この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

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はにとら・ぶれいかあ/織斑一夏は全ての絆をあいしつづける

眼下に無数の観客を見据えながら、俺はマドカちゃんの放つレーザーをひらりひらりとかわしていく。

彼女が手に持っているレーザーライフルは『スターブレイカー』ではない。あれはコーリングさんにぶっ壊された。ロシア製、一般的なモデルだ。

高機動戦では出力で劣る俺が圧倒的に不利だ。だが地上まで行かせるわけにはいかない。

『白世』でBT兵器をチマチマ削っていると、痺れを切らしたのかマドカちゃんが各部の装甲をパージし始めた。それら一つ一つは浮遊し、新たなBT兵器となる。

 

「一気に決めさせてもらう。時間もないのでな!」

「こっちはまだ時間だだ余りなんだ、折角のデート、しばらく付き合えよ!」

 

多方向からの射撃への対応は『白世』ではなし得ない。なら答えは簡単だ。

得物を変える。

純白の大剣を格納し、代わりに召還するは――

 

「――『雨月』!!」

 

箒から借りた、俺にぴったりの野太刀。

あちこちから一息に俺を押し切ろうと、数十の閃光が煌く。軌道を捻じ曲げ、俺の身体を撃ち抜かんと駆け抜けるレーザー群。

 

「せッ、ハッ、ハッ」

 

呼吸のリズムを合わせて三振り。最低限、直撃コースのレーザーを弾く。今や俺の斬撃は光速に迫ろうとしている。それが何を意味するのか、束さんにも、姉さんにも、誰にもまだ告げていない。

そのまま次々とレーザーを『斬る』。超常的かつ非現実的な出来事に、思わずマドカちゃんは動きを止めた。

 

「な……」

「そこォッ!」

 

剣術の腕で負けてるんなら、『白雪姫』とナノマシンにおんぶにだっこで戦うしかねーだろ!

この作戦はビンゴみてーだ。剣域に入ったBTを切り払う。瞬く間に3つ4つ! ペース上げてこうぜ、置いてかれんなよマドカちゃん?

 

「……面倒だ」

 

BT兵器が戻っていく。それらだけで漆黒の翼が形成された。竜の顎のようにぱっくりと開いたそれは、スラスター代わりに火を噴く。

同時に手に呼び出すは、姉さんがかつて使った名刀のコピーと思しき野太刀『黒陽甲壱型』だ。

 

「そうこなくっちゃァ」

「やはり決着はッ」

『刀(こいつ)でェッッ!!』

 

片手に持った『雨月』で『黒陽甲壱型』の鋭い袈裟斬りを捌く。返す刀を防ぎ、鍔迫り合いに持ち込む。

 

「チッ……!」

「……悪いけど、『亡国機業』ってやつについて詳しく調べさせてもらった」

 

空いた手にハンドガンを召還。マドカちゃんがすぐさま腕を掴んでくる。

火花散らしブレードが互いを食いちぎろうとする中、俺は口を開いた。

 

「WW2の時代からあるそうじゃねぇか。俺の勝手な予想だけど、組織的な目的は設立してから今までずっと変わっていないんじゃないか?」

「……だったらなんだ」

「『亡国』は国を滅ぼすこと。『機業』は布を織る、機織りの仕事」

 

剣戟を再開する。

ブレード同士の激突の合間にハンドガンをぶちこんでも、絶妙な角度とタイミングで割り込むシールドビットが通さない。

擬似的なゾーンに足を踏み入れる。『白雪姫』が生成したナノマシンが脳内を侵し冒し犯し尽くしていく。

……体が熱い、灼熱地獄にでも突き落とされたんじゃねえかってぐらい熱い。これで俺の手先が溶けずに残ってるってのが信じらんねーよ。

 

「面倒だッ! 直球で聞くぞ、お前らの目的はなんだ!」

「言うと思っているのか!」

 

BT兵器が物理的に牙を剥く。

俺の装甲を食い破ろうと多方向からピラニアのように襲いかかってくる黒い群れを、振り払って宙返りしながら距離を取る。一応ハンドガンでBT兵器を撃ってみるがシールドバリアを張るタイプに阻まれ通らない。

ったく、嫌になるレベルの操作精度だ。

 

「想像はつく。国を滅ぼして何を織りなすのか」

 

高度は俺の方が上だ。

まあISとISの戦いは用意に音速に迫るから高度差なんて関係ないし、さらに言えばマドカちゃんの装備はレーザー系メインだからそんなのお構いなしである。

気持ち的に俺が格上なんだぜと言わんばかりに、俺はマドカちゃんを見下しながら推測を口に出した。

 

「お前らの目的は――――世界平和なんじゃないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

熱気に包まれるキャノンボール・ファストの会場。

その会場の片隅、薄暗い物陰に、荒々しく息を吐き、片や床に汗の雫を垂らす二つの影があった。

 

「……ぜぇっ、ぜぇっ、テンメッ、いい加減に諦めろよ」

「いいえ。ここは通しません。申し訳ありませんが、あなたにはここで果てていただきます」

 

漆黒のISスーツの上からネイビーの装甲を纏う女性――山田真耶が、『ラファール・リヴァイヴ』のセミカスタムモデルで敵性存在を見下す。

物理的な圧力を持っているのかと思うほど重い視線が、『亡国機業』のエージェントと思しき女性に圧し掛かる。彼女がまとうパワードスーツはゴーレムⅡの改修モデルのようだ。

 

「……模倣だけでなくそこからの自己発展ですか。あなどれませんね」

「あン? なに一人でブツブツ言ってんだよ」

「いいえ。その機体は我々の方で回収させていただきます。なるべく傷つけたくないので大人しく降伏してください」

 

真耶が女性を見つけ出したのは、顔に見覚えがあったからだ。一夏が撃破した『アラクネ』のパイロット、変装こそしていたが、真耶の観察眼はそれを見抜いた。人ごみから力ずくで引っ張り出し、階下に叩き落して、戦闘を始めた。

『レッドパレット』を両手に携え告げる。少なくとも真耶は、相手と自分の間で自分が敗北する要因を見つけられなかった。

勝てる。

 

「――ハン、言ってろ狸が! このオータム様の撃墜数(キルスコア)に大人しく埋もれとけ!」

「……残念です。あなたをこの場から排斥します。戦闘行動、開始」

 

背部に備えたサブアーム一本をうならせ、オータムが迫る。真耶は迷わずバックブースト、牽制に何度か発砲する。会場の歓声が銃声を打ち消した。もうレースはクライマックスだ。

真耶は舌打ち一つ。弾切れ。リロードの間にサブアームの先端に備わる鋭い爪が閃く。空になったマガジンを地に捨て自ら競る。

予定外の踏み込みをされ、オータムの目は驚愕に見開いた。両手のサブマシンガンでは取り回しの効かない距離に詰められている。

銃を持った真耶を狙う凶刃。だが今や己の動きはは先ほどまでの疾さとは比べようがない。避けられぬ道理もなく掻い潜る。ニアイコール零距離。

 

「ッッ」

「詰みです」

 

いつの間にか『レッドパレット』と入れ替わりに握っていたのは、一夏が扱っているのと同じモデルの二丁拳銃。異なるのは銃剣が取り付けられている点ぐらいか。

真耶は知っている。――――目の前の機体に、絶対防御はない。

冷徹で鋭利な瞳が貫き錯綜した。

勢いを乗せて銃剣の切っ先を黒光りする装甲に刺し込む。

トリガー、フルオート、フルバースト。

くぐもった炸裂音と破砕音が同時に鳴り響く。

 

「が……ッ!?」

「……」

 

