魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第31話「世界を望むココロ」

Side テオドラ

 

ヴァルカン・ニャンドマの地元の有力者と会談し、基盤を整える。

かつて対MM用に築かれた要塞・城塞をいくつか接収し、拠点とする。

アルギュレー南部・ノアキス地方に跋扈する盗賊団を討ち、近隣の民と交流を深める。

 

 

帝国国内の皇帝直属軍・正規軍・北方艦隊と連絡を取って支持を取り付け、各地の軍閥に対する蜂起を支援する。

民の農地を守り、アルギュレーの豊富な水資源を活用した灌漑設備を整備する。

外国政府・外国資本の援助を受けながら資金を集め、同時に南エリジウム派遣軍の再編成を進める。

サバ・シルチスの領有権を放棄すると共に、王国からの軍事援助を取り付ける。

国内外向けのプロパガンダとして、立法権の無い皇帝の諮問機関としての議会の開設を表明する。

 

 

「皆、後一押しじゃ、生き残るのじゃぞ!!」

 

 

妾の声に、兵が応える。

鬨の声が妾の耳朶を打ち、大地が震える。

そして今、妾がおるのは・・・最前線じゃった。

 

 

数千・・・数万の兵がひしめき合う、最前線じゃった。

死が暴風となって吹き荒れる、そんな場所じゃった。

ファビェラ要塞、対MM用に築いた海岸要塞線の最西端の要塞じゃ。

位置的には、中立国エオスの南方に位置する要塞であり、半島の先端部に築かれておる。

かつての帝国軍が築いた要塞には今、この一帯を勢力範囲とする軍閥がおる。

 

 

「陛下! ここはもう・・・持ちません!」

 

 

近くの兵が叫び、次の瞬間には軍閥側の兵に首を跳ねられる。

ここは最前線で、敵兵に最も近い所。

ウェスペルタティア製のPSに身を包んでおるとは言え、攻撃が当たれば死ぬのじゃ。

 

 

死・・・妾の命令で出兵する兵士達のいる場所を、妾は知ることができた。

ここには、恐怖と恐慌しか無い。

ファビェラの軍閥を孤立させるために、周辺の農村の者達と1ヵ月以上の交渉を持った。

民が何を思い、何を願っておるのか・・・初めて聞いた。

 

 

「もう少し・・・もう少しで、クワン達の別動隊が要塞を落とす! それまで、耐えよ!!」

 

 

妾が囮となって敵主力を引きつけ、こちらの主力がその間に要塞を落とす。

ぶっちゃけ、部下から嫌われているとしか思えない作戦。

じゃが、妾はそれを許可した。

クワン達を始めとする我が軍を、信じたからじゃ。

 

 

「陛下!」

 

 

部下が飛び出し、妾を庇って死ぬ。

一人二人と、死んで行く。

妾はそれから、目を逸らさぬ。

かつて妾が見なかった・・・見ようともしなかった物を、見続ける。

 

 

それが皇帝の・・・妾の義務じゃろうと思うから。

そして妾達の部隊が圧倒的な不利な状況が、唐突に終わる。

遠くに見える敵の要塞の各所が爆発するのが、見えたからじゃ。

それを見た軍閥側の兵も、浮き足立って撤退を始める。

妾はそれを緩やかに、形だけ追撃しつつ・・・情報を求めた。

 

 

「・・・報告します!」

「クワン達が突入したのか?」

「いえ、違うようです!」

 

 

・・・違う?

内心で首を傾げる妾に対して、部下は続けて。

 

 

「・・・ジャック・ラカンです!」

「・・・」

「ラカン殿下が、要塞をお1人で落としたとのことで・・・敵の首魁も討伐した模様です」

 

 

・・・ジャック、か。

ラカン財閥経由で近くまで来ているとの情報は得ておったが・・・そうか。

・・・うむ、何と言うか・・・アレじゃ。

初めて、実感した。

 

 

人が必死にいろいろと頑張って、今一歩と言う所で・・・いろいろな物をかっさらわれる、気分。

圧倒的で、こっちがいくら努力してもそれ以上の結果を出されてしまう、気分。

やるせなさとも違う、やりきれない気持ち・・・。

現場で目の当たりにして、初めて知ったぞ。

・・・こう、イラッ・・・とするな。

 

 

「・・・報告します!」

「今度は何じゃ、ジャックが同時に他の城塞でも落としたのか?」

「いえ、ウェスペルタティア女王に関する続報です!」

 

 

・・・ウェスペルタティア女王・・・アリア陛下の続報。

私はそれに、気持ちを切り替えた。

ジャックは後で殴る、いろいろな理由で。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

ウェスペルタティア女王、オスティアに帰還。

その報告が私の所に来たのは、1月の14日になってからよ。

それまでは王国側の報道管制もあって、どうなっているのかがまったくわからなかった。

 

 

こちらの情報網は王国側に封殺されてしまっているし、オスティア大使のバロン先生が細々と送ってくれる情報が頼りだったのだけれど。

・・・宰相府も総督府も、ここ1週間は何もコメントを出さなかったから。

そして今日、ウェスペルタティア女王の帰還が大々的に国際中継されたの。

 

 

『あ、出て来られました・・・陛下です! 女王陛下が今、新オスティア国際空港から・・・』

 

 

アリアドネー総長(グランドマスター)の執務室の映像装置 (ウェスペルタティア製)からは、オスティア放送のリポーターの声が響いているわ。

映像は、新オスティア国際空港から宰相府への道をパレードしているアリア陛下を映しているわ。

王室専用の馬車に乗ったアリア陛下が、新オスティアの大通りを進んでいる。

 

