ハニトラの騎士
こんな、夢を見た。
いつかたどり着いた場所。
俺の爪先と天頂を起点に水平線まで伸びる蒼。透明なガラス板に乗せられた俺。
単色なのに不思議と飽きることのない光景、世界と呼ぶにはあまりに狭い、定員一名の箱庭。
砂浜もないので、仕方なしに海面に座り込む。感触はないが、俺が落下し始めるということもなく、逆に浮遊感もない。ただ、俺だけがそこに在った。
やり切ったのだという胸を満たす達成感と、何かを失くしたんだけど何を失くしたのか分からないという致命的な喪失感が俺を板挟みにして苛む。
「おめでとうイチカ、からだのしゅーふくが80パーセント終わったから、そろそろ再起動でき(いしきをとりもどせ)るよ」
薄い胸を張って、いつの間にかいた『黒雷姫(アルティメット・ガール)』が言う。
……なんか俺のことナチュラルにIS扱いしてねぇかお前。
『黒雷姫』はゴシック調の黒いドレスをひらひらさせ、俺の隣に座った。もうちょっとで見えたからもうちょっとひらひらさせてくんない? はいてる? はいてない? シュレディンガー罪深すぎだろ……
「あのひとでもこうはいかなかった、『癒憩昇華』の発現者じゃないのに、あいしょーバッチリ」
俺の肩に頭を乗せてきた。
近い近いいい匂いハニトラ……なわけねーだろ。体の一部にハニトラされるってほんとハニトラの定義壊れる。
つーかあの人って誰?
「『癒憩昇華』は千冬の生への渇望が生み出し、『零楼断夜』はイチカ、あなたの力への渇望が生み出したのですよ」
「……お前」
正面に騎士甲冑の女が滲み出した。
臨海学校の時も見た。マドカちゃん対策してて道場でぶっ倒れた時もその声を聴いた。ゴーレムⅣカスタム連中にぶち殺されかけた時にも、姿を現した。最後の時はボロボロだったけど。
そして、その正体にはある程度の予測がついてる。
「なあ、やっぱお前って、姉さんが使ってた……」
「はい。私の名前は『白騎士(バイオレンス・ガール)』です。コアがリセットされたとはいえ、まだ私という仮想人格が完全に廃滅したわけではありません」
甲冑の女は地面に剣を突き立て、その柄の端に両手を重ねている。
「私は千冬の渇望に応え力を与えました。『癒憩昇華』という絶対的な生を」
「しにたくない、いきたい、いきていたい、いきつづけていたいとチフユはねがった。何百何千のみさいるをおとすなかでそうねがった」
待てよ。
じゃあ俺は。
あの時、福音に殺された時、『みんなを守りたい』と願った時、俺が心の底で渇望していたのは、本当は――自分の生存だったっていうのかよ。
「いいえ」
俺の内心はどうやらダダ漏れらしい、確かにそれっぽい空間だしな。
即座の否定を差し込んで、ゆっくりと『白騎士』は首を振った。
「あなたが渇望したのは『盾としての義務』――いくら焼けようとも叩かれようとも、決して割れず砕けない盾。あなたは生ける壁としての役割を失いたくない、それにしがみついていたいと渇望し、私はそれに応えました」
「……ッ!」
心の底が震える。歓喜の声が頭蓋骨に響く。
「……いちか、おかしいよ。ふつうじゃないよ、そのかつぼうも、それによろこぶのも」
「例えお前が俺でも、『それ』が俺だ。文句あんなら原稿用紙20枚ぐらいに書いて来いよ」
胸を張って言える。傷は全て俺が負う。全員残らず庇う。それが俺の存在意義であり、俺の渇望だ。
「しってるよ。そんなところもだいすき」
「……そうかい」
俺が面食らってしまった。
そんな風に言われるのは、正直予想外だった。
「つまりあれか。『癒憩昇華』は前からコアにあったのを無理矢理引っ張ってきただけで、『零楼断夜』は……」
