彼女のフラグがハニトラだったら
「おはよ!」
「はよー」
「あ、織斑君おはよー」
朝クラスのドアを俺がくぐると、いくつか挨拶が飛んできた。
おうおう、元気のいいクラスだぜ。ただ今の俺は機嫌が非常によろしくない。というわけですべて無視。
自分の席にカバンを置いてから、教壇に立つ。俺の様子がおかしいことに気づいたのか、みんながこちらに注目し始めた。
俺は片足で教卓を踏みつけると、教室中に響く声で言い放つ。
「俺が持ち込んだゲームキューブのコントローラが消えた。シルバーカラーだ。盗った犯人は即刻申し出ろ」
この俺のマリオテニスソロプレイを妨害するとはふてぇヤローだ。
配管工にラケットを握らせるのに飽きたらどうぶつの森でまったり遊ぶ予定だったのに、昨日の夜は最悪だったぜ。どこ探してもねえから勉強しちまった。今日の範囲の予習は完璧だ。嬉しいけど嬉しくねえ。
「誰だ俺とテレサの間を引き裂いたのは。場合によっては市中引き回しの上斬首打ち首な」
「旧ハードのコントローラ一つで大げさなんじゃ……」
相川が苦笑しながらぼやいた。
俺は思わず口を開いたが、俺より先に反応した奴がいた。
「は? 相川さん何言ってるの?」
サラダ子ちゃん――もとい、本名鏡ナギちゃんは鋭い目つきで相川をにらむ。
思わずたじろぐ相川に対し、ナギちゃんはキツい口調で淡々と言葉を続けた。
「スマブラの新作のおかげでいまやWiiはリモコンではなくGCコントローラの方でプレイするのがメジャーになりつつあるわ。GC本体よりコントローラの方が希少価値が高いことだってある。本体はもうオマケに過ぎないといってもいいのよ」
「そ、そうなんだ……」
分かってるじゃねーかナギちゃん。
事の重大さをやっと察知したのか、愚鈍なクラスメイトどもが今になってひそひそと喋りだす。
予備であるバイオレット&クリアはこないだ自宅にて弾がぶっ壊しやがったのでシルバーがいないと俺は何もできない。ハード本体もただの鈍器だ。犯人を殴り倒すのに使おう。
「い、一夏さん! テレサとは誰ですの!?」
チィッ、奴が来た! 視界の端っこから金髪がすっ飛んでくる。
先日の件以来態度をコロッと変えてきたオルコット嬢が来て、俺は否応なしに警戒レベルを引き上げることとなった。
もう一週間近くたつクラス代表決定戦だが、俺の初の公式戦が白星で飾られたと日本はにぎわっている。反対に英国じゃこのオルコット嬢のファン(正確にはサポーターらしいが)がブチギレてたよ。じゃあなんだ、俺が素直に負けときゃ良かったのか。確かに俺もサッカーとかで日本代表が負けたら悔しいが、まさかそういう騒動の渦中になるとは思わなかったぜ。オイこれそのうち毎潮新聞とか読朝新聞とかから取材来るんじゃね?
とまあたわいもない雑談はおいといて、少なくともこのオルコット嬢については限りなく黒に近い黒だ。要するに黒だが。
ここんトコ放課後はほとんどオルコット嬢と戦ったりクラスの人を特別指導したりで忙しい。部屋は姉さんの取り計らいでしっかりと一人部屋が確保されてるからいいんだけどさ。もし女子の同居人とかがいたりしたら鬼みたいに気まずいだろうから助かったぜ。重要な、何かスッゲー俺が役得なフラグがへし折れた気がしないでもないが。
「そ、そういえばさ! クラス代表って代表トーナメントに出るんだろ!? 俺以外ってどんなヤツがいんのかな!」
言葉と同時にアイコンタクトアイコンタクトアイコンタクト。
同じクラスの連中に必死に助けを求める。とにかく話題を広げろと厳命。戸惑いながらも、みんななんだかんだでノッてくれた。
一番手は相川。
「え、えーっとね! 四組は確か日本の代表候補生がいたはずなんだけどなー!」
「それなら私も聞いたー。ここの生徒会長さんの妹なんだなよね?」
谷ポンこと谷本癒子が同調し、各々知っている情報を口に出し始めた。
『専用機持ちはウチのクラスと四組だけなんだよねー』
『でもでも、確か四組のって未完成なんでしょ?』
『じゃあひょっとして専用機持ちなのって、実質織斑君だけー!?』
ホッと息をついた。あっぶねーあのハニトラ女、油断も隙もありゃしねぇ。俺に話しかけようと四苦八苦して、クラスメイトたちの雑談の中で必死に発言の糸口を探してる。
ていうか外見は滅茶苦茶美人なんだよなー……ここまで露骨に好意を示されると正直超嬉しいのだが、立場が立場過ぎてこのハニトラ女マジで止めてほしい。放課後BT兵器を虐殺するたびに驚いたり悲嘆にくれたり表情がめまぐるしく変化してこいつ地味に可愛げあるんだよな。
……もし、もし仮に俺がごく普通の学生で、こいつと偶然会っていたら、きっと惚れていたに違いない。だって金髪好みだし。巨乳も好きだし。AVの中での話だけど。
もっとも今の俺は彼女厳禁触れるなキケンポジションなので死にたくなるほど禁欲である。こんな地雷ですどうぞ踏みつけてくださいと天下の往来で叫んでいるような女にみすみす手を出すほど俺は自分の生涯を捨てようとは思わねぇ。イヤもうホント何のためにここに入学したんでしょうね俺。
