「もう一人というのがだな……千冬教の信者なんだ」

「ぶもっふ」

 

卵かけご飯噴いた。

この姉一体何を言っているんだ。

 

「私の知らないところで作り上げられた、私を唯一絶対神とする新興宗教だ」

「初耳すぎてついていけない」

「ちなみに開祖はその転入生だ」

「とりあえずイタイ子だってのは分かった」

 

姉さんは取り調べ用のテーブルに電子タブレットを置いた。

スライドさせると、ある女子生徒の経歴やIS適正、専用機のスペックデータが載っていた。どう考えても俺が見ていい代物ではない。

 

「ラウラ・ボーデビッヒ……」

「ボーデヴィッヒだ」

「は? ボーデビッヒだろ?」

「ドイツ語はまだ熟達していないようだな……ヴィだ、ヴィ」

「ヴィ。ボーデヴィッヒ」

「良し」

「何の話してたっけ」

「……さあ?」

 

結局その後ぐだぐだダベって、帰り際に思い出したように頼みごとをされた。

俺のことをいつまでもこき使えると思うなよバカ姉!

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ってウエライドで女子三人からフルボッコにされた翌朝。

俺はいまいち覚醒しない頭のまま、教室で女子の輪の中に入っていた。ホントフリートーク力が問われすぎててやっべぇ。

 

「それで結局、本当に会長と付き合ってたの?」

 

まあ話題は大概これなんですけどね。俺人気過ぎてやっべぇ。

つれーわーマジつれーわー。いや、なんか、ホント洒落にならないレベルでツラいっす。

 

「だから、あっちの勝手な言い分だって。俺は付き合ってるって認識はなかったし」

「でもキ、キスしたんでしょ?」

「……まあ」

「好きじゃなかったの?」

「………………」

「うわ、顔真っ赤」

 

相川に言われて、頬に蓄積した尋常じゃない熱に気づいた。

頭を振ってそれを追い出す。

 

「は、はっはっはっは! この俺様が、あのレベルの女で満足すると思うか!? かわいそうに、あの子猫ちゃんも俺のイケメンっぷりに引き寄せられた哀れな」

「朝からくだらない話をするな」

 

小気味良い音が俺の頭頂部からした。出席簿アタックだ。スパロボだとMAP兵器扱い間違い無しの武器だ。まあ違うだろうけど。

痛む頭を抑えながら、仕方無しに着席。まああの話が有耶無耶に流れたから良しとしよう。

 

……本当に、あいつは、俺のことを恋人だと思っていたのだろうか。

あの時、本当は俺たちは結ばれていたのだろうか。

 

でも、あれは、もう昔の話だ。

 

「今日は転入生が二人居る。まあ一人は分かっているとは思うが……入って来い」

 

そう言われて入ってきたのは、パツキンとパツギン。何だよパツギンって初耳だよ。

パツキンは見たことがあるよ。でもね、パツギンさん、見覚えがないのにやたら睨んでくるんですけど何なんスか。

 

「貴様か、織斑一夏は」

「人違いです! 私、織斑夏子です! 永遠の14歳です、キャルンッ♪」

 

ちなみに裏声。

 

「ふざけるな貴様ッ!」

「このヒト怖ーィッ! 誰か助けてェー!!」

 

俺の机の前まで来やがったこの野郎。

ビビリながらメンチを切り返す。何この子すげぇ眼力。

 

「信じらんねぇ、女の子への態度かよそれが。落ち着けっての。俺は逃げねぇよ」

「……お前のような男の言うことなど信じられるか!」

「後でスマブラで勝負しようぜ」

 

そう言ったらビンタされた。ヒリヒリして超痛いでござる。

悔しかったのでやり返してやった。全力デコピン。

 

「いッ!?」

「フゥーハハハ! 俺にとってテメェのビンタなど児戯に等しいわ!」

「こ、子供だ……!」

 

相川がおののく。どうやら俺から放たれるあまりに神聖なオーラにブルっちまったらしい。

致し方ない、彼女はマダ『向こう側』を垣間見ていない存在のようだからな……俺のように、見るだけでなく、踏み入ってしまった存在は刺激が強すぎるみてぇだ……!

 

「馬鹿にしているのか、この私を!」

「好き放題言いやがるじゃねぇか。たかがドイツ製第三世代機だろ、俺からすりゃスクラップ同然だっての」

 

かかって来いよヒヨッコと付け加えて、チラリと目を姉さんに向ける。

!!

あ、あの構えは……普段は打撃武器として使用される出席簿を投擲に利用する、伝説の『SYUSSEKIBONAGE』!

