魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第28話「始まりの痛み」

Side カスバート・コリングウッド(ウェスペルタティア王国軍幕僚総監)

 

やれやれ、我ながら不味い仕事をしている物だなぁ、と思う。

特にここの所はそうで、幕僚本部は前線の将兵への補給計画と情報処理の仕事に忙殺されてしまっていて、全体の軍事戦略立案作業や事務・人員管理の仕事が遅れがちになりつつある。

 

 

ウェスペルタティア(パクス・ウェス)による平和政策(ペリアーナ)―――ウェスペルタティアを中心とする魔法世界秩序の構築が、現在の王国の国家戦略の中軸に据えられている。

現在のエリジウム諸国の「イヴィオン」への取り込みも、帝国への干渉政策もとどのつまりはそのために行われていると言って良い。

 

 

「まぁ、給料分の仕事はするさ」

 

 

そんなことを言いつつ、私よりも優秀な部下達に全て任せているわけだけどね。

人には得手不得手や領分などが存在するのだから、別に私が全部をやらなきゃいけないわけじゃない。

それこそ、そこまでの給料は貰って無い。

元帥やら幕僚総監やらになって感謝することがあるとすれば、給料が上がって部下達に奢れる酒のグレードが上がったり、退役後の年金の給付額が上昇したくらいの物さ。

 

 

・・・歴史上、強大な覇権国の登場によって世界規模、または地域世界規模で一定の平和が保たれた事例は新旧両世界に数多く存在する。

ただし、その覇権(ヘゲモニー)国家になるためには軍事力だけでは無理だ。

そしてこれに、軍事力の基盤となる政治力と経済力が加わる。

政治力では「イヴィオン」の盟主であり経済力では「世界の工場」である王国が、覇権国になるためには大きく3つの条件がある。

 

 

「第一に交通路の支配、第二に戦略地域の安全確保、第三に対王国同盟の阻止・・・」

 

 

交通路の支配は、覇権(ヘゲモニー)維持のためには不可欠な物だ。

交易上の問題だけで無く、魔法世界全土に機動的に必要な兵力・物資を動かすことができなければ、覇権は握れない。

王国政府は現在、国際飛行鯨ルート上の国家の大半を「イヴィオン」に組み込み、そこに軍事拠点を築きつつある。

 

 

戦略地域の安全確保は、本国の安全に直結する問題でもある。

隣国のパルティア・アキダリア・オレステスと同盟を結び、トリスタン・エオスを中立化することでこれはほぼ達成されている。

例外は南方の帝国だが、現在進行中の干渉政策によって国境地帯の制圧・緩衝地帯化に成功しつつある。

 

 

対王国同盟の阻止は単純で、流石の王国も魔法世界の複数の国家・勢力を相手取るのは不可能だ。

だからこそ、王国を対象とした多国間同盟や単独で王国を凌駕する国家の存在を認めることはできない。

帝国の分裂は、だから王国にとってはメリットもあるわけだ・・・。

そして艦隊は「二国標準(ツー・パワー・スタンダード)」を採用し、端的に言えば第二位・第三位の艦隊大国の艦隊を合わせたよりも強大な艦隊を保有する構想を・・・。

 

 

「総監! まだこんな所にいらしたんですか!?」

「へ・・・?」

「へ・・・じゃ、ありませんよ!」

 

 

慌てたような声を上げる副官―――金髪の女性士官―――が突然、部屋に入って来た。

おいおい、淑女(レディ)がそんな・・・。

 

 

「女王陛下の歓送式典、始まりますよ!!」

「・・・・・・ああっ!」

 

 

し、しまった・・・そうだった、今日は1月5日!

女王陛下が、エリジウムへの視察へ出発する日じゃないか・・・!

え、えー・・・軍服で良かったかな、それとも礼服・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

歓送式典と言っても、それほど華美な物ではありません。

と言うより、私の体力的な問題で長時間の式典はできませんから。

記者団すらシャットダウンして、新オスティア国際空港の一画を一時的に借り切っての式典です。

 

 

「・・・では、私が留守の1週間、国務を滞りなく遂行するように」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)」」」

 

 

私の前で臣下の礼を取るのは、私には随行しないクルトおじ様などの王国政府の面々です。

そして私の後ろにいるのが、私に図随行する侍女団・侍医団、そして親衛隊と近衛騎士団の人達です。

その他、女王の座乗艦『ブリュンヒルデ』を含め、巡航艦2隻、駆逐艦8隻で構成される護衛小艦隊の乗員およそ4000名が、今回の旅程に参加する全てです。

 

 

「せめて、親衛艦隊の全てをお連れ頂けませんか。あるいは、私にもお伴を・・・」

「いえ、レミーナ元帥には国内に残って頂かないといけません」

 

 

式典の後、『ブリュンヒルデ』のタラップの前で心配そうに声をかけてきたスティア・レミーナ元帥に対して、私はそう言います。

今回は噂の払拭と臣下間の諍いの調停に赴くのが目的なのですから、あまり大規模な護衛を伴うわけにはいきません。

 

 

それに、グリアソン・リュケスティスを始めとする実戦部隊の高級指揮官の多くが国外に出ている現状、コリングウッド・レミーナ両元帥には国内で諸外国に睨みをきかせてもらう必要があります。

