「はろはろはろはろーー! いつもより多めにはろはろしてます、束先生だよーっ!!」
一組の教室に束さんのテンションクッソ高い声が響き渡った。
「……姉さん、何をしてるんだ?」
頭が痛そうに箒が表情を歪めた。
まあ、何の予告もなしに座学の特別講師とか言って世紀の大天才兼実姉がやってきたらビビるか。
「先週のハルフォーフ大尉といい、一昨日のアメリカ代表といい、最近妙にゲストが豪華じゃない?」
「実戦形式の訓練が、しかも全学年合同で行われることなんて学園の設立以来初だろう。しかもそれがここのところ連続しているとなると、な……」
デュノア嬢と箒がわざとらしくジトっとした視線を向けてきた。
そう言われると俺としても……責任者としてすごく、冷や汗ものです。
「強くなっているから、それでいいんじゃないか? 全生徒の技術が向上しつつあると、私も保証するぞ」
「ほらテメーら、ドイツ最強の特殊部隊隊長がこうおっしゃってんだ、別にいいだろ結果オーライだ」
「よせよせ。そう褒めるな」
「なお指揮能力は……」
「張っ倒すぞ貴様」
ボーデヴィッヒと至近距離で睨み合う。
「ほらほらそこ、この束さんの授業だってのにギスギスした雰囲気つくらないの!」
「「……チッ」」
まあ……ケンカ仲間ポジションができて実は嬉しかったり。
「ケンカ仲間ができたからっていっくんはしゃぎすぎなんだからー」
「うわあああああああああああああ」
普通にバラしやがったァァァッ!! この人マジで容赦ねーな!
「へぇぇ……友達増えて嬉しいんだー、織斑君ってー」
「わーかっわいー」
ニヤニヤニヤニヤしながら俺の方を見てくるクラスメイツ。お前ら大概にしろよ。
唐突な恥辱すぎて机に顔を突っ伏す。
今まで、生徒会長になって俺のやってきたことなんざ、本当に学校のためを思ってやったことなんて一つもない。
諸君、この学園は最悪だ。
構造改革だとか、なんとか改革だとか、俺はそんなことには一切興味が無い!
あれこれ改革して問題が解決するような、もはやそんな甘ちょろい段階には無い!
こんな学園はもう見捨てるしかないんだ、こんな学園はもう滅ぼせ!
――とまでは言わないけれども、学園運営にはこれっぽっちも興味がない。
今んとこは布仏の姉さんをこきつかってるだけだし、楯無が復帰したら副会長辺りのポジションを押し付けて馬車馬のように働かせてやる。
んでも、学校運営とは別のところで、権力とか権力とか色んなもん使ってやりたい放題やらせてもらった。
まず全校を巻き込んで行った実戦形式の演習。学校中のISを総動員して、数少ないとは言え一般生徒をランダムに選出して演習に参加させた。
……名義上は、ランダムだ。俺がどういう基準で生徒を選抜したのかは、姉さんにも、楯無にも伝えていない。
次に外部講師の召還。これについては俺個人のコネをふんだんに活用している。
ハルフォーフ大尉率いる黒ウサギ隊を呼びつけたり。
コーリングさんの後釜として正式にアメリカ代表となった少女を呼びつけたり。
今日は束さんを呼びつけたり。
「あ~クッソ、雇い主をからかわないでくださいよね。金払いませんよ?」
「ふうん?」
意味ありげな視線を向けてくる束さん。
……やめてくれよ。いまさらになって罪悪感が芽吹いてくるだろ。
外部講師には金なんざ一銭たりとも渡してねえ。
このことについては、全員同意してる。
けれど、学園の予算には、生徒会の組んだ予算には、しっかりと講師への謝礼金がかかれてる。
大物であるがゆえに、莫大な謝礼金の額が連ねられている。
意味は、まあ、そういうことさ。
束さんはすぐにその視線を教室に散らした。
息をついて、ふとボーデヴィッヒの方を見やる。
「そ、そうか……友達か、私と貴様は……ふふっ」
テレてた。
えっ……えっ。