「『零楼断夜』はあくまで私が『零落白夜』を再現しただけのものです、過度な使用は敗北に直結します。ですが、今のあなたになら、託せる」
そう告げる彼女は、少し悲しそうで。
隣の少女の表情は、うかがい知ることはできなくて。
そんな、夢を見た。
夢が見れるなら俺はまだ人間だとも思った(自分が人間だと再確認するやつが人間なわけないんだけどな)。
「――休校でいいんすか」
『何度も言わせるな、まったく』
生徒会室の電話は古めかしい黒電話で、鳴る時正直ビビっちゃった。
体が体なもんだから椅子に座れず、PICを使って空中で事務作業をしていた俺はビビって文字通り飛び上がった、もとい、数センチ高度が上がった。
昔の戦争では、一度砲弾が撃ち込まれた地点にはもう砲弾が直撃しないっていうジンクスがあったらしい。小説版のファーストガンダムで言ってた。
結構馬鹿にできないもんで、IS学園は先の襲撃以来特にトラブルなく、生徒の大多数を母国に送り返し、残った少数の生徒や教員らで黙々と復旧作業にいそしんでいる。生徒会メンバーとかは全然残ってるし、逆に教師の一部は母国へ引き戻された。
じゃあ、学園以外はどうか。
「戦況を見る感じ、閉校プラス学徒動員ありうるなって思ってたんで」
『阿呆、そんなことをしたらどうなるか分からんのか』
「アンタの首がトぶ」
『……わかってるじゃないか』
電話の相手、陸上自衛隊本土防衛軍皇居安全保護専守護衛隊――通称『安保守護隊』の飯島紗織(いいじまさおり)中尉は嘆息と共にそう返してきた。
『このご時世に赤紙など、国連で袋叩きにされるのは目に見えている』
「それなら赤紙しなくてもいいように圧勝してくれよ、全世界の総戦力を結集させてこのザマなのはおかしいでしょーが」
時刻は深夜11時。生徒会室のテレビは、ニュース番組を映していた。
特集は『対テロ戦争の行方』――そのものずばり、未だなんの声明も発表していない謎のテロ組織と全世界の戦いについてだ。無論、謎のテロ組織とは『亡国機業』に他ならない。
奴らは日本と学園を襲撃した時と同様、なんの前触れもなく、かつ多大な無人機を率いて世界各国の都市に攻撃を繰り返している。
それらの防衛に軍は駆り出され、人が死に、競技IS選手も駆り出され、そして……死んでいる。
人的被害は甚大だ。世界中の軍所属IS乗りの3割が死傷し、モンド・グロッソ出場選手の1割は再起不能となっている。
学園襲撃からわずか一か月。その間に、世界は『亡国機業』というたった一つの組織相手に、泥沼の様相を呈していた。
「向こうは無限に無人機が出てきて、こっちは人材が枯渇寸前だ。もう民間マスコミすら報道してるよ、ISに乗れる人間でまだ戦場に出てないのは学生ぐらいだってな」
『事実だ。だが、我々大人が君たち子供を教導する理由は、決して戦場に出すためではない』
きれいごとだ。学園が勝手なことをすれば即座に制圧する気満々だったくせに何を。
だが……それを言っても何にもならない。俺たちは歯を食いしばって、いつ終わるとも知れない消耗戦を強いられている仲間のはずなんだ。
「連中のファクトリーはまだ見つからないんすか」
『学園の運営についてもあったがその件で連絡させてもらったんだ。君が撃墜した戦略空中空母、『アルカディア』のデータサーバーに残された情報だ』
電話口から聞こえた言葉に、思わず眉を寄せる。
「それ、もう解析結果は提出したはずですが。何の痕跡もなしですよ、乗ってたあいつ……オータムも馬鹿じゃなかった。すべてのデータを抹消してから脱出されました。手掛かりは何一つありません」
