この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

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ワンサマ「宇宙キター!」


ハニトラくんメイツ/更識楯無の奇襲

普通に敗北寸前な件について。

ついにさっき脚部スラスターを狙い撃ちされ、見事に直撃した。機動力が25%低下。もうダメかもしれんね。

タチが悪ィのは、三人ともが別々に狙いを定めているのではなく、二人が俺でも対応できるレベルの弾丸をバラまき、残りの一人がスナイパーライフルで確実に当てにくるっつー戦略だ。

打破する方法を模索。

 

いや無理だろコレ。

 

「フゥッ、フゥッ、ハァッ」

 

冗談じゃねえよ。マジで。

背部に被弾。ユイングユニットの損耗率がヤバい。その場でバレルロールしつつハンドガンで弾丸を撒き散らす。当たるはずもなく全機回避。

いやこれは避けられてもいい。問題は次だ。

左右の拳銃に時間差をつけてトリガー、銃弾と銃弾をぶつけ合い、擬似的な兆弾。

 

「ッ!? 三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン) 中にそんな芸当を……!?」

「α機は左に回りこんで。γ機と私が盾でしのぐ」

 

狙い済ました弾丸は、目標の敵機の装甲に火花を散らせた。

まだ足りねぇ、こんなんじゃすぐに対応されるに決まってんだよ。だから、突破口を開くにはもっと強力な一撃を叩き込まなくちゃならねぇ。

出番だ、『威(おどし)』。

 

まず一機に狙いを定めた。二機固まっているうちの一機。

跳弾した大口径の銃弾が高速機動を続ける機体のスラスターを撃ち抜く。誘爆、起動停止。

 

「……!?」

「チッ!」

 

すぐさま盾を持った機体が割り込んでフォローした。抜群のコンビネーションだねぇ、俺の狙い通りでさえなければ。

距離を詰めつつ両手のハンドガンを連射し敵を足止めする。背部に『レールガン・威』を召還。右肩に砲身を預けさせ発射準備完了。

 

「ぶち抜けッ!!」

 

聞き取れた音は、ボッッ!! という痛烈な破裂音だった。

カタログスペックで確認するのと自分でぶっ放すのとではやはり違う。大気を軋ませるような一撃だ。

ただ……弾速がそこまで速くねぇ。当たる前に余裕で散開された。余った一機の放ったグレネードランチャーが俺の右側のウイングユニットに直撃した。

 

「ぐ、ぁ!」

――ウイングユニットR(ライト)、内部に致命的損傷!

 

致命的損傷ってなんだよアバウトすぎんだろ。

その場から飛びのこうとブースト、だが、右側のブースターが動かない。火は付くが方向転換が不能になってやがる。致命的ってあれか、もう使えねぇってことかよ。

無理じゃん、打破すんの。

 

「回り込め! 回避させるな!」

 

一秒たりとも気を抜ける時間がない。三方向からそれぞれ違う弾丸が飛ぶ。弾速、狙い、連射速度、どれを取ってもバラバラで回避に思考を割きすぎる。反撃をする余裕がまったくない。

左舷からロック、敵武装は六連装ミサイルランチャー。やっば、これは避けなきゃガチで死ぬ。代わりに他の二機は当たるしか

 

『かかった!』

 

ロックオンアラート。視界をぐるりと回転させる。

ミサイルランチャーとは別方向だ。一機のラファールが両手に携行型ハンドランチャーを持ち、もう一機は左右一本ずつバズーカを携えていた。ミサイルコンテナの蓋をパージし/トリガーを引き絞り/砲身を肩に置き

ファイア。

 

回避を取る間などなく。

俺めがけ殺到する榴弾の群れ。

 

――――――歯ァ食いしばれ俺。

 

無意識のうちに、俺は奥歯を食い締めていた。

この土壇場になってから働き出した、俺サマの灰色の脳細胞。突破しろ、と囁いてくる。その前にもっと早く解決策提示しろよテメェ。

まあいい、為すべきことは見つけた。後は実行するだけだ。

 

俺は『威』を撃った。

 

 

 

反動を、一切考慮せずに。

 

 

 

「ぐ、ぎぎぎッッ」

 

当然俺の体は紙くずのように吹き飛ばされる。しかし俺ですら完璧には予測し得ないその軌道は、自動追尾システムをフリーズさせるのには十分だった。

コンマ数秒前まで俺がいた地点で、ミサイルとバズーカ弾が激突する。衝撃波が俺の前髪を揺らした。爆煙に『白雪姫』の姿が隠れる。

左手に持ったハンドガンを、俺はハイパーセンサーに映る敵の内一機に向けた。

――落ち着け。しくじるなよ。

 

焦らずに。

ここで一機仕留める。

 

トリガーを引き絞る。ハンドガンから飛び出した銃弾がロックオンした標的の左腹部に命中した。

すぐさま迎撃体勢に移行される。だが俺にそれを傍観するほどの余裕はねぇ。

散開する敵機。『威』を召喚し、俺は標的の移動先に狙いを定めた。そして、撃つ。遅れてハンドガンも撃つ。弾速はハンドガンの方が速い。後ろから追いかけて、当たって、軌道を捻じ曲げる。在るべき姿を変貌させて、電磁力により打ち出された弾丸はほんの少しゴールをずらした。

その到達点に標的はいた。

 

「ッッ!!?」

 

何が起こったのか理解する間もなく直撃。一発で胸部ISアーマーが砕け散り、そのまま体をくの字に折って吹き飛んでいった。

まだだ。まだ仕留めきれてない。

 

「フォロー!」

「させねぇよ!」

 

