ブロントポリスは、軍港都市である。
故にその都市のほとんど全てが、軍港に努める軍関係者のために機能している。
いわゆる基地経済と言うものであって、娯楽施設や商業施設の多くは、軍港関係者をターゲットにしている。
だからと言うわけでは無いが、ブロントポリスは深夜でも明るく、ある意味で騒がしい街である。
それが今は、どう言うわけか静まり返っていた・・・。
・・・ごく、一部を除いて。
「ふむ・・・良い感じに孤立させられているようではないかね」
ふわり・・・と、ブロントポリスの街に「彼」が舞い降りる。
漆黒のコートに赤い髪の「彼」は、高級ホテル「アンタイオス」の屋上にいる。
眼下には、「彼」の用意した舞台で駒が動いている。
それを見ている「彼」は、上機嫌その物だった。
「ふむ、
その時、ホテルからほど近い道路の中ほどで、何かが爆発した。
赤い光が一瞬だけ膨らみ、後に黒い煙が吹き出す。
その様を見て、「彼」は口元をニイィ・・・と歪めた。
「なるほど、あそこかね」
目的のモノを見つけて、「彼」は笑う。
そしてそこから動こうとして・・・。
「・・・デュナミス様は仰いました。民衆を苦しめる元凶を突き止めろと」
白い雪の結晶でできた輪のような物が、「彼」の身体を拘束していた。
「彼」はやれやれとでも言いたげに肩を竦めると、そのまま後ろを向く。
そこに、少女がいた。
短い白い髪に、漆黒のワンピースドレス。
片手の人差し指を「彼」に向けて、少女は淡々と告げる。
「・・・女王陛下(あねうえ)の傍を見ていれば、いずれわかるとは思っていましたが・・・」
「・・・」
「貴方だったとは・・・○○・○○○○○○○○○○」
少女の言葉に、「彼」は笑った。
「彼」の笑みに、少女はかすかに表情を動かした・・・。
Side エヴァンジェリン
私に向かって走って車を視界に捉えた瞬間、私は道路に降り立って駆け出す。
瞬動を駆使して右へ左へと高速移動する私の姿は、運転手から見れば消えては現れているように見えるのかもしれない。
そして、右手に装着したガントレット・・・支援魔導機械(デバイス)、『魔導剣―01』に細長いカートリッジを差し込む。
相対する車が放つ銃火をかわしつつ、最後には跳躍する。
「・・・『
ガシュンッ・・・と軍用装輪車の上に着地した私は、右腕の魔力の剣を車に突き立てる。
そのまま右腕を真横に振り抜くと、バターでも切るかのような感触と共に車が切断される。
切り口が赤く染まったそれは、ゆっくりと二つに分かれて・・・中の人間もろとも、爆散する。
無論、私は爆発に巻き込まれる前に離れている。
再び地面に着地した私は、一旦、後ろに跳んだ。
目前に迫っていたもう一台の車から、距離を取るためだ。
そして一瞬だけ2mほど離れた直後、今度は私から近付くために跳躍する。
装輪車の上に備え付けれれている銃座の兵の首に手をかけて掴み、同時に右手の魔力の刃を下に向ける。
私が力を込めずとも、車は自分の進む力で切断され、一台目と同じ運命を辿った。
「・・・オイ、まだ意識はあるだろ。どうして自分達の女王を狙う?」
先程、車の銃座から引き摺り出した兵士に問いかける。
銃座から降ろした時の衝撃で腰骨が折れているようだが、まだ生きている。
・・・何も喋ろうとしないので、焦れた私は兵の無骨なヘルメットを片手で剥ぎ取った。
「答えろ。そうすれば医者くらいは・・・」
手配してやっても良い、と言いかけた所で、私は言葉を止める。
ヘルメットを剥ぎ取った下には、当然だが兵士の顔があった。
だから剥ぎ取ったわけだし、わけもわからぬままに総督府の兵士に襲われている状況も把握できるかと思ったんだ。
まぁ、場合によっては拷問もアリかと思ってやったわけだが・・・。
「ゲゲ、ゲ・・・」
ヒクヒクと口角を歪めて泡を吹いているその兵士は、気絶しているわけでは無かった。
言うならば・・・薬物中毒に近い状態かもしれない。
死体のような青白い顔の兵士の男、だがその目には・・・明らかに、理性の色が無い。
どうにも濁りきった目をしていて、私は顔を顰める。
薬物中毒に近い肉体反応、だが薬物中毒では無い。
これは・・・どちらかと言えば。
「ゲッ、ゲゲ・・・ゲゲェ!」
次の瞬間、男の顔のあたりから何かが外れる音がした。
それが顎の骨の外れる音だと気付いたのは、限界まで開かれた男の口から黒い何かが飛び出してきたからだ。
それが私の顔めがけて飛びかかってきた、瞬間・・・。
タァンッ!
聞き覚えのある発砲音と共に、それが弾けて消えた。
私が身体を掴んでいた男の身体からは、すでに力が抜けてしまっている。
・・・私は手を話して、その兵士を地面に打ち捨てた。
「・・・500ドルだよ、エヴァンジェリン」
「総督府にツケておいてくれ」
私は吐き捨てるようにそう言うと、道路に面した小さな崖の上から狙撃した龍宮真名を見上げる。
さっきまで私もいた場所で、情報を得るために巡回の兵士の車を襲った。
まぁ、見つかった瞬間に攻撃されたから、潰したが・・・どの道、情報は得られなかっただろ。
何せ、今回の件・・・この街の連中は。
「・・・アリア達は?」
「少し先の自然公園に隠れてるよ。道路や街道には、異常なくらい検問が敷かれていてね」
「そうか・・・急ぐぞ」
言った直後には、私と龍宮真名はすでに瞬動で移動している。
まったく・・・どこのバカがこんなコトを・・・。
・・・ん?