スリークォーターから繰り出されたその剛速出席簿は、見事炸裂した、俺の顔面に。対象俺かよクソが。

のけぞって席から体が浮いて、俺の体は机を三つほど巻き込んで倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

――朝の一件で低いテンションを引きずり、織斑一夏が放課後の教室で惰眠をむさぼっているころ。

 

放課後のアリーナには、向上心の強い生徒たちが集う。

その顔ぶれは毎日変わる。当然だ、学園の生徒数に比べてISの数が圧倒的に足りなさ過ぎる。学年ごとに分配され、3年生に優先的に使わせるなど様々な工夫はされてきているが、それでもやはり全員がまんべんなく個人練習を行うことは難しい。

 

「清香ちゃん、もう飛べるようになったんだー」

「まぁね」

 

得意げな表情で、一年一組生徒の相川清香は空中に浮かんでいた。

身にまとう日本製第二世代機『打鉄』は鈍い銀色の装甲を光らせている。初期装備である浮遊した実体シールドを試しに動かし、そのキレに満足する。

 

「谷ポンにナギちゃんも、イメージ次第だって、こういうのは」

「そーなの?」

「でも、イメージっていうのがよく分かんないのに……」

「なら教えてやろうか?」

 

横合いから突然飛んできた声。

振り向くと、黒い装甲を全身にまとった少女がこちらを見ていた。

 

「ボーデヴィッヒさん……」

「目に付いた、お前は筋が良い」

 

腰部からワイヤーブレードが射出される。瞬時に相川はバックブースト、四重の閃断が胸部装甲を削り取った。

突然の攻撃に、相川はアサルトライフルを召還して構える。

 

「何!? いきなり何ですか!?」

「少し鍛えてやる」

 

そのままワイヤーが踊る。

相川はギリギリの回避を続けながら叫んだ。

 

「不意打ちでこんな……!」

「強者と弱者の差を見せ付けてやろう」

 

距離を取った瞬間、大口径の対ISアーマー徹甲榴弾が相川の頬を掠める。

威嚇ではない。辛うじて彼女が回避してみせただけだ。

 

「あれは、織斑一夏は、強者たるに相応しくない。お前たちのようなヒヨッコにとって目指すべき正しい姿は違う。各国代表候補生こそ真の目標だ」

 

アサルトライフルの引き金に指をかける。

互いに真っ向から視線がぶつかった。

 

「違う! あなたの言ってることは間違いだ!」

「何?」

「私は織斑君はすごい人だと思う。無条件にそう思ってるわけじゃなくて、こんな環境であれだけ自分らしさを見失わないなんて、本当に織斑君は『強い』。あなたみたいな、単なる八つ当たりで私に向かってくる人より!」

「ッ、――貴様ァァァァァァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「バカバカしい」

 

俺は相川とボーデヴィッヒのやり取りを遮断シールド越しに聞いて、そう吐き捨てた。

何が強者だ、何が弱者だ。持論を他人に押しつけやがって。勢いだけで感化させて満足なのかよ。ちゃんとディベートしようぜ。俺が肯定一反やるからお前は否定一反な。

 

放課後教室で惰眠を貪ってたらISスーツ姿の谷ポンとナギちゃんに叩き起こされて、涙ながらに何か頼まれながらここまで来りゃ、んだこの茶番。

俺は欠伸をして、背後に振り向いた。

 

「で、どうしろって?」

「清香ちゃんを助けてあげて!」

 

めんどーくせーなー。

正直そこまでの義理はねぇし。精々激昂ラージャンを一緒に狩ったり、夜中まで相川含む俺谷ポンの三人で牧場物語したりとか……

まあミラバル狩りに付き合ってくれてるのは感謝する。たまには笛以外も使って欲しいけど。俺は狩猟も大剣なんだよ。時々双剣だけどさ。

 

「いいっ!」

「あ?」

 

鋭い声が飛んだ。相川だ。

俺は訝しげに彼女を見やる。何だ、何に賛成してんだ?

もしかして『この痛み、この苦しみ……イイ!』ってこと?

 

「助けはいい! いらないっ!」

 

ワイヤーブレードに切り刻まれながら叫んでいる。

それに対し谷ポンが悲鳴を上げた。

 

「そんな、何でッ!?」

「織斑君に、迷惑かけたくないっ!」

 

……。

周囲で固唾を呑み、事態を傍観していた生徒たちの視線が、俺に突き刺さった。

オイ、まさか俺にやれってのか。介入しろって無言で期待してんのか。

 

「ムチャクチャやりやがって」

 

頭をガシガシと掻く。正直だりーよ。めんどーくせーよ。

強情なこと言ってるしよぉ。

俺には損しかねーじゃねえか。

クソッタレ。

 

 

 

 

戦いは佳境を迎えていた。つっても激戦になってるワケじゃねぇ。

ボーデヴィッヒがいつ相川を仕留めるかってのに、焦点は当てられていた。

相川の『打鉄』はすでに満身創痍だ、初期装備の物理シールドは鉄くずに還され、ライフルなどの射撃武器は一切を破砕されている。

 

「手数で圧倒的に負けているんだ、素直に諦めろ」

「ぐ、まッだ……!」

「無駄だ」

 

二対のワイヤーブレードが縦横無尽に駆け巡る。目で追うことすらできねぇ軌道に、相川の装甲は痛めつけられていく。

衝撃に負けないよう歯を食いしばり、相川は距離を取ろうとバックブーストした。

 

「射撃武器がないのに距離を取ってどうする」

 

ボーデヴィッヒも追いすがるようにブースト。

ワイヤーブレードの一つが、相川の右足を捕らえた。先端の刃ではなくワイヤー部分で絡め取る。

 

「っ!」

「未熟千万。ワイヤーにはこういう戦い方もあると知っておけ」

 

ボーデヴィッヒは一本釣りの要領で、相川を一気に引き寄せる。

そのまま相川は無抵抗に、慣性に従って滑空し――

 