残りの二機がすぐさまアイコンタクト。一機が巨大なシールドを構え立ちふさがり、もう一機はブーストをかけて仲間の救援に向かった。

だからさせねぇっつってんだろ。

シールドを構え、接近する敵機を意識の外に飛ばす。加速度的に縮まる距離。俺は最高に働き続ける頭脳と惜しみなく体を駆け巡るエンドルフィンに身を任せ、そのまま突っ込んだ。スラスターが焼け付くほど激しい加速。いくら同じ第二世代機とはいえ、『白雪姫』は第三世代機を圧倒するべくして改造を重ねられてきた機体。速さにおいて引けは取らない。

俺の相棒は、負けねぇ。

 

「こいつ、避けることを知らないのか!?」

 

シールド越しにサブマシンガンをぶっ放す敵機。弾丸なんざ知るか。お前はどうでもいいんだ。

今は、トドメをさしに行くだけだ。

敵機をシールドごと強引に弾き、そのまま直線的に加速。救援に向かっていたISの背を追いかけ追い越し、両手のハンドガンと入れ替わりに召還した『白世』を振りかざした。

 

「無理に来なくていい! そこから狙え!」

 

対応して近接戦闘用ブレードを呼び出す相手。俺が吹き飛ばした相手に指示を出しているらしい。

俺の標的は地面に叩きつけられバウンドし、壁の中に突っ込んでいるようだ。

最高潮のテンションとあふれ出すエンドルフィンが、俺の頭脳から回避という選択肢を消し飛ばした。

 

最ッッ高に楽しい、充実した時間だ!!

 

「真正面から、」

 

ブレードの切っ先が鈍く光る。片刃だ。

横に寝かせて突き出すブレードは何の警戒心も呼び起こさない。肘部のアーマーでみねを弾きそのままブースト。立ちふさがる二枚目の壁を膝で蹴り飛ばし、俺は『白世』を、振り下ろした。

 

「叩き斬るッッ!!」

 

標的さんはようやく意識を復旧させたとこだったらしい。脳天をカチ割るように、純白の剣が標的さんをもう一度地面に叩きつける。

 

背後からロックオンアラート。休む暇すらない、人気者は辛いねぇ。

どうやら懲りずにバズーカらしい。発射。

 

「バカ! 何で撃った!」

「え!?」

 

俺は動かない。限界までひきつけて、そして振り向くことなくその場から飛び立った。バズーカの弾頭が命中するのは俺ではなく、地に横たわるラファール。

 

IS撃墜のブザーが一つ鳴ったみたいだ。でも爆音にかき消されて聞こえなかった。

 

『誤射(フレンドリーファイア)を……誘発した……!?』

『あと少しで仕留められるという安心を逆手に取り、逆に焦燥心を募らせやすくしたのか』

 

デュノア嬢が驚愕のリアクションを取り、姉さんが丁寧に解説。何あのコンビ安定。これから戦いのたびにいてくんねぇかな。

何にしても勝利条件の3分の1は満たした。

 

『奇跡か』

 

社長さんの声が聞こえた。

 

「滅多なコト言うなよ、起きねぇから奇跡だろ」

『なら、これは、』

 

狼狽した声色に、俺は悪い笑みを浮かべる。

 

 

「必然だ」

 

 

それきり社長さんは沈黙しちまった。俺は肩をすくめ、残る二機に目を向ける。

 

「どうするよ! ここで大人しく降参しとくか?」

「いい度胸だ小僧」

 

リーダー格……さっきのバズーカの誤射に気づいた方が、憤怒の表情で俺をにらんだ。

もう一人もまた、バズーカを投げ捨てて両手に銃を呼び出している。戦意は充実してるみてーだな。

 

「なら良し! 続きだ続き! 今のの続きと洒落込もうぜ!」

 

まだエンドルフィンは抜けきってない。この感覚が続き限り俺は無敵だと、理解した。

やってもいねぇのにドラックをキメた気分になる。止まっているのに疾走している。指を動かしていないのに銃を撃ち続けている。

 

『威』をどう扱うか。

確認すれば、砲身と俺をつなぐアタッチメントが反動に耐えられず千切れかけていた。オイマジふざけんな。

でも折角だから利用させてもらおう。俺は『虚仮威翅』を展開し、千切れかけのアタッチメントに突き立てた。さらに削り取る。

後一撃ぶっ放しただけで、本当に千切れてしまうように。

 

「アタック、フォロー」

 

敵二機が左右に散る。

左から接近してきたバズーカを誤射した方のヤツを無視して瞬時加速(イグニッション・ブースト)――方向を変えての高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)で敵機と照準を振り切る。狙いは右側、リーダー格っぽいヤツ。

正面に捉え、銃撃を回避し『白世』で敵を切り上げ、同時にレールガンの照準固定、相手がきりもみ回転しながら吹き飛んでいる間にトリガー。

 

反動で俺の身の丈以上の大きさを誇る砲身が真後ろに吹っ飛んだ。ついでに俺の右肩もグギリと変な音を立てた。

放たれた弾は、狙った敵機に当たりはしねぇ。吹き飛びつつも姿勢を整え回避し反撃してきやがった。さすがとしか言いようのない芸当。ただ本命はお前じゃない。

 

「ひぎゅっ!?」

 

――かかった。

吹き飛んだレールガン本体。それは、俺の背後から迫っていたもう一方の敵機の顔面に直撃していた。ライフルが両手から宙に飛び出し、勢いに負けのけぞりダウン。

その隙を見逃すわけにはいかない。慣性の法則のままに吹き飛んでいく敵機に向け。俺はブーストさせる。

使えなくなった、右側ウイングユニットを。

 

「突っ込めよおおおおおおお!!」

 

本体との浮遊固定アクセスをカット、これで火をつければこいつがどうなるか。

俺の意思を離れ、鉄の塊が射出された。

丁寧に瞬時加速(イグニッション・ブースト)してやったんだ。感謝しろよ?

