この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

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シン・ハニトラのためなら俺は…ッ!!

 

 

「ハァッ、もうすぐ、ハァッ、もうすぐ、だからねッ!」

 

簪を乗せた車椅子を押しながら、布仏本音は全力で駆ける。

通信先で指示を飛ばしていた織斑一夏は完全に沈黙しており、事態の切迫さは若干十数年の彼女の人生の中で群を抜いている。

角を曲がる前に減速、監視カメラの映像をキャプチャしようと試みる。が、通信が妨害されておりかなわない。仕方なしに本音は車椅子を一旦停止。角から顔を覗かせる――生徒の死体は散乱していないようだ。先ほどまで屍の海を渡ってきただけに、それだけでほっとする。視界の閉じられた簪も、本音の嘔吐する音とむせ返るような血の匂いに現状をある程度は把握しているようだが。

 

「大丈夫、かんちゃん、すぐシェルターに着くからね」

 

まるで自分にも言い聞かせるように、彼女はそう呟いた。

T字に分かれる廊下を右に曲がって疾走。あと2つほど曲がればシェルターの入り口なのだが――本音は不意に足を止めた。

不自然に開かれたドア。機密レベル6の扉。学園の構造をある程度頭に叩き込んでいるからこそ、この扉が寄りにも寄って非常時に開かれっぱなしになっていることの異常さが本音には分かる。

 

(火事場泥棒が学園にいるとは思えないけどー……いや内通者の可能性も、……ッ!?)

 

そしてその扉の奥から、わずかに女性の声が聞こえてきた。

助けを懇願する声が、漏れ出ていた。

 

「本音!」

 

鋭い声。それに耳を突かれ、衝動的に本音は車椅子ごとその扉の中に体を躍らせていた。

軽率な行動に、自分を戒める声が胸中に響く。しかしすでに行動してしまったのだ。何より、救いを求める人を見捨てるなどという行動を、自分の親友である更識簪が許すはずもないのだ。

 

「どこに……いますか?」

 

簪が暗闇の向こう側へと声を飛ばす。

確か本音の記憶が確かなら、この部屋が機密レベル6に登録されている理由は――織斑千冬レベルの特権を持つ者が単独で学園地下の機密スペースへ降りるための施設だからだ。

さすがに地下の構造までは把握していない。本音の脳裏を引き返す選択肢がよぎる。

 

『……こっち……こっちに……』

「ッ! あっち!」

 

確かに声が聞こえた。本音は同意を示す前に突き進む。車椅子の車輪が回る音。

声に誘われるまま踏み込めば、不意に、本音の背後で駆動音がした。

 

「え……罠……!?」

 

フラッシュライトを携行していない浅慮な自分を思わず殴りつけそうになった。

簪を置いて単独で脱出するわけにもいかず、本音は閉じられそうになる扉に足を挟んだ。ガツンと硬い音が響いてちょっと涙がにじみ出る。

 

『……大丈夫だから……』

 

はっきりと聞こえる声。

 

(えぇっと……後ろで閉まろうとしてるドア、自動だし、この部屋も狭いし……これって、エレベーター? なのかなぁ……?)

「本音……足、どけて」

「えっ?」

 

言われるがままに足を引いてしまえば、扉が閉まる。

 

「……かんちゃん、良かったの?」

 

駆動音が響く。エレベーターが地下へ疾走する。

暗がりの中でも、簪の首が縦に振られるのが見えた。

 

長く長く、エレベーターは進んでいく。

深く深く、エレベーターは潜っていく。

 

外では級友たちが戦っているというのに、自分は何をしているのか。知らず知らずの間に、本音の心に焦りが浮かぶ。

自信もISの操縦についてはそれなりの自信がある。暗部として伊達に鍛えてきたわけではないのだ。もっともその技量は伏せておいてこそ意味があるので、今まで披露する機会はなかったが。

一組のクラスメイト達――相川清香を筆頭として、本音からすればあくまで""警戒対象""でしかなかった彼女達が、今や""護衛対象""の織斑一夏を守る盾となっている。

 

簪にとっては良くても本音にとっては良くない――のだが、もはやエレベーターが動き出してしまった以上は思考を転換するしかない。

そもそも一般生徒が避難しているシェルターも、結局は機密レベル6と同じく学園の地下に埋められているのだ。逆にこのエレベーターの行きつく先が安全が確保されれば、簪を安置していったほうがいいかもしれない。

 

エレベーターが止まる。

意を決して本音は部屋の中に滑り込んだ。部屋は極めて明るく、ポップアップされた無数の投影ウィンドウが蠢いている。

映されているのは、リアルタイムの学園各所。先ほど本音がキャプチャし損ねた監視カメラの映像すらもが、しっかりと記録されていた。

 

「こ、これって……!?」

 

噂程度にしか聞いたことのなかった、日本政府もその存在を探しているという幻の施設。

そこはIS学園のデータ集積センター。そして学園という島そのものを管理する巨大なシステムの中枢。

別名――パノプティコン。

 

『来てくれたんだね』

 

ホログラムが浮かび上がり、本音は瞠目した。声を聴いただけの簪も驚愕に肩をはねさせている。

 

「篠ノ之、博士……!?」

『ノンノン。私は篠ノ之束の……残骸モドキ、だよ』

 

語尾にハートマークが付きそうな軽い語調で、その幻影は片目をパチリと閉じた。

 

「ここはあの、存在しないって言われてる……」

『そそ。まだ生きてる時の私が作ったんだよー』

「あなたが!? それに、生きてる時って」

『んー、ここに保存された私の人格プログラムって、本体が死なないと起動しないからさー』

 

なんの気負った様子もなしに告げられた言葉に、布仏は絶句した。

篠ノ之博士が死んだ? 冗談じゃない。国際問題を飛び越えて全世界が震えることになる。

 

『そこでね、お願いなんだけど。……車いすに座ってる、君に頼みがあるんだ』

「ぇ……」

 

指名されて、簪は戸惑いの声を漏らした。

 

「あの、かんちゃんは避難を」

『だいじょーぶだいじょーぶ! 君が普段やってることとさして変わらないし! ていうかここ、そこらへんの核シェルターより安全だよ? 何せ政府にばれないよう私が造り上げたわけだし!』

「説得力抜群だ……」

 

咳払い一つを置いて、ホログラムの束は部屋中央に鎮座する椅子を指さした。

 

『これ、存在しない(ロストナンバー)IS。『眠り姫(スリーピング・ビューティ)』って名前』

「は」

 

布仏が目を白黒させているうちに、説明は続いていく。

 

『これは一切の戦闘力を持たない、コアの演算機能をすべて緊急時の学園防衛運用へ回したIS。本当は私が使うつもりだったんだけどね……私死んじゃったから。だから、君にお願いしたいんだ』