俺の視線に気づいて、ハッと表情を引き締めなおす少女。うーんこの。
……可愛いじゃねえかチクショウ。
「最近は第四世代のISをより簡略化した、量産型の『紅椿』にばっかり手をかけててねー。あ、今は『人魚姫(ストレンジ・ガール)』か」
「そ、そんなのを作ってるんすか……」
初耳なんだが。
「もう少ししたらできるから、プレゼントするねっ」
「どこにですの?」
素でオルコット嬢が首をかしげた。
デュノア嬢とボーデヴィッヒは息を呑んだ。
箒は心配そうに俺のほうを見てきた。
クラスメイト達が沈黙した。
俺は、笑って誤魔化した。
「よ、元気してるか? 姉さん」
放課後。
タッグマッチ戦に向けて今日もデュノア嬢と訓練の予定だが、俺はその前に姉さんの部屋を訪れていた。
こないだの戦いで散々に痛めつけられたわけだが、対外的には体調不良による病欠となっている。生徒のみんなも心配しているが、俺だって心配だ。
「そういや聞いたんだけど、福音ってあれ、副機にもコアを使ってたらしいな。計3つが海中に沈んだってんだから、そりゃコーリングさん駆り出して捜索するわな」
沈黙。
「そういや束さん、『紅椿』を量産化するんだとさ。姉さんの『暮桜改』の修復はいつになるんだろうな」
沈黙。
「あーなんだっけ、そうだ、イチから作り直すとか言ってたな。『暮桜』の完全上位互換機体で、まーた1つコアを新規に製造するんだと。愛されてるねえ」
沈黙。
……話題尽きちまったぞ。
なんだよこの姉。弟とコミュニケーション取る気ゼロかよ。拗ねるぞ、だって俺シスコンだし。
「……スコール・ミューゼルは、奴は、剣で私を打ち倒した」
「…………」
唐突に語りだしやがった。
「覚えておけ、奴に篠ノ之流剣術は通用しない」
「……なんで、だよ」
今の今までずっと黙り込んでいた姉さんが、その目に暗い光を点して、唇を動かす。
まるで死に掛けている病人が、最後の力を振り絞って今際の言葉を遺すように。
「何故なら――――奴が、私以上の、篠ノ之流剣術の使い手だからだ」
そう言った。
「……ッ!?」
どういう、ことだ?
「なんで……『亡国企業』のボスなんだよな? なんでそいつが、篠ノ之流を」
「分からん。だが、まったくありえない訳ではないだろう」
……姉さんは、首を回して窓の外を見た。
美しい海景色が見える。孤島であるがゆえの絶景。
「有事の際は私も動く」
「ISもないのに?」
「変わりに、パワードスーツを一つ、真耶に仕入れさせた」
「ISスーツに追加機能をつけただけだろあんなもん。こっちの技術科で勝手に手ぇ加えさせてもらってるぞ」
俺がそういうと、姉さんは驚いたように視線を飛ばしてきた。
「どうして知っている? 誰にも言わないように命令していたはずだが」
「勘違いしてないか姉さん、今の俺は、IS学園生徒会長だ。学園のことはすべて俺の耳に入る。そうさせている。ここは俺の国みたいなもんだ」
ぽかんと、情けなく姉さんは口を開けた。
技術科も久々にIS以外がいじれるということで結構ノリノリだったりする。
少しして落ち着いたのか、逆に一週回っておかしくなったのか、姉さんは突然笑い出した。
「……ふっ、ははははは! あっははははは! 私のいない間にまあ、ずいぶんと頼もしくなったものだな!!」
「痛ぇ! 背中叩くな! マジで痛ぇ背骨折れるっての!」
ベッドに寝たまま、姉さんはバシバシと俺の背を叩いてくる。
ったく……久々に笑ったよな、姉さん。
やっぱ美人だよアンタ。
「ん? どうかしたのか、私の顔に何かついているのか?」
「ああいや、なんでもねえよ。んじゃ俺は訓練行ってくるから」
まさか見蕩れてたとか言える筈もなく、俺は素早く後ろに振り返るとそのまま退室した。
なんだか今、すごい『白雪姫』を乗り回したい気分だ!