 

端的に言えば、女王が健在であることを国民・諸外国に知らしめるための行動なのでしょうけど。

たぶん、それ自体はクルト宰相あたりの発案だと思うのだけれど・・・。

 

 

『あ、あれは何でしょう? 女王陛下の腕に抱かれているのは・・・赤ちゃんでしょうか?』

 

 

リポーターの言葉に、私は目を細めて画面を睨みつける。

良く見ると、確かに・・・馬車の中に座っているアリア陛下の腕に、赤ん坊が抱かれているわ。

加えて言えば、遠目で良く分からないけれど・・・腹部が細くなっているような・・・。

 

 

『・・・あ! 今、情報が来ました。あの赤ちゃんは・・・・・・お世継ぎだそうです! 何と女王陛下は、エリジウムへの行幸の途上でご出産されたとのことで・・・』

 

 

・・・世継ぎ!

それが事実だとするなら、ウェスペルタティア王国は王位継承者を得たことになる。

それは王室の存続を約束する慶事であって、王国の民にとっては重要な意味を持つはずよ。

 

 

事実、画面の中で沿道に集まった人々は、口々に女王と世継ぎを称え、国歌である「始祖よ女王を守り給え(アマテル・セーブ・ザ・クィーン)」を歌っているわ。

・・・?

でも、おかしいわね・・・。

 

 

『女王陛下万歳! 王子殿下万歳! 本日は王国にとって吉日として記憶されることでしょう・・・』

 

 

リポーターは意識的に無視しているのか、それとも統制されているのかはわからない。

けれど・・・どうして。

どうして、女王の傍に「彼」がいないのかしら・・・?

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

この1週間は、生きた心地がしなかった。

何しろ、一時は崩御(しぼう)したとの憶測まで流れたくらいじゃ。

その話を聞いた時は、心臓が止まるかと・・・。

 

 

しかしそれが次第に否定されて、行方不明となった。

生死不明となったので、今度は中途半端な情報に不安になる時間が続いた。

ナギは「心配いらねぇよ」と言っておったが、私はそこまで楽観的にはなれなんだ。

民の動揺を抑えるためにクルトが情報を統制したため、私の下に届く情報も少なくなった。

私は、そうした情報の中枢からは距離を置いていた故・・・。

 

 

「とにかく、無事で良かった・・・」

「な、だから言ったろ?」

 

 

新オスティアの市街地でパレードを行ったアリアを、宰相府の正門前で出迎える。

しかも聞く所によれば、当初危惧されたようにアリアは途上で出産したと言う。

詳しい事情は知らぬが・・・かなり、危なかったと言うことは聞いておる。

 

 

アリアの無事が正式に確認されたのは3日前、1月9日のことじゃ。

アリアの座乗艦である『ブリュンヒルデ』が、単艦でフォエニクスの港で発見されたのじゃ。

その場で、アリアの無事と世継ぎの出産が知らされた。

あの時は、本当に腰が抜けるかと思ったわ。

ただ、それ以上のことは私も知らぬ故、細かいことはアリアから直接に聞かねばならぬのじゃ。

 

 

「いったい、行幸先で何があったのじゃ・・・」

「お、来たぜ」

 

 

その時、カラカラと白い馬車が道の向こうに見えて、私は居住まいを正す。

沿道の民の歓声が徐々に大きくなって・・・それは、馬車が止まって宰相府の前にアリアが降り立った時に最高潮に達し・・・。

 

 

・・・う、む?

アリアは、1人じゃった。

行幸前には、アリアの馬車には例外無く婿(フェイト)殿が乗っておったに。

いや、厳密には腕に世継ぎを抱いておる故、1人では無いが・・・。

 

 

「・・・ただいま戻りました、お母様、お父様」

「え・・・あ、ああ、良くぞ無事に戻・・・って・・・」

 

 

世継ぎを傍の茶々丸殿に預けて、アリアがゆったりとした足取りでこちらへとやって来た。

宰相府に入るのじゃから、それは当然で。

加えて言えば、正門前で出迎えておる私に声をかけてくることも、特に不自然は無い。

 

 

じゃが、どこか不自然じゃった。

違和感と言っても良い。

何じゃろう、上手く言葉にできぬのじゃが・・・何と言うか。

アリアの目に、私が映っていないような気がした。

 

 

「・・・」

「・・・オイ、行っちまったぞ」

「え・・・あ、ああ、そうじゃな」

 

 

私がアリアに対して違和感を感じておった間に、アリアは私の横をすり抜けて宰相府の中に入って行きおった。

形式的な物なので、特に会話が必要なわけでは無いが。

・・・違和感を、感じる。

 

 

「茶々丸殿」

「・・・はい」

 

 

世継ぎを抱いてアリアに続こうとした茶々丸殿を、呼び止める。

初めて見る世継ぎ・・・孫は、白い髪の小さな赤子であった。

正直、不思議な気分になるのじゃが・・・今は、気になることを確認するのが先じゃ。

 

 

「・・・婿殿は、どうされたのか?」

 

 

私の言葉に、茶々丸殿は動揺したようじゃった。

世継ぎを私の傍に控えておったクママ侍従長に手渡して、いくつかの囁きを交わす。

クママ侍従長と侍女団が宰相府に入る中で、茶々丸殿は私を見る。

 

 

そして・・・。

・・・私は、アリアの違和感の原因を知った。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

私が宰相府に戻ったのは、昼食の時間を少し過ぎた頃だった。

できればアリアと一緒に戻ってきてやりたかったが、そうも言ってられなかった。

唯一女王に随行した閣僚として、今回の不祥事の後始末をしなければならなかったからだ。

 