ダウンした敵機とウイングユニットが激突。標的さんが吹っ飛ぶ速度よりもウイングユニットの速度の方が速い。俺はハンドガンを片手に召還した。狙いは白い翼。

トリガー。大口径の弾丸が殺到しウイングユニットの内部まで侵入し、内部機関を致命的なまでに痛めつけた。

当然のごとく、空中で爆散する。

 

二度目の撃墜ブザー。思わずガッツポーズをとった。

やはり、俺は無敵だ。

 

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

 

――まだ終わってねぇよな、そりゃさ!

背後からの敵襲アラート。

振り向き様に突っ込んできた最後の機体に振り下ろす。捌かれ、零距離から眉間にライフルを突きつけられた。敵は右手にライフル、左手に実体シールドだ。

 

「これでッ」

「考えが甘ぇよ」

 

首を傾げて銃口から逃げ、そのまま一歩前進。頬と肩で銃身を挟む。

驚愕に凍る敵パイロット。なんだよ俺が弱いものいじめしてるみてーじゃねーか。逆だろ逆、三対一とか俺がいじめられてる側だろ。

 

そもそもこの距離で取り回しの悪ィアサルトライフルを使うなよ。あ、バトルライフルか?

どっちでもいい。パンチが直に届くような距離なんだ。ライフルを鈍器として使うならまだしも射撃兵装として扱うには最悪の距離である。

インファイトだと俺はステゴロかますかハンドガンぶっ放すか、もしくは『虚仮威翅(こけおどし)』使うかだ。今回は懐剣無しでもしのげそうだな。

 

「精鋭の名が泣くなあ、オイ」

 

大剣の持ち手で相手を殴りつける。のけぞった瞬間に腹へ膝蹴りをぶち込んでぶっ飛ばした。一気にケリをつける、ブーストし追いすがりながら『白世』でライフルを斬り払い、返す刀でシールドを真っ二つに。驚異的な切れ味に相手が凍る中、そのまま片手に持ち替え一気に突く。

 

「ナメないで頂戴!」

 

へー今のを捌くか、やるじゃん。咄嗟の判断と反応で左へ飛び退きやがった。

だがまだ足りねえんだよな、この俺から逃げ切るには!

刺撃を曲げる。突きから斬り払いへの変化。

俺自身も敵さんと同じ方向へブーストしてるのでちょうど斬撃の範囲内だ。さすがに予想できなかったのか、そのまま『白世』の刃が肩部アーマーを砕いた。

 

まだなんとか抵抗しようと、敵さんは近接ブレードを呼び出す。

粒子から実体を結んだそれを手にした瞬間、俺は大剣を真上から振り下ろす。渾身の一閃がブレードを真正面からへし折った。

 

「……!?」

「悪ィな、ごり押しが俺の基本戦法なんだわ」

 

ステレオタイプな戦い方で申し訳ない。パワープレイには定評があるんだぜ。あれ、再出版でタイトル変わったんだっけ。

俺は『白世』で斬り上げた。度重なる大質量の攻撃で、ついに敵の体のあちこちでアーマーブレイクが同時に起こる。

ブザーが鳴った。俺の勝利を告げる祝砲だった。

戦闘終了。今回もやっぱり俺は無敵だった。『白世』を量子化する。

 

「くくく……くははは、あーっはっはっはっは!! 俺サマ、まさに敵無しである! フゥーハハハハ!」

 

三段笑いとか我ながらラスボスの鑑みたいな奴だぜ。第三者だったら迷わず俺が悪者だと判断する。あながちその判断も間違いない気がするがな。

勝利に酔いしれていた俺を見上げ、地面に墜落していた最後の敵が何か叫んでいた。『白雪姫』の補助を受けてどうにか聞き取る。

 

「この、悪魔め……!」

 

……へぇ。

 

「悪魔で結構、だが俺を罵り口で言い負かそうが、テメェらと俺の間には確固たる差がある。それはテメェらが何十年何百年修行し経験を積もうが……絶対に乗り越えられねぇ隔絶的な壁だ」

 

撃破した三人を順に見回す。

極めて個人的な理由でフルボッコにし、精神的にもズタズタにさせていただいたが、ここらで打ち止めか。

 

「待て」

「あ゛?」

 

最後のパイロットが俺を見上げてくる。

角度的に胸の谷間がほぼ真上から覗けてやっべぇこのアングルパネェ。帰ったらオルコット嬢で試そう。

 

「……私達とお前の間には……どんな差があるんだ?」

「才能」

 

即答してやったぜ。

ただ、解釈はテメェに任せるけどな。

 

 

 

 

 

 

 

俺大勝利! 故郷の日本へ、レディースタディーゴー!

 

ピットに戻り、誰と視線を交わすこともなくISを解除してその場に放置(膝つかせるの忘れた)、シャワールームに入る。

 

「っくは……」

 

ヤバかった。

かなり、いや、めちゃくちゃギリギリだった。正直ほとんど負けかけていた。

運の要素もあっただろう。勝てたのは必然? ふざけるな、これこそまさしく奇跡だ。

スーツを着て、髪を整えなおしてから部屋を出る。

 

「戻りました」

 

ピットでは、社員らが神妙な顔をして俺を待っていた。物理的に浮いている社長さんもいる。奥に姉さん、下僕、デュノア嬢も。

 

「お前がいない間に、この試合の扱いを考えていた」

「試合? 何のことですか?」

『…………!?』

 

俺なりに考えた結論を、口に出す。物分りのいい人はすぐに感づいた。

そして姉さんは、まるで俺の考えを最初から見透かしていたかのように、あっさりと返してくれた。

 

