この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

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短め。


7秒後のハニトラさんと、俺。/悪鬼

食堂へ行く。

食欲がなくても行く。

諸事情(溢れ出すこのマイハート)で三大欲求の内一つが根こそぎ破壊されていても行く。

世間体があるのだ。あの織斑さんの弟さん、物を食べなくても生きていけるんですってよ。とか言われても困る。

故に行くのだ。

 

「…………飯島さん、そこはさすがのVIPでもヤバいっす」

「!!?」

 

食堂へ向かう途中、IS保管庫の扉の前で突っ立ってる飯島さんを発見。

『安保守護隊(インペリアル・ロイヤルガード)』のエースらしい。エースだって情報は束さんから聞いた。

 

「お、おぉ。織斑一夏……ゴホン、久しいな」

 

――瞬間、『白世』を展開。

音速に等しい速度で振り、彼女の首元で寸止めする。

 

「……ッ」

 

……おいおい、なんで俺の首筋にも日本刀が添えられてるんだよ。今のになんで生身からの部分展開をぶつけられるんだよ。反応速度おかしいんじゃねえの。

 

「今の俺は生徒会長としてそれなりの権限を持っているんです。貴女を即時拘束することだって」

「できるのか、君に」

 

眼前から飯島さんの姿が消える。と思いきや、四方八方から俺に向けられる銃口。識別、『87式突撃砲』――日本製。

飯島さんの部下か、同じ制服を着込んだ女性達が、俺を取り囲んでいた。さすがに汗が出てきた。これやばいかも。

姿を消したのはISに搭載されたイメージ・インターフェース兵装なのか、飯島さんが涼しい顔で俺の後ろから出てきた。

そちらに向き直る。

 

「……ッ。日本からの干渉にしちゃ、先例のないレベルですね」

「それだけ君の就任後から、不穏な動きが見られているということだ」

「ハッ。篠ノ之束と個人的なコネクションを持つ俺がそんなに妬ましい……いや、怖いんですか」

 

思いっきり殴られた。勢いのあまり床に叩き付けられる。

口の中に鉄の味が滲む。

 

「…………ってぇな、このやろう」

「動かなければ邪険には扱わないさ。今回の調査の後には、正式な査察が――」

 

ふと、飯島さんが周囲を見回す。

なんだ、いきなり俺から注意を逸らした? ……さっきから頬を伝う汗がうざい。邪魔。俺プレッシャーに弱すぎ……汗? この秋に?

 

「――や、べっ」

 

俺は飯島さんを仰ぐ。

 

「逃げろ! ぶっ殺されるぞ!」

「はあ?」

 

 

 

瞬間、銃を構えていた女性のうち一人が、『爆砕』した。

 

 

 

『…………!?』

「うおわっ!?」

 

さすがエリート軍人と言うべきか、ビビるというよりは、驚愕の色のほうが強い。俺? 心底ビビった。

その女性だったものがぶちまけられる。内側から張り裂けた軍服の上に、ぶよぶよした肉塊が乗っかった。

とはいえ……大して見知りあいでもないし、俺からすればどーでもいい人だったからか、さしてショッキングでもない。

 

「やりすぎだろーがコレ……壁にまで飛沫かかってんぞ。『淑女(レイディ)』のすることかよ」

 

遠方。廊下の向こう側から、ふらふらと幽鬼のような足取りで歩いてくる少女。

 

「……ろしてやる……一夏君に……銃を……にして…………ゆるさ……」

 

更識楯無。――大切な人が傷つけられることを、極度に恐怖するようになった少女。

俺の、同類。

 

「日本政府は簪よりあいつのISを先にどーにかするべきだと思うぜ? 実質キチガイみたいなもんだし、あいつに預けておくヤツの気がしれんね」

「……管轄外だ」

 

やれやれ、偉い人はすぐにそうやって逃げる。

 

「とりあえず、あんた達の命は俺が保障してやる。今日は大人しく観戦しとけ」

「――チッ」

 

銃をしまい、女性方は逃げるようにして立ち去っていった。

追撃しようと身構える楯無。俺は制服をはたきながら彼女に近づくと、耳元で魔法の言葉を囁いた。

 

「大丈夫。俺と簪はもう安全だ」

「――――――」

 

膝から、崩れ落ちた。

 

……姉さん。多分、監視カメラで見てるんだろ?

この飛び散った邪魔な肉の処分は任せてもいいよな?