「やります」

 

即答だった。

 

「かんちゃん……」

「大丈夫。さあ、運んで」

 

心配を丸ごとねじ伏せるように言われては、何も言い返せない。

布仏は簪を車いすから抱き上げた。

華奢な体だった。あるべきものが欠損した身体だった。それでも強い意志を秘めた人だった。

 

椅子に腰かけて、簪が息を吐く。

 

『じゃあ接続するよ……』

 

瞳が閉じられた。

瞬間、だった。

 

『――ぁ』

 

突然布仏の眼前に、光の粒子が結集し――ISが武器を展開するようにして、手のひらサイズの簪が模られた。

 

「か、かんちゃんッ!?」

『……サイバーエルフみたい。あと、久しぶりに、顔が、見える』

 

その言葉だけで思わず泣きそうになる。だが、今はそんな時間はない。

 

『……私、やるよ』

「…………うん」

『やること、あるんだよ、ね』

「……うん」

 

力強く頷いてから、布仏は踵を返しエスカレーターに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

鈴の援護は望めない。ラウラは単身『双天月牙』を振り回しノルンを追う。

 

(絶対防御のない戦闘に、不本意ながら慣れてしまった)

 

命を削りあう戦場の身を置くのは、むしろ彼女の本分だ。

故に彼女の思考は緻密で、冷静で、何よりも怒りに燃え盛っていた。

 

「鈴に、手を出したな」

 

追われる側のノルンは槍を突き出す。それをAAICで逸らしてカウンターに前蹴りを叩き込む。

 

「命を懸けることを本分としない、私の学び舎での友に手を出したな」

 

それはゴーレムⅢカスタムからすれば、お門違いも甚だしい怒りだっただろう。

IS学園の生徒であったことが悪い。

虐殺の場に居合わせたことが悪い。

殺されるために理由が必要なことなど、あるはずもない――

 

「死ね」

 

故にこの戦いは、絶対に和解などありえない、論理性など皆無の戦いだった。

ノルンはとにかく生徒を殺す。

ラウラは友に手を出した相手を殺す。

 

槍が少女の貌へ迫る。

それを完璧に読み切って、最大出力のAAICが左右から穂先を挟んだ。

 

ギシリ、と刺突が止められるが――意にも介さずノルンの複眼が輝く。槍の先端が割れ銃口が顔を出した。

超至近距離に、死をもたらす真っ黒な空洞を突き付けられ。

 

「そのままぶちかましなさい、ラウラぁッ!」

 

――背後の友の叫びに、一瞬の躊躇もなく攻撃を選択した。

ラウラの頬をわずかにすれて、不可視の衝撃弾が銃口を弾き飛ばす。ズレて放たれた弾丸が自身のレールカンを粉砕する様子など見向きもしない。

 

拳を握り、腰を捩じり、AAICを作動させる。

一歩踏み込んだこの距離は刃の範囲ではない。ああ、それはまさに――拳の範囲!

 

「ハアアアアァアアアァアァァァア!!」

 

AAICにより発生する力場を、その拳に巻き付ける。

槍を構えていた腕の下をくぐるようにしてさらに踏み込み、圧縮し、溜め、

 

放つ。

 

激突音。一切のロスなく叩き込まれたエネルギーがノルンの装甲を貫いた。

そして一拍遅れてから、その巨体が弾き飛ばされる。廊下を十数メートル滑ったあと、放たれた拡散型衝撃砲を全身に浴びて沈黙する。

拳を振りぬいた姿勢のまま、ラウラは深く深く息を吐いた。

 

「無事なら、先に言わんか」

「うっさいわね、マジでさっきまで意識トんでたのよ」

 

身体は地面に倒れたまま。非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のみ稼働させての援護射撃。

『甲龍』による止血処置を受け、ギリギリ死なずにすんでいる、というだけ。

保健室に行けば多少の処置はできる。この状態では、シェルターに運び込むよりラウラが治療したほうが早い。

 

「なら安心しろ。しばらく寝ていいぞ」

「……ん、あり、がと」

 

瞳が閉じられる。脈も呼吸も弱い。

ラウラは彼女の身体を抱えて、廊下を滑り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――」

 

何が起きたのか、箒は一瞬分からなかった。

自分の首を断とうと振るわれた剣が消えた。否、『ノルン』が全身から火花を散らせつつ引き下がった。

 

頭を振って焦点を合わせる。そして絶句した。

 

無人機の左手が放った鋭い抜き手が、無人機自身の胸を貫いていた。

 

『……!?』

「な、に……?」

 

黒いボディの上を罅が伝う。

状況を理解するより先に体が動いた。

 

「『人魚姫(ストレンジ・ガール)』ッ!」

 

光が全身を包む。単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)――『絢爛舞踏』。

非戦闘用エネルギーすら戦闘用に転換し各武装に注ぎ込む。今回であれば、全身の展開装甲。

 

「前面展開装甲全開放(フルバースト)ッ!!」

 

主にブースターやスラスターとして使われてきた展開装甲から、攻性エネルギーが刃をかたどって放たれた。

廊下を塞ぐほどの刃の壁。しかしノルンは右手に握った太刀でその悉くを切り払う。

 

並行して箒は背中の展開装甲を一部解き放った。

複数のスラスターを用いた多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)で一気に突撃。途中で床に立った『空裂』を引き抜きノルンとの距離をゼロにし、そのまま通り過ぎる。

 

攻性エネルギーの迎撃と箒自身の迎撃――ノルンは瞬時に後者を選び取った。

 

『……!』

「――ッ!」

 

交錯は一瞬。

箒の体は十メートルほどオーバーランした後に廊下を削りながら停止。

互いに背を向けあったまま、静謐が空間を満たす。

 

彼女が気に入っていた黒い長髪が、肩口からバッサリと切り落とされた。

結んでいた紐が床にひらりと舞う。首から一筋の血の河が流れる。

 

そして対する黒い無人機は、その全身に攻性エネルギーの直撃を受けて膝を着いた。胸部には左手が突き立てられたまま、重ねて箒の斬撃も加わり、あちこちがスパークしている。

 

(首の皮……一枚……助かった、な……)

 

荒く息を吐きながら箒は無人機に向き直る。

どうしても不可解なことがあった。

 

「……何故……自滅するようなことを……したんだ」

 

片目を血で潰し、片腕片足が使い物にならない状態で、それでも箒はそれが聞きたかった。

何故唐突に自傷したのか。自身の左手を胸に突き立てたまま戦うなど、誰がどう見ても異常な光景だ。

 

(まさか、ハンデのつもりだったのか……?)