「あ、そういえば」
俺の後ろの席のナギちゃんが思い出したように声を上げた。
「二組に専用機持ち、それも中国の代表候補生が来たんだって」
「来たって……転入、ってコトか?」
「うん」
この時期にか。妙な話だな。……イヤ待て。俺がISを動かしたと公表されたのは地味に最近だったな。
UKはオルコット嬢が偶然入学していたが、中国はまだ仕込みが間に合っていなかったのか。つまりこれ俺を狙っての転入? やっべー全然嬉しくない。
「なるほど、俺を狙っての転入ってコトか」
「は?」
しまった口から出た。
怪訝そうな顔をするクラスメイトたちに対し、俺は必殺のニコポスマイルを浮かべる。
「『世界で唯一ISを起動できる男子』が俺みたいなナイスガイだって知らなかったんだろ。こないだのクラス代表決定戦のスクリーンショットがネットで配信されたりしたみたいだし、そこできっと俺に一目惚れしちまったんだよ、その代表候補生は」
茶化しながら冗談の空気に持っていく。場をうまく誤魔化すのに関しては定評があるんだぜ。
「もー織斑君何言ってるのー」
一同苦笑。うまいぐあいに空気がほぐれたな。
俺にとっちゃこいつらのご機嫌取りは日課でもあるし命綱でもある。
誰か一人に肩入れせずに、みんなと平等に時間を過ごすことで敵も作らないし特別な友人も作らない。みんなみんな『トモダチ』と一くくりにしちまえば波風立てずに過ごせる。世界が百人の村だったらと言うが、世界が九十九人の女子と独りの男子だったら全力で女子たちの機嫌を損ねないよう奔走すると思います。
「で、結局代表ってのはその転入生になったのか?」
「ううん。なんか今日の放課後に決めるって」
「どうやって」
「戦うみたいだよ」
ウチのクラスと同じ方式か。イヤ、元々の代表さんは専用機持ちじゃないみたいだし、若干事情が違うか。
何にせよ朝からかなり騒がしい教室である。もし赤の他人がこの中に入ろうとしたら絶対扉の前で固まるだろうなー。
「席についてくださーい。朝講習を始めますよー」
各々が席に戻り始めた。俺も最前列ド真ん中という嫌がらせポジションに着席。
内職も居眠りもできねぇんだがどうすりゃいい? IS関連の知識なら誰にも負けねぇし実機体の運用でも学年トップどころか学園最強だろう。しかし、いかんせん普通の高校の教育がありやがる。
このIS学園はその名の通りISを学ぶための場だ。よって限界まで授業コマ数をIS関連の授業に割り振っている。つまり普通の教育においては毎時間が修羅場。ホント俺なんでこの学園に入ったんでしょうね。
一応知名度だけはあるので就職に役立つといえば役立つ、らしい。資格とかも担任と相談すれば、独自に勉強時間を確保してもらったり教材を選別してもらったりと並みの学校よりケアは行き届いてる。
勝ち組ヒャッハーァ! と叫べばいいのか。就職先の7割程度はIS関連の職らしいが。技術者――開発者や整備士、その中でも機体本体か武器と意外に細かい――になったり操縦者――国家専属のパイロットが一番有名どころで将来安泰。企業のテストパイロットは結構キツいらしいって谷ポンが言ってた。後軍人はヤヴァイほど鍛えているとのこと――としての道もある。
こうしてみると意外とイイね、IS学園。さあ君も始めよう! あれ、なんか違う?
放課後、俺は予定(といってもオルコット嬢やクラスメイトとの訓練だが)をキャンセルして廊下を一人歩いていた。
休み時間は毎回クラスメイトと将棋をしたりチェスをしたりしていたので、無意識のうちに話しかけるなオーラを出していたらしい。対戦相手以外はまったく話しかけてこなかった。まあ横からパシャパシャ写真撮られたりしたっぽいケド。等価交換の法則に則って是非とも彼女たちは自身のヌード写真を(以下検閲により削除
さてさて、二組のクラス代表決定戦か……気になるな。
潜入するにしても俺が行けば間違いなくバレる。女装して裏声を出せばいいか? いや無理があるだろ。
「ねぇ、何か情報集まった……?」
「今の所はまだね」
廊下の角を曲がろうとした瞬間、聞いたことのある声がした。ひそひそ話だ、きっと他人に聞かれたくない話題なんだろう。
というワケで、立ち聞きさせていただく。俺は人の嫌がることを躊躇せずにすることに関しては定評がある。
「尻尾すら掴めないなんて……やっぱりバックボーンが大きいからかしら」
「でも織斑先生が動いてたら、正直手出しできないわよ」
バックボーンが姉さん? えーっと、思い当たるのは……姉さんの家族かな。織斑一夏ってヤツだったと思う。
なんて男だ、こんな廊下の隅ですら話題に上がるなんて。きっと彼女たちは心の底からその男に惚れ込んじまったに違いねぇ。まったく罪作りな男だぜ。
「会長さんと何の縁で知り合ったのか……そこさえ掴めればねー」