アルカディアを建造する上で必要なものは、世界のどこでも手に入るようなものだった。これはゴーレムⅢも同じだ。撃墜した残骸をいくら調べても足がつかない。連中にとっての最大のアドバンテージは、いくらでも湧き出る戦力なわけで、その生産工場は絶対に知られるわけにはいかないのだろう。
『その報告はすでに受けたんだがな。首相官邸から、もう一度データを洗いなおせという指示が出された、といえばどうかな』
「ったく、こっちはこっちで大忙しだってのに」
頭をがしがしと掻いて目をつむる。今現在の作業状態を見れば、到底人材を割く余裕はない。
しかし日本本国からの要請ともなれば無碍にするわけにもいかず……復旧工程を遅らせるしかないだろう。
「分かりました。もう一度やってみますが、そっちから人材を送ったりは?」
『そのあたりは私の管轄ではなく、別に連絡がいくらしい。というよりも、君と直接話すのはおそらくこれが最後だ』
「……どういう意味ですか」
『私は学園への干渉を命ぜられ、それを実行したな』
知っている。全学年タッグマッチトーナメントの時だ。
『あのような任務は我々が行っていたが、今回別の組織に管轄が移った』
「なるほどね。次は勝手に侵入しないことを祈りますよ」
軽口をたたくと、飯島さんは深く息を吸った。
『……気を付けろ』
「はい?」
『更識は、知っているな』
思わず唾をのんだ。
日本の国防を一手に引き受けている女性だ。日本の暗部など、知らないわけがない。
ここで更識の名を出したのは、おそらくあの二人といった個人を指す意味ではない。
「はい。知っています」
『かつて暗部の中で抗争が起きた。更識はその抗争でほかの勢力を駆逐し、暗部を代表する家としての地位を築いたが……今回お前たちへ干渉・交渉してくる連中は、その時に負けた落ち武者の集まりだ』
「……なんか弱そうっすね」
『だからこそ、一発逆転を狙っている。日本でハニートラップ用に一般女性を"つくりかえる"施設を動かしている組織はあそこぐらいだ』
「――――――――――――――――――――――――――――――――――」
『私とて聞いて気分のいい話ではないが、お前は知っておくべきだろうと思い多少調べ…………おい、どうした』
「……………………すんません、最近忙しくて、その、ほら、めまい的なアレが」
『おいおい気を付けろ。まあいい……とにかく気を付けろ。何をしてくるかは分からんぞ。無論私としても、そこそこに"後輩への気配り"はしてやったがな』
「ご忠告どーも」
電話を切る。
抑えていた汗が一気に噴き出す。
それ、は。
その家ってのは、つまり。
いやしかし、楯無の言っていたことが事実化だなんて、でもそれは下僕か調べきっていて、だから事実で。
相川達を俺のもとに派遣したのは日本政府で、その日本政府の指示でハニトラをつくった、彼女たちをそういう風に"つくりかえた"連中がこれから俺たちの監査を担当する。
「……冷静さを保てる自身がねえ」
頭を振って嫌な気分を追い出そうとしたが、当然無理だった。
ちょうどその時、pipipi!と呼び出しのコールを『黒雷姫(アルティメット・ガール)』が鳴らした。
着信元は『眠り姫(スリーピング・ビューティ)』に乗り込んで学園の自動復興を管理していた妹さんだ。
「もしもしひねもす~」
意図的に明るい声を発してみた。全然ダメだった。自分でも嫌になるほど、うろたえて、上ずった声が出た。しっかりしろカス。
だがそんな様子にはさして言及せず、妹さんは冷たく言い放つ。
『――――誰か来た』
「あ? 布仏あたりが夜食でもつくってくれたのか」
『違う……半径500mの海域に複数の反応』
「ッ!!」
椅子を蹴っ飛ばして立ち上がった。