「霧が出てきたね」
龍宮真名の言葉に、私は眉を顰める。
ただの霧でも面倒だが・・・私は、このかすかに魔力のこもった霧を見たことがある。
これは・・・「Ⅰ」の霧だ。
Side アリア
ホテルから逃げる際、どう言うわけか車がありませんでした。
ホテルに入る際に使用した車両はもちろん、警備が使用しているはずの物やホテルの従業員用の物まで全て・・・。
・・・仕方が無いので、徒歩で港にまで行くことになりました。
どう言うわけか通信が通じないので、港から迎えが来ることもありません。
さらに最悪なことに、霧が出てきました。
踏んだり蹴ったりって、こう言うことを言うのでしょうか。
「車両が確保できれば、もう少し楽に港まで行けるのですが・・・」
「・・・いえ、大丈夫です」
茶々丸さんの言葉にそう答えますが、気のせいか霧で身体が冷えて・・・。
・・・寒い、です。
ここが屋外なのがさらにアウトですよね・・・ここは、ホテルから2キロほど離れた位置にある自然公園の中です。
いわゆる人工林の中で、隠れるにはうってつけですが。
「・・・っ」
「陛下、大丈夫ですか?」
「・・・大丈夫です」
ジョリィの言葉にそう答えつつ、私は私を抱いてくれている田中さんの身体にくっつきます。
内燃機関のためか何かは知りませんが、熱がこもっていて暖かいので・・・。
・・・片手は、お腹を押さえていますが。
ここには、近衛や親衛隊の兵もいます。
だから、もう少し・・・我慢、を・・・。
「今、戻ったよ」
その時、エヴァさんと真名さんが戻って来ました。
しゅたっ・・・と、私達の前に姿を降り立ちます。
そして、開口一番。
「アリア、これは霧だ」
エヴァさんが、物凄くわかりきっていることを言ってきます。
いえ、霧が出ているのは見ればわかるんですけど・・・。
「違う、『霧』だ・・・お前も覚えがあるだろ。魔力を拡散させて通信を阻害する・・・例の『霧』だ」
「・・・それは」
答えようとすると、エヴァさんが人差し指を自分の唇に当てて首を振ります。
私と、一部の人間が理解していれば良いと言うことでしょうか。
・・・この霧は、「Ⅰ」の『霧』。
実験体の脂(アブラ)を燃やして発生させる、通信阻害の『霧』・・・。
・・・総督府で、管理されているはず。
「それと・・・」
さらにエヴァさんが何か言おうとした、次の瞬間。
私達の周囲が、炎に包まれました・・・って、へ?
「な・・・何だ!?」
「敵襲か!?」
あまりにも突拍子も無く炎に包まれると言う展開に、周囲の兵士がザワめきます。
即座に真名さん、ジョリィさん、知紅さんがそれぞれの部下に落ち着くように命令じる声が響きます。
いや、でもコレで落ち着けって言うのは無理ですよね。
「騒ぐな! コレは幻術だ!! ただ少し強力で普通の人間には解けないだけだ!!」
「イヤ、ソレデオチツケルヤツハイネーヨ」
「うむ、むしろ絶望するのぅ」
エヴァさんの言葉に、チャチャゼロさんと晴明さんが突っ込みを入れています。
・・・冷静だな、この人達・・・。
「・・・幻術?」
「ああ、それも・・・悪魔のな」
「悪魔・・・」
・・・悪魔。
私のこれまでの人生の中で、付き合いのある悪魔はそう多くはありません。
心当たりは、何人・・・何人? かありますが・・・。
「だが基本は人間の術師の使う幻術と同じだ。起点を壊せば解ける」
「起点・・・」
「ああ、だが何、私が・・・って、オイ?」
田中さんの腕の中で、私は身を乗り出します。
正直な所、私はかなり足手まといですが・・・そう言うことなら専門です。
顔に掌を当てて、指の間から周囲を見ます。
・・・起動、『複写眼(アルファ・スティグマ)』。
「・・・ぅ」
アレ・・・おかしい・・・です。
以前までは、あらゆる魔法的な物がクリアに視えたのに。
今はどう言うわけか、少し霞んで見えます・・・イメージとして、接触の悪いテレビみたいな。
ザザ、ザ・・・と、途切れ途切れで、良く・・・。
――――使用権、譲渡中――――
どこかで聞いたような女性の声で、そんな言葉が頭に響きます。
私に力をくれた女性と同じ声のそれが聞こえて、そして・・・。
痛み。
眼が・・・そしてそれ以上に。
身体の中身が引き摺りだされるような、痛みが。
「――――オイ! アリア!」
「アリアさん!」
「・・・っ、そ、こ・・・と、あそこ・・・」
私が指を指した場所が、すぐさま真名さんによって撃ち抜かれます。
そして、今まで見えていた炎が嘘のように消えて、静かな人工林が戻って来ます。
ただ・・・炎の代わりに、嫌な感触が肌を刺しています。
何か・・・何か、います。
何・・・・・・ぁ、ぁ・・・あ・・・。
「探さなくて良い! バカが、お前が無理をする必要なんて・・・・・・アリア?」
怒っていたらしいエヴァさんが、不意に声の調子を変えました。
でも、私はエヴァさん所か、ちょっと周りに気を、払えなく、なってて・・・ぇ・・・。
・・・ぅ、うぅ・・・ぃ。
「・・・い、た・・・ぃ・・・」
ぎゅっ・・・と、下唇を噛んで、身体を抱えるようにしながら。
私は、痛みに耐えて・・・。
・・・風船が破裂したような音が、身体の中で響いたような気がしました。
Side 茶々丸
その時、私の聴覚が風船が割れたようなかすかな音を拾いました。
その音はすぐ近くで響いた物であって、直後、田中さんの腕の中でアリアさんが身体を丸めるようにしているのに気付きました。
マスターと共に声をかけますが、反応がありません。
屈んで覗きこむと、アリアさんは青白い顔で唇を噛んでいました。
まるで、何かに耐えるように・・・。
「・・・い、た・・・ぃ・・・」
・・・おそらくは無意識の内に発せられたであろう言葉に、一瞬、呆然としました。
しかしそれも数秒のこと、すぐに再起動を果たした私はアリアさんのお身体を確認します。
呼吸、脈拍、そして何よりも・・・。
「・・・!」
・・・濡れていました。
どことは申しませんが、私が触れたその箇所はぐっしょりと濡れていて。
22時49分、確認。
「ど、どうした、茶々丸・・・?」
不安の色彩を帯びたマスターの声は、この場にいる方々の心理を代表しているかのようです。
・・・それに対し、私は正確に情報を伝達する義務があると判断します。
「・・・破水しています」
「はす・・・何だって?」
「破水です、マスター。アリアさんの出産が・・・始まりました」