「本人にそれとなく話しかけてみるってのは?」
「あのねぇ。入学式で堂々と殺し合いするような仲なのよ? 下手な手を打って怒らせたりしたら、私たちまで危害を加えられるかもしれないわ」
「怖いわよね、男の人って……」
……やっぱり聞き覚えのある声だった。どっちかはウチのクラスだ。
うわー、俺信用ねぇー。
「情報が何か入ったらすぐに教えてちょうだい」
「ええ、そうするわ」
女子の情報網ってホント怖いですね。俺と楯無の関係? あの痴女と俺は知り合いでも何でもねぇっつーの。
ハイ、自分で言っといてムリがありましたね今の。
「チッ、致し方ねえ」
もう十数分後には試合が始まるはずだ。第二アリーナだったかな。
俺は学園の後付装備(イコライザ)保管室に歩き出した。
久々の狙撃銃。ロシア製のIS用スナイパーライフルを借りた俺は、アリーナから2.5キロほど離れた地点でライフルとヘッドセットのみを展開していた。周囲には人影一つない。
ハイパーセンサーの視覚補助だけではもっと近づかなければならないので、教師にバレてしまうかもしれん。基本的に教師のある程度近くでISを展開したら気づかれる。多分何らかの装置でISの展開を察知しているのだろう。
そこで俺は自由に武器のレンタルができる保管室からスナイパーライフルを借りたのだ。ちなみに実弾ではなくエネルギー弾。
返却期限は一週間。借りて三分後には量子変換(インストール)が終わっているのは便利だ。
本来は予約した訓練機に事前に量子変換しといて訓練が終わったら返すものだが、専用機はこの限りじゃねぇ。一週間使いっぱなしにもできる。
何はともあれ、これから試合のようだ。
うつ伏せになり、スコープを覗き込んでハイパーセンサーの補助を受けつつ拡大。
「んーっと、専用機と量産機の戦いみたいだな」
アリーナではすでに二機のISが向かい合っていた。
片や中国製の第三世代機『甲龍』、片や日本製の第二世代機『打鉄』である。
パイロットはそれぞれ中国の代表候補生と一般の生徒のようだ。
勝てるわけねー。
どちらも俺サマからすればカスに等しいが、代表候補生と一般生徒の間には天と地ほどの開きがある。
選ばれるべくして選ばれた、というか。
勇敢な一般生徒には悪いが、無謀な挑戦と言うほかない。勝敗はハッキリしているだろうに。
試合が始まった。
案の定、一方的な試合だ。あの『甲龍』とやらは衝撃砲を装備しているらしい。大気を圧縮して放つあれは砲弾が見えず、厄介な兵器と言われている。『打鉄』は備え付けの物理シールドでなんとか防いでいるが、反撃がまったくできていない。まァこの時期なら、素早く動く相手からの砲撃を防ぎながらじゃライフルなんて撃てないか。時々シールドで防げず直撃してるしな。
「あーあ、かわいそ」
ライフルを量子化した。立ち上がってうんとのびをし、首を鳴らす。
ワンサイドゲームなんざ見てても何も楽しくない。やる分には時間つぶしになるんだが、それを傍観するとなると胸くそ悪い。
ああなんて自分勝手な意見。つか俺もこないだオルコット嬢を叩きのめしたばっかだし、ここんトコ毎日放課後はオルコットつぶしだからな。
この分だと二組の代表は専用機持ちの方で決定か。
…………。
俺とオルコット嬢の時とは、違うな。
ウチのクラスの時は俺もオルコット嬢も専用機持ちだった。ある程度は互いにやるだろう、だが結果的にはやはり代表候補生が勝つだろうと思われていた。
ライフルを再展開。今度は全身に装甲を顕現させた。
胃がムカムカする。勝手に銃が上がり、気づけば俺はスコープ越しにアリーナを眺めていた。
きっと観客は期待しているのだ、代表候補生の圧倒的な勝利を。そちらの方が、専用機持ちがクラス代表の方がいいから。
格上相手に代表の座を譲ろうとしない意地っ張りを、早く引きずり下ろしたいのだ。勝手に保護者ぶって。今まさに敗北しようとする少女を、幼い衝動に突き動かされた被保護者だと、自分たちより判断力に劣る存在だと決めつけて。
笑わせる。
「チクショウが……予定変更だ。行くぞ、『白雪姫』」
トリガー。
放たれた高エネルギー・レーザーが遮断シールドに弾かれる。だが一ミリのズレもなく5発同じポイントに叩き込むと、遮断シールドにわずかながら亀裂が入った。自動修復される前に突破する。
ライフルを量子化して瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動。一気にアリーナへ。加速しながら『白世』を展開、切っ先をアリーナの遮断シールドに向けた。
白い残映を残して、引き絞られた矢のように翔る!
そのまま大剣が破損したシールドに突き刺さり、引き裂き引きちぎり貫き通した。
「なッ……!?」
「待たせたなァ、代表候補サマよお!」
『白世』を片手に持ち替えハンドガンを展開。『甲龍』に突きつけて一般生徒の方を背にかばう。
…………!