 

ただ、エリジウム総督府との連絡が取れていないから・・・残してきた奴らがどうなったかは、まだわからない。

無論、生きていてほしいとは思うが・・・。

 

 

「・・・アリアは?」

 

 

宰相府に戻ってゲーデルに詳細な報告書を提出した後、私はアリアの部屋へ行った。

これはある意味で予定の行動と言う物で、別にスケジュールとして組み込んでいたわけじゃない。

今は、アリアの傍にいてやるべきだと思ったんだ。

 

 

そして私と同じことを考えていたのかは知らんが、アリアの私室の前には茶々丸とチャチャゼロがいた。

他の奴が寄りついていないのは、おそらく、『ブリュンヒルデ』での逃亡期間中と同じ理由からだろう。

 

 

「・・・寝室に、閉じこもっておいでです」

「ケケケ・・・」

「・・・・・・そうか」

 

 

茶々丸の言葉に、深く・・・本当に深く、溜息を吐く。

チャチャゼロの笑い声にも、いつものような力が無い。

おそらく、茶々丸もチャチャゼロも中に入りたいのだろう。

 

 

だが、入れない。

それだけの圧力が・・・あったのだろう。

茶々丸の手元には、食事の乗ったトレイがある。

おそらく、アリアの昼食だろうが・・・。

 

 

「・・・また、食べなかったのか」

「はい・・・」

 

 

困り果てた顔で、茶々丸が頷く。

私は、もう一度だけ溜息を吐いた。

アリアは、ここ数日・・・食事を取らない。

出産後のケアが必要な身体だろうに、侍医も遠ざけている。

と言って、以前のように仕事に没頭するわけでも無い。

 

 

朝の帰還パレードのように、最低限のことはするが・・・他には、何もしない。

何もせず、ただただ・・・ぼんやりとしている。

何もせず、何も見ず、何も聞かず、何も言わず・・・ただ、ぼんやりとしている。

 

 

「あまり・・・良くないな」

 

 

『ブリュンヒルデ』でも、アリアは自室から出ようとはしなかった。

誰とも会おうとせず、自分の殻の中に閉じこもって・・・。

時折、思い出したように赤ん坊の世話をしだす。

まるで、それ以外の物には関心が無いかのように・・・。

 

 

・・・若造(フェイト)の、バカ野郎。

どうして、帰って来ない。

アリアが、泣いてるんだぞ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・また、ここですか。

ベッドの上でうっすらと目を開けて、私は小さく溜息を吐きました。

朝、ここに戻ってきて・・・すぐに眠りました。

 

 

目が覚めたら、きっとフェイトがいるから。

あの人はきっと私の傍で、私にしかわからない程度に微笑んでくれるはずだから。

夢から覚めて、フェイトの腕の中にいるはずだから。

フェイトがいないなんて、夢に決まってるから・・・。

 

 

「・・・また、いない・・・」

 

 

ぐいっ・・・とシーツを胸元まで引き上げて、私はベッドの上でまた丸くなりました。

服は、何も来ていません。

ネグリジェを着るのが面倒で・・・ここからは見えませんけど、『ブリュンヒルデ』から戻る時に来ていた薄桃色のドレスが乱雑に脱ぎ捨てられているはずです。

 

 

「・・・広い、な・・・」

 

 

1人で眠るには、このベッドは広すぎます。

結婚してから、1年間・・・私は、1人で眠ったことがありません。

1人寝なんて、したことがありません。

だから・・・寒い。

とても寒くて・・・眠れない。

 

 

眠れないと、あの人に会えないのに。

眠らないと・・・また、ここに来てしまうのに。

ここは、嫌・・・。

 

 

「・・・」

 

 

ごそごそ、と・・・1人で使うには大きすぎる枕の下に、手を入れます。

10秒ほどごそごそと手を動かして、目当ての物を見つけます。

それは、カプセル剤が入ったガラスの小瓶です。

 

 

透明なカプセル剤の中には、白い粉薬が詰まっています。

別に、そんなに珍しい薬じゃ無いです・・・前に処方してもらった、睡眠薬ですよ。

依存性が低くて良く効くので、貰ったんです。

赤ちゃんがお腹にいる間は、不眠でも飲めませんでしたけどね。

でも今は、気にしなくても大丈夫ですから。

 

 

「・・・早く、眠らないと・・・」

 

 

寝転んだまま瓶を開けると、ザラザラとカプセル剤がベッドの上に落ちてきます。

あーあ・・・まぁ、良いですけど。

シュル・・・と、肌とシーツが擦れる音を響かせて、カプセル剤を一つ取ります。

 

 

・・・起きていたくない。

だって、こんなの夢だもの・・・。

 

 

「・・・ん・・・」

 

 

小さく口を開けて、カプセル剤を口に含みます。

味の無いカプセル剤を、舌の上で転がして・・・カチリと。

口の中で、噛み潰して。

 

 

私は、あの人に会いに行く。

・・・フェイト・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国外務尚書)

 

<リュケスティス総督叛逆・女王陛下は一命を取り留めて帰還せり>

 

 

これが、現在は表に出ていない我が国のトップシークレットだ。

この情報を最初に得たのが外務省であって、宰相府や国防省で無かったことにはある事情がある。

エリジウム大陸・・・特に北エリジウムには早期の独立が約束された12の国家が存在する。

 

 

今はまだ王国内の自治国としての地位しか持っていないけれど、今後数年間で順次独立する予定だった。

そしてそれに備えて、各自治国には高等弁務官と言う形で将来の大使・公使・領事が外務省から派遣されている。

今回、それらを通じて各自治国の首脳部がこぞって情報を提供してきている。

とどのつまりは、将来に備えて媚を売ってきているわけだけれど。

 

