この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

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7秒後のハニトラさんと、俺。/踏破

「おりゃああああーーーー!!」

 

開幕のブザーが鳴るか鳴らないかの刹那に、鈴がマイティキックを打ち込んできた。前方宙返り付きで。

専用機持ちタッグマッチバトル、最終戦。

これで勝てば優勝確定というところでの、箒&鈴タッグとの戦い。

 

「うおッ!?」

 

すんでのところで飛びのく。封印エネルギーとかぶちこまれたら半径3キロを巻き込んで大爆発しちまう。

一秒とおかずに、構えていた箒が攻性エネルギー波をバラまいてくる。

……最初っから手厚い攻撃だ。

鈴はそのまま俺をスルーして、デュノア嬢に切り込んでいった。

まあ俺もよそ見してる暇はないけどさ……ッ!

 

「武装の一つも出さないのか!」

 

『雨突』から弾丸のように攻性エネルギーが放たれる。追尾性能がなくて良かった、『偏光射撃(フレキシブル)』発現とかされたら――いや、『紅椿』ならやりかねない。下手にフラグを立ててしまうことなないようにしなければ。

アリーナの地面すれすれを滑空しつつ左右に揺さぶる。赤いエネルギー弾が俺の周りの地面を穿ち、火花と土煙を上げる。その中を突っ切りながら、俺はバレルロール、太陽を背にする箒を睨む。

 

>そんな直線的な攻撃じゃ当たらないぜ!

>刀なのに射撃武器とかwww

>篠ノ之家ってすげー! 今じゃ当たらない攻撃を延々うち続けられるんだぜ!

>そっとしておこう……

 

「そっとしておこう……」

 

というかこれ以外全部煽り煽りアンド煽りかよ。ふざけんな。

まあ、方針は間違っちゃいない。

『白世』も、『虚仮威翅』も、ハンドガンも召還しない。

 

「だから! どうするつもりだ貴様! まさか、あちらの決着がつくまで逃げ切る算段ではないだろうな! 私がこの日の再戦をどれほど心待ちにしてきたかッ」

「どーするつもりだって? 問答無用だ、逃げるんだよォォォーーーーッ!」

「きッさッまァァァアアアアアアアアアア!!!」

 

『天裂』が追加された。その名に恥じない範囲攻撃でアリーナを斬る抉る裂く貫く焼く潰す――だが俺には当たらない。

ほらあれ、ヒイロのマシンキャノンがエピオンに全然当たらないのと同じ理屈。

 

さぁて、こっちはいい具合に膠着状態だ。

向こうはどうかね。

 

「どっち見てるの!? 僕はここだよ!」

 

デュノア嬢がアサルトライフルをぶっ放す。銃声が鳴った瞬間に反応、鈴は軽微なダメージに抑えつつその双眸で敵を捉えた。貫通型衝撃砲は、しかし先ほどまでデュノア嬢がいた虚空を貫くに過ぎない。数秒前の彼女を狙った砲撃なら、すでにポイントを移している彼女に当たらないのは明白だ。

鈴を囲う籠を描くようにして、デュノア嬢はあちらこちらへ高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)。いつの間にかできるようになっていた。

俺の動きを真似したらしい。最初の試合の多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)といいこんな簡単に技術を盗まれちゃうと俺の立つ瀬がないんだがな……

一方の鈴も拡散型衝撃砲の牽制で距離をキープしつつ隙を逃さず踏み込んでいる。デュノア嬢のリカバリーが神懸かりすぎなだけで並みのパイロットならあっという間に姿勢を崩されて終わってんぞ。

 

「蚊とんぼみたいにうっとうしいわねッ!」

「簡単にはやられてあげないから!」

 

二人が得意とする距離はものの見事にカブっている。中~近距離を自在に調節し相手のリズムを狂わせ、こちらの土俵に引きずり込むのが常套手段。

射撃兵装の数ならデュノア嬢が勝ってるけど、そんなもん一年足らずで代表候補生にのし上がった天才である鈴にとってはハンディキャップたりえない。

 

「そこ!」

 