北では「イヴィオン」加盟国間での紛争が起こっているのですから・・・出産後は、パルティア・アキダリアの調停が私の仕事になりそうですね。

 

 

「・・・次のお仕事について考えておられる所、恐縮ですが」

「・・・・・・か、考えていませんよ」

 

 

クルトおじ様の指摘に、私は視線を泳がさずに冷静に解答します。

臣下の前ですから、ええ、毅然とした対応が肝要です。

 

 

「まぁ、それはまた来週のご帰還時に話し合うとして・・・とりあえず、視察中の宰相府との連絡役は彼女にやって頂きますので、ぜひお連れください」

 

 

クルトおじ様の言葉に合わせるように前に出て来たのは、茶色の髪の可愛らしい女の子でした。

私と同年代のその女の子のことを、私は良く知っています。

何と言っても、その子は・・・。

 

 

「王国宰相付き下級秘書官、ヘレン・キルマノックです。視察の間、女王陛下のお傍で連絡係を務めさせて頂きます。至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願い申し上げます」

 

 

片膝を地面について臣下の礼をとったその子は、私の後輩ですから。

学生時代には、妹的存在でもありました。

とは言え、公的な場で正式に顔を合わせるのは初めてなので、口上は必要であって・・・。

 

 

「・・・良く務めるように、キルマノック秘書官」

「・・・仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)」

 

 

膝をついたまま顔を上げたヘレンさんは、かすかに笑みを浮かべます。

私はそれに、とても懐かしい感覚に陥るのでした・・・。

 

 

・・・旅程は1週間。

予定日より前に戻る予定ではありますが、どうなるかはわかりません。

うーん、自分でもかなり無茶だと思いますが。

 

 

「気を付けて行くのじゃぞ、アリア」

「土産はいらねーからな」

「はい、お母様・・・お父様、いずれにせよお土産は無理です」

 

 

お母様とお父様にも見送られて、とにかくも『ブリュンヒルデ』に乗ることにします。

 

 

「・・・行こう、アリア」

「はい、フェイト」

 

 

最終的には、やっぱりフェイトに手を取られてタラップを上がります。

いやぁ、妊婦は移動が大変です、ええ。

そんな私達の後に、茶々丸さんや暦さん達、ダフネ先生と侍医団、ジョリィさんの近衛騎士団、知紅さんの親衛隊などが続きます。

 

 

・・・さて。

出産前の、最後の公務です。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

甲高い独特な飛行音を立てて、戦艦『ブリュンヒルデ』が親衛艦隊と共に大空へと飛翔します。

ここからアリア様の一行は、トリスタンやテンペ、タンタルスなどを経由してエリジウムへ向かいます。

アキダリアルートは絶賛、国境紛争中ですからね。

 

 

ははは、これは盟主としての我が国を侮辱していると言うことですよね。

両国の政権の命数は、あと幾ばくも残っていないでしょう。

残ってても、ぶったぎって差し上げます。

軍事制裁はしませんが、軍事力を背景とした砲艦外交を展開してね。

 

 

「・・・さて、では我々も宰相府に戻るとしましょう、アリカ様」

「・・・うむ」

「俺は無視かー?」

 

 

黙れナギ、貴様など私にとっては限り無くどうでも良い存在だ。

私がこの世で一番嫌いな人間を上げろと言われれば、上位3人は貴様とジャック・ラカンとアルビレオ・イマで占められるぞ。

 

 

・・・おおっといけない、私としたことが攻撃的になってしまいましたね。

いやはや、アリカ様は今日もお美しいですね。

思えば、アリカ様は数年間は肉体的な変化が停止していたわけですので、その意味で年齢差は縮まっているわけですよね。

いえ、別にだからどうと言うわけではありませんが。

 

 

「我々も宰相府に戻り、各々の仕事に戻るとしましょう。2月に正式に行われる組閣作業も残っておりますしね」

 

 

私の傍で式典に参加していたテオドシウス外務尚書やアラゴカストロ国防尚書にそう声をかけて、さらには他の軍人・文官達も三々五々、それぞれの役目を果たすべく動きだします。

国家である以上、式典は必要ですが準備と撤収が面倒ではありますね。

まぁ、王室収入の中から十分に拠出できる範囲ですがね。

実は王国の半分近くは王室領ですから、王室には結構な収入があるのですよ。

 

 

「そう言えば、クルト」

「はい、なんでしょうかアリカ様」

 

 

何でも仰ってくださいアリカ様、私は貴女の奴隷です。

貴女のためなら・・・えー・・・ええ、大体のことは成し遂げて見せましょう。

ええ、大体のことは・・・9割ぐらいは。

 

 

「マクダウェル殿の姿が見えぬのじゃが・・・」

 

 

私は、アリカ様のそのお言葉にフンフンと頷きました。

確かにこの場には、あの吸血鬼の姿はありません、が・・・。

 

 

・・・もう見えなくなりつつある『ブリュンヒルデ』の姿を空の中に見つめつつ、思います。

まぁ、アーウェルンクスと吸血鬼がついていれば、大体のことは大丈夫でしょう。

・・・9割ぐらいは、ね。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・何だよ」

 

 

『ブリュンヒルデ』の艦橋に上がって来た面々に対して、私はそう言った。

式典の最中も艦長のブブリーナ達にさんざん見られたが、今はアリアや若造(フェイト)などにジロジロと見られている。

 

 