突然の乱入者にアリーナが騒然となる中、俺は慄然としていた。
そんな、そんな、まさか、いったい。
何で。
「……い、ちか?」
「お前は――」
高い位置で二つに束ねられた長髪。小柄な体、発育不十分な胸。
まさ、か。
「誰?」
アリーナ中の人間が一斉にずっこけた。
俺の背後の生徒まで器用に空中でコケている。オイ、お前本当は操縦上手いだろ。
「ちょ!? 今明らかにあたしのこと知ってるようなリアクションだったわよね!?」
「知らねえな、お前みたいなちんちくりん」
「ひっど! どう考えても初対面の人間に言う言葉じゃないわよ!」
「あー今初対面って自分から言ったよな。つまり俺とお前は初対面だ」
「うわひッどい理屈!」
勝手にギャーギャー叫ぶ代表候補生を捨て置き、俺は背後にかばった少女に振り向いた。
「大丈夫か?」
「え、ああ、うん」
顔つきや肌の色からして、どうやらアジア系らしい。
俺は『白世』を収納して彼女の肩に手を置く。
「もう一度聞く、『大丈夫』か?」
「え……あ、あああぁぁ」
多大なプレッシャーだったんだろう。俺が言葉をかけてやった瞬間、ドッと涙をあふれさせ始めた。
嗚咽を押し殺して顔を俯かせてしまった。なのでポンポンと頭を撫でてやる。
『そこの生徒ッ! 何をしているのですか!』
「うるせーな水を差しやがって。せっかく一組クラス代表サマが黒の騎士団ごっこをしよーってトコだったのによ」
「黒の、騎士団……?」
二組の担任だろうか、どうやらこの決闘を監視していたらしい教師から怒号が飛んできた。オイオイ、たかが遮断シールドをぶっ壊しただけだろーが。
敵パイロットの疑問に、俺は笑みを持って返す。手を女子の頭から離し振り向き、ハンドガンを量子化。
両手を高く掲げた。アリーナ中の視線が集まってくる。いいね、こういう注目のされ方は嫌いじゃない。疑念と驚愕と、わずかながらな嫌悪が入り混じった視線。唯一好意的な視線は背中からしか来ない。目の前の敵パイロットは、驚きすぎてどうしたらいいか分からないってカンジだ。
「人々よ! 俺を恐れ、求めるがいい! 俺の名は、織斑一夏!! 俺は、武器を持たない全ての者の味方である!」
俺の声がアリーナ中に響く。
「…………この後なんだっけ」
またもや全員ズッコケた。
「ツッコミ所が多すぎんのよアンター!」
「そうカッカすんなって鈴」
「原因がアンタにあることにいい加減気づいてくれないかしら……って、え?」
オイ、ちゃんと俺は自分が原因だって自覚はあるぞ。自覚した上でお前をからかってんだ。
中華人民共和国代表候補生である鈴、凰(ファン)鈴音(リンイン)はISを身にまとったまま間抜け面を晒してくれた。
俺は背後の女子にピットへ戻るよう促した。
「さて、じゃあ続きをやろうぜ」
「ま、待って。一夏、あたしのこと……」
「覚えてるよ。ちゃんと覚えてる」
ニカッと笑いながら『白世』を展開。両手に構え腰を落としスラスターを調節する。
突撃の準備を終えてから、俺は彼女との思い出を語り始めた。
「よく一緒に教室に残ってダベってたよな」
「……うん」
「先生相手にイタズラしたりしたっけ」
「……うん」
「俺の部屋で人生ゲームしたよな」
「……うん」
「つーことで俺の勝ちな」
「うん?」
瞬時加速(イグニッション・ブースト)が炸裂する。
純白の大剣が赤褐色のISアーマーを砕き散らし、エネルギーを大幅に削り取った。反撃どころか反応を返す間すら与えずハンドガンを展開。
抱き締められるほどの密着距離で三連バースト。前回のハンドガンとは違うモデルで、弾の口径は小さくなってるが連射が利くにようなったのさ。
ビーッ、とアリーナにブザーが鳴り響いた。ISのシールドエネルギーがゼロになった合図だ。
イエーイ! 俺勝利! 代表候補生相手に二回も勝つとかやっべくね!?
きっと女子どもはみんな目を潤ませて俺のイケメンフェイスに見惚れているだろうと思い観客席を見れば、なんかしらーっとした視線が突き刺さった。
『普通にセコい……』
『なんていうか、ゲスだよね』
『さすがに引くわ』
あ、あれ? 思ったよりウケがない。評価下がってない? 俺、やってしまった感がするんだが。
エネルギーをゼロにされた鈴も、うがーっと歯をむき出しにしてこちらに食って掛かってきた。
「ちょ、ちょっとあんたいい加減にしなさいよ!? いきなり飛び込んできて何してくれてんのよ!?」
「わ、ワリ……いや俺にも色々あってだな、その」
言い訳は途中で遮られた。
俺が先ほど突破するのに多大な労力を要した遮断シールド。このアリーナではそれが地面を除いてほぼ全方位に張り巡らされている。先ほど俺がぶち破ったのは小さな穴、それこそ俺一人が突破できりゃぁ良かったわけだし、本当に必要最低限の穴を空けた。正確に言えば、それぐらいの穴しか空けられなかった。あまりに強固すぎて、想像以上に小さい穴しか空けることができなかったのだ。
それが。
コピー用紙のように、引きちぎられた。
閃光――爆音――激震――衝撃
「うおおおおあああああああああああああああ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
シールドの天井部分を突き破り、アリーナのど真ん中に極太のレーザービームが放たれた。着弾。轟音とともに砂煙が巻き上げられ、膨大な量のエネルギーが辺りにぶちまけられる。
想像しえなかった事態が、俺と鈴をまとめて吹き飛ばした。マジで洒落にならないんだけどコレ。
『白雪姫』にダメージ。余波だけにしちゃハンパねぇダメージ量だ。現に『甲龍』は具現維持限界(リミット・ダウン)を通り越して強制解除されている。
……!? 強制解除!? マジ!?
「い、いちッッ」
恐怖に顔を引きつらせた鈴が、生身のままアリーナへと投げ出される。ISスーツはせいぜい拳銃ぐらいしか防げない。こんな高さから落ちたら、死ぬ。
彼女が叫ぼうとして詰まらせた言葉は、誰へのものだったのだろうか。何を求めるものだったのだろうか。一体、誰に何を――
俺に助けを求める言葉に決まってんだろうがクソッタレ!!
「りィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんッッッ!!!」
急加速、勢いをつけすぎて鈴の体を吹っ飛ばしてしまわないように加減しながら彼女の落下先に先回りする。『白世』を量子化し、卵を受け止めるようにキャッチ。体勢的にお姫様抱っこになってしまったのは決してワザとじゃない。
良かった、外見的には無傷だ。口をパクパクと開けていたが、そこは代表候補生らしくすぐさま落ち着きを取り戻した。
「い、一夏ッ。あ……あり、がと」
「気にすんなって。それより」
さっき遮断シールドに開いたバカでけぇ穴。そこから、まるで天から舞い降りるように、一つの影が降りてきた。
そのまま真っ直ぐに落ちてきて、アリーナの中央に降り立つ。
「何よ……こいつ」
鈴が俺の腕の中でつぶやいた。正直やーらかい体の感触が伝わってきてうわあああああ
落ち着け。クールになれ一夏。相手は鈴だ、あの鈴だぞ。
小学生ン時からの付き合いで悪友で男勝りでガサツで酢豚ばっかり食わせてくる、あの鈴だ。
ついでに言えば時々すごくしおらしくなったり素直に助けを求めてきたり必死こいて背伸びしたりまた別の時はすげぇ頼りになったりする、あの鈴だ。
…………普通にイイと思います……
ちくしょう……我ながら節操なしにも程がある。
『生徒の皆さんはすぐに避難してください! アリーナにいる二人もピットへ!』
「一夏ッ、ビームが!」
「あ゛あ゛!?」
これ以上こっちを誘惑してくるんじゃねえよクソッタレ! もう俺の白世は限界なんだよ! ISスーツなんて何の防御にもなりゃしねぇ!
半ばヤケになりつつ、俺は鈴に負担をかけないよう機体を加速させる。ある程度のGはISスーツが吸収してくれるが、あまりに急な加速をかけちまうと骨がボキッといっちまう。どんでもねぇネックを抱えちまったぜ。
雨のように降ってくるビームをスレスレで捌き、どうしても避けきれないものは背部ウィングユニット(一応ある程度の対ビームコーティングが施されている)で受けつつ、さっき俺が破った遮断シールドの穴までたどり着いた。
俺が偶然にも遮断シールドをぶち破っといて良かったぜ。人生万事塞翁が馬ってのはよく言ったモンだな、何が何処でどう役立つか分からねえ。結果オーライってことで処分はナシじゃ駄目かな。まァ駄目ですよね。
さっき入った穴からまた出て、観客席に着陸した。遮断シールド越しに俺は敵ISに振り向く。
無骨というか無機質というか、普通にセンスの悪い外見だ。丸太みてーに太い両腕、それでいて細い腰部。黒い全身装甲(フルスキン)。頭部の赤いセンサーアイとか何あれ複眼の真似事?
「あン?」
「へ?」
その趣味の悪ィISが両手をこちらに向けてきた。手のひらにはジェットブースターの噴射口みてぇにどデカイ砲門ががが。光が収束しつつあるそれを向けてくるってことはまさに今撃とうと
「ッッ!!」
「へぶんっ!?」
何をのんきにモノローグやってんの俺ええええええええええええええ!
鈴を小脇に抱え直し横へ飛びのく。もう鈴の体にかかるGとか考慮してらんねぇ!
俺が飛びのくと同時にレーザーがシールドを突き破ってきた。黒い機体が観客席に飛び込んでくる。
他の客は大方避難が済んでる。だが、まだ避難が済んでない奴が俺の腕の中に一人。
どうにか鈴の避難先を探そうとした矢先、敵ISの両肩に光が収束する。そこにも射撃武器があるのか。……いやさっきとは違う。さっきのは一つに圧縮、圧縮、ひたすら一筋のレーザーを叩き込むってカンジだった。今度のは違ぇ。割と光がバラついている。まるで無数の粒を拡散して解き放とうとするかのように――ッ!
『白世』を召還。盾代わりにしてしのごうとする。
光が放たれた。予想通りそれは先ほどとは打って変わって無秩序に乱射されるビームは、俺の大剣こそ突破できないが周りの観客席にダメージを蓄積させていく。飛び散る破片やらが俺や鈴に当たる。
「調子に乗ってんじゃ……ねェッ!」
未だ目立った破損のない『白世』越しにハンドガンを三連バースト、肘や膝など着弾を嫌がるポイントに命中させる。
だが、どういうことだ。まるで動きに乱れがねぇ。着弾を気にしていない? あの全身装甲は予想より堅ぇのか。三連バーストモデルのハンドガンを粒子に還し、入れ替わりに大口径のハンドガンを呼び出す。トリガー。
「い、一夏……」
「クッソ! 何でだ! 射撃がまるで効いちゃいねぇ! どうなってやがる!」
「きゃぁっ!」
俺が反撃にかまかけている間に、相手は手のひらのバカでけぇビーム砲をチャージし終わったらしい。『白世』への負担が一気に重くなる。
仕方がねえ……ッ!
「俺が突っ込む! その間に一気に走れッ!」
「う、うん!」
鈴が走り出す。同時に俺は右手のハンドガンを量子化して『白世』を掴み、剣の腹でビームを受けたまま加速。『白世』に弾かれた粒子が光のシャワーとなって俺の周囲にぶちまけられる。
過負荷に『白雪姫』そのものが音を上げ始める/レッドアラート・ウィンドウがいくつも展開されるが、構わねぇ。俺がここで退いたら、鈴が死ぬ。それは、それだけは看過しちゃなんねぇ。
じりじりと距離を縮めながら左手のハンドガンで左膝を狙い撃つ。かなり不安定な姿勢なのでブレ気味だが、それでも撃つ。関節をいくら撃っても動きが見られねぇってのはおかしな話だ。二重のバリアー防御があるとはいえ、多少の衝撃は通る。それを関節部分に何度も受ければ、並みの人間なら回避したりガードしたりと何らかのアクションを起こすはずだ。
体勢が崩れることを期待して引き金を引き続ける。そのうち装甲に弾かれるだけだった弾丸が食い込むようになり、装甲を削り内部パーツを破損させ、火花が散るようになった。
……!?
どういうことだ!? こいつ、エネルギーバリアーどころか絶対防御も作動してない!?
「『白雪姫(アメイジング・ガール)』ゥッ! あいつの解析をしろ! あれ、ホントにISか!?」
――解析開始……完了。敵機体より、ISコアを感知できません!