 

「・・・肝心の総督府からは、どうして何も言ってこない?」

 

 

12の自治国首脳部からは、ひっきりなしに虚実が混ざった情報が送られてくると言うのに。

それなのに、肝心の総督府とエリジウム総督・・・レオからは何も言ってこない。

おかしい・・・叛逆の事実がどうであるにせよ、いや、事実であるのなら・・・。

 

 

「なおさら、何か言ってくるはずじゃないのか・・・?」

 

 

もし仮に、叛逆の事実が本当だとするならば。

レオは自分の立場の正当性を訴える何かしかの行動をとるはずじゃないか。

それこそ、12の自治国から情報をダダ漏れにさせるはずが無い。

 

 

そしてそれが無いと言うことが逆に、叛逆の事実を否定することになる。

レオは叛逆などしていない。

・・・もちろん、だからと言って今回の不祥事の責任を取らないで良いと言うことにはならないけれど。

 

 

「どうしたんだ、レオ・・・?」

 

 

それにしたって、エリジウム総督府の沈黙は異常だ。

何も言わな過ぎる。

総督府の沈黙が、かえって自治国の大合唱を目立たせてしまう。

このままでは、本当にレオが叛逆者になってしまう。

 

 

「・・・マリア」

「うん? ああ、良いよ、エリザ」

 

 

私が座っている執務室の椅子の後ろから、細くて白い指が伸びて来る。

私の頬を撫でる彼は、魔族の血を引く青年(マリア)。

裏向きの、秘密外交官。

 

 

「元帥とは同じ戦場で遊んだ仲だからね・・・見て来てあげるよ」

「頼む」

 

 

・・・今回、女王陛下が被った被害は半端じゃ無い。

もし事態がこのまま進めば、最悪の方向に行かざるを得なくなる。

今回の件に関して、味方がいるとすれば・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

「何だこれは・・・冗談にしては笑えぬし、冗談で無いとすれば質(タチ)が悪すぎるぞ」

「いや、そのぉ・・・何と申しますか・・・」

 

 

無意識に低い声を出していたからか、俺に通信文を持ってきた通信士官を怯えさせてしまったようだ。

悪いことをしたと思わないでも無いが、しかし俺はもっと悪いことをされたと思っている。

何しろ通信士官が持ってきた通信文は、俺の不快感を誘うには十分すぎる程の威力を持っていたのだから。

 

 

俺は結局、サバ地域で年を越すことになった。

都市部からゲリラを完全に排除し、次いでサバ地域の山岳地帯に逃げ込んだゲリラを虱潰しに排除していった結果、1月の始めにはサバ地域の全域を我が軍が制圧することができた。

友軍のシルチスの占領も進み、どうにか鉱業資源の本国への輸送を再開させることができた。

その意味では、我が国は当初の戦略目標を果たしたことになる。

 

 

「女王陛下のエリジウムへの行幸の件は知ってはいたが・・・」

 

 

詳細な情報は伝わっていないが、その行幸が途上で中断されたことは聞いている。

だがそれが、リュケスティスが意図的に引き起こしたことだと言われるのは容認できない。

ましてや・・・。

 

 

「リュケスティスが叛逆など、あり得ん!!」

 

 

数ヵ月前にもリュケスティスが叛逆を企てているなどと言う噂が立ったが、聡明な女王陛下の行動によって払拭されたはずでは無いか。

大体、リュケスティスが叛逆するならば、行幸の途上で暗殺するなどと言う半端な手段は取らない。

 

 

そう言う姑息なことができる男では無いし、そのような男と何十年も親友付き合いができる程、俺もできた人間では無い。

それが万人に理解されないことが、俺は腹立たしくてならない。

 

 

「ああ、いえ、それが・・・今回は正式な公文書でして・・・」

「・・・」

「し、失礼します!」

 

 

通信士官には罪は無いとわかってはいても、睨まずにはいられなかった。

怯えた様子のまま、通信士官が司令部から去って行く。

サバの王国領事館に臨時に開設した占領軍司令部の面々は、皆、同じような様子で俺を見ている。

 

 

・・・俺は握り潰した通信文を開くと、親の仇でも見るような気持ちでその文面に目を通した。

すなわち、「リュケスティス元帥、叛逆。グリアソン元帥は協議のため王都に帰還されたし」と言う文面をだ。

 

 

「・・・リュケスティス」

 

 

お前が叛逆など、するはずが無い。

俺は、信じているからな。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

俺が叛逆し、我が女王を行幸途上で暗殺するよう命じた。

それはブロントポリス政庁と軍事顧問官ガイウス・マリウスの手により実行され、我が女王は配下の一部を失いつつも一命を取り留め、王都へ帰還した・・・。

 

 

・・・と言う話が、まことしやかに市井で流れている。

そしてそれは、事件の3日後に急に流れ出した話だ。

ただし事件前の俺の噂とは異なり、こちらは人為的な拡散の気配がある。

すなわち、宰相府とあのクルト・ゲーデルの陰が見え隠れしていると言うことだ。

 

 

「総督閣下! 何故に総督府は正式な意見表明を行わないのですか!?」

 

 

そして今、俺の執務室に怒鳴り込んで来ている広報担当官(スポークスマン)の言うように、俺はそれに対して何らの反応も示していない。

宰相府の工作を無視し、域内自治国の本国への通報を黙認し・・・。

・・・何故か? 単純な理由だ。

 

 