「すぐに避難をッ」
『落ち着いて、一夏……無人機の反応は……ない』
最悪のケースではないということだ。
ほっと息を吐いて……いや、待て。
待て、無人機の反応はないと言ったか。
それはつまり――
「有人機ってことかッ!? ISコアの出どころは!」
『解析できない……ロック、されてるけど……カメラ視認、国籍偽装用に、あちこちの国の装備をしてる……』
「なめやがって……俺が出る。生徒たちを避難させた後、妹さんは自律防衛装備を起動させろ」
『了解、気を付けて』
生徒会室の壁は俺が出入りできるよう、簡易なIS用カタパルトが設置されている。
壁が割れ、外へと続くカタパルトがせり出す。
一気に飛び出すと同時、妹さんから位置座標が送られてきた。
「ッ、進行速度が速すぎる! これはあれか、臨海学校の時ボーデヴィッヒが使ってた!」
『最新鋭の後付装備(イコライザ)、つまり、これってッ』
単なるテロじゃねえ、どっかの国がかかわってる。
……一瞬で、ピンときた。飯島さんには感謝だな。
「――――日本だ!」
『…………ッ!?』
妹さんの驚愕を置き去りにして、俺は漆黒の海を疾走した。
織斑一夏の思考は当たっていた。
だが日本から派遣された、更識でない暗部がどれほど手広くうごめいていたか、までは予想できていなかった。
『亡国機業』のマドカがかつて殲滅した極秘の米軍部隊、そこにはステルス性能を持つISが配備されていた。
そのデータを流用して作られた日本製潜入用IS『影縫(かげぬい)』が、学園内部まですでに侵入していたのは、誰も気づかずとも無理はない。
陽動は成功し、最大の障害物である人類初の亜種進化を遂げた男はもういない。
暗部部隊隊長にとってすべては想定通りに進んでいた。
だ、が。
「よくもまあ、愚弟の隙をついてこそこそとやってくれる」
誰が想定しろと。
「弟の欠点をカバーするのも、姉としては当然か。せっかくだ、あいつにいいところを見せてやるとしよう」
いったい誰が、世界最強(ブリュンヒルデ)を相手取ることを想定しろと――!
「どうした。こちらにISはないぞ。私ではお前は殺せない」
彼女の言うとおりだ。向こうはISでなく、特殊なボディスーツを……ISを模しただけのそれを身にまとっているだけ。持っている太刀も『葵』、いたって平凡な装備だ。
それでは、ISには届かない。ならば勝ち目はある。
だが。
「なぜ、かかってこない」
この女の――世界最強の覇気が、踏み出そうとする足をがんじがらめに縛り付ける。
教師としてではなく、兵士としての殺意が全身を粟立たせる。
「……なぜ、ここにいるのだ」
至極まっとうな疑問だった。彼女は対テロの最有力戦力として、世界中を飛び回っているはずだ。
「ISの修理だ」
回答もまた、至極明瞭だった。
「そ、うか。いや、しかし……なぜ、なぜそれを我々は"知らない"のだ!」
「フン……貴様ら、飯島の後釜だろう? あいつもなかなかエグい仕込みをする」
「――!」
そこですべてに合点がいった。
日本政府の中で自分たちをよく使っている層からの通達は、本国に叛意ありとみなされている学園からの、『アルカディア』データベースの強奪。
無論自分たちは日本のためにすべてをなげうつために存在する部隊であり、いかなる汚名だってかぶる準備ができている。
相手は学生、簡単な陽動を行って計画を瞬時に終わらせよう――そんな、甘い考えだった。
強引な行いは先任者が嫌っているところであり、潜入も彼女は反発していたということ。
自らへの指令は政府の総意ではないということ。
そこに、飯島沙織のつけ入る隙があった。
「ク、ソ――!」