衝撃砲が轟音を響かせる。拡散型と貫通型の二種類をうまいこと距離によって使い分けてんな、鈴のヤツ。

デュノア嬢は貫通型を最小限の動きで逸らすように回避し、拡散型は大きく動いて避けていく。

俺なら拡散型は多少の被弾も覚悟して距離を詰めに行くが、リヴァイヴ・カスタムⅡはそういった戦法が取れるほど厚い装甲ではない。

 

「そろそろかな……」

 

俺が箒から逃げ続け、デュノア嬢が鈴と壮絶なドッグファイトを繰り広げる試合。観衆の目の大半はデュノア嬢たちの戦いに向いているだろう。

この単調な鬼ごっこに箒もイライラしているんだろうなあ。

――けどな、飽き飽きしてんのは俺も同じだぜ。

仕掛ける。個人秘匿回線でデュノア嬢に簡潔に告げる。任せて、と頼もしい返事が返ってきた。

 

「散布開始、カウンターナノマシンを3、6、9の順で任意起動」

 

俺のウイングスラスターが蠢動する。獲物を求める巨龍の顎のようにガチガチと歯噛みする。

『白世』を握る。

 

「ッ、やっとか。待ちくたびれたぞ」

「待たせたな」

 

相対し、互いに譲らず眼光がせめぎ合う。他方の発砲音がうるさい。ドンパチやりすぎだがら。ナオトが熱く歌い上げちゃうレベル。

訝しげに箒が問う。

 

「どうした、抜け」

 

箒は知っている、この巨剣に内蔵された俺の本来の得物を。

だがな。

 

「俺はこいつでお前を倒す」

 

純白の大剣の切っ先で箒の喉元を狙う格好。

バカにされていると感じたのか、箒の額にビキバキと青筋が走った。

おいそれ華の女子高生がしていい表情じゃないから。放送コード引っかかんぞ。

 

「太刀は」

「必要ない」

「……早く、抜け」

「何度も言わせんな。こいつで俺はお前に勝つ」

 

箒の真っ赤な眼光が動いた。超間加速(オーバー・イグニッション)の予兆。

最速で『白雪姫』に命令を下す。

ガシュ! と『白世』の表面装甲がスライド。内側から隠しきれないほどまばゆい輝きが漏れ出す。発生し暴れ狂うバカ出力の電磁の渦を、『白雪姫』の助けを得て抑え込む。

一撃必中一瞬必殺。

 

「去ね」

 

ヴン、と箒を見失う。

そして彼女は俺の斜め後ろで、二刀を振りかぶった格好のまま現れて――そのまま凍りついた。

箒の眼前に何重ものレッドウィンドウが開かれる。一時的な操縦系統の混線。

 

「ッ!?」

 

そこら中に撒き散らしたナノマシンは、俺の神経でもあり、そして対IS用の妨害機雷でもある。

だから名前はカウンターナノマシン。命令俺。

 

「逝っちまえッ!」

 

振り向きざまに『白世』を振り上げ、振り下ろす。単純な操作を裏打ちする綿密な電磁の計算。時として磁力は巨大な鉄塊を飛ばす。

 

結論として。

 

音速を半ば突破しようかという速度で、『白世』の本体――つまり『雪片弐型』の鞘が――打ち出された。

 

「ゲブグッ!?!?」

 

想定外の攻撃を腹にまともにくらい、箒はすっ飛んでいく。エネルギーを一気に削りきり、彼女の脱落を告げるブザーが鳴った。

砂煙を上げながらアリーナの地面に落下する箒を指差し俺は哄笑を上げる。

 

「アーッハッハッハッ! 俺の新必殺技『レールガン・穿』の威力はどうかな!? お気に召したんなら今後もワンショットキルしてやんよ!」

 

こうもうまく行くと笑いが止まんねぇぜッ!