衝撃が体の内側を襲ったのか、オータムの口内から血と唾液がまとめて飛び出る。

メガネを血で汚しながら真耶は、レフティの引き金を押し込んだまま、空いている右手の銃を眉間にポインティングした。

チェックメイト――の刹那。

 

『そこまでよブリュンヒルデの飼い犬。残念だけど退場願うわ』

 

見上げる。双方共に消耗状態に割り込んできたのが如何なる愚か者だったか。

結論から言えば、相手を確認することなく真耶は会場裏の壁に吹き飛ばされた。

 

「ぐ、ぅっ……!?」

 

黄金色の翼が、比喩でもなんでもなく輝きを放ちそこに顕在している。自分を弾いたのは恐らくそれなのだろう。痛む体に鞭打ちかぶりを振り、顔を上げた。

――絶句。

なんだ、これは。

 

「ふふ、ふふふふふふふふっ。イイ表情よ、イイわあなた、すごくイイ」

 

ISもどきなどではない、れっきとしたISの存在を『ラファール・リヴァイヴ』が伝えてくれる。

その機体は異様だった。悠然と構えているようで、しかしその実鮮やかなまでに隙を無くし佇んでいる。特徴的な黄金の翼は無機物的な印象ではなく、今に増えたり、スラスターとして火を噴くのではなくはためいで風を起こそうとも違和感がないほどだ。目に痛いほど派手な異形の翼とは異なり、本体のカラーリングは少しくすんだような、落ち着いた金色だった。

パイロットは顔の大半を隠すバイザーを装着し、微妙ではあるが変声効果も加えているようである。

女が軽薄な笑みを浮かべる。

 

「……山田真耶ちゃん、だったっけ? お勤めご苦労様」

 

だ、が、待て。待て……あれは本当にISなのか? 自分の知る世界最強の兵器は、あんなにも、禍々しかったというのか!?

言葉にならない違和感と気配なき焦燥が真耶を焦がす。上滑りを始めた思考はもはや巻き戻ることを知らない。

 

「ほらオータム、今のうちにさっさと逃げなさい。その『ジークリフート』だってタダであげてるわけじゃないのよ? 貴重なんだからそれ以上壊さないでちょうだい」

「まだあたしは戦えるッ!」

「いいから、帰りなさい」

 

有無を言わさない態度に、オータムは少し歯を食い締めた後飛び立った。

真耶はそれを見ているしかできない、間に入った新手の女に背を向けることを防衛本能が許さない。

 

「あなたは……」

「『亡国機業』が首領、スコール・ミューゼル。亡者の誘いに導かれ世界の理を識ってしまった、しがない反逆者よ」

「あの子を、織斑マドカを……利用して……ッ!!」

「やあねえ、あの子が志願してるって言うのに」

「!?」

「お兄ちゃんは今の世界じゃ生きていけない、お兄ちゃんが幸せになるためには世界を作り変えることが必要だ、世界を壊すことが必要だ。そう言ったら味方になってくれたの」

「――人でなしッッ!!」

 

自分の知る姉弟の悲しげな表情が脳裏を閃き、真耶は歯茎が裂けるほど歯を食いしばった。

衝撃で銃剣が折れ銃身の歪んだハンドガンを二丁とも破棄、常人の反応も許さぬ神速でミサイルポッドを四つ召還。それぞれ内蔵するのは小型破裂裂傷弾のノウハウを生かしデュノア社が製造した破裂裂傷弾頭ミサイル。

ポッド一つにつき二発。計八発の大型ミサイルが噴煙で軌道を描き殺到した。――だが。

 

「これの20倍はないと、私には1ダメージも入らないわよ?」

 

背中から、黄金が噴出した。

一対だった翼が増殖する。二対、三対――ミサイルを薙ぎ、貫き、裂き爆ぜる。

爆音が響く。さすがに今度は気づかれた。観客がざわめき、自分たちの背後で争うISたちを見つけ悲鳴を上げた。我先にと逃げ出す。

 

「じゃあバイバイおっぱいちゃん。今後ともよろしくね」

 

言葉と同時、衝撃。視覚も予覚も知覚もできず、真耶は無抵抗に吹き飛ばされた。

呆然と、ある一つの事柄を思い出しながら床を転がる。

気配が飛び上がり、遠ざかるのを感じながら。

――アレと戦っていたのは、織斑千冬ではないのか?

 

 

 

 

 

 

 

沈黙が、風に流されていく。

会場上空は、先ほどまでの剣戟の音すら止んで深い静けさに沈んでいた。

 

「…………」

「だんまりは肯定って、日本には偉大な言葉があるんだぜ」

 

手にした『雨突』の切っ先を突きつける。

攻性エネルギーの放出はオフにしてある。あんなもん使ったら即効でエネルギー切れるわバカ。

 

「だとしたら、どうする?」

「お前らは間違っている。俺には分かる。こんな、誰かを犠牲にして成し得る平和が、正しいはずがない!!」

「我々は秘密結社だ。世界を裏側からひっくり返すことしか、今やもう、方法はない」

「やるなら正面からやれよ! こんなテロリストみてーな真似してんじゃねぇッ」

 

マドカちゃんがスッと目を細めた。

来る。

 

「それでもッ……私にはこれしかない! これしかできない!!」

 

『雨突』が手元から弾かれそうになるほどの衝撃。本気の太刀筋だ。PICの力場を応用しているのか、擬似的な固形床を形成し踏み込んでいる。

真っ向勝負で受け止めるのは分が悪い。バックブーストと牽制射撃で間を開かせる。

 

「逃げか、愚策だな」

 

と、彼女の背部に連結されたBT兵器の翼が蠢動した。バラバラに飛び立ち、追撃してくるかと思いきや新たな形を成し『黒陽甲壱型』を包み込んでいく。『白世』を上回る大きさ。

おい、おいおいおいおいおい。何だよそれ。そんな何でもありのキチガイ装備だったっけかそれ。【終焉の剣】とか言われても困りますよ俺。

 

「――灼け、『零落極夜:怒りの日(ディエス・イレ)』」

 

答えは明快なまでに凶悪だった。

あらゆるスラスターの出力を転換し、あらゆる熱量の恩恵を転化し、あらゆる悪意の矛先を転向する。

マドカちゃんが『それ』を構えた。距離を詰めずとも刃先が容易に俺に届くほどの長大さ。いやレーザーなら、出力を変えればもっと伸びるかもしれない。

鮮血を髣髴とさせる真紅が刀身を形作る。先ほどまで発火点だったものが吐き出すレーザーの塊が、絶えず光り明滅し大気を刺し貫く。目に痛い赤が俺の身体を叩き切ろうと振るわれる。眼前に迫る致死の刃は、触れるだけで『もっていかれる』と直感的に分かるほど禍々しく神々しく何か諦められるほどに絶望的で。

避けろ避けろ。避けなきゃ死ぬ。一発でやられる。

 

「う゛っ」

 

袈裟切りを回避。返す刀も回避。剣技という面では負けていても、反応速度なら俺を上回る人間などいない。ひたすら反射に任せて避け続ける。

 

「はあああああああああああああっ!!」

 

マドカちゃんが切り下ろす。俺はサイドブーストで回り込み、ハンドガンを速射。削り続けるしかない、地道な戦い方だ。

だがその膠着も許さない。隙を見てブースト、通り過ぎざまに胴払いをお見舞いする。

 

「おいおい、野太刀でもない得物で扱いきれてないとか言ってきたのはお前じゃなかったっけなぁ!?」

「チッ……調子に、乗るなぁ!」

 

極太極悪の一閃を飛び上がって回避、とんぼ返りに接近。レーザーブレードの範囲は過ぎた、今剣を振るわれてもBT兵器なので棍棒代わりになるぐらいか。

マドカちゃんは瞬時に大剣を飛び散らせた。だが俺のほうが疾い!