冷や汗が頬を伝う。
マジ、かよ。
こいつ、ISじゃねぇ……!
「人は! 人は乗ってるかぁ!?」
――生体反応なし。無人と推定されます!
なら話は早ぇ。ぶっ壊して引きずり出して、一体何なのか調べ上げるまでだ。
左膝への射撃を続行するうちに、ついに弾丸が貫通した。
ガクリ、と敵機体が膝を着く。チャンス到来、今しかねぇ。
瞬時加速を二段掛け。二重瞬時加速(ダブル・イグニッション)で一気にビームを押し返す。
勝負をかけるのは、今!
『白世』を一気に振り上げる。狙い通りならこいつの片腕を一気に切り裂けるはずだ。もう一方は零距離からハンドガンで潰す。後は『白世』の間合いで近接勝負に持ち込めば、勝てる。
だが。躱された。
ッ!? こいつ、俺の攻撃を読んでやがった!?
空振った『白世』の刀身を蹴り上げ、敵機体から痛烈な左ストレート。俺の腹に突き刺さった。内臓まで到達しようとする衝撃はさすがに絶対防御がカットしてくれたが、それでも呼吸が詰まる。両手の武器は手放さない。
すると敵機体は、今度は右アッパーをかましてきやがった。さすがにもう食らいたくねーので上空に退避する。
……! しまった! 俺よりこいつの方が鈴に近ぇ!
焦る俺の表情を見てなのか、敵機体の赤いセンサーアイが蠢いた。そしてヤツが両手を構える。手のひらの砲門の先には――鈴。
あいつ、何コケてんだ。
「てッめぇぇえええええええええええええええ!!」
瞬間的に『白世』を投擲。巨大な刀身は回転することなくダーツの矢のように猛スピードで飛び、鈴の目の前に突き立った。対ビームコーティングがあるとはいえ、『白世』だけじゃいくら何でも心もとねぇ。
大剣に続いて俺も瞬時加速(イグニッション・ブースト)する。
閃光。ジェットノズルみてーな砲門から極太のレーザーが放たれた。『白世』の広い面が真正面から受け止める。
どうして武器を持ってねぇ第三者を攻撃しやがんだチクショウが!
俺の喉から叫び声が途切れる前に、俺は勢いそのままに敵を蹴り飛ばした。観客席をバウンドしながら100メートル近く吹き飛んでいくそいつとは対照的に、俺は鈴の所までかっとんでその場に停止し『白世』を床から引き抜く。鈴を背にかばって油断なく構えた。
「鈴! さっさと避難しろッ!」
「分かってるわよ! クッ、この……」
何もたついたやがんだ……! 中々立ち去らねえ鈴にイライラしながら、ハイパーセンサーの視界を真後ろに向ける。
コケた時に打ったんだろう。鈴の頭からは血が流れていて、足はピクリとも動いていなかった。
「……あ゛?」
「ごめんッ、もうちょっとだけ、待って……足が、足が、私の足が動かないの……!」
敵ISが動き出したと『白雪姫』が教えてくれた。
鈴は動けない。本人はパニクって気づいてないが、多分あれは捻挫してる。いや一番パニクってんのは俺かも。
俺は動けない鈴を背に戦うこととなったのだから。
「撃たせるワケにはいかねぇ……」
相手が完全に体勢を調える前にキメなきゃやべえ。
手のひらのビームは太いが一本な分まだ防げる。だが肩のビーム砲はマズい。あんなガトリングみてーに拡散連射されちまうと防ぎきれねえ。鈴が蜂の巣になっちまう。
だから、撃たせるワケにはいかねぇ。
やられる前にやる――先手必勝!
無人機なら手加減はいらねえ。八つ裂きにしてやる。パワーアシスト最大、思いきり振りかぶって、またもや『白世』を投げる。今度は手裏剣みてーに回転をかけた。
「芸がなくてごめんよォッ!」
地面と水平に回転する刀身を追うように俺も飛ぶ。敵機体はゆっくりと立ち上がった後、左右の手のひらを向けてきた。恐らく一直線上に並んだ『白世』と俺と鈴をまとめてなぎ払う算段なのだろう。
甘えよ。
量子化していたロシア製のスナイパーライフルを召還。先端に取り付けられた銃剣が鈍く光ると同時――俺はそれを回転する『白世』の下に構え、引き金を引いた。狙いは頭部。
迎撃体勢をとっていたヤツがエネルギー弾の速度に反応できるはずもない。俺が放った緑色のレーザーは、趣味の悪ィ赤いセンサーアイをぶち抜いた。
のけぞったそいつに、遅れて『白世』が着弾。丸太みてぇな両手が上下横へキレイに引き裂かれる。勢いを弱めることなく『白世』は胸部にも達し、そのまま敵機体を上下真っ二つに切断しちまった。
血は出なかった。肉片も飛び散らねぇし骨が砕けた音もしねぇ。確定。本当に無人機だ。
「どうだ!」
トドメだこの野郎!