あえて淡々と事実だけを告げます、しかしその場には無言の驚愕が広がります。
破水・・・特に本格的な陣痛前に起こる破水を、医学用語で前期破水(プロム)と言います。
赤ちゃんは卵膜と言う袋の中に羊水と共に入っているのですが、破水とはこの卵膜が破れて羊水が外に出てしまっていることを言います。
原因には様々な理由が考えられますが、今回の場合は襲撃のショックだと思われます。
前期破水(プロム)自体は妊婦の三割の方がなるので、異常なことではありません。
すぐに医師の手で適切な処置を受ければ、問題無く健康に赤ちゃんを産むことができます。
「・・・すぐに『ブリュンヒルデ』に連絡をつけて、待機組の侍医団に引き渡す必要があるね」
おそらくはこの場で最も冷静な龍宮さんが、必要なことを言ってくれます。
正直、私と田中さんはアリアさんの身体状態監視(バイタルチェック)に全機能を集中しているので、そこまでは気を回せません。
「アリアさん、聞こえますか? 意識をしっかり保って、呼吸を・・・」
「・・・は、ぁぁ・・・っ」
「脈拍ニ乱レガ・・・」
ですが、この場所での出産作業は困難です。
大至急・・・まさに、設備の整った『ブリュンヒルデ』に向かう必要があります。
本当はブロントポリスの病院の方が良いのですが・・・そちらは安全とは言い難いので。
「すぐに移動したい所だけど、無暗に動かすのも不味いと思う。だから目的地を定めよう・・・ここから1キロほど先に広場がある。自然公園の敷地内で、艦艇も降りれる」
「女王陛下のご容体からして、それで良いとして・・・どうやって『ブリュンヒルデ』を呼ぶ?」
「普通の通信は通じないからな・・・・・・あ、いや、待て。工部省で『霧』対策用の通信機を開発したはずだな。施設管理権限のある総督府にいくつか・・・ブロントポリス政庁にもあるはずだ」
マスターと龍宮さん、そしてジョリィさん達が今後の話し合いをしています。
この『霧』は「Ⅰ」の生体兵装による物。
それこそ、エリジウム内部の「Ⅰ」施設捜索と管理を任されていた総督府の人間なら・・・。
・・・総督府。
いえ、今はそれは考えなくて良いですね・・・。
「・・・良し、まとめるぞ。一部がここで別れてブロントポリス政庁に向かう、軍港より政庁の方が近いからな。それから残りがアリアを守りながら広場まで行く・・・さっきのように妨害もあると思うが、これで行く。何か質問は?」
「・・・総督府の妨害、かい?」
「・・・で、誰が連絡に行くかだが」
「私が行こう」
龍宮さんの言葉に、マスターは答えませんでした。
その代わり、連絡役を誰にするかと言う話では・・・ジョリィさんが名乗り出ます。
「マクダウェル殿や龍宮殿は、陛下のお傍におられた方が良いでしょう。今後、何があるにしろ・・・私程度ではお役に立てない可能性が高い。加えて、少数での限定された任務においては、我ら近衛騎士団の方が統率した行動がとれます」
そこから少し、人選で揉めました。
相対的にマスターの地位が高いとは言え、最高意思決定者が判断できない状況下だったためです。
最終的には、ジョリィさん達が政庁に行くことになりましたが・・・それは、下手をしなくとも置き去りにされる可能性が大きい任務です。
正直、マスターは独力で生き残れる自分が行くつもりだったようなのですが・・・。
「・・・必、ず・・・戻って・・・命れ、です・・・」
どこか朦朧としている様子のアリアさんの言葉で、決します。
ジョリィさんはその場に跪くと、形式的な口上を述べて私達から離れて・・・。
「・・・まだ、返して貰って無い・・・」
アリアさんのその言葉に、ジョリィさんは少しだけ足を止めました。
それから、不思議な笑みを浮かべて・・・一礼。
今度こそ・・・近衛騎士を率いて、離れました。
◆ ◆ ◆
「いったい、どうなっているのだ!」
「わ、わかりません。でも提督、とにかく急いでください」
「・・・わかった」
政庁に隣接する官舎の中で、私は義理の息子であるユリアヌスとそのような会話をしていた。
亜麻色の髪の少年に急かされるまでも無く、私はすぐに軍服に着替えて官舎から出るべく足を速める。
いったい、何が起こっているのか・・・。
ブロントポリスの内部で、抗争が起きていると言う報告を受けたのが10分前だ。
今は午後23時35分・・・深夜だ。
陛下を狙ったテロリストの奇襲かとも思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
状況はわからないが、どうやら総督府の部隊の中で命令も無く動いている物があるも・・・。
「すぐに政庁に・・・いや、ホテル「アンタイウス」に向かう。直属部隊を率いて女王陛下の下へ」
「わ、わかりました!」
階段を下りると、扉の傍に黒いヘルメットをかぶった武装兵がいる。
迎えの兵だろうか、私は兵に動揺を知られないよう、少しだけ歩速を緩める。
そして、何か命じようとした・・・その時。
・・・その武装兵が、手に持っていた銃の銃口を私に向けた。
何を・・・。
「提督!」
息子の声が耳に届いた次の瞬間、無数の弾丸が私を襲った。
反射的に、息子を背中に隠―――――。
◆ ◆ ◆
Side ジョリィ
・・・私があの世に行ったら、いったい、何人に殴られるのだろう。
そんなことを考える時がある。
相手はアリカ様を守れずに死んで行ったかつての同僚か、あるいは・・・。
ドンッ、ドンッ・・・と、重火器の放つ重低音が響いている。
部下達が、正面から政庁に攻め込んだのだろう。
部下と行っても、私を含めてここに来たのは8名しかいない。
・・・その内の5人を、正面に回した。
「ジョリィ様」
「・・・ん、行くぞ」
両側の部下にそう告げて、私は政庁内に侵入を果たす。
・・・裏口の、警備システムの死角からだ。
我が国の技術である程度は強化されたろうが、将来の独立を前提とした技術供与。
だから本国ほどえげつない物は置いていないし、何より我らには図面データもある。
近衛騎士が警備のために渡されたデータだから、間違いは無いはずだ。
「・・・セイモンニシンニュウシャダ」
「シンユウシャハハイジョセヨ」
何度か敵兵―――敵兵と言うのは抵抗があるが―――とすれ違ったが、見張りのつもりがあるのか無いのか、すぐに正門の騒ぎを聞き付けては持ち場を離れている。
・・・マクダウェル殿は、幻術と言っていたが。
彼らがどう言う状態なのかはわからないが、知能は低いのか・・・?