 

 

ノルンはしばらく、そのバイザー型の赤いラインアイを明滅させていた。

 

 

不意にその光が色を変える。

 

 

赤が反転し――――青色に輝き出す。

 

 

「なッ、まだ……ッ!?」

 

動けなくなっていたはずの無人機が、刀を掴んで立ち上がった。

胸から左手を抜く。腰部に備えられた装甲がスライド、新たな太刀が飛び出した。それを左手で掴み取る。

双剣が照明に照り返す。

 

篠ノ之流の、あるべき姿。

 

(こいつ、まだ動けるのか!? あれだけ攻撃したのにまだ……こっちはどうだ、私はあとどれくらい動けるんだ?)

 

箒の意志を汲んだのか、『人魚姫』が彼女の身体のスキャン情報をウィンドウに投影する。

――思わず笑ってしまうような、悲惨で凄惨な状態。動いていること、体がバラバラになっていないことが奇跡だった。

 

「……ははは。そうか、ふむ、なるほどなるほど……」

 

諦めることが利口であるのは、一目瞭然。だがそれは彼女の魂が許さない。

ならば狙うは状況の打破。

エネルギーはワン・オフ・アビリティの恩恵により潤沢にある。限界を迎えているのは自分の躯のみ。

闘争に猛る『人魚姫』のスラスターが獣の顎のようにぱっくりと開かれる。

 

「ああいいだろう」

 

覚悟を決めた。

片手で『空裂』を青眼に構える。

 

「私は今生きている。奇跡的に生きている。死んだように生きてもいないし、復讐のための安売りでもない――あいつと明日(みらい)を共にするために、今日(いま)を生きている。まだ、私は生きている。生きているんだ。だからッ」

 

スラスター出力全開、展開装甲稼働。

その双眸が闘志に燃え盛り赤く閃く――そして残されたのは、ヴンッという風切り音。

 

「貴様を倒し、私は生きるッ!!」

 

超間加速(オーバー・イグニッション)――移動という概念を超えて、ただ跳躍の結果だけが残される、人逸の境地。

だが死角からの斬撃を、ノルンは超絶の反応で防いでみせた――否、人間にはできないことでも、360度視界の全方位を注意深く観察することなど、高性能AIならばやってのけるのかもしれない。

 

激突する『空裂』と黒太刀。

無人機のカウンターが、箒の弐ノ太刀が炸裂する前に。

 

インパクトに耐えきれなかった『空裂』が、真ん中から小枝のように折れた。

 

「ぁ」

 

世界がスローになる。体感時間が引き伸ばされ、刹那が永遠と化す。

互いに予期せぬ事態が体勢が崩れている――が、ノルンは転がり込んだ好機に目を光らせ飛びつき、箒は最後の得物を失った。

 

(ぅ、あ、やられッ、やられて――)

 

それは雄叫びだった。

 

「やられて――――――たまるかァッ!!」

 

ガシュ! と背部展開装甲がスライド。攻性エネルギーをばらまきながら、実体装甲部が細く鋭く変形する。

状況に合わせて用途を自在に変えられるのが展開装甲であり、それ自体が武装になるのは何ら不思議なことではない。

『空裂』の柄を放り出し、急造の紅い太刀を背から抜き放つ。

収束したエネルギーが刃を覆い、薄く赤く発光する。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

流派も何もない、ただ我武者羅に振るった一刀。

正面から激突した互いの弐ノ太刀は、再び箒の得物が打ち砕かれるという結果に終わった。

 

「まだァッ!!」

 

ならばと次は脚部装甲を転換、引き抜くと共に抜刀術の要領で切り上げ。しかしそれすらノルンは左の太刀でそらしてみせる。

篠ノ之流だからこそできる、如何なる手数へも対応できる瞬発力。センサーアイが蠢く。

 

(まだッ! まだまだッ!)

 

腕部を転換した刃を横に一閃。砕かれる。

胸部装甲から生成した刀を一突き。かわされ、両断される。

頭部ブレードアンテナから再構成したナイフを持って潜りこむ。捻り潰され、腹に膝蹴りを見舞われる。

 

血の花を廊下に咲かせながら転がる。だがすぐに立ち上がり、手当たり次第に装甲を武装に変えていった。

 

(負けない! 絶対に負けない! こんなところで私は、私は――)

 

崩し得ない二刀の壁。そこに悠然と立ち向かい、箒は血の混ざった雄叫びを上げる。

 

「そう、だッ……私は、生きたい! まだ私は死んでなんかいない! だから生きるッ! 生きて生きて生きてみせるッ!!」

 

だが――有効打は一つもないまま、ついにその身体にはISスーツのみが残ることとなった。

 

すべての装甲を使い尽くし、箒の身にまとうISアーマーは消え去った。

体も頭も働かない。PICを制御できず床に落下し、膝をつく。

 

『ノルン』が、迫る。

 

とどめを刺さんと、その太刀を振り上げる。

 

「……そう、か」

 

床を見据えながら、差した影を見て箒は不意に気付いた。

今まで自分に欠如していたもの。生きているという自覚。死にたくないという渇望。

 

ああそうか、と。

 

どんな攻撃も逸らしてみせる業は、篠ノ之流は――ここから始まったのかと。

 

 

生物ならば総てが抱く幻想。

 

死に打ち勝つという空前絶後。

 

病を遠ざけ、闇を照らし、武器を磨く。

 

 

その根源に箒は至っていた。

 

 

だから、次の行動は簡単だった。

 

 

「これが、私に足りなかったもの……」

 

猿が火を持ち石を砕いたように。

 

「理の向こう側、篠ノ之流最終秘奥義へのッ……」

 

人間が刃を研ぎ火薬を詰めたように。

 

「最後のピース……ッ!!」

 

 

ただ自然な流れで、箒は『人魚姫』のコアを抜刀していた。

 

 

「――――ラァァァッ!!」

 

刃を振りかざすノルンの腕めがけて、蹲っていた体勢から一気にコアだったものを振り抜く。

打撃音。無人機の右手から太刀が零れ落ちる。

 

すでに両者の間で、何もかもが決していた。

『ノルン』は左の太刀を振りかざす。

箒がコアの刃を引き戻す。

そして。

 

スローモーションの世界の中で、箒の刃とノルンの刃が接触した。

勢いづいて一閃された太刀を、箒は大して力もこめられないままで受けた。

そしてそのまま、脱力した手首がしなる。刀が刀を巻き込んで回転する。

力が入り切らなかったのか、箒の手は太刀の柄を手放していた――が、回転のエネルギーを受けた刀は手の中で回転、半円を描いて切っ先を百八十度変え、箒の背後へと向ける。

 

同時に箒は自身の体も回転させた。

敵に背を向けるなど愚の骨頂。だが彼女の体は当然のようにその軌道を描く。

 

