魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

94 / 101
今話はアフターストーリー最終話であると同時に、「アリアの物語」の最後でもあります。
子孫世代の話は基本的には書かない予定なので、これ以降は皆様の想像と心の中で物語が続いていくのだと思います。
この後は、王子世代を絡めたおまけの話を3話~5話程度書いて、それで完全な完結とさせて頂きたいと考えております。
正式な御礼は、本当の最終話の時に改めて行う予定です。
では、もうしばし・・・お付き合いくださいませ。
どうぞ。


アフターストーリー第39話「学園生活の、終わり」

Side シオン・フォルリ

 

第2次エリジウム解放戦、またはエリジウム「行幸」戦・・・あるいはサバ・シルチス亜大陸・ユートピア海での戦闘と合わせて、気の早い歴史学者がすでに「再編戦争」と言う名称を名付けているとも聞くわね。

 

 

とにかく、先の戦争の終結から2ヵ月が過ぎたわ。

戦争は結局、300人弱のウェスペルタティア人と10倍以上の他国人の犠牲で終わった。

それだけの犠牲を払って得られた物は、ほんの少しだけ変わった世界。

 

 

『ご覧ください、浮遊宮殿都市「フロート・テンプル」の威容を!』

 

 

私の部屋の立体映像装置(テレビ)が映しだしているのは、旧オスティアの復興地区。

ほぼ復興は完了して、今日からは新オスティアと合わせて「統一オスティア」と呼ばれることになるの。

その中でも、七つの大島を繋いで築いた浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)の完成は、一大行事としてアピールされているわ。

 

 

中でも七つの塔を中心とした無数の建造物で構成される女王の居城(ミラージュ・パレス)は、特に目を引くわね。

魔導技術の粋を極めて築かれた、世界の中心(オスティア)

空から宮殿都市の完成式典をリポートしてるリポーターの声にも、熱がこもっているわ。

 

 

『女王アリア陛下は夫君殿下、王子殿下と共に、式典の冒頭に先の戦いの戦没者と犠牲者の哀悼の意を重ねて表明されました。式典の最中に女王陛下と会話した戦没者遺族の中には、女王陛下の手を取って涙を流す様子も・・・』

 

 

・・・この2ヵ月で、魔法世界はまた少し変わったわ。

魔法世界の国々が、ウェスペルタティアを中心とする連邦構想に賛同の意思を示したの。

王国の呼びかけけに対してアリアドネーのセラス総長と、分裂したとは言えヘラス帝国のテオドラ陛下が前向きな回答を示したのが大きかったわね。

 

 

偶然か狙ったのかはわからないけれど、ウェスペルタティアは今回の戦乱でシルチス亜大陸・エリジウムと言う資源供給地を完全に確保した。

帝国の資源に頼らずとも、シルチス―オスティア―エリジウムの「王国の道(キングダム・ルート)」と言う独自の通商ルートを用いて自給自足できるようになった。

そして、世界の数ヵ所で同時に敵軍を制圧できる軍事力の誇示。

 

 

『あ、お見えになりました! ウェスペルタティア王国女王陛下にして「イヴィオン」共同元首、そして魔法世界連邦元首会議議長、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア様のお姿です! 夫君殿下、王子殿下と仲睦まじく馬車に乗られ、新王宮へのお引越しを・・・』

 

 

覇権国家、ウェスペルタティア王国。

多くのウェスペルタティア人はその事実に熱狂して、女王万歳を叫ぶ。

もちろん、全員では無いけれど・・・でも、国民の大多数が女王陛下を支持しているわ。

選挙の結果を信じるのであれば、90%の国民が女王陛下の政策を支持している。

 

 

帝国は崩壊し、他の小国は全て「イヴィオン」に加盟。

アリアドネーも単独ではウェスペルタティアには対抗できない、経済・軍事制裁を恐れて表立って反王国を掲げられる国はもはや存在しない。

世界は、ウェスペルタティアの手に・・・女王の手に、落ちた。

国民はそれに、熱狂している。

魔法世界はウェスペルタティアの物、聡明なる我らが女王が世界に覇を唱えるのだと・・・。

 

 

「た・・・ただいまっ!」

「・・・あら?」

 

 

その時、玄関の方から茶髪の女の子が駆け込んできたわ。

可愛らしい私の義妹(予定)、ヘレンが妙に慌てて帰ってきたの。

・・・さっき、出て行ったはずだけど。

 

 

「わ、忘れ物、しちゃっ・・・!」

「ああ、はいはい、慌てないの」

 

 

映像装置(テレビ)を消して、ヘレンの方へ行く。

ヘレンの自室からは、机の引き出しを引っかき回しているような音が・・・。

 

 

「手伝いましょうか?」

「だ、大丈夫! ご、ごめんね、お姉ちゃんは休暇中なのに・・・っ」

「良いのよ、どうせでかける所だったしね」

 

 

可愛い義妹(予定)のことだもの、何でも受け入れるわよ。

それに、私もそろそろ出ようと思っていたし。

 

 

「お姉ちゃんは、どこに行くんだっけー・・・?」

「ん? ああ、大したことじゃないわよ」

 

 

くいっ・・・眼鏡を指で押し上げながら、続けて言う。

 

 

「ちょっと、ロバートと婚姻届を出しに行くだけだから」

「へぇ~・・・・・・って、うえええええええええええええええっっ!?」

 

 

・・・ヘレンの部屋から、本棚とかが倒れるような音が聞こえたわ。

そんなに変なこと、言ったかしら・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

目を開くと、そこは世界の頂でした。

新たな玉座の上から見下ろす世界は、これまでよりも高く感じます。

1人で立つには、不安になる程に。

 

 

「始祖アマテルの恩寵による、ウェスペルタティア王国ならびにその他の諸王国及び諸領土の女王、国家連合イヴィオンの共同元首、また魔法世界連邦元首会議議長にして法と秩序の守護者、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下!!」

 

 

式武官の高らかな声が聞こえると、入口から玉座まで続く真紅の絨毯の左右に文武百官が並んでいるのが見えます。

文官の先頭にはクルトおじ様、武官の先頭にはグリアソン元帥。

先の事件の責任と療養のために予備役編入が確定したリュケスティス元帥は、ここにはいません。

そのことに苦い思いを抱きつつも、私は大礼装で新たな玉座に座ります。

 

 

新王宮「ミラージュ・パレス」を構成する七つの塔の1つ、朱塔玉座(ヴァーミリオン・タワー)

その頂上階に位置する、玉座の間。

天井には王家の歴史を示す絵画、壁には真紅のビロード。

そしてビロードの間は外の景色が見えるようになっていて、透明な3重の特殊硝子の向こうには新旧の統一オスティアの光景が広がっています。

 

 

女王の夫君(プリンス・コンソート)にしてペイライエウス大公、フェイト・アーウェルンクス・エンテオフュシア殿下!」

 

 

王冠と真紅の外套(マント)、そして王家の剣を腰に差している私の片手に口付けて、フェイトが私の隣の椅子に座ります。

その際、私は少し早く手を引いて・・・フェイトと、目を合わせにくかったです。

複雑な気持ちがあって・・・良くないとは、思ってるんですけど・・・。

 

 

・・・朱塔玉座(ヴァーミリオン・タワー)は別名「女王陛下の宮殿にして要塞(Her Majesty's Royal Palace and Fortress)」、政治的・軍事的に女王と王室のために建設された塔です。

王家の儀式や王室財産の保管庫などがあり、高さは110m前後。

浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)」及び統一オスティアで最も高い位置にある建物で、遍く民を見下ろす位置にあります。

 

 

王太子殿下(プリンス・オブ・オスティア)、ペイライエウス子爵にしてオストラ子爵・・・ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシア殿下!」

 

 

そして、私が腕に抱いている赤ちゃん・・・ファリア。

私とフェイトの子供、いずれは全てを引き継ぐ男の子。

そして誰にも言っていませんが、次期<黄昏の姫御子>に指名された運命の子。

・・・男の子だから、姫御子じゃないかもですけど。

 

 

「ウェスペルタティア王国、万歳!」

「女王アリア陛下、万歳!」

「夫君殿下と王太子殿下、万歳!」

 

 