やぶれかぶれ、隊長である彼女は刃を振りかざして千冬に接敵する。
一刀だった。
手に持った刃は砕け、自分の体は廊下を5メートルほど滑り火花を散らし壁に激突した。
いかなる道理でこうなったのかも分からない。
「……だ、が!」
身体を起こす。
膂力の差は絶対的であり、機動力も分がある。ならば、組み付いて首の骨を折ってやればいい。
千冬の瞳は冷たく向けられている。
終わりの時が、近づいている。
「無駄だ」
「何をッ」
「私の弟は、ここぞという時だけはしっかりと決める……いい男だからな」
それは。
姉が弟のことを語っているというのに
それはまるで。
恋する乙女のような、表情だった。
「――――――ッッたく、ホントあんたっていい女だよなァッ!!」
壁が叩き破られ、""漆黒""が雪崩と化して『影縫』を飲み込んだ。
「そこから出てくるのは、無論世界唯一のハイパーイケメンたる俺、織斑一夏!」
姉さんと『影縫』の間に割って入りながらポーズをきめたが、姉さんはまるで頬を赤らめもしなかった。
あれ、おかしいな。これ姉さんが俺に惚れる展開のはずなんだけど。
「自分で言うやつがいるか馬鹿者。やや遅刻だ」
「へいへーい」
陽動部隊を撃滅している間に妹さんが姉さん(これややこしいな)の状況を教えてくれた。
姉さんなら終始優勢のまま永遠に足止めできるだろうが、いかんせんアレだ、それを放置したままってのは男が廃る。
「たい、ちょお……!」
「お、お前らなぜッ!」
いやまあこいつら全滅させてからじゃ遅いし、ワイヤーで全員ひっ捕まえてここまで引きずってきたんですけどね。そのせいで廊下はISも生身の兵士もごちゃまぜだ。
輸送ヘリまで一緒にしちゃったから、地上は大炎上だけど。
『……一夏』
「はい」
『君は、学園を、守る立場、だよね?』
「……はい」
首元に現れたフェアリー妹さんは、完全にブチギレていらっしゃった。
施設を使って鎮火してくれているらしく、感謝感激です、本当にごめんなさい……
『……とにかくそっちに、送るから』
「は、何をだよ。ラブレターか」
『違う、そういうのは、ちゃんと言う派。そうじゃなくて……織斑先生の、新しい、刀』
瞬間、姉さんの体を光の粒子が包む。
「……コアはずっと持ってたのか」
「ああ。装甲のオーバーホールと、新しい刀を要請していただけだったからな」
『博士、ぐっすり寝てます』
束さんプログラムだよね? なんで過労みたいになってんの?
展開されたISは『暮桜』をより鋭角化したデザインの第3世代IS、『奇稲田姫(カタストロフ・ガール)』だ。名前不穏スギィ!
全身を覆う装甲は桜色、一対のウィングスラスターが上下に揺れる。
そして何よりも、その手に持った一振りの大太刀。
銘は――使い手からもじって『雪片千型』。
「――私は、永遠の冬だ」
一刀、だった。
一閃、だった。
いつか見た果て無き憧憬。俺の魂の奥の奥まで切り裂いてみせたそのカタナ。
どんな力で振るわれたのか、どんな技術で貫いたのか、すべてがデータ化され俺の頭脳に流し込まれる――が、その""不純物""を強制遮断。
野暮な事してんじゃねーよ相棒。
『中断:織斑千冬の解析』
「一夏、お前は、私の名前をどう思う?」
俺の指示に『黒雷姫』が素直に応じたのと入れ替わりに、姉さんが『雪片千型』を納刀しながらこちらに問うた。
敵兵が血みどろでうつぶせのまま呻き、その奥で膝を震わせながら敵ISが立ち上がる地獄絵図を作り上げながら、なんでもないことであるかのようにそう問うた。
やっぱ姉さんって最高にクレイジーだぜ……俺の姉がこんなに返り血が似合うわけがない。そう信じたい……信じたかった。これはこれでエロい。