ここまで来るのにさしたる妨害が無かったことと、関係があるのかもしれない。
だが今は、そのような考察よりも前にやるべきことがあるはずだった。
女王陛下と別れてから、すでに30分以上が経過している。
急がなくては・・・。
「目指すのは最も警備が薄い第4警備室だ。そこには非常用の通信機がある。データによればそれは特別製で、今でも繋がる・・・」
「「了解(ヤー)」」
端的に『霧』対策と言いたかったが、それは部下達には言えない。
・・・『霧』と王室の関係は、トップシークレットだからだ。
敵兵をやり過ごしながら、政庁内を進む。
何度か危なかったが、どうにか・・・。
「・・・シンニュウシャダッ」
「・・・!」
建物の中に入った瞬間、見つかった。
その敵が銃を撃つのと、私がベルトの背中部分に差し込んでいた投擲用ナイフを投げるのと同時。
ナイフは敵兵の肩口に刺さり・・・銃が逸れる。
チッ・・・頬を銃弾が掠めたが、瞬動で突進した私は剣先を敵兵のスーツとヘルメットの間に突き刺すことに成功する。
鮮血が飛び、手に肉を裂く音と骨が折れる音が伝わる。
操られているだけとすれば、本当に申し訳ないと思うが・・・仕方が無い。
それに私には、彼に同情している暇は無い。
「・・・はあああぁぁっ!」
叫んで、駆ける。
殺した敵兵の後方に、さらに2人いた。
瞬動で床と天井を交互に跳び、懐に入り込んで切り上げ、胸を抉る。
姿勢を低くしたまま切り下げ、もう一人の足を斬り落とす。
「・・・行くぞ!」
「「は・・・はいっ!」」
パシャッ・・・床に広がった血溜まりを蹴って、部下達と共に駆ける。
政庁でも外れにある第4警備室を含むこの施設は、それほど広くない。
常駐している兵は、10人くらいだろう。
それでも、応援が来れば不味い・・・その前に。
「ついた・・・第4警備室!」
5分ほども、敵兵と切り結んだだろうか。
私の先を走っていた近衛騎士が、不用意に扉を開ける。
止める間も無く扉を開いた部下は、次の瞬間には銃声と共に倒れる。
首と腹から血を流して。
傷口は小さいが、それだけに深刻なダメージを身体に受けている。
出血が広がるごとに、身体が痙攣して・・・そして私は、それを見捨てて行く。
その部下が嫌いなわけじゃない、嫌いな部下とここまで来れるはずが無い。
だからこそ、私は任務を優先する。
「・・・はっ!」
部屋の前に出ると同時に、剣を投げる。
すると案の定、扉の前に立っていた敵兵に当たり・・・次の瞬間には、敵兵の顔面に足の裏を叩きこんで顔面を潰した。
同時に、敵兵の胸から剣を抜く。
「シンニュウシャッ」
「だったらどうした!!」
叫んで、転がり、銃火から逃れる。
今度は機関銃、タチが悪い。
警備室は狭い、ウェスペルタティア製の機関銃から逃れる術は無かった。
右腕から左足にかけて・・・10発程、貰う。
内臓をひっかき回されるかのような感触。
身体の中を異物が駆け抜ける感触。
最後の瞬動。
部屋の壁を蹴って・・・突進する、技術も何も無い。
左肩に、衝撃。
「・・・っっ!!」
痛みを通り越してマヒして、むしろ痛くない。
本当はかなり痛いはずなのに、私の身体は・・・意識は、それを無視する。
痛みを無視して敵兵から銃を奪い、銃把で敵兵の顔を殴る。
剣は無い、どこかに転がった。
後はただ、殴る、殴る、殴る、殴る、殴って・・・潰した。
ヘルメットごと潰して、殺した。
おそらくは操られていただけだろう無実の兵を、殺した。
それでも、私は任務を優先する。
それが近衛・・・兵士、軍人と言う生き物だから。
「・・・入り口、固めろ・・・」
もう一人の部下に命じるが、部屋の外から変事は無かった。
・・・それすらも無視して、私は警備室の通信機の所に行く。
左足が動かないので、引き摺りながら。
「・・・通じろよ・・・」
祈るように、コンソールに触れる。
・・・最初の3分は、砂嵐のような音が響くばかりだった。
基本は、近衛の端末と同じはずだが・・・と思って、通信機を弄る。
もしかして、『霧』対策を外されているのか・・・と怖い想像をしたが、最終的にどうにか繋がった。
『こち・・・ザザ・・・ンヒルデ』、誰か応と・・・』
「こ、こちら近衛騎士団副主席のジョリィだ。繰り返す・・・」
その後どうにか、『ブリュンヒルデ』の通信士に女王陛下の待機場所の座標を送ることはできた。
はは、我が国の技術は本当に凄いな。
生体兵装の『霧』すらも無効化する・・・とは言え。
・・・部下もそうだが、私も無事とは言い難いな。
特に腹が不味い、まぁ、大戦の時に腰が半分切れた時に比べればまだ・・・。
しかし、死ぬなと命じられている。
部下達の負傷の様子も見て、どうにか連れて・・・。
「ジ・・・ジジ、ジンビュウビャ・・・ッ」
「・・・!?」
気付いた時には、もう遅い。
先程、顔を潰した兵が・・・私がその場に捨てた銃を持っていた。
そして・・・。
タタタタタタ、タ・・・タンッ
・・・ああ、いかんな・・・1分ほど気絶していたか。
・・・・・・うむ、今度は指一本動かせないな。
任務が終われば、後は部下を回収して戻るだけと言うのに・・・難儀だな。
しかし・・・。
『・・・必ず、戻ること、命令です』
ああ・・・そんな命令も、受けていたな。
だが通信はできた、後は・・・。
『・・・・・・まだ借りを、返して貰っていませんから』
・・・・・・ああ、そんな恨みも買っていたな。
本当、あの世にいったら何人に殴られなければならないんだろう・・・。
・・・私が、まだ王女・・・いや、王女ですら無かった頃の女王陛下を誘拐した、罪。
その清算がまだ・・・済んでいないか。
シャオリーに殴られただけでは、足りないからな・・・。
なら・・・戻らないと、何としても。
戻って・・・処刑の予約を、守らなければ、な・・・。
アリカ様のご息女・・・小さな、小さな・・・私の・・・。