新王宮での初の謁見の儀の間、赤ちゃん・・・ファリアは、スヤスヤとお休みでした。

さっき、授乳したばかりだからかもしれません。

大きな声と音にむにゃむにゃとしてますが、腕の中で揺らすと安らかな寝顔に戻ります。

・・・愛しいです。

 

 

顔を上げると、貴族達の先頭の位置に王族・・・お母様達が見えます。

私やネギを抱いた時も、お母様は今の私と同じ気持ちでしたでしょうか。

ネギのことで・・・傷ついておられるでしょうか。

 

 

「・・・大義です。今後も臣民の皆様と共に、恒久平和に向けた世界的な運動を支援して行きたいと思います。そして臣民の総意がある限り、私は臣民の皆様と共にあることを改めて、ここに誓約することと致します」

 

 

私の「お言葉」に、その場にいる全員が傅きます。

玉座から見る世界は、本当に高くて。

腕の中で眠るファリアがいつか見る光景は、とても寂しくて。

フェイトだけが、隣に立つことができる世界で。

 

 

私はこれ以上、私の民(みうち)を不幸にしたくないと思いました。

それが、家族や友人・・・そして。

ファリアのために、私がしてあげられることだと信じているから。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

『以上、現場からでした。リポーターは私、宰相府広報部王室専門室「室長」、アーシェ! アーシェ・フォーメリア! 新王宮完成式典の様子をお送りしました! 女王陛下万歳、ウェスペルタティアに栄光あれ!』

 

 

テンションの高いリポーターの声を最後に、ウェスペルタティアの新王宮都市の完成式典の生中継映像が終わる。

次に国営オスティア放送のニュースが始まって、式典のハイライトなどを流し始める。

それを眺めながら、妾は私室のソファに深く座って考え込む。

 

 

「うぅむ・・・」

 

 

まず、今の妾達(ていこく)の状態を頭の中で整理する。

妾は現在、ウェスペルタティア王国の間接的な軍事支援のおかげもあって、帝国の北部一帯を奪還することに成功した。

シルチス亜大陸とアルギュレーの新領土は手放した物の、以前からの旧帝国領だけで魔法世界で最大の版図を誇っておったのじゃから、全体で見れば大した損失では無い。

 

 

むしろ、負担を切り離したと考えるべきじゃろう。

ただし南にはゾエ姉上の神聖ヘラス帝国・・・ゾエ姉上は未婚で懐妊したとの情報がある。

大臣らの誰かが父親らしいが、詳しいことはわからぬ。

それと、中央のヘラス地域には未だに人民戦線勢力がおる。

帝国領内の3つの勢力による膠着は、少し動かし難くなってきた・・・。

 

 

「どうしたぁ、辛気くせー面してよ」

 

 

妾の隣に座っておるジャックが、不意に声をかけてきおった。

もう、何にも考えてなさそーな顔をしておるのじゃが、コレはコレでいろいろと考えておるのじゃろうなぁ。

実際、ラカン財閥の資金力が無ければウェスペルタティアから兵器が買えんわけで。

ただでさえ借りを作り過ぎて、魔法世界連邦構想にも反対しにくいしの。

 

 

・・・これ以上、ウェスペルタティアとアリアドネーから借金すると本気で首が回らなくなる故。

まぁ、ラカン財閥の代表はあくまでも不明なわけじゃが。

と言うか、本当に無関係じゃったらどうしよう・・・もう融資額(しゃっきん)が半端無いんじゃが。

 

 

「やかましい、妾はいろいろと考えねばならぬのじゃ」

「へー・・・」

「・・・お前と言う奴は・・・」

 

 

糸目で妾を見て来るジャックに、若干イラッとする。

昔からのことじゃが、最近は質が違う気もする。

再会してからと言う物、何だか・・・それに、最大のイライラの原因はじゃ。

 

 

「・・・お紅茶を・・・どうそ・・・」

「おー、さんきゅなー」

「・・・テオも・・・どうぞ・・・」

「・・・うむ」

 

 

姉上じゃ。

エヴドキア姉上、ジャックが帝都脱出の際に連れ出してくれたのじゃ。

女性神官が凌辱されて殺されたと言う情報もある、連れ出してくれて本当に助かった。

・・・が。

 

 

何じゃ、この位置関係。

 

 

具体的には、一つのソファに姉上―ジャック―妾の順序で座っておるわけじゃ。

・・・つまりコレ、ジャックが両手に華状態では無いか!

と言うか姉上、戒律はどうしたのじゃ戒律は!?

 

 

「・・・その件については・・・責任を・・・取って頂かないと・・・」

「責任!? 何の責任じゃ何の!? ジャック!?」

「あ? いやいやいやいや、そんな大それたことは何もしてねーってマジで!」

 

 

いや、だってお前、じゃあ何故に寡黙な姉上が顔を赤らめてジャックの胸板で「の」の字を書いておるのじゃ!?

再会してからずっと姉上の様子がおかしいのじゃ、ヤバい気がするのじゃ!

 

 

そこの所、きっちりと説明して貰わんことにはじゃな・・・。

・・・今夜は、寝かせぬぞ?

無論、夫婦の生活的な意味では無い。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

我々アリアドネーは、魔法世界連邦構想を支持するわ。

だけどもちろん、交渉の結果として認めるのであって、ただで丸飲みにするつもりは無い。

取れる物は、きっちりと取らせて貰うわ。

 

 

「我々アリアドネーはウェスペルタティア女王の魔法世界連邦構想を支持すると同時に・・・・・・国家主権を放棄します」

 

 

私の言葉に、アリアドネーの最高意思決定機関である教授会のメンバーがそれぞれの表情で頷きを返してくる。

オスティアで華やかな式典が催されている時間帯、私はアリアドネーの会議室でアリアドネーの方針を大きく転換しようとしていた。

 

 

国家主権の放棄。

 

 

でも中立の方針は変えない、私達は将来の魔法世界連邦内部において「厳正中立の学園都市」と言う地位を確保する。

防衛・外交の権利を放棄する代わりに、内政に関しては100%の自治権を認めさせる。

 

 

「魔法世界はウェスペルタティアを中心にまとまるでしょう。これは遅かれ早かれ確実に行われます、ならばその中で最大限の利益を得ることを考えねばなりません」

 

 

私の言葉に、アリアドネーの教授達が難しい顔をする。

当然でしょう、これまでの路線を放棄すると言うのだから。

でも、これは放棄では無く回帰だと私は考えているの。

 

 

アリアドネーは元々、いかなる種族でも受け入れる学術機関として発達したのだから。

国になり、軍事力を整備したのは外部の勢力からそれを守るため。

魔法世界が統一されようとしている以上、過度な軍事力は必要無い。

戦乙女旅団は規模縮小の上、警備隊として残る。

もしかしたら、一部は将来の連邦軍に編入されるかもしれないけれど。

 

 

「人材の育成と、新たな理論・技術の開発と研究。我々の本分に立ち返る時が来たのです」

 

 

私達は政治家である前に教師、国家の運営よりも学校の運営こそが本分。

強力な統一政体によって安全保障が保たれるなら、私達はただの学校に戻るべき。

もちろん、すぐにでは無いけれど。

 

 

「・・・では、この新方針に関しての採決をとります。賛成の方はご起立を・・・」

 

 

その言葉に、ガタガタ・・・と、いくつかの椅子が動く音がする。

そして・・・今日。

アリアドネーの、今後が決まった。

 

 

 

 

 

Side リカード

 

メガロメセンブリアでのウェスペルタティア女王の評判は、まぁ、控えめに言っても悪い。

むしろかつての繁栄を奪われたってんで、人気なんざ無いに等しいわけさ。

と言って表立って反抗する気力も無ぇから、その感情は鬱屈した物になっていくわけだ。

 

 

だから女王暗殺未遂や叛逆事件なんかが起こると、新聞とかが賑やかになる。

心の中で快哉を上げるわけだ、「ザマァ見ろ女王」ってな。

その度に記事の差し止めをせにゃならん、外交問題になるからだ。

 

 

「今、変化の風がこの魔法世界に吹いています。私達がそれを好むと好まざるとに関わらず、この超国家的意思の高まりは1つの政治的事実です」

 

 

今、メガロメセンブリアで流行ってる寓話がある。

1人の可愛らしいお姫様が実は恐るべき魔女で、世界を欺いて世界を手に入れちまうストーリーだ。

検閲ギリギリ、だが気持ちはわかるぜ。

 

 

この6年間でメガロメセンブリアは海外の経済権益を99%失って、しかも国内の工業生産は70%低下、人口も半減しちまった。

かつての栄光なんて影も形も無ぇし、艦隊の保持が禁止されてるから軍事力なんて形だけだしよ。

これでも10年前は、魔法世界の半分を支配してたんだぜ?