・・・そ、そんなに見るなよ。

何となく、居心地が悪いだろうが・・・。

 

 

「・・・何か、文句でもあるのか」

「いえ・・・でもここ数日、姿を見なかったので」

「忙しかったんだよ」

 

 

アリアの言葉に、私は腕を組みながらそう答える。

事実、私は忙しかった。

この1週間、アリア達に同行するために国内の公共事業やら交通路整備やら民間企業の諸事業の事務処理やらを終わらせたりメドを立てて・・・。

 

 

・・・つまり、かなり頑張っていたわけだ。

後は工部省次官のフーガ・ニッタンに任せてきた。

 

 

「私もついて行くぞ、文句は許さん」

 

 

ふん、と鼻を鳴らしながらそう言う。

出産間近なアリア(むすめ)の傍に私がいないなど、考えられんだろ。

茶々丸やチャチャゼロの視線が、何故かムカつく。

 

 

・・・と言うか、アリアが生温かい笑顔で私を見ているんだが。

アリアはゆっくりと私に近付いて来ると、何かを手渡してきた。

 

 

「クルトおじ様からの辞令です」

「辞令・・・?」

「はい」

 

 

そこには、私の新しい役職名が書かれていた。

工部尚書を兼任のまま、新グラニクス建設長官の役職を帯びるようにと書いてある。

そして、今回のアリアの行幸に随行して新グラニクスの建設状況を視察して来るようにと。

アリアとゲーデルのサインが入った、正式な物だった。

 

 

・・・何と言うか、ゲーデルに見透かされたようでイラッと来たが。

とりあえず、私の随行は法的根拠を得たらしい。

そこについては、素直に感謝しておくことにした。

・・・アリアにだけ。

 

 

「・・・旅の間、お願いします、エヴァさん」

「任せておけ。必ず王都に無事に帰らせてやるからな」

 

 

正直、未だに賛成はできないが・・・。

お腹の子のことにさえ気を付けておけば、過去にいくつもあった行幸と変わらない。

私が閣僚代表として、アリアに随行するだけのことだ。

 

 

私が必ず、守って見せる。

アリアも・・・お腹の子もな。

 

 

「そう言うわけだ・・・言いたいことは?」

「・・・無いよ」

 

 

アリアの傍に立っていた若造(フェイト)に問うと、特に反論はしてこなかった。

ただし、気のせいだろうが・・・かすかに、口元に笑みを浮かべたような気がした。

・・・後で殴ろうと思った私は、悪くない。

 

 

 

 

 

Side ガイウス・マリウス(エリジウム総督府軍事顧問官)

 

レオナントス・リュケスティスと言う男は、叛逆の噂を立てられるような人間に見えるか?

多くの人間が私にそう問うてくるが、私はその全てに対して口を閉ざしている。

理由はいろいろあるが、最も大きな理由として私の立場がある。

 

 

私は今でこそここエリジウムの、それも王国の総督府で軍事顧問官を務めているが・・・元々はメガロメセンブリアの将軍であり、メセンブリーナ連合の中で一定以上の地位に就いていた。

新メセンブリーナ連合においては、一度は女王陛下の軍と戦ったのだ。

その私を女王陛下は許し、かつての部下達と共にこうして無事に過ごさせてもらっている。

個人的にも道義的にも、女王陛下そして王国は私の恩人なので。

 

 

「・・・」

 

 

そんな私が、女王陛下の信任を得て総督の地位にある男―――今、私の目の前で女王陛下の歓待についての計画書に目を通している男―――を、どうして誹謗できるだろうか。

そして私より若くして重責を担っているこの男は、噂などで誹謗されるべきことは何もしていない。

 

 

臣下の叛逆は、君主にとってはマイナスであり、国家にとっては致命的ですらある。

例外は政治的暗殺やテロリズムであって、その場合は国民全体の敵意を暗殺者やテロリストに向けさせることができる。

先の貴族粛清や労働党過激派の非合法化は、その典型であろう。

翻って、総督の叛逆はそれらとはレベルが違う。

 

 

「・・・修正すべき点など何も無い。提督の計画書通りに全てを進めてほしい」

 

 

書類を読み終えた総督が、私に計画書の束を返してきた。

そこには、ブロントポリスから新グラニクスまでの女王陛下の旅程が記載されている。

護衛や視察スケジュール、万が一の際の病院の手配などだ。

総督の口調は上位者としてのそれだが、不快さは無い。

そう言った一種の清廉さが、この総督には備わっているのだ。

 

 

理性と知性の両面において、およそこの総督は当代随一の軍人であるように思える。

その才幹は、一軍の将としても広大な領土の総督としても、不足は無かった。

ただ・・・。

 

 

「最初はどうなることかと思わないでも無かったが、提督のおかげで私の負担も随分と軽くなっている。今後とも、万事において私を補佐してくれると有難い」

「・・・お褒めに預かり、恐縮ですな」

 

 

その後、一言二言、細かい点について短く話し合った後、私は総督の執務室を辞した。

廊下で待機していた部下の敬礼に軽く頷いた後、その部下を連れて総督府を歩く。

道行く文官や武官も、部下と同じように私に敬礼を施してくる。

 

 

・・・私はこれから、女王陛下の歓待のためにブロントポリスへ向かう。

女王陛下の行幸の情報が広がった途端に、各地の暴動が沈静化した。

正直な所、何か意図的な物を感じる。

いつもと同じく、与えられた職務を果たすとしよう。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス(エリジウム総督)