「このままでは、我々は本当に叛逆者にされてしまいますぞ!?」

「ああ、そうだな・・・広報官」

「閣下・・・!」

「いや、言い分は良くわかった。おって指示を出すから、待機しておいてくれ」

 

 

顔を真っ赤にして危機感を訴える部下を宥めて、とにかくも一旦、下がらせる。

彼の訴えは正当な物であって、今や総督府全体が不信と不安が渦巻く場と化してしまっている。

現在の所は、俺への信頼感がかろうじて組織を維持しているが・・・。

 

 

「叛逆者にされてしまうぞ・・・か」

 

 

叛逆者になるのは一向に構わないが、叛逆者に仕立て上げられるのは御免こうむりたい物だ。

・・・以前の俺ならば、そう思っただろう。

だが今の俺は・・・自ら望んで、叛逆者になろうとしている。

 

 

何故か?

 

 

そうしなければ、俺の矜持と我が女王の双方を守ることができないからだ。

俺の矜持の部分は、まさに単純だ。

俺は誰かに叛逆者に仕立て上げられたなどと言う事実を許容できないし、認めるつもりも無い。

俺が無関係な不祥事のために―――総督としての責任はともかく―――謀殺されるなど、耐えられない。

それくらいなら、いっそ・・・と言う思いが、俺の胸中で見えざる炎となって燃え上がっている。

 

 

「我が、女王よ・・・」

 

 

そして冷静な部分が、我が女王を守るためには不祥事の全てが俺の意思で行われたことにするしか無いのだと告げる。

信託統治領の民に襲われたとか、ブロントポリスの民を虐殺したのだなどと言う風評の存在を、俺は絶対に認めることができない。

我が女王は・・・俺がこの世界で膝を屈するただ一人の存在が、そんな低俗な存在だなどと言われるのは絶対に耐えられない。

 

 

俺は、そのような方のために戦ったわけでも、お仕えしたわけでも無い。

俺が俺の上に立つに相応しいと信じたからこそ、俺は我が女王に膝を折るのだ。

それを・・・どこぞの害虫に汚されるなど、あってはならない。

それくらいなら・・・それくらいならば、いっそ。

 

 

 

『これからも良く私に尽くしてくださると、嬉しく思います』

 

 

 

ああ・・・我が女王よ。

貴女は俺の叛逆の噂を口にも出さず、俺に所有物を賜ると言う栄誉すら与えてくれた。

できるならこのまま、貴女の臣下として王国の行く末を見てみたい。

 

 

だが俺が貴女をお守りするためには、俺は貴女と戦わざるを得ない。

俺の矜持のためにも、叛逆せざるを得ない。

 

 

 

『そんなにはかかりませんよ。もしかしたら6日で終わるでしょう』

 

 

 

・・・そして戦うからには、俺は全力を尽くす。

無謬でも全能でも無い我が女王を打倒するために、最大限に努力する。

そうでなければ、叛逆では無い。

そうすることでこそ・・・。

 

 

「・・・コーヒーを、お持ちしました」

 

 

その時、金髪赤目の従卒の少女・・・オクトーが、俺の前にコーヒーを置いた。

それから、敬礼し・・・従卒の控え室へと入っていく。

俺はその背中を、目で追っている。

 

 

・・・そしてカップを手に取り、コーヒーに口をつける。

・・・・・・すまんな、グリアソン。

それから・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・また、食べて無いのか」

「はい・・・」

 

 

昼食の時と同じように、夕食時にアリアの部屋の前に行った。

そしてそこには昼と同じように、茶々丸が困り果てたような顔で立っている。

頭に乗っているチャチャゼロも、「ケケケ」と言う笑い声に力が無い。

・・・アリアは、夕食もとらなかった。

 

 

声をかけても返事が無いし、茶々丸達は許可が無い限り入れない。

となると、こうして扉の前で途方にくれるしか無いわけだ。

私は、そっとアリアの部屋の扉に手を添えて・・・。

 

 

「・・・アリア」

 

 

そっと、声をかけるしかできない。

・・・それでも、返事は無い。

はぁ、と溜息を吐いた。

 

 

「アリア、寝てるのか?」

 

 

再び声をかけてみるが、返事は無い。

ただ、静かな沈黙が返ってくるだけだ。

・・・アリアが、ここまで衝撃を受けるとは思っていなかった。

 

 

「辛いだろうが、とりあえずは飯を食え・・・なぁ?」

 

 

いや、半ば予想できたことでもあるが。

だが、ここまでとは・・・。

 

 

「・・・おい、出てこいよ」

 

 

・・・ああ、イライラする。

若造(フェイト)め、どこでチンタラしてるんだ。

大体・・・アリア、お前。

 

 

「出てこいと・・・」

「ま、マスター?」

 

 

お前、まだやることがあるだろうが!!

 

 

「言ってるだろうがあああああぁぁぁっっ!!」

 

 

アリアの部屋の扉を、拳で撃ち抜いた。

魔法的に防護された扉だろうが、私にとっては紙に等しい。

やってから、アリアが扉の前にいたらヤバいなとか思ったがそれは無かった。

ついでに言うと、アリアが人を払っていて助かった。

 

 

こんな場面、人に見せられない。

私は私室の扉を殴り飛ばした後、アリアの姿が無いのを確認してから隣接する寝室の扉を蹴り飛ばした。

一度も二度も同じだ、クソが!!