ただ賭の要素があったのも確かだ。

カウンターナノマシンは俺から一定距離離れると効力を失うから、箒が距離を殺してくるタイミングに合わせる必要があった。

さらにいえば、俺以外のISすべてに対し効力を発揮するこいつは、乱戦には向かない。デュノア嬢にはあらかじめ説明していたから、彼女は十分に距離をとっていてくれていた。

だから、あんな大振りな『レールガン・穿』がキマった。

 

「ふぅー……次ッ」

 

まだ試合は終わっちゃいない。

ウィンドウに『白雪姫』が歯噛みする箒の表情をズームした。悪いな、学園最強を襲名した以上そう簡単に負けてやるワケにはいかねえんだ。

じゃないとあの姉妹に申し訳が立たねえ。

『雪片弐型』はむやみに使わないと自制しているので、そこらへんに転がってる『白世』を量子化してすぐに再召還、着装。白い巨剣が再び姿を現した。

 

「ニーハオ!」

 

挨拶と同時、瞬時加速で距離を殺し切りかかる。

鈴は即時反応でデュノア嬢への牽制を放棄し、俺の斬撃を逸らし受け流す。

勢いよく突っ込んだ分勢いよくすっ飛ばされそうになったが、俺はウイングスラスターを前方に向けての逆瞬時加速(アンチ・イグニッション)で『白世』の剣域に踏みとどまった。

 

「あんたマジで大概にしなさいよ……あたしの土俵にずけずけと!」

「こーこーは、俺の領域だッ!」

 

剣戟を開始。巨剣と巨剣が互いを引きちぎろうとせめぎ合い火花を散らす。

あちらは二刀、こちらは一刀、手数で負けてる分は技術でカバー。振りかぶる腕を直接攻撃し切り下ろしを防ぐ。

『白世』の横薙ぎを向こうは腕部衝撃砲を俺の腕に当てて止める。割と威力高いじゃねえかこの野郎!

仕返しの前蹴りが直撃。体勢を崩した瞬間左側の『龍砲』に『白世』を突き刺す。デュノア嬢には悪いが援護の隙間がないレベルだ。

 

「僕もいるよ、忘れちゃダメッ」

 

普通に援護射撃が来た。

なんで俺たちの剣の応酬の間隙狙えるの? 千里眼スキル持ちなの?

鈴のエネルギーバリアーに直撃が重なる。慌ててランダム回避運動に入る鈴を視線だけで追う。

一気に決めてやんよ。

 

「行くぜッ! 『虚仮威翅:――光射形態』!!」

「うん……来て、『クアッド・ファランクス』!!」

 

『白世』が粒子に飛び、デュノア嬢の両手のライフルも光と散る。

入れ替わりに召還されるのは白い懐剣を起点として描かれる光の弓と、大砲を束ねたようなキチったガトリングを十門備えたオートクチュール。

 

「なッ!? あんたたちそれは……!」

「ごめんね、もう」

「近づけさせねえよ!」

 

徹底的な飽和射撃――数に勝る場合、誰しもが思いつく代表的戦術。

デュノア嬢が強烈な弾幕を張り、間を縫って俺が光速の一撃で屠る。必殺にして抜け目なく逃げ場のない陣。

 

「ハン! こんぐらいどうってこと……!」

「ファランクス・フルバースト!!」

 

弾幕ゲーなら鈴にも突破口はある。ただ今回は違う。

俺のレーザーがリズムを崩し、だめ押しにデュノア嬢が全砲門を解放した。オール実弾装備で、ガトリングにキャノンにミサイルにショットガンにニードルガン――総数100を上回る銃口が鈴に群がる。

PICで作り出した力場にアンカーを打ち込んで自身を固定、回避機動をまったく考慮せずただただ彼女は砲台と化す。

鈴の引きつった表情をロックし、俺とデュノア嬢は同時にトリガーを押し込んだ。

 

『再見(ツァイツェン)!!』

 

 

 

 

 

 

 

「優勝おめでとう。一夏」

 

簪が拍手しながら出迎えてくれた。

閉会式で表彰を受けて、俺はその足で医療棟に来ていた。楯無の姿が見当たらないというのは意外だったが。

 

「お姉ちゃん、一夏と……入れ違いになっちゃった、のかな……」

「あー、マジか。申し訳ねえな」

 

俺を探してくれてたのか。そう考えるとあいつも可愛い……いや、日本のトップガン連中を平然と爆殺してるしやっぱヤバイわ。

 

「おめでとう。頑張ってたね」

「うん、まあな」

 

ベッドの隣のテーブルに花束とトロフィーを置く。

しばらくはここに置いとくか。

 

「ごめん俺、人を待たせてるから」

「わざわざ顔出してくれて……ありがと」

 