 

 

「私達はそれを事実として受け入れなければなりません、そして私達の政策はそれを考慮に入れた物でなければならないのです」

 

 

まぁ、そうは言っても現実は受け入れなくちゃいけねぇ。

今、ミッチェルの奴が元老院で演説してるのはそう言う趣旨の政府方針の説明だからな。

今回の魔法世界連邦構想はある意味でチャンスだ、メガロメセンブリアが国際社会に復帰するための、な。

 

 

「ま、反応は芳しく無ぇわけだが・・・」

 

 

実際、演説の最中もヤジが止まらねぇしな。

この間の選挙でうちの党が過半数割っちまって、少数与党政権になっちまったからな。

だが、ところがどっこい。

 

 

うちのミッチェルは、けなされたり貶められたりした方が燃えるタイプなんだよ。

特に、女王アリアが王子を産んだ時くれーから顕著になった。

どこに燃える要素があったのかは、謎だが。

 

 

「ま、それでも何とか、ボチボチやってくしかねーわな」

 

 

口の中で呟いて、俺はミッチェルと野党側の議論に耳を傾ける。

これも、故郷(メガロメセンブリア)のためだってね・・・。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

「ああ、わかった・・・すまない、助かったよ」

 

 

黒電話型の通信機を片手に、僕は相手にお礼を言った。

相手は「悠久の風」の人間で、アリアちゃんに・・・女王アリアの所にネギ君の子供が上手く渡るよう、取り計らってくれたんだ。

 

 

僕が昔、戦場で助けたことのある人で・・・今回は、僕が助けてもらったわけだね。

他にも家の手配とか、いろいろとね。

こう言う所も、師匠に教わったことでもある。

 

 

「うん・・・たぶん、もう会えない。今まで・・・ああ、いや、僕の方こそ・・・じゃあ」

 

 

チンッ、と軽い音を立てて、通信機を切る。

これでもう、外の人間と交流するのは最後かもしれない。

僕は今、2人の女性と共にエリジウム大陸の中央部、セブレイニアとケフィッススの間にそびえ立つ山岳地帯にいる。

 

 

山奥に建てられた築10年ぐらいのログハウス、庭には小さいけど畑があって、最低限の食糧は手に入る。

僕が持っていた資産を使いきって、日用品の供給ルートとかも確保してある。

どちらにせよ、完璧な引き篭りを目指して環境を整えた。

誰かが故意に探さない限りは、静かに暮らして行けるように。

 

 

「たまには、日の光に当たらないと・・・」

「・・・・・・」

 

 

ログハウスの居間を通り過ぎて庭に出ると、2人の女性がそこにいる。

1人は、ネカネさんだ。

そしてもう1人は、宮崎のどか君・・・いや、のどか・スプリングフィールド君だ。

 

 

のどか君は、僕がケルベラスの森で2人を救出して以来、何かが抜け落ちてしまったかのようにぼんやりとしている。

目には生気が無くて・・・近く、悪魔関係に強い医者に診てもらうつもりだ。

僕がユエちゃんをアリアちゃんの所に送ったのは、そう言う理由もあった。

 

 

「・・・ネギ君」

 

 

結局の所、ネギ君は戻ってこない。

詳細はわからないけれど・・・死んだと言う話もある。

死んだというのは嘘だとしても、無事では無いだろう。

責任の一端は、僕にもあるから・・・だから、ネカネさんとのどか君は、僕が責任を持って面倒を見るつもりだ。

 

 

いずれにしても、ここにいるよりは未来があると思った。

だから、ユエちゃんを・・・。

 

 

「・・・アスナ君の時を、思い出したな」

 

 

アスナ君・・・アスナ姫を麻帆良に連れて行った時のことを。

随分とケースは違うけれど・・・でも、思い出してしまう。

そう言うことが、あったのだと。

 

 

そして僕は、そのどちらでも・・・。

・・・たぶん、何かを決定的に間違えたのだろうと。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「偉大なる女王陛下の下、我が国は世界一豊かで強い国となるのです!!」

 

 

午後、貴族院での議会演説をそう締めくくると、議場の9割以上の議員がスタンディングオベーション。

ほとんどの議員の皆さんが立ち上がって拍手、私はそれに笑顔を見せて手を振ります。

ははは、いやいや、ははは・・・そんな感じです。

 

 

支持率は90%以上、議会での政権基盤も磐石。

2年後の庶民院選挙までは、私の政策を止められはしないでしょう。

何しろコレは、「民意」なのですから。

国民の総意を体現しているのが私であり、アリア様なのです。

 

 

「いやはや、実に見事な演説でしたな」

「誠に、我ら貴族層も陛下と宰相閣下に協力を・・・」

「それは素晴らしい、我が陛下もお喜びになられることでしょう」

 

 

アリア様は憲法上は三権と軍権の長ですが、実務上の責任は内閣と議会、裁判所と軍部に移管されました。

すなわち、もはやアリア様に対し責任を追及できる者はいないと言うことです。

そうでありながら、その影響力は絶大な物があります。

実務上の権限を放棄されたにも関わらず、その勅命はいかなり法律よりも大きな力となる。

 

 

そしてアリア様を元首と戴く「イヴィオン」は、すでに旧連合加盟国の大半が根拠条約である「オスティア条約」を批准し、年内に加盟国は30ヵ国を超える予定です。

象徴だった統合軍は「オスティア条約機構軍」と名を変え、加盟国間貿易の特恵マージン制度によって、ウェスペルタティアの工業製品輸出と資源輸入が確保されました。

そして加盟国30・・・これは、魔法世界の過半数の国家が王国に従ったことを意味します。

 

 

「よって、魔法世界連邦構想は民主的手続きによって承認されたも同然です」

「おお、流石は女王陛下と宰相閣下」

「もはや、我が国の覇道を阻む者が存在しませんな!」

 

 

分裂した旧帝国やアリアドネーには、我が国に対抗できるだけの力はありません。

もし反対するのであれば、国際経済・政治環境から孤立することを意味します。

そう・・・まさに今や、魔法世界はアリア様の御手に帰しました。

 

 

・・・とは言え、いてもいなくても同じような取り巻きの議員達のようには楽観できません。

仮に新連邦構想が実現したとしても、戦争が内紛に置き換わるだけのこと。

また、他の全ての国が協力して王国に対抗すると言う可能性も無くはありません。

常に先手を打ち、盟主国として主導権を握り続ける必要があります。

 

 

「・・・仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

議場の壁に国旗と軍旗に挟まれる形でかけられているアリア様の肖像画に向けて、私は微笑を浮かべます。

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)・・・私は依然、確かにお約束致しましたね、アリア様。

 

 

争いの無い、「絶対の王」が長く君臨する平和な世界を。

我が愛と忠誠の生涯を、貴女に捧げることを。

誓いましょう・・・くふふふ・・・。

私の人生、今が絶頂期かもしれない!!