「・・・へ、ぃ・・・か・・・」
・・・・・・へいか。
◆ ◆ ◆
・・・しばらくして、正門の騒動を「片付けた」総督府の兵が戻って来た。
黒いヘルメットで顔を覆った彼らは、第4警備室で戦闘の跡を見ることになる。
「ゲ、ゲゲ・・・シンデ、ル?」
「ニンゲン、シンデル」
転がっているのは、彼らと同じ格好をした10数名の死体。
それと、違う格好をした3人の遺体だった。
その内2人は、第4警備室前の廊下で倒れている。
戻って来た兵は、その遺体に50発ずつ、銃弾を撃ち込んだ。
念のためと言うには、機械的な動きだった。
そしてもう1人は・・・第4警備室の中―――と言っても扉の前―――にうつ伏せに倒れている。
通信機の傍の床から、扉の前まで・・・何かを引き摺ったような赤い染みができていたが、兵達にはそれが何かわからなかった。
と言うより・・・興味が無かったのだろう。
「ニンゲン、シンデル?」
確認と言うには、あまりにも機械的な動きで。
兵達は、自分の持っている銃の銃口を倒れている黒髪の騎士に向けた・・・。
◆ ◆ ◆
Side 暦
・・・ピクッ、ピクッ。
私の豹族の耳が、後ろの方から近付いて来る無数の足音を捉えた。
不気味な程に規則的な足音が・・・結構、たくさん。
「アリア、大丈夫か・・・?」
「・・・は、ぃ・・・」
ジョリィさん達と別れてから、30分か40分は経ったと思う。
政庁はホテルの割と近くにあるから、そろそろ到着してる頃かな。
警備用のデータ持って行ったから、道に迷うことは無いと思うけど・・・。
・・・ジョリィさん達がいなくなったから、人数的には四分の一くらい減った感じ。
それで今、半分・・・つまり別れた位置から500mくらい離れた所。
本当はパパッと行きたいんだけど、人工林の深い所に隠れながら行かなくちゃいけないから。
それに女王陛下の体調がアレだから、たまにこうして止まらないといけない。
「ひ、ぅっ・・・っ・・・」
「息を詰まらせないで、吸って吐いてを繰り返して・・・」
茶々丸さんがついてるけど、かなり不味そうな気がする。
こんな時にこんな場所で、しかも予定日より少し早く赤ちゃんを産むんだから。
・・・妊娠なんてしたこと無いけど、それが凄く不味いってことはわかるつもり。
でも、さっきから後ろが気になる。
それも、さっきの幻術と一緒で・・・嫌な感じがする。
つまり、敵。
・・・フェイト様は、まだ来てない。
「・・・暦」
環が、私の服の裾を引っ張った。
他の3人を見ると・・・頷いてきた。
皆、フェイト様の願いを知っているから。
「・・・皆、先に進んだ方が良い」
「ええ、そろそろ近衛の方々も目的を達するはずですから」
「ここは・・・私達で止めます」
私、栞、調の言葉に、皆が驚く。
でもマクダウェル尚書と龍宮隊長は、ここに置いて行くわけにはいかない。
もしもの時の戦力としてマクダウェル尚書は重要だし、龍宮隊長は『ブリュンヒルデ』に戻ったら砲手もしなくちゃいけない。
親衛隊と傭兵隊は頭数として必要だし・・・何より、私達は5人の方が戦いやすい。
だって、フェイト様が私達をそう鍛えてくれたから。
1人で・・・そして5人で生きていけるように。
フェイト様が全部、教えてくれたから。
「後ろから、敵が来る」
「さ・・・早く行って!」
味方に背中を向けて、5人で並んで・・・私達は、壁。
この世でたった1人の例外を除いて誰も通さない、壁。
私達が・・・奥様(へいか)を守る、赤ちゃんも。
「・・・まっ・・・っ」
女王陛下は何か言おうとしたらしいけど、痛いなら喋らない方が・・・。
私達を残して、他の皆が先へ進む。
もう少し先の、広場まで。
「・・・しなないで・・・」
最後に、女王陛下がそんなことを言って。
・・・行った、か。
しなないで、ねぇ・・・。
「あの子ってさぁ、真面目だけど空気読めないよね。こんな所で縁起でも無いこと言わないでって感じ?」
「暦、不敬罪」
「えー、そう?」
「そうだな、帰ったら軍法会議モノじゃないか?」
「いや、私は軍人じゃ無いし・・・」
環と焔と、そんな軽口を叩き合う。
そしてその間にも、後ろ・・・私達にとっては正面から、段々と足音が近付いてくる。
急ぐでも無く、でもゆっくりでも無い機械的な足取りで。
・・・・・・ヤバい、かなり怖い。
何て言うか、生きて帰れる気がまったくしないんだよね。
6年前は・・・死んでも『
でも今は、そんな物は無い。
「焔、怖くない?」
「怖いが、何か文句があるのか?」
「環は?」
「・・・怖い」
「調ー?」
「怖くないと言えば、嘘になりますね」
「・・・栞は?」
「単純な戦闘能力は、私が一番低いので・・・怖いですわ」
「そっか・・・うん、どうしよう、私も怖いんだ」
良かった、私だけじゃ無かった。
フェイトガールズは、いつも一緒。
・・・いや、こんな所まで一緒じゃ無くて良いんだけど。
正直、6年前の戦いが終わった段階で・・・このまま、普通に生きて行くんだろうなって思ってたし。
それが何で今、こうして誰かのために命張るハメになってるんだろ。
決まってる。
フェイト様のため。
フェイト様の期待に応えられない自分を、私はきっと許せない。
「・・・信じてるよ、皆」
「出会ってから今まで、お前達を信じなかった日は無いよ」
「私も・・・ずっと、信じてる」
「ええ、私も信じています」
「大丈夫・・・最後まで信じられますわ」
私、焔、環、調、栞。
フェイト様に救われて・・・出会った、あの日から。
ずっと。
目の前の茂みが揺れると、無駄話をやめる。
全身を緊張させて・・・茂み揺れが大きくなった、瞬間。
「『
「『
「・・・竜族・・・竜化・・・!!」
「木精憑依最大顕現・樹龍招来!!」
「・・・行きます!!」
茂みから出て来た黒いヘルメットの兵隊に、突っ込んだ。
フェイトガールズは、いつも・・・一緒だから・・・!