ベットに横になる簪は笑った。

 

 

……不敗であることだけが、俺がこの姉妹にできる唯一の贖罪なんだ。

……俺は目についた人すべて救うなんて芸当はできない。

……『救う』という行為はただの暴力だ。

……俺は誰かに暴力をふるって、誰かを『救う』んだ。

 

……だから、暴力を振るわれる相手は……俺の敵は……切り捨てるしかない。

……敵はすべて殺すしかない。

 

 

バカバカしい。

ハニートラップ候補の連中すら守りたいだなんて、俺はどこの聖人君子だよ。

引っかかりたくないから彼女たちを遠ざけて。

傷つけたくないから彼女たちを守って。

 

 

「……難しい表情、してるね」

 

病棟を出る。寒空の下、制服姿のデュノア嬢が俺を待っていた。

生徒会長で学園最強だからな、俺。考えることいっぱいあるんだよ。

本来俺はこの大会にでるべきじゃなかった。姉さんや束さんの言う『白雪姫』との融合率云々じゃなくて、ハニトラ的な意味で。

……仲良くなりすぎたと、誰でも分かるレベルだ。俺自身が最も痛感している。

だからここで突き放す。

 

「言ってなかったけど」

「?」

「タッグの相手、お前だったから、ああいう形で優勝できた」

「……いきなりどうしたの?」

 

喜びというより、困惑する表情。

言葉を続ける。

 

「お前じゃなかったら、もっとうまく勝ててた」

「!」

「それは初めから分かってた。だから、お前を選んだのは、そういう理由だ。一種の、ハンデみたいなもんだ」

 

事実、箒やボーデヴィッヒと組んでいればさぞ恐ろしい結果が待っていただろう。

 

「お前が期待してるような理由で選んだわけじゃねえよ」

「…………そっか」

 

デュノア嬢は笑った。

 

「勘違いすんな、俺はそんなにお人よしじゃあない。俺は、俺は、お前らが考えてるよりずっと」

「一夏」

 

ニコニコと笑ったまま、彼女は俺の背中に腕を回した。ぎゅうと、体がきつく締められる。

え、なにこれ。プロレス技に移行したりすんの? 多分バックドロップ。シャイニングウィザードだったら即死だった。

にしても無駄のない動きで俺に組み付いてきやがったぜ。もはやグラップラーシャルをチャンピオンで連載していいレベル。

 

「一夏はね、一人じゃないんだよ。僕を、みんなを頼っていい」

「……はい?」

「ここのところ、みんなを遠ざけてたでしょ? あんなことする必要ないよ。みんな、一夏の傍に居たくて居るんだから……もちろん、僕も」

 

俺の胸元に顔を埋めていて、デュノア嬢の顔色は分からない。

体が震えるぜ、この感触。すげー柔らかい。女子の体はホンマブラックホールやでぇ……ってそうじゃねぇ。

ある意味震えるわこれ。正直、狙いすぎだろ。いくらなんでも露骨だろこれ。

 

「……気持ちは嬉しいけど、無理だ。俺の人生は俺だけのもので、それで」

「一夏の痛みは一夏だけのものだって言うんでしょ? 僕はそんなの受け入れられない。一夏の痛みを、少しでも背負いたいよ」

 

嗚呼。

この野郎。

本当に、嗚呼、抱きしめ返したい。可愛すぎるだろ、健気すぎるだろ。シャルロット可愛いよシャルロットマジ天使いや本当に。シャルロットが可愛すぎて世界と俺の人生がヤバい。

正直にぶっちゃけよう。

俺、デュノア嬢ならハニトラで騙されてもいいかなって思った。

 

「僕を隣に居させてよ。僕は一夏が思ってる以上に力持ちだよ? 荷物も、痛みも、一夏が思ってる以上に背負えるから。だから……」

 

ああああああああヤバいやめてやめてやめて。俺の心に入ってくるなああああ。BGMはハレルヤ。

誰か早く助けて、本当に助けて。ポジトロンライフルが効かないのこの子。

そうして俺が公道で気持ち悪く身悶えしていると、救いの手、もといロンギヌスの槍は思わぬところから投げ放たれた。

 

「シャルロットちゃん?」

「あれれ、これはカップル確定ですか~!?」

 