 

 

「ま、ままま、マスター!」

「アリア、起きてるんだろ! 気配でわかるからな!!」

 

 

殴りつけるように灯りのスイッチを入れて、私はドカドカと天蓋付きのベッドにまで歩いて行った。

ざっ・・・とビロードを払うと、予想通り、アリアがシーツの中で丸くなっている。

・・・何で服を着ていないかは、この際は良いとしてだ。

 

 

「いっつまでもウジウジウジウジウジウジ・・・バカかお前は、寝ている場合じゃないだろうが!?」

「・・・」

「起きろ!!」

 

 

ちょ、何シーツの中に潜ろうとしてるんだよ!?

私はシーツの端を掴むと、破る勢いでアリアから剥ぎ取った。

・・・良かった、肌着は着ていたか。

 

 

その時、剥ぎ取ったシーツの間から何かが床に散らばった。

何かと思えば・・・それは、透明なカプセル剤だった。

 

 

「・・・お前、これ何だ」

「・・・」

「・・・何だって、聞いてるんだよ!!」

 

 

キャミソールの胸元を掴んで引き寄せ、耳元で叫ぶ。

肌着の破れる音がした気がするが、知ったことじゃない。

アリアは・・・酷い顔をしていた。

目の下が黒ずんでいて、何となく・・・痩せた気がする。

明らかに、身体の調子が悪そうで・・・。

 

 

「・・・ただの、睡眠薬ですよ・・・」

 

 

ようやく、それだけ返してきた。

床のカプセル剤を拾って見ていた茶々丸が、私に頷いてくる。

・・・そうか。

だが・・・。

 

 

「・・・いくつ、飲んだ?」

「・・・今日はまだ・・・4つくら」

 

 

乾いた音、なんて可愛い物じゃ無い音が響く。

アリアの答えを聞く前に、私の左手がアリアの頬を張っている。

アリカなら、殴らなかったかもしれない。

 

 

だが、私は殴る。

私は、そう言う女だからだ。

 

 

「・・・今のは、代わりだ。若造(フェイト)だったらこうするだろ」

 

 

・・・まぁ、正直に言ってアイツがアリアを殴るかは微妙だが。

繰り返し言うが、私は殴る。

家族として、殴らなきゃいけない。

 

 

「・・・ぃ・・・か・・・っ」

 

 

そして個人的に、いつまでもウジウジウジウジされてはムカつくと言うのがある。

だからこれは結局の所、極めて個人的な理由による行動だ。

 

 

「・・・あ? 何だって?」

「いなぃじゃ・・・ない、ですかぁ・・・っ」

「・・・!」

 

 

次の瞬間、今度は拳を叩き込んだ。

ビリィッ・・・と、右手で掴んでいた肌着が破れて、アリアのベッドの上から転げ落ちる。

と言うか、吹っ飛んだ。

高価な調度品をいくつか巻き込んで、ベッド向こうの床に転がる。

 

 

「ま、ままま、ますっ、マスター・・・」

「オイオイ・・・」

「・・・どうした、少し前のお前なら普通に避けれただろ」

 

 

茶々丸達を無視して、私はさらりと嘘を吐いた。

実の所、アリアに今のは避けられない。

だが今は、そんなことを言ってる時じゃ無い。

 

 

「・・・何とか、言ってみろ!!」

「・・・ぃ・・・ぇ・・・」

「ああ!?」

「・・・私の、せいなんですよ!?」

 

 

痛みで睡眠薬の弛緩効果が切れたのか、アリアが叫び返してくる。

殴られた右頬を押さえて、涙を流しながら。

 

 

「み・・・皆っ、ふぇ・・・田中さん、晴明さん・・・ジョリィや親衛隊の皆、皆・・・フェイトも、私のせいで!!」

「ああ、そうだな、お前のせいだな!!」

「ま、マスター!?」

 

 

茶々丸うるさい! すっこんでろ!!

 

 

「全部お前のせいだよ!! 田中も晴明も若造(フェイト)も、お前のせいで行方不明だ!! 大体、産み月に行幸とか、バカだろ! どうだ、満足か!? 可哀想だな哀れだな、苦しいよな辛いよな! 同情されて、お前は満足なのか、ああ!?」

「ち、違・・・」

「いいや、お前は不幸ぶって同情されたいだけなんだよ。だから薬で無理矢理に夢の世界に逃げるわけだ・・・はっ、いつだっかか似たような術に嵌ったことがあったな!」

 

 

あの時は、私も夢に囚われたわけだが。

その意味では、私は強く責められない。

だが、今はそれで良い。

 

 

「不幸ぶってるんじゃない! 小娘が!!」

「違う・・・っ」

「ああ? 聞こえんなぁ~?」

「・・・違う!!」

 

 

叫んで、アリアの身体から魔力が吹き荒れる。

左眼が赤く輝いて・・・それから。

私は、アリアと家族喧嘩をした。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・たぶん、30分くらいだったと思います。

私とエヴァさんの、殴り合い。

最初は基本的に私が一方的に殴られてたんですけど、途中から髪を引っ張ったり爪で引っかいたり・・・戦闘じゃなくて、本当にただの喧嘩になってました。

 

 

棚とか机とか、椅子とか・・・いろいろな物が、寝室の床に散乱していて。

そんな寝室の真ん中のキングサイズのベッドの真ん中で、私はエヴァさんと倒れこんでいます。

2人で並んで、ベッドの上に寝転んで・・・。

 

 

「・・・クスリ、抜けたか?」

「・・・・・・はい」

 

 

正直、エヴァさんに殴られている最中に意識がはっきりしまして・・・どうして私、エヴァさんと喧嘩なんてしていたんでしょうか。

まぁ、何となく・・・覚えていますけど。

 

 

「もうちょっと、穏便にしてくれても・・・」

「だが、痛かったろ」

「・・・」

 

 

・・・まぁ、確かにかなり痛かったと言うか、今も身体の節々まで痛いんですけど。

痛くて・・・涙が出そうなくらい。

 

 

「ああ、もう・・・またか。ウジウジする(なく)な、やることがあるだろ」

「やること・・・?」

「若造(フェイト)達を探すんだよ」

 

 

ぎしっ、と壊れたスプリングを軋ませて、エヴァさんが身を起こします。

・・・さが、す?