 

ガイウス提督が退室した後、俺は小さく息を吐いて、身体の筋肉をほぐすように椅子の背もたれに背中を押し付けた。

ギシ・・・と、高級な造りの革製の椅子が、小さく軋む。

 

 

女王陛下の行幸が正式に決まってからのここ数日間は、歓迎の準備などで働きづめだからな。

南エリジウムを中心に起こっていた小規模なデモや暴動も、ここ数日は沈静化している。

経済的な指標は改善されていないと言うのに、それまで吹き荒れていた暴動の嵐が停止する。

これはどう考えても、何者かの意図があると考えて良いだろう。

 

 

「・・・と言って、それだけのことが可能な存在が思い至らないわけだが・・・」

 

 

溜息の一つも吐きたくなることに、今までの貴族の陰謀や労働党のテロのようなわかりやすさが、今回の件には見えない。

近衛近右衛門と言う不安要素が怪しいが、アレは逆に怪し過ぎて当てにならない。

どうも、エリジウム総督府内に噂が流れる一因を作ったらしいが・・・。

 

 

・・・嫌いだからと言う理由では、裁けないしな。

奴には罪があるが、極刑に至る程の罪状は無い。

あるいは、そこまでに至る証拠が無い。

 

 

「・・・いずれにせよ、我が女王の行幸を成功させ。かつ世継ぎの出産に差し支えないよう気を配る他は無い、か」

 

 

今の所、俺にできることはそのくらいだろう。

我が女王を迎え入れる以上、全ては水の漏れる隙が無い程に努力しなければならない。

そうで無ければ、我が女王に対して、礼を失することになるだろう。

 

 

「・・・小休止に、コーヒーでも飲むか」

 

 

先日までいた従卒は、俺の対応が不味かったのか辞めてしまった。

すぐに新しい従卒が配属されるだろうが、まぁ、たまには自分でコーヒーを淹れるのも悪くはあるまい。

そう言えば、女王の夫君のコーヒー好きが国民に伝わって、新しいブランドができつつあるとか聞いていたが、アレはどうなったのかな。

王都から離れると、そう言ったトレンド情報がなかなか入って・・・。

 

 

「どうぞ、総督閣下」

 

 

その時、コト・・・と、俺の目の前に淹れ立てのコーヒーが置かれた。

白い湯気を立てるそれからは、香ばしいコーヒーの香りが立ち上っている。

 

 

顔を上げれば、そこには女がいた。

薄い灰色の従卒の制服を着たその女は、多くの従卒がそうであるように、若かった。

おそらく、我が女王とそれほど年齢差はあるまい。

つまり、少女と言っても良い容姿だった。

背中に垂れた長めの金髪に、赤い瞳・・・顔立ちからして、おそらくはウェスペルタティア人。

 

 

「・・・申告致します」

 

 

その従卒の少女は、俺の前に立つと、姿勢よく敬礼をして見せた。

柔らかく目を細めて、口元には笑みを年齢に不相応な笑みを浮かべている。

 

 

「この度、総督閣下の新任の従卒となりました・・・名は、オクトーと申します」

 

 

オクトーと名乗ったその従卒は、敬礼を解くと一礼し、そのまま執務室の隣の従卒の控室へと下がっていった。

・・・俺はその背中を見送ると、口元に手を当てて少し考え込む。

 

 

今度の従卒は、若い女・・・名は、オクトー。

・・・俺に、女の従卒をつける・・・だと・・・?

人事部は、何を考えているんだ・・・?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

エリジウム大陸、とある場所・・・。

ある森の中に、それはいる。

 

 

黒一色の服装を纏った「彼」は、ある森の中にいる。

帽子も、コートも、シャツもパンツも、ブーツも手袋も・・・全てが黒一色だ。

コートの裾はボロボロで、そしていずれの服も身体のサイズに合っていないのか、少しダボダボな印象を受ける。

帽子とコートの襟の間から覗く白い肌には、漆黒の紋様がいくつも刻まれているのが見える。

 

 

「・・・8匹目(オクトー)は上手く総督に接触できたかね」

『ソノヨウデス』

 

 

「彼」の声に、別の声が答える。

ただしその別の声の主の姿は、どこにも見えない。

「彼」はそれに構わず、会話の内容に満足気に頷いて見せて。

 

 

「新オスティアの5匹目(ペンテ)も、上手くやっているようで何よりだよ。10匹目(デカ)はどうかね、新しい身体を見つけられたかね・・・?」

『ヨテイドオリニ・・・ヒトノユメノナカニ』

「よろしい、では・・・計画通りに進めるとしよう。この姿では契約者の魂も食せ無いからね」

『イエス・マイロード・・・』

 

 

「彼」の言葉と共に、別の声の気配が消える。

「彼」はそれに満足気に頷くと、帽子を脱いだ。

 

 

「・・・まったく、本当に素晴らしい才能だよ・・・まぁ、良い。こうなれば、私の封印を解くために・・・あの娘と血肉の契りを結ぶとしようか」

 

 

楽しそうな、呆れたような声で笑う「彼」は・・・赤い髪の、青年の姿をしていた。

それは「彼」であって・・・「彼」では無い、「誰か」だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 茶々丸

 