 

 

 

 

 

Side 真名

 

旧オスティア復興区・・・新王宮「ミラージュ・パレス」を含む浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)の一区画には、新たに王立の戦没者合同墓地が作られている。

王国と王室と臣民のための戦いで命を落とした者のための、墓だ。

 

 

新王宮完成式典の冒頭で、朝にアリア先生が夫君と王子を連れて献花したのもここだ。

今は戦没者の遺族も帰宅して、静かになっている。

人工の芝の上に白い墓石が無数に並び、風が吹いて髪を靡かせる・・・。

 

 

「・・・これまで、多くの仲間が逝ったが」

 

 

名前の刻まれていない無数の墓石の一つに花を備えた私の後ろから、静かな声が響いた。

花を供えたのは、特に深い意味は無いさ。

クライアントに準じた、そう考えてくれれば良い。

 

 

「しかし誰も、後悔はしていないだろう」

 

 

後ろを振り向けば、そこには金髪碧眼の女近衛騎士がいる。

そして彼女の後ろには、同じ近衛の鎧を纏った女性騎士達がいる。

・・・彼女達の仲間も、幾人かが今回の戦乱で死んだ。

 

 

と言うか、近衛は毎年のように誰かが死ぬ。

王室警護とは、そう言う仕事だからだ。

一方、私の傭兵隊からは死人が滅多に出ない。

忠誠とは別の物で王室と繋がっているのが、私達だからね。

 

 

「・・・墓が必要とは、人間は本当に良くわからないな」

「そう言うもので、絆を確認したりするんだよ」

 

 

私の隣にいる5(クゥィントゥム)は、墓と言う概念に興味が無いようだね。

まぁ、人間でない彼には、理解できないのかもしれない。

そもそも、死と言う概念に対する認識が違うのだから。

 

 

だけど人間と言うのは、死者への想いで日々を生きると言う一面があるんだよ。

私も、その1人。

・・・我ながら、女々しいことだとは思うけどね。

だからこそ、私は他人のそれをバカにはできない。

 

 

「・・・そしてすぐに忘れるんだろう、人間と言う生き物は」

「そうだね、「人々」は忘れるだろうね」

 

 

現に兵士達の死を覚えているのは、遺族とその周辺だけ。

人々はすぐに嫌なことを忘れて、華やかで耳障りの良いことに目を向ける。

生還した兵士(えいゆう)達、壮大な兵器、そしてそれを率いる若く美しい女王陛下・・・。

 

 

世界に冠たる覇権(ヘゲモニー)国家、ウェスペルタティア王国の誕生。

ウェスペルタティア人は、世界で最も優秀な民族なのだ・・・ってね。

そしてまた、同じことを繰り返す。

 

 

「だけど、「人」は忘れないよ」

 

 

そう、忘れない。

集団としての人間は忘れても、個人としての「私達」は忘れない。

この墓地に眠る者達が、何を成して逝ったのかを・・・。

 

 

・・・もうすぐ、日が暮れるね。

仕事に戻るとしようか。

何だったかな、元学園長を処刑場に連れて行けば良いんだったかな。

ネギ先生がいないから、他に裁けるわかりやすい人間がいないからね・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

ネギが、死んだのじゃと言う。

ただ、エヴァンジェリン殿が言うには生きているだろうとのことじゃ。

つまりは、アリアは公式的にはネギはもういないと言うことにするつもりらしい・・・。

 

 

「・・・はぁ」

 

 

厳密には、「ナギの息子を騙った男の死」と言うことになる。

国際非公式裁判で裁かれるはずだったので、他の国との難しい事後処理などの交渉もクルトが行っているらしいのじゃが。

 

 

・・・ネギ本人にはかろうじて傷が及ばぬよう、ギリギリの配慮がなされておったのに。

のどか殿の行方は知れぬが、タカミチが面倒を見ているだろうとのこと。

そして、孫娘のユエをエヴァンジェリン殿が引き取ったこと。

もっと、私がしっかりとしておれば・・・。

 

 

「・・・・・・はぁ」

「・・・まぁ、こんな感じでウチの嫁さんは絶賛落ち込んでんだけど」

「お前も少しは見習ったらどうじゃ・・・ごほっ、ごほっ」

「ああっ・・・スタン殿、大丈夫ですか・・・?」

 

 

向かいの座席で軽く咳き込み始めたスタン殿に近付き、背中を撫でて差し上げる。

朝の式典の後に夕食にお招きし、その後は歓談しておったのじゃが。

どうも最近、身体の調子が思わしく無いらしく・・・こちらも、心配なのじゃ。

アリアと孫の王子もまだ心配じゃし、それと・・・。

 

 

「・・・まぁ、こんな感じでウチの嫁さん、心配性が加速してどうにかなっちまいそうなんだよ」

「ごほっ・・・お前も少しは見習ったらどうなのじゃ。おおアリカ殿、あまり気を遣わず・・・」

「しっかりしろよ爺さん、玄孫まで見んだろー?」

「ナギ! お前はもう少しスタン殿を労わって・・・」

 

 

午前中にアリアと共に、新王宮に引っ越してきた。

私とナギの住まうのは「蒼玉宮」と言う離宮で、名前の通り蒼を基調とした色合いの造りになっておる。

私達が今いる応接間や執務室、寝室の調度品も蒼が基調で、ティーカップの白の陶磁器の底に青薔薇が描かれておる程じゃ。

 

 

新王宮「ミラージュ・パレス」には無数の塔や宮殿などの建造物があり、ここもその一つじゃ。

「蒼玉宮」は他の宮殿に比べて小さく、1000室ほどの造りになっておる。

私やナギが安らかに過ごせるようにとの配慮が、随所になされて・・・アリアやエヴァンジェリン殿の気遣いが感じられる。

じゃが・・・。

 

 

「ごほっ、ごほっ・・・」

「ああっ、スタン殿・・・」

「いや、いろいろ心配しすぎだろー・・・ネギだって向こうで何とかやってるって」

「「向こう?」」

「おっと、やっべコレ内緒だった・・・ああ、うん、気にすんな」

 

 

今、何かナギが気になることを言った気がするが・・・。

とにかく、私には良くしてもらう資格があるのかどうか。

・・・はぁ。

 

 

「・・・うるさい・・・」

 

 

部屋の隅の椅子に座ったアスナが、不満そうにそう言った。

赤いドレスに包まれたその膝には、灰銀色の狼が頭を擦りつけておった・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「私達を、王子殿下のナニーにしてくださいっ!」

「はい、構いませんよ」

 

 

2ヶ月前の王子殿下暗殺未遂の件で、王子殿下のナースメイド体制を見直すことになりました。

結論としては当然であって、クママさんも同じ見解です。

後、私はある特別な印が無い限り、王子の傍を離れないことになりました。

 

 

「ケケケ・・・ヤットネタゼ」

 

 

私の頭の上では、ナイフでは無くガラガラを持った姉さんがカタカタと笑っています。

現在、私達は女王勅命以外では王子殿下のお世話を最優先することを定められています。

同じ手は二度と通じません、次は大丈夫。

二度と、アリアさんのお子様のお傍を離れることはありません。

 

 

「軽っ、以外に軽いですね茶々丸さん!?」

「皆さんなら、問題は無いと思いますが」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

そんな私は、王子殿下と共に新王宮「水晶宮(クリスタル・パレス)」にお引越ししました。

主宮殿である「水晶宮(クリスタル・パレス)」は「ミラージュ・パレス」の中でも最大の敷地を持ち、舞踏会場、音楽堂、美術館、謁見室や図書館などが設置されています。

水晶宮(クリスタル・パレス)」に常時勤務する侍従は約700名で、その内88名は住み込みで働いています。

 

 

そして王子殿下の新しい育児部屋(ナーサリールーム)は、宰相府のそれの2倍以上の広さがあります。

夕刻、私は王子殿下のナニー・・・ナースメイドになることを希望する5人の女性と会っていました。

腕の中に白い髪の赤ちゃんを抱いて、私は暦さん達と会っています。

 

 

「わぁ・・・可愛い」

「フェイト様と・・・似てる・・・」

「う、うむ・・・小さいな」

 

 

間近で見るのは初めてだったのか、暦さん達は静かに歓声を上げます。

お休みになられたばかりなので、大きな声で話すとお目覚めになってしまわれますから。

生後3ヶ月、産まれた時より倍近く体重が増えました。

8キロ前後、順調な発育と言えるでしょう。

そろそろ、首すわりの検診が必要な時期かもしれません。

 

 

「では、今夜からさっそく、お願いしますね」

「「「「「はいっ」」」」」

「夜は特に大変なので、覚悟しておいてくださいね」

「「「「「は、はい・・・」」」」」

 

 

赤ちゃんのお世話は、ミルクの時間の細かさやおむつ、その他様々な理由で「泣き」への対応に追われます。

赤ちゃんの睡眠時間以外は、次にお目覚めになられた時のための準備に追われます。

まさに、全ての予定が赤ちゃんの機嫌によって決まるのです。

 

 

つまり、赤ちゃんのお世話以外のことは何もできなくなりますので・・・。

本当に、覚悟してくださいね?