「……はあ、照れ顔一夏ぺろぺろしたかった……」
そして、当日が、やってきた。
会場である第一アリーナのピットで待機。第二アリーナでは、ボーデヴィッヒ&オルコット嬢ペアと箒&鈴ペアが戦っている。
「調整になると、このパッケージは重いよ……ねえ一夏聞いてる? 本当にこれ使うの?」
「まあまあ、全部は展開しなくてもいいさ。二門ぐらいあれば十分な脅しになるって」
ISスーツ姿で、デュノア嬢が眼前のウィンドウを睨み合いをしていた。
装備の打ち合わせの際、かなり極端な指示を出している。
彼女自身も初めて扱う後付装備が含まれていて、訓練をこなしてはいるものの、いざ本番となれば不安なようだ。
「ていうか、これを使う暇あるの? だって……」
デュノア嬢は俺と彼女の間に一つウィンドウをポップアップさせた。
今回の大会の対戦表だ。
「あー……まあ、使うときはあり得るぜ、そうならないようにするのが作戦なんだがな」
第一試合。
俺たちの対する相手は三年生ダリル・ケイシーの『ヘル・ブラッドver2.5』と二年生フォルテ・サファイアの『コールド・ブラッド』だ。どちらも上級生にして代表候補生、おかしいな一回目にして一番ヤバイ相手と当たってるぞ。
機体名も中2っぽいし……二つ名は『煉獄の猟犬』と『凍てつく血潮』に決定。命名俺。
そんなことを考えていると、横合いからデュノア嬢がじとーっとした視線をぶつけてきた。
「一夏? なーんか変なこと考えてない?」
「エスパーかよお前」
「考えてたことは否定しないんだ……」
呆れた様子で機体の最終チェックに取りかかる彼女に対し、俺は休日に見かけたサファイア先輩の様子を思い出す。ベルギー代表、やる気のなさそうな言動、意地になりやすいちょろさ。
今思い出しても愉快だぜあの性格。
「一夏、もうチェックしなくていいんだね?」
「ああ……構わねえよ。行こうぜ」
ピット内からカタパルトに移動する。ここからでも満員の客席が見える。
まあデュノア嬢なら大丈夫でしょう。ケイシー先輩相手に勝てるとは言わなくても粘ることはできる。俺はちゃっちゃとサファイア先輩を撃破しさえすればいいんだ。
「シャルロット・デュノア、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』! 行きます!」
完全にアークエンジェルのカタパルトみたいな雰囲気だった。あ、ネェル・アーガマですか。俺はピースミリオンがいいんだけど。
ま、向こうはもう2人揃ってて後は俺だけみたいだし、さっさと行きますか。
……どうでもいいけど、デュノア嬢、俺のこと一夏って呼ぶ時、若干照れるのやめてくれないかな。
あみだで適当に決めたって相川に言ったよな、騙して悪いが、あれは嘘だ。
俺が意図的にあみだくじを改竄して組んだ。『白雪姫』の偏光技術があれば軽い軽い。
その時、デュノア嬢にお願いしたんだ。一緒にペアになってくれって。選んだ理由は単純に勝ちたかったら。倉持技研とのコネもあってこいつの装備が一番合わせやすい。他の連中はアクが強すぎんだよ。
まあその時、ペアを努めてもらう条件として二つほどお願い事を聞いてやらねばならなくなったんだが。
性的なお願いとか来たりしませんよね……?(震え声)
『一夏』
「はいはい一夏さんです。なんですかもう出るんですけど」
姉さんが管制室から通信を飛ばしてきた。最後の最後まで出場に反対してたからなあ。
俺はにらむようにしてポップアップされたウィンドウに目を向ける。姉さんは少し悲しそうな表情で口を開いた。
『まだ私はお前の参加に反対だ。30分を過ぎたり重大なダメージを負ったりすれば、試合を強制中止する』
「あ゛? 世界中から来賓がいるのにいいのかよ?」
『知るか』
ふぇぇ……この姉怖いよぉ……
『だから絶対に無理はするな。いいな』
「無理せずに勝てるんならな。もういいか? 向こうも待ちくたびれるみたいだしよ」
姉さんは黙って目を伏せた。