ノルンの剣は空を切り。

箒の剣は逆刃となって再び伸び。

 

 

そのまま、彼女とノルンの距離がゼロになった。

 

 

「…………」

『…………』

 

返しの太刀ではない、弐ノ太刀でもない、それは純粋に一連の流れとして、当然のように相手の攻撃を組み込んだ一刀――究極の""弐ノ太刀要ラズ""。

 

顔の近くでスパークが起き、火花が髪を焦がす。

足から力が抜け倒れこみそうになって、太刀の柄を抱え込むようにして箒は自分を立たせた。

 

「……母さん、なんだろう?」

『…………』

 

無人機は答えない。

背を預け、体重も無人機に預け、刃が相手の黒い腹部に突き立っていることも確認せず、ただ箒は問うた。

 

「これは……何という、技なんだろうか?」

『……シノノノリュウ・サイシュウオウギ――『ヒトハラ』』

「ひとはら……『一散(ひとはら)』、か」

 

『ノルン』のバイザーアイから蒼い光が消え、赤い光が灯る。左の太刀を投げ捨て、無人機は自らに密着する箒を死滅させるため手を伸ばした。

 

「ありがとう、母さん」

 

PICを再起動。自分を地面に縫い付けるように、重力に沿って重圧をかける。

刃を突き立てたまま箒の体は滑り、ノルンの体を両断した。

 

「……ハハハ、これが……」

 

床に転び呆然と天井を見上げる。

コアから変形した刀は、何も言わない。

 

「はははっ。はっはっは」

 

箒の虚ろな笑い声が廊下に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

(限界ですわね)

 

セシリアの意識は、どこか俯瞰したように浮遊していた。

相手はノルンだけでない。シェルターを捕捉し向かおうとする無数の無人機。

それらすべてを掌握――視認ではない、意識そのもので確認し――即座に撃ち落とす。

『コバルト・ティアーズ』は稼働耐久時間に余裕をもっているが、別段どうでもよかった。セシリアとしては砲身が焼け落ちるまで使いつぶすつもりだった。

 

意識が浮いている。ああそうだ、銀の福音と戦った時も、彼女は誰より早く場に適応して見せた。

狙撃手、という生業が可能にする観察眼。

人の死に対する耐性。

結論から言えば、ラウラ・ボーデヴィッヒと同等かそれ以上に、セシリア・オルコットは戦場に慣れ切っていた。

 

偏光射撃で建物の影に潜りこんだ無人機を撃ち落とす。羽虫を払うよりも楽な単純作業。

心の中が乾いていくのが分かる。

廊下に散らばる生徒の残骸を見て、冷め切った乾燥しか浮かばない自分が嫌になる。

 

(……限界、そろそろ決めなければ)

 

だからこそ、セシリアが誰よりも注意していたのは、臨時で相方を務めているシャルロットだった。

 

「ああああああああああああ!」

『――――――!』

 

ノルンとの交錯はもう何度目か。

『スターライトmk-Ⅴ』の実弾はとうに切れ、『コバルト・ティアーズ』によりかろうじて戦線を維持しつつシャルロットが切り込む隙を生み出していた。

まさにこの戦場そのものをセシリアが管理していると言っても過言ではないが、あと一歩が足りない。逆に言えば、もうひと押しをさせないようノルンが立ち回っている。

 

(ならば、無理やりにでも)

 

彼女の碧眼が、残影を描きながら戦場を滑らかに切り裂いた。

 

「シャルロットさん、『クアッド・ファランクス』はお持ち?」

「うぐぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

返事はなかったが、彼女の首がわずかに縦に揺れるのをセシリアは見逃さなかった。

コンマ一秒の反応がズレたら即座に首が飛ぶような状態がずっと続いているのだ、質問するのは酷だったか――無人機三機を同じポイントに誘導し一斉射撃でハチの巣にする。スクラップの山には目もくれず、セシリアはここにきて意識をノルンへ集中させた。

 

「――――」

「ゼッ、ハッ、ハァッ」

 

作戦を滔々と伝える。シャルロットは同様にうなずいた。

ちゃんと聞いていたのだろうかと首をかしげたくなる。まあ、作戦の是非を判断する意識がなかったというだけで、やることはやってくれるだろう――代表候補生なのだから。

 

『コバルト・ティアーズ』の射撃をノルン背部に集中。同時にシャルロットが突撃。

ノルンはわずかに上体を逸らすような挙動のみでレーザーを避けてみせた、そのままシャルロットを迎え撃つ構えだ。

 

「は、あああああああああああッッ」

 

絶叫と共にラファールが漆黒の無人機とすれ違う。

ノルンが追撃のため振り向き、その瞬間に折り返して殺到したレーザーをまともに浴びた。

超高速の突撃をフェイントにした偏光射撃。無人機はブースターを破壊され、地面すれすれまで落下。PICの急制動を用いてなんとか軟着陸する。

 

『――――!』

 

無人機特有の、のっぺりとした顔が上がった。

ついにノルンがセシリアを見据えた。やっと認識したのだ、戦場の支配者を。

 

「ですが、遅かったですわね?」

 

敵性存在としての優先度は、先ほどまで機動戦を行っていた相手よりも、温存されていた狙撃手が勝る。

シャルロットは後回しとなる。相手は人間で、体力の問題すらAIは戦術に組み込んでいた。

そう、シャルロットは後回しとなった。

今さっきの瞬間にシャルロットが突撃してきたことを、その意味を、AIはまるで考えずに後回しにした。

 

――その足元に大量に転がる重火器など、知らないままだった。

 

コード起動。シャルロットが命令を下すと同時、現行IS最大の火力を有する実弾兵器が、その威力を保証している弾薬類がすべて自爆する。

 

光に包まれる寸前、ノルンはそれに気づいて。

けれどどうしようもなく手遅れで。

インパクトが地面を叩き、校舎そのものを揺らす。

 

「……」

 

校舎の隅に火の手が上がったのを確認し、セシリアは眉を吊り上げた。

計算のズレか、不必要な二次被害が起きようとしている。

空から降りようとする無人機にレーザーを衝突・貫通させながら、彼女は相棒へ通信を送った。

 

「申し訳ありません、校舎が燃えてしまいそうなので、燃える前に踏み消していただけます?」

「……人遣いが、本当に荒いね君は……ッ」

 

辛勝の余韻に浸る暇もない。

二人はまた、それぞれの戦場へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

爆発。インパクトが体を叩く。

血を吐き散らしながら、楯無の体が壁に叩きつけられる。

 

黒く焦げ付いた『蒼流旋』こそ手放していないものの、満身創痍。

対してのノルンは、その砲口こそ爆破によって吹き飛ばされ各所から火花が飛び散っていたが本体は無傷に近い。先ほど浅く与えた大槍の刺し傷が唯一のダメージ。

 