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

疲れたかい、と僕が聞くと、彼女は決まって、大丈夫です、と答える。

ここ2ヵ月は、特にそうだった。

式典と新王宮への引越しが主な仕事だった今日は、比較的に早く仕事が終わった。

 

 

主宮殿でありアリアの居館となる「水晶宮(クリスタル・パレス)」は夜になると月明かりで淡く輝く特別な石で築かれた純白の宮殿で、基本的に女性しか入れない。

七つの塔を中心に無数の塔に取り囲まれたこの宮殿には、許可の無い者が侵入するのは難しい。

特に詠唱魔法が失われてしまったこの世界では、ね。

 

 

「・・・疲れたかい?」

「大丈夫です」

 

 

決まった会話を繰り返して、アリアは新しい寝室のベッドの端に座る。

深く息を吐くその姿は、とてもじゃないけど疲れていないようには見えない。

責任の大半を議会に委譲したとは言え、アリアの仕事は減らない。

そしてそれ以上に、アリアは以前にも増して仕事に取り組んでいる面があるからね・・・。

 

 

新しい寝室は主宮殿の東西に伸びる翼にある、東向きのサロンに位置している。

寝室と外を隔てる木製の欄干には彫刻が施され、純白を基調とした寝室には金と銀を使った錦織の装飾が飾られ、王子を含んだ女王一家の肖像画が色を添えている。

2つある暖炉の上には、気圧計付き振り子時計と4つの枝付き燭台が置かれている。

金糸銀糸で彩られた純白のシーツとビロードのベッドは、宰相府のそれより少し大きい。

 

 

「・・・でも、とても疲れた顔をしているよ」

「気のせいですよ」

 

 

そっとアリアの頬に手を添えると、アリアはやんわりと僕の手を取って頬から離す。

エリジウムでの一件以来、アリアは少し痩せたような気もする。

かなり強いストレスを、感じているのだろうと思う。

この2ヵ月間は、お互いに忙しくて特に話をするような雰囲気では無かった。

けれど、今日のように時間が空く日もある。

 

 

「そうは、見えないよ・・・」

 

 

視界に入ったアリアの手を取って、ネグリジェの裾をズラす。

すると、そこは何かで擦ったように赤くなっていて・・・。

 

 

「また、強く身体を洗った?」

「・・・え、と」

 

 

少しだけ怯えたような顔になる彼女の手に、僕はそっと唇を当てる。

びくっ・・・と身体を固くするのは、あの悪魔に汚されたと言う意識があるからかもしれない。

 

 

「・・・すまない」

「どうして、謝るんですか・・・?」

「キミの傍を、離れた」

 

 

仕方の無い理由があったとは言え、離れないとの誓いを破った。

それは本当に、すまないと思っている。

そして・・・アリアに僕の寿命の話をしていないことも。

 

 

「・・・良いんです」

 

 

きゅっ、と僕の手を握って・・・アリアは僕を許す。

それに何故だろう、胸が痛いのは。

 

 

「これからずっと、傍にいてくれれば良いんです・・・そうでしょう?」

 

 

微笑もうとして失敗したような顔で、アリアはそう言う。

僕は・・・それに答えず、ただアリアの身体を引き寄せて抱き締める。

そうして髪を撫でることしか、できない。

 

 

僕の役目は、アリアが民衆の前に立てるように背中を押し、支えること。

求められているのはそう言うことだし、僕自身もそうありたいと望むけれど。

ふと、「恐怖」を覚えることがある。

僕がいなくなったら・・・誰がアリアの心を支えてくれるのだろう?

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

首筋から鎖骨にかけて、アリアの肌はうっすらと赤い。

ここは、僕が引き剥がした悪魔の影が張り付いていた所で・・・。

・・・僕はそっと、アリアの肌に口付ける。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

正直、自分でもやり過ぎたとも思わないでも無い。

と言うのも、私の養女になったユエのことだ。

いや、ユエ自身がどうと言うわけでは無くてだな・・・。

 

 

「マスター、今月のお給金が底をつきました」

「ええいっ、風呂の最中にまで財布事情をとやかく言うな!」

「申し訳ありません、妹のアドバイスに従ったのですが」

 

 

一応、私もアリアの居城「ミラージュ・パレス」内に屋敷を構えている。

ここには議会や軍司令部、最高裁判所などもあるからな・・・各尚書の官邸もある。

ただし私は、あくまでも個人で屋敷を与えられている。

だから基本的には、私の給料から建設費用が引かれるはずが無いんだが・・・。

 

 

育児部屋(ナーサリールーム)の増設とかベビー用品の発注とか服とかぬいぐるみとか・・・いろいろとやった所、今月の給料が無くなった。

い、いや、大丈夫だ、ちゃんと600年分の貯蓄があるから問題無い。

なお、ナースメイドとして旧世界から茶々丸の姉達を呼んだ。

私は仕事が忙しいからな、ユエの世話は茶々丸の姉達に任せてある。

 

 

「・・・ぅー」

「んん? 何だ、気持ち良いのか?」

「・・・ぁー」

 

 

だが、風呂に入れるのだけは私の仕事だ。

旧世界の別荘の浴場と同じくらいには大きい浴場、湯船の縁の所に段差を作って椅子のようにした。

ユエは小さいからな、湯が私の胸と腹の間くらいに来るように調節してある。

 

 

そうするとだ、私も疲れずにユエを抱っこして風呂に入れるわけだ。

まぁ、多少改装費は張ったが・・・自分のために使うことも無いしな。

それに良く考えてみれば、今まで茶々丸やアリアのために金を使ったことはあるが、特に自分のために使った覚えはあんまり無いな・・・。

 

 

「ふふっ・・・ほら」

「・・・ぅー」

 

 

頬のあたりを指で撫でると、ユエは風呂で機嫌が良いのか、顔を歪めて笑った。

4ヶ月目になって、良く手を動かすようになった。

今も私の指を触って、ふにゃふにゃとしている。

・・・ふふっ。

 

 

「・・・何だ、何か言いたいのか」

「いえ、何も」

 

 

茶々丸の姉の視線がうるさいが、知らん。

茶々丸はアリアの子の世話で忙しいだろうからな・・・ふむ、良い友達になれるかもな。

と言うか、才能はあるはずだから・・・ふふん、私が鍛えてやろう。

私は今や王室顧問だからな、王族の教育は私の管轄だ。

おお、何か楽しくなってきたな。

 

 

・・・まぁ、そのアリアもアリカと一緒で、いろいろストレスを感じているだろうが。

アレの精神的なケアは、アイツの仕事だろ。

若造(フェイト)・・・いや、フェイトの、な。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「ねぇ・・・どうして、無事だったの・・・?」

「うん・・・?」

 

 

頭を撫でてくれる手と頬に触れるフェイトの胸の温もりにウトウトとしながら、私は彼に聞きました。

あの時・・・『ブリュンヒルデ』から落ちた時、どうして無事だったのか。

どうして、助かったのか・・・私は直接見ていなかった分、悪い想像しかできなくて。

 

 

デュナミスさんの村で治療を受けたとか、暦さん達の頑張りのおかげとか・・・。

・・・そう言うことは、もう何度も聞きました。

でも、私が別の答えを望んでいるのはフェイトも知っていて。

 

 

「・・・キミの傍に、いたかったからね」

 

 

だからその答えを聞く度に私は安心して息を吐いて、眼を閉じてフェイトの胸に頬を擦りつけます。

自分でも卑怯だとわかっています、だけどもう二度と失いたくない・・・1人の夜は嫌。

私はとても弱くて、弱くなってしまって・・・フェイトやエヴァさん達がいないと、何もできなくなってしまったんです。

そして私をそんな風にしたのは、皆です・・・。

 

 

しゅる・・・と、シーツと肌が擦れ合う音を立てて、私はフェイトの首に腕を回します。

お互いに何も身に着けていない、生まれたままの姿で・・・フェイトの上に身体を乗せるように。

腰から下を覆うシーツの中で、お互いの足を絡めるように。

フェイトの白くて逞しい胸に頬を押し当てて、まどろむように眼を閉じたまま・・・。

 