自分でも、俺と姉さんのどちらが悪いかなんてすぐに分かる。自分で自分を殴りたくなる。今の俺は、バカなガキだ。勝手にイライラしてるだけだ。姉さんは俺の心配をしてくれてるのに。
「織斑一夏、『白雪姫』……行きます」
カタパルトが俺を射出する。PICで姿勢制御。2on2で向かい合う形。
両手に大剣とハンドガンを召還する。
さあ先輩方。愚か者の八つ当たりに、せいぜい付き合ってくださいよ。
試合開始のブザーが鳴る。四者共に、飛び出した。
「一夏ッ!」
「作戦通り行く」
通り過ぎざまに耳打ちするような格好でデュノア嬢に方針を伝え、そのまま加速。俺が引き受けるのはサファイア先輩だ。
予想通りあちらも一直線に俺めがけてかっとんで来る。『白世』を振り下ろす。サファイア先輩は絶妙なサイドブーストで勢いを殺さず回り込み、背後からサブマシンガンを乱射。俺もランダム機動で回避しつつ適当な距離でハンドガンを構える。
一方のデュノア嬢もきちんとダリル先輩をひきつけているようだ。
「へへっ、ちゃんとこっちに来てくれたっスね」
「ええまあ……ケイシー先輩のほうが強そうだったんで」
俺は一切表情を崩さずそう告げる。
勝負は心理戦が基本だぜ、先輩。
「そりゃそーっスよ。能力的にも相性悪いし」
「……あれま」
「残念っしたねぇ。こういうことに関しては、プライド低いんスよ」
「そりゃぁ残念です。揺さぶられてくれれば、先輩がボコボコにされてもそれを理由にできたんすけどねぇ」
「――本当に面白い一年坊ッスよ、あんた。ここまで口先と実力が比例してるヤツなかなかいないっス。下手に吼える三下と寡黙な格上しか本国にはいなかったんで」
「……おいおい先輩。口先が達者な代表候補生とかウチの学年に結構いるぜ? それも先輩と同じEU出身が」
誰とは言わないけどな。UKとかドイツとかさぁ……少しは反省してくれよ。もうね、おこ、どころじゃないから。激おこぷんぷん丸だから俺。笑っていられないレベルだから俺。
あと敬語ダルいから投げた。向こうはデュノア嬢が完封され始めたから、そろそろこっちもピッチ上げよう。
「んじゃ行くぜッ!」
「ざーんねんっス、そっちとは全く同じ戦術を取らせてもらうっスよ」
そう言うとサファイア先輩はバックブースト。なるほど、俺たちの短期決戦で2対1に持ち込むのと同じ方向性か。
デュノア嬢がケイシー先輩を押さえている間に俺がサファイア先輩を撃破するか。
サファイア先輩が俺を釣ってる間にケイシー先輩がデュノア嬢を嬲り殺すか。いや死なないけど。
「オイオイオイオイオイオイオイ……そんなことしたらっ」
「したら?」
「ガチで負けちゃうだろォがああああああああああああ!!」
器用にも俺のハンドガンの射撃を避けながらサファイア先輩は空中でずっこけた。PICの応用かな。
心理戦は捨てることにした。
勝負の基本? 腕力だろ。
「おらぁっ!!」
「あんたの戦い方、勉強させてもらったっスよ! インファイト主体なら負けねぇっス!」
俺の一閃に対しサファイア先輩がとった行動は、単純明快――剣を掴み取る。
衝突音。
「ぐっ!?」
「はん、この程度とは、随分と軽いんスねぇ――IS学園会長って!」
何が起こったのか。俺はサファイア先輩のことを詳しく知らない、それはもちろん戦い方にも言える。
だが『白雪姫』は見逃さない。瞬時に事象を解析する。俺はバックブーストで距離をとると、凍りついた大剣をまじまじと見た。
『コールド・ブラッド』の単一仕様能力、『アブソリュート・ゼロ』が、俺の攻撃を受け止めていた。
氷の膜で衝撃を受け止め、そのまま『白世』を介して俺の腕を凍らせようとしたようだ。
「なるほど。その左手に冷却機能が付いてるのか」
「弾丸も凍らせたりできるんスよこれ。便利なもんで――こういうこともできちゃったり」
「ッ!?」
彼女の周囲の空気が凝結する。瞬時に生成された槍を、彼女はPICの応用で射出した。重力転換を受けた氷の槍が俺めがけて殺到する。
まあ、所詮氷だ。あまり強く勢いづけて折れてしまうことを恐れてか、大したスピードではない。
「まだまだァ!」
「!?」