「最高に千人斬りって感じだと思う」
「馬鹿者が」
ため息つかれた。悲しい。
「私は、永遠の冬だ」
繰り返される言葉。
言い聞かせるかのようなその言葉。
「他者を凍てつかせ、認めないものすべてを排除する、極絶した真白だ」
どうやら状況を理解したらしく、敵兵はここが死地とばかりに絶叫しながら飛び込んできた。
「だが私の吹雪に耐える奴がいた。いきなりそいつは、他者から家族へとジョブチェンジして私の懐に転がり込んできた」
ISをダウンさせて乗り込んでいた奴の胸を貫く。
生身の兵士は雑になぎはらって破裂させる。
「一人で良かったんだ。私は全てを凍らせる絶界なのだから。だが――」
「なら一人でいろよ」
背後の兵の頭をガトリングの連射で弾き飛ばしながら、俺はそう返した。
姉さんの剣戟も、俺の銃撃も止まない。騒々しい戦の音。でも、言葉は届く。
「勘違いしてんなよ姉さん。俺がそんな、『一人じゃかわいそうだから傍にいる』なんざ傲慢な理由で姉さんの隣にいるわけねえだろ」
床に突き立てた『黒世』からBT兵器を分離させ、射出。この狭い廊下で避けられるはずもなく、敵が次々と串刺しになりそのまま壁に縫い止められる。気分はダーツ。ハットトリックもらった、カウントアップは完璧だぜ! ……次はクリケットにでも挑戦するか。
「永遠だから可哀想? 冬だから誰も近づけない? ――ハッ、違ぇよ全然違ぇ!」
だって。
「俺が在るッ!」
姉さんが無言で抜刀、潜入部隊隊員の首が飛ぶ。
「姉さんの隣に俺が在る! 俺が姉さんを終わらせて、姉さんが俺を終わらせる。そして俺が姉さんを始まらせて、姉さんは俺を始まらせる――そういうもんだろ、町内で有名だった仲良しこよしの織斑姉弟ってのは! それとも俺の勘違いかァ!? いや勘違いだったら結構真面目に悲しいなこれ……」
「威勢よく口説くなら、最後までしっかりやらんか馬鹿者」
別に口説いてないんですがそれは……
「まあいい。少しは男らしいところでも見せるんだな」
そう言いながら姉さんが『影縫』と相対する。
大物はしっかり持っていく気満々じゃねえか。
その一方で、俺は雑兵どもと向かい合う。とはいえISもいる。
彼女たちはそれぞれの武器を構え、しっかり俺に向けてきた。
戦意は衰えていない、いいことだ。
「ふざけるなよ、化け物め……!」
「貴様の越権行為を見逃せるものか! 日ノ本の国は、私たちが守る!」
……へえ、戦意だけじゃねえな。しっかりとした志があるってわけだ。
「ほらどうした? 国を救うんだろ? 守りたいものを守るんだろ? 英雄なんだろ? 救世主なんだろ? 主人公なんだろ?」
なら、何も恐れることはあるまい。
ここに立つ俺は、主人公(ばかなおとこ)の成れの果てだ。出来損ないの不良品を相手になぜ怯える?
「かかって来い、主人公に成り損なった先達として、テメェらに在り方ってもんを刻み込んでやる」
墓標のようにあちこちに突き立てられた対IS近接ブレード。先に死に絶えた夢の守り手。英雄願望に殉じた俺の後輩共。
つまり今テメェらが持ってる得物が砕けようが、まだ戦えるわけだ。仲間の意思を受け継いで戦うなんて――素晴らしい主人公ぶりじゃねぇか!
「どうした? 早く立て、こんなんで倒れてたらお前らはいつまで立っても敵役(おれ)には勝てねえ。ほら立てよ、立て、立てッ! 英雄を気取るんなら、主役を張るんなら、腕が千切れようが足が吹っ飛ぼうが戦えッ! それがテメェらの求める理想で、行きつかなきゃならない到達点だろうが!!」
守りたいものがあって来たんだろう? 俺と姉さんがそのために邪魔なんだろう?