「お前とシャルロット・デュノアの試合に決まっているだろう。今日は、お前は社内見学しかしていなかったろうに」

「ええ、まあそうですね」

 

社長を見る。苦虫を噛み潰したかのような表情。

結局俺ができることは、デュノア嬢を救うためにできることは、これぐらいしかない。

 

 

「で、だ。デュノア嬢がウチ〈IS学園〉に転入するのは、いつになるんだ?」

 

 

姉さんも俺に負けず劣らず悪い顔で言う。

 

「今日だ」

「…………」

「そうだろう? デュノア殿」

 

下僕が『うわぁ』って顔で俺と姉さんを交互に見る。

 

「学園への編入手続きはもう済んでいる。無論性別は女で。後はいつ来てもいい。そしてそれは、本人の意思次第だ」

「デュノア嬢の意思次第ねぇ」

 

俺はデュノア嬢に視線をやる。

彼女は俯いて考え込んでいた。

しゃーねーな。

 

「来いよ」

「…………僕は」

「来いっつってんだろ」

「……正直、本当に君がここまでやるとは思わなかったよ」

 

なんだそりゃ、期待してなかったのは分かるが、その引き気味な対応はなんだよ。

俺としてはここでデュノア嬢が頷いてさっさと日本に帰ればサクッと目的達成なんだが。

 

「ありがとう、僕のために戦ってくれて」

「自惚れんな。誰がテメェのためなんかに」

「それでもありがとう。1%も善意がなかったとしても、僕を救ってくれて、ありがとう」

 

そう言ってデュノア嬢は微笑んだ。

 

「父さん」

 

振り向き、足を肩幅に開き、彼女は真正面から父親を見る。

その動作はどこかぎこちなくて、慣れていなくて、それでも、確かに、力強かった。

 

「僕は」

 

文節ごとに息を入れなければ、言葉が続かない。

 

「誰かのために……戦う……君を見て……格好良いって……! そう思えたから……!」

 

最初は見間違いかと思ったが、彼女は目に涙を溜めていた。

オイオイ、何泣いてんだテメェ。

 

「僕も……! 誰かを守りたい……!」

 

……。

 

だからさぁ。

 

俺はお前のために、お前を守るために戦ったワケじゃねぇんだよ。

 

俺が誰かのために戦ったのは。

 

俺が俺を省みず戦ったのは。

 

たった一度だけなんだよ。

 

「だから……父さんも……守りたい」

「ッ……!?」

「いくらなんでもお人好し過ぎんだろ」

 

思わず声が出た。

デュノア嬢は社長さんを下から睨み付ける。

 

「僕は父さんを守りたい。でも今の僕は弱い」

 

涙目のまま。虚勢を張りやがって、そのまま、視線を俺に向けた。

 

「だから織斑君。僕を強くしてよ」

「……そーゆーことは、本物の教育者様に頼めって」

 

横に立つ姉さんに話を振った。

 

「ならちょうどいい。世界最高レベルの教育機関を一つ紹介してやれる」

 

姉さんが言う。俺も頷く。

もうその場の優劣は決した。社長さんは浮いている足場から降りて、俺たちと同じ床に立った。

意外とその身長は低い。俺のほうが全然背ェあるな。

 

「そうか、私を守るか」

「うん」

 

真正面から見つめられ、社長さんはフイと顔を背けた。

美少女に見つめられりゃ照れるよな、俺も照れる。アレ、何か違う?

 

「大きくなったな、シャルロット」

「!!」

 

……名前を呼んだのは、俺が来てから、初めてのことだった。

でもきっと、デュノア嬢自身も、久々のことだったのだろう。驚きのあまり口をポカンを開けて硬直していた。

 

「……留学という形を取ってもらえるだろうか」

「完全に譲る気はない、と」

「この子の教育に不十分だと判断した場合はすぐに送還させてもらう」

「テメェ」

 

俺は思わず前に一歩踏み出た。

そこまで執着しておきながら、何なんだ今までの態度は。

 

「判断するのは、シャルロット自身だ」

「…………」

 

その言葉を聞き、体の中に溜まっていた熱が一気に抜けた。

……甘々だ。何だそりゃ。デュノア嬢自身の判断に任せる? とんでもねぇ低さのハードルだ。

 

「どいつもこいつも甘ぇな」

「一番甘いのは織斑君だよ」

 

んだとコラ。俺は下僕をにらみ付けた。下僕はわざとらしく咳払いして俺から目を逸らす。

入れ替わりに姉さんが俺に話しかけてきた。

 

「誰かのために戦う、か」

「だーかーらー、俺はあいつのために戦ったワケじゃ」

「ツンデレ君めー」

「下僕ホントお前イラッとくるから止めろ」

 

いい加減にしろよこの野郎。ホント手加減できないよ? 一夏君パワーアシスト最大出力で殴りつけちゃうよ? 頭バーンだよ?

 

「本当だ。こいつはあの小娘のためだけに戦っていたわけではない。大半は打算だろう」

 

本当のことだけに言い当てられて少しヘコんだ。

姉さん、ひょっとして俺の行動がどれくらい打算尽くしで汚いものだったのか、正確に把握してるんじゃないだろうか。

俺の焦燥をよそに姉さんは言葉を続ける。

 

「こいつが真に他人のためだけに戦ったのを私は一度だけ見たことがある。今の不真面目なこいつとは違い、なりふり構わず、勝利への試行錯誤もなく、ただみっともなく喘いで足掻いて泣き叫んでいるだけだったがな」

 

……俺の黒歴史公開ですか。

 

「へぇ! 興味ありますね」

「誰か貴様などに教えるか」

 

姉さんと下僕が睨みを利かせ合う。そこに割って入ったのは、以外にもデュノア嬢だった。

 