 

「フェイト・・・私、決めたんです」

「うん・・・」

「・・・もう二度と、自分の感情を優先させないって・・・」

 

 

今回の件で・・・私が、女王が個人的な感情を優先させるとどうなるか、目の当たりにしました。

たくさんの人に迷惑をかけて・・・どれだけの人が、亡くなったのか。

結果的にクルトおじ様達の頑張りのおかげで、国自体の方向性は維持されただけで。

他は、全然・・・全く、ダメで。

 

 

だけど、それは・・・フェイトやエヴァさん達にも、嫌な想いをさせるかもしれないと言うことで。

国や民のことを自分の大事な人より優先させなければならない場面が、これから先にはいくらでもあって・・・。

それはフェイトだったり、エヴァさんだったり・・・ファリアだったり、するのかもしれません。

だけど・・・。

 

 

「・・・愛しています。ずっと、愛していますから・・・だから」

「・・・うん」

「・・・信じて、いて。それだけは・・・私がこれから先、どんな決断をしても」

 

 

フェイトやファリアを・・・皆を、皆の気持ちを失いたくない。

怖い、だって失ったら・・・立っていられない、あんな場所に1人で座れない。

だから、それでも愛しているって・・・信じていてほしいんです。

何て、我侭になってしまったんでしょう・・・私。

 

 

「・・・うん。僕も・・・愛しているよ」

「・・・はい」

 

 

何だか、恥ずかしくて・・・上を向いて、微笑み合って、軽く口付けます。

そしてシーツの中で足を動かすと、フェイトの手が私の頭から背中へと移動していきます。

つつ・・・と背中を指先で撫でられると、ぞくりとします。

 

 

「・・・約束です、ずっと私を愛していてくださいね」

「うん」

「私と・・・私の傍に、ずっといてくださいね・・・?」

「・・・うん」

 

 

言葉を交わす度に、フェイトの手と指はより危ない場所へ。

あの時、ヘルマンに汚された場所は・・・今では、別の跡をつけられてしまいました。

服で隠せる位置だけですが、朝になったら魔法薬と化粧品で消さないと・・・。

 

 

「二度と・・・いなくなるなんて、しないで・・・っ」

「・・・うん」

「そして、できれば・・・私より、長生きしてくださいね・・・」

「・・・」

 

 

軽く息を詰まらせながらそう言って、私はぎゅっとフェイトに強く抱きつきます。

言いながら、少しだけおかしくなります。

フェイトはアーウェルンクス、私よりずっと長生きさんなはずですから・・・。

だからきっと、的外れなお願いですね。

 

 

「・・・・・・・・・」

「・・・フェイト?」

 

 

動きが止まって・・・顔を上げると、フェイトが私を見つめていました。

無機質な瞳が、じっ・・・と、私の顔を覗き込んでいます。

・・・どうして。

 

 

「フェイト・・・?」

 

 

どうして、そんな顔で私を見るんですか・・・?

・・・どうして、いつものように「うん」って、言ってくれないんですか?

どうして・・・そんな、眼で。

 

 

「あの・・・ひゃっ」

 

 

今まではどちらかと言うと私が上だったんですけど・・・急に、下に。

あっさりと、寝返りの要領で引っ繰り返されて。

身体に、フェイトの重みがかかります。

 

 

それは別に、良いんですけど。

でも、何か・・・どうしてか、誤魔化されたような気分になってしまって。

何か言おうとすると、フェイトの唇で口を塞がれてしまって。

 

 

「ん・・・ふ・・・っ」

 

 

身体にかかる重みと熱さに、何も・・・考えられなくなってしまって。

強く深く愛されると、もうそれだけになってしまうからです。

置いていかれないよう・・・必死になるばかりで。

 

 

愛しています・・・愛しています、好きです、大好きです。

いつしか、想いを告げることしかできなくなってしまっ・・・て・・・。

・・・フェイト・・・!

ずっと・・・ずっと、一緒・・・に・・・っ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

新しい寝室で迎える最初の朝、カーテンの間から漏れる光がベッドの上もかすかに照らしている。

僕の隣には、これまでと同じようにアリアが眠っている。

昨夜は少し強くしてしまったからか、髪やシーツなどがいつもよりも寝乱れている。

 

 

規則的な寝息を立てるアリアの剥き出しの肩に、シーツをかけ直す。

陶器のような肌と、うっすらと赤い頬・・・額にかかった髪に、そっと触れる。

昨夜、彼女が僕に懇願していたことを思い出す。

 

 

「・・・アリア」

 

 

ずっと一緒にいてほしい、自分よりも長生きしてほしい・・・。

・・・言うべきだろうか、彼女に。

僕は、それほど長くは生きられないだろうことを。

少なくとも、彼女より長生きすることは難しいことを。

 

 

「キミは・・・悲しむかな。それとも・・・怒るかな」

 

 

言わないと言うのは、彼女に対する裏切りだろうか。

けれど・・・自分よりも国を優先すると決意した彼女に、言えるだろうか。

アリアを苦しめると、わかっていることを。

 

 

「・・・む」

 

 

ふと寝室の扉の外に気配を感じて、部屋の柱時計を見る。

すると、もうアリアが起きる時間だと気付く。

・・・さっき寝たばかりなので、もう少し寝かせておくことにした。

 

 

アリアを起こさないようにベッドから降り、ガウンを羽織る。

それから、扉を開けると・・・。

 

 

「あ、フェイト様、おはようございま・・・した・・・っ」

 

 

・・・いきなり、暦君が倒れた。

淑女(レディ)の前でガウン1枚と言うのが、失礼だったのかもしれない。

笑顔で暦君を引き摺っていく栞君を見送りながら、僕は後で謝罪しようと思った。

 

 

それから、もう1人・・・赤ん坊を抱いた茶々丸がいた。

赤ん坊と言うのは、つまる所ファリア・・・僕の息子だ。

ぱっちりと目が開いていて、じっと僕を見つめている。

・・・「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」の全ての情報と経験を魂に刻まれた、アーウェルンクスの子、そして<黄昏の姫御子>。

 

 

「おはようございます、フェイトさん」

「ああ、おはよう・・・悪いけれど、アリアはまだ寝ているよ」

「あ、それは・・・困りましたね、そろそろ・・・」

「・・・ふぇ・・・っ」

 

 

突然、ファリアがぐずり出した。

急に両目に涙を溜めて、数秒でポロポロと流し始め・・・大声で泣き始める。

何かと思えば、ミルクの時間なのだと言う。

ああ、そう言えば・・・いつもこの時間だったかな。

 

 

「・・・ふぇいと・・・?」

「・・・ああ、すまない。起こし・・・」

「こちらへ・・・」

 

 

茶々丸がファリアをあやしていると、僕と同じようにガウンを羽織ったアリアがいつの間にか横にいた。

手早く泣き喚くファリアを受け取ると、あやしながら寝室へ戻る。

ベッドに腰けけて、ガウンの前をはだけて胸にファリアの顔を近づける。

半ば寝ボケているようだが、自然な動きに見えた。

 

 

「はぁい・・・たくさん飲んでくださいね・・・」

 

 

アリアの声は、優しかった。

それは、僕に向けるのとはまた別の種類の優しさだった。

その声に応えてか、ファリアの小さな手が動く。

アリアの肌の上を滑るそれは・・・とても。

 

 

「・・・フェイト、茶々丸さん」

「うん・・・?」

「はい、何でしょうか」

「これは、確証の無い話なのですけど・・・」

 

 

アリアに母乳を与えるアリアの背中を見つめながら、僕はアリアの声を聞いている。

それは僕にとって、聞いておかなければならない声だと思うから。

 

 

「たぶん・・・この子、魔眼持ちになります」

「魔眼・・・ですか?」

「はい、それも私の右眼・・・『複写眼(アルファ・スティグマ)』を」

 

 

・・・アリア自身が出産の後、右眼の魔眼を使えなくなったことから立てた予測だと言う。

時期はわからないが、いつかファリアは魔眼に目覚める。

アーウェルンクスで、姫御子で、魔眼持ち。

末恐ろしいことだね。

 

 

「フェイト」

 