Side 真名
・・・どうもこう言う熱い展開は性分じゃないんだが、まぁ、仕方が無いか。
良い傭兵は、自分の生存確率を上げるための努力を惜しまない物だしね。
それにアリア先生を守ると言う直接的な仕事さえ果たしていれば、契約違反にはならないしね。
「・・・おいおい」
だがそんな私でも、溜息を吐きたくなる時はある。
例えば、目的地の広場に到着したは良いけど・・・。
「・・・ざっと、2000って所かな」
「ああ・・・」
私の言葉に、エヴァンジェリンが苦虫を噛み潰したような表情で応じる。
実際、苦虫の一つや二つは噛み潰したくもなる状況だった。
あのフェイトガールズが後ろからの敵の接近を知らせた時から、もしやとは思ったんだが。
・・・広場は確かに、艦艇が乗り入れられる程度には広い。
いざと言う時のためだろう、さすがは軍港都市。
だけど今、その広場にいるのは艦艇で無く、人だ。
それも、無数のね。
「・・・民間人が混ざってます」
ぽつりと呟いたのは、親衛隊の知紅。
確かに黒ヘルメットの兵士だけでなく、広場の向こう側からこちらへと近付いて来る人々の中には明らかに非武装の民間人がいる。
・・・皆、普通じゃないけどね。
こう言うの、映画で見たね・・・バイオ○ザードだっけ?
ふと、空を見上げる。
普通の人間には視えていないだろうけど、いつの間にかブロントポリス全体が妙な膜で覆われてる。
さっきの幻術の大型バージョンにも見えるけど・・・。
・・・都市全体が、罠になっていたわけか。
「・・・ぁ、あ・・・ぅっ・・・!」
「アリアさん・・・」
・・・今は、アリア先生の方が先か。
とは言え、『ブリュンヒルデ』が来ないんじゃな・・・。
・・・失敗かな?
・・・お?
その時、私の横を通り過ぎて、田中に抱えられて「産みの苦しみ」に耐えているアリア先生の前で、膝をついた。
「陛下、我々に離脱の許可を」
「・・・っ・・・ぇ・・・?」
親衛隊の面々が、その場で跪く。
10人もいないけれどね・・・後は艦隊の方にいるから。
いずれにせよ、今のアリア先生に何かを判断しろと言うのは不可能だろうね。
それがわかっているから、知紅もアリア先生の命令を待つことはしない。
「キタゾ!」
チャチャゼロの声に、皆が空を見る。
夜空の片隅に、白銀に輝く戦艦が1隻・・・来た。
でもその代わり、周囲の兵や民衆が足を早めた。
・・・普通に考えて、誰かが操作しているんだろうけど。
どんな術だ・・・?
「時間を稼ぎます。その間に陛下を船へ」
「あ、オイ・・・」
知紅はエヴァンジェリンに言いたいことだけ言うと、アリア先生の傍に寄ってネグリジェの裾を持ち、そっとキスをした。
・・・臣従の証かい、古風だね。
「・・・我らの愛と忠誠を貴女へ。どうかご無事でオスティアへ・・・」
「・・・ぁ・・・っ・・・ぁ」
痛みと苦しみと、そして衝撃と衝動に耐えながらアリア先生が手を伸ばす。
しかしそれを取らず、知紅は狐の面をかぶる。
そして、10人もいない親衛隊員がそれぞれの方角に散る。
アリア先生は手を伸ばして・・・痛みで、引っ込める。
・・・また減った、か。
「・・・ぁぁああああっ!」
アリア先生の声に応えるように、白銀の戦艦が降りて来る。
女主人を、迎えに来たんだろう。
・・・私は、銃の弾倉をチェックした。
Side エヴァンジェリン
全長1000m級の戦艦が乗り付けても余るほど、ここの自然公園は広い。
いざと言う時はここが拠点になるわけだし、平時には軍の訓練にも使われている。
都市全体の5分の1が、自然公園の敷地とも聞いている。
「急げよ!」
虚ろな目をした兵士や民間人を魔力の刃で薙ぎ倒しながら、私は叫ぶ。
アリアについていた近衛と親衛隊の奴らは、すでにここにはいない。
その代わり『ブリュンヒルデ』の内部に待機していた軍が出入り口を固める形で、アリアを船に搬送している所だ。
「体温が高い! 意識の混濁も・・・」
「バイタル低下、衰弱の兆候が・・・」
「最後の食事は・・・」
タラップから駆け降りて来たダフネたち侍医団が、アリアを搬送用のベッドに寝かしたまま難しい事を言っているが・・・先に船内に入れよ!