不意に声をかけられ、ビクッとデュノア嬢の肩が跳ねた。慌てて俺から離れた彼女の頬は赤い。

バッと声の発信源に顔を向けると、茂みからこちらを覗いてる相川と谷ポンがいた。

この野郎……マジ助かったですありがとうございます。

 

「織斑君も隅に置けないねぇ~。金髪美少女を捕まえちゃうなんて」

 

捕まえられそうなのは俺だっつーの。立場が逆だ逆。

真っ赤に燃えて相川にデコピンをしろと轟き叫ぶ右手を必死に押さえつけ、俺は一瞬で不機嫌そうな面に転じたデュノア嬢に視線を向ける。

 

「で、どーすんだよ、後払いは」

「ふぇ?」

「参加の先払いは済ませたろ。後払い、さっさと決めちまえよ」

 

パツキンの美人さんから一夏呼びは正直とてもクるものがあって赤面ものだが、まだ後払いが残っている。きちんとリポ払いしとけよ俺。ご利用は計画的に。

……箒あたりが一括まとめて払いで肉体関係求めてきそうでヤだな。

 

「あ……えっと……う、うん。じゃあ」

 

両手の人差し指を突っつき合わせるという乙女ちっくド真ん中な仕草と共に、デュノア嬢は言った。

 

 

 

 

 

 

 

「俺をランプの魔神か何かと勘違いしてるみてーだな」

 

翌週月曜日、専用機バトルマッチの振り替え休日。

多くの生徒がモノレールに乗って外へと繰り出す中、俺もご多分に漏れず私服でモノレールの座席に座り込んでいた。秋っぽくオックスシャツにVネックセーター。足組んで仏頂面、額に青筋の姿はどう見てもゴキゲンナナメだ。実際そうだし。

対照的に鼻歌交じりなのが俺の隣のデュノア嬢だ。

 

「いーちかっ」

「ああ? なんだよ」

「一夏?」

「はいはいなんでございましょうか」

「一夏っ」

「ったく、何度も呼ばなくても」

「……一夏」

「…………なんだよ、シャルロット」

「! な、なんでもなぁーいっ!! んふふっ」

 

う、うぜぇ……

淡い色調のシャツの上にざっくり編み込んだニットワンピースを重ねて、シャルロット――もとい、デュノア嬢が嬉しそうに目を輝かせる。いちいちあざと可愛い。

しかし後払いの内容はあざといを越してせこかった。

 

 

 

『あのね、僕だけ一夏って呼ぶのは不公平だと思うんだ……だから、僕のことをシャルロットって呼んでほしい』

『は、はぁ……ッ!?』

『あっ、待って待って! 今度の月曜日、ぼぼ僕と出かけようよ! うん! 出かけよう出かけよう出かけよう出かけよう!!』

『オイ待て勝手に増やすな』

『じゃあ2つ言うことを聞いて! それがお願い!』

『小学生かよお前』

 

 

 

ごり押しにもほどがあんだろ。剛力かよ。あいつアイマス実写化したら絶対出そうだよな。出すなよ! 絶対出すなよ!

つーか何が悲しくて計三つの願いを叶えなくちゃいけねえんだ。空飛ぶ絨毯とか言われても『白雪姫』のウィングスラスターに乗っけて終わりですが何か。

 

「……で、何すんだ」

「箒とか相川さんとかと一緒に出かけてるんでしょ? 場数を踏んでる一夏にエスコートして欲しいなー」

 

チラッと擬音をつけてデュノア嬢がのたまう。なんか不機嫌アピールしてんぞこいつ。嫉妬のサインか?