無数の砲口を至近距離で向けられた瞬間、楯無に与えられた選択肢は、槍を捨てて距離の取り直しか、或いは槍を手放さず高密度の弾幕に耐えきるか、の2つだった。

 

しかし実弾レーザー入り乱れる、数えるのも億劫になるほどの弾幕はアクアナノマシンの城壁を以てしても防ぎ難い、更に加えて『蒼流旋』なしに敵の装甲を突破するのは困難この上ない――そう判断した楯無が選んだのは第3の選択。

威力を調整したクリア・パッションによる自爆。自身もダメージを負いながら、頑丈な『蒼流旋』は保持。加えて砲塔を吹き飛ばしつつノルンの体が誘爆する事態は回避。

巧緻極まる一撃は、双方痛み分けの状況を作り出し、場をリセットすることに成功した。

 

(とは言っても、かなりキッツイわね、これ)

 

『蒼流旋』を杖代わりに地面に突き立てながら体を起こす。

対するノルンも火花を撒き散らしながら幽鬼のように立ち上がる。

思考が恐ろしいほどクリアになり、憎悪と殺意以外の感情を排したキリングマシーンになる感覚がいつの間にか消えていることに、内心舌打ち。

所詮機械が相手なら、あの状態であった方が都合が良かったというのに。

 

「さあて、っと」

 

ただ覚悟を決める。それだけで、自然と体が軽くなった。

衝突する視線。楯無が槍を構える。

その、刹那。

 

『――――お姉ちゃんッ!』

 

肩元に光が浮かぶ。

格納している武装を引き出す時の明かりではない。もっと優しくて、包み込まれるような。

 

「……かんちゃん?」

 

戦闘中に頭がおかしくなったのかと思った。

パワードスーツを身に纏って空を駆ける少女からしても、それはあまりに現実離れした、有り得ない事態だった。

 

顔の横に、手のひらサイズの妖精になった妹が浮遊していた。

 

――え、なにこれ。私ちょっとこの幻覚はさすがにかんちゃんのこと好きすぎじゃない?

 

『お姉ちゃんッ――幻覚じゃ、ないよ。私、私は、お姉ちゃんの力になる、ために、来たんだから』

「……ロックマンゼロ世代としては、サイバーエルフなら大歓迎よ。でも使い切りだし評価下がっちゃうからあんま使わなかったわ」

『すごくどうでもいい話、ありがとう』

 

軽口をバッサリ切り捨てて、簪は厳しい表情で『ノルン』を見やった。

監視カメラによる戦闘経過の映像と、多角度モニターから得られる現状を瞬時に掌握。敵機体に蓄積されたダメージや、逆に損傷のない箇所、更には無人機の回避パターンを解析――ここまでコンマ数秒――加えてそこから、優先して直撃を逸らしている、攻撃されるのを嫌がっているウィークポイントを推測。

 

『事情は後で、今は、こいつを……!』

「ええ、そうね。サポートって、何をしてくれるのかしら。私だけじゃあちょっと打開できないのだけど」

 

姉からの、初めて聞いた、助けを求める声。量子構成体でありながら、簪は心臓が高鳴る""ような""感覚に襲われた。

今この瞬間、一夏がこの場を自身に委ねた理由が分かった。

五感が、『ミステリアス・レイディ』を介して楯無とリンクする。彼女の視覚と自身の掌握する情報をリストアップ、不足分を伝達。

 

「……ッ! やるじゃない、さすがかんちゃん」

『戦術の組み立ては、譲渡するからッ……アクアナノマシンの防御展開は、私が……!』

「了解したわ、背中任せたわよ!」

 

楯無が飛び込んだ。腰の捻りから体を介し伝達される殺意が大槍を加速させる。

 

『――ッ!』

 

同時、楯無の視界と監視モニターを並列リンクさせ戦場を掌握する簪が、水のヴェールを圧縮しノルンの一撃を弾き飛ばす。

体勢を崩し踏鞴を踏む敵に、一閃が直撃。左肩装甲をえぐり取る。簪が瞬間的にアクアナノマシンを飛ばし、その傷口から内部へ侵入する。

 

「待って! こいつを内側から爆破したら、かんちゃんが危ない!」

『大丈夫!』

 

データリンクされた簪の現在地、学園の地下深く。確かに『ノルン』をこの場で破壊したところでさしたる影響はないだろう。よって躊躇する理由は消えた。

 

「なら――ッ!」

 

迷うことなく即起爆。黒い巨腕が根本から弾け飛んだ。

いくらかの武装もまとめて業火に包まれ、敵機が火の玉と化す。

苦し紛れのレーザーをくぐり抜け、大槍のリーチへ。

 

『並大抵の一撃じゃ届かない』

(でも私はもう武器を振るうだけで精一杯よ)

『そこは私に任せて、お姉ちゃんはッ』

(――了解したわ)

 

すべてを、妹にゆだねる。

すべてを、姉にゆだねられる。

 

それが今は、ただひたすらに心地よかった。

 

常時ではありえない速度で、アクアナノマシンが槍を形成する。簪のサポートがそれを成す。

準備に必要な時間を短縮することで、その技は三つある短所のうち一つを改善された。

 

突き出した槍が、その激突を起点として爆発的に伸長する。

床を削りながら無理やり拒否を引き離されたノルンがもがくが、すでに決着はついていた。

 

「ミストルテインの槍――」

 

あまりにも膨大なナノマシンは、ミステリアス・レイデイから水のヴェールをはぎ取る。

つまり楯無自身を無防備にするというもう一つの致命的な欠点を持つ。

 

だが――更識簪の意識が、それを補う。

楯無が全身全霊で槍を練り上げるのに対し、簪は冷静に最低限のナノマシンをリザーブした。

そしてそれがヴェールとして展開。盾を構えながら矛を放つという、かつてどこかの大馬鹿野郎が言ったそのありえない姿。

 

故に。

自らを巻き込むという最後の欠点も、もはや問題でなく。

 

ロマンある大技でなく、一切の欠点を排除した必ず相手を殺す技が、そこにあった。

 

 

『――――フルクトゥス・ブラストッッ!!』

 

 

ノルンを跡形も残さず消し飛ばす光が放たれた。

平時なら楯無すらも脅かす威力だが、その心配はまるでない。

 

肩の上に乗る妹にすべてを任せ、楯無は膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「――――俺の出番まで長すぎだろ」

 

ゴーレムⅤの顔面にグーパンを叩き込んでから、俺はぼやいた。

もんどりうって倒れこむそいつを雑に蹴とばして、身体の調子を確認。各種武装は十全に動いている。

 