「敵(おれ)は此処だ! 敵(おれ)と戦え! 殺せ! 剣を突き立てろ! 返り血を浴びろ! 邪悪な存在を滅せ! 自分の正義を貫け!」
俺の周囲に散らばった敵の死体。それらはすでに主体を失った哀れな肉塊。誰にも所有されていないただのオブジェクト。
自分のもの、あるいは託されたものなら自在に量子化できる。では他人のものは――答えは否だった。
こないだ実はナックルパンチを叩きこんだついでにゴーレムⅤ、ブリュンヒルデそのものを量子化できやしないかと試みたが、さすがに弾かれた。きっと生きている人間相手も無理だろう。
だが今俺の視界に映る"これら"ならば。
解析が完了した。内部構造も、位置座標も、すべてを掌握した。
すべてを掌握し、それを誰も所有していないということは、すれは即ち――これらを俺のものにしても何の問題もないということである。
だからこそ、所有権を拡大する。
""量子化(そんげんをうばい)""――続けざまに""再構成(そんざいをふみにじる)""。
死体が一瞬で光の粒になり、瞬きする間もなく現在俺の周囲を浮遊するBT兵器の仲間入りを果たす。死者をこき使うようで悪いが、この世にエインヘリヤルはいない。銃口が揃う。呆然としていた敵の生き残りたちの顔色が一変する。
泡を食って女たちは反転して逃げ出した。
それがたまらなく気に入らない――間抜けが。
「――こんなことすらできねえ奴が、俺の前に立つんじゃねェッ!!」
一斉掃射(フルトリガー)。
虐殺は滞りなく完了した。
後で見たが『影縫』はフルパワー『零落白夜』でパイロットごと真っ二つにされていた。怖すぎる。
『うーんよく寝た!』
「じゃあ復旧作業よろしくお願いします」
『鬼かな?』
目の前をふよふよしてるサイバーエルフ束さんがうなだれる。
『あーでもヘリの残骸は君がきちんと片付けてね? 結構今回のこと、残ってる子がショック受けてるんだから』
「はいはい」
教師も生徒も、まさか日本政府からここまで露骨なことをされると思ってはいなかったらしい。俺だってそうだ。
今回の件は政府へ厳重に抗議させてもらう。まあ飯島さんの言い方的に、政府ってよりは一部の層が先走った感が否めないが。
「だが、いい剣をつくってくれたな」
校舎屋上で、俺と姉さんは缶コーヒー片手に朝焼けを見つめている。
そう、新たな姉さんの力。束さんが全身全霊で鍛え上げたその刀。
「『白騎士(バイオレンス・ガール)』以来の高揚感だった。名前も素晴らしい」
『もっちろんだよ、当たり前じゃん! まああのころより技術もネーミングセンスも進歩したからね!』
ほう、白騎士の武装ってどんな名前だったのか気になるな。
姉さんに問うと、顎に指をあててしばらく考えた後、姉さんは装備名を告げた。
「大剣が『マイティストーム』で、荷電粒子砲が『スーパーストリーム』だったか」
「メタは逃げですよ束さん」
『正直申し訳なかったと思っているよ』
フェアリー束さんはしょぼーんとした。
うんやっぱ一期は神だったわ。唯一の欠点は原作がクソなとこぐらい。
二期? あーうん……コメントに困るというか……ね?(曖昧)
「じゃあ俺の新しい大剣は安直に『黒世』とかにせず、『ビューティフルスカイ』とかでも実は良かったんじゃ」
「語感が悪い」
『剣を振り回してそよ風でも起こすのかな?』
『断言:やっぱ二期ってクソだわ』
相棒が最高に俺の言いたいことを言ってくれた。でもその口調は完全に頭悪そうに見えちゃうからやめような。てことは逆説的に、うわっ、普段の俺の口調、頭悪すぎ……?
「……受け取るものは受け取った。そろそろ私は行くとしよう」
姉さんはこの場で即座に『奇稲田姫』を展開した。直に飛び去って行くのだろう。
彼女の居場所は、今や戦場に他ならない。
彼女だけじゃない。俺の知る人だって戦場で戦っている。アメリカ代表とかな。
そして――このままいけば、母国にいる代表候補生たちも、きっと。
「……お前は待っていろ」
「でも」
「あいつらが出る前に、私が終わらせる」
その言葉は、明らかな強がりだった。
開戦から一か月、いまだに戦況を打開する手がかりすらない。
「分かってるさ。俺は学園を守るよ」
「頼んだぞ」
姉さんはそれきり俺に背を向け。
「この戦争が終わったら――」
「いやちょ待て待てそれヤバいやつ」
「法律を変えて結婚しよう」
そう告げて、飛び去って行った。
「………………………………」
ずいぶんとまあ死亡フラグ立てるのと引き換えに放つギャグにしてはセンスがねえな。
『……ちーちゃん、行っちゃったね』
「すんません、あの発言なかったことにしてシリアス顔すんのやめてくれません?」
俺は頭を抱えてうめいた。
え、あれ、今の、何、冗談、だよな……??