「その話はまた今度にしてですね。僕は今から、IS学園に向かうことになりました」

 

マジか。俺は社長さんを見た。

彼は少し不満げな顔をしてこちらを見ている。

 

「……もっと話さなくていいのか?」

「電話っていう便利なものが最近はあるんだよ、織斑君」

「未開人か俺は」

 

そう言うとデュノア嬢はカラカラと笑った。

 

「僕は正装で行かなくちゃね。このスーツでもいいけどもっといいのが確か……」

 

正装。妥当な落としどころとしてはフォーマルスーツだ。今姉さんが着ているのとかな。

フランス代表候補生がIS学園に転入するんだ、そりゃマスコミも来るだろうよ。緊急の連絡な分、より注目を集めるかもしれない。

 

デュノア嬢は一見スカートが似合いそうだが、俺サマの見立てではパンツも合う。裾をダブルにして履かせれば本来の目的を達成できそうだ。

ガチな話、こいつが男装して入会してきて俺と相部屋になってとかいう当初の計画を実行されていたら、間違いなく俺は陥落してただろう。僕っ子with花澤ボイスとか俺キラーにも程があんだろ性的な意味で。やったねいっくん! 生涯実験動物コースだよ! ……マジ笑えねぇ。

 

それは別にいい。姉さんの機転で事なきを得たんだからこれ以上言うことはねぇ。

 

「待ってくれ」

「……何?」

 

だが。

俺は、デュノア嬢に日本特有の礼服を着させたい。

 

「俺はあえてメイド服を推す」

『……!?』

 

場が騒然となる。メイド服、というのが何なのかはさすが本場よく浸透しているらしい。

だが……俺の提案の本質的なトコまでは見抜けていないようだな……!

 

「何のつもりだ」

「日本への牽制さ」

 

俺はネクタイを締め直して、毅然とした態度で告げる。

 

「日本はどうも、真実や思惑より、話題性を優先する国民性があるんでね」

 

その時俺が浮かべた笑みは、どんな笑みだっただろうか。

例えて言えば、ネクタイを締め直して、ポマードで前髪を撫で付け、せぇるすまんみてーな、いかにも怪しい笑顔だったに違いない。

 

「デュノア社の宣伝にもなるんじゃないか?」

「オイ、欲望ダダ漏れな計画を大真面目に語るんじゃない」

 

姉さんが至極まっとうな発言をしたが俺は取り合わない。

 

「いいだろう」

「社長!?」

 

ほう、物分りのいい社長さんだ。

俺と社長、さらにこの場全員の視線がデュノア嬢に突き刺さる。

 

「へ、え? えっと」

「更衣室の奥から二番目のロッカー……をどかした裏にクローゼットがある。パスコードは『1215ght87』だ、シャルロットに似合う服が出てくる」

「オイこの会社どうなってんだ」

「お父さん……いま僕のこと、名前で……?」

「どうでもいいとこでお前は引っかかるな!」

 

親子そろって何なんだ、周囲もほほえましげにしてるし、普通更衣室の裏にコスプレクローゼットとかあったら引くんじゃねーのかよ。

ああくそ、デュノア嬢も幸せそうに笑ってるし。なんだこの空気。俺がボコした三人まで笑ってやがる。下僕も、姉さんでさえ薄く笑ってる。

 

「……行けよ」

 

なのに、どうして俺は笑えないんだ。

嫌予感がするんだ。何か、致命的な予感。

デュノア嬢がスキップ気味に退室するのを見送りながら、やはり俺の第六感は働いたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけやがってこのフランス人ドモがあああああああああああああ!!」

 

十数分後、俺は膝を着き拳を床に打ちつけていた。嫌な予感的中。

コイツら……ッ! いい加減にしやがれ、日本のロマンをナメてんのか……!?

さすがに温厚な俺もキレかけるレベルの狼藉を働いた張本人は、相も変わらず空中から俺を見下している。一刻も早く奴を始末しなければ俺の怒りがマッハで胃がヤバい。

 

「ど、どうしたの織斑君。僕、何かしちゃった……?」

「るっせぇんだよド素人が!!」

 

俺の怒声にデュノア嬢がビクリと肩を震わせる。構うことなく、俺は社長さんへ指を突きつけた。

 

「何故……何故ミニスカートにオーバーニーソとガーターベルトを合わせない!」

 

周りの表情が『うわぁ』ってカンジになった。だが俺はそんなの気にしねぇ。もはや怒りが突き抜けすぎて逆に光速思考にたどり着きそう。

 

「……スーツ姿で、何をバカなことを口にしている」

「姉さん……」

 

姉さんでもさえもがかわいそうなものを見る目だった。なにこの四面楚歌。

対する社長さんは、宙に浮いたままこちらをじっと見ている。

 

「若いな」

「!?」

 

突然、社長さんがニヤリと笑ってきやがった。

 

「チラリズムという言葉に囚われ、本質を見逃している」

「何だと……」

「見たまえ」

 

社長さんに促され、改めてデュノア嬢をまじまじと見る。

スカートから覗く生足は艶やかで、靴下は踝までしかないのか、足首のほっそりとしたラインまでが丸見えだ。

 

「お、織斑君……そんなに見つめられると、照れる」

「……これは」

 

俺は気づいた。デュノア嬢のキャラクター性。

 

「元気っ娘……! そうか、元気っ娘にチラリズムの組み合わせは悪手!」

「ああ。シャルロットは健気だ。だが儚さは持ち合わせていない。その差だ」

 

戦慄。得体の知れない汗が額から滲み出した。

この男……なんて眼だ。観察眼、実の娘に対する冷静かつ客観的な評価。

ただもんじゃねぇ。

 