 

「せッ!」

 

上段からの斬り下ろしが直撃する。『雨月』は、実はこれ単体で凶悪な攻撃力を持つ名刀なんだぜ。

 

「ぐぅ……ッ」

 

痛みにあえぐ彼女を見るのは忍びないが、我慢だ仕方ない。

振り向きざまの一閃でBT兵器をまた一つ削る。

……いける。いけるぞ、これなら。ちょうどレースも終わったらしい。詳しくは見れないが、電光掲示板にはデカデカと簪の名前が載っている。ほら見ろ、俺の目に狂いはなかっただろ。

じゃーこっちもケリつけるとしますか。

そう思って刀を構え直した俺に対し、マドカちゃんは一転し酷薄な笑みを浮かべる。迷わず突撃。BT兵器の動きが鈍い。今なら……ッ!

 

「……なんてね」

 

刹那、生涯最大レベルの悪寒が俺を襲った。

また巨剣が形成される。だが俺はそれより早く踏み込み、もうレーザーブレードの領域にはいない。

 

「俺の勝ちだな!」

 

『雨月』のレーザー放出機能をオンにする。この一撃で終わらせてやる、終わらせないと、何かヤバイッ!

俺が加速しさらに距離を詰める。1秒にも満たない視線の交錯。追い詰めているはずの俺は寒気に震え、追い詰められているはずの彼女は勝利の確信を瞳に滾らせていた。

 

「捕まえたよ、お兄ちゃん」

 

先の割れた剣が、レーザーブレードの噴射口としてぱっくり開いた口が、そこにあった。

 

「――ッッ!?」

 

がぶり。そんなファンシーが効果音がついてしまうほど綺麗に、俺の腹を漆黒の大口が縫い止める。

しまった……ッ! 身動きが取れない。このままレーザーを放出されたら……!

 

「……この状態で『零落極夜』は、命にかかわる……ダメ……なら」

「は、はァッ……!? なんつった今!?」

「お兄ちゃん、痛いのは嫌い?」

「人より耐性があるぐらいだッ! さっさと放せボケ!」

 

事実今俺詰んでる。こいつ強すぎて笑えないんですけど。どーにかしてくれよ姉さん。あれ応答ねぇ。

 

「じゃあごめん、しばらく寝てて」

 

視界を、閃光が塗り潰した。

一瞬で全身の痛覚が焼け付く。俺を飲み込もうとしていたBT兵器全てが自爆したのだと気づいた時には、俺はもう会場に落下していた。観客席じゃなかったのが幸い、か? どこだ、電光掲示板の、段差? バチバチ火花散ってるしなんかの機材に落っこちたのか。

は、はは……ヤベ、意識が朦朧としてきた。赤いウィンドウがいくつも開いてる。おいおい、ぼろぼろだな……あれ、これ、俺……か……?

歓声が悲鳴に塗り替わるのを聞いて、それきり俺の世界は閉じた。

 

 

 

……

…………起きろ、俺。

ぱちり。目を開く。『白雪姫』が叩き起こしてくれたみてーだ。

どんくらい経ったよ。

 

『15分』

 

まだ全身を白いISアーマーが包んでいる。かなり砕けて俺の血が滲んでいるが、あの爆発絶対防御抜いたのかよマジえげつねぇ。

電光掲示板の出っ張りに引っかかっていたらしく、俺の体は少しばかり宙に出ている。この状態で放置ってさりげにひどくねーか。

そう呟こうとして、声が出なかった。代わりに喉を逆流して、生暖かい液体が溢れ出す。こらえ切れず吐き出す。鉄の味がする。

 

「…………、ぅ」

 

上体だけ起こす。観客席はもう物理シールドとエネルギーシールドが二重に包んでいて、どうやら避難は大分進んでいるようだ。

 

『一夏君っ! 動いちゃだめ、すぐ人を送るから……ッ!』

「……ぁ、ぅ」

『気持ちは分かる、君が何しようとしてるのかすぐ分かる、でもダメッ! 今自分がどんな状態か分かってるの!?』

 

楯無、ちょっとうるせぇ……『白雪姫』、おい、仕事サボってんじゃねぇ。

モニターでチェックした限り右腕が粉砕骨折。あとは体の中にダメージが通ってる。

ハイパーセンサーだけで視界を回す。マドカちゃんがステージに降り立って、候補生達をまとめて相手していた。

うっわすげぇ、あの数を捌いてんぞ。まあBT兵器がかなり役立ってんな……まだ10機近くあったのかよ。

 

『セシリア左ッ!』

『くぅっ!?』

 

オルコット嬢の高速戦闘用装備『ストライク・ガンナー』は普段使えるブルー・ティアーズを全部推進力に回してるから、武装はレーザーライフルしかない。BT群を薙ぎ払うには火力不足だろう。

一方、かなり善戦してるのはデュノア嬢か。弾幕を張るという点では散々俺相手にトレーニングしたからか、効率よくピラニアみたいな黒いビットの群れを追い払ってる。だがいまいち動けていないのは確かだ。箒と鈴のように近接主体なんていいように弄ばれている。

マドカちゃん本人は、楯無を相手取り、その剣術で圧倒していた。

 

「箒……行って!」

「ッ、はあああああっ!」

 

ビットを簪が撃ち落とす。できた間隙に箒はすかさず躍り出た。

一瞥し、マドカちゃんは楯無をランスごと蹴り飛ばす。

『空裂』と『黒陽甲壱型』がぶつかり合う。至近距離でにらみ合い、ブレードの物理的な火花と視線の激突がスパークした。

 

「一刀流も嗜んでいるんだ、ナメるな!」

「……ふん」

 

箒の剣先が振るわれる。マドカちゃんは刀のみで、他の装備はすべて他の連中の足止めに使っている。

タイマンとはいえBTを扱いながらのマドカちゃんは不利だ、不利のはずだ。

 

「――な、るほど、なるほど。篠ノ之流を修めているのか。いい腕だな」

「ハッ、当然だ。免許皆伝をナメるな」

「だが遅いはるかに遅い。私には敵わない!!」

 

返す刀の激突。スパークの最中、太刀筋の読み合いと剣戟が並行する。

箒が押されだした。互いの神速の斬撃が火花を散らす、箒が後ろへじりじりと下がりだす。

 

「くッ――篠ノ之流剣術・陰ノ型・弐之太刀――『薙伏』」

「『零落極夜』」

 

そこが分かれ目だった。

箒の薙ぎをマドカちゃんは大きくかがんでやり過ごす。続けざまに箒が剣を振るおうとしたところで、マドカちゃんの瞳が閃いた。

宵闇の太刀が裂け、真紅の刃が顕現する。ヤバい、逃げろ。

 

「ッッ!」

 

直感か、箒はその危険性に気づいたらしい。追撃をキャンセルしバックブースト、マドカちゃんの一閃をかろうじて回避。

いや……肩部のアーマーに掠ったらしい。それだけで箒の目が驚愕に見開かれる。

 

「このダメージ量……!? まさか、『零落百夜』!?」

「違う、『零落極夜』だ」

 

かつて姉さんが使っていた愛機『暮桜』の単一仕様能力――『零落白夜』。

それに類似した力を、持っているのか。

 

「く、ぐっ」

 

口を開けると血が垂れ出す。いい加減にしやがれこの腑抜け、ここで動けないんじゃマジで役立たずだぞ。

ああ、クソ、クソッ、立てよ!

候補生あんだけいて膠着状態とか、あり得ねぇけど! 目の前でやられてんだ、ぼうっと見てるだけで済むと思うな!

 

「らァァァァッ!!」

 

血を吐くようにして出た、俺の喉を振り絞る呻き声に『白雪姫』が応える。

そうだ、俺はこんなとこでくたばってる場合じゃない。

そうだろ、そうだよなァッ、おい! 『白雪姫』!