いつの間にか瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰めてきていた。
多分、あの左腕に直に掴まったらやべえ。……ならッ。
「篠ノ之流剣術・陰ノ型・弐之太刀改――『薙狩』!!」
「うおっ!?」
薙ぎだけに終わらず、下からの切り上げを誘導する、俺なりに改良を加えた剣術。
その斬撃はサファイア先輩の氷槍を砕き、続く逆袈裟切りをクリティカルヒットさせた。
「ぐ、ぅっ」
「まだまだァ!」
のけぞった隙に『白世』で一閃、平行して召還した『虚仮威翅:光刃形態』で連撃を与え続ける。
「ぐ、クソッ……先輩、プランDに変更っス!!」
「なるほど、いわゆるピンチだね」
大声でそんなことを叫び、サファイア先輩はバックブースト。逃がすかよ。
「ナメんなよルーキー!」
こっちの台詞だッ、あんた達とは年季が違うんだよ!
内心ではき捨てて、サファイア先輩のマシンガンの掃射を迂回して回避。
「お嬢ちゃん、悪いがあたしとのワルツはここまでだ。ちょっくら用事ができちゃってね」
「くっ……ごめん一夏……」
横目に会場の大画面を見る。
表示された残りエネルギーは、俺とケイシー先輩がほぼ同率で9割残し、サファイア先輩が4割ぐらいに減らせていて、デュノア嬢は格ゲーでいう赤ゲージ。
「ケイシー先輩どんだけ強ぇんだよ……」
最初と大体同じ構図になる。2on2のチームプレイになると不利なんだけどなぁ。
そもそも個人の技量では、デュノア嬢<<<先輩二人なのは明らかで、俺がタイマンでケイシー先輩に手こずるのはおいしくないからさっさと2対1に持ち込みたかったんだけどなぁ……
「『貴様の攻撃パターンなど……お見通しよ!!』とか『うわっ!? や、やられた……!!』とか言ってたのがまずかったのかな」
「明らかにそれだな」
こいつ何一人でエリート兵ごっこしてたんだよ。そりゃボロボロにされるわ。
せめて『踏み込みが足りん!』だったら良かったんだけどな。
「どーする?」
「事前のリサーチ通り、相手さんの連携は厄介だ。それに持ち込ませない算段だったんだが……」
「となると……そういうことかな?」
デュノア嬢がニヤリと笑った。
おいお前、本番前あんなに不安そうにしてたか弱い女の子だったじゃねえか。どこやったあの可愛い子。ふざけんな出せよオラ。
「ま、そーだな、っと!」
デュノア嬢がアンロックしたライフルを俺に投げ渡す。デュノア社製、『ヴェント』一丁。予備弾倉は6つ。
「貸し一つだよ」
「あ? マジかよ……」
そうこうしているうちに、向こうはとっくに陣形を整えていた。
上級生タッグの代名詞、コンビネーション名――『イージス』。
「難攻不落とかいう伝説も今日までだぜ、先輩方」
「要塞なんて根こそぎなぎ払っちゃいますからね?」
そう言ってデュノア嬢が顕現させたのは、超大型のガトリングガンを備えた追加装甲――オートクチュール、『クアッド・ファランクス』の部分展開。
25mmガトリング砲二門が右腕に貼り付けたような格好で、彼女はターゲットをロックオン。
「ハッ、その程度で!」
「私たちの牙城を崩せるなんて甘甘っスよ!」
まあそうだろうな。
デュノア嬢の飽和射撃を受け、いなし、避け、彼女たちは徐々に距離を詰めようとしてくる。
合間合間に俺が三連バーストを放てば大抵当たるが、エネルギーを削れても勢いまでは削げない。動くなよ……お前のシールドエネルギーを綺麗に削げねぇだろうが(CV神谷)。
まぁ――
「なあ先輩方、俺が何を狙ってるか分からんか?」
「っ?」
「よせフォルテ、耳を貸すな」
「まあ聞けっての」
弾切れ、俺は3つ目の予備弾倉をライフルの銃床に叩き込み、不適に笑みを見せた。
「目的は当初と変わんねえよ――サファイア先輩。俺は最初っからあんた一筋だ」
「は、は、ハァッ……!?」
「おいフォルテ違う違う、多分そういう意味じゃない」
サファイア先輩の顔が綺麗な白から一瞬で真紅に染まり、ケイシー先輩がツッコミを入れた。
そして横合いからガトリングガンの圧倒的弾幕が俺を襲うゥーッ!