「――うん、知ってた。それを、待ってた」

「!!」

 

固く握り締めた拳を、攻撃的で獰猛な笑みとともに掲げた。

爆音が炸裂し、『打鉄』の全身の装甲が弾ける。内臓されていた爆薬が作動したらしい。

吹き飛ぶ装甲と、反対に背中を押す爆風と、唯一残ったスラスターでの『瞬時加速』が相川の体をゴム鞠のように吹っ飛ばした。ワイヤーは手持ちの太刀に断たれている。

残った右手には、スパイク付ISアーマーがあった。

 

「これが、私なりのレールガン……『神風』ッッ!!」

 

鎧〈IS〉を砲身とし。

己〈パイロット〉を砲弾として。

 

「ああああああああああああああ!」

 

絶叫とともに、彼女はその拳を打ち込んだ。その速さに乗せられた致死の一撃が

 

凍りつく。

 

突如停止した相川と右手をかざすボーデヴィッヒの表情は対照的だった。

 

「!?」

「なかなか素人とは思えない動きだ。それに、その『打鉄』も特別製のようだ……悪くない。だが相手が悪かった。――これはAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)。私を守る至高にして絶対の盾」

 

必殺の一撃を止められ、相川の表情が絶望に染まる。

そんな彼女にボーデヴィッヒは笑みを浮かべた。

 

「まあ、お前が誰だろうと関係ない。身動きできないまま朽ち果てろ」

 

ドイツ製第三世代機最大の特徴。攻めて良し、守って良し、搦め手に良し、と三拍子そろったキチガイ装備。

特にタイマン張る時とかあり得ないほど強い。相手は違えど、何度か戦ったことはある。どうにもあれは好きになれない。やりにく過ぎるっての。

 

「まだ負けッ」

「いや負けだ」

 

AICがその効力を発揮する。ブーストをかけようとした彼女の体全体に重力の網をかけ、完全に動きを封じた。そのまま肩に乗っかるリボルバー・カノンが大きく稼働。

今まで天を衝いていたその砲口が、『打鉄』に向けられた。

 

「誰も助けに来ない。これで、終わりだ」

 

 

 

――それはどうかな?

違う、今の発言には真正面から異議を唱えさせてもらうぜ、ボーデヴィッヒ。

俺は迷うことなく、ピットの中からレーザースナイパーライフルで、彼女の顔面をぶち抜いた。匍匐姿勢でライフルの銃身には補助三脚を装着、完全なスナイプ。

続けざまに二発、三発! 女性に対して暴力を振るうとか普段は許されないけど、こういう大義名分を得た場合はヤっちゃっていいよね!

 

「ぐっ、この……!」

 

ボーデヴィッヒが肩のでっけぇ大砲をこちらに向けて、逡巡した。

だってこっちに撃ち込んできたらとんでもない被害が及んでしまうかもしれねぇからな。

 

一方的に射撃を続ける。アウトレンジからの集中砲火に『シュヴァルツェア・レーゲン』がその弱点を露呈した。

こいつは砲撃戦に弱い。AICはエネルギー兵器に対しては有効とは言えず、反撃用として肩部にリボルバー・カノンが申し訳程度に設置されているが、取り回しは最悪。

威力こそ折り紙付きとは言え、カタログスペックで確認した照準精度じゃあ機動戦には向かない。ましてこの距離で、ピット内に損害を与えず俺を正確に撃ち抜くのは至難の技だ。

 

何よりラウラ・ボーデヴィッヒ本人はインファイト重視のパイロットである。よって、俺のこの戦法に彼女は対抗できない。

俺は引き金を押し込み続けた。スコープ越しに彼女が苦悶の表情を浮かべる。彼女は水平に移動し、回避行動。先読みしてトリガーを引こうとして、射線上に何かが割って入った。

 

「アイツっ、何やってんだ」

 

相川が俺のファインクロス・スコープに移りこんだ。拡大すると、スラスターが焼きついて損傷しPICによる浮遊移動しかできていない。

ボーデヴィッヒは彼女を盾にするようにして旋回を始めた。

汚ねぇぞテメェ! いや人のこと言えないけどね。

 

『そこの生徒! ピット内から戦闘行為を仕掛けるな!』

「ぐっ」

 

教師から鋭い注意が飛び、俺は匍匐体勢を解いた。

ワンサイドゲームですらなかったし、そもそも正面からやり合っても負ける気はしねーが、それでもカッコ悪かったな、俺。

幸いなのはこのアリーナの監督が姉さんじゃなかったことぐらいか。

 

「相川、こっち来い」

 

フラフラの機動の『打鉄』を見ながら、あちこちのアーマーが破損したボーデヴィッヒはしばし静止して、やがて鼻息荒く俺と反対側のピットに引っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

白いベットの上に相川を寝かせる。

俺は保健室の先生がいないのを確認して、適当に棚から絆創膏やらを引っ張り出してきた。

絶対防御のおかげで直接的な怪我はないが、それでもIS同士の戦闘ってのは体力を消耗する。

買ってきた栄養ドリンクを枕元に置いて、相川の顔を覗き込んだ。ぐーすかと間抜けな寝顔を晒してやがる……俺がこいつを抱えてここまでくるのがどれだけ恥ずかしかったか分かるか。

 

「幸せそうな顔面してやがる……うぜぇ」

 