力を貸してくれっ!

あの子を止めたい!

あの子を助けたい!

俺が、この手でッ!

 

「う、ぅぉおおおおおおっ」

『単一使用能力『癒憩昇華』の発動を』

「うるせぇっ! もっと簡潔に!」

『起動:癒憩昇華』

 

ボロボロな装甲はそのままに、力なくぶらさがっていた右腕を光が駆け抜けた。動く。体が、動く。

瓦礫を押しのけ立ち上がる。マドカちゃんを包囲し、そして蹂躙されている専用機持ちを見据える。意識が朦朧としてPICが定まらない。自分がどこにいるのかすら分からない。

 

「邪魔だ、どけ雑魚共……ッ!」

 

マドカちゃんが複数のBT兵器を自爆させた。どうやら地面に突き立てていたらしい。まとめて代表候補生たちが吹き飛ばされる。

どいた。

俺とマドカちゃんまで一直線、間に障害物は何もない。

 

「うご、けっ」

 

体は動く。過負荷にまだ脳みその回路がショートしっ放しなんだ。

バランスがとれずPICが切れる。その場にすっ転ぶ。芋虫のように這いずりながら、俺は必死に顔を上げた。

マドカちゃんが、悲壮な表情で、アサルトライフルを構えていた。射線上をたどって行けば、きっと箒たちの中の一人なんだろう。

また、誰かを殺す。

殺させられる。

俺の目の前で、そんなこと看過できるわけねぇよ。

 

「……!」

 

歯を食いしばり瞬時加速。地面を削りながら突撃する。

タックルのような勢いでマドカちゃんにぶち当たり、直角転換し上へ突き上げ、飛ぶ!

破れ果てた遮断シールドを貫いて俺たちは空まで飛び出した。

 

「離せ、私はまだ戦う必要がある」

 

膝蹴りが俺の体をくの字に折った。絶対防御を抜く衝撃に妙に鉄の味がする唾液が口から飛び出る。

一人じゃ飛べない。もう俺はマドカちゃんにしがみついてやっと滞空していられる程度の力しか残ってなかった。

 

「弱いっ、弱すぎる。そんなんじゃ戦場に出てもすぐ死ぬだけだ。だからもう、ISなんか降りてこっちに来い。死にたくないなら、選ぶべきは『亡国機業』だ。早く解除して、私の元に来いっ」

「イヤだ!」

「子供か!」

 

ぶんぶんとマドカちゃんは俺を振り落とそうと体を揺らす。

 

「例え目的が世界平和でも、それでも、それでも俺は、お前らのやり方には賛成できない!」

 

下からは箒たちが追いすがるようにして上昇してきていた。

ついに俺は振り落とされる。一人ではまともに慣性制御もできず落ちて行く。

すれ違うようにして彼女たちは天空へと駆け上がっていった。ちょうど太陽を背においてマドカちゃんがこちらを見下ろしている。俺は成すすべなく堕ちて行く。

このまま戦えば、きっとマドカちゃんに誰か殺されるだろう。

 

「ダメだ……っ」

 

それは、ダメだ。

誰も死なずに済む方法が、あるはずなんだ。

どうしてなんだ――どうしてなんだっ! どうして俺はこんなにも無力なんだっ! また守れないのか、アンネみたいに、目の前で誰か死ぬのを見てるだけなのかっ!?

なんでもいい。なんでもいいんだッ!

この場を突破する、マドカちゃんを救う手立てが! 方法が!

力が!! 欲しいッ!!

 

 

 

――――頭の中に響く声。

 

 

 

『名前を、呼んで』

「!?」

『あなたの求める力を、叫んで』

 

迷うことはなかった。

宵闇を裂く純白の一閃。

全てを覆す天武の剣戟。

絶望を断ち切る希望の一撃。

一瞬たりとも忘れたことのない情景が、憧れが、脳内で氾濫し思考を塗りつぶす。

幾重にも重なる閃光が真っ白な世界を創り上げる。

重力を全身で受け止めていた身体を動かす。

それだけで激痛が走る。それでも、右手に『白世』を召還する。

 

「う、おぁぁっ……!!」

 

マドカちゃんが、俺の方を見る。

ナノマシンがさらに脳髄の深くに染み込んできたらしい。人間として致命的なものが飲まれ飲み込まれ欠落していくのが感覚的に分かるが、構うもんか。体が灼熱の波に揉まれる。血液が沸騰して皮膚が爛れているんじゃないかと思うほどに、体が熱い。

PICを再起動。体を宙ぶらりんに縫い止める。

俺は絶対に君を止める/助ける。

だから……ッ!

 

力を貸してくれ、『白雪姫』、束さん、――姉さんっ!

 

俺はBTの群れを振り払うと、居合いの構えで『白世』を持つ。計10以上の銃口が俺に狙いを定める。

 

「寝てろ、お兄ちゃん!」

 

閃光が迸る。それが外界のものなのか俺の瞼の裏のものなのか、分からなかった。

でも言えるのは。

今この瞬間、『白雪姫』は、俺に応えた。

 

 

 

銘を叫ぶ。

 

君の名は(ユア・ネーム・イズ)――

 

 

 

「――――『雪片』!!」

 

 

 

瞬間、形を成す。否、そいつは元からあった。

俺が居合いに持つ『白世』が、その刀身がガシュ! とスライドする。ロック機構を全て放棄し、内部に封じ込めていた『何か』が滑り出る。

それは、それは、あたかも今まで『白世』だったものを鞘とし、中のものを刃とした抜刀術のようで。

白銀の刀身が鞘走る。目で追えない、光や音だって逃げ出すようなスピードを叩き出し、眼前に迫るレーザーを悉く打ち払った。

大剣だった鞘を放り捨て、そのまま俺は高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)を踏み込む。レーザーの隙間を掻い潜り、瞬時にマドカちゃんへと肉薄する。

 

「ッッ、その、剣は……ッ!?」

「俺のだっ!」

 

表示される剣の名前。

 

「――――『雪片弐型』ッ! こんなもん託されたんじゃやるしかねえよあ!」

 

負けない、俺は負けない!

剣戟。漆黒の『雪片甲壱型』を打ち払う。

勝てないのなら、勝てないなりに時間を稼いで逃げ回るのが賢いやり方かもしれない。でも俺は負けたくない。

負けられないんじゃない! 負けたくないんだ!

 

「このッ!」

 

マドカちゃんの太刀筋は真っ直ぐだ。上段からの切り下ろし。俺はそれを鍔迫り合いに持ち込み、無理やり肩を入れて弾き飛ばす。

距離が開くと同時にぶち込まれるBT兵器を切り払い爆散させ、俺は例の構えを取る。八双の変化形。

 

「いい加減退いてくれ、お兄ちゃんっ!」

 

真正面から『雪片甲壱型』を構えるマドカちゃんを見据える。道場での、箒との訓練がフラッシュバックする。

あの時も、俺は。

 

『きちんと相手の動きを見てカウンターを仕掛けろ。相手ありきなんだぞ、フェイントに引っかかったりしたら目も当てられん』

 

箒の言葉が血に溶け込み、俺の身体を動かす。みんなと鍛えた感覚が神経を迸り、俺の思考を回す。

マドカちゃんはほんの少しPICを傾けて、俺の突きを避けた。

そして俺に向かって胴を狙い斬り払うところまで、もう、経験してる。動きが読める。

だから――二度目はねぇよ!