「おいおいおいおい!? ちょっと待て蜂の巣にするのはあっち! 俺じゃない!」
「あ、ごめん」
てへぺろするデュノア嬢。
オイお前の持ちネタじゃねえだろ、パープル2の持ちネタだからそれ。
「きゅ、急になんてこと言うんスかあんたって人は!」
「一筋過ぎてさあ、俺からのラブレター、大分早くて凶暴に仕上がっちまったよ」
片手に持つ『虚仮威翅』を、その切っ先をサファイア先輩に向ける。
『虚仮威翅:光射形態』のお目見えだ。
デュノア嬢との訓練中に『白雪姫』が提案してきた、『虚仮威翅』の新規形態。俺が承認し、実現された新たな射撃兵装。
短刀の切っ先が割れ、柄が直角に折れ曲がるようにして延長される。
割れた剣先から光の束が伸び、形を成すのは――弓。
「やっちゃえ一夏!」
「射抜けよおおおッ」
デュノア嬢が砲門を追加した、計4門。これ見よがしな飽和攻撃。
「ぐっ、うまく捌けよフォルテ!」
「チィッ、ちょっとこいつは……!」
『イージス』が役割通り、弾丸の雨を捌く体勢に入るが、さすがにぎこちない。
これだけの弾幕なんだ、そりゃ盾にヒビぐらい入るだろうよ。むしろよくもってる方だ。がんばれと観客なら応援したくなるところだが、俺は遠慮なしに、光の矢をぶっ放した。
矢? ――否。こいつは砲撃と言ってもいい。とびきり早くて凶暴な、を前置きにつけるなら。
「え?」
隣の相棒がいきなり吹っ飛んで、ケイシー先輩の口から間抜けな声が零れた。
『イージス』による連携をぶち抜いて、俺が放った一条の閃光は、サファイア先輩の喉下に直撃した。
苦悶の声を上げながら、『コールド・ブラッド』が落下していく。
「なっ、このッ……」
「やだな先輩、しばらく僕とワルツ付き合ってください、よ……ッ!」
デュノア嬢の弾幕がケイシー先輩を縫いとめる。
その隙にもう一発。別に本物の弓矢みたく引き絞ってから放つわけじゃない。粒子で形作り、体勢を立て直そうとするサファイア先輩にポインティング。
トリガー。閃光。
撃墜判定のブザーが鳴る。
「一夏!」
「気ィ抜くなよ!」
ケイシー先輩のISは軽装備ながら、火力に優れたキャノンを着実に当てて削ってくる。
それ以上に……あの右腕、何かある。
「やれやれ、初戦から使う羽目になるとはな」
『白雪姫』がアラート。
ケイシー先輩の右手に増設されている装甲がスライド。ウィンドウに『インフェルノ・ゲート』の文字が浮かぶ。
「撃てェッ」
俺とデュノア嬢は同時にトリガー。
まず先行するのは俺が放った光の矢、遅れてデュノア嬢が大口径の鋼の弾丸をバラ撒く。
先輩の右手が白熱する。周囲の空間が歪曲するほどの、熱源――サファイア先輩と対になってるってか!?