目前の兵士の首に蹴りを入れると、鈍い音と共に骨が砕けるのがわかる。
たんっ・・・と跳び、空中で後ろ向きに二度回転し、着地する。
そこはタラップの先、田中が陣取って守っている場所だ。
「ファイア」
その田中の胸部がバカッと開くと、何やら物騒な重火器(ガトリングガン)が火を吹いた。
秒間数百発の弾丸が、船に群がってくる敵を薙ぎ倒していく。
・・・私はその場を田中に任せて、アリアの方へ行く。
「オイ! 何をやってる、早く行けよ!」
「まぁ、落ち着きなよ」
タラップの上から狙撃している龍宮真名が、冷静にそう言う。
しかし・・・落ち着いていられる状況では無かった。
「陛下を処置室に運びます」
「・・・そんなに悪いのか?」
・・・私の言葉に、ダフネは答えない。
厳しい顔で、ただ自分の仕事をこなしている・・・くそっ、だから無理だと言ったんだ。
だが、今さら言った所でどうにもならん。
「・・・は、ぁ・・・はっ・・・」
「・・・アリア」
我ながら情けない声で、アリアの名を呼ぶ。
茶々丸が傍についていて、手を握っている。
アリアは呼吸もままならないのか、酷く苦しそうで。
額には玉の汗が滲んでいて・・・断続的に、小さな悲鳴のような声を上げている。
・・・出産。
代われるなら・・・と思うが、私では産めない。
産めないんだ・・・こんな身体だから。
畜生・・・。
「側面!」
不意に、龍宮真名が叫んだ。
田中が前を、そして龍宮真名がタラップの左側を迎撃している。
そして右側を守っていた兵を突破して・・・銃を。
反射的に、アリアの上を飛び越えて庇う。
私の身体を、盾にする。
後ろでは、茶々丸がアリアの壁になろうとしているのがわかる。
・・・私は不死身だ、100発や200発の弾丸など大したことは無い。
後は後ろに逸らさないよう、貫通されないようにするだけだ。
身体に力を込めて覚悟を決め・・・アリアの悲鳴のような声が耳に届いた、瞬間。
「『千刃黒曜剣』」
千本の黒い剣が壁を作り、銃弾の嵐をせき止めた。
同時に、わざわざ私の目の前に・・・白い髪の男が、降り立った。
タラップに膝をつき、目の前の敵に黒い剣の嵐を叩きつけている。
・・・何だ、そのタイミング。
「ふぇいと・・・っ・・・」
アリアの声に、その男・・・若造(フェイト)が立ち上がる。
そして私を素通りして・・・って、オイ。
「アリア」
「・・・ごめ・・・なさ・・・」
「良いよ」
若造(フェイト)はアリアにそれ以上は喋らせずに、額に口付けて黙らせる。
そのまま落ち着かせるように頬を撫でながら、侍医団と兵に船内へ撤収するように言った。
その声に各々が了承して、急いで、しかしアリアの身体に刺激を与えないように船内に駆けこむ。
「・・・どうしてここがわかった?」
「別に難しいことじゃない、彼らについてきただけだよ」
彼らと言うのは、言うまでも無くあの奇妙な兵達だろう。
虚ろな目、単調な動き、明らかに普通では無い。
何者かに、何らかの操作を受けている。
フェイトは一瞬、少し向こうの人工林を見つめた。
そこには、残してきた娘達がいるはずだったが・・・若造(フェイト)は何も言わずに、船内に向かう。
・・・龍宮真名や他の兵達も、順次撤収を・・・って。
「田中! 早く戻れ!」
「発進ヲ援護シマス」
どう言うわけか田中だけが、戻らずにその場に踏み止まっている。
胸だけで無く両腕を重火器に変形させて、背後を除く3方向全てに攻撃を加えながら。
田中の足元に、空薬莢の山が築かれていく。
「・・・バカか!? 置いて行けるわけ無いだろ!」
「なぁに、心配はいらぬよ」
答えたのは田中では無く、晴明だった。
フヨフヨと浮かび、そして田中の頭の上に降りた晴明は、何枚かの紙を私に示してくる。
「どいつもこいつも、命を粗末にするバカばかりじゃ。だから我が残って、転移符で全員を連れて行く。そなたらは先に行くが良い」
「・・・晴明!」
私の叫びは、『ブリュンヒルデ』の発進音にかき消される。
晴明・・・田中!
その中で、晴明が犬のような式神を呼び・・・それを、私に突進された。
虚を突かれた私は、その式神に押されて・・・『ブリュンヒルデ』の中へと押し込まれる。
タラップが上がり・・・閉まる。
そして・・・ばっ。
「バカ野郎―――――――――っ!!」
命を粗末にしているのは、お前達の方だろうが!
私と違って、無尽蔵にはあるわけじゃ無いくせに・・・っ!
どいつも、こいつも! バカばかりだ!!
Side 晴明
命を粗末にするつもりは、毛頭無い。
我にはまだ身体の代わりがあるが、他の者達には無いからの。
白銀の船が空高く昇って行くのを見つめながら、我はそう思った。
「まったく、世話の焼ける奴ら達じゃて・・・のぅ?」
「ソウデスネ」
我の言葉に簡潔に答えつつも、田中殿は周囲の敵を薙ぎ倒す作業を止めぬ。
ふと見れば、白銀の船の発進を見たからか・・・人工林の中から、1匹の龍が飛び立つのが見えた。
それは見覚えのある龍で・・・確か、環殿じゃったか。
おそらく他の者達も、それぞれの才腕で脱出を図るじゃろう。
そろそろ、我らも退散するとするかの・・・あの娘共の出立の援護と言う仕事は果たしたしの。
「・・・静カデスネ」
「ぬ・・・?」
すると、どうしたことか・・・周囲の人間共が攻撃をやめておった。
田中殿は銃を、そして我は符を構えたまま・・・警戒する。
何じゃ、どうして止まる・・・?
「・・・ふむ、どうやら間に合わなかったようだね」
人の群れが、左右に割れる。
その間を、ゆっくりと歩いて来る人間が・・・いや、人間では無い者が一人。
漆黒のコートに身を包んだその男は、青年と言うべき年齢じゃろうか。
赤い髪と、瞳。
そして、その顔は・・・。
「ネギ・スプリングフィールドト認メマス」
「・・・ネギ殿、じゃと?」
話は聞いておる、オスティアから悪魔と逃げた青年。
じゃが、我の目には・・・とても人間には見えぬ。
顔にまで及んでいる黒い紋様、そして気配。
明らかに・・・人のそれよりも、化生の類と言った方が。
「ああ、ある事情で帽子が無いので失礼するよ。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン・・・一応、まだ伯爵だよ」
「・・・ヘルマン。悪魔デスネ」
「ほう、良く知っているね・・・では」
バガンッ・・・と、重厚な音が響く。
我が気付いた時には、田中殿の身体が・・・身体の中央から砕かれておった。
胸の中央部を殴られ、砕けて・・・四方に・・・っ。
「・・・『
「・・・オンドボハンランジキ・・・ソワカ!」
田中殿の頭部を抱えたまま―――ここを壊されると、本気で不味い―――服の袖から符を取り出す。
『矢射ちの呪符』に描かれた絵が顕現し、呪力の矢が放たれる。
化生だと言うなら・・・調伏するのみ!
「ぬ!?」
矢はネギ殿・・・あえてネギ殿と呼ぶが・・・の影を射抜き、動きを封じる。
我は田中殿の頭を抱えたまま空中で印を結び、その矢を起点に呪印を刻む。
たんっ・・・地面を踏みしめ、背中から黄金の挟を抜く。
この人形の身体に付属していた、魔を断つ挟。
「ほぅ、不思議な術だね」
「まずは主を・・・ネギ殿から切り離す!」
・・・しゃきんっ!