『……!?』

 

起き上がりざまに腕のブレードを振るうブリュンヒルデに対し、跳躍して刃を避けつつ空中で腰を捻り顔面を蹴り飛ばす。

相手になんねーな。苦戦もおこがましい。

どうしてくれんだよコラ。お前なんかに割く時間はねえんだからとっとと死ねよ。

 

「うおらぁっ!」

 

右腕一本で『黒世』をぶん回す。ギリギリまで引き付けてブリュンヒルデは斬撃を回避。

そのまま後ろへ飛びずさったところへ、『雪羅』をガトリングモードにして連射する。両腕をビームシールドのように展開し防御されるが、エネルギーは削れるはずだ。

 

その時だった。

 

『い、ち……か?』

 

突然目の前にパアっと光が集まって、スゲー小さい妹さんになった。

 

「うおおおビビッたッ。あ、今の衝撃で感情復旧したわ。え何、サイバーエルフに転職したの? 使うと評価下がるからあんま使いたくないんだけど」

『……ついさっきお姉ちゃんが、同じこと、言ってた……』

 

俺が妹さんに気を取られた隙に、ブリュンヒルデが俺に背を向け全速力で飛翔する。

戦闘領域から撤退するようだ。まあ、戻ってきたら即座に破壊するが。

 

『一夏、その……その身体は……』

「ん、まあ仕様だ」

『…………』

 

どうやら妹さん、俺の身体を瞬時に分析したようだ。ちょっと気まずいなこれ。

 

「あっそうだ気になってたんだけどさ、まだ生殖能力って残ってるのかコレ」

『………………サイテー』

 

ぷいと視線をそらされてしまった。仕方ないね。

分離飛行させていた『黒世』のパーツを呼び戻し、元の長大な剣へ形を戻す。

 

「織斑君ッ!」

 

守護結界が解除され一組連中がどたどたと駆け寄ってきた。

見慣れた顔ばかりで、けれどそこにいない見慣れた顔がいるのも事実で。

 

「……早く避難しろ。IS使ってるやつも、シェルターまで着いたら中に逃げ込んでいい」

「けど、こんな状態じゃ」

 

相川の言わんとすることはわかる。そうだ。戦況は悪い。空から続々と敵が落ちてくる。

なら話は簡単だ。

 

「大丈夫だ。あれは俺が今から撃ち落とす」

 

太陽を遮る空中戦艦を指さす。

 

「妹さん、サポート頼んでいいか」

『解析、完了……多重エネルギーバリヤーを展開してるから、射撃兵装は威力半減……撃ち落とすんじゃなくて、叩き落すのが、最適解……』

「言葉の綾だ」

 

気持ち的にはルウム戦役のシャアなんだよ。一艇しかいねえのは残念だが、まあ気持ちは五艘跳びだ。

あれ俺八艘跳びやったことなかったっけ……ICHIKAスペシャル……?

 

「……気を付けてね」

「お前らもな」

 

クラスメイトらに背を向ける。両翼にエネルギーを注ぎ込み、飛翔。

大地を蹴り上げ一気に上昇し、学園島全体を見渡すほどの高度へ到達した。

あちこちで火の手が上がり、生徒が逃げまどい、黒い影がうごめいている。

 

『地上の無人機は……学園の装備で、ある程度対応できる』

 

なるほど見れば、地面からせりあがってきた砲塔が無人機を狙い砲火を浴びせている。

あんな施設があったのかよ。舌打ちモンだ。生徒会長だってのに気付かなかった。

 

「それをコントロールできる場所にいるんだな」

『うん……博士のおかげで』

「博士?」

 

瞬間、俺の右肩にちょこんと束さんが腰かけた。

 

は?

 

『いえーい! いっくん初めまして、学園のデータサーバーに残されたコピー人格プログラムだよー! 私のことは束さん・ザ・セカンドとでも呼んでくれたまえー!』

「…………たばね、さん」

 

俺の命を救ってくれた人。

自分の命をささげてくれた人。

 

ああ、それでも、まだ、貴女は残骸になってでも、俺を。

 

『ささ、感傷に浸ってる暇はないよいっくん! 私はただのプログラムで、学園の主である君は私を使いつぶすという義務がある! 素敵なお茶会の前に邪魔者を片付けちゃおう!』

『敵性戦艦からロックオンされてる……来るよ』

 

俺の感情など無視して、巨大戦艦の砲門からレーザーが放たれる。

『黒世』で打ち払い、直進。距離を詰める。左腕のガトリングを撃つが、やはりバリヤーに遮られ届かない。

こいつならどうだ――砲火を潜り抜け一瞬でとりつき、左足の『木枯羅翅』を思いっきり叩きつけた。

硬質な音と共に、刃がはじき返される。

 

「……ッ!?」

 

今のは硬くて弾かれたとかそういう感触じゃない。何らかのバリヤーがあるのか。

 

『…………ちょっと待って。ナニコレ』

『エネルギーバリヤーが、装甲表面にも……!? そんな出力、どこからっ』

「弱点はッ」

 

束さんも妹さんも沈黙する。模索しているのだろうが、時間がないんだ。

こうしている間にも、生徒が死んでいるんだ。

一刻も早くこいつを叩き落す、そのためには――

 

『――ハハハハハハハッ! 一人で飛び込んできた威勢の割には、手詰まりらしいな!』

「……!」

 

聞いたことのある声。

 

「なるほど。管制担当としてお留守番ってわけかよオータム」

『テメェをこの手でブチ殺せないのは心残りだが、まあ仕事の一つだ』

 

レーザーをひらりと回避して、いったん距離を置いた。

眼前に戦艦の船首があり、真っ向から対峙する形。

 

「……あの女。スコールは来てねえのか。残業続きで倒れちまったか?」

『必要ねえんだよ、クソガキが長を務めるちっぽけな島一つ潰すのにわざわざスコールの手を煩わせるのなんざ。本当に必要なところにこそ戦力は充てるもんだ、勉強になったかよ』

「――――日本か?」

 

日米軍が到着するのが遅すぎる。

何の増援も来ないのは、本土が襲撃されるからだとしたら。

 

『大当たりぃ。で、この島と日本のISコア全部使って、『亡国機業』はさらに強くなる』

「低偏差値の中卒カス野郎が、二兎を追うものがどうなるのか知らねーみたいだな」

 

なるほどあの黄金のISはいないわけだ。マドカちゃんもあっちに回されているんだろう。

つまり無人機とこの戦艦だけが、今どうにかするべきで。

 

まあ、そうだな。

ただこの戦艦を撃ち落とすだけなら、たぶん、できるな。

 

「じゃあこのスクラップがお前のでかい墓標になるな。観光資源として喧伝されてもらうわ」

『粋がってんじゃねえぞクソガキ。この『アルカディア』は、疑似ISコア20個を搭載した戦略兵器だ! テメェ一人で何ができる!』

 

ハッ、やっぱりこのクソ女は何もわかってねえ。至極明瞭な宇宙の真理だってのに何もわかっちゃいねえ。

 

「一人じゃねえよ……そうだろ、『黒雷姫』」

『肯定』

「なら、できるよな?」

『肯定』

 

ありがとう、相棒。

俺にお前を信じされてくれて。

 

『一夏……?』

『いっくん、何を』

 

二人の疑問に答えないまま、俺は天を衝くようにして『黒世』を掲げた。

 

「じゃあ、行くぜ」

 

起動――『レールガン・穿』。

 

生身のままじゃ撃てなかった出力でも、今なら撃てる。

 

『待って』

 

最大限に速度を上げるために最大限に磁力を高める。より早くより強く――より眩しく!