俺は、伸ばしきった右手はそのままに、『黒陽甲壱型』の太刀筋を読む。

左手を、合わせる。ナノマシンによる補修を重ね、すでにこの身は人を半ば振り捨てている。ならもう、恐れるものは何もない。

『虚仮威翅』を呼び出す。剣道ではあり得ない武器の緊急追加召還(ラピッド・スイッチもどき)。

並行するのは、突きから薙ぎへの移行。PICをぶつけるようにして『雪片弐型』の刀身を無理矢理方向転換させる。

刹那を永劫に引き伸ばし、無限を瞬間に回帰させる感覚。

 

「ッ!?」

 

宵闇の太刀は俺の懐剣を砕き。

俺の薙ぎはマドカちゃんの首を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

墜落していく『サイレント・ゼフィルス改』を見て、誰かが歓声を上げた。

それに伴って人々がやっと、自分たちが勝利したことを知る。

俺は荒く息を吐きながら視線をぐるりと回した。

 

「……無事なんだろーな」

『あッたりまえよ!』

 

鈴を筆頭に、全員健在。良かった、と思わず息を漏らした。

マドカちゃんが墜落する。衝撃で砂煙が上がり、それが晴れれば、ISが強制解除されたのかISスーツ姿の少女が一人、地面に横たわっていた。

……彼女は拘束される。しまったな、ここだと日本の管轄になるのか。

どうにかできないものかと思案していると、ふと姉さんのことを思い出した。

全員でステージに降り立ち、ひとまず状況確認。

 

「姉さんも戦闘中のはずだ。大丈夫なのか?」

「織斑先生が!?」

「いや、さすがに大丈夫じゃないの?」

 

無傷の人間はいなかった。箒はエネルギー切れ寸前、鈴は爆発をモロに食らったのか装甲の半分以上が剥がれ落ちている。EU組は割と損傷も少ない。簪はミサイルポッドをいくつかパージして軽装になってるし、楯無もところどころISアーマーに皹が入っている。

一番ヤバいのは俺かもしれん。装甲はところどころ俺の吐いた血がついてるし、アーマーブレイクとか一番多い。なんだかんだマドカちゃんが鬼強かったのは事実のようだ。

 

「コアネットワークで位置を特定した。動いていないな……ん?」

「どうしたんだ」

 

ウィンドウを開き訝しげに眉を寄せるボーデヴィッヒ。箒がウィンドウを覗き込むと、同じように怪訝そうな表情をした。

 

「あんだよ、どーした」

 

 

 

瞬間、来た。

 

 

 

「織斑千冬のバイタリティが消失してるから、不安そうにしてるんじゃないの?」

『――――!!?』

 

上空ッ! 俺たちの中央に割って入るように、新手の女が落ちてきた。ブロンドの長髪が靡き、少しくすんだような金色のISを纏いそこで優雅にくるりと回る。

瞬時に解散し武器を展開。ハンドガン、レーザーライフル、衝撃砲、レールカノン、アサルトライフル、攻性エネルギー放出ブレード、荷電粒子砲、大型槍内臓ガトリングガン。これだけの重火器に身を晒されても、落ちてきた女は髪を書き上げ日の光を背に堂々と居住まいを正した。

 

「初めまして、の人も、そうでない人もいるわね」

「て、め、ぇっ……!?」

 

ハンドガンの銃口がブレる。言葉にできない、感覚的な重圧が目の前のISから発せられている。なんだ、こいつ。

ボーデヴィッヒが一歩進み出た。

 

「貴様、教官をどうした」

「やーね、『暮桜』の改修機だったかしら、あれ。エネルギーがゼロになったからトドメ差そうと思ったら他の先生が持って行っちゃったわよ」

 

――――は?

ぷんすか、といった感じでそれを口にされ、俺たちは凍りついた。

なんつったんだ、この女。

 

「うそだ」

 

ボーデヴィッヒが呆然と呟いた。

俺もそれに全力で同意した。他のみんなもそうに違いない。でも、目の前の女は、哄笑を上げると俺たちを視線で嘗め回す。それだけで鳥肌が立つ。

 

「認めてよぉ。――織斑千冬はね、私に負けたの」

「嘘だッッ!!」

 

少女が吼えた。銀髪を逆立て、ボーデヴィッヒが飛び込む。プラズマ手刀のインファイト。

おい、と止めようとしても間に合わない。

 

「ダメ、上っ!!」

 

後ろで簪が悲鳴を上げた。それに釣られボーデヴィッヒは視線を上に向ける。

上空から先ほどの焼き直しのように落下してくる機影。ボーデヴィッヒはバックブースト、先ほどまでいた地点を自由落下の慣性を乗せた巨大ブレードが砕く。

 

「こいつは!?」

 

レールカノンを牽制に撃ちながら、ボーデヴィッヒはその金色の瞳を驚愕に見開いた。

漆黒の機影には皆見覚えがある。例の無人機だ。ただ大きく造形が変わっていた。以前の巨大なものではなく、流線型のなだらかで女性的フォルム。おっぱいおっぱい……ハッ! 幻術に惑わされていた! あれは硬い金属だしっかりしろ俺!

よくよく見れば両腕が凶悪に改造されている。右腕は肘から先が巨大なブレードになっており、左腕はまた丸太。掌の穴はビーム砲かまたバカ出力かよ勘弁してくれ。

一番ヤバそうなのは攻撃でなく防御面だ。機体を中心にして衛星みたいにくるくる回るユニットは、『白雪姫』の解析によるとエネルギーシールドを張るユニットのようだ。

続けざまにドスン、ドスンと後続がやって来る。同じ機体が計5機、7機、10機……まだ増えていく! 何機いんだよマジでッ!?

おまけに『白雪姫』が真っ赤なウィンドウを開いた。絶対防御の発動阻害を感知。……はいはい、福音の時の焼き増しかよ。ああもうッ、命の価値勝手に軽くして楽しいのかテメェらッ!!

 

「ゴーレム……! また作ったっていうの!?」

 

楯無が悲鳴を上げる。目の前にある異形の無人機は、確かに今までとは明らかに違う。

……これは面倒な展開になりそうだぜ。『雪片弐型』とハンドガンを油断なく構えながら、俺はバイザー越しに女と視線をぶつけ合った。

 

「『セスルムニル』と『エインヘリヤル』をあっさりと撃破してくれちゃって、かわいげのない人たちよねぇまったく」

「……ゴーレムⅠにゴーレムⅡのことか?」

 

油断なく『空裂』を構えながら箒は疑問を呈した。恐らく彼女の言葉通りだろう、ゴーレムというのは俺たちが勝手につけたコードネームなのだから。

スコールと名乗る女は、バイザー越しに自分を守る無人機たちを見回した。

 

「でも次は。量産中の『ワルキューレ』はともかく、開発中のそのセミカスタム機『ノルン』は違うわよ」

 

ギラリと、無人機たちのバイザー型アイカメラが赤く鳴動した。

殺気とも悪意ともつかない、無遠慮で不気味な気配に鳥肌が立つ。専用機持ちたちもじりじりと後退している。

 

「まあ今日はあいさつぐらい。この子はまだあなたに渡すわけにはいかないから、連れて帰らせてもらうわね」

 

その時になって、器用にも一つの翼がマドカちゃんの小さな体を摘み上げていることに気づいた。

頭の中が沸騰する――思考が追いつく前に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を踏み込んでいた。

俺の進路に無人機の一機が瞬時加速で割り込む。

邪魔だ。シールドユニットを殴って無効化、『雪片弐型』で頭部を撥ね、遅れて振りかぶられた腕部ブレードを返す刀で断つ。瞬時加速の勢いのまま用済みの巨体を蹴り飛ばし、スピードを落とすことなくスコールに肉薄した。

 

「あら、あら」

 

黄金色の翼が逆袈裟の太刀筋を妨げる。

至近距離で、半分も見えないスコールの表情がわずかに驚愕しているのが見えた。……『雪片弐型』に耐えるこの翼も大概おかしいが、今のスピードをあっさり止めるこいつもヤバい。