私達がエリジウム大陸の西側の入り口、ブロントポリスに到着したのは1月7日の午後のことです。

それまでは特にすることも無く―――アリアさんの体調のため―――いくつかの寄港地に寄りつつも、順調に旅は続いています。

 

 

とにかくも、特に問題も無く、アリアさんの体調な急激な変化も無く、無事にブロントポリスにまで到着致しました。

ここまでは、アリアさんはマスターやフェイトさんなどと『ブリュンヒルデ』内の自室で過ごされたり、侍医団と出産に向けた訓練をすることにのみ時間を費やしておられました。

それはとても平和で・・・とても、叛逆の噂が絶えない臣下の下を尋ねる旅の最中には見えませんでした。

 

 

「出迎えご苦労様です、ガイウス提督」

「女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく・・・」

 

 

これまでは特に何もありませんでしたが、このブロントポリスではガイウス・マリウス提督を始めとする総督府の方々の歓迎式典が執り行われることになっております。

これは総督府の叛逆の噂を払拭するための行幸であるので、必要な行事と言えます。

 

 

ここブロントポリスは、エリジウム大陸最大の軍港都市です。

総督府直属の信託統治領軍の約3割の兵力が駐屯し、かつ艦隊の半分が駐留しています。

まさに軍事的中枢であって、この都市が独立した後も王国軍はここに駐留を続けることになっている程、軍事的に重要な拠点とされているのです。

 

 

「では陛下、ささやかながら晩餐会を催させて頂きますので・・・」

「わかりました。それまで、どこかゆっくりと休める所に行きたいのですが・・・」

「・・・仰せのままに、陛下」

 

 

アリアさんは軍港でガイウス提督らに歓待された後、ガイウス提督の養子であるユリアヌス少年の案内で、本日の宿である高級ホテル「アンタイオス」に入られました。

これが、1月7日午後16時22分のことです。

1時間30分ほどの休憩の後、アリアさんはマスターやフェイトさん、それから近衛騎士や親衛隊員などを連れて歓迎式典を兼ねた晩餐会に出席されました。

 

 

私も晩餐会にまでは出席できませんが、晩餐会の会場の外で暦さん達と終わるのを待ちます。

これはいつものことで、晩餐会の間、暦さん達も交代で食事を摂ります。

ホテル「アンタイオス」の晩餐会の会場の外で、じっと待機しております。

 

 

『・・・茶々丸、茶々丸・・・』

「はい、マスター」

 

 

晩餐会の最中、マスターから通信が入ります。

ドール契約に基づく念話通信なので、傍受される心配はありません。

 

 

『どうだ、何か不自然な様子は無いか・・・?』

「はい、マスター。現在の所、特に気になる点は見受けられません」

『・・・そうか・・・』

 

 

・・・?

マスターは何か気になる点がおありなのか、どうも歯切れが悪い様子でした。

 

 

『いや、気になると言うか、変な感じが一瞬・・・』

「・・・?」

『・・・いや、お前が何も感じていないなら、私の気のせいだろう。もうすぐ終わるから、待っていてくれ』

「・・・イエス・マスター」

 

 

・・・アリアさんの体調のこともあるので、晩餐会は30分ほどで切り上げられました。

ガイウス提督の他、ブロントポリス自治議会の方々も参加される盛大な式典となったようです。

アリアさん達をお迎えした後、ご宿泊のお部屋へとご案内します。

どうやら、何事も無く一日が終わろうとしているようです・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ああ、疲れました・・・。

溜息一つ、私はスイートルームの浴室で入浴中です。

傍にはもちろん、茶々丸さん・・・と、何故かチャチャゼロさんと晴明さん。

 

 

「・・・チャチャゼロさんまでは良いとして、晴明さん?」

「何、女子同士で恥ずかしがることもあるまい」

「いや・・・いやいや、晴明さんって男性じゃ」

 

 

いや、確かに見た目は少女のビスクドールですけど。

何と言うか、人形同士の戦いが始まりそうな感じですけど。

でも、魂は男性ですからね?

 

 

「ケケケ、トビラノソトニハタナカモイルゼ」

「うむうむ、我らに任せておくが良い」

「何をどう任せれば良いのやら・・・」

 

 

まぁ、良く良く考えてみれば麻帆良時代からお風呂も一緒してましたしね。

・・・懐かしいな、また皆であの別荘に・・・。

 

 

「・・・う?」

「どうかされましたか、アリアさん?」

「いえ・・・別に、どうと言うわけでは無いのですけど」

 

 

湯船―――スイートルームの浴室なので、10人ぐらい入れそうな広さの―――の外から、茶々丸さんが心配そうに声をかけてきます。

私はそれに心配はいらないと応じながら、片手でお腹に触れます。

 

 

はて、今、赤ちゃんが動いたような。

・・・お風呂に入っているから、「いやいや」な状態なのでしょうか。

やっぱりこの子、お風呂嫌いなんじゃ・・・うーん、困りましたね。

私からすると、どうしてお風呂を嫌いになれるのかさっぱりなんですが・・・面倒だから、とか?

 

 

「・・・ぁ」

 

 

茶々丸さんに心配されないように、小さな声をポツリと漏らします。

またです、何か・・・赤ちゃんが、やけに・・・?