頬を人差し指で押す。ぷにぷにだ。女子の体って柔らけぇな。

じゃあ何だ、あのボーデヴィッヒってやつの体も同じなのか。いやでも硬そうだな。俺的にあの身長はなかなかいい感じだが。

 

「さっさと起きてろ。明日にはテメェの仇討ちしてやっからさ」

 

明日の学年別タッグトーナメント。一般生徒は二人一組になって戦い、専用機持ちはまったく別枠で組まれたトーナメントで雌雄を決することとなる。組み合わせは当日発表。今回こそトトカルチョでぼろ儲けしてやるって谷ポンが息巻いてた。まあ俺はまた俺に5000円賭けだが。

 

「ん、っ……」

「起きろコラ」

「あ……ヒーローさん……」

 

頭をハンマーでぶん殴られた、かと思った。

シャレにならねえ眩暈に思わずよろめく。ヒーロー? やめろ。そんな滑稽な名前で俺を呼ぶな。

 

「違う、悪いが、俺にはアメコミに登場する資格がねぇ」

「…………」

「絵面が違いすぎんだろ。okiuraにバッドマンは描けねえよ」

 

俺は席を立った。

ヒーロー。ねぇ。俺はキムタクよりイケメンって自負があんだが、負けたらやっぱキムタク以下になっちまうのかな。

キムタク以下のイケメン、織斑一夏。あれ、そんなに不細工でもない気がする。

 

まあいい。

金以外に、勝ちたい理由ができちまった。

 

 

 

 

 

 

 

もう発表されたのか、トーナメント表。

俺が朝登校した時にはもう、クラス内は勝負の結果を予想する声でにぎわっていた。

 

「あ、織斑君おはよう! もうトーナメント表出たよ!」

「はよっす。俺の一回戦は誰だよ」

 

カバンを自分の席に放り投げ、谷ポンが振り回している印刷紙を見る。

あれ、俺シードじゃん。断じて種が割れる方ではないが。

 

「俺とボーデヴィッヒは一回戦の間ヒマなのか」

「一緒に見ようよー、敵の研究とかしたいでしょ?」

 

やたらのんびりした挙動の女子がそう言ってきた。誰だこいつ初絡みなんですけど。

俺はコミュ力を発揮してそいつにやんわりと応答する。

 

「そうだな。俺の相手は、えっと……鈴か、四組の、更識……!?」

「かんちゃんだー、生徒会長さんの妹だねー」

 

……うわぁ、なんか名前聞き覚えあるわ。前あいつ自慢げに話してた気がする。私の妹はこんなに可愛いって。

顔写真を確認する。髪は同じ水色だが、ちょっと表情に翳りがあるな。

 

「何ジロジロ見てんの~? どの子が気になるのかな~?」

 

いつの間にか来てた相川の目が笑ってる。

元気じゃねぇか畜生。

 

「こいつ」

 

俺は織斑一夏とかいうイケメンを指差した。

 

「こいつイケメン過ぎじゃね?」

「ごめん好みじゃないわ」

「いちか に 108 の ダメージ !」

 

大仰に胸を押さえて膝を着く。

みんなノッてきた。

 

「いちかは死んでしまった……」

「おお一夏、死んでしまうとは情けない」

「ぼうけんのしょがきえてしまいました」

 

勝手にコンティニュー不可にまでされている件について。

どんだけ俺の扱いひでーんだよと密かに涙した。自力で教会までたどり着いてやんよ。

ただ自分の背丈と同じぐらいの段差から降りて即死とかは勘弁な。あいつのスペックじゃ多分ISのGに耐え切れねぇ。

 

何はともあれ、今日であのクソ女と白黒つけてやる。

あ、男女合体の方のクソ女じゃないですよ? CV的にアブなかったです、まる。

 

 

 

 

 

 

 

アリーナ中央に滞空。

暇である。

 

残念ながら鈴は負けた。一回戦は、まあ妥当な結果だったと思うよ。

他の試合ではオルコット嬢にデュノア嬢が勝利し、今頃別のアリーナで仏対独が行われているだろう。

そして俺は今から、鈴に勝利し勝ち上がってきた更識簪ちゃんと戦うワケだ。

 

向かい側のピットから銀色のISが飛び出してくる。俺と同高度で静止。

データ通りの外見だ。

 

「……お姉ちゃんの、元カレさんでも、容赦しない」

「違ぇ」

 

いい加減にしてくれマジで。

俺は思わず頭を抱える。みんな真に受けすぎてて怖い。最近の若者が情報を鵜呑みにしてるって本当だね。

 

頭を振って雑念を捨てる。その件については試合が終わってからゆっくり話す。

すると更識の妹さんは少し表情を引き締めて、話しかけてきた。

 

「この『打鉄弐式』には……あなたの……『白雪姫』のデータが流用されている」

 

つーことはこいつは知ってんのな、俺がニュースになるはるか昔からISを乗り回してたって。

更識の妹さんが薙刀を構えた。『白雪姫』が刃の部分の超振動を伝えてくれる。なるほど、その辺の物理シールドはサックリ斬れちまいそうだ。

 