 

「無人機が瞬時加速ってのも驚きだが、その翼。本当にあんたが使ってんのか?」

「まさかあ。今のに普通の人間が反応できるわけないでしょ。『ワルキューレ』のAIをちょちょっと弄って使ってるの。人あらざる力を用いてあらゆる人を打倒する、それがこの『ワールド・パージ』のコンセプトよ」

 

『ワールド・パージ』――このISの名前か。

超至近距離から離脱。置き土産の切り払いは新たに生成された翼に防がれた。計六対に膨れ上がった異形の翼。

今までは盾として使われているが、これが攻撃に転用されたら。

 

「避難はッ」

『済んでいます』

 

巨乳先生の映る画面がポップアップされた。良かった。ていうかマドカちゃんが来た時から避難始まってたしな、当然か。

ちなみに巨乳先生も戦列にいた。かなりダメージを負っているが、本人は無事のようだ。

 

「マドカちゃんか首か、置いてくモン選べよ」

 

『雪片弐型』の切っ先を突きつけながら、俺は告げた。

スコールは笑う。ひどく歪に、笑う。

 

「じゃあ私も聞くわ。世界か愛する人一人か、どちらか選んでみなさい」

「巨乳童顔黒髪ロングなら世界ぶっ壊してやるよ」

 

即答してやったぜ。

 

「…………」

「…………」

『…………』

 

沈黙が、痛い。

 

「……いる訳ねぇだろッ、そんな奴……!」

 

俺は血の涙を流す勢いで吐き出した。みんなからの視線がマジで生ぬるい。童貞にありがちな思考で悪かったなバァーカ!

このままだと『キャハハハ童貞ー!?』『キモーイ!』『童貞許されるのとか小学生までだよねー!』とか言われるに決まってる。ハニトラとして訓練された皆様は素晴らしいテクニックで俺をリードしてくれるんでしょうなあ。

まあゲス顔でそんなこと妄想してても仕方ない。いや別に今の一瞬でオルコット嬢とデュノア嬢から筆おろしついでに搾り尽くされる妄想とかしてませんよ? してませんったら。

 

「あなた、守る守るって言うけどさあ……何を?」

「全部だ」

 

今度も即答。同時に高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)で踏み込む。黄金色の盾を抜いてマドカちゃんを必ず取り返してみせる。

 

「じゃあ」

 

一発目の加速。

しかし翼は、俺など意に介さないかのように刃先を見当違いな方向に向けた。『白雪姫』が自動的に行き先を拡大表示――待て待て待てッ!

急制動。高速連続瞬時加速のスラスター角度を再計算して上書きした数値を叩き込む。俺の体は想定外のGを受けながら、翼と『そいつ』の間に割り込んだ。

 

「あの子を殺させてくれたら私は退くって言えば、どうするの?」

 

『打鉄』を纏って一般人の誘導を終え、ほっとしたように間抜け面をさらすバカ。

この場にいる全員のウィンドウには、もれなくそのバカ、相川清香が映り込んでいた。

 

「ふっざけんな! させるわけねーだろそんなこと! 守るために守りたいモン差し出すとか本末転倒にも程がある!!」

「あなたが守りたいのは彼女一人ではなく『みんな』なのでしょう? 彼女を切り捨てさえすればその願望は叶うわ」

「ありえねぇ! そもそもなんであいつだ、なんで一番関係ねぇ奴に!」

「なんとなく、かしら」

「じゃあ俺にしろッ!」

「思ったより決意は固いのね、感心しちゃう。まあたとえ話よ。なによ必死になっちゃって、可愛いわね」

 

おちょくってんのかこの野郎……ッ!

 

「清香逃げろ! そこは危険だ!」

『ふぇ?』

 

ボーデヴィッヒが相川の『打鉄』に通信を送る。

待ってましたとばかりにスコールは口元を釣り上げた。

 

「あらぁ、一番危険なのはここよ?」

『……!』

 

新型のゴーレム――Ⅰ、Ⅱと来たらⅢか――が動いた。リーチの長いブレードをぶん回して、専用機持ちの中に躍り出た。

もちろん即対応。拡散型衝撃砲、マシンガン、レーザーライフルが火を噴く。がしかし、それらの射撃武器を、ゴーレムⅢの周囲を衛星みたいにビュンビュン回るビットが弾き飛ばした。

 

「……!?」

「こいつっ!」

 

あちこちから狼狽の声が挙がる。ゴーレムⅢが細身のシルエットに反してゴツい左手を掲げる。掌に備えられた砲口が、全てを押し流してしまいそうな勢いの熱線を放出した。

 

「ぐぅ……っ!」

「この程度ではやられませんわ!」

 

専用機持ちは飛び散るようにして避ける。俺も瞬時に捌いた、が、避けたということは別のものに当たるということ。

 

「やべえっ」

 

俺も気づくのが遅かった。熱線は、観客の消えた会場を瞬く間に破壊していく。おまけに見境なく連射しやがって、当てる気ねーだろクソが!

火器管制システムぐらいちゃんとしとけよオラァ!

だが無差別乱射は意外なところに直撃した。ピットの奥、相川の左胸。

 

『きゃあぁっ!? な、なに今の……!? なによ、こいつ!?』

「ッ!」

 

ゴーレムの一機がピットに乗り込みやがった。

熱線を撃ち込まれ、閉所故に相川は回避できない。初期装備の物理シールドは二秒も保たず、続けざまの連射が直撃し『打鉄』が強制解除される。

 

『う、うそ。うそでしょ、なんなのこれぇっ!! こっち来ないでぇっ!』

「相川ァァァッ!!」

「私が、ッ……行く!」

 

俺が相手のゴーレムを蹴り飛ばしピットに飛ぼうとすると、横手から一人先行してくれた。

『打鉄弐式』、簪だ。

背後から薙刀で一突き、ゴーレムⅢをあっさり機能停止に追い込む。

 

『……大丈夫?』

『は、はひっ』

 

良かった……本当に、良かった……

思わず涙ぐみそうになっていると、スコールは俺に視線を向けてきた。

 

「じゃあ私は行くわね、千冬さんによろしく」

 

ズパッと片手だけ挨拶し、数機のゴーレムⅢと動かないマドカちゃんを引き連れスコールが飛び立つ。

殿役か、こちらを警戒し熱線をぶっ放してくる奴が2機。

 

「テメッ、逃がすわけねーだろ!」

 

瞬時加速でスコールを追う。2機はすれ違いざまに『雪片弐型』で首を落とし胴を断った。

爆散する2機を後目に、もう一発瞬時加速を叩き込む。

追いつける!

 

「ああそれと」

 

その時、まるでポーチか何か忘れ物をしたみたいな空気で、スコールが振り向いた。何か、どうでもいいことを言い忘れていたから一応言っておかなくてはならないとでも言うように。

唇が開く。

告げた。

 

「一番危ないのはステージ真ん中だけど――次に危ないのはあの子のいるピットよ?」

「!?」

 

俺はわずかに一秒ほど、下唇を噛んだ。

ウイングスラスター角度変更。真後ろへ瞬時加速。

加速度的に遠ざかり、小さくなっていくスコールとマドカちゃん。悪態を吐き捨てる余裕すらない。自由落下を遥かに上回るスピードを叩き出し俺は地面に向かう。

あのクソアマがピットに何かしやがったのかどうかは知らん。急げ。だが早くしないとまずい、何があるか分からん。急げ。

急げ。急げ急げ急げッ!