俺は今から、昼食抜きで、この女の子を寝かしつけてやらなきゃいけないからさ。

 

 

 

 

 

第二試合。

少しばかり離れたところの第一アリーナでは、先輩ペアVSファーストセカンド幼馴染連合が戦いの準備をしているはずだ。

俺とデュノア嬢は、すでにISを展開してアリーナに浮遊している。

 

「い~ち~かぁ~」

「わ、悪かったって、昼飯すっぽかしたのはあれだぜ、事故なんだよ。だってほら、俺がデュノア嬢みたいな可愛いガールとのご飯をすっぽかすワケねえだろ?」

 

誤魔化し半分。ぶっちゃけ欲望というか本音が先走った。ヤッベ、こんな風に情報封鎖がダダ甘だからハニトラに狙われんだ俺。

戦闘直前、対策も戦略も十二分。後は、運。

 

「つーか余裕だな……油断してる?」

「『クアッド・ファランクス』がないだけで、大分動きが自由だからね。あんなの使う機会ある方がおかしいよ」

 

先の試合では4門で済んだ。もしフルバーストとかなったら、全20門のメインガトリングと8門の小型サブガトリングガン、さらには無数のマイクロミサイルを展開することになる。

そうなったら……考えたくもないね。

 

『一夏。楯無が『散らかした』件については処理が完了した』

「どーせ山田先生パシったんだろ」

 

涙目で死体処理する巨乳先生か……アリですね(脳内判定)

まあ今のあの人はクール入ってるから涙目とかじゃないだろうけど。キュートでもパッションでもいけるはず。

 

『職権だ。それよりもう始まるぞ。……先ほどの戦闘、結局どうなった。片腕の融解があまりにも短くて感知されないと思ったか? 大間違いだぞ』

「もう完治してるっての」

「一夏ッ!!」

 

隣でデュノア嬢がいきなりかんしゃくを起こした。

 

「なんでそんなこと言うの!? 一夏が傷ついて、僕たちがッ――!」

「――あっちが来たぞ口を閉じろ。試合開始だ」

 

黙れ。

 

黙れ。

 

それを、言うな。

 

俺はそれに気づいてはいけない。

 

気づいてはいけないんだ。

 

『護られる側の痛み』の概念は理解した。

 

それでも進むって決めたんだ。

 

だから。

 

無視するしか、ないじゃないか。

 

そんなものないって。

 

そう、自分に言い聞かせるしか、ないじゃないか。

 

 

「待たせたな」

「レディーは色々時間のかかるものですわ」

 

不遜な態度で相手方がやって来た。

デュノア嬢は舌打ち。おいレディーいいのかそれで。

 

「……今は、試合に集中する。でも一夏、僕は」

「……分かってんよ」

 

きっといつか向き合うだろうと、デュノア嬢は思っている。

俺は、そうは思わないけどな。

試合開始のブザー。左右に飛び散る相手チーム。

俺とデュノア嬢は互いの相手を確認し、それぞれ追いすがった。

 

俺はボーデヴィッヒ。デュノア嬢はオルコット嬢。

 

「あらあら、一夏さんではなく貴女が相手ですか……ですがまあ、」

「ごめんねっ、一夏じゃなくて……でもまあ、」

『すぐに終わらせて差し上げますわ/あげる!』

 

言葉と同時、オルコット嬢は『スターライトmkⅣ』を速射。デュノア嬢も負けじとランダム機動で回避するが、反撃のタイミングを与える間もまなく『コバルト・ティアーズ』六機が切り離された。

蒼い光が飛び散る。

 

「くっ! 射撃とビットを同時に……ッ!?」

「かつての私とは違いましてよ!」

 

舞踏曲でもバックに流れてるのか、優美に優雅に蒼が舞い踊る。

オルコット嬢本人も含め七方向からの攻撃回避するデュノア嬢は、ライフルの引き金にかけた指を動かす余裕すらない。

 

「よそ見する暇が貴様にあるか!?」

「っと」

 

『白雪姫』がアラート。左右から叩き潰すような偏向重力。AAICの応用力も大分向上してやがる。

飛び上がって回避し『虚仮威翅:光射形態』で狙い撃つ。この弾速はさすがに驚異に感じていたのか、ボーデヴィッヒは光の切っ先の延長線上に絶対ぶつからないよう高速機動を開始した。

 

「まだですの!?」

「あと少しだ!」

 

飛び交う閃光と怒号。聞き取れた言葉からして何かの作戦があるらしい。

それはこっちも変わらない。

状況はどっちもどっちだ。

 

「ボーデヴィッヒを撃ち落とすより先に、お前がやられんなよな!」

「分かってる! 心から信頼してるよ、もし僕が間違えちゃったらその時は、一夏の炎で包んでね!」

「ざっけんな、お前は誰よりも美しくなんかねぇよ!」

 