「ただ、俺の『白世』にそれが通用すると思うな。こいつは至高にして孤高の剣(つるぎ)だ」

「分かっています……だからこその、正面勝負」

「ならせいぜい頑張れ。俺はお前の姉ちゃんと同じぐらい強いからな、俺に勝てたら姉ちゃんにも勝てるんじゃねえの?」

「…………ッ!!」

 

俺は知っている。『打鉄弐式』最大の特徴である48発のミサイルを並列して操作するマルチロックオンシステムは未完成だと。本体である八連装ミサイルポッド『山嵐』は装備されているみてーだがな。

あれが未完成である以上、脅威とすべきはその辺のなまくらならスパッといっちまいそうなあの薙刀ぐらい――あっやべ名前知らね。

 

『白世』を素振り。暴風と言っても過言ではない風圧……なんてものは起きず、俺は俺が剣に隠れた隙にハンドガンを召還していた。顔面に三連バーストを撃ち込まれ更識の妹さんがよろめく。

 

「俺の距離でやらせてもらうぜ!」

「ッ!!」

 

マズったな……こいつ、体勢の立て直しが早ぇ。

素早く姿勢を元に戻して、薙刀を振りかぶり突撃してきた。加速度的に縮まる距離。予想だにしなかった事態に俺の大剣は振り遅れてやがる。対する相手さんは突きの姿勢だ。遅れようがねぇ。

 

まァ元々『この白世』は振り遅れる予定だったけどさ。

 

「お疲れさん、もっと裏を読めよ。そんなんじゃ、他国の代表に勝てねぇ」

「……!?」

 

俺は急停止し大剣を盾代わりに構える。

薙刀は、大剣の剣の腹に吸い込まれるようにして突き立った。切っ先から柄元までそりゃあズッポリと。

 

ごめんこの大剣、『白世』じゃねぇんだ。ただの張りぼてです。

 

「動きが止まったな」

「しまッ……」

 

薙刀の余った持ち手を掴む。そのまま偽白世を手放し、一気に妹さんを引き寄せた。

超至近距離。この距離なら薙刀は使えねぇよなぁ。

ハンドガンで背部の荷電粒子砲二門を素早く破壊。ついでに薙刀を偽白世ごと蹴飛ばす。妹さんの表情が凍った。

 

余った片手にもハンドガンを展開する。そのまま二丁拳銃の銃口で妹さんのこめかみを挟み込んだ。

トリガー×2。

 

双手穿孔拳ってどう考えてもみさとからアイデアを得てるよなー。さすが覚悟さんえげつねぇ技を繰り出しやがるぜ。大ダメージをぶちかませる。

 

「きゃあああああっ!?」

「おおッと!」

 

恐怖に負けたのか、動物的な反射か、妹さんはこの至近距離でミサイルをぶっ放した。自分を巻き込みかねない暴挙だ。無茶苦茶しやがるぜ。

俺は左手のハンドガンを粒子に還し――ミサイルの腹を裏拳っぽく打ち払った。

続けて妹さんのアゴを右膝で思いっきり蹴り上げ、瞬時に展開したホンモノの『白世』で斬り払いつつバックブースト。距離を取りながらハンドガンでだめ押し。妹さん肩部のISアーマーが、それと同時の俺の左腕部手甲が、過負荷に砕けた。もう大分エネルギーを削れたはずだ。

 

「ッう……ミサイルを素手で迎撃するなんて……非常識……」

「残ァ念、俺相手に常識的な考えが通用すると思うなよ。俺を、ついでにおねーちゃんを倒したけりゃ非常識になれ」

「……ひじょう、しき……」

「おお」

 

この距離ならハンドガンは外さない。『レールガン』シリーズがあれば……いかんいかん。自前の装備で何とかしろよ。

最近発想が惰弱になっている気がする。他社に頼るなんざ俺らしくもねぇ。

 

しゃーねーな。フィニッシュは『白世』でいくか。

 

「非常識に……非常識に……」

「ああ?」

 

おや? 妹さんのようすが……

 

「非常識に、非常識に、非常識に、非常識……非常識……非常識……非常識!!」

 

ガシュ! と装甲各部がスライド、キーボードが妹さんの周囲に浮遊し始めた。どうやら空間投影のようだ。

両手で2つ、視線操作(アイ・タッチ)で1つ、それに音声操作もやってやがる。なんつう分割思考だよ。

って、ナニしてんの? え? なんか異常にロックオンアラートが鳴り響いてるんですけど?

 

「――非常識、完了」

 

俺が慌ててハンドガンを構えるころには遅かった。

やっと意味が分かった。とんでもねぇことしやがって、さすがは更識の血筋ってワケかよ。

 

こいつ、この土壇場で、プログラムの代わりにミサイルの弾道演算をこなしやがった。

 

『打鉄弐式』が、その最大にして最強の兵装が牙を剥く。

左右肩部背部腕部脚部――あらゆる箇所のミサイルポッドが開いた。発射。

噴煙が軌道を描き、48のキチガイじみたミサイル攻撃。

 

「チッ、やってくれたぜ!」

 

逃げ回りながらハンドガンを乱射。ダメだちっとも迎撃できねぇ……! 軌道がッ、複雑すぎるッ!