俺も続いて突撃。ハンドガンを右手に展開し首筋に精密な三連バーストを叩き込む。一発目、表面装甲を削り取った。二発目、首の半ばまで到達。三発目、二発目を押し出して貫通。
意思操作により三連バーストを解除してさらに左手に今度は口径の大きめなハンドガンを召還した。二丁の銃をどちらも首筋や頭部に向け乱射する。
「ああ、ああ!! オオオああああああ!!」
破片が撒き散らされケーブルが千切れ飛ぶ。首筋がほとんどえぐれた末に、俺は頭を鷲づかみにし、一気に引きちぎった。
残っていた赤いセンサーアイが点滅し、消えていく。肩より上の部分は地面に落ち、それより下は直立したままだった。頭を投げ捨てて俺も地面に着地した。
「はァツ、はァッ、はァッ、はァッ」
荒く息を吐いた。こんな緊張感あふれる戦いは久々だったぜ。もう誰も庇わずに戦いたいもんだ。
振り向くと、鈴はぽけーっと口を開いてこちらを見ていた。
戦闘の余波であちこちがえぐれた観客席は、見るも無残な光景となっていた。
「あー……勝ったんだよな、俺」
勝利を収めてもボンドガールみてぇにキスをしてくれる美女はいねぇ。いるのは……鈴ぐらい。あ、十分恵まれた環境ですね。
ハンドガンを二丁とも粒子に還す。限界近くに張り詰めた精神を元に戻し、『白世』を拾い上げる。
――警告! 敵機体が
「オラァッ!」
活動を再開しています!
いい加減くたばりやがれこの死にぞこないがァァァァァ!!
『白雪姫』の緊急アラートの途中で、俺は振り向きざまに大剣を振るった。さすが無人機、頭がもげて真っ二つになってもまだ動きますか。
腹部に搭載されている荷電粒子砲を放とうとしたのだろう、だが『白世』の切っ先は寸分の狂いもなくそこを貫いた。
今度こそ、敵の機体は地に伏せた。
あーあ。
死ぬかと思ったぜ。
俺にとって恋愛、というのは非常に大きなウェイトを占めるものだ。何のウェイトかといえば、精神的だとかやる気の源的な意味だとか色々ある。
陵辱や寝取られより純愛系が好きな俺にとってはやはり愛情があるというだけでギシギシアンアンな展開にも差がつく。そして俺は愛情が欲しいタイプだ。
と、いうワケで。
「寝てる間に不意打ちキスとか鈴さん趣味悪いですの」
「キャアアアアアアアアアアアアアアア!」
耳元で叫ぶんじゃねーようっせぇな。
俺が目を開けてゆっくりと起きると、鈴はベッド傍の椅子から部屋の隅まで一瞬でワープしていた。何お前、いつの間にクロックアップを会得したの。やっぱガタックだよな髪型的に考えて。
ちなみになぜ俺が寝ているのかといえば、俺が希望したからだ。未知の敵との戦闘だったので検査が必要と言われたがその前にマジで寝させてほしかった。なんだかんだで昨日は予習終わらせた後もコントローラー探してたからあんま寝てねぇんだよ。
それにしても医務室のベッドやべーなこりゃ。寝心地がハンパない。ガチでここに泊まってもいいかもしれない。そうすりゃ成り行きで保健の先生とあーんなコトやこーんなコトに……なりませんよねハイ。
発想が童貞くさい? 仕方ねーだろ童貞なんだから。
「一夏、起きてたの!?」
「たりめーよ」
んだよそのリアクション、あれか、永久に眠っといた方が良かったか?
「…………落ち着いて、落ち着きなさい鈴」
ダメだ、あいつキョドってやがる。そーゆー時は素数を数えるって神父様から習わなかったのかよ。
だが俺は円周率派だぜ。それなりに暗記してるからな。
「よ、よしっ」
あ?
鈴は何か覚悟を決めたみてーに顔を上げた。やっべえ嫌な予感しかしねぇ。
「お、お邪魔します」
鈴は靴を脱ぐと、俺にまたがってきた。
……!?
何!? えッ!? どういうことなのコレ!?
「あ、あのさあ、一夏」
「な、何だよ」
とりあえずどけよお前。年頃の乙女が男にまたがるとか何それ超卑猥。そんな風に育てた覚えはありません。いやホントにないけど。
「約束……覚えてる?」
「やく、そく?」
「うん。私が国に帰る時にした、約束……」
えーっとアレか、酢豚を毎日作ってくれるって奴か。プロポーズだよなってしばらくテンション上がったあれか。オイ待てマジか、あれひょっとして本気でプロポーズだったの?
いかん、ここで覚えてるとか言ったら100パー告白される。このシチュじゃ断りきれねえよ。
俺は思いのほか流されやすい男なんだ、波乗り野郎とも言うがな。
「さあ……覚えてねぇな」
鈴の目にブワッと涙が浮かぶ。やっべえ罪悪感で破裂しそう。
だがここで甘やかしてはいけない。
俺はオルコット嬢との再三に渡る戦いによって経験したのだ。ハニトラの芽は徹底的に摘まなければならない。鈴から大好きオーラはビンビン来るのだが答えるわけにはいかねぇ。
何せ鈴さん、中国の代表候補生ですからネ!
明らかに俺を狙った転入。
数年前は男勝りだったこいつの急激な変化。
現在進行形で行われる色仕掛け。
こいつ―― ハ ニ ー ト ラ ッ プ ……かもしれない。
確かに、時間をおけば少女は乙女になるのかもしれない。
正直中学ん時からこいつから気をを持たれてるんだろーなーって自覚はあったから、恋が女を変えたというのを信じてみてもいいかもしれない。てか信じてぇ。
だが! だがしかしッ!!
それ以外の理由だったら!?
恋以外の、別の何かが彼女を変えた、いや変えさせたとしたら!?
その何かが政府からの特命だったら!?
俺はまだ人生に棒を振りたくねぇ。人生の伴侶を決めるにゃまだ早ぇーんだよ。
断定はできねぇ。だが信用もできねぇ。
だからこそ俺はこいつら代表候補生から一歩退く。正直こいつらに手を出したらマジで人生終了だと思う。俺の立場的に考えて。
「鈴、とりま下りろ」
「ヤダ」
可愛いじゃねえかクソッタレええええええええええええええええええええええええ!!