一瞬だけデュノア嬢とすれ違う。軽々しい言葉の応酬が肩の荷の助けになりゃいいが。

とにかく、俺の相手はボーデヴィッヒだ。レーザーだけじゃ芸がない。そろそろこの単調な攻撃にあちらさんも慣れてきただろう。だからリズムを崩すチャンスはそこにある。

 

「いい加減本番と行こうぜッ――かかってこい!」

 

懐剣を消し大剣を呼ぶ。

インファイトにおいてAAIC並びにAICは天敵だ。二人がかりで対応できたらいいが、相棒がオルコット嬢に付きっきりな以上は俺がどうにかするしかない。

 

「フン、いい度胸だッ――かかってこい!」

 

向こうもプラズマ手刀を展開し距離を詰めてくる。近接戦闘のタイマンでAICは鬼門だ。

攻略の糸口を見つける前に俺がぶっ殺される可能性だってある。

 

『一夏、どうにか僕と立ち位置を変われないかな?』

『どういうことだ?』

 

個人秘匿回線が唐突に問う。

桃色の閃撃を捌いて俺は転がりどくようにローリングサイドブースト。わずかに俺の足先を掠めて重力の柱が真上から突き立つ。

 

『同時に虚を突くってこと!』

『オーライ。向こうも何か企んでるみてーだがどうする?』

『それにタイミングを合わせる。多分狙いは君だよ、厄介者は先につぶした方がいいからね』

 

何その言いぐさ、一夏傷ついちゃう。まあ言い分は分かるけどさあ……

ともあれ方針は決まった。仕掛けてくるのを待つだけだ。

 

「よく立ち回るものだな!」

「こいつが本業なんでね、俺の剣域でそう自由に戦えると思うなよ!」

 

ボーデヴィッヒは獰猛な笑みを浮かべる。心臓の弱い子がそんな目で見られたら失禁しちまうぜ。かなりんとかな。

…………お漏らしかなりん、か……

 

「! そこだ!」

「ファッ!?」

 

今まで息を潜めていたワイヤーブレードが、思い出したように躍り掛かってきた。テメェ人が妄想に浸ってる至福の時を邪魔しやがって!

四本まとめて『白世』で打ち払う。こういう時に幅のデカい剣は便利だ。斬撃倍加がありゃいいんだけどな。多分デュノア嬢は射撃倍加。速射貫通のクライムライフルとかそんなん。

ふと、俺の眼前でボーデヴィッヒが呟く。

 

「狙いは?」

「完璧ですわ!」

 

それに何故か、離れた空間でデュノア嬢とやりあってるオルコット嬢が答える。

刹那――俺の身体はあらぬ方向へと叩き飛ばされた。

 

「ふんもっふ!?」

 

ヤロウッ、AAICをあらかじめ設置してやがった! タイミングを任意に設定しとけば、『白雪姫』が感知する前に俺を弾き飛ばせるって寸法か!

 

「ぐあッ」

「きゃあっ!? もう一夏、そういうのは二人きりの時に……」

 

勢いのままデュノア嬢に激突する。計算通りってワケかよ。

 

「うっせえ妄想超特急! 勝手にニュージェネの狂気引き起こしてろ!」

 

それよりヤバいッ、固まってしまった俺とデュノア嬢を包囲するようにしてBT兵器が配置されてやがる。

アイコンタクトすら不要。互いにやるべきことは分かっていた。

俺とデュノア嬢は同時に互いを蹴り合う。作用反作用を絵に描いたように弾かれる。さきほどまでいた地点を幾重もの光跡が埋める。コンマ数秒前の俺たちを狙った攻撃だ、ならば俺たちが動きさえすれば当たらないのは明白。

 

だ、が――放たれたレーザーは一直線に過ぎることなく、俺たちに追いすがるように急転換してきた。

 

「ッ!?」

 

俺に三発、デュノア嬢に三発、直撃。

装甲が吹っ飛び焼け付く。鉄の焦げる臭い。

こいつッ……いつの間に偏光射撃(フレキシブル)を習得してやがったんだッ!?

 

「いただきましてよ!」

 

『コバルト・ティアーズ』が全出力を持って残存エネルギーを撃ち出す。

死角などないその一斉砲火。

 

「避けるんじゃなくて打ち払えッ」

「言われなくてもッ」

 

モーターブレードと『白世』が踊る。

交差する閃光を弾き散らす。

ロックオンアラート。最悪のタイミング。狙い澄ました一撃。

ボーデヴィッヒのレールカノン。

 

「まだだッ」

 

まだ負けてない。

『白世』を量子化し、『虚仮威翅:光刃形態』を呼び出す。狙いは一点、レールカノンの砲弾。

切り裂く。

 

「だらぁっ!」

 

迎撃成功! 弾丸はレーザーブレードとまともにぶつかり合い、蒸発した。

俺が追撃すべくアクセルを踏み込もうとしたところで、ボーデヴィッヒが表情を変えずに告げる。

 

「終わらせろ、セシリア」

 

あらぬ方向からのアラートが重なる。配置された『コバルト・ティアーズ』は俺を取り囲んでいた。

や、べっ。

スローモーションで世界が動き出す。

あ、これ、対処できねえや。

 

……

 

…………ちょっと待て。

 

俺の相棒は、何してんだ?