 

今度は僕だけを呼んで、アリアは僕の方を振り向いた。

ファリアの授乳も終わり、げっぷもさせて。

お腹が一杯になったためか、機嫌の良さそうなファリアを僕に差し出す。

 

 

・・・腕に抱くと、意外と重い。

いつも、そんなバカなことを考える。

僕とアリアの、息子。

 

 

「ファリア~・・・」

「うん・・・ファリア」

 

 

アリアと共に名を呼ぶと、手を伸ばして前髪を掴もうとしてくる。

僕は特に、その行動を止めない。

僕の身体に寄りかかるようにしながら、アリアがファリアの手を取って止める。

その時のアリアの表情を見て、僕は想う。

 

 

たとえ、僕がアリアの人生の中途で退場することになっても・・・。

・・・ファリアがいる。

ファリアがいれば・・・きっと、アリアを支えてくれると思う。

 

 

「・・・アリア」

「はい?」

「・・・いや、何でも無いよ」

「・・・? 変なパパですね?」

「・・・ぁー」

 

 

アリアの声に、ファリアが返事をする。

ファリアがアリアの指を握って笑うと、アリアは僕に向けるのとは別の笑顔を見せる。

それはきっと、母親の顔なのだろう。

茶々丸が気を利かせてか、部屋の外に出て行くのを視界に入れながら・・・僕は、そんなことを考えた。

 

 

・・・アリアと、ファリア。

2人の上に、全ての幸福が降りかかることを。

僕は、祈った。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

「えーかげんにしぃやっ!」

「あだっ!?」

 

 

ごちんっ、とエラい音が頭からした。

いや、単純な話で俺が千草のかぁちゃんに拳骨くろたって話なんやけども。

と言うか、俺はいくつになるまでかぁちゃんの拳骨くらわなアカンねやろか。

 

 

そろそろ俺、18なんやけど。

何と言うか、そろそろこう、何かあるやん?

もうちょい、大人扱いしてくれるとかさぁ。

 

 

「まぁ、仕方が無いんじゃないでしょうか~」

 

 

俺の隣には、俺と同じように頭にタンコブ作った月詠のねーちゃんがおる。

何か最近、月詠のねーちゃんが前以上にほんわかしてる気ぃする。

何と言うか、毒気が抜けた感じ?

 

 

んで2人揃って朝から家の縁側に正座させられて、目の前にかぁちゃんが仁王立ち。

正直、拳骨くらい余裕で避けれるんやけど。

避けたら口聞いてくれへんようになるから、避けられへんねや。

 

 

「アンタらは毎年毎年、ウチに隠れて拳闘大会に出る言うてまったく・・・!」

「俺らからしたら、何でいつもバレるんかがわからんねやけど」

「口答えすな!」

「あだっ!?」

「へぅっ!?」

 

 

また拳骨くろた。

タンコブ二個目、泣きそうやわ。

泣かんけど。

 

 

・・・まぁ、怒られる原因はいつも同じや。

俺らがかぁちゃんに内緒で拳闘大会にエントリーする度に、同じことが繰り返されとるからな。

でもほら、俺も強い奴と戦って強くならんと。

男の子やし、しゃーないやん?

 

 

「バカなこと言うとらんと、真っ当に働きや!」

「またそれかいな・・・」

「大会でも賞金稼げますえ~?」

「やぁかましぃっ!」

 

 

かぁちゃんが言うことは、いつも一緒や。

拳闘なんてやめて、真っ当に働いて稼げて。

でも正直、拳闘の方が簡単に稼げるんやけどなぁ。

 

 

「まぁまぁ、2人も十分に考えた上での」

「アンタは黙っとき!!」

「・・・う、うむ、スマン」

「うちに黙って許可出してホンマ・・・次やったら離縁やからな!」

「い、いや、それは本筋と関係ないのでは・・・」

 

 

カゲタロウのオッサ・・・・親父は役に立たへんし。

でも大体、扶養家族な俺らが拳闘大会に出れるんは親父の許可があるからなんやけど。

サインとか、いろいろ。

その度に離婚の危機が来るから、むしろ俺としては万々歳・・・?

 

 

「まったく・・・ウチの子らはホンマ。しゃんとしてくれな困るえ」

「へーへー」

「わかりました~」

 

 

ようやく、今日のお説教が終わるわ。

あーしんど、んじゃ野試合でもしに・・・。

 

 

 

「もうすぐ、弟か妹ができるんやから」

 

 

 

行こか・・・って。

今、何か凄く変な言い方されたような。

 

 

「へ?」

「お?」

「む?」

 

 

俺、ねーちゃん、親父。

かぁちゃんは着物に覆われた腹をポンポンと叩いて、ニッコリ。

・・・。

 

 

「「「・・・ええええええぇぇぇっっ!?」」」

 

 

えええぇぇっ、マジでええぇ・・・っ!?

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

「エミリー!!」

「アーニャさん・・・!」

 

 

朝早くに新オスティアの使い魔専用の病院まで行って、出てきたエミリーと抱き合う。

胸に飛び込んで来たオコジョ妖精を抱き締めて、その場でクルクルと回る。

周りの人も特に気にした風も無い、もしかしたら慣れてるのかもしれないわね。

 

 

でも本当に、エミリーが治って良かった。

私も今日、正式に退院(それでもかなり遅いけど)できたの。

・・・エミリーは、少し後ろ足を引き摺ってたけど。

 

 

「・・・うん! でもゴメンねエミリー! ちょっと急いでるのよ!」

「え、ええ!? どうしたんですか!?」

「今日の渡航で旧世界に帰らないといけないんだけど、時間がヤバいのよ!」

 

 

いや、本当ゴメン!

できればもう少し再会を喜び合ったりとかしたいんだけど、本当に時間が無くて。

ドネットさんてば、急に帰って来いとか言うんだから・・・。

 

 

「・・・おい、何で僕がこんな」

「あっ、手続き終わった!? ありがとー助かったわ!」

「・・・」

 

 

アルトがエミリーの退院手続きをしてくれて、本当に助かった。

正直しこたま文句言われるって思ったんだけど、本当に助かったから笑顔で振り向いてお礼を言ったら、黙った。

・・・変な奴。

 

 

あ、時間がヤッバ・・・!

そのまま病院を出て、ダッシュでゲートポートまで行く。

今朝の渡航に間に合わないと、ナリタの飛行機の時間に間に合わないのよ!

と言うわけで、新オスティアの市街地を爆走・・・!

 

 

「はーっ、はー・・・っ・・・ど、どうやら、間に合ったみたいね」

「そ、そうですね・・・」

 

 

その甲斐あってか、何とか間に合ったみたいね。

間に合わなくて、シオンに泣きつくような事態だけは避けたかったし。

肩の上のエミリーも目を回してるくらいだから、かなり急いだわね・・・。

 

 

「・・・何だ、旧世界に行くのか」

「そーよ・・・って、言って無かったっけ?」

「ああ」

 

 

・・・ってそれじゃ何よ、コイツは何も知らないのに私のアレやコレについて来てたわけ?

文句・・・は、結構言われた気がするけど。

そう言えば、ここの所はコイツと一緒にいる時間がやたら長かった気がするわね。

 

 

えーっと、私が入院してた期間だから・・・・・・うん。

まぁ、うん・・・アレよ、結構イイ奴よね。

ムカつくけど。

 

 

「ふん・・・ようやく静かになる」

「そうね、ギャーギャー言う奴がいなくなって清々するわね」

 

 

素直じゃないし、会話する度に喧嘩したり勝負したりになるけど。

まぁ、勝つのはいつも私だけど。

 

 

「さっさと行け、僕は忙しいんだよ」

「あっそ、じゃあ行くわよ・・・あ、あんまり貧民街(スラム)の人達苛めるんじゃないわよ!」

「・・・うるさい女だ」

「はぁ!? アンタね、別れ際くらい・・・」

「あ、アーニャさん、そろそろゲートが・・・」

 

 

おっと、そうね、行かないと。

私を床に置いてた荷物を右手で持って、アルトの方を振り向いた。

それから、いつも以上に不機嫌そうなアルトに近付いて。

 

 

 

    ちゅっ

 

 

 

・・・アルトの服の襟から手を離して、そのまま離れる。

そこから、たたたっ・・・と駆け出して、離れてから振り向く。

そして、荷物を持っていない方の手の指を目の下に、そしてちょっぴり舌を出して。

 

 

 

「・・・ばぁ―――――かっ」

 

 

 

口元を押さえて突っ立ってるアルトを見て・・・あははっ、あの顔!