 

『なに、してるの』

 

理解したらしい束さんが尋ね、遅れて妹さんも目を見開いた。

 

『身体全体を使って、""鞘""を打ち出すつもり……!? でも、そんな、そんなことをしたら、一夏は……!』

 

犯せ冒せ侵せ、回れ周れ廻れ、どこまでもいつまでも食らえ喰らい尽くせ、何もかもを糧にして蝕んで貪って蠢いて、そして俺の手の中に輝く剣として収まれ。

これは願いだ。これは祈りだ。これは叫びだ。これは決戦場を貫く、唯一つのチカラだ。

 

『もうだめッ! やめて、やめていっくん! ここがボーダーラインなんだよッ!? これ以上はもう、本当に"""戻れなくなる"""ッ!!』

 

うるせえ。知ってんよ。だからこそ、だろうが。

耳元で騒ぐフェアリー束さんを意識外にシャットアウト。焦点を目の前のアルカディアに、思考を荒れ狂う磁力の嵐に。

足りない。この『黒世』を以てしても、この巨大戦艦を貫くには何もかもが足りない。質量も速度も――なら持ってくるしかねえだろ、そこらへんから。

 

右腕一本にパワーアシストを集中、片腕で『黒世』を振りかぶる。左腕をぶら下げ、瞬時に量子へ返還。ついでだ両脚も持っていけ。全部を黒世に融合させる。

足なし隻腕、不気味な醜いオブジェ。第三者として見たら、キチガイの造形物でしかないだろうな、今の俺。

でもまだだ、まだ足りねえ。

 

「簪、束さんッ、俺を導いてくれ!」

『嫌に決まってる……でしょ……ッ!』

『いっくんダメ、こんなのダメだよ、君が君じゃなくなっちゃう!』

 

ああクソ、なんだよこいつら、何でそんなこと言うんだよ。

俺なんかどうだっていいだろ、どうなったっていいだろ、そう自分で自分に言い聞かせてんだよ邪魔すんな。

 

「誰でもいいッ! その場でいいから、何でもいいから、俺に武装を使用許諾(アンロック)しろッ」

 

通信範囲を学園中に拡大させて叫ぶ。

 

「力を貸してくれ、頼む、俺に――力を貸せッ!!」

 

広く広くどこまでも届けと。俺の声を聴く人すべてが、その心を震わせるようにと。

 

だから。

 

『っはっは……いち、か、そうだ、いちか――いちかのために、私はッ!』

『行ってくださいまし……この私の代わりとして、あの人の力となるためにッ』

『いくらでも持ってきなさいよ、代わりに、勝ちなさいよ! 一夏!』

『いつも強引なんだから、でもきっと、そんな君だったら、勝てるよ、絶対』

『誇りを預ける。だから、勝て! 織斑一夏!』

『ほーんと、いつの間にか立派な生徒会長サマなんだから……代償は勝利でいいわよ、好きにやっちゃいなさい!』

 

この瞬間、誰もかれもが、俺に力を貸す。

 

『簪ちゃんッ!?』

『博士……だってもう、私には……!』

 

集う。

俺に、皆の想いが集う。

 

へし折れた『空裂』と『雨月』が、

焼け落ちた『スターライトmk-Ⅴ』が、

砕けた『双天牙月』が、

スクラップと化した『クアッド・ファランクス』が、

潰された大口径リボルバーカノンが、

焦げ付いた『蒼龍旋』が。

眠りについていた『山嵐』が。

 

『おり、『むらくん『おねが『勝って『君が『私たちを『おりむ『頼んだ『世界を『まだ死にたく『あずけ『いってきて『たすけ『必ず――『守って』

 

大量のブレードが、

アサルトライフルが、

実体シールドが。

 

『いやなのにッ……認めたくないのに、それなのにッ。こんなにも! ……こんなにも、皆の想いが……眩しくて……!』

『違う、違うよ簪ちゃん! だめなんだよ! やめていっくん、やめてッ!』

 

俺に託されたすべてが、一瞬で光の粒子に還った。

脳髄の奥を浸す痛みがだんだんと薄くなっていく。俺の存在のタイムリミットが遥か彼方に過ぎ去っていく。

 

『テ、メ……!』

 

計算に集中していて動けない俺めがけレーザーが飛んでくる。

が、展開されたシールドがそれを阻んだ。生徒から送り付けられたシールドの一部を、妹さんが防護用に使ってくれている。

 

『一夏……後で、お説教、だからね……!』

「……おう」

 

粒子をかき集め再構成、漆黒の刀身として再構築。

すでに『黒世』は俺の背丈の十数倍はあろうかという巨大な剣に変貌している。

 

放つは当然、『レールガン・穿』、その極大版。

 

 

俺と彼女達の意地/狂気/熾烈/渇望/呪怨/拒絶/憧憬/宿命/日常/総てを――

 

 

『やめてェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!』

「持ってけェェ――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!」

 

 

衝突。

射出された弾丸はエネルギーバリヤーを食い破り、装甲表層バリヤーもブチ抜き、そのまま戦艦内部へ侵入。射線上にあるもの全てを粉砕しながら内側をぐちゃぐちゃにし、そのまま貫通して向こう側の空中まで続く大穴を開けた。

 

『ク、ソ、マジかよこいつ……!』

 

オータムの声が遠く聞こえる。

意識が混濁し、空から落ちていく。

束さんと妹さんが俺の名を呼んでいる。

 

俺の名が、呼ばれている。

 

俺が、必要とされている。

 

「――――ッ!」

 

ブラックアウトしそうになる意識を無理やり手繰り寄せ、PICを再起動し空中に踏みとどまった。

 

『一夏ッ! 一夏、しっかり!』

『いっくんほら見ろこうなるんだから! どんだけ脳がひどいことになったか! あーもう知らないよ!』

「……はは、動けるなら、儲けモンですわ」

 