「あんた……ああ、いや。そうだな。俺の負けだ」

「当然だ」

 

鼻を鳴らす格好さえもがオーラをまとっている様で、俺は思わず一歩退いた。らしくもねぇ、ブルっちまってる。

差を、隔絶的な差を、思い知らされた。

次元が違う。俺はまだ、こいつの領域に手が届かない。

 

「学園で、シャルロットを頼む」

 

社長さんは俺に背を向けた。不遜だ。仮にも物を頼む態度じゃねぇ。

でもそのしぐさの一つ一つに、どこからかシャルロットを気遣う気持ちが見れた、気がした。

……その場の雰囲気に流されすぎだ、俺。深読みに決まってる。

 

「あんたに言われずとも、当たり前だ」

 

俺は中指を突き立てた。

社長は背中越しに手を振り、そしてチラリと目をデュノア嬢に向けて、それでも立ち止まらず、歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

下僕がウハウハだったのはイラッときた。

あいつ、今のバックボーンの企業と仲悪いからって、勝手にデュノア社と契約結びやがった。今後俺の『白雪姫』の整備にもデュノア社が関わってくるらしい。

今までの国内企業もそんなにクオリティ高くなかったし、変わったっていいんだけどな。

 

何はともあれ空港。俺はちゃっちゃか荷物をまとめ終わって、空港にて飛行機の到着を待っていた。

搭乗までは一般人と同じ待合室に居なくてはならないので、サングラスとスーツで変装。隣にはメイド服のデュノア嬢。

 

俺ら浮きすぎワロタ。

 

「待たせたな」

 

騒然となっていた待合室の中に、悠然と姉さんが入ってくる。変装も何もしてねーんだけどこれ大丈夫なのか。

 

「案内する。着いて来い」

「へいへい」

「分かりました」

 

ネクタイを緩め廊下を歩いていると、過ぎ行く人々がすごい勢いで俺たちを避けていく。モーゼみてぇ。そりゃそうだけどさ。

俺だってこんな集団(世界最強+黒スーツグラサン+メイド美少女)とかいたら逃げるよ。

 

「オイ、まさか行きと同じキチガイジェット機じゃねーだろうな?」

「キチガイジェット機……? あれ、織斑君って来る時『迅雷弐式』に乗ってきたんじゃないの? 日本製の、最新鋭ジェット機だったはずだけど」

「日本製さすが日本製マジ殺人的スペック」

 

まさか祖国の機体だとは思わなかった。マジかあれ造ったやつ変態だろ。

VIP用搭乗ロビーを通って機内に。ISスーツだけじゃ怪我はしないが意識は保てないようだ。ならつまりこういうことだろ。

 

「白雪姫、絶対防御発動しとけ」

「リヴァイヴ、お願い」

 

デュノア嬢も何か言っていた。姉さんは無言だが、多分ISを展開してる。ただ全部の装甲を消して、PICもオフにして。

絶対防御がなきゃ乗れないジェット機とかキチガイすぎんだろ。

 

「帰りぐらい見ておけ」

「は?」

「私からの進学祝いだ」

 

俺が思わず聞き返そうとしたところで、発進しやがった。

舌を噛みそうになって慌てて歯を食いしばる。行きは全身をまんべんなく叩いてきた衝撃波は少しも感じられない。絶対防御万能説が浮上した件について。

 

「おおう……行きが嘘のようだぜ」

「僕は初めて乗るけど、ISがなかったらああなるんだね」

 

デュノア嬢が憐憫のまなざしで見る先には、口をポカンを開け白目を剥いて失神したSPさんたちの姿。何あのひっでえ絵面。

 

「そろそろ成層圏を抜けるのかな」

 

……は?

俺は思わず窓の外を見た。青。一色に染め上げられた光景が、段々と暗闇に呑まれていく。

 

「あ、あ」

 

身を乗り出して、窓に手をつけて、外を凝視した。

ウソだろ。これって、これって。

 

宇宙、じゃないか。

 

数秒間、放心していたらしい。

その間……たった数秒で、俺の脳裏をある記憶が掠める。

ずっとずっと昔の話だ。

 

俺と姉さんがいて。姉さんの親友がいて。三人で。

それぞれの夢を語って。

姉さんは俺を守ると息巻いて。

あの人は世界を征服すると笑顔で。

 

俺は、俺は、

 

 

――宇宙に行くんだ、ぼく!

 

 

 

「私からの、進学祝いだ」

 

その言葉が、静かに俺の耳を打った。

視界いっぱいに広がる漆黒の宇宙は、小さいころの情熱を思い出させるには十二分で。

 

「は、ハハッ……こりゃダメだ」

「何が?」

「地球に降りたくねぇ」

 

デュノア嬢は笑った。

 

「これだけキレイじゃあね」

「そうだけど、そうじゃない」

「……??」

 

ずっと憧れていた場所が。

ずっと見上げていたものが。

特殊加工ガラス一枚越しに広がっているんだ。

 

「俺は宇宙に行くよ、姉さん」

 

その言葉の前に『いつか』を付けてでも。

姉さんは無言で微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

到着。宇宙の旅を終え、俺はフランスに行って良かったとさえ思えている。

宇宙効果パネェ。

ジェット機を降りると、学園中の生徒が顔を見せていた。建物の窓から顔を出したり離発着ロビーに並んだりとそうかそうかそんなに俺が恋しかったか。

 

さらに、なかでも格別の美少女が(なぜかエプロン姿で)俺を待っていた。彼女は(なぜかエプロン姿で)ジェット機の乗り込み階段の前に立っている。すげー美少女に(なぜかエプロン姿で)出待ちされるとはついに俺にも春が来たか、イヤ自発的に春をすっ飛ばしてるだけの気もするけどさ。