 

 

「・・・少し早いですけど、上がります」

「わかりました」

「ミミノウラマデアラッタカー?」

「子供ですか、私は?」

 

 

チャチャゼロさんの言葉に笑いながら、私は湯船の中で立ち上がります。

一人で湯船から出るのは少し苦労するので、茶々丸さんに手を貸して貰います。

それから、茶々丸さんの手で身体の隅々までを丁寧に、かつ手早く拭いて貰います。

普段なら自分でしたいと思いますが、今はお腹が大きくて上手くできませんから助かります。

 

 

そして、妊婦用のレースの白いネグリジェに着替えさせて貰って・・・。

・・・?

サワサワと、お腹を撫でます。

 

 

「ドーカシタノカ?」

「いえ、大丈夫です。少し疲れました・・・」

「それはいけません、すぐにお休みに・・・」

 

 

茶々丸さん達と会話を続けながらも、私の手はお腹から離れません。

何でしょう・・・何か。

何か・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

アリアと僕は同じ部屋だけれど、アリアが個室の浴場を使っているので、僕はホテルの大浴場を使わせてもらっている。

僕は別に構わないのだけど、アリアは気にするだろうからね。

 

 

物の本によると、妊娠中の女性は男性に身体を見られるのを極端に嫌うらしい。

アリアも、例外では無いと思う。

 

 

「・・・出産には、立ち会うべし」

 

 

大浴場の湯船の段差に腰かけながら、僕は本を読んでいる。

作法として良くないとはわかっているけれど、他にアリアに知られずに本が読める場所はお手洗いしか無い。

お手洗いよりも長くいられる代わりに、湯気で本の紙が湿気るのが問題ではある。

 

 

本のタイトルは、「パパになるための10の方法」。

魔法世界で100万部を売り上げたと言う触れ込みの、いわゆるベストセラーだ。

ウェスペルタティアの書店大手、オスティア・ブ○クスの月間売上ランキングは3位。

・・・でもこの本、妻が妊娠することがすでに第6段階の扱いになっているんだよね。

つまり、結婚直後に読むのが正しい。

 

 

「・・・出遅れは、取り戻せる」

 

 

・・・らしい。

とにかくも、僕としてはアリアのために何ができるかを考えなければならない。

インストールすれば良いのだろうけど、こうして学ぶことに意味があるように思える。

・・・む?

 

 

 

次の瞬間、僕は本を上に放り投げた。

 

 

 

さらにその次の瞬間、大浴場の広い壁の向こう側から何かが無数に飛び込んできた。

それは湯船の水面を跳ねさせ、飾りの植物などを弾き、そして僕に襲いかかってきた。

連続した発砲音―――機関銃のような―――と共に、無数の弾丸が僕の視界を走る。

なかなかに急な事態ではあるけれど、魔力を伴ったそれは明らかに・・・。

 

 

「・・・ヤッタカ・・・?」

「サガセ」

 

 

・・・大浴場の一面、とどのつまりは入り口の方から誰かが入ってきた。

それは、僕を大浴場まで案内して入り口で護衛を続けていた総督府の兵士達だった。

容姿はわからない、と言うのも、暗灰色の兵士の戦闘服は頭部を武骨なマスクで覆っているからだ。

入ってきたのは2人、どちらも両手に軽機関銃のような物を持っている。

どうやら、僕を攻撃したのはこの2人らしいけれど・・・。

 

 

「ガッ」

「ゲッ」

 

 

特に振り向くことなく、僕は『千刃黒曜剣』を2本、空中に生み出して放つ。

それ以降は特に興味は無いけれど、僕の障壁に傷をつける魔力のこもった弾丸。

ウェスペルタティア製・・・まぁ、総督府の兵士なら特に不思議は無いけれど。

・・・ポスン、開いたままの本が上から落ちてきた。

 

 

「・・・特に、裏の事情に関心は無いけれど」

 

 

パタン、と、僕は本を閉じて湯船から立ち上がった。

・・・アリア。

 

 

 

 

 

Side ヘレン・キルマノック

 

「お、アリアの後輩の・・・ヘレン、だったな」

「あ・・・はい、そうです・・・ヘレン・キルマノック・・・です」

 

 

ロビーの購買部に寄った時、マクダウェル尚書に会いました。

床にまで届く滑らかな金の髪に、深い海の色の瞳。

・・・<闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)>、魔法世界で最強を謳われる1人。

 

 

正直に言って、苦手です・・・怖いし。

だって、小さな頃はママから「なまはげ」だって教えられていましたから。

お友達で怪談話をすれば、1回はこの人の話題が入る程ですし。

でも、陛下の・・・アリア先輩の話をするマクダウェル尚書は、とても優しい顔をしています・・・。

 

 

「売店に用事か?」

「はい、飲み物を・・・」

 

 

でもそれは裏を返せば、アリア先輩に縁があるから優しくされていると言うことで・・・。

そうでなかった場合、どうなったかはわかりません。

マクダウェル尚書は、私の直属の上司である宰相閣下との不仲が噂されてますし・・・。

・・・でも、この間は仲が良さそうな気がしましたけど。

 

 

「その年で宰相付きとは凄いじゃないか・・・どうして官僚になったんだ?」

「そ、それは・・・えと・・・」

 

 

アリア先輩のお役に立ちたい。

・・・私が官僚を目指した理由に、そう言う物が無かったと言えば嘘になります。

でもそれは理由の一つでしか無くて、本当は・・・。

 

 

・・・?