妹さんはまだキーボードを酷使してる。つーことはリアルタイムで操ってんのか、これ搭載予定のプログラムより厄介なんじやねーの。

 

「マジで非常識じゃねーかぁぁぁぁぁ!?」

 

観客も騒然としてるだろうよ。

この局面をひっくり返すには、大規模攻撃でミサイルを一掃、回避しつつ妹さん本人を攻撃し妨害のどっちかか。

うん後者。大規模攻撃は楯無にまかせろー。

 

「つってもこんな状況じゃ……あ」

 

普通に考えてムリ。諦めるのが妥当。

でも俺は普通じゃない。妥当だなんて言い訳振りかざして妥協したりしない。

見えたぜ、活路。

この頭のイッてる状況を、最高にクレバーでクレイジーに突破してやろーじゃねぇか。

 

「よっ、ほっ、とっ」

 

迎撃はできねぇか、こっちからある程度ミサイルの弾道をいじることはできる。ずっと一直線に飛んでりゃ次第にミサイルの軌道だってカブりだす。

高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)で一気にミサイル群を引き離す。

妹さんが慌てたようにキーボードのタイピングを速めた。四方八方から追ってきていたミサイルがだんだんと同じ方向に収束し始めた。

ここだ。

急停止。振り向いて、パワーアシスト最大出力。

 

「切り開け、活路ッッ!!」

 

『白世』をぶん投げた。回転をかけ巨大手裏剣さながらの軌道。交錯したミサイルが次々と爆散する。

 

「でも、まだミサイルはある!」

 

そうだ、その通りだな。俺が今撃破できたのはせいぜい10発弱。

でもよお、『白世』はミサイルを全滅させるために投げたワケじゃねぇ。言ったろ、こいつは活路を『切り開く』ための投擲だ。

 

多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)。

俺がよく使う高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)とは違い、一度に放出する慣性エネルギーを小分けに放ち多段階的に加速するテクニックだ。

アクセル・イグニッションの方は複雑な軌道を描けるが、こっちの強みは最高速度――だからこそ。

 

ミサイル群に向けて、ターボ・イグニッションッ……二重(ダブル)、三重(トリプル)、四重(クアドラプル)五重(クインティプル)六重(セクスタプル)ッッ!!

突発的な急機動に妹さんは反応できねぇ。『白世』が切り開いた道を、通り、白い機影がさらに加速していく。

この快感ッ! 呆気に取られた敵の表情ッ! 最ッ高に気持ちイイぜぇぇぇぇぇぇぇぇっっ! うッ! ……ふぅ。

ミサイル群が反転する前に俺はそれらを突破しきってみせた。

最高に気持ち良すぎてISスーツの中がビチャビチャだ。漏らしたワケじゃねぇそれよりタチが悪ィ。

何にせよミサイルより俺の方が妹さんに近ぇんだ。この勝負、もらった。

 

――――ロックオンアラート。

 

「……この勝負……もらった」

 

第二波が装填されていやがった。

放出されるミサイル群。前から、そして後ろから。

詰んだわコレ。

 

「――つッははははは! なるほど確かに絶体絶命みてぇ」

 

爆音が俺のセリフを遮りやがった。クッソせっかく第二第三の織斑一夏が現れるだろうと宣言したかったのによ。

誘発され、俺がいた辺りで爆発が続く。爆発に巻き込まれ更にミサイルが爆ぜる。

 

…………。

……………………。

 

 

 

ここでちょっと豆知識。

ISバトルはスポーツだ。だからミサイルみてーに対象を認識してホーミングする武装は、総じてISそのものを認識するよう設定されてある。対象がISでない限り、例えライフル弾を撃ち込んでくる兵士が相手だろうと一旦は警告ウィンドウが表示されるのだ。生体反応を確認、対象は人間と推定されます、ってな。当たり前だ、ISは殺戮に用いられてはならないのだから。

優先順位が最高位であるISが突然現れた場合、当然のごとくそちらに注意は向く。目の前でこっちにランチャーぶち込もうとしてくる歩兵がいてもそれは変わりない。

 

逆説的に言えば……突然ISが消失した場合、そういった追尾システムはフリーズする。それが例え手動だとしても、一瞬だけ、ただブースターが噴いている、直進しかしない空中爆弾に成り下がる。

 

 

 

故に。

 

「ヒューッ! キレーな花火じゃねぇか!」

 

生身で落下する俺を――ミサイルは追えない!

 

「なッなッ、なんて無茶苦茶な!」

 

妹さんはすぐに俺がやったことを理解したらしい。そうこなくっちゃな日本代表候補生。

IS本体が活動していれば、ミサイルは俺を追ってきただろう。だが俺は今、『白雪姫』本体を眠らせた。

俺は両手にハンドガンを召還。武器のみの展開はセンサーでは咄嗟に反応できない。

天地逆さまで落っこちる真っ最中だが、狙いはブレねぇ外さねぇ。

トリガー!