美少女は(なぜかエプロン姿で)微笑んでいる。

ていうか楯無だった。

 

「お帰りなさい、織斑一夏君」

「……これ、ただいまって言うのが正しいのかよ?」

「お帰りなさいあなた。フランスまで出張ご苦労さま」

「ああ、ただいま。悪いけど先に風呂に入りたいな……沸いてるか?」

「もう沸かしてるわ。夕飯はサバが特売だったから買ってきたわよ、あ、それとおビール冷やしといたから」

「分かった。じゃあ先に風呂入ってくるよ」

「うん、待ってるわ」

 

お互いニコニコ笑いながらのやり取り。ちなみに俺は亭主関白を気取ってキャリーケースを押しつけてみた。

楯無は笑顔のままそれを投げ捨てた。オイ女房(仮)テメェ何しやがる。

 

「出張先は疲れたでしょう? 大変だったわよね海外に急に行くことになって」

 

この茶番の上では、一応俺は風呂に入ろうとしているのに、なぜかこの妻はついて来る。一緒に入りたいのか、そうなのか。

マジ歓迎です。

 

「どんな所に行ったの? ソープ? 風俗? あ、現地でもう女の人引っかけてホテルに行ったの?」

「いくらなんでも質問が限定的過ぎんだろオイ!」

 

俺はブチギレた。

この野郎純粋な女子生徒方の前で何てこと口にしやがる! 教育に悪ィだろーが!

 

「何なんだよ、言いたいコトがあるならストレートに聞け」

「あのこだれ」

 

楯無は、今まさに地面に足を着けたデュノア嬢を指差してそう言った。

 

すぐに答えが返ってきたが何か明らかに様子がおかしい。ていうか鳥肌が立った。俺の中の何かが、迂闊に対応すればバッドエンドフラグが立ってniceboat.される、お前は生首をバック詰めにされたいのかと悲鳴を上げた。

何だ、おかしいぞ。別にISを展開して戦ってるワケではないのに冷や汗が止まらねぇ。

 

「いッ、いや……現地で、その、強かったからスカウトしてきた」

 

野球部に話題を振られた文化系男子みてーにどもりまくりながら、なんとか答える。

そうホイホイと人の家庭事情を話すのはいけないことだし、嘘は言ってねぇよな。

まあ楯無のことだからすぐに調べ上げるだろうケド。

 

「ふーん」

 

生返事。こいつ俺と会話する気あんのかよ。

姉さんも降りて、飛行機はメンテのためかどこかへゆるゆると動き始めた。

生徒のざわめきが耳につく、多分デュノア嬢についてのことだろう。なにせ金髪美少女がいるだけでもすげーのにあろうことかメイド服なのだ。インパクト強すぎだろコレ。気になるってレベルじゃねーぞ。

遠目から見ても似合っている。やはり生足の方が健康的で逆に突き抜けている……くっ、あの男、いつか倒さねばならないのが惜しい逸材だぜ。

 

「ほら生徒会長、あいさつぐらいはしとけって」

「……ええ、分かったわ」

 

どことなく不穏な空気のまま、楯無はデュノア嬢の元へと歩いていった。何あれすっげぇ不安なんだけど。

念のため俺も付いていく。姉さんがこっちを見て、デュノア嬢もこちらに気づいた。

 

「初めまして、シャルロット・デュノアさん」

「あ、初めまして。えっと、織斑君から話は聞いてます。生徒会長さんですよね?」

「そうよ。学園最強を名乗らせてもらっているわ」

「ええっ!? 織斑君より強いんですか!?」

 

あ、バカ。

楯無の額にビキバキと青筋が浮かんだ。

 

うーん俺と楯無の力関係はハッキリ言って微妙である。

通算戦績は一勝一敗であるが、それは一年前のこと。俺はまだまだ未熟だったし楯無に至ってはそのころとは機体が違う。今やればどうなるか分からない。入学式ン時はお互い一撃だけで止められて終わりだったしな。

 

「そ、それは分からないわね。まだ一回しか勝ったことないし」

『!?』

 

背後の生徒たちがざわめく。そういや今んトコ俺って無敗だったっけ。俺が負けているということが意外なのかもしれんが俺だって負けることぐらいあったさ。だって人間だもの。

つーかこいつ自分の勝ち数しか言ってねぇ。意外と見栄っ張りなんだよなー。

 

「お、織斑君に勝ったことがあるんですか!?」

「オイ待て、一勝一敗の間違いだろ。しかも一年前の話だしな」

「あ、なんだ一年前か……」

 

デュノア嬢が安堵の息を吐いた。

まァ自分んちの会社お抱えの精鋭パイロットを三人まとめてなぎ倒すイカレた人間などそうゴロゴロいたらたまらないだろう。俺もたまらない。

 

しかし今の発言は不用意だ。目の前に俺と対比されている人間を置いてそのセリフは『今じゃあなたは最強イケメン紳士の一夏サマに勝てませんよね』ってのと同じ意味である。

 

「……なかなか面白いコを連れてきたじゃない。貞子の井戸に蹴り落としたくなるぐらい面白いわ」

「全然怒りを隠せてねーぞ」

「ぼ、僕何かしちゃいましたか!?」

「お前はお前でわざとじゃなかったのかよ……」

 

楯無が俺の腕を抱いて引き寄せる。

突然の奇行に反応できず、そのままよく街中で見かけるリア充カップルみたいな格好になった。見る度に爆発させるしかねぇと辺りにxショットガンを探してたのはいい思い出だ、今も探してるけど。ただのxガンじゃないのがミソ。

 

ていうかこいつ胸デカくなってんな……ロシアの時は見立てではCぐらい、ちょうど今のシャルロットぐらいだったが、今じゃ立派なスイカップですね。柔らかい感触が役得すぎて本当にありがとうございます。1日五回ぐらい崇めてぇぜ。