 

 

「死んだと思っているのか?」

「そんなわけ・・・無いです」

「だったら行動しろ、ウジウジしていないでな」

 

 

・・・そう、ですよね。

フェイトが・・・皆が、死ぬはず、無いですよね。

皆、きっと待ってる。

 

 

わかっていたことのはずなのに、どうして私が何もしていなかったのでしょう。

どうして、私は・・・わた、し。

 

 

「・・・っ」

「お、おい・・・何でまた泣くんだよ、ちょ・・・はぁ」

「・・・す、ぃ・・・せ・・・っ」

 

 

どうして私、心の中であの人達を殺してしまっていたのでしょう?

どうして・・・信じられなかったんでしょう?

どうして・・・。

 

 

 

・・・ふえぇぇっ・・・。

 

 

 

・・・その時、泣き声が・・・聞こえました。

反射的に身体を起こして、扉・・・壊れてますけど、そちらを見ます。

そこには・・・私とエヴァさんの喧嘩の最中に飛び出して行った茶々丸さんと。

・・・赤ちゃんを抱いた、お母様がいました。

呼んで・・・来たんですか。

 

 

「あ・・・」

 

 

え、ちょ・・・私、今ほぼ裸に近いんですけど。

髪とか顔とか、最悪なんですけど。

でもお母様は何も言わずに私の方へ来て、赤ちゃん・・・私の赤ちゃんを、私に差し出して来ました。

 

 

慌てて、受け止めます。

まだ慣れませんけど、抱っこして・・・白い髪がふわふわの、私の・・・赤ちゃんを抱っこします。

さっきまで泣いていたのか、小さな宝石のような涙を目に溜めています。

・・・小さな赤い瞳が、私を見つめています。

 

 

「・・・いつまでも、ピーピーと子供(ガキ)みたいに泣いてるんじゃないぞ」

 

 

エヴァさんに、そう言われて。

そう言えば私、この子を抱いたのって・・・いつでしたか。

朝、抱いてました・・・か?

え、えーっと・・・。

 

 

「・・・あー」

 

 

赤ちゃんの、声に。

どうしてか、涙が止まりませんでした。

ポタポタと私の涙が赤ちゃんのほっぺに落ちて、それにびっくりした赤ちゃんが泣き出してしまっ・・・。

 

 

「ごめ・・・ごめ・・・なさっ・・・!」

 

 

ぎゅ・・・と、潰してしまわないように抱き締めて。

いつまでも、子供でいられないはずの私。

私はもう、お母さんで。

ちゃんとしなくちゃ、いけなくて。

全部、ちゃんと、しなくちゃ・・・するから、だから。

 

 

二度と、こんなことが起こらないように。

田中さん、晴明さん、皆・・・フェイト。

・・・ふぇい、とぉ・・・!

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アリア様に呼び出されるのを待っていたら、翌朝になってしまいました。

いやはや、激情のままに呼び出されると思っていたのですがねぇ。

まぁ、実際には逆に精神的に死ぬ所だったようですが。

 

 

私としては・・・喪失した物を別の物で埋めるとかが最良だったのですけど。

・・・世界、とか。

 

 

「ご無事のご帰還、心よりお喜び申し上げます」

「・・・昨日は、いなかったようですね」

「申し訳ありません。何しろ、我が国には問題が山積しておりますので」

 

 

これは本当です。

実際、我が国には対処しなければならない問題が多々ありますのでね。

最大の問題はもちろん、エリジウム総督レオナントス・リュケスティスの叛逆ですが。

 

 

他にも帝国から譲渡された新領土の統治、アキダリア・パルティア間の対立と国際飛行鯨ルートの寸断、工業用資源の確保、2月に開設される貴族院議会の開設式典・・・問題は山積です。

と言って、アリア様の御身以上に重要なことなどありませんが。

 

 

「・・・今回の騒動の裏には、とある悪魔が存在していたとか」

「・・・」

 

 

私の言葉に、アリア様は何も仰いませんでした。

ただ、私が参上した私室の窓辺に立って・・・私に背を向けております。

私は忠実な臣下ですので、扉の横の床に跪いておりますよ。

形式と言う物です、あと趣味。

 

 

・・・吸血鬼が私に上げて来た報告書にも書かれていましたし、『ブリュンヒルデ』の映像にもバッチリと「彼」が映っておりましたからね。

ネギ・スプリングフィールド、いえ、今はヘルマン卿とお呼びすべきでしょうか・・・?