理由っつったら……ああ、俺が他の女とデートしたことがあるっていう事実にムカついてるって設定か。

 

「何不機嫌になってんだよ、俺なんかしたか?」

 

まあここは華麗にスルー。

 

「……一夏のばか」

「なッ、日本じゃバカって言った奴がバカなんだぜ?」

「そういうところがばかなんだよ! 一夏のばーかばーか!」

 

止めろバカバカ連呼するな。それはデレ期に片足突っ込んだAAAランクの精霊にのみ許される禁断の技だから。

え? ドイツ代表候補生? ……うっ、頭が…………

 

「……」

「……」

 

少し落ち着き、互いに窓の外を眺めて時間をつぶす。

考えている今日の予定はデートプランとしてはありきたりで、映画見てメシ食って店見て終わりな具合だ。シンプルイズザベストって姉さんが言ってた。突き詰めすぎて刀一本で世界取ってたんだから間違いない。

 

「はぁ……部屋にちゃぶ台がほしいぜ」

「ちゃぶ台? 日本のインテリアだよね、機能性も十分の和装だって聞いてるけど……なんなら見てみようか? まだ映画まで時間があるみたいだし」

「おお。まだ俺たちはメトロン星人に狙われる心配はないしな」

「め、メトロン……?」

 

通じないか。まあ通じたら困るし。

メトロン星人が狙うほど、俺たちは信頼し合ってねぇってことだよ、デュノア嬢。

 

 

 

 

 

 

 

インテリア含む雑貨店を適当に冷やかした後、俺たちは映画も見終わって近くのファミレスに入っていた。

映画の内容は単純なラブロマンスで、俺の専門外な内容だった。童貞があんなん見てもちっとも共感できねぇ。女の子の反応ってそんな劇的じゃないだろ。

つーか主演は何なんだよあんなイケメンで運動できて勉強もできる人類最強スペックの男とかいるわけねえだろ。多分いても一人。名前は織斑一夏。

 

「うーん、やっぱり一夏はああいうの嫌い?」

「嫌いってワケじゃねえけど、なんつーか共感できねえ。必要性に著しい疑問を感じる」

 

ちなみにこれモテない男がよく使う言い訳。

だからといって俺がモテない理由にはならない。2つの事象は必要十分条件じゃないからな(必死)

そう言ってアイスコーヒーを口に含むと、目の前でメロンソーダをストローでかき混ぜながらデュノア嬢が俺を見ていた。

 

「んだよ」

「……ダメだよ、そんなの。一人で生きていくことなんて誰もできないんだから」

「はあ? ……悪い、注ぎ足してくる」

「人を遠ざけるのは、人の温もりが怖いから? 慣れてないから? だから最近になって一夏は……」

 

席を立ってもデュノア嬢は思考の海に沈んでる。なんかぶつぶつ言ってて怖い。

ドリンクバーに行って、グラスを変えてコーラを注ぐ。

ふと、前にみんなでファミレスに行った時のことを思い出した。夏休み明け、専用機持ちの5人で行った。巨乳先生にパシられた帰りだったっけ。

懐かしくなって笑う。鈴はくだらねーことしてたし、ボーデヴィッヒはお子様ランチに興味津々だった。

あのころは毎日バカなことばっかしてたな……

 

「一夏?」

「ん、ああ」

 

メロンソーダもなくなったのか、空のグラスを持ってデュノア嬢が俺の横に来た。

 

「悪ぃ悪ぃ」

「……何してたの?」

 

また思い出した。染み抜きの技術を披露したらおばあちゃん扱いされてマジ拗ねしてた箒。

やっべえ笑いそう。

 

「少し昔のことだよ」

 

デュノア嬢から顔を背け唇を噛む。

思い出し笑いとか俺最高にキメェ。

 

「……ッ!」

 

と、デュノア嬢が俺のセーターの袖を掴んだ。

見れば目に涙をためて恐る恐る俺の顔をうかがっていた。小動物チックな動作が保護欲をそそる。

 

「ぼ、僕らじゃだめなの……? 今一夏の傍にいる僕らじゃ、一夏の役には立てないの?」

「は?」

「あのね、あのね、僕らは一夏に一人で戦ってほしくない。一夏に孤独になってほしくない。だって、一夏は僕の――」

 

鬼気迫る言葉にリアクションが取れず、俺がフリーズしていると、デュノア嬢も動きを止めた。

視線が俺からズレる。俺の背後。

振り向けば、さっきまで俺とデュノア嬢が座っていた席に追加の来賓がいらっしゃった。

 

「一夏、まだドリンクバー以外に注文はしていないのだろう? 早くしろ。私はミラノ風ドリアが食べたい」

「あたしはハンバーグステーキでいいわよ。チキンはみんなで分けましょ」

 

マイ幼なじみタッグ。いつの間に来たんだテメェら。

 

「……一夏」

「行くぞシャルロット。行きざまにこけてあいつらにジュースぶっかけてやろうぜ」

 

シャルロットさん、ドジっこアピールですよ、ドジっこアピール!