 

するとどうやら俺はだらしない表情をしていたらしい、デュノア嬢の表情が険しいものになった。

 

「織斑君」

「渡さないわよ」

 

急に火花が散り始める。修羅場だ。ものっそい修羅場だ。中学生の時は巻き込まれるのが夢だった修羅場だ。

ていうか背後からも痛い視線が刺さり始めた。シャッター音が聞こえるのは気のせいじゃねぇよなオイ俺をフライデーする気か、ニュースの芸能コーナーに出演させる気か。俺芸能人じゃないけど。

 

首で振り返ると色んな方々が鋭い目つきで睨んできている。

オルコット嬢に鈴にあれ誰だっけ見覚えが……あ、ひょっとして

 

「絶対に、渡さないわよ」

 

頬に柔らかい感触。手を添えられたらしくグキリ、と音を立てて俺の顔が楯無の方に向かされた。

改めて見つめるとめっちゃ近ぇよ美人になりすぎだよ美少女って本当に美人になるもんだなポケモンみてーに進化してんのかよていうかコレすぐにキスできそうでうわああああ

落ち着け俺。

 

「何様ですか、あなた」

 

デュノア嬢が首もとのネックレスに手をやる。

……!? お前マジかそれは、ISはヤバいだろ!

 

「お、落ち着け二人とも(と俺)! 冷静になれって!」

 

思わず俺が口を出すと、二人はまるで示し合わせたように唇を開く。

 

『織斑(君)は黙ってて』

 

すいません空気読めなくて。

しかしさすがに暴力沙汰になりそうなのは看過できねぇ。

よく漫画とかアニメじゃこういう時、渦中の主人公は黙らされるがあの時口を閉じるのは完全にミスだと思う。張本人が事態を収拾しなくて誰がするんだよ。

 

「分かったよ口出ししない。ただ暴力だけはダメだ。デュノア嬢、ネックレスを離せ。楯無もこっそり奥歯を噛むの止めろ。いいかこんな公の場でIS対ISの痴話喧嘩とか洒落にならねぇだろ、二人とも一旦頭を冷やせよ。この場はもうお互いに退こう。それで後で話せばむぐっ」

 

俺がhyper→highspeed→geniusなカンジで灰色の脳細胞を光速回転させつつ一気にまくし立てていたら、楯無に口をふさがれた。唇で。

 

ちゅーだ。

 

キスだ。

 

接吻だ。

 

マウストゥマウスだ。

 

……!!?

 

「……ぷはっ。あんまりにうるさいお口があったから、ついふさいじゃったわ」

「な、な……な!?」

 

俺も楯無も呼吸を止めていた辺り初々しいというか。

デュノア嬢も、背後の観衆も、そして俺も凍った。

 

「え、えッと――い、今ので私とのキスは何度目かしら!?」

「に、二回目です!!」

 

楯無が滑走路中に響く声で叫んだ。釣られて俺も同様に声を上げた。

一拍の沈黙。

それを挟み、観衆が、爆発した。

 

『ウソおおおおおおおおおおおおおお!?』

『キタキタ大スクープキタキタキタッ!!』

『ナニあれナニそれっ!? 私聞いてないっ!』

 

ドッと生徒たちが押し寄せる中、楯無がIS『ミステリアス・レイディ』をフル展開し上空に飛び上がる。俺の腕を掴んだままだ。必然的に俺も空に上がる。

 

「ちょっ!? テメェ放しやがれ!」

「じっとしてて」

 

楯無が俺を抱き寄せてその場から飛び退くと同時、さっきまで彼女がいた空間を弾丸が貫いた。

 

「い゛っ、デュノア嬢か……?」

 

生身なのでかなり心もとないが、地面を見れば全身に鎧をまとったデュノア嬢が、両手にライフルを構えこちらを見上げている。彼女だけじゃない。鈴にオルコット嬢まで飛び出していた。

じょ、冗談じゃねぇっ! IS同士で戦闘でも始めるつもりかよ、どんだけのマスコミがここに揃ってると思ってんだ!?

 

「デュノアさん、さっき私のこと何様って言ったわよね」

「……それが何か?」

「答えてあげるわ」

 

楯無が俺を抱え直す。ちょうどお姫様だっこの体勢。パシャパシャとシャッターが切られるのもお構いなしに、楯無は意気揚々と宣言する。

 

「私、ロシア代表の更識楯無は――織斑一夏君の元カノよ!!」

 

俺、フライデーされるの巻。

 

「おいいいいいいいい! 人の過去捏造すんじゃねぇっ! つーかお前今自分のセリフがどんだけ政治的効力を持っているのかしっかり考えたかぁっ!?」

「ええ。ロシアとあなたが親密であるというイメージが与えられるわ」

 

この野郎(♀)しっかりと打算付きでの発言かよ……!

ダメだ。もうダメだ。

ぐったりと脱力する俺を抱えて、楯無は沈みゆく夕日に向かって加速する。背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、我らが生徒会長はそんなもの気にも留めなかった。

 

「今度の学年別トーナメント」

「……あんだよ?」

「優勝したら、またキスしてあげるわ」

「……勝手に言ってろ」

 

そう言いつつしっかりとやる気アップしている俺は本当に情けねぇな。

 

 

あ、それと楯無。

夕日に照らされてるからって、別に赤面してるのはごまかせてねーぞ?

 

「…………バカ」

 

 

 

 




一夏「俺は摂氏3千度くらいの熱を出せるんだ。それではおまえの能力は……まさかISだけと言うんじゃないだろうな。あとはどんな力を持ってるんだ?」
楯無「あ、あとは……勇気だけよ!」

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