 

 

 

 

 

 

 

なんとか勝てたか。

鈴が負けるのも分かる。致し方ねぇ。

 

生身でIS用のハンドガンをぶっ放しちまったんだ、当然のごとくすさまじい負荷が俺の体にはかかった。

肩が反動で痛む。マジ痛ぇ。

 

「ギリ勝ちだったわー」

「試合途中でISを解除しておきながらよく言いますわ」

 

ピットに入ってきていたオルコット嬢が呆れたような表情でタオルを持ってくる。冷たい水に濡れていて気持ちいい。

俺はすぐに『白雪姫』を粒子に還して、タオルで顔を拭いた。ごしごしと拭き終われば、鈴が温めのスポドリ入りペットボトルを手渡してくる。俺の応援団気ィ利きすぎだろ。

 

「そうだ、あっちの試合の方はどーなったよ?」

「まだ分かりませんわ……ですが、そう簡単にデュノアさんが負けるとは思えませんし」

 

オルコット嬢が言葉を続けようとした瞬間、さえぎる様にしてピット内にISが突っ込んでくる。

抜群の操作精度をもってそいつは器用に着地した。

更識の妹さんだ。

 

「織斑君」

 

彼女の全身を包む鎧が光と解ける。だが手に持ったハンドキャノンは保持されている。

銃口が向けられた。

IS用のハンドキャノンとか食らったら跡形もなくなっちまう。霧みたいに粉末になるか骨片が飛び散るかだ。

 

「ナニしてんの」

「もう勝負は終わりましてよ」

 

間に割り込んだ二人のイヤーカフスとブレスレットが淡く輝き始めた。恐らくもう起動していて、引き金にかかった人差し指がピクリとでも動いた瞬間に装甲が顕現するのだろう。

だがその介入は俺の望むところじゃねぇな。

 

「下がってくれ」

「!? 一夏、あんた」

「いいんだ……ほら、来いよ。ガンなんか捨ててかかってこい」

 

挑発。しかし楯無の妹さんはまったく表情を変えなかった。

むしろ毒気を抜かれたように銃を下げる。そしてその銃口を自分のあごに当てた。

……!?

ちょ、何してんのこのコ。

 

「私は更識にはふさわしくない」

「ッ、」

「でも私は、更識である必要もない」

 

迷うことなく彼女はトリガーを押し込んだ。

……静寂。

 

「これは……」

「弾が、入ってないのですか……?」

「これで更識簪は死んだの」

 

妹さんがハンドキャノンを量子化した。

 

「アドバイス、ありがとう」

「え」

 

ひょっとして俺の試合中の発言、全部聞き取ってたのか。

完全に馬鹿にしてただけなんですけど。正直、舐めプの真骨頂だったんですけど。あれだ、『えーそのカードスタンバイフェイズに発動しなかったんですか?』『え? デスティニーでパルマ使わないとかお前特格忘れてね?』とかと同じ部類。やられたら5秒でブチ切れるレベルのうざさ。リアルMK5である。

 

「勘違いしてねぇか、妹さん。あれはお前のためのじゃねぇ。俺のためだ」

「……? どういうこと?」

「俺の、強者の余裕を見せ付けるためだっての」

 

パフォーマンスととってもらってもいい。とにかく、俺の強者性をアピールしたかった。

目立ちたいし、噂されたいし、何より気持ちいい。

 

「ッ……私との差も、見せ付けたのは」

「ああ。一生かかっても今のままじゃ破れねぇ壁があるって分かったろ。分かったら帰らせろ」

 

もう俺の興味は彼女から外れていた。だって更識家の人とかマジ苦手だし。彼女で二人目だけど。

ここで楯無と出くわしたりしたら死ねる。あいつと会話するだけでも俺のSAN値がガリガリと削られて名状しがたい精神状態になってしまうのだ。nice boat.

 

「あんまり人の妹いじめないで欲しいんだけど?」

「出やがったよクソが。どこから沸いてでてきやがった」

「人をゴキブリやにじファン難民みたいに扱わないでくれるかしら」

 

いつの間にやらピット内にいた楯無を発見してしまい、思わず帰りかけていた足が止まる。

 

「私からも一応、感謝するわ」

「何を」

「かんちゃんをこんな風に痛めつけるなんて、『私には』無理だったもの」

 

どこか含みのある言い方に、思わず俺は眉を寄せた。

何だ、何が言いたい。

 

「……ひょっとして、それで」

「殻を内側から破れないなら、外側から叩き壊してしまえばいい。乱暴な発想よね」

 

何だ、お前ら何だよさっきから。何俺を置いてけぼりにして納得してやがる。

オルコット嬢も、鈴も、妹さんにピット内の整備部生徒まで心得たとばかりの表情とやけに温かいまなざしで俺を見てきやがる。

 

「でもそういう不器用な所、大好きよ」

「……ッ!」

 

思わず顔がひきつる。公衆の面前で告白とかマジ羞恥心ねえよお前。よく見たら耳真っ赤だけど。無理してんじゃねぇよ。

っていうかオイ! ここにはUKと中国(仮)の怪しい工作員候補がいんだよ! 刺激すんな!