それまで私と話していたマクダウェル尚書は、不意に表情を険しくしました。

な、何かしてしまったかと怖くなりましたけど・・・。

 

 

「・・・何故、守衛がいない?」

「え・・・」

 

 

マクダウェル尚書の視線を追うと、ホテルの出入り口の方に行き当たりました。

ロビーにいる私達からは、そこは良く見えて・・・本当に、誰もいませんでした。

総督府の警備兵さんとかが、いるはずなんですけど・・・。

 

 

「・・・こ、交代とか、でしょうか」

「いや・・・交代でも、いないなんてことはあり得ないだろう」

「そ、そうですね」

 

 

・・・よく周りを見てみると、ついさっきまで各所に立っていたはずの警備兵さん達が、見当たりません。

え、えと、集団で交代とか休憩・・・なんて、あるわけがありませんね。

 

 

「せ、責任者に確認してみます・・・」

「・・・いや、ついて来い。嫌な予感がする」

「へ、え、えぇ・・・?」

 

 

足早に歩き出すマクダウェル尚書、私は少し迷った後、慌ててその背中を追いかけました。

い、嫌な予感がする・・・って・・・?

 

 

「あ、あの・・・あの、どこへ・・・?」

「アリア・・・陛下の所だ、決まってるだろ」

「は、はぃっ・・・」

 

 

短く返された答えに、私は頷く。

そう・・・そうです、私は宰相府の職員です。

何よりも女王陛下を・・・アリア先輩を。

 

 

お助け、しなくちゃ。

そうだよね・・・お兄ちゃん、お姉ちゃん。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

「威勢よく引き受けたは良い物の・・・実際はもの凄く複雑だよねぇ~」

「何がだ?」

「何がって、焔・・・には、わかんないかな、この乙女の葛藤が」

 

 

本来はフェイト様付きの侍女な私達フェイトガールズ、今は一時的に女王陛下付きになってる。

もちろん、フェイト様のご命令。

だからこうして、女王陛下のお部屋の前の廊下で待機を続けてるってわけ。

 

 

まぁ、実際にはフェイト様と女王陛下は同じ部屋だから、ほとんどの時間は一緒なんだけど・・・。

と、その時、栞と調の2人が部屋から出てきた。

女王陛下の就寝前のお茶が終わったのか、ティーセットとかを乗せたトレイを持ってる。

 

 

「2人とも、お帰り~・・・他に何か言われた?」

「いいえ、特に何も」

「どうやら、今日も問題は無いようですわ」

「そっか・・・」

 

 

一応、予定日とかあるけど・・・その少し前に来ることもあるって聞くから。

ここにも医者はいるし、もしもの場合は『ブリュンヒルデ』から応援も呼べるし・・・。

まぁ、大丈夫かな?

 

 

「田中さんもいるしねー」

「恐縮デス」

 

 

ガション、と扉の前に屹立しているのは、旧世界から来たターミネ○ター。

つまりは、田中さん。

いつもどこでも、女王陛下の部屋の前には田中さんがいる。

私も職業柄、こうして扉の外で呼ばれるまで待機してることが多いから・・・割と仲良くできてると思う。

 

 

基本的に、田中さんがいれば下手な護衛なんていらないもんね。

特に火力においては、私達より強いんじゃ無いかな・・・。

 

 

「・・・?」

「どうした、暦」

「ううん・・・何か、来るみたい」

 

 

ひょこひょこと豹族の耳を動かして、探る。

すると、何人かがこっちに来るのがわかる。

と言うか、何人か足音消しながら歩いてるのは何故・・・って。

 

 

「・・・マクダウェル尚書? と・・・うわ、いっぱい来た」

「アリアは・・・陛下は無事か!?」

「は?」

 

 

マクダウェル尚書の言葉に、私と他の皆が呆けた返事をする。

無事も何も、今、普通にお茶してましたけど。

と言うか、フェイト様が戻り次第お休みになられると思うけど・・・。

 

 

マクダウェル尚書の他には、えーと、ヘレンって秘書官と・・・。

・・・傭兵隊の真名隊長に、近衛騎士団のジョリィ副主席、親衛隊の霧島副長。

女王陛下の護衛の責任者が、ズラリとそこに並んでた。

え、えーと・・・何が、あったん、ですか?

 

 

「何カ緊急事態デショウカ」

「ああ、すぐに陛下に取り次いでもらいたい」

「急ぎで頼むよ」

 

 

田中さんの言葉に、ジョリィ副主席と真名隊長がそう言う。

と、とにかく、急いで取り次ぎを・・・。

 

 

何が起こっているのか、さっぱりわからないけれど。

でも、女王陛下は私達がお守りする。

だって、頼まれたんだもの。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

就寝前のお茶を終えたのが、午後21時40分のことです。

ノンカフェインのお茶は正直、飽きましたが・・・まぁ、仕方がありません。

カフェインありは1日2杯の約束で、今日はお昼の内に飲んじゃいましたしね。

 

 

「陛下、お休みの所を失礼致します」

 

 

後はフェイトがお風呂から戻るのを待って就寝するのみ、と言う段になって、来客がありました。

正直、少しばかり体調が気になっていたので・・・憂鬱になりました。

何というか、下腹部が張ってる感じがするんです。

 

 

まぁ、先月あたりから良くお腹が張ってましたし、慣れた感がありますけど。

でも、何か右眼のあたりが熱を持っているような気がするのは何ででしょうか。

そんなこんなで、できれば今から面会とか勘弁してほしかったりしますが・・・。

 

 

「・・・何か、ありましたか?」

「はい、それが・・・」

 

 

扉の所で暦さんから何事かを囁かれた茶々丸さんが足早に私の方に来たので、問いかけます。

ベッドの上で半身を起こした大勢でフェイトを待っていたので、そのまま聞きます。

対して、茶々丸さんの表情は曇っています。

・・・えーと、不機嫌な声とか、出しちゃいましたかね?