 

「…………ふふっ、何それ。女の子にしていいことじゃなくない?」

「あそこにいるのは未知の敵だと思え。目標をセンターに入れてずっこけ、目標をセンターに入れてずっこけ……」

 

迫真の表情で水かけアクシデントをシュミレートする。完璧な演算だ。これなら「バカ! 目標が見えない!」と理不尽に怒鳴られることもあるまい。

俺は一足先に席に戻ろうと足を踏み出す。通り過ぎざま、デュノア嬢はぼそりと呟いた。

 

「ごまかせたと思わないでよ」

 

……

…………女子怖ぇぇぇぇ。

席まで戻り、ひとまず足の震えをごまかしながら箒に言い放つ。

 

「後でイタリアンジェラートお前の顔面に叩きつけるから」

「何ゆえっ!?」

 

八つ当たりに決まってんだろバカ野郎。

 

 

 

 

 

 

 

――夜月輝く丑三つ時。

俺は毎度のごとく、自分の部屋を抜けて楯無の部屋に来ていた。

今日は彼女が暴れたわけではなく、本人から呼び出されたのである。

 

「結婚に、興味はないかしら?」

「ファッ!?」

 

初球から剛速球ど真ん中ストレートだった。

何言ってんだあんた一体。

 

「かんちゃんを任せられる相手は、あなたしかいないの」

「……はあ」

「まあ、手持ち無沙汰でこういう話をするのもあれよね」

 

そう言って彼女はベッドの下から瓶を取り出した。

焼酎やん。

 

「お、おい。何してんだお前」

「え?」

 

グラスにからんころんと氷を落とし、ロックに割る。

こいつマジかよ。

 

「ほらどうぞ」

「えぇー……」

 

吹っ切れたというか一周回った感のある笑顔でグラスを手渡された。

月明かりが部屋に差し込む。

 

「もうあなたが学園最強だという意見に異論を挟む者はいないわ。それはもちろん、卒業後のあなたへの期待につながる」

「……立場を、姉さんみたいな立場を、自分で得ろってことか? その上で、妹さんを守れって?」

 

口の中に流し込む。液体と触れる口内の粘膜が熱い。

楯無はグラスの中身を、ごっごっごっと一口に飲んでいってしまった。大丈夫かよこいつ。

 

「……気づいているんじゃ、ないの?」

「あ?」

 

「ハニートラップ」

 

 

 

――例えば、文化祭の時。

――俺のクラスメイトたちは、みんな、チケットを渡す相手がいないと言っていた。

――それはつまり、学園の外に、彼女たちの家族がいないということで。

 

――例えば、俺がマドカちゃんと初めて戦った時。

――その映像を見て、クラスメイトたちは、『サイレント・ゼフィルス』を知っていたかのようなコメントをしていた。

――それはつまり、こういった情報を与えるバックボーンが彼女たちの背後にあるということで。

 

 

 

「捕まるわよ、このままじゃ」

「……何のことですか?」

「鈍感難聴にしなかったのは失敗よ、一夏君。もう通じない。あなたは逃げられない」

 

月明かりが楯無の顔を照らす。

 

「更識は、日本を守るための一族。対暗部用暗部。だから、日本の機密情報を調べるのは骨が折れたわ」

 

ウィンドが展開される。青いそれに映るのは、俺のクラスメイトの一覧。

 

「代表候補生、篠ノ之箒、そして一夏君本人。――それ以外は、全員、クロ」

 

俺は何も言えなかった。

 

「肉親が政治犯なのが主ね。報道こそされないけど、反政府的運動の取り締まりだって私たちの管轄だし」

「………………」

「ねえ一夏君」

 

あなた守るって言ったわよね?

全員を守るって言ったわよね?

あなた、味方なんていないわよ?

全員敵よ?

あなたが守ろうとしてるものは、全部あなたの敵よ?

 

 

俺は、何も言えなかった。

 

 

 






諸事情で春先まで更新を凍結させていただきます。
申し訳ありません。

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