 

「な、わた、私もそういったところは、非常に……非常に好意的に捉えていますわ!」

 

途中やけに詰まったかと思いきや、やっぱりオルコット嬢も同じ穴の狢だった。

俺をめぐって争う二人の美少女。HAHAHA、これで純愛とか三角関係とか想像したやつは大人しくツタヤのマーガレットコミックスコーナーに行って来い。

 

オルコット嬢は完璧に黒。楯無は、正直考えたくもないが、態度からして俺のことを本気で好いている。

だがこればっかりは俺も応じられねぇ。だってこいつ更識だし。対暗部用暗部の当主と世界で唯一ISを起動できる男子である俺様が関係を持ってるなんて知られたら事だ。それはもう関係とかじゃねぇ。ただの癒着だ。

更識家が、男性なのにISを使える俺の遺伝子データを独占しているなんて思われたら、こいつの実家に何が飛んでくるか分からねぇ。だから俺はこいつのアプローチをスルー。絶対に気づいてはいけない。

 

……んだこれ。

何で俺がこんな迷惑女のためを思ってるみてーになってんだ。

バカか、俺は保身のためにこんな七面倒なことやってんだっつの。

 

「あたしもそういうトコ好きよ?」

「! むむむ……」

「ハッ、あんたとじゃ付き合いの長さが違うのよ」

 

俺の左腕に飛びついてきた鈴も一応ハニートラップ候補ではある。

ていうか本物だったら、実質一番危険なのはこいつだ。俺の手の内を知り尽くしている。今は『白雪姫』という強い仲間がいるが、こいつはそれすら潜り抜けかねない。俺の癖とかほぼ割れてるし。

 

「うぜぇ、離れろ」

「やだー」

「あら、私も混ざっちゃおうかしら」

「く、私だって……!」

 

触っても何のご利益もねぇぞコラ。

半ギレのまま、俺は体をひねって三人とも弾き飛ばした。

 

「どけっつってんだろ! この、」

 

言葉を続けようとした瞬間。

俺は全身の装甲と『白世』を顕現させていた。

野生のカン、とでも言うのか。はたまた生存本能か。

 

三人を弾き飛ばした瞬間に剣を振り下ろした。飛来した弾丸を捉える。パワーアシストの最大出力をもってしても殺しきれない衝撃が空気を打つ。俺の脚がピットの床を削った。

狙撃か! 俺の眉間を狙った精密なスナイプに半ば戦慄する。

斬るのではなく打つ。刃ではなく面で受け止め、弾き飛ばした。ピットの外へ、そしてアリーナの地面に着弾する。

アリーナを見る。

黒いISが、こちらを見ている。

 

「て、めぇ……!」

「この間のお返しだ」

「いい具合に脳味噌フットーしてんじゃねぇか、ラウラ・ボーデヴィッヒよォォ……!」

 

犬歯をむき出しにして、俺はピットのすぐ外に悠々と滞空する『シュヴァルツェア・レーゲン』を睨み付ける。

 

「決勝は、私が相手だ」

「だろうな、無様に負けて腹いせにここに来てたんじゃお笑い種だ」

 

彼女もまた、表情に遊びがない。

ボーデヴィッヒの本気のけん制が、本気の視線が、痛いほどに感じられる。

 

「決着は二時間後だ」

「上等」

 

俺は親指を下に突き出した。地獄に落ちやがれ。

取り合うことなく、漆黒のISが飛び去ってゆく。

 

それを油断なく見据えていた俺の肘を、後ろで立ち上がった鈴が突っついた。

 

「あ……一夏」

「悪ィ、どっかケガとかしてねーか」

 

ピット内の人々に呼びかけるが、目立った悲鳴とかはない。無事だったんだろう。

楯無にオルコット嬢も立ち上がる。

……? なんか、鈴と楯無とオルコット嬢の顔が、赤くなってる?

 

「あ、ありがとうございますわ……」

「うんうん、えっと、紳士としては及第点なんじゃない?」

「たたた助かったわ。別に頼んでないけど」

 

え、俺何かした?

あー……違う。それは勘違いだ。

 

「うるせぇ。今お前らを吹っ飛ばしたのはマジでうざかったから」

「お姉ちゃん、彼氏がツンデレってどうかと思う」

「か、かんちゃん!? べ、別に彼氏なんかじゃ……!」

「一秒たりとも彼氏であった覚えなんざねーよ」

 

しかも俺、なんでツンデレになってんだ。おかしいだろ。

俺は俺のために行動したんだ。何でそれをお前らに都合よくとられなきゃいけねぇんだよ。俺の行動の恩恵を受けるのは俺だけであっていいはずだ。今までそうだったし、これからもそのはずだ。ナメんな。

 

「いいか、俺は」

「私は諦めませんから」

 

……

…………お願い、です。

お願いですから……俺の話を聞いてください。

 

「私はいつか日本代表になって、そして、あなたとお姉ちゃんを倒します」

「ふぅん、上等ッ! そう簡単には負けてあげないわよ!」

 

めっちゃキレイに話終わろうとしとるがな。

男に夢見すぎなんだよテメェら。夢ばっか見て、現実の俺を見ようとしてねぇ。常時ミスディレクションみてーなもんだ。『白雪姫』ごとバニシングドライブとか俺無敵すぎる。

存在感アピールのためにこれから毎日バッドモービルで登校しようかな。あかんウチ全寮制や。駐車場をミサイルで破砕する羽目になりそうで怖い。

 

ではそろそろお腹も空いてきたので、食堂に行かせてもらおう。

ピットで火花を散らせている姉妹は、俺とはDNA的に相性が悪いようなのでさっさとドロンさせていただこう。

 

まあ、結果オーライなんじゃねぇの。

妹さんも、本来はああいうキャラっぽいしな。まあキャラ的にぴかぴかぴかりんジャンケンポン! ってカンジ。

 

俺の理想はしんしんと降り積もる清き心だけどな!

 

 

 

 

 

 




ファースト幼馴染「」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。