アルカディアのあちこちから爆炎が上がり、陽を遮っていた巨体が堕ちていく。

 

「――むちゃくちゃしないでください本当にッ!」

 

その時、地上から飛び上がってきた山田先生が、その艦体にとりついた。

 

「……CCAごっこ、するか」

『早く! このままだと島に落ちる!』

「うわマジかやばやば」

 

たかが石ころ一つって言える勇気はなかった。

続々と空に来る先生方や生徒が、アルカディアの巨体を海上へ推し進める。

どうやら地上の無人機はほぼ破壊されているようだ。

 

『敵戦力……99%破壊……』

「こっちの損害は」

『学園施設……80%が損傷……内65%は使用不能レベル』

「手ひどくやられちまったな」

『もし、ISが改良されてなかったら、おそらく100%が破壊されてた……』

 

ゾッとしねえな。

現状出力だけなら『黒雷姫』が最大だろう。

俺もアクシズをちゃんと海に叩き落すべく、スラスターに火をつけた。アクシズだったら海でも核の冬きちゃうな……

 

 

 

 

 

 

学園は静かだった。

シェルターから出てきた生徒らは、おそるおそる周囲を見渡している。

まだそこらに転がっている死体を見て悲鳴を上げている。

 

ああ、そうだ。

これは、負けだ。

完全完璧完膚なきまでに……負けだ。

 

たくさん殺された。

たくさん死んだ。

これを見て、撃退に成功したなどとうそぶく輩がどこにいる。

 

IS学園はもう学園としての体を保てないだろう。

 

「……一夏」

 

地上に降りた俺のもとへ、打鉄を身にまとった姉さんが近寄ってきた。

なんかゴーレムⅢカスタムを一刀両断したらしい。嘘だろ。

 

「いやあ、派手に負けたわ」

「……本土襲撃部隊も撤退に追い込んだらしい。飯島の底力だな。とはいえ、被害だけならあちらのほうが深刻だ。米国軍の駐留基地が壊滅し、今日本は丸裸に近い」

 

これが、『亡国機業』の攻勢。

ふざけやがって。こんなの、こんなの……

 

 

「…………戦争、じゃねえか」

 

 

俺の言葉に、姉さんは目を伏せた。

 

「おそらく国連議決がすぐあるだろう。全加盟国が、『亡国機業』へ宣戦布告するという話もある」

「……学園に生徒送り込んでる国は、全部敵になる。それが分かっててやったのかよ、あいつら」

 

無言の首肯。

 

「だが、お前には関係ない。しばらくは学園の復興に注力を」

「関係ないわけねーだろ!」

 

感情が暴発した。

 

「姉さん、俺はいま、心の底から他人を殺したい。あいつらをぶっ殺してやりたい。学園の皆を手にかけたあいつらを、この手で、殺してやりたい……!」

 

学園を襲撃した理由すら分からない。

だが今回の件で、完全に踏ん切りがついた。どんな理由だろうと関係ねえ、俺はあいつらを全滅させる。

 

「マドカも、か」

「無論だ」

 

俺は姉さんに背を向けて歩き出した。

生存してるみんなをまとめて、落ち着ける場所……どこかのアリーナに集める。

それから母国へ送り返す。休校だこんなもん。授業受けてられっかよ。誰かが死んだ教室と、誰かが果てた廊下にいられるわけがない。今ここには誰かが散らばった場所しかない。

 

「……私は、攻撃部隊に、召集されるだろう」

「ああ、そうだろうな」

「学園を」

「ああ」

 

瞬間、世界が激変した。

身動きできなくなり、冷や汗がどっと出る。

気合で体を動かし、振り返った。

 

織斑千冬がいた。

学園の教師じゃない。世界を獲ったIS選手でもない。

 

そこには、世界で一番強い戦士がいた。

 

……そりゃ、そうだ。姉さんは先生だったんだ。生徒を殺されて、こうならない道理はない。

先生であることをやめて選手としての立場も捨てて、完全に戦うためにISに乗るときの姉さんを、俺は初めて見た。

 

「教師は楽しかった……いい思い出だ」

「戦争が終わったら、またやればいいよ」

「そう、だな」

 

そうなるかは分からない、そんなことは誰だってわかっている。

それでも俺たちは、ただ明日の希望を夢見ることしか救いにできない。

 

今日死ぬなんて思わなかった子がたくさんいた。

明日の予定がある子だって大勢いた。

でも、死んだんだ。

こんなの人の死に方じゃない。こんな風にして死ぬなんてことが、まかり通っていいはずがない。

 

胸の中に渦巻く感情は、きっと形を得れば、地獄のような業火になるだろう。

 

「……一夏、生徒を探すのは我々に任せて、お前は集まっている生徒たちのもとへ行け」

「分かってる」

「ならISを解除したらどうだ」

「あ、無理」

 

は、と姉さんの呼吸が詰まった。

『雪羅(ひだりて)』を軽くぐーぱーして、『木枯羅翅(ひだりあし)』で地面をひっかいて。

だから右足は宙に浮いたまま、体全体はPICが浮かべているまま。

 

「さっき戦艦を撃ち落とした時の演算がダメ押しだった。ISを解除できなくなってやがる。多分この、ISを展開している状態が今の俺にとって正しい姿だ」

「――――――」

 

こんなんじゃベッドが狭くて女の子に怒られちまうな、と言おうとしたけど、姉さんの顔を見て息が止まった。俺は姉さんの絶望した顔なんて見たことがなかったし、今見ている表情がそれに近いというのはわかるけどそれが本当にそうかは分からないし。

 

「ぇ……」

 

後ろから聞こえた声。振り向く。

相川清香。

 

「……今、の、話って」

「これから挙手するたびにすげえ邪魔だと思うけど、まあ我慢しろよ」

 

軽く『雪羅』を振って答えた。

相川は何か言おうとして、それからうつむいて、顔を上げて、駆け寄ってきて、そのまま俺の胸に飛び込んできて。

 

「ごめん、なざい」

 

何がだよ。

 

「あのとぎ、おりむらぐんに、だずげをもどめで、ごめんなざいっ」

 

……仕方ねえだろ。良かったと思ってるよ。お前が呼んでくれてさ。

 

イイ男としてきちんと相川の体に腕を回そうとした。

でも左腕が全距離対応機械化兵装腕だったもんでできなかった。

 

俺は、好きな女の子一人抱きしめられなくて、なぜだか分からないけど、とたんに涙が出てきて。

 

泣いてるのを見られたくなくて相川の首に顔をうずめる。

 

相川も泣いている。

 

学園は、火薬と血の匂いでいっぱいで、それが今更、鼻につんと来た。


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