どんだけ高熱なんだ、デュノア嬢の弾丸が融解して、俺のレーザーは捻じ曲げられて手塚ファントムみたいになってる。逆になんで腕部装甲は溶けねえんだよ……弾丸溶かすし直接的な攻撃になるし、完全にサファイア先輩の『アブソリュート・ゼロ』の上位互換じゃねえか。
「効いてないっ!?」
「まだだ! 撃て! 撃て! 全部の銃を試せ!」
俺もショットガン型の小型破裂裂傷弾を呼び出し連射。大口径ハンドガンからも同様にぶっ放した。
隣でデュノア嬢がガトリングガンをパージし、サブマシンガン二丁で銃弾のシャワーを降らす。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、やった……?」
「あー……今のお前の発言でやってないことは確定したわ」
今日のこいつなんなの? なんで自分でフラグ建てまくってんの?
案の定、白煙が晴れた先には健在のケイシー先輩の姿が。
「ふ、ふははははははははっ!! おいおい、そんな雑な手数で突破できるとでも?」
「デュノア嬢……プランDだ」
「オッケー、いわゆるピンチだね」
射撃武器を投げ捨てる。
デュノア嬢は腕部取り付け式のモーターブレードを両手に展開し、俺は『白世』を取り出して切りかかる。
「俺の領域で勝負しようぜ、先輩!」
背後にぴったりとデュノア嬢をくっ付けて吶喊――瞬時加速(イグニッション・ブースト)。
高熱をいまだはき続ける右手にオーバーヒートの兆候は見られない。かなりの持続時間を持っているようだ。
まともに打ち合えばこっちの得物が溶かされちまう。
「バカを言うな、ここは私の――ッ!?」
そう。
真正面から最高速度でかっとんでくる俺へのカウンターなら、俺の『白世』に狙いを定めてくるだろう。まず最大級の得物を潰してから俺を仕留める。デュノア嬢一人ならどうにでもできる腕だろうしな。
――けど甘いはるかに甘い。これはタッグマッチで、俺はまだカードを伏せていた。
「行くよ一夏ッ!!」
多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)で、デュノア嬢が俺ごとかっ飛んでいく。このご令嬢、訓練中に俺からパクりやがった。
想定外の加速にケイシー先輩の動きが乱れた。
俺は『白世』を振り上げた。上段からの切り下ろし。
「チィィッ――!!」
「――るァァァ!!」
激突。インパクトの余波が互いの装甲を軋ませる。俺の全運動エネルギーを叩き込んだ一撃に耐え切れず、ケイシー先輩は右手に左手を重ねて踏ん張らざるを得ない。
1秒とたたずに『白世』の刀身が融解を始めるが、初撃を俺に向けた時点で、あんたの負けだよ先輩。
「しばらく耐えてね、僕のメイン盾」
「――ったり前だろうが!」
俺がデュノア嬢の盾代わりなのは確定的に明らか。
でもよ、耳元でそんなこと囁くのは良くないなあ。他の男だったら獣性をむき出しにして襲ってくるかもしれない。以後気をつけろ(この辺の心配りが人気の秘訣)
背後の美少女が悪魔のような笑みを浮かべていることは、想像に難くない。
空いた俺の脇の下から細い両腕が突き出された。出力全開で稼働するモーターブレードが凶暴な光を湛えて牙をむいた。
――ギュイイイイイイイイイイイイッッ!!