 

 

「マスターと・・・アリアさんの護衛責任者の3名が、急ぎ会いたいとのことです。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「・・・そんなに?」

 

 

ちなみに今のは、「そんなに来てるんですか?」と言う意味合いです。

誰が来たとかどうとかでは無く、皆が来たんですね。

まさか皆でお休みの挨拶をしに来たわけでも無いでしょうから、体調の悪さを誤魔化しつつベッドから出ます。

シーツの中から足を出して、床についた段階で茶々丸さんの手を借ります。

 

 

「・・・やはり、侍医団をお呼びした方が」

「いえ・・・少し休めば大丈夫です。それに、エヴァさん達が来ますから・・・」

 

 

心配そうな茶々丸さんにそう言って、私は薄いカーディガンを羽織ってエヴァさん達を呼びました。

エヴァさん、真名さん、知紅さん、ジョリィ、暦さん達にヘレンさん・・・本当に皆ですね。

チャチャゼロさんと晴明さんは元から室内ですし、そして田中さんも来ていますから。

フェイトを除けば、ホテル内にいる王国の最高幹部が揃っちゃってる感があります。

ガイウス提督達は、ブロントポリス政庁ですからね。

 

 

・・・エヴァさん達の表情は、どこか緊張しているようです。

私は、両手でカーディガンの前を抱き締めるようにします。

 

 

「・・・何か、あったのですか?」

「外の様子が、どうもおかしい。ヘレンの携帯通信機が通じないんだ」

「嫌な気配も感じる・・・ここはたぶん、安全じゃないよ」

「申し訳ありませんが、すぐにご出立して頂けませんか、陛下」

 

 

エヴァさん、真名さん、ジョリィの順に状況の説明がされます。

それに・・・私自身の思考は緩慢な変化しか返せません。

体調が悪いと言うのもありますが、正直、何が起こっているのかわかりません。

 

 

ただ・・・戦闘のプロの方々が「危険」だと言うのを無視はできません。

でも・・・。

 

 

「失礼致シマス」

「ひゃっ・・・?」

 

 

私が逡巡していると、不意に田中さんに抱き上げられました。

ゆっくりと私の身体に振動を与えず、でも急いで確実に。

田中さんは私をお姫様抱っこしたまま、部屋から外へと出ます。

 

 

「あっ、オイ、田中! ・・・チャチャゼロ、晴明、来い!」

「アイアイサーダゼ、ゴシュジン」

「ふーむ・・・ふむ?」

 

 

廊下を進むと、待機していたらしい近衛騎士や親衛隊員、傭兵隊の方々が10数名おりました。

シュンッ・・・と田中さんの脇を擦り抜けて私の前に出たのは、エヴァさんです。

目の前で揺れる長い金髪を視界に収めながら、私は気になっていることを聞きました。

 

 

「あ、あの・・・どこに?」

「とりあえず、『ブリュンヒルデ』を目指す。若造(フェイト)は自力で来るだろ・・・まずは何よりお前の安全を確保する」

 

 

具体的に私の聞きたいことを(聞きにくいことまで)答えてくれるエヴァさん。

ただそれ以上は何も言いませんでしたので、たぶん、エヴァさんにも何もわかって無いんだと思います。

他の皆さんも、きっと勘に近い何かで・・・。

ぎゅっ・・・と、田中さんのジャケットの裾を握ります。

 

 

何が起こっているか、わからない。

けど、どうやら危険だと言うことだけがわかっているようで・・・。

 

 

「・・・っ」

 

 

・・・誰にも気付かれないように、下唇を噛みます。

右眼、右眼の魔眼が、熱くて・・・それから。

それから、何か・・・。

 

 

 

―――――お腹、痛い・・・。

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第26回広報:

アーシェ:
はいはいはいはいっ、怪しい展開になってまいりました!
いったいぜんたい、何が起こるのか!
と言うか・・・え、本当に大丈夫?
最後とか、マジでヤバい単語が聞こえたんですけど・・・。


シエン・ヴィータェ
60歳前後の人間の女性、助産婦。
母親学級で若い母親の教育にも熱心に取り組んでいるとか。
普段はオスティア近郊の農村で小さな病院に勤めてます。
地方貴族の出産も扱って、腕が認められて今回、女王陛下の出産を行うことに。


ルーシア・セイグラム
80歳前後の金髪のお婆さん、王室医務官。
先王アリカの誕生に立ち会った経験があり、先代女王の推薦で女王陛下の出産に立ち会うことに。
はんにゃりした人だけど、でも仕事はデキるお婆さん。


アーシェ:
はい、今回のキャラクター紹介は侍医団の中からこのお2人でした~。
出番が近いと思うんで、頑張ってほしいですね!
では、次回・・・うん、ロクでも無いことになりそうです・・・。

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