 

 

『あ、織斑君。どうしたの?』

 

 

急げ。

 

 

『何見上げてるの? ひょっとして待っててくれたとか?』

 

 

頼む。何もないでいてくれ。

 

 

『――――死なないで』

 

 

頼む、頼む。

 

 

白雪姫が会場を拡大した。ステージでゴーレム群を各個撃破していく専用機持ち。

そして。そして、そして、そしてそれとは別に。

 

大挙してピットになだれ込んでいく黒い機体。

 

「――――――――――――――――ッ」

 

多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)――限界を超え五重掛け、体はそのままに内臓だけ吹っ飛びそうな感覚。

神経があっという間に断絶され、『白雪姫』がそれをナノマシンで紡いでいく。その代償の、体中を炎が舐めるような痛みを無視して俺は叫んだ。

 

「相川ああああああああああああああああああああ!!」

 

ピットからせりでたカタパルトに、半分床を貫きながら着地。目の前でうじゃうじゃしてる黒い群を一手に薙ぎ払う。片手に『虚仮威翅:光刃形態』も持ち二刀で我武者羅に腕を振る。

 

「テメェらッ、どけ、どけッ! 邪魔なんだよ! 死ねどけクソどもが!」

 

切る。

 

「止めろ、止めろぉっ! 止めろよ、そいつは関係ないだろ! 止めてくれっ!」

 

斬る。

 

「止めろって言ってるだろ! 殺すぞクソが! どけ! どけ! どけどけどけ、どけっ!」

 

Kill.

 

払い、

払い、

払い、

払い続ける作業。

終わらない。

群れが終わらない。

俺の背後からも新たな機体が俺にブレードを振るって来る。避ける隙間などない。

切り、切られ、切り、切られ、出血流血失血を繰り返し、世界がぐらぐらとかき回され、それでも歩みを止めない。

だが終わらない。

ふざけるないい加減にしろ殺す殺す殺してやる全員殺してやる残らず殺してやるまとめて全て全て邪魔するものはそんなもの全て全て残らず切って切って切って切って殺してやる――――――――

 

『新規起動:零楼断夜』

「あああああああああああぁぁあぁあああぁああぁああああああぁあああああああああああああああああああああああ!! ああああああああああぁあああぁぁああああぁああああああああぁあぁあぁあああああぁぁあああああああ!!!」

 

刀身が軽くなる/『雪片弐型』が割れる/蒼いツルギが顕現する/知るかそんなもの。

一閃しただけで視界が拓ける。勢いに任せてコマのように回る。背後に居た軍勢もまとめて真ッ二つになる。

二振りで、片付いた。

でも。

刀が手から滑り落ちる。爆発することすら許されず沈黙した鉄屑の山の中で、俺は自分の目がガラスか何かで作りかえられたんじゃないかとさえ思った。

眼前の光景が理解できない。

 

 

戦いが終わった時には、

 

全てが終わっていた。

 

 

「一夏君ッ! そっちは……ッ………………」

「……ん、ああ…………ステージ、終わった、のか」

 

エネルギーエンプティの表示とともに、『白雪姫』が勝手に解除された。制服にパーソナライズされるが、そんなこと気にもならなかった。

敵を撃破した(一機一機自体は大したことなかった)専用機持ちが続々とやって来る。

 

「一夏っ」

「一夏さん、無事ですの?」

「ああ、イヤ、イヤ、イヤッ!」

 

箒とオルコット嬢は最後尾だからか、まだよく見えていないらしい。

見えている人間は皆、黙った。

楯無だけが、今、口を開く権利がある。普段の余裕などくしゃくしゃになっていた。

『ミステリアス・レイディ』を粒子に還して、楯無は少女に駆け寄った。ISを身に纏い、背後でガタガタ震える相川を守るため戦い続けた少女。

 

「いや、かんちゃん、いやっ……いやあああああああああッッ!!」

 

戦い敗れた少女は、更識簪は、そこに倒れていた。血を流しすぎていて、どこから出血しているのかも分からない。

背後から切って進むだけだった俺と比べ、この閉所でこれだけの数を正面から、おまけに背後に丸腰の人間を抱えて戦うことはどれほどの絶戦だっただろう。

背後で誰かが胃袋の中身をぶちまける音が聞こえた。

簪の体は、真っ赤で、ISスーツと素肌の見分けがつかなくて、でも何か決定的に足りないものがあって。

俺の足元に転がる、血を垂れ流す足と、潰れた何か。『白雪姫』がすぐに解析した。視神経の残骸があった。眼球が潰れたものらしい。体液と血液がマーブル模様をつくり俺の足元に広がる。履いてる靴が濡れる。やっと理解した箒が目を背けオルコット嬢が歯を食いしばる。

足。眼球。誰かの足と眼球だ。誰の足と眼球だろう。誰の足と眼球なんだろうか。

 

「……医療班が来たな」

 

ボーデヴィッヒの言葉通り、担架を持った大人たちが走ってやって来た。

俺も簪のそばに駆け寄る。

 

「オイ簪ッ、しっかりしろ。助けが来た、助かるんだ! オイッ!」

「……いち、か、……うる、さ……い」

 

うるさいぐらいじゃないと、お前が寝ちまったらどうするんだ!

腰から下、簪を抱えようとした救命隊の人がおかしなことに気づいた。顔色が悪くなる。運べよ、仕事をしろよ、てめぇの。

 

「この……がんばり、は、一人で……超元気玉を、つくれる……レベル……後ろに、いた……子には……PS4を、請求、したい」

「オーケー……そんだけ言えるんなら上等だ」

 

ガチャガチャと応急処置を受けつつ、簪は運ばれていく。俺たちはそれを見ているだけだった。

俺の傷は、すでにナノマシンが修復している。正直自分でも気味が悪い感覚だ。

隣で楯無は医療班の後ろ姿を見つめていた。ぶつぶつと呟き続ける。前髪を垂らし、何か気でも触れたように。

 

「だめ、だめだめ、そんなの絶対にだめ。許さない、許すもんですか」

「……ッ」

 

簪は大丈夫、大丈夫のはずだ。

 

「見に行ってやれよ、そっちの方が、簪も喜ぶ」

「……うん」

 

瞳を濁らせ、楯無が立ち去っていく。

 

「……クラスの皆さんも心配ですわ」

「会場の外に集まってるはずでしょ、場所ちょっとティナに聞いてみるわね」

「分かった、じゃあ僕らである程度の事情は説明しとくよ……ごめん、簪さんとか色々、よろしく」

 

鈴とオルコット嬢とデュノア嬢が去り、静かになった。

まあ確かに棒立ちになってるより、何かをしたほうがまぎれるかもしれない。

 

「……教官は、大丈夫なのか」

「分かんねぇ……運び出されて、それっきり」

 

視線が、簪のいた床から離れない。

血溜りに目が吸い込まれているような感覚だ。

言ってるそばから通信が来た。

 

「姉さん」

『一夏……そっちは無事か』

「ああ」

「教官ッ、ご無事ですか!」

「千冬さん、大事無いですか」

 

箒とボーデヴィッヒがISを解除することもせず俺の腕にかじり付くようにして画面に顔を出した。

背景の壁からして、医療室にいるようだ。服装も上着を脱いでワイシャツだし、何かの検査を受け終わったのだろう。

 

『不覚を取った……相手は確かに申し分なかったが、私の落ち度で、お前たちを危険に晒してしまった。許してくれとは言わん』

「……武士かよ」

 

負けてなお潔し、か。

つっても姉さんの敗北はまだ公に露出したわけじゃない。関係者に緘口令が布かれるのは当然だろう。

なんとなく、頭が、姉さんが負けたという事実をまだ拒否しているような気がした。

 

『私の『暮桜改』はダメージレベルE、ただの鉄屑だ。もしまたあいつが攻めてくることがあれば、私は出撃できないことになる』

「……別に、その分は」

「私たちでなんとかします、私たちしかできない、それ以外にない」

 