 

さっきデュノア嬢は俺に、相手の虚を付く作戦を提案した。

そんなやつがさっきから息を潜めてどっかに逃げ出してやがる。

 

無意識のうちに言葉が出た。

 

「狙いは?」

『――完璧だよ』

 

瞬間引き金を絞る間すらなく、横合いにオルコット嬢が吹き飛ばされた。

悲鳴すら上がらないらしい。オルコット嬢のバイタルサインを確認すれば、半ば失神状態なのが分かった。頭部に攻撃をモロに食らったらしい。しばらく行動不能だろう。

 

「ちゃんと左右を確認してから銃を撃たなきゃ、ね?」

 

オルコット嬢の死角に潜り込んでいたデュノア嬢――左腕に取り付けられたのは、見間違うことなく、デュノア社製の。

 

――――『鉛色の鋼殻(グランド・ダイバー)』ッ!!

 

「お父さんからの、初めてのプレゼントだよ」

 

あの時、社長さんが送るって言ってた武器。射出機能を備えた、ロマン低下型パイルバンカー。

ただ、威力は折り紙つき。

 

「トドメ刺してくる。……一夏」

「分かってんよ」

 

『白世』を消して両手にハンドガンを召還。

ここから先は、デュノア嬢も俺も、単なる狩りに過ぎなくなる。

AICもAAICも無意味だ、だって二対一だし――もう距離とって削りまくるだけだし。

ボーデヴィッヒの表情が、引きつった。

 

 

 

 

 

ドイツ製第三世代機を削りきって、俺とデュノア嬢は辛勝に苦笑いを浮かべた。

ピットに戻る途中で反省会。

 

「正直セシリアを見くびってたよね」

「あー確かにな。まさか偏光射撃が来るとは……つーかお前、『鉛色の鋼殻』あんなら最初っから言っとけっての」

「隠し玉だったし、その……お父さんが、一夏を驚かせてやれって」

「……あんのヤロウ」

 

膝をつかせてISから降りる。

妙な入れ知恵をしたあのオッサンにはしかるべき報いを与えてやる。次会った時にイナゴの佃煮でもプレゼントしてやろう。絶妙な甘味の中で悶え死ね。

 

「次は鈴と篠ノ之さんかぁ……」

 

……今の言葉で、ふと気づいた。

専用機持ちは、全員が全員仲良しってワケじゃねえんだ。全員とかかわりがあるのは……俺。俺をハブ空港みたいなポジションにおいて、多少交流しているだけ。

EU組、アジア組、俺と3グループぐらいできてんな。オイ、俺はどこの大陸出身だよ。なんでアジアから弾かれてんだよ。オセアニアかどっかか?

そんな中で際立つのが鈴の存在。あいつホントに、人の輪に馴染むのが早いというか。今だってデュノア嬢、鈴のことは名前呼びしてたし。

 

「休憩ぐらい考え事せずにとろーぜ」

「うわっ」

 

デュノア嬢の顔に真っ白なタオルをかぶせる。

唐突に視界を遮られて、彼女は驚いたように声を上げた。

 

「……もう。で、休憩はあとどれくらい?」

「んー、ざっと10分かな」

 

試合開始までは一時間ある。

50分間は、作戦タイムだ。

 

「デュノア嬢」

「ん? どうしたの?」

 

俺は――

 

 

 

「……いや、なんでもねえよ」

 

 

 

お前が笑顔で生きていける世界が、ほしい。

俺がハニトラに怯える生きていける世界が、ほしい。

俺の手の届く範囲で、俺の知る人が誰も傷つかない世界が、ほしい。

 

だから。

 

だから俺にとって、邪魔なものがある。

 

お前の親父さんにとって、邪魔なものがある。

 

それをぶっ壊す。

 

俺は。

俺たちは。

 

「……恨めよ、飯島さん」

 

ここからは見えないVIP席に陣取るであろう女性。

あの人には悪いと思う、が――

 

俺たちは、日本をぶっ壊す。

 

 




次でトーナメント終了です。
その後は完全オリジナルになります。

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