何か言われる前に、クルリッ、とターン。

そして、ダッシュ!

 

 

後はもう振り返らない、口元がニヤけて仕方が無いもの。

・・・またね!

 

 

 

 

 

Side さよ

 

旧世界はまだ3月、日によっては肌寒い日もありますが、今日はポカポカ日差しです。

双子ちゃん達は、お散歩が大好きです。

特に、お庭でお昼ご飯をするのが好きらしくて。

 

 

「すーちゃーんっ、ご飯にするよーっ!」

「おお~!」

 

 

今日も、お庭にレジャーシートを敷いてお昼ご飯です。

最近は双子ちゃん達も離乳食になって、見た目も食事っぽくなってます。

食べこぼしとか、凄いですけどね。

お座りができるようになってから、ご飯を食べるすーちゃんを良く見るようになって・・・。

 

 

「い、いやいや坊よ、よせよせ我を食べるでない・・・!」

 

 

先月になって戻って来た晴明さんも、新しい人形の端々を口に入れられて困ってます。

金色の如雨露を持った人形の晴明さんの指先を口に入れて舐めてる弟の千(セン)ちゃんは、発育の早い子なんです。

ミルクも卒業しちゃって、伝え歩きとかも普通にできて・・・。

 

 

「・・・まんま・・・」

「いやいや、我は食べる物では無いぞ坊よ・・・!」

 

 

と言う風に、ちょっとした言葉を喋るようになりました。

でもご飯の時だけで、まだ「ママ」とかは言ってくれません。

多分、食いしん坊さんなんですね。

 

 

「ふええええぇぇぇっ・・・」

「ああ、はいはい・・・大丈夫ですよ~」

 

 

でもお姉ちゃんの観音(カノン)ちゃんは、ゆっくりな子です。

離乳食よりミルクが好きで、私から離れるとすぐに泣いちゃいます。

今も、お座りの状態から後ろに転んで、私を求めて泣いちゃいました。

多分、とっても甘えん坊さんなんですね。

 

 

「いやぁ、本当にお母さんって感じだよね」

「そうですか?」

 

 

今日は、ハカセさんがお客様として来ています。

外でもパソコン片手で、何か、壊れた田中さんの頭みたいなのを弄ってます。

 

 

「あ、ねぇ相坂さん。私さ今、田中Ⅲ世(テールツォ)のスペックとか考えてるんだけどさー」

「う、うん?」

「・・・意思のある戦艦と人型機動兵器、どっちが良いと思う?」

 

 

ハカセさんはいったい、何を造ろうとしているのでしょう。

 

 

「さーちゃん!」

「あ、おかえりー」

 

 

2ヶ月前に壊れたエヴァさんのログハウスは、すーちゃんが直しています。

今も、屋根の上で修理です。

あと、ちょっと・・・。

 

 

さぁ・・・と、風が吹いて。

私は、今の幸福を噛み締めました。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「夕映―――? 午後のゼミ遅れるよ―――?」

 

 

ふわぁ・・・と欠伸を噛み殺しながら、早乙女ハルナは同じ大学寮に住まう親友の部屋の扉を叩いた。

彼女自身、漫画の締め切りに追われて昨夜も徹夜だった。

それでも大学卒業のため、ゼミには出なければならない。

普段なら、ゼミが同じな親友の方が彼女を迎えに来るのだが・・・。

 

 

「・・・入るよ―――?」

 

 

呼びかけても出てこないので、ハルナは部屋に入った。

鍵は開いていて・・・何度も入ったことのある部屋が、視界に入る。

たいして広くも無い寮の部屋で、親友の姿をすぐに見つける。

 

 

「何だ、いるんじゃ・・・どしたの?」

「・・・あ、ハルナ・・・?」

「・・・どうしたの!?」

 

 

親友・・・綾瀬夕映は、笑顔でハルナを見上げた。

だが床に座る夕映の目からは・・・涙が流れていた。

どうしたのかとハルナが問うと、夕映はテーブルの上を示す。

そこには、一枚のハガキがあった。

 

 

「・・・これ」

 

 

イギリスから・・・宛名は。

そこには、もう1人の・・・3人目の親友の名前が。

そして、裏には。

 

 

『元気で』

 

 

・・・それだけが、書かれていて。

それは、別れの言葉とも取れる。

消印が随分と前なのが、気になるが・・・。

 

 

「・・・夕映、アンタ」

「・・・やっと・・・」

「え・・・?」

 

 

落ち込んでいるかと思ったが、ハルナにとっては予想外なことに・・・。

・・・夕映は、笑っていた。

泣きながら、笑っていた。

 

 

夕映が親友のためにどれほど思い煩い努力していたかを知っているだけに、ハルナにとっては意外であった。

だが夕映は、どこか重い荷物から解放されたような顔で・・・。

 

 

「やっと・・・終われる・・・」

「夕映・・・」

「救われた、気がするんです・・・やっと・・・」

 

 

両手で涙を拭って、それでも笑って。

・・・綾瀬夕映は。

 

 

 

「やっと・・・私にとっての、中学時代が・・・終わった、です・・・」

 

 

 

今日、本当の意味で麻帆良女子中を卒業した。

本日を持って、麻帆良女子中3-A。

 

 

全員、卒業。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第37回広報:

アーシェ:
37回に渡って展開された広報も、今回で最後ですかー・・・。
この度「室長」に昇進した、アーシェです!
長かったような短かったような、そんな気がしますが。
今後は私、王国内を巡って風景をフィルターに収めて来ようと思っております。
オスティアも復興しちゃいましたし、次の目標に向かってどどーんっ、ですよ!
皆様も、頑張ってくださいね!

それでは最後にご紹介するのは、ウェスペルタティア女王の名で全世界に宣言された魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦構想に関してです。
ではでは、どーぞー。


・魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦構想
ウェスペルタティア女王が提唱した魔法世界圏統一国家連合の正式名称、連邦と名がついてはいるが複数の主権国家から成る事実上の連合国家。「コモンウェルス・オブ・ネーションズ (Commonwealth of Nations)」と言う名称案もあるが、単純に「主権国家共同体」と呼称されることもある。ウェスペルタティア女王を自国の国王に擁く人的同君連合である「イヴィオン」諸国も加盟国に含まれるが、独自の元首や大統領を元首に擁く国家の加盟も認められる緩やかな連合。加盟国市民にはほぼ自動的に「連邦市民権」が付与される。国際平和の維持(オスティア条約機構軍)と経済・社会に関する国際協力(経済相互援助会議)が設立・活動の目的。

加盟予定国は54ヵ国(神聖ヘラス帝国・ヘラス人民戦線はヘラス帝国の「一つの帝国」規定により加盟資格無し)、ウェスペルタティア王国・アリアドネー・ヘラス帝国を常任理事国・機関(拒否権保有)とする安全保障理事会が最高意思決定機関。その他、加盟国元首による「連邦元首会議」(総意での拒否権保有)や加盟国代表による「連邦総会」(運営費分担金による議席配分)などが設立される予定。

(ちょっと未来のお話)
ウェスペルタティア女王の提唱から9年後、原加盟国39ヵ国で実現。
その後加盟国を増やし、最終的には発足から6年後に魔法世界全体を包容する国際機関となる。
さらに発足から8年後には、「一つの帝国」原則が放棄されて56ヵ国体勢に移行。
56ヵ国体制移行後は小規模な紛争を除けば、国家間戦争が勃発しない魔法世界の「安定期」が到来することになる・・・。
そして56ヵ国体制(オスティア体制)成立と同年末、ウェスペルタティア女王は以降の生涯を喪服で過ごすことを宣言することになる・・・。


アーシェ:
それでは、次回からはファリア王子とかが出てくるほのぼの話が続く予定です。
子育て話になったりするかもしれませんが、意外とラブが入るかもしれません。
では、またどこかで~・・・お疲れ様です!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。