ボーデヴィッヒが俺の言葉を取った。

 

「そのための専用機持ちです。あなたの教え子の実力、この期に刮目してみてください」

 

箒も少し不恰好な笑みで告げる。

お前ら、何無理してんだよ。さっきの見て気分悪いんならおとなしくしてろよ。箒とかカッコつけてるくせに涙止まってねーし。

 

『……くっ、くははははっ。お前ら、イイな。イイぞお前ら、よく言った』

「は、ははは……俺のクラスメイトは逞しすぎて困るぜ」

 

肩をすくめる。両隣の二人はお前も何か言えと言わんばかりに視線ビームをグサグサ突き刺してきた。

誰がビームは抉るように撃つべしっつったよ。痛いよ。分かった分かったもうおなかいっぱいです止めて。

 

「姉さん、ひとまず状況報告は後でまとめてする。生徒に負傷者が出た、さすがに看過できねぇ」

『ああ』

「また学園で」

 

通信を、切った。

 

「多分学園に戻れば、全員に説明がある。その時に俺たちも情報を公開しよう」

「ああそうだな。私もレーゲンの映像データに多少はあのゴーレムⅢのデータが残っているかもしれん」

「うむ。ではボーデヴィッヒ、私たちは生徒たちを早く学園に戻そう。どうせ今日町に今から繰り出す阿呆など居まい」

 

二人はあれこれと話しながら、途中で話題をゴーレム対策の戦術に変えつつ歩いていった。

心の底では、多分、簪が……普段はあまり我を通さない女の子が、戦い、傷ついたことを気に病んでる。この場に居た人間はきっと皆そうだ。自分がもう少しやれていたら、そう思うに決まってる、あんなもの見せられたら。

ちらりと箒が視線で気を遣ってくれたのは、ありがたかった。二人とも多分、こいつの対応は俺に任せてくれたんだろう。

そのことに感謝しながら、俺はゆっくりと膝を折った。

 

「相川」

「ごめん……ごめん、ごめん、だって、だってだってだって、私、どうしようもなかった。何もできなかった。怖かったけど逃げたくなかったけど。でも私どうしようもなかったんだよ。本当に信じて、信じて」

 

目の前にいるのが俺なのか、他の誰かなのか区別できていないんだろうか。空ろな瞳で、相川はそう言った。自分を責めるなという予防線を張った。

……そりゃ誰もお前を責めることなんかできねぇよ。当たり前だろ。

 

「大丈夫だ。あの黒いのは全滅した。お前も休めよ」

 

制服の上着を被せてやる。立たせて、それから少しどこか静かなところで休もう。

お前のせいじゃない。

お前のせいじゃないんだ、相川。

俺がもっと強ければ……簪だって、相川だって、傷つかずに済んだかもしれない。

 

だから。

 

だから……俺はッ!

 

 

 

 

 

【報告書】

一般学生被害

軽傷9名

重傷なし

死亡なし

 

その他学生被害

更識簪……切断による両足欠損、頭部外傷による失明

更識楯無……PTSDの可能性、深刻な情緒不安定

織斑一夏……重傷を何度か負うが、ナノマシンにより全快

 

 

 

 

 

後日。

更識楯無はIS学園生徒会長を辞し。

 

彼女の推薦により後釜を務めることになったのは、世界で唯一ISを使える男子――織斑一夏だった。

 

 

 

 

 

 

 

生徒会長就任スピーチはまた今度だ。時期が時期だし、まだキャノンボール・ファストの事後処理だって終わってない。

あれ、事後処理って響きエロくね? ティッシュとか使うといいと思います。

 

「ぼーくたーちはー、まッよいながらぁー」

 

たどり着く場所は探し続けるまでもないでござる。

一般学生立ち入り禁止の特別棟、特別治療室。特別尽くしじゃねーか。

 

「かーなしーくて、なッみだ流してもぉー」

 

……輝きに変わる日は、まだ遠い。

イヤでも沈みがちになる道のりを盛り上げるために歌ってたのに自分で落ち込んでどーすんだアホか俺。

 

「皆雰囲気変わっちまったしなぁ」

 

箒は自分の剣技がマドカちゃんに通じなかったのがよほど悔しかったらしく、部活も休部願い出して基礎から篠ノ之流をやり直してる。

オルコット嬢は偏光射撃がなんたるか、自分やらBTシステムやらに向き合って考えてみるらしい。

鈴、デュノア嬢、ボーデヴィッヒも今まで以上に訓練に打ち込んでいる。まあ、あそこまで封殺されたらプライド的にもキツいもんがあるわ。

まあ、皆が一番気にしてるのは、俺の訪ね先の子なんだろうけどさ。

 

「失礼しまーっと。アブねアブね」

 

部屋に一歩踏み込んだ瞬間口をふさぐ。部屋の主である簪に加え、授業サボって部屋に居座り続ける楯無も寝顔晒してくーくー寝てる。レアショットだ。脳内保存脳内保存。

つーかもう秋真っ盛りなんだぞ、少しは毛布かけたりしてから寝ろや。

仲良く夢の世界に浸かっている姉妹を見ていると、ふと相川のことを思い出した。

キャノンボール・ファスト以来、あいつはろくに部屋を出ていない。一回俺が授業休んで簪の部屋の掃除しに行く途中、食堂でこそこそ飯食ってるのを見ただけだ。

 

「やれやれだぜ」

 

タオルケットを楯無にかけてやる。簪にも布団をかけ直し、楯無の隣の椅子に座る。

2人は本当に穏やかで安らかな寝顔だ。こうした状況になることで、やっと互いの気持ちを伝え合えたのだろう。そのことは、俺としても嬉しい。

 

「……守れたんだよなあ、お前は、相川を」

 

手を伸ばし簪の髪を解く。滑らかな手触りだ。

微笑みながら、けれど俺は、どうしようもなく胸が痛かった。

 

俺は見てしまった。

誰かを守った人間の結末を。

誰かに守られた人間の末路を。

 

相川を見てたら分かる。誰かを守るという行為がその守られた人間をどれほど苦しめるのか。知っていたくせに、今やっと理解した。

さんざん姉さんに守られ、追い詰められていたくせに、誰かを守ろうとしている。

守られた人間は決して無傷じゃない。痛みを押しつけることになるのだ。

 

「俺は……俺が、するべきだった……」

 

……正しいのか、守るという行為は?

……俺はこれからも、誰かを追い詰めるのか?

 

「どうせ俺なら治るんだ……やっぱり、あの時俺が行くべきだったんだ……」

 

俺なら大丈夫だ。

俺ならすぐに治るから。八つ裂きにされようと五臓六腑ぶちまけられようと、皆の前なら、皆を守るためなら何度だって立ち上がれる。

俺の傷と誰かの傷は等価値じゃない。

 

もう俺の目の前で、誰も傷つけさせない。誰も守らせない。

 

守るのは、俺だ。

 

例え痛みを押し付けようと、俺の見えるところで誰かを守るのは、俺だけだ。

 

 

 

守られる側の苦しみを理解して、それでも――いや、だからこそ俺は、踏みとどまるのを、止めた。

 

 

 

 

 

 




・『セスルムニル』は原作のゴーレムⅠと比べ圧倒的雑兵です
 『エインヘリヤル』は原作のゴーレムⅠと同格です
 『ワルキューレ』は原作のゴーレムⅢに少し劣ります
 『ノルン』は原作のゴーレムⅢが可愛く見えるキチガイ仕様にするつもりです
 候補生もちゃんと強化されてるから大丈夫のはず(白目)

・第二部そろそろ終わりです
 吹っ切れた主人公ほど怖いものはないと思い知らせてやる

・簪「主人公と仲良くなるのはフラグ(キリッ」

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