ダメだ。涙目はダメだ。普段強気でやかましい奴が急にしおらしくなったらガチでダメだ。
俺はどうやらギャップにヤられやすいらしい。ちょうど今まさにヤられている所である。
「しばらく、こうしていたいな」
「……ったく」
仕方ねー。
特別だ。もう二度とやんねーぞ。こんなのがバレたらオルコット嬢になんて言われるか分かったモンじゃねぇ。
俺は目を閉じた。
まァ鈴のさらさらの髪とか甘ったるい吐息とかぷにぷにの素肌とか温もりとかを感じながら寝れるワケねぇんだがな!!
------------※以下閲覧注意-------------
山田真耶は混乱していた。
今日アリーナに乱入してきた敵機体が、織斑一夏(正確には『白雪姫』)の解析によるとISではないという。そこまではなんとか理解できる。何らかの形でISを真似た機動兵器なのだろう、この世界でISを超える兵器などないのだから。
敵機体の残骸はIS学園専属の解析班が回収した後、学園の地下五十メートルにある特別区画へと運び込まれた。真耶はその解析結果を千冬に伝えようとしていたのだが――その解析結果があまりにも常軌を逸したものだったのだ。
(ISコア『もどき』……スペック上の出力は初期型の第三世代機の四十パーセント程度で、エネルギーバリアーも絶対防御も発動できない欠陥品。ただ、量産用としては向いている、ですか)
一夏の攻撃によって、敵機体はほとんどスクラップの状態だった。そこからこれだけの情報を読み取れたのは僥倖と言うほかない。
だが、ISコアが、未だに6パーセントほどしか解析できていないとされるコアが、何者かによって人為的に造られようとしている。まだ拙く未熟な技術ではあるが、もしコアの完璧なコピーに成功したとしたら、世界のパワーバランスが一気にひっくり返ってしまうだろう。
(とにかく、織斑先生に早く教えないと……)
タブレット型情報端末に指を走らせながら、真耶は千冬の姿を探す。だが、見当たらない。
「おかしいですね……部屋にもいませんでしたし」
彼女の自室は誰もいなかったし、アリーナの監視室は解析班が一夏の戦闘映像や行動ログを繰り返し見ているだけだった。
行くアテもなくふらふら歩いていると、ふと足が止まった。
ロックの解除されたドアがある。普段はレベル6権限を持つ人間――つまり織斑千冬だけだ――しか開けられない部屋が開いていた。つまり、千冬はここにいるということになる。
(か、勝手に入っちゃって……いいのかな?)
逡巡しつつも、自分は千冬に連絡しなければならないという大義名分が真耶を奮い立たせた。やっとのことで一歩を踏み出し、ドアを開けて部屋の中に入る。
部屋はそんなに広くなかった。
そして、織斑一夏がいた。
織斑一夏が、こちらを見ている。あらぬ方を向いた織斑一夏もいた。食事中の織斑一夏、居眠りをする織斑一夏、風呂に入っている織斑一夏机にかじりついている織斑一夏こたつにもぐりこんでいる織斑一夏ゲームに熱中する織斑一夏ケータイをぼうっと眺める織斑一夏ラジコンの操作に四苦八苦する織斑一夏ネットショッピングサイトで服を見定める織斑一夏友人とゲームセンターで盛り上がる織斑一夏知り合いの女子と二人でカフェに座る織斑一夏織斑一夏織斑一夏――――
「――――――――え?」
同じ顔が壁中に張り巡らされている。ごくごく最近のものまで、ありとあらゆる織斑一夏が、そこにはいた。ただ共通しているのは、どこにも小学生ほどや幼稚園児ぐらいの一夏はおらず、中学の時かIS学園に入ってからのものであるということ。
笑顔だったり泣き顔だったり、様々な表情がある。カメラ目線のものや明らかに隠し撮りと思われるアングルのものまで。
気持ち悪い。
真耶はシンプルにそう感じた。そうとしか思えなかった。同じ顔をした人間が何十人もこちらを見ているのが、こんなに生理的嫌悪を催すとは想像だにしなかった、
思わず、一歩下がる。背中が何か柔らかいものにぶつかった。
「まったく、山田先生はなかなか悪い人だな、私が手洗いに立っている間に忍び込むなんて」
「ひッ!!?」
思わず悲鳴を上げそうになった真耶の口を、音もなく部屋に入りドアのロックをかけていた千冬の手が塞ぐ。続けざまに腕も固められ身動きがとれなくなった。
「やれやれ、私も顔見知りに危害は加えたくないんだがな」
「ん゛~ッ! ん゛ん゛ッ!!」
恐怖を顔を歪め、真耶は必死に千冬を振りほどこうとした。だが千冬は決して放さない。すでにその瞳は普段の冷静なものではなく、狂気の光を宿していた。
「ああ、ダメじゃないか私以外がこの部屋に入ってきたら。空気が汚れるだろう? 一夏の写真が傷んだらどうする私物が汚れたらどうする。特にこれだな。一夏がアルバイト代を使って初めて自分で買った私服姿。どうだ私服デビューの中学生としてはかなりのセンスだろう? 思わずメモリーカード2ギガ分写真を撮ってしまった。ああこっちのビーカーは一夏が入った風呂の残り湯だ、日付がラベルしてあるだろう。最近はシャワーだからなかなか回収できないから飲めてないんだ、ああ、早く大浴場が男子に解放されたらな。今は椅子ぐらいしか回収できない。取調室であいつが体育座りをした椅子がこれだ。ん、こっちは一夏が受験生の時の――」
ガタゴト、としばらく部屋からは何かが動く音がした。しかしすぐに止んだ。
そして部屋にゲームキューブのシルバーカラーのコントローラは、
なかった。
セシリアと鈴はサクサク進みましたがなぜかシャルに3話かかります。
恐るべしフランス。