挟を振りかざし、動きを止めたネギ殿に向か・・・。
背後から、何者かに頭を掴まれた。
判断が追いつく前に、四肢をもがれる。
挟と田中殿の頭部を取り落とし、地面に転がる。
術が解け・・・いや、そもそも誰じゃ、気配など・・・!
「主は・・・!」
そこにいたのは、金色の髪の女子じゃった。
どことなく、あの娘に似ておる顔の造形。
じゃが、放っておる気配は・・・。
「ご苦労、
「ハイ」
エンネア・・・と言うのか、この娘は。
良くはわからぬが、他の操られているだけの存在とは違う。
こ奴からも・・・化生の気配がする。
「何者じゃ・・・主ら」
あえて、陳腐な話題を投げかける。
代わりがある我はともかく、田中殿の頭部から意識を逸らさねば。
すると、思った通り・・・ネギ殿が我の方を見る。
「ふむ・・・不思議な術を使っているのだね」
「ふん・・・主こそ、何じゃその『中身』は」
我の言葉に、ネギ殿は年齢不相応な笑みを浮かべる。
膝をつき、動けぬ我の頭を掴む。
「ふふん・・・我を倒しても、意味は無いぞ」
「確かに・・・ふむ、なるほど、分身体のような物かね」
彼はうんうんと頷くと、我に顔を近付けて来た。
それに伴い、メキメキと我の頭が・・・く、この身体も壊れるか・・・。
じゃが、まだ代わりはある・・・問題は田中殿の頭をどう回収するか。
「・・・これは、個人的な見解なのだがね」
「・・・?」
「キミは分身体として本体から力を供給されていると仮定して・・・もし、いやいや、もしもだよ?」
ギシッ・・・我の身体の硝子の瞳に、罅が入る。
ぬ、ぬぬ、ぬ・・・。
「もしも・・・キミの術式を逆用して、キミから他の分身体、あるいは・・・」
・・・無事であれよ、皆の者。
「・・・本体に、攻撃が可能なのでは無いかね?」
・・・何も答えぬ我に、ネギ殿は笑みを深くした。
そして―――――。
Side さよ
「ふええええっ、ふええええええんっ」
「・・・ふぇっ!?」
ベッドの中でウトウトしてたら、観音(カノン)ちゃんの泣き声で目が覚めました。
さ、さっきミルクあげた所なのに・・・もう?
うーんと、今度はおむつかな、それとも何かな・・・。
弟の千(セン)ちゃんは本当に大人しい子なんだけど、観音(カノン)ちゃんは良く泣く子で・・・。
特に最近は、夜泣きが凄くて・・・赤ちゃんを育てるのって、本当に大変なんですね。
ちょっと寝不足だけど、いざとなれば霊体でやれば疲れない。
でも、できるだけこの腕で抱っこしたいし・・・。
「はいはい、ママですよ~」
「ふえええええっ、ふえええええええんっ」
「・・・うぇええぇっ・・・」
「はえ? 千(セン)ちゃんも?」
私とすーちゃんの寝室に並べたベビーベッドの中で、双子ちゃんが寝ています。
まぁ、今は観音(カノン)ちゃんが凄く泣いていて、それでいて千(セン)ちゃんまでぐずり始めています。
ふ、2人同時なの~?
え、えーっと、とりあえず観音(カノン)ちゃんを抱っこしてあやして、千(セン)ちゃんはポルターガイストでフヨフヨさせて・・・。
えーっと・・・あれ、おむつ大丈夫だ。
ミルクはさっきあげたし、うーん・・・。
「ふええええぇぇえんっ」
「うええぇぇ・・・っ」
「わ、わわっ・・・はいはい、ママですよ~?」
頑張ってあやしても、全然泣き止まなくて・・・い、今までで一番、手強いかも。
どうしたんだろ、どうして急に・・・。
「さーちゃん?」
「あ、すーちゃん・・・ごめん、起こしちゃった?」
「良いぞ・・・おお、元気だぞ!」
「元気過ぎて困ってるんだけど・・・」
ベッドからすーちゃんも出てきて、千(セン)ちゃんを抱っこしてくれる。
うーん・・・でも泣き止んでくれない。
・・・不意に、2人とも泣き止んだ。
「・・・あれ?」
泣き止んで・・・それぞれ私とすーちゃんにしがみ付いて来る。
・・・はえ? 今度は、甘えん坊さんなの?
私がそんなバカなことを考えた・・・次の瞬間。
ドンッ・・・!!
下の階から、家全体を揺るがすような音が聞こえた。
ミシリ、家全体が嫌な音を立てて・・・。
崩れた。
「・・・あたた・・・」
・・・少しして、私は顔を上げる。
するとそこは、いつか閉じ込められた木のドームのような場所で・・・。
と言っても、観音(カノン)ちゃんを抱っこした私が顔を上げると、木の根が崩れたけど。
「さーちゃん!」
「・・・すーちゃん」
すぐ横には、千(セン)ちゃんを抱っこしたすーちゃんもいた。
ただ・・・家は本当にこう、斜めに倒れ込んだみたいに崩れてしまっていて。
木の根のドームが無ければ、押し潰されていたかもしれません。
エヴァさんの、家が・・・。
・・・双子ちゃんは、スヤスヤと寝ています。
もしかして・・・。
「・・・何が、あったの?」
「わからないぞ・・・ただ」
私達を心配そうに見ていたすーちゃんは、不意に表情を厳しくして、ある一点を見ます。
そちらを見ると・・・嫌な感じがしました。
それは、エヴァさんの家の地下からで・・・。
後で調べてわかったんですけど、それは魔法球・・・別荘の部屋からで。
具体的には・・・晴明さんの社がある、場所からでした・・・。
新アイテム:
矢射ちの呪符:元ネタ「ゆうれい小僧がやってきた!」(藤様提案)。
ありがとうございます。
ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第27回広報:
アーシェ:
えー・・・アーシェです。
正直、今回はいろいろとキツいです・・・ウェスペルタティア人として。
王国の民的には、今回の話は無いですよ・・・。
今回の話の「結果」は・・・また、後の話で明言されると思います。
では、今回はここまで。
またすぐに、次回の後書きでお会いしましょう。
・・・では、また。