左右から閉じるような斬撃だ。両刃が先輩の装甲を一瞬で引き裂き、そのまま火花を散らしながらエネルギーを削り取っていく。
「ぐ、ぉぁぁぁぁッ」
至近距離での破砕音と悲鳴が俺の脳髄を揺らす。知るか。このままキメてやんよ。
「――突っ込めッ」
「エッ、ああうん!」
デュノア嬢がさらにブースト。俺は白世を手放し、ケイシー先輩の右腕と顔面を掴んだ。
「おおおおおおああああああああああああああああああああ!!」
「テメェェッ、代表候補ナメんなああああああああああああ!!」
互いに至近距離で眼光を交わす。
両腕のふさがった俺。
ケイシー先輩は左腕に大型のナイフを召還。俺の右肩に突き立てた。さらに『インフェルノ・ゲート』の出力をさらに上げ、余波だけで俺を焼こうとする。
装甲が溶け始め、ナイフを突き立てられた箇所から火花が散る。
構うな。
行け。
反撃に手一杯で、ケイシー先輩は高度確認をできていなかった。
勢いのまま、落下――衝撃。
肺の中の空気が搾り出され、頭がチカチカと明滅。全身の末端神経が軋んで悲鳴を上げる。
「終わりです!」
砂煙も晴れない中、重なった状態でぐったりしていた俺とケイシー先輩。半分死体みたいだったが、デュノア嬢は俺の肩越しに新たなガトリングガンを構えた。
トリガー。
勝者とは思えないボロボロ具合である。
ひとまず次の試合の前に休憩時間はあるし、その時にでも修復しよう。
「……一夏、僕の言いたいこと分かる?」
ピットにすら戻っていない、アリーナ中からの歓声に答えている中、デュノア嬢がじとっとした視線を向けてきた。
「あんだよ」
「あのさぁ……」
と、そこで『白雪姫』がアラート。つっても警戒シグナルではなく、単なるお知らせだ。
「大丈夫すか、お二人方」
「……あー、なんとかな」
まだ意識がはっきりしてないのか、ケイシー先輩が頭を振りながら俺たちを見上げる。
隣でサファイア先輩が、ちょっと頬を赤くして俺に回線を開く――顔を赤くして?
「あ、あの、あんたって戦闘中、あんたテンション高くなるのか普通なんスか?」
「……ま、まあそうですね。えっと、それで?」
「あーいやーなんというかそのー」
そこでサファイア先輩は人差し指をもじもじさせると、意を決したように俺の目を見る。
「ら、ラブレターちゃんと受け取ったっスよ!?」
「……このバカ」
「……いちか?」
デュノア嬢、目。目が笑ってない。『クアッド・ファランクス』の展開兆候が確認されてるから。この状態と距離でそんなん食らったら絶対防御あっても死ぬわ。
「やめとけこの男は。戦ってみて分かったが、相当なキチガイだぞこいつ」
「ちょっ、誹謗中傷はやめてくださいよ。これでも生徒会長なんで、スキャンダルとかホント勘弁なんで」
そう言うとケイシー先輩の目が細まった。
「あんた……パートナーと合流した後、ずっと私とパートナーの間にいたろ? それで危ないときはすぐ射線上に飛び出してた」
「……ッ」
気づく節があったのか、隣でデュノア嬢がハッと俺を見る。
……で?
「私が『インフェルノ・ゲート』を発動した後も常にあんたが盾だった。普通怖いだろ、これ。私だって怖い。実際にあんた、装甲が焼け落ちてんだぞ?」
「別に……絶対防御があるんで」
「絶対防御通ってたろ? こいつ、それとフォルテの『アブソリュート・ゼロ』、本国で使用禁止くらったからここに流されてきたんだよ」
無言。
確かに数十秒間、俺の片腕は大火傷を負っていた。
……で?
「そもそもあの戦法は、傷つくのは自分だけだ。何をどうしたらそこまで極端な発想に行き着くのか、私には分からん。だから、あんたは私からしたら立派なキチガイだ」
……いや、おいおい。オープンチャネルでそんなこと言うなよ。会場ドン引いてるじゃねえか。ほら、隣のデュノア嬢だって青ざめてる。
まあ確かにISスーツ融解してるけどさ。
というか今の発言、国際IS委員会仕事しろよ。ああ仕事した結果これなのか。まあ属性攻撃は絶対防御に相性良さそうだもんな。
「い。ちか。何で、そんな」
それはともかくとしてこの空気どうしよう。デュノア嬢半泣きだし観客の中の見知った顔もすげー青ざめてるし。
しゃーねーな。生徒会長として一発、ビシッっと場を収めてやりますか。
人懐っこい(と思われる)笑顔を浮かべ、俺は明るく言ってのけた。
「別に、それのどこがおかしいんですか?」
もっと沈黙が重くなった。
あれ、俺ハズした?
第二試合、織斑一夏&シャルロット・デュノア VS セシリア・オルコット&ラウラ・ボーデヴィッヒ。
――道を踏み外す、その過程は誰にも知られず。
――ただ泥沼を進む一人の男の姿が、やっとサーチライトに照らされた。
主人公。