 

 

「アリア様、私は申し上げました・・・処断すべきだと」

 

 

ネギ君も、のどかさんも・・・そしてその子供も。

のどかさんはギリギリで命を助けるにしても、ネギ君とその子供は処断すべきと申し上げました。

 

 

「はっきりと言わせて頂ければ、今回の件はアリア様の自業自得でございます」

「・・・本当に、はっきりと言いますね」

「強権を用いて私の口を封じないのは、流石でございます」

 

 

君主の真価は、臣下に耳に痛い事を言われた時にこそわかります。

アリア様は進言を理由に臣下を遠ざけない御方だと、私は信じておりますれば。

そして事実として今回の不祥事の大本の原因は、アリア様ご自身がお作りになったことですので。

ネギ君を処断しておけば、そもそも起こるはずの無いことですから。

エリジウムの研究所を根こそぎ処分しておけば、起こり得なかったことですから。

 

 

「・・・では、どうしろと言うのですか?」

「おわかりのはずですが?」

 

 

そこで、アリア様は私の方を向きました。

くるり・・・と白い髪を靡かせて振り向くと、多少痩せたお姿で。

そしてその腕の中には、淡い布に包まれた赤ん坊。

お世継ぎ・・・男子ですか。

・・・まさか、アーウェルンクスに似るとは思いませんでしたが。

 

 

「しかし残念なことに、ネギ君も・・・そしてご夫君やご友人も、行方不明でございます。彼らはいずれも王国の領域の外におり、アリア様にはどうすることもできません。いや、残念ですね」

「・・・では、どうしろと?」

「さぁ・・・私などの貧しい知恵では。まぁ・・・そうですね。王国域内であれば、探し出せる自信があるのですが・・・いや、残念ですねぇ」

「おじ様」

 

 

ああ・・・良いですね、その苛立った眼差し。

以前より冷たさを増した瞳・・・美しい。

 

 

「・・・では答えましょう、アリア様。魔法世界、この世界全ての国と民の王とおなりください」

「・・・意味がわかりません」

「いえいえ、アリア様はわかっておいでのはずです。ネギ君を探す、ご夫君とお仲間を探す、それは我がウェスペルタティア・・・そして「イヴィオン」! この域内であれば全て意のままでございます。魔法世界全土をその手にお納めあれば・・・全て、アリア様の意のままでございます」

 

 

アリア様に・・・エンテオフュシアに世界を捧げる。

魔法世界の全国家・全民族を一つの秩序の内に統合し、その頂点にエンテオフュシア王家が立つ。

何も戦争に訴えることはありません・・・「イヴィオン」は外交で拡大が可能です。

無論、最強の軍事力を持つのはウェスペルタティアですが。

 

 

平和裏に、そして確実に、この魔法世界をアリア様のモノにすることが可能なのです。

帝国の分裂具合にもよりますが・・・魔法世界国家、全56ヵ国、12億人。

それら全ての王になるのです。

 

 

「加えて言えば・・・敵がいなくなれば。そう、『敵』を全て滅ぼせばアリア様とご家族・お仲間、そして我が民に害なす者もいなくなるでしょう・・・お世継ぎの身も、安泰と言う物でございます」

「・・・あー」

 

 

その時、お世継ぎであらせられる王子殿下が私に賛同の声を上げてくださりました。

・・・まぁ、実際にはそんなこともありませんが。

しかし、今のアリア様にはどう聞こえたかと言う意味であれば、話は別です。

 

 

敵を全て滅ぼすなど、不可能。

しかし・・・。

 

 

「お世継ぎをお守りし・・・王朝を安泰せしめること。これこそが肝要なのでございます・・・アリア様」

「・・・」

「・・・どうか、今度は判断を誤りませぬように」

 

 

・・・そして、ご決断されたその後は。

些事は全て、私めにお任せくださいますように・・・。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

―――ブロントポリス以東・アルボル湖。

 

 

軍港都市ブロントポリスから20kmほど離れた場所にある湖であり、エリジウム大陸最大の湖である。

周囲53km、南北に21km、東西に13km、166平方kmの面積を持つ。

最大深度は43mであり、海抜マイナス213mである。

流出する河川は無く、流入するのは海から流れるアルボル河を含めた7河川、すなわちこの湖の水は海水である。

 

 

水量が豊富であり、動植物の固有種も豊かな地である。

ただ海側を除く周辺を深い森や山々で囲まれているため、居住人口自体は少ない。

それでも最近、森の中に新たに村を作った人々がいると言う噂も流れているが・・・。

 

 

「ほいほい、悪のためならえーんやこーら・・・・・・お? んん~?」

 

 

外部との交流が少ないためにどのような村かは定かでは無いが、彼らに関する噂の一部を紹介する。

曰く、盗賊に襲われている所を「悪の誇りを持たぬ奴らめ!」と叫ぶ黒い仮面の男に助けてもらった。

曰く、森の中で迷った猟師の息子が、無表情な白髪の娘に助けられて恋に落ちた。

曰く、その村の人間は「悪ですから!」と言って、お礼を受け取らない。

曰く・・・。

 

 

「た・・・大変だ! おーい、皆来てくれ――――!!」

 

 

曰く。

 

 

 

川辺で倒れていた白い髪の青年を、介抱している。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第29回広報:

アーシェ:
アーシェ、です!
オスティアはまた祭りです・・・女王陛下ご帰還とお世継ぎ誕生の!
どんだけ祭り好きなんだよ!
・・・でも、ご夫君に関する報道は一切されていません。
じ、ジャーナリズムの自由を・・・。


ユフィーリア・ポールハイト(ユフィ)
20代後半の女性、170センチ前後の長身。
膝裏まである黒髪で前髪を9:1くらいで分けており、右目が隠れている。
瞳はスカイブルーで若干つり目。
見た目とは裏腹に可愛いモノ好き、ぬいぐるみとか抱き締めたい。
口調は硬め、でも可愛いモノを見ると「はぅっ」となる。
現在は王国傭兵隊の一員。
オスティアの貧民島出身、妖精族の父と魔族の母の間に生まれる。
風属性の精霊と親和性が高く、空気その物をある程度操作できる。


アーシェ:
ザ・傭兵隊シリーズ! 割と出てくるあの人でした。
では次回は、うーん・・・村?
またね!

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